「鉄砲を捨てた日本人」

という本は、朝鮮戦争の頃に日本を経由して出兵した、ノエル・ぺリンというアメリカ人が書いた本です。

本の内容を短く一言でまとめると、次のようになります。

「日本という国は、その昔に種子島に鉄砲が伝わってから、あっという間に世界一の鉄砲の国になりました。

それが間もなくすると、鉄砲を放棄するかのように手放して刀剣に戻りました。

世界の武器の歴史上、あり得ないことが起こったそうです。

その日本を見習えば、この世から核を無くすことも決して不可能ではありません」

そういう願いが込められた本です。

戦国の時代、種子島に日本で最初の鉄砲が届き、それを真似してあっという間に先進西洋諸国以外で大量生産を行い、当時の日本は世界一の鉄砲の国になったそうです。

武田信玄の最強の騎馬隊を破った織田信長の三千人の交代で撃つ鉄砲隊などが有名です。

当時の日本は、世界一の鉄砲の国だけではなく、世界最大の武器輸出国であったそうです。

それは鉄砲だけではなくて、刀も含めてです。

時々聞くお話ですが、日本刀の出来栄え、切れ味は他国の刀と比べると本当に凄いそうです。

但し鉄砲に関しては、改善・改良が続けられる代わりに廃れてしまいました。

刀に戻ってしまったのです。

著者は、それを日本の美学と言いたいようです。

それを見習って核の無い世界にしようというものです。

鉄砲を捨てた日本人を驚き敬っていることが分かり、この人も間違いなく日本ファン外国人です。

彼によると、当時のイギリス人は服の袖で鼻を噛んでいたそうです。

ところが日本人は既に鼻紙を使って鼻を噛んでいたそうです。

当時の西洋人はまだ手づかみで食事をしていたそうです。

日本人は箸を使っていました。

1991年に書かれた本で、著者はダートマス大学の教授としてご健在のようです。

ちなみに縄文時代の日本の貝塚(遺跡)では、世界で唯一滅多に見つからないものがあるそうです。

それは人を傷つけるための武器だそうです。

「やじり」や「おの」などは勿論出てくるそうですが、とても小さいそうです。

小動物を獲るための大きさで、対人に適したサイズではないそうです。

鉄砲を捨てられる、武器を発展させるどころか放棄できるのなら、核も廃棄できるという意見は素晴らしいと思います。

ですがそれ以外にも、元々の日本人の国民性である平和を求めるDNAについても考えてみてもらえればと思います。

欧米を含む大陸、というより日本以外のほぼ全ての地域では、揉め事、問題が起きるとまずは話し合いをします。

そしてその話し合いで決着がつかないと争い、戦いになります。

日本の場合は、それがまずは我慢となります。

そして我慢で済まなくなると、謝罪から始まる交渉になります。

「すいません…」と。

悲しい過去を持つ直線の国境

世界で最も長い、真っ直ぐな直線の国境は、カナダとアメリカの間にあります。

その長さは何と8.891km。

日本とドイツの間の直線距離にもほぼ匹敵します。

なぜそんなにも長い直線の国境があるのでしょうか?

地図を見ていると、他にも気が付くのがアフリカと中東です。

直線の国境がある所には、実は悲しい歴史があります。

それは戦争や植民地収奪戦などの、国の利権争いで生まれたからです。

特にひどいのは、アフリカ、中東、アジアです。

つまり、白人から植民地支配を受けていた地域です。

例えば1884年、ドイツのビスマルクが西洋諸国に呼びかけて、ベルリン会議を開きました。

その会議で、誰(どの西洋諸国)が、どのアフリカの部分を植民地として取るかを決めようというものでした。

各西洋諸国は、自国の取り分を主張し合って、現地に住む人たちの民族性や地域性、文化の面を考慮しませんでした。

単に西洋諸国の欲の張り合いの結果に直線の国境が生まれました。

国境が生まれるということは、国の範囲が決まるということです。

その結果、民族間での争い、つまり内乱や戦争が起きて、多くの死傷者が今日まで出続けています。

つまり、アフリカでの悲惨な戦争や内乱の元になっているのは、西洋諸国の白人たちの欲の突っ張り合いなわけです。

中東も同じです。

1915年、第一次世界大戦で負けたオスマン帝国の分割を決めるために、イギリス人のマーク・サイクスと、フランスのジョルジュ・ピコによって、秘密協定が結ばれました。

サイクス・ピコ協定と呼ばれています。

その協定で、アフリカのように中東の取り分が決められました。

すぐその後に起こったアラブ反乱を始め、今日まで続く中東での争いごとも、元はと言えば西洋人たちの支配欲からきています。

例えばスリランカ、元セイロンは1948年に独立しました。

独立後、元々の民族であるシンハラ人と、インド南部から来たタミール人とで内戦が続き、凄まじい殺し合いが繰り広げられました。

その責任はイギリスにあると言えます。

人口の15%ほどがタミル人ですが、イギリスはタミル人にのみ高等教育と銃を与えてシンハラ人を当時支配させました。

白人の植民地政策の基本パターンである、自分たちで直接現住民を支配するのではなく、そこにいる少数民族によって主民族を統治させる方法が民族対立を起こしました。

独立後、自分たちの国を取り戻そうということで、シンハラ人優遇政策が取られ、タミル人の追い出しが行われたのです。

その民族対立が26年間も続く内戦となり、それが集結した2009年までの間に多くの命が失われました。

タミル人に対するシンハラ人の憎悪は今日でも消えることがなく続いています。

アメリカは戦争を起こす時には世論を味方につけるために、必ず大義名分の理由を作ります。

それはインディアンの迫害から始まり、イラク進行、フセイン大統領の殺害まで続いています。

大量破壊兵器などという、ありもしない疑いをかけて、フセイン大統領を死に追いやっています。

私にはイラク人の親しい友人がいますが、彼はフセイン大統領の肖像画が書いた腕時計をしています。

どういうことかというと、フセイン大統領は国民から親しみ愛されていたのです。

西暦1500年頃から約500年もの長い間、西洋の白人たちが、世界中で日本を除くほとんど全ての有色人種の国々を植民地にして貪っていました。

日本は植民地にはならなかったものの、都市爆撃と原爆で何十万人もの女性、子ども、お年寄りの命が奪われました。

有色人種に対する白人のとてもひどい仕打ちは、そのあまりの酷さや、過去の著名な白人たちの発言から、白人にとっての有色人種は家畜や物と同じと考えられているフシがあります。

有色人種は、白人と同じ種類の人間の部類には入らないというわけです。

アメリカでは昔、若い娘さんが着替えをしている時に、召使いの黒人男性がそばにいても気にしなかったそうです。

それがもし白人の男性だったら娘さんは恥ずかしくて着替えなど出来ません。

一般市民が普通に生活している日本の各都市に集中爆撃を行ったり、

広島や長崎に、原爆のような恐ろしいものを落とせるというのもそこから来ているのではないでしょうか?

当時は、元気な若い日本人男性はみんな戦地に行っていたので、残っていたのは女性、子ども、年寄り、病気や怪我の男性しか残っていませんでした。

普通はそんな所に原爆などを落とせるわけがありません。

哀れな有色人種の宿命なのでしょうか?

世界で唯一、複雑、平和なゲーム、「将棋」

チェスや将棋などの世界のボードゲームは、古代インドのチャトランガというものがそのオリジナルだそうです。

それが時代とともに各国に伝わって、その国々独自のボードゲームに進化発展したようです。

西洋ではチェス、中国では象棋(シャンチイ)、日本では将棋。

それらのボードゲームの中で、取った相手の駒を、自分のコマとして活用できるルールになっているのは将棋だけだそうです。

よって、局面展開の複雑さがチェスとは100桁も違うそうです。

チェスのゲームツリー探索は10の120乗オーダーで、将棋は10の220乗だそうです。

そういえば、開発が急ピッチに進むスーパーコンピューターに、将棋の名人も既に負けていますが、

その数年前にチェスのチャンピオンも負けていました。

この世界で唯一の、取った駒の再利用について思い浮かぶことがあります。

それは戦国の時代からの日本人の戦いです。

当時の日本人同士での戦闘は、勝利した方が、負けた方の大将の首を取ります。

ですが、首を取られた大将以外の兵士は、勝った方の味方になったりします。

大将を慕って自害してしまう幹部兵などは例外です。

将棋の駒の再利用と似ています。

それとは対照的に、大陸での戦いは、負けた方の兵隊は皆殺しにされる傾向があると思います。

中国では、負けた方の大将の家系のお墓まで暴かれて滅茶苦茶にされるそうです。

過去の西洋の戦いでも、負けた方は皆殺し、あるいは奴隷にされて、その陣地には大量の塩を撒いたなどというのがあります。

大量の塩を撒いて、食用の野菜などが育たないようにしたわけです。

駒の再利用という考え方はありません。

だから城壁の作りも違います。

日本での城壁は、殿様と家来、兵隊のいるお城の周りだけです。

ですが大陸では、町ごと城壁で囲ってしまいます。

戦争になった時に命の危険があるのは、日本の場合は殿様とその家来のみでも、大陸では街の住民全てということがあらわれています。

そう言えば大陸では、お店の中などですぐにケンカが始まりますが、日本では「表に出ろ!」と言います。

お店や他のお客さんに迷惑をかけないようにです。

日本人の気遣い、心配りって凄くないでしょうか?

参考出典: 井沢元彦著「人類を幸せにする国・日本」祥伝社

揺れるからこそ倒れずに強い

世界で一番古い木造建造物は何かご存知でしょうか?

それは奈良県にある法隆寺です。

1400年前に聖徳太子が建立し、1993年には日本で最初に世界文化遺産に登録されました。

その中でも特に五重塔は、あれだけ背が高いのに、これだけ地震が多い日本で1400年も立ち続けています。

ちなみにですが、世界で最も古い木造建築物の第1位から第10位までを日本で独占しています。

その五重塔ですが、日本独特の作られ方をしているそうです。

中国や韓国の類似建造物のように、ひとつづつの階が別れていて、それを積み重ねたのではないそうです。

上から下までが心柱というものでつながっているそうです。

上から下まで繋がっている作りなので、地震の時にはよく揺れるそうです。

でも揺れることによって、その揺れを逃している独特の構造だそうです。

ちなみに同じ技術が2004年の時点で世界一高かった台湾、台北のタワー101や、スカイツリーにも採用されているそうです。

タワー101は、台湾人が設計して、熊谷組などの日本の会社が作っています。

揺るぎない自信とかよく言いますが、本当は揺れた方が強いのではないでしょうか?

心や気持ちも、揺るぎなく確固たるものよりも、ある程度は揺るいだ方が本当は折れにくくて良いのかもしれません。

白人と、それ以外の有色人種

過去の西洋人、白人で著名人の、日本人に対する罵詈雑言が残っています。

戦争中に敵国だったアメリカやイギリス、ロシアの国家元首などはひどいものでした。

ですが、味方の国であったドイツのヒットラーでさえ、日本人に対して「黄色い猿」などという発言があったそうです。

特に酷かったひとりは、イギリスの元首相チャーチルで、その表現のひどさは、同じイギリス人のヘンリー・スコット・ストークスさんが次のように書いているほどです。

「ウィンストン・チャーチルが妻のウィニーとやり取りした手紙を読む機会があった。

そこでは許容範囲を逸脱した差別的表現で日本人を侮蔑している。

イギリス人からそのような醜い言葉が発せられたのを耳にしたことがない。

罵詈雑言というか、これでもかと貶める表現を使っていた。

戦争では誰もが敵に対して怒りを抱いて感情的になる。

しかし、チャーチルの言葉遣いはその範疇を逸脱していた。

チャーチルがそこまで口汚く日本を罵った背景には、植民地支配の体験がある。

数百年にわたって栄華を極めた大英帝国、

– 日が沈むことはないと形容された –

その版図が、あろうことか東洋の黄色い小人たちによって一瞬にして崩壊させられてしまったという悔しさと怒りがあったのだ」

ヘンリー・スコット・ストークスさんは1938年生まれで、ファイナンシャル・タイムズ、ロンドン・タイムズ、ニューヨーク・タイムズの各新聞社の東京支局長を歴任した人です。

当時の白人は、有色人種のことを同じ人間の種類に属していなかったと考えていたフシがあります。

白人の若い女性は、そばに召使いの黒人男性がいても、平気で着替えをしたそうです。

白人の男性と一緒であれば、そういうわけにはいきません。

広島、長崎への原爆投下も、日本人がもし白人であれば、出来なかったのではないかという意見があります。

人に迷惑をかけない…

ある時何かで知りましたが、日本の父兄に、自分の子がどんな人になって欲しいかと聞くと…

「人に迷惑をかけない人になって欲しい」

という回答が約70%だそうです。

同じ質問を中国ですると、ある回答が似たように約70%になるそうです。

その回答とは何でしょうか?

「リーダーになって欲しい」だそうです。

リーダーとは、組織の長です。

これは中国だけではなくて、大陸ではほぼそうなるのではないかと思います。

先日、それに関係することが、虎ノ門ニュースで報じられていました。

報道していたのは元中国人、日本に帰化した石平さんという人です。

次の画像は、学校で子供の腕につけられたワッペンだそうです。

一つ一つが、何かの班長を意味するそうです。

班長とは、つまりリーダーです。

教科毎の成績とか、色々なことに分かれるそうです。

ワッペンが多ければ、それだけ複数のリーダーを務めていることになります。

そしてこちらは、ある学校の学生幹部任命式だそうです。

学生の中から幹部が選ばれるそうです。

なぜか?

大多数の父兄が自分の子どもに、リーダーになることを望んでいるからです。

子供も勿論そうでしょうが、父兄の心をくすぐるシステムだそうです。

石平さんのお話しで最も興味深かったのは、選ばれるのは決して実力ではなくて、親の貢献度だそうです。

親がどれだけ貢ぐかだそうです。

江戸時代前後の日本人の品行の良さは罰の重さから?

歴史の中で知られている、最も古く日本を訪れた外国人の1人は、1500年代のフランシスこ・ザビエルです。

それから約400年の間、日本に来た多くの外国人が、日本人の品行の良さに驚いています。

「従順で礼儀正しく、才気があり、親切で人をだますこともなく、美徳と正直な話をすることについては近年発見された他のあらゆる国に優るが、たいそう自分の評判に固執し、最も尊ぶのは名誉である」フランシスコ・ザビエル

「日本人はこれまでに発見された他のどこの国民よりも、徳行と廉直の点で優れている。その性質は温和で、瞞着を排し名誉を切望し、名誉こそ最高のものであるとしている」同フランシスコ・ザビエル

「自分の子供たちは、しょっちゅう自分の周りから金品を勝手に持ち出していくが、この日本の青年はテーブルの上にお金が置いてあっても、手をつけることなど全くない」トーマス・エジソン

「日本人の子どもや召使は... 触ってはならぬ物には決して手を触れぬ。こそ泥は皆無ではないものの ”盗まない”」エドワード・シルベスター・モース

「日本では所有権を犯す犯罪は滅多に起こらない。その理由は、単に所有権を規定している厳しい法にばかりあるのではなく、国民の誇り高い性格の中に主として存在している。こうした性格により、日本人は嘘をついたり、物を盗んだり強奪することに、嫌悪感を持っている。この点において日本人は、中国人と著しく異なっている。」F・A・ルドルフ

これらはほんの一例ですが、多くの外国人が書き残したものに、似たような記述があります。

品行の良さは、現在の日本人も世界のトップレベルです。

311の時の被災地の人たちの態度や、日本では財布を見失っても、戻ってきた時に現金が残っている国として、外国人旅行者の間で結構知られています。

海外ではそういう時には現金が抜かれて戻ってくるからです。

ですが、当時の窃盗に対する罰が重かったという事実もあります。

10両(約100万円)以上の窃盗で死罪。

10両未満でもムチ打ちの刑、その後に入れ墨を入れらる。

3回犯すと死罪。

他にも、空き巣はムチ打ちの刑の後に入れ墨。

追い剥ぎは獄門(公開死刑後さらし首)又は死罪。

強盗障害は死罪。

強盗殺人は市中引き回しのうえ獄門。

これらは戦国から江戸時代にかけての刑罰でした。

出典: ニッポン再発見倶楽部「日本は外国人にどう見られていたか」三笠書房

ウソかホントか、どこか東南アジアの方の国で、窃盗をすると腕を切られると聞いたことがあります。

昔の日本もそれに近いものがあったようです。

人間はなぜ生きているのか?

毎朝見ているユーチューブの虎ノ門ニュースで、ここしばらく高橋洋一さんという人が出ています。

高橋洋一さんは元大蔵・財務官僚で学位は博士。

多くの人によると天才だそうです。

凄い人たちがそう言うので、かなりなのでしょう。

今日の虎ノ門ニュースの特集として、その高橋洋一さんを質問攻めにするという特別コーナーがありました。

虎ノ門ニュースは日本時間の朝8:00〜10:00まで、2時間ぶっ続けの番組を、日本時間の昼の13:00時頃からドイツで見ています。

2時間と長いのですが、早朝のストレッチの時間に丁度ピッタリです。

地上波TV番組のような左寄りの誘導、捏造報道がなく、専門家による説明もあるので、海外に長い者にとってはためになります。

さてそのコーナーでの質問ですが、経済的な難しい問題なども多い中、いとも簡単に即答されていました。

そして質問の中に、表題のようなものがありました。

天才、高橋洋一さんなので、シンプルで明快な答えが出てくると思ったのですが、それは分からないそうです。

多分、難しく考え過ぎてしまったのだと思います。

人間はなぜ生きているのか?

それは生まれてきたからではないでしょうか?

屁理屈でしょうか?

生まれてきた以上、死ぬのは怖いし痛いだろうから、あの世からお迎えが来るまでは生きるしかありません。

ではなぜ生まれてきたのでしょうか?

それは分かりませんが、それも屁理屈を言えば、種の保存のために選ばれたからではないでしょうか?

もし宜しければ、「なぜ生まれてきたのか?」の方をご覧ください。

日本人と西洋人の違いは臭覚や味覚までも?

先日、香水に関するブログにいただいたSatomi-Müller/Kölnさんからのコメントのやり取りで気が付きました。

ブログの内容は、西洋人の体臭が臭いので、香水が生まれて発達したという内容です。

コメントのやり取りで気が付いたのは、西洋人と日本人では臭覚に差があるのではないかという点です。

スポーツの後に、誰でも普通はシャワーを浴びます。

よく見かけるのは、西洋人の場合はそのシャワーの後に腋にスプレーをかける姿です。

えっ?

今きれいになったばかりなのに何で??

西洋と日本では、入浴に関して違いがあるそうです。

「…東京だけでも毎日30万人以上の人々が利用する800軒の銭湯がある。東京より入浴がさかんなな所はない」アドルフ・フィッシャー(1856~1914)明治日本印象記

当時のヨーロッパでは、貴族階級であっても風呂に入るのは数ヶ月に一度くらいの頻度だったとされるそうです。

庶民はそれより少なかったと考えられ、庶民の間で風呂に入るのが習慣化したのは第一次世界大戦以降のことだったそうです。

そう言えば昔、ドイツの安いホテルには、部屋に必ずしも浴室が付いていなかった…

その代わりに洗面台は付いていました。

ホテルの部屋、つまり寝室に洗面台があるので違和感がありました。

そこで歯を磨くわけですが、そこには小さくてきれいなふきんのようなものが置いてありました。

聞いてみると、それを石鹸と水で湿らせて、身体の汚れを洗うそうです。

「そうか、西洋人はお風呂に入る代わりに、そうやって身体を洗うのか!」

と気が付きました。

ずっと昔からそういう生活に慣れて、周りに臭い人が多ければ、臭覚の感度も変わってくるわけです。

綺麗好きな人は、小さなゴミにもよく気が付き、そうでない人は気がつかないのと似ています。

さらに気が付いたのは味覚に対してです。

日本料理は種類が多くて美味しいのは昔からでした。

日本レストランがミシュランガイドで世界トップになったり、和食が世界遺産に登録されたりするのにはちゃんと根拠があるのです。

フランスの一流コックに好まれる醤油、味噌、味醂、麹なども昔からありました。

つまり、日本人は良いもの、美味しいものに囲まれ続けてきたので、舌が肥えているのです。

西洋の料理の種類はとても少なく、ごくごく限られています。

つまり、美味しいもののレベルが低くて少ないわけです。

それがとても長い間続けば、西洋人と日本人では味覚にも違いが出るのではないかと気が付いた次第です。

食わず嫌いというのもあります。

私なども、こんなに美味しい各種の魚料理を、食わず嫌いで23歳の時まで食べませんでした。

面白いエピソードは、あの黒船のペリーがやってきた時、幕府は今のお金にして数億円の費用をかけてもてなしたそうです。

食事も勿論コースで、小さい前菜が何度も出たそうです。

ところがペリーさんたちは、「食った気がしない」と、かなりご不満だったそうです。

ペリー側が、今度は幕府のお偉いさんたちへのお返しのご招待を船上でしたそうです。

その時の料理の量は、これ見よがしにとんでもない量だったそうです。

味ではなくて、量だったようです。

多分、肉の塊がたくさん置いてあったのでしょう…

ところで西洋人も腋臭に気が付いてはいるはずです。

だからこそ、シャワーの後にスプレーを使うのでしょうから…

日本人にも臭い人、臭さや味に鈍感な人もいれば、敏感な人もいます。

昔勤めていた会社で、単身赴任の社長と、シングルの私はよく一緒に近所にお昼を食べに行っていました。

周りに日本食はない代わりに、中華レストランが2軒ありました。

一軒は美味しくて、もう一軒は普通でした。

私がまだ入社する前、社長がまだ1人だった頃、社長はよくひとりで普通の味の方に偶然行き慣れていたそうです。

ある日、「社長、どうせ行くなら美味しい方に行きましょう!」と私が言うと、返ってきた答えは…

「実は僕にはどちらが美味しいかどうかは分かんないんだよ…」😅

何事も程度の問題、比較の問題です。

アイヌと日本

先日、日本人ほど差別が少ない国民は世界でも他にない…

というようなブログを書くと、

「では昔日本の政府がアイヌ人に対して行ったひどいことは?」

というコメントが入りました。

日本の政府がアイヌ人にひどいことを?

捏造の慰安婦問題や南京問題で日本の政府からお金を搾り取るおかしな活動家たちの仕業では?

と思っていましたが、案の定その通りのようです。

1:36:19 の所から詳しく説明されています。

先の大戦中の日本軍人は、とても残虐で助平だっとという主張と同じようなレベルのようです。

入ってくる情報の中で、おかしそうなものには疑問を持ち、しっかりと深掘りをして調べれば、反日活動家などによる日本を貶める捏造報道にも惑わされずに済むと思います。

日本人にも勿論ひどい人もいます。

差別をする人もいれば、イジメも存在します。

但し、国民全体で比較した場所、日本人は世界の中で最も争いごとを嫌う国民であることは明らかです。

弁護士の数もそれを物語っています。

それは、人に迷惑をかけない、自分をなるべく引っ込めるという、世界でも珍しい日本の躾に基づいています。

その点を忘れずにおけば、反日が主張する捏造の歴史に疑いを持つのは簡単ですし、疑いを持ったら調べれば良いだけです。

ちなみにですが、縄文時代とかの古墳から出てくる当時の人骨、日本で見つかるものはひどい損傷のあるものが稀だそうです。

また、小動物を狩るのに適した小さいサイズのやじりなどは見つかるものの、対人用の大きなサイズが見つからないそうです。

西洋や大陸では頻繁に損傷のひどい大量の人骨や、対人用と思われる大きなサイズのやじり等が見つかるそうです。

どういうことかというと、西洋、大陸では人間同士の戦い、残虐があったと思われますが、日本ではそれが極めて少なかったのではないかと想像できるそうです。

さらには何と、魏志倭人伝にも「日本では争い事が少ない」と書いてあるのです。

魏志倭人伝は、3世紀の末に中国で書かれた書物です。

残念ながら、その頃の書物は日本では存在するものがないのです。

魏志倭人伝には「卑弥呼」のことも書いてあるのですが、日本に存在する書物には卑弥呼のことが書いてある当時の書物が存在しません。

つまり日本人は、魏志倭人伝という、中国で書かれた日本に関する書物から卑弥呼の存在を知ったわけです。

クリスマスのデコレーション

ドイツでは、クリスマスが近づくと、室内にクリスマスツリーを飾ります。

でもそれだけでは済まずに、屋外にもデコレーションを行う家もあります。

すぐご近所のこの家は、毎年この頃になるとこのように目立つので有名です。

家の右側に、サンタさん、トナカイ?、雪だるまが並びます。

近所の子供たちは大喜び。

ところが今年、この家のクリスマスのデコレーションがさらにパワーアップしました。

家の左側に巨大なサンタの登場です。

ここは小さな村の中心部を通る道なので、さらに多くの子どもたちを喜ばせてくれそうです。

戦争と日本。マレーシア人の見方

元マレーシア元外務大臣、ガザリー・シャフェー:

「私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。

日本は敗れたが、英軍は再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。

なぜ日本があやまるのでしょうか?

あの対戦でマレーシア人と同じ小さな体の日本人が、大きな体のイギリス人を追い払ってくれたではないですか。

日本なくして東南アジアの独立はありませんでした」

マレーシア元上院議員、ラジャー・ダト・ノンチック:

「戦後の日本人は自分達日本人の事を悪者だと思いこまされた。

学校でもジャーナリズムもそうだとしか教えなかったから、真面目に自分達の父祖や先輩は悪い事ばか りした残虐無情なひどい人達だと思っているようだ。

だからアジアに行ったらペコペコ謝って、私達はそんなこと致しませんと言えばよいと思っている。

そんな 今の日本人が心配だ。本当にどうなってしまったんだろう。

日本人はそんなはずじゃなかったのに。

本当の日本人を知っている私達は今はいつも歯がゆくて悔し い思いがする。

私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです」

マレーシア元首相、マハティール・ビン・モハマド:

「日本の戦争責任を問うならば、そりより以前、非人間的な支配と収奪を続けた欧米の宗主国の責任はどうなるのか。日本が来たことで植民地支配から解放され近代化がもたらされた」

極め付けは何と言っても平成6年、マレーシアを訪れて第2次世界大戦の謝罪を口にした総理の村山富市と衆議院議長の土井たか子に対して:

「なぜ日本が50年前に起きた戦争のことをいまだに誤り続けるのか理解できない」

出典・参考: がんばれ日本、編集ページ

戦争と日本。インド人の見方

反日、自虐史観の人たちの主張です。

「日本人は、パールハーバーを攻撃して戦争を始め、アジアを侵略した悪人どもだ」

パールハーバーの真実に関しては一昨日書きましたが、それでは今度は東南アジアです。

実際に東南アジアの人たちのコメントを見てみるのが1番良いと思います。

まずはインドから。

戦勝国側で東京裁判での判事の1人だったパラダ・ビノード・パール(通称パール判事):

「私の判決文を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということが分かるはずだ。

それなのにあなた方(日本人)は自分らの師弟に、”日本は犯罪を犯したのだ。日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ。” と、教えている。

満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。

日本の師弟が、ゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない」

ネルー初代インド首相:

「彼ら(日本人)は謝罪を必要とすることなど、我々にはしていない。それ故、インドはサンフランシスコ講和会議には参加しない。講和条約にも調印しない」

ネルー首相から、後に女性首相となる娘に宛てた手紙(父が子に語る世界歴史) から:

「アジアの一国である日本の勝利は、アジアの全ての国に大きな影響を与えた。私は少年時代、どんなにそれを感激したかを、おまえによく話したことがあったものだ。たくさんのアジアの少年少女、そして大人が、同じ感激を経験した」

パンディット元国連総長、インド初代首相ネルーの妹:

「日本を辱めようとする内外の歴史家や自虐史観に立つ人たちは、これまで太平洋戦争がもたらしたアジアの民族主義への影響をことさら無視し続け、あるいは ”過小評価” してきた」

ラダクリシュナンインド第二代大統領:

「インドが独立できたのは、日本のお陰である。インドのみではない。ベトナムであれ、ビルまであれ、インドネシアであれ、西欧の旧植民地であった諸国は、日本人が払った大きな犠牲の上に独立できたのである。我々アジアの民は、1941年12月8日をアジア開放の記念日として記憶すべきであり、日本に対する感謝の心を忘れてはならない」

グラバイ・デサイ、 インド弁護士会会長・法学博士:

「インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である」

出典・参考: がんばれ日本、編集ページ

第二次世界大戦の見方

第二次世界大戦の日本の保守の人たちの見方は、

日本は侵略戦争などしていない。

アジアを「侵略した」のではなく、西洋人の植民地から「解放した」です。

ところが、立場が変わって植民地支配国側から見るとそれが逆になります。

アジアは当時、既にイギリス、フランス、オランダ、アメリカなどの植民地でした。

つまりイギリス、フランス、オランダ、アメリカなどの、自分たちの正式な国の一部です。

今なら間違いなく人種差別で大問題となりますが、当時はそれが当たり前でした。

つまり、イギリス他の先進諸国は、アジアを植民地としていたことが悪いことだとは思ってもいなかったのです。

しかもそれが何百年も続いていました。

そのイギリス他の一部(植民地)に日本が攻めてきて、しかも一瞬にして奪ったのだから、それはやはり「侵略」なわけです。

アメリカにはアメリカの見方があると思います。

アメリカは、自分の国自体が元々は人のものでした。

そこに住む原住民を追いやって、ヨーロッパ人がそこを新しい国、アメリカとしました。

原住民であるインディアンは当時、どれだけ血みどろに頑張ったかは、西部劇を見れば明らかです。

但し、悪者は常に「未開の野蛮民族」とされるインディアンの方です。

白人の方は、未開の地に文明をもたらす正義の味方です。

アメリカ人から見れば、未開の地の野蛮民族に襲われるのでやっつけるという風に見えます。

ですが、インディアンにとってはみれば、自分の土地に侵略してきた白人を、命をかけて追い出す、自分たちを守るということになります。

参考出典: ヘンリー・スコット・ストークス著「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」祥伝社新書他。

人間の体は、死後僅か1時間で冷たくなる…

先ほど、ドイツ時間の17:00、日本時間の1:00に自分の母親が亡くなりました。

介護施設に預かってもらっているのですが、日本に住む妹が会いに行った約1時間前はなんともなかったそうです。

施設から妹に電話があり、「大変申し上げにくいのですが、お母様が冷たくなられています…」

そして妹から電話があったのでした。

日本時間で午前1:00に(ラインの)電話が日本の妹から入ること自体がおかしいと思い、十中八九は母親の悲しい知らせかとすぐに気が付きました。

時々会うとは言っても、40年以上ドイツと日本とで離れていて、以前会ったのはまだコロナ前。

しかもその頃はまだ施設には入っていませんでした。

40年以上も離れているせいか、情が薄れているような気がしました。

もう年が年なので先は長くなく、母親が亡くなる時に果たして自分は涙を流すのだろうか?

と思っていました。

日本の妹から電話をもらった後、30分位は家内にそのことを伝えて普通でした。

ところがその後、後から後から涙が出て止まりません。

なんて親不孝な息子なんだ…

十分な親孝行が出来たのだろうか

決して出来ていない…

失ってみて初めて分かる親のありがたみとはこのことでしょうか…

パールハーバーに関する最近のアメリカ人の考え

(当時の日本軍の)パールハーバー(攻撃)に関する最近のアメリカ人の考えが変わってきているそうです。

多くの日本人が、アメリカ(GHQ)から洗脳されてしまっています。

特にひどい反日左翼。

日本人なのに反日です。

「日本軍は、パールハーバーを攻撃して戦争を始めた悪人たち」

と思い込んでしまっています。

本当のところは、「それ以外の方法がないまでに、当時のルーズベルト大統領が日本を窮地に追い込んだ」という背景があります。

その事実が明るみに出てきて、少しづつ多くの人に知られてきているそうです。

例えば毎年この日になると、パールハーバーの記念日だそうですが、ルーズベルトの「リメンバー、パールハーバー」に騙されるな!

本当は、「リメンバー広島だ!」というデモが現れるそうです。

どういうことかというと、ルーズベルト大統領は、日本軍はパールハーバー、つまりアメリカの一部に攻撃を仕掛けてきたのだから、仕返しをしなければいけないとアメリカ  国民に訴えたのです。

当時のアメリカの世論は戦争反対だったそうです。

しかもルーズベルトは自分が選ばれることになった大統領選挙の時に、アメリカの若者に血を流させない、つまり戦争はしないと言って当選していたそうです。

戦争を嫌がっていた国民の世論を変えるために、わざと日本にパールハーバーを攻撃させたそうです。

憤慨したのは、パールハーバーにいたアメリカ軍の将校たちです。

ルーズベルトが戦争を始めるための口実に使われ、約五千人の将兵が亡くなってしまったからです。

そしてなぜ「リメンバー広島」なのか?

パールハーバーの場合は、軍の基地への攻撃だったので、約5千の死傷者は軍人です。

ところが原爆が落とされた広島と長崎は、一般市民が住む普通の都会。

しかも元気な男性はみんな戦争で前線に行っていたので、そこにいたのは女性、子ども、老人、あるいは病気か怪我のある男性でした。

戦う意思も何もない一般市民、しかも弱い立場の人間が、いきなり何十万人も一瞬で虐殺されてしまいました。

そこで、「リメンバー、パールハーバー」に騙されるな!

本当は、「リメンバー広島だ!」

となるわけです。

本当の事実が少しずつ知れ渡るようになってきて、良識のある一部のアメリカ人がこうして声を上げるようになってきてくれることは本当に嬉しいことです。

ですが、それでもまだまだほんのごく一部です。

いまだにアメリカ人の半数以上は、当時の原爆投下は正しかったと考えているそうです。

洗脳、プロパガンダ、メディアは恐ろしいものです。

ですが今後、時間と共にその状況も少しずつ変わっていくことを予感させるニュースです。

ちなみに次の画像は、アメリカの戦争記念館の入り口に立っているそうです。

日本の開戦の理由が書いてあります。

ですがそこには、日本は国益(National interest) のために戦争を始めたとなっています。

「(アジア)侵略のため」などとはなっていません。

もう何年か経つとこれが、戦後にあのマッカーサーが上院で発言したように、「日本は自衛のために戦争を始めた」とより正しくなるかもしれません。

そしてパールハーバー攻撃記念の文字からは、「攻撃」の文字が消えているそうです。

さらなる余談ですが、日本の特攻隊の元祖と思われる例が、当時のパールハーバーで起こったそうです。

当時の攻撃機の操縦士の1人、飯田さんが、燃料タンクに被弾して、もう戻れないと覚悟を決めて、基地の倉庫に突っ込んだそうです。

パラシュートで脱出して捕虜になるよりも、墜落してただ単に死ぬよりも、自分の命と引き換えに、少しでも相手の武器弾薬を壊してやろうという意味での特攻です。

その行為に対して、「敵ながらあっぱれ!」ということで、何とアメリカ軍側が基地の中に石碑を建てたそうです。

その石碑を安倍元首相は訪米の際に慰問しているそうです。

歴代の日本の首相として初めてのことだったそうです。

後ろに現首相の岸田さんが見えます。

出典: 虎ノ門ニュース、11月23日(火)、江崎道朗さん

そろそろ、反日左翼の人たちにも目を覚まして欲しく思います。

ちなみにアメリカは、リメンバー何々で世論を煽動して戦争をするのが好きです。

リメンバー、アラモと言ってメキシコを襲い、

リメンバー、メインと言ってスペインを攻撃、

そして、ありもしない大量破壊兵器でサダム・フセインを殺害しました。

苗字の面白さ

どういうご縁か、韓国人の友人知人が多い方です。

その中には、いわゆる在日さんもいます。

在日さんで興味深いのは、国籍(パスポート)は韓国人なのに、韓国語は話せずに日本語だけという人がいます。

韓国人の知人友人が多いせいか、韓国人の苗字が興味深いことを知りました。

どう興味深いのかというと、キムさん、リーさん、パクさんの3つの苗字だけで、韓国人口の半分近くいるのです。

日本の場合、トップ3は佐藤さん、鈴木さん、髙橋さんだそうですが、その3者合計でも日本人口の5%以下です。

鈴木さんが約180万人ですから、日本人の約67人にひとり。

学校で、どのクラスにもほぼ必ず鈴木さんがいるわけです。

ドイツの場合、上位3位は

Müllerさん、Schmidtさん、Schneiderさんです。

粉(ひき)屋、鍛冶屋、仕立て屋と、

どれも職業を表しています。

3者合わせて全人口の僅か0,6%と、日本よりさらに少なくなります。

天国という苗字の人が日本に50人いるそうです。

天国 = Himmel (ドイツ語)

Himmel さんはドイツにもいます。

日本でコロナ感染者が異常に少ない理由

ドイツではコロナの第4波が猛威をふるい、過去最多の感染者が出ています。

ドイツではまだ第4波です。

それに比べた日本、感染者の数が激減して、ドイツ人からすると正にミラクルの状態です。

そんな時に丁度読んでいるE・S・モースさん著の「日本その日その日」で次のくだりを見つけました。

E・S・モースさんは、明治時代に日本に長く住んだアメリカ人です。

「東京の子供の死亡率がボストンのそれよりも少ないということを知って驚いた私は、この国の保健状態について多少の研究をした。

それによると赤痢および小児コレラは全くなく、マラリヤによる熱病はその例を見るが多くはない。

リューマチ性の疾患は、外国人がこの国に数年間いると起こる。

しかし我が国で悪い排水や不完全な便所その他に起因するとされている病気の種類は日本には無いか、あっても非常に稀であるらしい。

中略

日本人の綺麗好きなことは常に外国人が口にしている。

中略

これは全ての排出物質が都市から人の手によって運び出され、そして彼等の農園や水田に肥料として利用されることに原因するのかもしれない。

我が国では、この下水が自由に入江や湾に流れ入り、水を不潔にして水性物を殺す。

そして腐敗と汚物とから生ずる鼻持ちならぬ臭気は、公衆の鼻を襲い、全ての人を酷い目に遭わす。

日本ではこれを大切に保存し、土壌を富ます役に立てる」

日本人の清潔さと、意外と海外で知られている、当時の東京がエコシティーであったことの両方を述べています。

頻繁に手を洗い、入浴が好き、土足を家の中に持ち込まない、握手をしない、昔からよくマスクをする…

全国民レベルで基本的な清潔さが感染者が少ない理由なのでしょうか…

歳を取ると臭くなるわけ

歳を取ると臭くなると言われます。

加齢臭とか言うそうです。

本当でしょうか?

自分が歳を取ってきたから… と言うわけでもなく、

根拠のなさそうなことに対しては、すぐに疑ってしまいます。

歳を取ると臭くなることに、科学的、医学的? 肉体的? な根拠があるかどうか?

そう言われる理由が少し分かったようなことがありました。

うちの会社には、イタリア人のおじいちゃんが1人働いています。

確か73歳。

定年制度がないので、何歳まででも働けます。

いつものように話しがそれますが、面白いのはドイツの税法。

国が決めた定年は、ドイツでは現在67歳です。

その年齢を過ぎると、社会保険料負担がほとんどゼロに近くなるのです。

*社会保険料とは、健康保険代、失業保険代、年金、労災、教会税(日本人は無関係)…等です。

去年までは、そこに旧東ドイツ支援負担税が加わっていました。

彼は、月曜日〜金曜日まで、毎日9:00〜14:00までの約半日勤務。

給与額は約1.000,00ユーロ。

つまり約13万円。

そのほとんどが手取りなのです。

税金、社会保険料がほぼゼロ。

ドイツでは普通、高給取りのシングルの場合で、社会保険料プラス所得税で44%ほど持って行かれます。

所得税は約30%。

つまり、社会保険料は約14%。

税込の給料が100なら、残る手取りは僅か56/100。

44/100も税金を払うのです。

とんでもない負担額です。

さらにはそこに、ほぼ何を買ってもドイツの消費税19%が加わります。😰

世の中(ドイツ)の物の動き全てに対して、19%もの税金が国に入ります。

(厳密には、賃貸アパートは無税、書籍や飲食は7%)

それだけの税収入があれば、国は何でも出来るはずです。

日本の消費税は現在10%。

それは間違いなく今後も上がっていくでしょう。

それでもまだまだ良い方です。

その昔、経済学の偉大な学者にハイエクという人がいました。

「税金は、何に関しても一切合切10%で回せる」

と仰ったそうです。

しかも10%なら計算が超簡単。

税務署員も大幅に減らせます。

シンプル・ザ・ベストです。

10%以上は不要で、政治家や役人が増えて(肥えて)非効率的になるだけです。

彼らが私服を肥したり、高級月給取りになるだけです。

これは現在世界中の先進国で起きていることで、度が過ぎれば革命のようなものが発生して振り戻しがあると思います。

さて、横道にそれ過ぎた話しを元に戻して、イタリア人のおじいちゃん。

最近気がついたのは、小用を済ませた後のおそそ。

「そそ」とは…:

「粗相(そそう)」・大辞林 第三版の解説. そそう【粗相】 ( 名 ) スル ① 不注意から起こす失敗。軽率なあやまち。しくじり。 「 -のないように気をつける」 ② 大小便をもらすこと。 「寝床で-する」

トイレから戻ってきた後の、彼の股間が少し濡れているのです。😰

でも、人のことは言えません…

それは私も理解できます。

若い時にはなかったのですが、お小水の放出をコントロールする弁が、筋肉の衰えで弱くなり、機能が完璧ではなくなるようです。

どういうことかと言うと、

オシッコが終わった後に、

急いでパンツとズボンを上げた後に、チョロっとお小水が出てしまうのです。

ほんの少しですが…

ちょっと時間を置けば良いのですが、つい慌てると…

オシッコのちょっとぐらい、ズボン、パンツに付いたって…

と思うかもしれません。

オシッコはアンモニアなので、乾くと結構匂います。

勿論程度によります。

別な例だと、口から入る物を送る先で分ける筋肉。

そこが正常だと、食べ物は食道➡︎胃に、空気は肺に送ります。

そこが弱くなると、食べ物を気管支の方に送ってしまいます。

それが毎年正月に餅を2度に詰まらせて、何人ものご老人が亡くなる理由です。

今回このテーマを書くに至った理由は、彼に近づいた際にアンモニア臭がしたからです。

そして思いついたのが、加齢臭というやつです。

以前、加齢臭という言葉を初めて聞いた時に、???と思いました。

歳を取ったからといって、身体が臭くなるだろうか?

それは全く別の例で言うと慰安婦問題です。

(どこまで話しがそれるのやら…)

一部の心ない軍人の仕業なら分かるものの、軍 = 国がそんなことを出来るだろうか???

まあそれは話しが飛びすぎるので元に戻すとして、歳を取ったからといって、臭くなる科学的な根拠はあるだろうか…

全く思い浮かびませんでした。

あるとすれば、歳を取ると身体も自由が動かなくなり、入浴もついつい面倒くさくなり…

と言うことであれば分かります。

シャワーに限らず、バスタブに入る入浴って結構体力を消耗します。

若い人は気が付きませんが、歳を取ると分かるようになります。

入ってしばらくは気持ちが良い反面もありますが…

入浴の頻度が下がり、お小水がパンツ・ズボンに付く可能性が高まる…

歯も頻繁に磨かなくなって(?)、口も臭くなる?

これが加齢臭の原因でしょうか?

「心臓」と「心」は、ドイツ語ではどちらも「Herz」で一緒

うちの3人の子どもたちは、ドイツ生まれのドイツ育ち。

保育園からずっと現地校なので、家では日本語、外ではドイツ語。

実際には家でも姉、兄弟同士でドイツ語です。

日本語も一応ネイティブの発音で話せますが、単語数はとても限られています。

漢字となると、それはもうひどいレベルです。

そんなことからか、日本語とドイツ語の違いの面白さによく気が付きます。

今回は「心臓」と「心」です。

ドイツ語ではどちらも „Herz“ というひとつの単語であることに気が付きました。

「心臓」は臓器の一つです。

「心」は目に見えないものです。

日本人にしてみると、その2つの単語がひとつで一緒というのは物足りない気がします。

思えば英語も “heart“ のみです。

日本語の方が深くて微妙な表現が出来るとよく聞きますが、何となくうなずけます。

例えば日本語の場合、「心が痛い」と「心臓が痛い」では全く意味が違います。

ドイツ語だと…

Mein Herz tut weh. になります。

それだけ聞くと、心が痛むのか、心臓が痛いのか、どちらか分かりません。

バイリンガルの長女によると、その前後の言葉を聞かないと、分かり得ないそうです。

ひょっとして、ドイツ語でも英語でも、阿吽の呼吸が必要?😅

エドワード・シルベスター・モースさんをご存知ですか?

アメリカの動物学者(1838~1925)で、1877年にお雇い外国人として来日し、東大の教授などを務めました。

1877年というと明治10年。江戸時代が終わってまだそれほど経っていない頃。

乗っていた汽車の窓からの眺めで、大森貝塚・縄文土器を発見・発掘して、日本の考古学研究の基礎を作った人だそうです。

ダーウィンの進化論を初めて日本に紹介した人でもあるそうです。

かなり変わった人で、子どもの頃は手に負えない生徒ということで、全ての学校を退学させられたそうです。

よって、正式な教育は受けていないのに実力が認められて、アメリカで教授になっています。

モースさんも、当時の日本にポジティブに驚いた外人のひとりで、次の言葉を残しています。

「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい。私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。

鍵をかけぬ部屋の机の上に私は小銭を置いたままにする」

「日本人の子どもや召使は... 触ってはならぬ物には決して手を触れぬ。こそ泥は皆無ではないものの ”盗まない”」

「正直、節倹、丁重、清潔、その他わが国において『キリスト教徒的』とも呼ばれるべき道徳の全てに関しては、一冊の本を書くこともできるくらいである」

「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気が付き始める。

すなわち彼ら(外国人) は、日本人に全てを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいことである。

衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然および全ての自然物に対する愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり...

これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である」

「大学を出てきた時、私は人力車が4人いる所に歩み寄った。

私は、米国の辻馬車屋がするように、彼らもまた揃って私の方に駆けつけるのかなと想っていたが、事実はそれに反し、1人がしゃがんで長さの違う麦わらを4本拾い、そしてくじを引くのであった。運のいい1人が私を乗せ、他の3人はいやな感情を示さなかった」

隅田川の花火大会でごったがえす屋形船の船頭たちが、長い竿で船を避け合ったり、助け合ったりし、怒声や罵声もなくただただ「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉が飛び交うだけで、和気あいあいとして優雅で温厚に振舞う船頭たちの姿を描き、「わがアメリカならはいへんだ」と、その落差に慨嘆している。

「維新から、まだわずかな年数しかたっていないのに、(中略) つい先頃まで輸入していた品物を、製造しつつある進歩に驚いた」

そのモースさんの当時の行動について詳しく描かれたNHKの動画を見つけました。

https://youtu.be/F1XatFB7bLo

ウイグル、チベット、モンゴル、香港、台湾、そして尖閣諸島状況を軽視出来ないことを示す長崎事件

中国が台湾や尖閣諸島を狙って軍事行動で威嚇しているというニュースが頻繁に入ります。

最初は私も、今のこの狭くなった(= 情報が早くなった)地球上で、本気でそんなことを企んでいるのだろうかと少し懐疑的でした。

ですが、特に1886年、明治19年に起きた長崎事件というのを知ってからは本気で心配するようになりました。

ウィキペディアでも出てくるので、詳しくはそちらの情報に譲りますが、中国のとんでもない行動と、日本の弱腰外交が浮き彫りにされた事件です。

中国の戦艦が長崎に修理のために寄港した時に起きた事件です。

500人ほどの水兵が許可なく上陸して長崎市内で泥酔して悪さを働いたそうです。

丸山遊郭で暴れていたその一部を、警棒しか持っていないものの、武道に長けた警官2人が2名を逮捕して、残りは逃げたそうです。

逮捕された2名は派出所に連行されました。

問題はここからで、その後に日本刀を持った水兵が10人、派出所を襲って来たそうです。

警棒対日本刀なので、巡査は負傷しながらも応戦したそうです。

そして応援の警察官も到着して水兵たちを取り押さえて現行犯逮捕したそうです。

そして長崎県警に送られました。

犯人らは取調べを受けて清国の領事館に引き渡されたそうです。

当時の日下義雄長崎県知事と、清国の蔡領事との会談で、次の2つの約束が交わされたそうです。

1 清国の水兵の集団上陸を禁止する。

2 清国の水兵の上陸を許す時は監督士官を付き添わせる。

ところが翌日、再び約300人の水兵が上陸し、その内の数十人が交番の前で大声、奇声を発して放尿したそうです。

注意した巡査は警棒を奪われそうになって乱闘になり、この時来ていた水兵は腕に覚えがある者たちによる復讐だったようで、3人いた巡査の内の1人が死亡、1人が重体で翌日死亡しました。

騒ぎを見つけた一般市民や、通りかかった別の水兵たちも乱闘に加わり、応援の警官隊が駆けつけた結果…

中国の水兵側は士官1人死亡、3人負傷、水兵が3人死亡、50人負傷…

日本側は巡査が2人死亡、警部3人負傷、巡査が16人負傷、一般市民十数人負傷となりました。

清国側では、天津にいた李鴻章(直隷総監、北洋大臣)が天津駐中領事館の波多承五郎領事を呼び出し、「日本の巡査が無防備の清国水兵を刀で殺傷した」と言って恫喝したそうです。

結局、欧米の法律家にも参加してもらって、日清両国で事故の調査委員会を発足させたそうです。

交渉は何度も続けられたそうです。

結局その決着は政治に委ねられることになりました。

日本側は事態を丸く収めようとする井上馨外務大臣、中国側は客観性のない主張を繰り返す徐承祖全権大使。

結果、日本側が一方的に悪いという妥協案がまとめられました…

その8年後の1894年、明治27年に日清戦争が起こっています。

実はこの長崎事件よりももっとひどい通州事件というのがあります。

通州事件は、続くブログで出てきます。

もし今現在、似たようなことが起きたら、日本は大丈夫なのでしょうか?

アメリカに守ってもらうのでしょうか?

アメリカは守ってくれるのでしょうか?

アメリカ人に戦かってもらい、日本人は見ているのでしょうか?

夫とは元々、妻に教育される存在?

昔はその逆だったかも知れません。

嫁入り年齢も若かったので、若いお嫁さんは、お姑さんや旦那さんからその家の家風や方式などを色々と習ったのだと思います。

最近つくづく思うのは、現代では逆なのではないかということです。

主婦の仕事がいかに大変かを夫が気付かされて、いつからかそれを手伝うようになる。

男は最初、家事、育児は女の仕事と決めつけて、自分の仕事を理由に手伝うことをしません。

「生活費は俺が稼いで来ている!」という変な自負もあるかもしれません。

あるいは古い家によっては、「男は台所に立つな!」というのもあります。

私が子どもの頃も、母にそう言われました。

今ではもうないか…

子どもが何人も出来てくると、主婦の仕事は倍々ゲームのように増えてきます。

そうなってくると、それは女の仕事だからと割り切って見ているわけにはいきません。

夫が妻の家事の手伝いを始めます。

男の仕事が昔ほど激務ではなくなったこともあるかもしれません。

昔は休みが週一、年休は僅か3日、平日の仕事は8時間ではとても終わらず、男には家で何かをする余力は残っていませんでした。

でも今は、8時間以上働く場合は残業となり、政府が音頭を取ってその残業を無くして行きました。

私の場合はいわゆる自営業なので、家で仕事をすることも多く、出勤時間などもなくて時間が自由です。

だから例えば子どもたちがまだ幼児だった頃の夜のお風呂や朝のオムツ替えは私の仕事でした。

それでもそれ以上の家事を手伝うことは思いつきませんでした。

子どもがどの位手がかかるか、男の子か女の子かによっても違いますが、子どもが2人、3人と増えてくると、お母さんの大変さが目に見えてきます。

気が付くのが早い人もいれば、遅い人もいます。

ずっと気がつかない人(夫)もいるかもしれません。

それも一種のKYでしょうか…😅

気が付かないふりを続ける人もいるかもしれません。

そういう人は、会社を定年まで勤め、退職金が出た時に奥さんから三行半(みくだりはん)を突きつけられたりします。😰

早目に気が付く人は、それを免れることが出来ると思います。😅

どの位早く気が付けるかどうかが勝負で、奥さんに見放されるかどうかが決まります。

私の場合は、早くもなく遅くもなく…

お陰様で丁度良い頃合いで?気が付きました。

慣れてみれば、後片付けや皿洗いがごく当たり前の自分の義務のように出来るようになるのが不思議です。

人間は、本当に慣れの動物です。

それからというものは、私は家僕に徹することにしました。(⬅︎ 大袈裟😅)

それが彼女をボスと呼んでいた理由です。

ボスと呼ばれるのを嫌がるのを知ってやめました。😅

実は彼女、知り合った頃は私の部下でした。

彼女は経理の責任者で、私は彼女のボスで会社の責任者。

彼女が私に報告に来ると、私の机の前で直立不動で報告してくれました。

結婚して子どもが3人も出来ると、その立場が全く逆転するとは思いもよりませんでした。😅

それにしても昔のお母さんは、5人とか6人とかの大勢の子供を抱えてどうやって毎日をこなしていたのでしょうか…

最も効果的に痩せる方法。イン側よりも効果的なアウト側

イン(食事)に続いて今度はアウト(エネルギーの消費)の方です。

アウトを増やす方に関して、何冊も本を出しているような著名なお医者さんたちも、意外と分かっていないことがあります。

運動ではあまり痩せないなどと言っていることです。

それは大きな間違いです。

散歩(ウォーキングレベル) やジョギングによるアウトの効果はとても大きいです。

人間が寝ている時、それでも動いている脳や心臓、肺などが消費するエネルギーを基礎代謝といい、普段の生活の約60%のエネルギー消費量だそうです。

寝ているだけ、身体を動かさなくても60%です‼️

運動なら、それを200%とか300%とかにすることができるわけです。

中学や高校の野球部やサッカー部の連中の食べる食事の量を知っているでしょうか?

3人前をペロッと平らげても平気な顔をしていて、それでいて痩せているのです。

プロ級のアスリートの食事も凄い量です。

北京オリンピックの水泳で8個の金を独り占めにしたマイケル・フェルプスさんの食事の量の写真が以前雑誌に出ていました。

ビックリ唖然のボリューム。

それだけ食べても全然太りません。

なぜでしょうか?

どんなに食べても、全部、運動で消費してしまうからです。

インで制限できるMax. は断食です。

普段の食事との差は、一日わずか3食分です。

Min.とMax. の差はとても狭いです。

でもアウトの方の運動は、ゼロからMax. の過激な運動までの範囲はかなりあります。

つまりダイエット(健康)にはアウトは効果絶大なのです。

著名な先生方には運動部の友だちがいなかったのかも知れません。

インを減らしてアウトを増やす。

いえ、アウトだけでも十分です。

アウトが増えるとお腹が空いて、むしろインは増えるかもしれません。

そこで空腹を楽しむ。

これが痩せることのコツではないでしょうか。

ここでもうひとつ追加です。

詳しくは、太らない方法の方に書きましたが、筋肉量を増やす方法です。

筋トレをして筋肉を増やすと、エネルギー消費量が増えて太りにくくなるのです。

筋肉が少ないと、エネルギー消費が少ないので、食事の量を減らしても痩せにくいのです。

筋肉を増やすと体温も上がります。

体温が上がると、免疫力も強くなります。

病気にもかかりにくくなるのです。

例えばガンも熱(高い体温)に弱いそうです。

いいことづくめです!

肥満は万病の元。

しっかり痩せて、筋肉質になりましょう!

少し太り気味位が、最も健康と言う人がいます。

嘘だと思います。

その方が楽ではあるかも知れません。

でも、1番健康でいられるのは、痩せ気味であることだと思います。

断食は、多くの病気を治します。

動物が病気になると、どこかの片隅に行って食事も取らずにじっとしています。

医学の父、ヒポクラテスも言っています。

「病人に食べさせると、病気を養うことになる。一方、食事を与えなければ、病気は早く治る」

「筋肉を十分に使っている人は病気にかかりにくく、いつまでも若々しい」

健康四原則

最も効果的に痩せる方法。まずはイン側の方。

まず、「何々を食べるとやせる…」というウソに騙されないことです。

それは基本的に最初から間違っているからです。

食べないとやせるのであって、食べたら太ります。

食べてやせるわけがありません。

人間はついつい楽な方に逃げがちです。

何々を食べると痩せるという矛盾、ウソにだまされてはいけません。

結論は、イン(食事)とアウト(運動などのエネルギーの消費) のバランスです。

食べた量より多く消費すればやせますし、その逆なら太ります。

だからインを減らすか、アウトを増やすかです。

両方できれば効果テキメンです。

インを減らせばお腹が空きます。

アウトを増やすのは楽ではありません。

でもその2つしか方法はありません。

マジックはありません。

インを減らす方法に、「空腹を楽しむ」というのがあります。

お腹が減るのを楽しむのです。

食事の後に、ついつい「ふ〜、食った〜!」というような時は食べ過ぎです。

次の食事の時にも、まだそれほどお腹が空いていません。

そこで、常に腹七〜八分で我慢しておくと、次の食事の時に食欲がわいていて美味しくなります。

そうすると、常にお腹が減っている状態でもあります。

「そうか、その状態を楽しむんだ!」

たいして食欲もないのに、食事の時間だからといって何となく食事を取っていないでしょうか?

食事の時間になったからと言って惰性で食べている時がないでしょうか?

食事の前に必ずお腹は空いているでしょうか?

食事の時間の度に、お腹に聞くクセをつけます。

「お腹さん、お腹さん、あなたは今、本当にお腹が空いていますか?」

もし空いていなければ、一食抜いてしまいます。

あるいは食べる時間を少しでも後ろにずらします。

食事の時間だから食べるという常識を疑います。

食事の時間を後ろに伸ばしたことで、中途半端な時間に食事をすることになります。

そうすると、その次の食事の時間はもうお腹が空いていません。

そこでその食事は抜いてしまいます。

その方が健康的だし、次の食事がとても美味しくなります。

食べないと身体に良くないというのは、現代の迷信です。

むしろ食べると身体に良くないのです。

後で食事をする時間がないかもしれないから、今食べておこうとか、

ばてちゃうから食べておこう… などなど、みんな嘘です。

それは我々先祖の時代のお話。

少なくとも戦前〜それ以上前のお話。

1食や2食抜いても全く問題ありません。

その次の食事が楽しみになります。

空腹を楽しんで、次の食事を楽しみにするのです。

人間の身体は面白く出来ています。

もし、イン(食事の量)が減っても、身体が何とかしてくれます。

飽食などというのは、数百万年の長い人間の歴史の中で、僅かこの数十年だけです。

戦前以前の人間は、常にお腹が減っていました。

そのとても長い空腹の歴史の中で、身体が飢えに対して強くなりました。

空腹のために血糖が下がると、それを上昇させるホルモンには、アドレナリン、ノルアドレナリン、グルカゴン、サイロキシン、コルチゾールなど10種類あります。

ところが、過食のために血糖が上昇し過ぎた時にそれを低下させるホルモンはインスリンのみなのです。

人間の身体は元々、飢えには強くて過食には弱いのです。

断食や極端な減食をするとどうなるかご存知でしょうか?

脂肪が落ちて痩せていきます。

つまり、体重が落ちていきます。

でもそれを続けていくと、あるところで体重の減少が止まるそうです。

飢えに対する身体のシステムが働き始めるのです。

世の中には、かなりの少食で生きている人たちがいます。

極端な例は、青汁だけ飲んでいる人や、アフリカなどの飢えた人たちです。

僅かでも食べていれば、餓死はしません。

餓死は、食べる物が本当にゼロになった時です。

インが極端に減ると面白いことが起こります。

ガンさえも治してしまう例です。

インが極端に少なくなると、身体の中でそれを送る先に限りが出てくるそうです。

よって、ガンがはびこっているいるところには栄養が回らずに、ガンが小さくなっていくそうです。

血液の例ですが、怪我などで極端に血液を失った場合、あるいは極端に寒い条件下に置かれた場合。

血管には、身体中の毛細血管を含めた普通の経路と短絡路(近道)の両方があります。

置かれた条件下によって、身体が自動的にそれを調節するそうです。

身体が緊急事態の場合、各部の毛細血管を含む普通の経路を絞り、短絡路だけを通すようになっているそうです。

そして、限られた血、エネルギー、あるいは熱を*、限られた先にだけ送ります。

* 血液には、酸素やエネルギー、老廃物を運ぶだけではなくて、体温を保つ役目もあります。

送られる先は心臓、そして頭と肺です。

手足や内臓に行く分は減らされてしまいます。

緊急事態の際に、人間が最低限生き延びるには、血液を循環させる心臓、司令塔である頭、酸素を取り込む肺が最低限必要です。

でも手足や内蔵は、極端なお話し、生き延びるのに絶対不可欠ではありません。

それらがなくても命は守れるからです。

だからひどく寒い条件下では、体温を保ってくれる血液が足りずに、手足の先から凍傷にかかって壊死していきます。

お腹が本当に空いていない時の食事は抜く、あるいは時間的に少しでも後ろにずらす。

そしていざ食べる時は、お腹が一杯になる手前の半分位のところで、再びお腹に聞きます。

「お腹さん、お腹さん、あなた本当にまだお腹が空いている?」

アウト側に続く

マラソンが、とても危険な理由

ジョギングを40年ほど続けました。

フルマラソンに5回出場しています。

ベルリン2回、フランクフルト、ハンブルグ、ミュンヘンが1回づつです。

でも今は、腰痛と膝痛で走れなくなってしまいました。

走れないどころか、特に膝が痛くなって歩くのもMax.で数kmです。

よって、車か自転車での移動に頼っています。

そんな私が今思うのは、今までの人生で走り過ぎてしまったと思うことです。

毎週最低10km以上は走っていました。

フルマラソンの前は、もっと走って準備をしました。

人間の身体が果たしてそんなに長く走るように作られているでしょうか?

私は作られていないと思います。

それは数百万年という長い人間の歴史、進化を考えてみれば分かると思います。

➡︎ 進化が示す健康法則

そんなに長い人間の歴史の中で、果たしてそんなに長い距離を走り続けて来ただろうか?

歩く距離は結構あったと思います。

でも走ることに関してはどうだったでしょうか?

走ると、足が地面から宙に浮きます。

そして着地します。

地面とのコンタクトです。

その時にショックがあります。

一回一回のそれは、勿論大したことはありません。

ですがそれを何万歩も続けて、それを定期的に続けると…

「継続は力」がネガティブに働きます。

膝や腰への負担です。

定期的にフルマラソンに出場するレベルは走り過ぎだと思います。

競技マラソンの選手達は間違いなく走り過ぎだと思います。

個人差が大きいので、一概には言えませんが…

関節が強い人もいれば、弱い人もいます。

70才を過ぎてもマラソンに出ている人はいます。

でも平均的に考えて、マラソンに定期的に出るレベルはもう危ないと思います。

走っている人たちに水を差すようで申し訳なく思いますが、老後のまでを考えると、ほどほどが良いと思います。

両親を20世代も遡ると、100万人ものご先祖さまと繋がっているという不思議な事実

倍々計算って、続けているととんでもない数字になるのをご存知でしょうか?

こういうお話しが残っているそうです。

豊臣秀吉と家来の1人、新左衛門という人のお話しです。

新左衛門が何かの手柄を立てて、褒美をもらう時のことだったそうです。

秀吉は、「褒美をやるから遠慮せずに何でも言ってみよ」みたいなことを言ったそうです。

新左衛門は、「では、今日は米1粒、翌日には倍の2粒、その翌日には更に倍の4粒と増やしていき、100日間続けて下さい」と言ったそうです。

秀吉は、「欲のない奴め」とでも思ったかも知れません。

ところがそうやって倍々で増やしてゆくと、100日後にはとんでもない量の米になることが分かり、褒美を変えてもらうことになったそうです。

他にも新左衛門は、秀吉が猿に顔が似ている事を嘆くと、「猿の方が殿下を慕って似せたのです」と言って笑わせたそうです。

新左衛門はとてもユーモアのある人で、落語家の始祖とも言われているそうです。

さて本題です。

人間(生き物)には誰にでも必ず両親がいます。

父母がいないと自分の存在はあり得ません。

誰にでも必ず父と母の2人の存在があります。

もし結婚をするとその数は、義理の両親を含めて4人になります。

では両親の両親、おじいちゃん、おばあちゃんまで入れるとどうなるでしょうか?

全部で8人になります。

倍々計算です。

「倍々計算? これはひょっとして面白いかも!」

と気が付いて計算を始めてみました。

その結果、たった10世代遡っただけで1.024人と繋がります。

そして20代でもう100万人です。

49代遡ると、何と560兆人になります。

どれだけ多くの人(ご先祖さま)と繋がっているのでしょうか?😰

でもちょっと待って下さい。

当時、そんなに人口が多かったでしょうか?

そんなはずはありません。

じゃあ、どうして?

あちこちで重複しているからです。

つまり正に「人類皆兄弟」です。

「結婚相手は所詮他人だから」と言う人がいます。

まだ子どもがいない内はそう言えるかも知れません。

でも、子どもが出来ればこの輪の中に組み込まれることになります。

これは凄いことを発見したと思いました。

でもそれ以降、そのことが書いてある物を2、3見つけました。

そのことに気が付いたのは自分だけではないのでした。

当然のことでしょうが…😅

致知出版社から出ている「日本のこころの教育」境野勝悟著という本もそのひとつです。

どうして「こんにちは」、「さようなら」、「おとうさん」、「おかあさん」と言うのかの語源、日本の国旗、日の丸はどうしてそうなったのかの理由も出ています。

小学生〜高校生まで幅広く、子育てを行なっているご家庭にお勧めの本です。

男は地理に強くて人の話しを聞かず、女はその逆である理由

以前ある時に、あることをふと思い付きました。

例外もあるので、あくまでも一般論、比較的にというお話しですが…

どうして男は地理に強くて女は弱いのか…

どうして男は人の話しを聞かず、女は聞くのか?

どうして男は無口で女はよくしゃべるのか?

以前、「健康の法則は進化が示してくれている」ということに気が付き、進化に興味を持っていたからだと思います。

とても長い間、男女共にそのように鍛えられ続けてきたからではないかと気が付きました。

進化論が正しくて、遠い昔に猿から分かれて人間が誕生したとします。

それは数百万年も前からのことになると思います。

つい最近までの数百万年ものとても長い間、家族を持った男の仕事は、どこかで食べ物を見つけて家族の元に戻ること。

女の仕事は、留守の間の家族をまとめること。

食べ物がなければ家族は飢えてしまいます。

男は家族全員のために必死になって食べ物を探します。

家族が食べるものを得るために、住処(すみか)を遠く離れることも頻繁にあったと思います。

そんな時、もし地理に弱いと住処に戻れません。

一生、家族に会えなくなってしまいます。

だから必死に地理を覚えます。

必死に食べ物を探して地理を覚えます。

人の話しに耳をかす余裕などないでしょう。😅

それに比べて家族と共に残された女。

つまり母は、男の留守の間に残された家族をまとめなければなりません。

自分自身もよく喋って家族を元気付けたり、家族の話しに耳を傾けます。

それが数百万年もの長い間、ずっと続きました。

それが原因で、男は地理に強いけれども人の話しを聞かない。

女は地理に弱いけれど、人の話しを聞くしよくしゃべる。

ようになったのではないかと思い付いたのです。

でもそこで、ある本の題名も思い出しました。

「話を聞かない男、地図が読めない女」です。

だいぶヒットしたのでしょう。

読んだことはないのに、その題名は聞いたことがありました。

早速アマゾンで探して注文して読んでみました。

案の定でした。

正に似たことが書いてありました。😅

まあ、あくまでも仮説ですが…

「結論から先に!」人が発言する理由

女性に向いた職業は政治家?」というブログに、佐藤ようこさんから次のコメントをいただきました。

「うちの町内会の会長さんは、元小学校の先生。ものすごく話が長いです。結論を最初に言って欲しいのに、いつまで経ってもたどりつかず。わたしは、眠くなってしまいます」

そういうことを言う人は、ビジネスで結構鍛えられた人だと思います。

私も前の会社で直属の上司、「嫌なヤツのお面をかぶった神様」にかなり鍛えられました。😅

その神様は、口を開けば人の批判をしていた人だったからかも知れません。

私の話しは常に言い訳から始まっていたのだと思います。

その上司から、常に結論から話し出すようにと鍛えられました。

さらには、相手が求めなければその理由を述べることさえ不要なのです。

例えば…

「ヨーロッパでビジネスを始めるのなら、どの国から始めるのが良い?」

という質問に答える時。

結論だけを言えば「ドイツです」となるとします。

その次に続く、「なぜなら…」は、相手が求めなければ不要というものです。

結論から先に言わない人は、「地理的にもヨーロッパのほぼ中心に位置して、EUの経済をひとりで牽引していて…」となるかも知れません。

そして最後に、「だからドイツです」という結論が来ます。

長年そう鍛えられた私は常に、「ドイツです」で話しが終わってしまいます。

味もそっけもありませんが、そう鍛えられてしまったのです。

よって、誰かから話しかけられると、その人が結局のところ何を言いたいのかを理解する努力をしますが、

話しが長いと混乱をきたしてしまいます。

「この人は結局、何が言いたいのだろうか?」となってしまうのです。

人が何かを発言する時には、そこに「言いたい欲」があるのは間違いありません。

でもその「言いたい欲」の具体的な内容は何でしょうか?

何か聞きたい、知りたいことがある?

感動、感心、驚いたことがあって、それを他の人にも伝えたい?

腹が立っていて黙っていられない?

批判されていると思って自分を庇いたい?

面白くないから、暇つぶしに話しかけたいだけ?

前述の町内会の会長さんも、何が言いたいのかがまとめられていなかったのかも知れません。

日常の会話ならまだしも、大勢を前に話しをする時は、それなりの準備が必要です。

いえ逆に、大勢の人を前にしてする話にもかかわらずに飽きられてしまうお話しを出せるというのはある意味凄いかも知れません。😅

「結論から先に、しかも問われるまでは結論のみ言う」と鍛えられてしまうと、ついつい相手にもそれを求めてしまいます。

特に仕事中は…

結論から答えてはくれても、その続きにその理由が自動的に出てくる人もよくいます。

忙しい時はついつい、「理由は聞いていません」となります。😅

その理由については、「その理由は?」と聞かれてからはじめて答えて欲しいと思ってしまいます。😅

「言いたい欲」というものがあるのでしょうがないのですが…

仕事ではなくてプライベートな時の会話ではそうはいきません。

そうでないと面白くないヤツとなってしまいます。

人と話している時に、携帯電話が鳴ったらつい出てしまうという悪い癖は一刻も早くやめましょう。

以前一度書きましたが、今日では、当然のことながら誰でも携帯電話を持っています。

いつでもどこでも誰とでも? 話せます。

万物に長短あり。

いつでも電話がかけられると同時に、いつでも電話がかかってきてしまいます。

私は、アメリカにとても尊敬する先輩がいます。

その先輩が時差を考えるのが苦手なようで?😅、夜中に電話がかかってきます。

そこで夜間は携帯のスイッチをオフにするようにしました。😅

実は、ドイツで事故に巻き込まれたなどの緊急事態に遭った日本人に対して、ヘルプのボランティア電話通訳を受け付けています。

よって、本来なら夜中でも電話に出なければなりません。

ですが、「ご機嫌いかが?」のコールで夜中に起こされるのはやはり辛いです。😰

かかってくる日中の電話がうっとうしいといって、携帯のスイッチを、自分がかけるとき以外にOffにしている人は皆無でしょう。

前に私が勤めていた会社の上司以外は…

前の会社で直属の上司は本社の課長。

でも彼は普段ドイツにはいません。

普段は日本です。

ドイツに来た時だけ使う、ドイツの携帯電話を彼は持っていました。

彼の携帯のスイッチは常にOff。

自分がかける時だけOnにします。

例えば私に命令(指示)を出す時…😅

そこまではしなくても良いのですが…

常に携帯を気にしていて、かかって来る電話に出なきゃいけないと律儀過ぎる人が多くいます。

別の誰かとフェースツーフェースで話している時でも、かかってくる電話に出ます。

それって出る必要があるのでしょうか?

「父、危篤。すぐ帰れ」

というコールなら話しは別です。

でもそんなに頻繁に緊急事態が発生するものでしょうか?

緊急事態以外に、誰かと話している時に電話に出る必要はないと思います。

マナーモードをオンにして、後でかければ良いのです。

面と向かって自分と話している相手が、鳴った電話に出て、いきなり別な話しを始めたら…

相手が自分だったらどうでしょうか?

ほぼ誰でも気分を害すると思います。

目の前にいる人の方を大切にしたく思います。

優れドイツ語、Spielverderber

ドイツ語にも英語にも、日本語でピッタリと一言で当てはまらない単語があります。

日本語にない単語なので、ついつい使いたくなります。

ですが、聞いてる相手に理解をしてもらえなければ意味がありません。

それに、日本語の会話に一般的ではない横文字を入れるのはカッコ悪く思います。

英語やドイツ語がある程度喋れるようになると、日本語の会話にも時々それらの単語を出してしまいます。

その方が楽だからですが、聞こえは良くありません。

今回は、Spielverderber というドイツ語の単語です。

Spiel は遊びとかプレイです。

Verderben は、腐らす、ダメにするという意味です。

語尾が er になると、それをする人になります。

つまり、遊び、プレイを腐らせる人、ダメにする人です。

実際の意味ですが、ゲームなどで複数の人が盛り上がっているところで、それをダメにしてしまう人、興醒めさせる人のことを言います。

大勢である1人をサプライズさせようとしているのに、前もって本人にそのことを言ってしまうような人のことです。

海外にいて、最も効率よくその国の言葉を覚える方法

その国で恋人を作るのが1番だと言われます。

でも、恋人の場合は、相手が気を利かせてしまうので、思ったほど効果があるとは思えません。

恋人になってしまうと慣れてしまうということもあります。

実はもっと良い方法があります。

スポーツなどのチームに入ってしまうことです。

自分以外は全て現地人。

容赦なく現地の言葉での会話です。

遠慮はありません。

チームの中には優しく賢い人もいて、マンツーマンなら丁寧にゆっくり話してくれる人もいるかもしれませんが、集団になるとそうはいきません。

勿論その場合は、超初心者では最初から全然ついていけないので、初級レベルはマスターしておいた方が良いかもしれません。

そういうチームの中で現地の言葉で揉まれれば、短期間でかなりのレベルに達せられます。

香水をかけるか、洗うか…

西洋人の体臭、特に腋臭が臭いのをご存知でしょうか?

若い頃、スペイン人女性と付き合っていたことがあります。

イギリスの英語学校でのクラスメートでした。

相手の方からのアプローチでびっくりしましたが、交際する運びとなりました。

ちなみに、結構そう言うお話を聞きます。

日本人女性が、外国人男性にアプローチされるのは当たり前です。

その逆に、海外の英会話スクールなどで、日本人男性が、外国人女性にアプローチされるのです。

話しを戻して…

彼女もシャワーを浴びた後に、まだそれほど時間がたっていないのに、微かに匂っているのに気が付きました。

日本人は毎日お風呂に入るから臭くないとか、

西洋人は毎日お風呂に入らないどころか、シャワーも毎日浴びるわけではないから臭いというのではありません。

実際に腋臭がすぐに臭くなるのです。

肉食主体の食べ物の関係でしょうか…

そこで西洋では香水が生まれたのだと思います。

スポーツをした後に、シャワーで汗を流しますが、よく見かけるのは、ドイツ人が服を着る前に、脇の下に香水スプレーをかけるのです。

こちらにしてみると、「えっ、今シャワー浴びたばかりなのに???」

プールでは、年配の女性の後方を泳ぐと、香水の匂いが水を通じてプンプン匂ってきます。

プールに入る前に髪を洗って欲しい…

トイレの汚物の処理に関して、江戸では素晴らしい循環システムが整っていたそうですが、パリやロンドンではメチャクチャだったそうです。

中世の西洋の女性のふっくらとしたスカートは、トイレの整備が遅れていたので、女性がその辺で用をたせるためだそうです。

西洋人の腸が、日本人よりも2、3割短いのは何となく納得できます。

西洋人は基本的に肉食なので、野菜や魚に比べて腐敗が早くて消化が悪く、臭くなるものを少しでも早く体外に出したいので、西洋人の身体(腸)が、そう進化したのだとうなずけます。

それでも西洋人の体臭が臭い理由は分かりません。

ちなみに、イギリスのあのチャーチル首相の両親は日本旅行をしています。

その時のチャーチル首相のお母さんの次のコメントが残っています。

「30度近い気温の中で、男性の多くがほんの少ししか衣類を身に付けていなかったが、それでも体臭がひどいと言うことはなかった。

これが欧州、例えばロンドンの劇場であったならば、とてもそうはいかなかったであろう」

関榮次著「チャーチルが愛した日本」PHP新書

香水などの匂いで悪臭を断つよりも、やっぱり洗って落とした方が良いと思います。

臭いものには蓋をしろではなくて、臭いものは取り除け、です。

南京事件

南京事件は、当時に起きた上海事件、盧溝橋事件、廊坊事件、公安門事件、通州事件に続いて起きました。

よって、それらの事件を時系列で整理して理解していくのが一番良いと思います。

1937年頃の中国は、共産主義化を目指す中国共産党と、民主主義を目指す蒋介石率いる国民党との間で内乱が続いていました。

さらには、ある意味で日本も含む欧米列強に各地をいいように支配されていました。

欧米列強は、内乱に対する平和維持活動ということで、日本も含めて軍隊の一部を現地に派遣していました。

そんな時に起きたのが盧溝橋事件です。

日本軍は中国国民党軍と一緒に北京の近くで駐屯していました。

日本軍が実弾を持たずに演習していたところ、その日本軍に発砲があり、両軍が戦闘状態になりました。

今日ではその発砲が、中国共産党の軍のものだったと言われています。

日本軍と国民党軍を戦わせれば、共産党軍は漁夫の利を得られるというものです。

ですが日本軍はそこで冷静に国民党軍と停戦協定を結びました。

目論見が外れた共産党は、北京近くの廊坊駅で、国民党軍の軍用電線が壊れたのを修理に行った日本軍に対して発砲し、14人の死傷者が出ました。= 廊坊事件

日本はすぐに増援部隊を送りましたが、北京の公安門を通過中に急に門が閉ざされて発砲を受け、新たに19人が死傷しました。= 公安門事件

2つの事件を起こした共産党の学生暴徒と国民党の部隊の一部約3千人が、今度は北京郊外の通州市に住んでいた385人の日本人を襲いました。

385人中の223人が、とてもむごたらしく惨殺されました。= 通州事件

それがどんなにむごたらしかったかは、ここで書くは耐え忍びませんので、インターネットで調べてみて下さい。

インターネットには、さまざまな本当の情報と、ウソの情報が出ています。

ではどうやって、その情報の真偽を知ることが出来るのでしょうか?

例えば南京事件ですが、これは反日勢力から、慰安婦問題などと同じように南京虐殺と流布されています。

ところが、例えばナチのユダヤ人虐殺などのような、否定しようのない証拠がありません。

反日勢力が持ち出す証拠は、保守派によって簡単にそのウソが見破られています。

慰安婦問題については、少し考えてみれば、算数と一般常識でそのおかしさが分かります。

ところが例えば通州事件は、次のように逃げ延びたり、実際に現場を見た人たちの証言が残っています。

同盟通信記者、安藤利男

支那駐屯歩兵第二連隊長萱島高中将(通州事件後に駆けつけた日本軍の長)

同上村尾大尉夫人

冀東政府長官秘書孫錯夫人

保安総隊顧問村尾昌彦大尉夫人

同上歩兵砲中隊長代理桂鎮雄元少佐

同上桜井文雄少佐

興味深いのはここからです。

こういう事件が起こると普通、欧米では賠償のための講和会議が行われます。

事件を起こした悪い方が、被害者にどうやって賠償するか、罪を償うかを決めるものです。

欧米ではこういう時には必ず多額の賠償請求を行います。

約4千人がほぼ無傷で助かった義和団事件では、当時の中国の国家予算の何倍もの金額となりました。

通州事件に対する日本は、中国から信頼が厚くて元外交官の実業家、紡績組合の理事長であった船津辰一郎に全てが委ねられました。

その結果、蒋介石側に和平を働きかけることになったのです。

あれだけひどいことをされた挙句、和平を働きかけたのです。

どれだけお人好しなのでしょうか…

その内容は、日本は満州事変以後に得た権益のほとんどを放棄する代わりに、中国側は満州国を黙認して、反日運動を取り締まるというものでした。

日本にとって不利益なことも含めて全部丸々中国側の言い分を丸呑みするので、争いをやめようというものでした。

そこで通州事件に対する賠償請求をしないというところまで譲歩したのです。

日本人がいかにお人好しで外交に弱いかが分かります。

日本人の人の良さは他にも、通州事件の証言の中の、襲われている日本人のひとりの証言でも分かります。

「日本人は逃げろ〜!」

と叫んでいたそうです。

「助けてくれ〜!」ではなくて、

「日本人は逃げろ〜!」なのです。

東日本大地震の時の遠藤未希さんを思い出してしまいます。

自分のことよりも、他の人のことの心配なのです。

南京事件の実態

盧溝橋事件、廊坊事件、公安門事件、通州事件と、争い事が続きました。

そして日本は通州事件のような悲惨な事件が起きたのにもかかわらず、世界の常識を破って船津工作に基づいて、中国国民党軍と停戦協定を結ぶことになりました。

その停戦協定締結の日の朝に起きたのが上海事件でした。

海軍上海陸戦隊の大山勇夫中尉が車で移動中に、中国の保安隊に機関銃で撃たれて殺されてしまいました。

射殺後に中尉は車から引き出されて頭部を2つに割られるという奇行も行われました。

停戦協定は当然なくなりました。

そしてその翌週に、上海に駐屯していた4千2百の日本の日本の海軍陸戦隊に、5万人もの国民党軍が襲ってきました。

そこには約3万人もの日本人居留民もいたそうです。

決定が遅い日本の政府は、それでも松井石根大将率いる10万人からなる派遣軍を送りました。

国民党軍は、それに対して60万人もの部隊で迎え撃とうと準備をしていたそうです。

強い日本軍は何とか勝利したものの、4万千人もの死傷者を出しました。

その時のイギリスの新聞の報道が残っているそうです。

「国民党軍の撤退によって、上海に居住する数百万の市民の危険が非常に小さくなった。我々は日本軍に感謝すべきである」

上海を落とした日本軍は、国民党軍のトップである蒋介石を追って、敵の本拠地である南京に進みました。

城外での激しい戦闘の後、日本軍は1週間後の何時何分に砲撃を開始すると明記したビラを撒いたそうです。

そこには一般市民もいるので、その市民に避難する時間を与えたのでした。

国際法にのっとった行動です。

12月10日に総攻撃が開始されて、13日に南京城は陥落しました。

14日に入場した第10軍の山崎参謀の日記が残っています。

「南京城東部は、広漠たる空き地にして都市計画の雄大さを認む」

つまり、日本軍が攻めてくることを知った国民党軍は、市民たちを追い出して、火を放って何もかも燃やしてしまっていました。

残っていた敵を掃討した佐々木第30歩兵旅団長の日記では…

「住民はひとりも顔を見せない。痩せ犬だけが無表情に歩いたり寝そべっていた」

歩兵第38連隊の戦闘詳報によると…

「興衛および十字街付近は、小集落の点在をみるも、住民は居住しあらず。敵はこれらの家屋をほとんど焼却し退却せり」

そしてニューヨークタイムズのダーディン記者は…

「中国軍による焼き払いの饗宴 / 1937年12月7日、日本軍が進撃を始めた。これが中国軍による焼き払いの狂宴の合図となった。南京に向けて15マイル(約24km)に渡る農村地区では、ほとんど全ての建物に火が付けられて村ぐるみ焼き払われた。農業研究所、警察学校その他多数の施設が灰塵に帰した。火の手は南門周辺地区と下関にも向けられた。中国軍による焼き払いの損害は優に3千万ドルにも及ぶ」

ちなみに国民軍のトップ、蒋介石は上海で日本軍にかなわなかったので、南京でも勝てないと思ったのか、12月7日の時点で既に南京から逃げてしまっていたそうです。

そこから蒋介石の戦法が変わりました。実力では敵わないと思ったのか、プロパガンダに訴えるようになったのです。

30人〜40人もの内外のジャーナリストや外交官を集めて、年間に300回も記者会見を行うようになりました。

その記者会見では、有る事無い事、日本軍が不利になるプロパガンダを行ったのですが、南京の戦いの話しは一度も出てきませんでした。

南京虐殺はその後に捏造されたお話しなので、その頃の蒋介石は、まだそれを思い付かなかったわけです。

つまり南京虐殺は、

20万人は大袈裟でも、何万人かはあったのでは? とか、あるいは

何千人かはあったのでは? 

というお話しではなく、全くなかった、完全なるフィクションというわけです。

ちなみに南京は終戦後に日本軍が去った後、中共軍に制圧されて、一般市民の約3人に1人が殺害されたそうです。

さらに詳しくは、こちらをご覧下さい。 

他にも慰安婦問題やその他多くのことを詳しく書いていますので、興味のある方、我々のおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちに濡れ衣を着せたままでは申し訳ないと思われる方は、是非一度「www.ganbarenihon.com」をご覧下さい。

理論社、小熊英二著の「日本という国」という本

本には必ず事実が書かれているわけではありません。

多くのウソも書かれています。

ウソや間違った表現です。

特にひどいのが、日本の近代史や歴史の教科書です。

そこに嘘が多いことは知られつつあります。

日本の学校の歴史の教科書に、「日本人(先の戦争の時の軍人)は悪いヤツだ」とウソが書いてあるのだから驚きです。

日本人を悪者にして自虐史観を植え付けています。

戦後のアメリカ軍による日本占領時代に、戦争を起こしたのは日本で、日本人がいかに悪者であるかというWGIプログラムという洗脳工作が当時行われました。

その洗脳工作は、真面目なインテリ層の日本人の脳味噌の奥深くにまで浸透し、こびりついてしまったようです。

そのお陰で、70年以上経った今も例えば日教組などはそれに染まったままです。

インテリであればある程染まってしまっているようです。

根が真面目という日本人の国民性もそれを手伝っていると思います。

今回どういうわけか、自分の家でこの本を見つけました。

どうしてこの本がうちにあるのか不明です。

家族にも幸いながらに反日左翼も自虐史観もいないので…

帰国する人が時々うちに本を置いていくので、その中のひとつでしょう。

対象読者は中学生くらいでしょうか…

中学生に語りかけるように書いてあります。

表紙に出ている中学生くらいの2人が、迷惑そうな顔をしています。

まるで自虐史観を表すかのようです。

読み進めてみると、朝日新聞編集部が書いたかのような反日左翼思考、自虐史観思考です。

実際にも、朝日新聞のアンケート結果が何度も出て来ます。

途中でそのひどさに読む気をなくしかけましたが、反日左翼の意見もたまには読んでおこうと最後まで読みました。

特にひどいのが次の点です。

81ページ、「…アメリカ軍に追い詰められた日本軍が、沖縄の民間人が隠れていた壕や洞窟から彼らに銃を突きつけて追い出して自分たちが入ってしまい、民間人をアメリカ軍の砲爆撃に放置させることもたくさん起きた…」

もし本当にそんな事実があったのだとすると、それはもう日本軍とは呼びません。

軍服を着た単なる極悪な犯罪者です。

それがもし本当にあったとしても、一部のとんでもない犯罪軍人の仕業です。

それは日本軍とは言いません。

日本軍と呼べるのは、日本という国の元に軍に所属して、軍人が行うべきことを行なっている人たちを日本軍と言います。

軍服を着ていても悪いことをする人は単なる犯罪者です。

そういう人は、日本軍(軍事警察)に捕まって処分を受けます。

慰安婦問題に対する反日の言い方と同じです。

慰安婦問題の場合は、「20万人もの韓国人の慰安婦を、日本軍は強制的に連れて回った」というものです。

軍はそういうことをしません。

そういうことをするのは、軍服を着た狂った犯罪者です。

そういう犯罪者を取り締まるのが、軍の中にある警察機構、憲兵(ミリタリーポリス)です。

よってこういう場合は、「一部の狂った軍人が…」とでも表現すべきです。

それをまるで日本軍全体が悪の塊であるかのように思わせる書き方です。

たくさん起きたと書いてあります。

そんなひどいことをする、一部の極悪な軍人による犯罪事件が本当にたくさん起きたのでしょうか?

眉唾物です。

そういうお話しは、鵜呑みにする前に、信憑性を疑う必要があると思います。

本にはいくらでも嘘が書いてあるということをまずは知らなくてはなりません。

83〜84ページ、「…1945年2月、元首相の近衛文麿が天皇に降伏交渉を始めることを進言した。しかし天皇は『もう一度戦果をあげてからでないと難しい…』」

この文章からすると、天皇は見栄っ張りに思えます。

ところが、実際の天皇は見栄などはなく、常に国民の幸せを願っているようです。

開戦自体に反対し、終戦・敗戦の時も自分に命の保証がないにもかかわらずにそれを決めたそうです。

戦後にあのマッカーサーと初めて会った時、歴史上のトップは誰でも普通は自分の命乞いをするそうですが、天皇の場合はその逆で、責任は自分1人にあるので、国民には何もしないでくれと言ったそうです。

そこでマッカーサーは感銘を受けたそうです。

私は右翼でも国粋主義者でも天皇崇拝者でもないので、ほんの数年前までは天皇のことには興味がありませんでした。

ですが、気が付いてみれば現在の天皇が第126代で、初代の神話の頃まで遡ると2600年。

ひとつの国がそんなに長く続くのは世界で他にありません。

そうすると、「どうしてか?」と疑問がわきます。

疑問がわくと興味がわいてアンテナが立ちます。

アンテナが立つと、今までは耳を素通りしていた情報が引っ掛かるようになります。

そこで色々と知ることになりました。

これほど長く続く天皇の存在は、間違いなく日本という国のバックボーンのひとつと言えると思います。

多くの外国人が日本ファンになる理由が良く分かります。

天皇の存在も、慰安婦問題、南京問題、徴用工などと同じように、左翼や反日に捏造でかなりひどく蔑まれています。

早い終戦を望んだ一部の軍人の意見の中に、講和に持ち込むには、部分的にも勝ったタイミングが必要というのは実際にあったそうです。

天皇が実際にそう言ったかどうかは不明です。

誰も分かりません。

90ページ、「…働き手が減ってしまったので、朝鮮半島から現在では『強制連行』と呼ばれるやり方で朝鮮人を日本で働かせるために連れて来て…中略…いわゆる『従軍慰安婦』にされた人は少なくない」

希望者に対してで、お金が出ていたのでそれは強制連行ではなくて単なる労働者です。

慰安婦もお金が出ていたので単なる売春婦です。

91ページ、「…朝鮮人は日本ふうの名前に強制的に変えさせられたりもした。- 中略 – 朝鮮人や台湾人も『日本人』として日本軍の兵隊として徴兵されたり…」

台湾の元総統、李登輝さん(台湾人)をはじめ、日本軍には台湾人や韓国人などの将校もいました。

そういう人たちの本を読めば明らかですが、日本(人・軍)は厳しくはあったものの平等で、朝鮮人や台湾人を蔑ろにしたことは信じられません。

95ページ、「…日本軍はフィリピン人の女を強姦することから始めた…」

最初のトリックと同じです。

こうなるともう、大嘘、フィクション以外の何者でもありません。

女性を強姦する人を軍人とは呼びません。

単なる犯罪者です。

軍服を着た狂った犯罪者です。

決して(日本)軍ではありません。

そんなことをする軍人がいれば、その狂人を当然のことながら捕まえて罰するのが本当の軍(憲兵・軍事警察)です。

それにもかかわらずに日本軍と言い切っています。

前述81ページの、壕や洞窟から民間人を銃で脅して追い出して…

も同じですが、著者はとにかく日本軍を貶めよう、貶めようとしています。

一人一人の軍人も、軍人である前にひとりの人間です。

当然のことながら、善い人間もいれば、悪い人間もいます。

さらには、善い人間も善いという点でパーフェクトではなく、その逆も然りです。

どういうことかというと、どんなに善い人でも間違いを犯すときもあれば、どんなに悪い人でも善いことをする時があります。

全良な人、犯罪を犯す者…

その悪人を、まるでその悪人が所属する組織全体であると表現するのは正しいことでしょうか?

慰安婦問題と全く同じ方法です。

とてもひどい表現、悪意のあるレトリック、大嘘です。

123ページ、「戦争でひどい被害を受けたアジア諸国では、この(日本に有利な)講和条件は評判が良くなかった。日本を再軍備させて…中略…かって日本軍に侵入された諸国にとっては心配の種だった」

東南アジア諸国は今日、どうして親日なのでしょうか?

当時、植民地として支配されていた東南アジアから、イギリス、オランダ、アメリカ、フランスの軍隊を追い出したからではないでしょうか?

それが各国の独立に繋がったからではないでしょうか?

132ページ、「大東亜戦争などといっていたように東亜の諸民族が一番迷惑したのですから、何よりもそういう人たちにおわびをしないことには…中略…何の恨みもない近隣の民族に乱暴を働いて自分だけがよくなろうというさもしい考え方をしたことが誤っていたと認めるのが講和のたてまえでしょう…」

日本の本当の狙いは石油だったかも知れません。

東南アジアの解放は大義名分だったかも知れません。

ですが、東南アジア諸国が当時独立できた。

そして現在、親日国が多いという事実は何を物語っているでしょうか?

次の偉人たちは、どうしてこういう賛辞の言葉を残しているのでしょうか?

台湾元総統李登輝さんの言葉

マハティール・ビン・モハマド元マレーシア首相

毛沢東

韓日文化研究所、朴鉄柱

インド初代首相ネルー

タイ元首相ククリット・プラーモート

シンガポール第2代首相ゴー・チョクトン

ビルマ初代首相バー・モウ

こういう本を書く人たちが、「日本軍は悪者だった!」というデマを飛ばし続けています。

ウソだと分かっていて伝えているのか?

表現方法からして、思い込ませる書き方を用いているので、そうだと思えます。

だとするとなぜ?

反日国家勢力から資金が出ている?

あるいはひょっとして本当にそう信じ込んでしまっている?

こういうウソを書いて広める人は本当に困ったものですが、こんな簡単な嘘を信じてしまう人がいるとしたら、それはとても悲しいことです。

アイヌと日本人の人種差別

以前、日本人は世界の中でも最も人種差別が少ない優しい人種… みたいなブログを書きました。

そのブログに、「じゃあ、昔日本の政府がアイヌに対して行ったひどいことはどうなのか?」というコメントが入りました。

その人は実は知人の1人なのですが、その人が反日左翼とかいうわけではないことは知っています。

但し、残念ながら自虐史観をお持ちだと感じていました。

かなり多くの人が自虐史観になっていて、それはそう仕組まれたことなのでしょうがないのですが…

なぜ日本人は人種差別をしない人種なのか?

それには理由があります。

その前に、まずは誤解がないように、それはあくまでも世界の物差しで計ると、比率、比較で少ないというだけです。

日本人にも、(人種)差別などをする心ない人たちも勿論います。

いないと言っているのではないことをご理解下さい。

ではなぜそうなのか?

それは日本が島国であることが大きな原因です。

島国であるがゆえに、他国から攻められにくくて単一民族、歴史上で戦争がとても少ない国のひとつであることが関係しています。

大陸にあ多国民族国家では、昔からずっと戦争が続いていました。

欧州しかり、東欧しかり、中国しかり、ロシアの周りしかりです。

だからこそかもしれませんが、聖徳太子の「和をもって…」のはるか以前から日本人は「横並び」、「みんなで仲良く」、「人に迷惑をかけない」がDNAに染み込んでいます。

そこで、コメントにあった「じゃあ、昔日本の政府がアイヌに対して行ったひどいことはどうなのか?」という意見が気になっていました。

人間誰でも、気になるとアンテナが立ちます。

その関係の情報が目に留まりやすくなります。

そこで本日も気が付いた虎ノ門ニュースの特集、アイヌ関連、やはり反日左翼、どうにかして日本の政府からお金を搾り取ろうとしている人たちの姿が背後に出て来ます。

後半、01:05:00 の辺りからです。

このコメントを下さった方は、以前読んだ何かの本でそれを知ったそうです。

問題なのは、本にはいくらでもウソが書いてあるという事実です。

そして厄介なことは、そういうウソが書いてある本で読んだ情報が、自分にとっては初耳の情報であるとします。

そういう時に人間は普通、後から入ってくる情報の方を疑います。

最初の情報が既に自分の身になってしまっているからです。

そこで丁度偶然に拙宅で見つけた本で、丁度良い例があったので、それを明日ご紹介したく思います。

さらに明後日は、同じように南京虐殺というウソを深掘りしてみます。

日本ファンドイツ人の知人が何人かいますが、皆さん揃って南京虐殺のウソを信じてしまっています。

「南京虐殺を嘘というのは、ナチスのユダヤ虐殺をウソと言うのと同じだよ!」とか、

「南京虐殺は日本人が書いた本にそう書いてあります!」

と、その知人たちは言います。

実際にそういう本が存在するのです。

日本ファンドイツ人は日本に関心があるので、ドイツ語で書かれたその本に出会う機会が高く、出会うと読む確率が高いです。

最初の情報として、自分の身になってしまいます。

それとドイツ人の場合は、どうあがいても逆らいようのない証拠が山ほどある、明らかな事実のユダヤ人虐殺という歴史を背負っています。

そこで、日本人にもそういう過去があれば、同じ仲間、同じ人間として自分の気が休まります。

でも違うのです。

但し悪いのは日本人の性格です。

相手に気を遣って自分の正当化を怠ってしまいます。

特に河野洋平元官房長官の慰安婦問題発言、福田康夫元首相の 「他人の嫌がることはしない」、宮沢喜一元官房長官の「今後の教科書検定は、近隣諸国の感情に配慮する」などです。

檻の中の懲りない面々ならぬ、島の中の懲りない面々です。

何でもありの日本

日本(人)って、遠い昔から何でも受け入れてきているので、「何でもあり」なのです。

それは人種に限らず、宗教でもそうです。

日本には、ありとあらゆる宗教があります。

「何々の宗教はダメ!」

というものがありません。

だから、ありとあらゆる宗教が存在します。

仏教は、日本書紀によると飛鳥時代に中国、朝鮮半島を経由してインドから入って来たそうです。(但し諸処の説あり)

その後、戦国時代にはキリスト教も入ってきました。

その時の西洋人、宣教師は結構悪者がいて、多くの日本人を奴隷として国外に連れ去ったりしたそうです。

そこで豊臣秀吉が怒ってキリスト教に弾圧をかけたりしたようです。

漢字も遠い昔に中国から入ってきました。

食事に関してもそうです。

日本ほど、「何々」レストランという、「何々」の所が「国名」で、その国の数がこれほど多い国は他にないと思います。

正に何でもOKです。

安全安心な島国、日本。

日本国内だと、大陸とは違って危険が乏しいので、何でも疑わずに受け入れてしまう国民性になってしまったのだと思います。

寛容であり、共生の精神を持ち、排外主義になりにくいのだと思います。

だから逆に日本人が国外に出ると、すぐにスリや置引、犯罪にやられてしまう、いわゆる温室育ち、平和ボケです。

何でも取り入れるだけではなくて、日本人の得意技である、「何々道」ではありませんが、自分たちに都合が良いように改善改良をして突き詰めてしまいます。

「何々道」の意味は、茶道、華道、書道、柔道、剣道、弓道…etc…etc…です。

何でもとことん追及してしまい、道を作ってしまうのです。

世界遺産の日本食に限らず、野菜や果物なども、とんでもなく美味しいユニークなものが存在します。

ドイツで仕事を見つけるならデュッセルドルフに限る

ドイツに来て職に就きたい日本人にとって、仕事が見つけやすいダントツナンバーワンの町はデュッセルドルフです。

英語やドイツ語ができれば、数百社もある日系ドイツ子会社でオフィースワークの職が見つかります。

日本語しかできなくても大丈夫。

日本の飲食関係の会社、お店がたくさんあるからです。

回転(人の流れ)が早いので、毎日どこかで必ず求人をしています。

http://www.mixb.net を見るまでもなく、数店舗を構えている日系の飲食店なら必ず常に求人しています。

ワーキングホリデービザで日本からやって来て仕事も探す場合も、デュッセルドルフがナンバーワンのようです。

最初はドイツのどこか他の土地に着いても、仕事が見つからなくてデュッセルドルフにやって来る人も多くいます。

デュッセルドルフの日本人の多さは、ヨーロッパではロンドン(約3,2万人)、パリ(約1,2万人)についで3番目(約7千人)です。

ですが、ロンドンもパリも大都市。

人口がそれぞれ都市圏で見れば東京と似たようなものです。

つまり、人口に占める日本人比率は僅か0,1〜0,3%です。

その点、デュッセルドルフの人口は僅か60万人。

そこに7千人の日本人がいるので、日本人の比率は1,2%。

100人に1人以上が日本人ということになります。

ひとつの市に、人口比でこれだけ多くの日本人が住んでいるのは、多分広いヨーロッパでも2位でしょう。

では1位はどこか。

デュッセルドルフのお隣のメアブッシュ市なのです。

人口僅か1万3千人。

そこに約800人以上の日本人が住んでいます。

でも市が小さいので、仕事の数はデュッセルドルフに遠く及びません。

日本人がドイツで仕事を探すのであれば、デュッセルドルフがお勧めです。

自分の人生の主役は自分

それはごく当たり前のことです。

でも一般的な日本人の場合、それを本当に理解するのは難しいようです。

なぜなら、自分を抑えてでも、周りと合わせなさい、というのが日本的だからです。

西洋の場合は、自己主張、利己主義なので、自分の人生の主役は正に自分です。

西洋人にとっての人生は、正にエンジョイするためにあります。

自分を出さずに引っ込める、周りと協調しなさいと育てられる日本人。

自分の人生の主人公は自分であるというよりも、縁の下の力持ちになりなさいという方がしっくりときます。

その場合の長所は、例えば世界に賞賛された、311の時の被災者の方々の態度。

短所は、引きこもりや自殺の多さかも知れません。

西洋式の自己中は、決して褒められたものではないですが、日本式も辛くなりそうです。

何事もバランス、ほどほどが必要です。

経営者、自営業者、組織の長に一度は見て欲しい講演動画

偶然見つけた動画ですが、とても感じるものがありました。

会社設立のサポートをしている仕事がら、知り合いに社長さんが多くいるのでお勧めしました。

そうすると、たくさんのコメントが返ってきました。

つまり、皆さん何か感じるものがあったことを意味します。

経営者も自営業者もそうですが、それ以外にも部下を持つ管理職の人の多くにも感じるものがあると思います。

人生をエンジョイする方法とは?

ヨーロッパの地中海沿岸諸国の人たちは、人生をとてもエンジョイしているように見えます。

彼らから見ると、典型的な日本人で(?)、仕事にも人生にも真面目な(?)私(?)に、「もっと人生をエンジョイしろ!」と言います。

彼らとは、イタリア人の友人たち、スペイン人の販売代理店の人などです。

確かに彼らは自由そうに見えて楽しそうです。

いかにも人生をエンジョイしているように見えます。

ですがそれでは、日本人との違いは何でしょうか?

約束は破る

期日、時間は守らない

責任は取らない

浮気はする

どれを取っても相手に迷惑がかかるものです。

納期や、支払いの期日を守ってくれないと、相手は非常に困ります。

多大な負債を抱えて倒産されるのも、債権者に大きな迷惑をかけます。⬅︎ 債務者のくせによく言うわ!😅

浮気は、結婚相手を大きく傷つけます。

それが人生をエンジョイするという源でしょうか?

他の人に迷惑をかけて得るエンジョイなど、得る価値があるでしょうか?

自分の楽って、意外と他の人の努力や苦労の上に成り立っていることがあります。

自分の楽、エンジョイで他の人が迷惑を被るのはごめんです。

私も日本人の端くれ、「人に迷惑をかけないように」と躾けられた日本人の1人です。

人に迷惑をかけずにエンジョイ出来ないものでしょうか?

人生をよりエンジョイしたくても、例えばお金は急に現れてはくれません。

急に好みの恋人や友人が現れたりしません。

職場の嫌な上司が急にいなくなることもありません。

ということは、どんなに人生をよりエンジョイしようと思っても、現状は急に変わらないのです。

ではどうしたら良いか。

ひとつだけ方法があります。

見方、考え方を変えるという方法です。

ポジティブ思考などです。

人は変えられないので、自分を変えるというヤツです。

詳しくは、

2つの奇抜な心構えで、とても楽になる人生

を、是非一度ご覧下さい。

すぐれドイツ語、Vorführeffekt

日本語でピッタリ合う単語がないドイツ語が結構あります。

今回は、Vorführeffekt。

例えば何かの難しい技を十分に練習して出来るようになりました。

それを人前でご披露します。

するとどういうわけか上手くいかずに失敗します。

あるいは、何か新製品などをお客さんの前で動かそうとします。

どういうわけか動きません。

そういう時にドイツ語で、Vorführeffektと言います。

念のためにグーグルに「Vorführeffekt 日本語」と入れると「デモンストレーション効果」と出てきます。

「日本語にもあった?」と思って、

今度は「デモンストレーション効果」を日本語として調べてみます。

そうすると…

「ある人の消費欲望が他人の消費状態によって影響されることをさす。

たとえば,隣人が流行の新商品をもっていることにデモンストレートつまり誇示されて,自分もそれを購入したくなるような現象がそれである。」

全く違う意味のようです。

英語でも同じ結果が出るので、日本語にも英語にもないドイツ語の単語のようです。

今の日本を作った薩長土肥 続き

過去の日本の最大のミスは、明治時代の西洋のシステムの取り入れかもしれません。

260年間というとても長い日本の鎖国時代、

当時のアジア、東南アジアは、今から考えると信じられないことにどの国も、西洋の先進諸国の植民地となってしまっていました。

日本は、そうなるのを防ぐために鎖国をしたようです。

鎖国をしても、もし国が弱ければ力ずくで侵略されてしまいます。

日本が鎖国を出来たのは、それなりに強かったからです。

西洋から伝わった鉄砲も、器用な日本人はすぐに自分たちで作り始めたそうです。

そして日本での鉄砲の大量生産が始まり、戦国時代の日本の鉄砲の数は、何とヨーロッパ全体のそれを上回っていたそうです。

しかもヨーロッパのそれよりも精度の良いものが作られていたそうです。

日本製品の良さは、こんな所にも表れています。

当時日本に来ていた西洋の宣教師たちが本国に送った報告書に、日本が強かったことが書いてあります。

「日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。(中略) 国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服可能な国土ではない」

これはアレッサンドロ・ヴァリニャーノ、イタリアカトリック教会司祭(1539~1606)が残した言葉です。

昨日のブログで書きましたが、大名行列に入り込むと「無礼者‼️」と切られてしまったり、

日本に200以上もあった内のたった1藩だけで先進列強西洋諸国と戦争をしたり、

当時の在日公館や公人が襲われてしまうのですから、

「日本(人)は他のアジアの国々とは違う‼️」

と思われていたのは間違いないようです。

そういうお話しは当然のことながら、西洋諸国の間で広まるでしょう。

アレッサンドロ・ヴァリニャーノさんの言葉の信憑性が分かります。

さて日本の長かった鎖国も、結局は西洋の力(ペリーの黒船他)によってこじ開けられました。

徳川の時代に終わりが来て、明治維新で近代的な政府が誕生しました。

鎖国の間の遅れを取り戻せということで、多くの西洋先進諸国のシステムを取り入れました。

政治、行政、立法司法、軍事、医学…

多くの優秀な日本人が西洋に行ってそのシステムを勉強して持ち帰り、日本に導入しました。

その当時の洋書を一生懸命に和訳した1人が福沢諭吉です。

その頃に生まれた多くの純日本製の漢字は、日本に留学に来ていた中国人が本国に持ち帰りました

それら多くの日本製漢字は、今日の中国でも使われています。

ドイツ人医師ヨハン・アダム・クルムスの医学書を日本語で『解体新書』として翻訳したのは杉田玄白でした。

法律はドイツ、フランスから持ち込まれました。

そういった当時の日本の近代化、進歩、西洋化が果たして良かったのかどうか?

そのことに関して、昨日のブログに登場したヒュースケン殺害事件のヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンさん(1832年1月20日 – 1861年1月15日)の興味深いコメントが残っています。

彼は元々はオランダ人でしたが、アメリカに移って帰化しました。

そして当時、駐日アメリカ総領事館の通弁官(通訳)として日本に滞在中に、日本攘夷派によって暗殺されてしまいました。

「今私がいとしさを覚え始めている国よ、この進歩は本当に進歩なのか?

この文明は本当にあなた(日本)のための文明なのか?

この国の人々の素朴な風習とともに、その飾り付けのなさを私は賛美する」

ヒュースケンさんがこう言うように、当時の日本の鎖国が終わり、開国することを懐疑的に見ていた西洋人がいたのです。

ヒュースケンさんは、1856年、下田を台風が襲い1/3が破壊され、台風が去ったあとの日本人の態度を見てこうも言っています。

「日本人の態度には驚いた。

泣き声ひとつ聞こえなかった。

絶望なんてとんでもない!

彼らの顔には悲しみの影さえもなかった。

それどころか、台風なんてまったく関心がないという様子で、嵐のもたらした損害を修復するのに忙しく働いていた」

当時日本を訪れた西洋人は、開国前の日本(人)のことを知っていました。

道徳心が高くて礼儀正しい。

謙虚で識字率が高くて教養がある。

西洋式の法律や弁護士などがなくても治っている…

彼らは間違いなく日本ファンであったと思います。

現在も日本ファン外国人は多くいますが、それは当時から変わりません。

医学に関していうと、特に外科に関しては西洋医学が間違いなく日本のためになったと思います。

ですが、明治時代に取り入れた西洋のシステムは、本当に日本のためになったのでしょうか?

間違いなくためになっていないのは、西洋(大陸)式の利己主義だと思います。

今の日本を作った薩長土肥

日本は幕末に黒船などによって、約260年間も続いた鎖国を終わらされました。

鎖国の重い扉は外圧によってこじ開けられた形です。

歴史に「もし」はナンセンスですが、黒船などの外圧がなければ、徳川幕府はひょっとして300年以上続いたのではないでしょうか?

それほど磐石な幕府であったと思います。

事実としては鎖国の終わりと同時に、江戸(徳川)幕府もその幕を閉じました。

そして生まれたのが明治政府です。

その要人は、特に薩摩と長州、そして土佐、肥前の人たち、いわゆる薩長土肥で占められていました。

どうしてでしょうか?

薩長土肥が明治維新のエンジンになったからです。

それまでは正に群雄割拠であった日本の統一を、織田信長が始めて豊臣秀吉が引き継ぎ、徳川家康によって完成しました。

徳川幕府が生まれる前、天下分け目の決戦として有名な関ヶ原の戦いは、統一された日本全体を誰が治めるかを決める、豊臣秀吉側と徳川家康側の戦いでした。

家康側が勝利して江戸幕府が始まりました。

薩長土肥は関ヶ原の戦いでは負けた豊臣秀吉側にいたので、敵である徳川家に260年間服従、支配されていたことになります。

その江戸幕府が終わり、明治維新では薩長土肥が中心になり、まるで徳川に復讐するかのように明治政府が誕生、それが今日の日本に続いているのはとても興味深いと思います。

薩長土肥の土、土佐からは坂本龍馬が出ていて、肥はあの「葉隠」で有名な佐賀藩です。

4藩の中でも特に中心勢力だった薩長の両藩は凄い藩でした。

まずは薩摩藩。

当時の日本に藩は200以上ありました。

現在の47に分けられた都道府県より多くありました。

多くあったと言うことは、各藩が小さかったということになります。

その中のたったひとつの藩で、その頃の世界の強国、あのイギリスと戦争をしています。

しかも歴史上のその結果は引き分けとなっているようです。

でもその実態を詳しく見てみると…

戦死者: 薩摩側1人、イギリス側13人

負傷者: 薩摩側9人、イギリス側50人

市街の死傷者: 薩摩側9人

負傷者の死亡: イギリス側7人となっています。(数字はウィキペディアより)

薩摩側は市内を大砲で攻撃されたりしたそうですが、イギリス側も軍艦がやられて将校が戦死したりしています。

どうして薩英戦争が起きたのか?

その理由もこれまたとても興味深いです。

それは生麦事件と呼ばれています。

生麦事件は、薩摩藩島津の殿様の大名行列に、馬に乗っていた4人のイギリス人が遭遇した時に起きました。

当時の大名行列と言えば、それを目にしたら一般人は地面にひざまずき、頭を下げることは時代劇などを見て私たちは知っています。

本当にそうしなければいけないのか、立ったままでも良かったのかまでは知りません。

私の想像ではひざまずかなくても、敬意を表すれば立ったままでも良かったのではないかと想像します。

でもイギリス人は当然のことながら、そんなことは全く知りません。

言葉が通じない不幸もあったでしょう。

それは現在の横浜、鶴見区の生麦村という所で起きたそうです。

道幅が狭い通りだったそうです。

そこでその4人は、馬に乗ったままで大名行列に入ってしまうことになってしまったそうです。

そうなると、当然のことながら護衛の武士たちが「無礼者‼️」とばかりに斬りかかります。

その結果、1人は切られて死亡、2人は重症となったそうです。

生き残った人は、命からがらアメリカ領事館に駆け込んだそうです。

ところで当時のアジア、東南アジアはどこの国も西洋諸国の植民地になってしまっていました。

植民地となった国の人たちは、それはそれはひどい仕打ちを受けていたそうです。

西洋の国に、西洋の進んだ武器、銃などで制圧されて搾取されていたわけです。

西洋人はアジアで我が物顔をしていたそうです。

イギリス、オランダ、ベルギーなどの先進西洋諸国は、植民地からの搾取によって富を築いていました。

イギリス王室などと聞くと、普通はついかしこまってしまいます。

でも本当にそういう対象なのでしょうか?

西洋では、その時代で最も強かった者が王になったようです。

そして他国を侵略して植民地として貪り富を築きました。

そういう土台に基づいた王室です。

他者を虐げて築いた富です。

今の中国(共産党)と似ていないでしょうか。

逆に言えば、今日では信じられない当時のそんなひどいことを、中国は今現在でも平気で行っています。

ウイグル、チベット、モンゴルのことです。

それでは長州藩は何が凄かったのでしょうか?

長州藩は何と、当時の列強イギリス、フランス、オランダ、アメリカの4ヵ国連合と戦争をしました。

下関戦争、あるいは馬関戦争と呼ばれる、2度にわたる戦闘です。

これもウィキペディアによると、1回目の1863年の連合国軍側は軍艦3隻、2回目の1864年は連合軍兵士 約5,000人、軍艦17隻となっています。

それに対して長州藩側は約2,000人、
軍艦4隻となっています。

死傷者数は、連合軍が62人、長州藩が47人となっています。

負けた長州藩は、講和会議にあの高杉晋作を代表として出しました。

高杉晋作は当時何とまだ25歳でした。

彼の有名な言葉、「面白きこともなき世を面白く」は聞いたことがあると思います。

両藩共にとんでもなく気骨がある人たちのようです。

ところで、幕末の頃に日本で起きた外国人襲撃の事件が、ウィキペディアの「幕末の外国人襲撃・殺害事件」で出て来ます。

ハリス(初代駐日領事)襲撃未遂事件

ロシア海軍軍人殺害事件

フランス領事館従僕殺害事件

日本人通訳殺害事件

フランス公使館放火事件

オランダ船長殺害事件

フランス公使従撲傷害事件

マイケル・モース事件

ヒュースケン殺害事件

第一次東禅寺事件

生麦事件

英国公使館焼打ち事件

長州藩士高杉晋作は、優柔不断な幕府に攘夷を決行せざるをえないようにするため、イギリス公使館の焼打ちを計画した。

一行は、文久2年12月12日の深夜、厳重な警戒を突破して建築中のイギリス公使館に潜入、井上聞多(後の井上馨)、伊藤俊輔(後の伊藤博文首相)らが焼玉を使ってこれに放火した。

井土ヶ谷事件

鎌倉事件

鳶の小亀事件(フランス水兵殺害)

ハリー・パークス恫喝事件

アーネスト・サトウ襲撃事件

サー・アーネスト・メイソン・サトウ(Sir Ernest Mason Satow、1843年6月30日 – 1929年8月26日)イギリスの外交官。イギリス公使館の通訳、駐日公使、駐清公使、枢密顧問官(『エルギン卿遣日使節録』、『ペリー日本遠征記』を読んで日本の虜になってしまう)

サー・アーネスト・メイソン・サトウが残した言葉:

「空がいつも真っ青なこの国の、絵のような美しい色鮮やかな描写」、

「幸福な島国」、「それはまさに日本的特徴である輝かしい日々の一日であった、

江戸湾にそって進んでいくと世界中これに勝る景色はないと思われた」、

「私の人生で最も活気に満ちた時代」

イギリス水兵殺害事件(イカルス号事件)

ヘンリー・スネル襲撃事件

英国水兵襲撃事件

神戸事件

堺事件

パークス襲撃事件

当時これだけ外国人襲撃の事件が起きている…

しかもこれはほんの一部で、例えば当時日本に来ていたイギリス外交官、A. B. ミッドフォードさんの回想録によると、当時の日本人による外国人襲撃はあちこちで起きていたそうです。

当時日本に来ていた外国外交官は常に命を狙われていたようで、必ず護衛が付いていました。

こうやって見てみると、「日本人ってかなりの野蛮人?」と思いがちです。

そうでしょうか?

いえ、違います。

逆に日本人は、世界の中で最も野蛮でない、非好戦的な民族のひとつです。

相手のことを慮る、気配りをする国民です。

争い事をなるべく避けようとします。

それが例えば弁護士の数、少なさにも現れています

では、どうして当時これだけの事件があったのでしょうか?

それは当時、それだけ日本が危機に面していたからではないでしょうか?

お侍さんたちが必死だったのではないでしょうか?

周りの国々を見渡せば、どの国も西洋の植民地になってひどい仕打ちを受けていました。

長州藩ではヤンチャで有名だった高杉晋作は、25歳になる前に中国に行く機会があったそうです。

西洋人に虐げられている中国人を目にして、自国日本がそうなってしまわないかをとても心配したそうです。

当時の日本人は、言ってみれば恐怖心からこれだけの外国人襲撃事件を起こして西洋に抵抗したというのが本当のところだと思います。

いざとなれば戦う日本人。

しかも徹底的に抵抗する…

第二次世界大戦も、もし徹底抗戦派の意見が通って本国決戦になっていたら大変なことになっていたようです。

アメリカ側には、原爆の投下に限らずに、その後も日本を徹底的に潰す計画が用意されていたそうです。

自分の命をも顧みずに敗北を認めて終戦とする決心をした昭和天皇の存在が浮かび上がります。

ヘリコプター免許保持者数。「珍しい」と「凄い」

ドイツに住んでもうすぐ43年です。

そう聞くと、皆さん決まって「凄いですね〜!」と驚かれます。

でもその場合、「凄い」は間違いだと思います。

アフリカやアマゾンの奥地にそれだけ長く住んだらそれは凄いことでしょう。

現代人の生活に必要な物が何も無く、日本には無い病気や猛獣、ヘビや毒虫などがいて気を付けなければならない毎日であろうからです。

ほぼ何でもあって(温泉はありませんが😅)安全な、ドイツのような先進国なら、何年住んでも凄くはないと思います。

珍しいだけです。

ところで、私のお客さんの中の1人でとても珍しい、いえ、珍しいだけではなくて凄い人がいます。

車の免許の他に、小型船舶の免許、飛行機の免許にとどまらず、ヘリコプターの免許まで持っています。

私がついて行けるのは小型船舶の免許まで…

小型船舶の免許保持者は日本で約40人に1人だそうです。

学校のクラスにひとり。

2,5%で、やや珍しい程度です。

では飛行機の免許を持つ人は日本に何人いるでしょうか?

5万人ほどのようです。

セスナから旅客機まで入れてです。

思ったより多い人数でした。

日本の人口で割ると0,04%、2.400人にひとりです。

日本の弁護士の数と近いです。

では、ヘリコプターの方はどうでしょうか?

これはすぐにズバッとその数がインターネットで出てきました。

かなり少なくて、たったの1096人(2013年、微変動中)です。

人口の0,0009%。

約12万人にひとり。

その凄い人は、副業としてドイツで特殊トラックを買い付けて日本で輸入しています。

その第一号を運ぶのに、何と本人と社員で大陸を運転して運びました。

そうです、ロシアの広大な地を走るのです。

発想がとても変わった人です。

ここまでいくと、かなり珍しい上に凄いが付くと思います。

ちなみに私もどういうわけか、珍しいことが好きです。

いわゆる変わり者です。

次のことは多分、どれも約0,1%、千人にひとり程度の割合だと思います。

ボランティアの街の掃除(日本で10万人いると言われていて、日本人が7〜8千人住むここデュッセルドルフの参加者も約7〜8人です)

月刊誌「致知」の定期購読(購読者数が約10万人)

そして次は、それよりもさらに珍しくなると思います。

一輪車で通勤する

オフィースで健康のために時々逆立ち歩きをする

他にも、ジャグリング(お手玉)の練習をしているので、一輪車と合わせれば、サーカス並みの珍しさになります。😅

そうなれば、繁華街に行って帽子を逆さまにして前に置いておくと、お金を稼ぐことが出来ます。

半分冗談(= 半分本気😅)の老後の夢です。

(出来るようになるかどうかは別として😅)

珍しいことには希少価値が生まれます。

価値というだけあって、時々褒められることがあります。

一輪車に乗っていると、特に子どもから「いいね!」をもらいます。

時には、ジョギングをしている若くて素敵な女性とすれ違いざまに「クール!」と言われます。😅

プール脇で逆立ち歩きをしていると、子どもの集団に握手を求められたりもします。

(こちらのプールは50mで空いています)

感動してくれて握手を求められるなんて光栄です。

だから何?

もちろん単なる自己満足です。😅

それでも、あの高杉晋作が言ったように、「おもしろきこともなき世をおもしろく」のつもりです。

高杉晋作がしたこととは勿論全く比べ物にもなりませんが…😅

ところで前述の珍しくて凄い人は、ヘリコプターの「免許」だけではなくて、実は「自家用のヘリ」を持っています。

ヘリコプターの免許保持者の中には、自分でヘリコプターを持たない職業パイロットもいると思います。

そこで日本のヘリコプターの数を調べてみると約800台とのこと。

日本は世界有数のヘリコプター保有国だそうです。

ヘリコプターの保有者は、個人よりも法人の方が多いと思います。

ということは、個人でヘリコプターを持ち、自分で運転できる人とは、日本に一体何人いるのでしょうか?

台数では250台のようなので、1億2千5百万人に250人、50万人にひとりになります。

それを言い出したら、県知事は1億2千5百万人に47人、270万人にひとり。

首相は勿論、1億2千5百万人にひとり…

オリンピックで金を取ったり、ノーベル賞を取る人も稀有です。

さらにはノーベル賞を複数回もらったり、オリンピックの金をひとりでいくつももらう人は、それこそ70億人にひとりとかそれ以上です。

水泳のフェリプスさんなどは、ひとりで金を10個くらいもらっています。

田中 カ子さんも凄い存在です。

世界には、田中 カ子さん以上のご高齢もいたようですが、イカサマがあった(?)そうで、実際には田中 カ子さんが最高齢だと聞きました。

そうなると、一体分母はいくつになるのでしょうか?

そこまで希少価値が高まると、歴史に残ります。

人生で最も大切なもの -2-

その -1- で、マニュアルなどに頼らずに、自分で判断できるようになることだと思うと申し上げました。

その続きですが、それは正に渋沢栄一の「論語と算盤」にまとめられないでしょうか。

論語と算盤は、「道徳心」と「商売のうまさ」という言葉に置き換えられると思います。

そしてそれは「地頭」でカバー出来るようです。

地頭が良い人は、論語と算盤を兼ね揃えて持っていると思えます。

実は私が地頭という単語を知ったのはつい最近です。

「そんな便利な単語があった!」

と、妙に感心しました。

普通、頭が良いというと、学校の成績が良い人のことを言うと思います。

ところが、学校の成績が良い人の中には、いわゆるインテリバカが含まれます。

学校の成績は良いものの、一体本当に頭が良いのかどうかで疑問のある人です。

例えば KY です。

学校の成績が悪くても、地頭の良い人はいると思います、

学校の成績は、試験に出る勉強をするかしないかです。

では、地頭が良いとはどういう意味でしょうか?

グーグルでトップに出て来るgoo辞書では、

「大学などでの教育で与えられたのでない、その人本来の頭のよさ。一般に知識の多寡でなく、論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう。」

となっています。

成功している経営者にも多くいると思います。

でも決して全ての経営者ではないと思います。

中には論語の方が欠けてしまっている経営者がいます。

つまり、地頭が良ければ稼ぐことも出来れば、悪いこともしないわけです。

ではどうしたら地頭を良くすることが出来るでしょうか?

goo辞書の定義では、「…その人本来の頭の良さ…」です。

人間が、「オギャー」と言って生まれた時には、「頭の良さ」は持っていないと思います。

DNAは受け継ぐので、「頭の良さの素質」というのはあるかもしれません。

でももし例えば何かの事件で、赤ん坊の時に親がすれ代わり、犯罪を起こすことを何とも思わない人に育てられてしまったらどうなるでしょうか?

素質はあっても、その後の教育や躾も大きく影響してくると思われます。

ということは、地頭も鍛えることが出来ると言えないでしょうか?

そこで思いついてユーチューブで検索してみると、地頭を鍛える方法が結構出てきました。

地頭を鍛えて QOL をアップさせたいです。

社長のお給料の金額はどの位?

ドイツで会社設立のサポートをしています。

会社を設立するには、資本金の出資者と社長が必要です。

但しその両方を、オーナー社長としてひとりで兼ねることは可能です。

会社オーナーである資本金の出資者は、会社社長と雇用契約を結びます。

そこには給与額や休みの日数などの条件が書かれています。

オーナー社長の場合は一人二役、自分が自分を雇うということで、雇用契約書の雇う側と雇われる側の両方にサインをします。

外人局でビザを申請する時に、その雇用契約書のコピーが必要です。

その社長がドイツで十分に生活していける給与額が明記してないとビザを貰えません。

そういうことから、今までお世話をさせていただいた会社の社長さんの給与額を全て知っています。

出資者が日本の法人の場合、つまりドイツに子会社を設立する場合、社長さんの給与額はある程度しっかりしています。

でもそれが個人出資の場合、特にオーナー社長のケースでは、給与額をなるべく低く設定します。

なぜなら、設立される会社が最初から十分な売上、利益を出せるかどうかは神様仏様にしか分からないからです。

さらには無駄な税金を取られるのも面白くないという理由もあります。

そこでその給与額は、家賃+生活費としてその社長が月々問題なく生活していけそうな金額にします。

それは例えば 2千ユーロ(約26万円)とかです。

社長の給料がたったのそれだけ?

意外と低いと思われるかもしれません。

会社の設立時は、本当に売上が出るのかどうかが不透明です。

実際にやってみないと分からないものなのです。

私自身が起業した時もそうでしたが、その後の設立サポートのお客様でもありました。

予定していた売上が全くなく、何とか別の方法(売上)で会社を続けなければならなかったというケースが。

よって、設立間もないオーナー社長の給与額は普通、結構低額に設定するのです。

でもその後、会社の業績が上がれば、それに合わせて給与額も上げられます。

給与額は会社オーナーが決めるので、オーナー社長であれば業績次第でどうにでも出来ます。

現在の私は債務者で、毎月債権者に返済を続けているので、5人家族が食べていけるだけの金額しか得ていません。

会社の業績が良かった頃は、税理士の勧めもあって月給を2万ユーロ(約260万円)にしていました。

それだけの金額があると、普通の生活をしていればかなりの貯金が可能です。

ですがその後にビジネス上のトラブルがあって現在のようになりました。

ちなみにお給料に関しては、「お給料の法則」のようなものが存在すると思います。

一生の間で稼げるお給料の金額は、人によってほぼ決まっているという法則です。

私の場合は一時もらい過ぎていたので、天から「貰い過ぎ!」ということで下がってしまいました。😅

逆に今、薄給に耐えている人は、やがて給与額がアップするので心配は要りません。

非常識な経営者

働いている人の大多数はお勤めの人だと思います。

それに比べて、経営者は少数派です。

常識というのは普通、多数派の人たちの考え方を指すと思います。

だからそれ(大多数の意見)は常識。

非常識なのは、少数派の意見。

そういう見方をすると、経営者は非常識ということになります。

実際に、お勤めの人たちから考えると、経営者には非常識な人が多いです。

逆に言うと、経営者は非常識でないとやっていけないということもあります。

経営者は普通、食い扶持(ブチ)となるビジネスの種を見つけてきて、それを何とか成功させなければなりません。

そうしないと会社が回りません。

基本的には黒字を出し続けないと会社は倒産してしまいます。

お勤めの人の場合で言う、職を失うことになります。

会社を倒産させてしまう社長は、お勤めの人が職を失うよりも大きなダメージを受けます。

会社を始めるには、最低でも資本金は必要で、それ以外にも買掛金という、物を仕入れたりするお金がかかっているからです。

それらを失ってしまうことになるので、借金を抱えてしまいます。

再起は容易ではありません。

会社を必ず成功させ続けるのは簡単ではありません。

それでも何とかしなければなりません。

そこで、誰でも思い付き、誰でも実行出来る常識の範囲内で経営していても持たないわけです。

非常識なことまで考えて、何とか会社を続けようとします。

そして、成功のためにはいくらでも働きます。

お勤めの人は、例えば1日8時間、それを約20日間/月 働いたことに対する対価として給料を貰えます。

ところが、多くの経営者には勤務時間というものがありません。

寝ている時を除いて常に仕事です。

週末も当たり前のように働く経営者が多くいます。

あるいは、基本的には週末はオフではあるものの、仕事のことで何かを思い出したり、思い付いたりすると仕事を始めたりします。

つまり365日、頭の中は常に仕事モードです。

だからついつい、社員にもそれを求めてしまいがちな経営者がいます。

そうすると、ブラック企業になってしまいます。

禁止をすると、隠れてするようになる

高校の時の友人のひとりが当時、平気でタバコを吸っていました。

父親は黙認だそうで、タバコを吸っている姿を父親に見られても何も言われません。

禁止すると隠れてやるようになるからだそうです。

違法でも隠れてやるよりは良いという考えです。

一理あります。

ドイツでは、子どもがタバコを吸っているのを警官が見つけても何も言いません。

子どもの頃から自己主張を叩き込まれるのと並行して、自己責任も植え付けられるわけです。

何か違法行為をして悪いことが起きても、自分で責任を取りなさいということです。

禁止をするとどうなるかの最も面白い例は、アメリカの禁酒法ではないでしょうか?

1920年から13年間も続けられたそうです。

おかしな法律で、飲むことは禁じられず、作ることと売ることが禁じられたそうです。

そこで密造、密売が絶えず、マフィアが活躍して汚職警官が続出したそうです。

結果的にそれまでよりアル中患者が増えたそうです。

ドイツの学校のシステムと、ドイツ人の英語力

日本人から見ると、ドイツ人はほとんど英語ができて、発音もそれなりに良いような気がします。

確かに、英語ができる国民数を比べれば、日本人よりはドイツ人の方が多いと思います。

ドイツ人の場合、大学まで行けば、まず英語が出来ます。

厳密に言えば、大学まで行けばと言うよりは、大学に行く資格を取るところまで行けばとなります。

ドイツでは高校の卒業試験が、イコール大学の入学試験になります。

ドイツの大学の数は、僅か106校しかありません。

一般的に日本語で「大学」と訳する学校には、専門性が高い高等専門学校も含まれます。

それらも入れると400校以上にはなりますが、Universität と呼ばれる純然な大学は106校です。

日本(788校)の約8分の1しかありません。

でもレベルはかなり高いです。

日本の国立大学は82校で、数の上で近いものがありますが、学力の上でも近いと思います。

ドイツの学校のシステムが、自分が将来どういう道に進むか、大学に行くか行かないかを、小学校高学年で決めるようになっています。

このシステムも、日本人と比べてドイツ人の独立心が、若い内から高くなる理由にもなっています。

いざ、大学に行くと決めると、小学校の高学年から始まる専門の高校(ギムナジウム)に行きます。

そこではかなり高い学力が求められ、卒業試験(アビトゥア)に受からないと大学に行けません。

そこまで行くと、英語も真剣に勉強せざるを得ないので、誰でも英語が出来るようになるのです。

それ以外の人たちの英語のレベルは結構低いのです。

ドイツの前々首相、コールさんが当時、danger (デンジャー・危険)をダンガーと発音して少し話題になりました。

Country・カントリーを、カウントリーと読む人もいます。

ドイツ語の場合、丁度日本のローマ字読みになるからです。

日本の場合、国立大学まで進んだからといって、必ず英語が出来るわけではありません。

外語大学などに行かないとダメではないでしょうか?

最もお金持ちになれるのは誰でしょうか?

それは商人です。

物を売る人です。

あるいは資産運用家です。

全国的に有名な、いえ、それが例えば世界のトップクラスでも、

カリスマ料理人、

カリスマ美容師、

カリスマ整体師などであっても、

稼ぎは絶対に、カリスマ商人にはかないません。

なぜでしょうか?

手に職を持つ職人さんは、どんなに優秀でも、どんなに有名でも、稼ぎに限りがあります。

自分に与えられた時間、自分がこなせる仕事量は限られているからです。

どんな名人でも、時間単位でウン千万円とか億の仕事代を請求することは出来ません。

仮に弟子を増やして、その輪をどんなに広げても限りがあります。

それはハリウッドの有名俳優でも、世界的な有名歌手でも同じです。

映画やコンサートひとつの出演料が数億円〜数十億円のトップスターでも、一年間に出れる映画の数は限られています。

歌手が出せるCDにも限りがあります。

毎日出すことは出来ません。

だから世界のお金持ちのランキングの上の方にハリウッドのトップスターや、有名歌手はいません。

ところが、物を売るということに関しては、Max. がありません。

いえ、ありました。

Max. は、約70億人のポテンシャルカスタマーです。

仮に一個一円の売値でも、70億人に売れれば70億円の売上です。

商売は数が物を言います。

どれだけヒットするかです。

薄利多売でも構いません。

数さえこなせば。

だから、もし本当にお金持ちになろうと思ったら、手に職を持つ職人さんになるよりも、商売人になった方が良いわけです。

でも、売れる商人になれるかどうかは分からないので、手に職を持つのは手堅いとは言えます。

士農工商という言葉があります。

この中で、いちばん稼げるのは誰でしょうか?

やはり商人です。

武士は最も貧しいそうです。

貧しいというか、質素です。

日本の場合は、この士農工商により、権威で支配する「士」と、お金を握る「商」を切り離したことが良かったそうです。

どうしてイギリスレストランや、アメリカレストランは無いのか?

世界中に、いろいろな国のレストランがあります。

ドイツレストラン、フランスレストラン、イタリアレストラン、スペインレストラン、中華レストラン、韓国レストラン、日本レストラン…

ところが、どういうわけか、イギリスレストランやアメリカレストランはありません。

そういえば、ポルトガルレストラン、オランダレストラン、ベルギーレストランもありません。

その逆に例えば、リバノンレストランやタイレストラン、インドレストランなどはあります。

この有無の違いは何でしょうか?

アメリカレストランがないのは国の歴史の長さに関係する?

いえいえ、イギリスは、日本やデンマークに次いで結構長い歴史があります。

なぜでしょうか?

食事にこだわる国民性かどうかの違い?

それはあるかもしれません。

アメリカの場合は確かに、国の歴史がまだ300年もないので、その短い間で食の文化は生まれないかも知れません。

でもイギリスの場合は、肉料理や野菜料理などが結構あります。

肉のソースのような役割をするグレイビーも結構美味しいです。

フィッシュアンドチップスだけではありません。

メニューがとても少ないドイツ料理でもドイツレストランは存在して頑張っているのに…

メニューが少ないと言えば、ロシアでレストランに入ると、メニューには色々とお品が書いてあるものの、それらのほとんどは「今日はありません」と言われるそうです。

私も1980年代に何度かモスクワ他に行きましたが、頼んだものは一応出て来ました。

イギリスでは、お酒を飲むパブで料理が出るので、レストランという分類をしないのでしょうか?

ピンチを楽しむ

ピンチはチャンスと言います。

そして、

『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』(子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。論語)

と言います。

くだけて言うと、知っているだけの人より、それを好きでやる人の方が上、「好きはものの上手なれ」です。

ですが、好きでやっている人より、それを楽しんでやっている人はもっと凄いということを言っています。

さすが「中国4千年の歴史」…

というのは嘘です。

中国の場合、と言うか、日本以外のすべての国の場合、ひとつの国が続いているわけではありません。

その時代によって支配していた民族が違うので、中国4千年の歴史は間違った表現です。

ちなみにその4千年、最近はいつの間にか5千年になっていないでしょうか?😅

そして昔は3千年と言っていなかったでしょうか?😅

さすが、南京20万人の虐殺と言い張る国だけあります。

でも今から2千年以上前の孔子の頃とそれ以降のしばらくは、中国に素晴らしい思想家が多くいたのは本当です。

2千年も前の中国の思想が、日本の武士たちのバックボーンになっています。

町民も見習った武士たちのバックボーンということはつまり、私たちの中にも流れている、先祖代々脈々と伝わる善い教育、躾(*)は元々は中国発ということになります。

* 年上(親)を敬う、お天道様はいつでも見ている(悪いことをしない、善いことをする)、して欲しいと思うことをしなさい、身の回りをきれいにする、きれいに残さずに食べる、脱いだ靴を揃えて置く、…等、数え上げればキリがない、多くの日本人が受ける躾です。

江戸時代の藩校や寺子屋などの、当時の日本の学校の数は、世界でダントツだったそうです。

だからこそ、当時における異常に高い日本の識字率があります。

当時の日本の識字率の高さは、同じ時代のロンドンよりも高かったそうです。

ロンドンといえば、当時からイギリスで最も進んだ町、イギリス国内で最も多くの学校があったはずです。

西洋では当時、一般庶民は教育を受けていなかったそうです。

教育を受けていたのは、ごく一部の、いわゆる上流階級、エリートたちのみ。

日本では、武士の子は勿論のこと、町民の子までも朱子学、儒教の四書五経(*)を一生懸命勉強しました。

* 中国における,重要古典の名数的呼称。 書とは《大学》《中庸》《論語》《孟子》。 この称は宋の程頤(伊川)が《大学》《中庸》の2編を《礼記》中から独立させ,《論語》《孟子》に配したのに始まり,朱子学の聖典とされる。 五経とは《易経》《書経》《詩経》《礼記》《春秋》のつで,儒教における最も重要な経典。出典: kotobank.ja

西洋の一般庶民がまだ字が読めなかった頃、日本では普通に新聞の原型のようなものを普通に読んでいたのです。

脱線はここまでにして、ピンチをチャンスととらえるのなら、いっそのことそれを好む、あるいは楽しみにすればどうでしょうか?

うちの家訓のひとつにも、ピンチやトラブルには進んで立ち向かう、みたいな一文があります。

立ち向かうだけではなくて、好み、そして楽しむまでもっていければ素晴らしいと思います。

ちょっと変人ぽいですが…😅

日本人は、どうして食事をしている時に人に見られたくないのか?

今の若い人たちはそうでもないのかも知れませんが、私の年代だとまだ、他の人が食事をしていないところで自分が食事をする姿はあまり見せたくありません。

みんなが食事をしているレストランなどは別です。

なぜでしょうか?

それを思ってからよく観察してみると、例えば仕事中に自分(だけ)が食事をする時は、多くの人がそうなるようです。

まるで食べている顔を見られたくないように。

韓国人の後輩が酒を飲む時のように。

ドイツ人(大陸の人間)は全く構いません。

電車の中でも平気でリンゴやニンジンをかじっています。

ドイツでは面白いことに、リンゴと同じくらい、生のニンジンを外で食べています。

小腹が空いた時に食べます。

日本にマクドナルド一号店が出来た時、「外で食べるスタイルが成功するわけがない」という批判的な意見が多く出たそうです。

いざフタを開けてみると、実際にはそうならず、一号店から大ヒットしたそうです。

食べている姿を人に見せたくない…

「菊と刀」のルース・ベネディクトが言うところの、日本人の「恥の文化」から来るのでしょうか?

王子製紙と大王子製紙

第二次世界大戦が終わる頃、もう日本の敗戦がほぼ決まった頃です。

当時のソ連が「日ソ中立条約」を守らずに、日本に対して宣戦布告をして北から攻めてきました。

もうほとんど負けが決まった相手に戦争を仕掛けてきたわけです。

いえ、降伏して敗戦が決まっても攻めてきました。

何て卑怯な手段でしょうか…

でもそれが国際社会(大陸)の現実(実態)です。

戦争も、国と国の喧嘩です。

喧嘩にも、きれいなケンカとそうでないものがあります。

日本人は、お店の中などでケンカを始めると、

「表へ出ろ!」

と言います。

店の迷惑を考えるのです。

人に迷惑をかけない国民性です。

西洋では、喧嘩の時に店(他の人)の迷惑を考えるなどはありません。

店に迷惑がかかろうが、すぐにその場で始めます。

そういう意味では日本人は、卑怯が嫌いできれいなケンカをします。

当時のソ連の侵攻のことを描いた映画、「氷雪の門」という映画があります。

ハーバード大を出た国際政治学者の藤井厳喜さんが紹介していました。

その映画はユーチューブですぐに出てきて鑑賞可能です。

その映画の中で、王子製紙が出てきます。

当時、当地にあったそうです。

日本を代表する製紙会社です。

王子製紙と聞くと、自然に思い出すのが大王子製紙です。

先行する王子製紙を凌いで大きくなることを願って付けた名前で創業したそうです。

でもその名称には何か違和感を覚えます。

何かこう、日本人的でないと思うのです。

東南アジアと日本。戦争の傷跡フィリピン

もうすぐ公開される映画「ONODA」を紹介したブログ、フランス映画「ONODA」に、フィリピンに住んでお仕事をされているFreerthanbird/鳥よりも自由さんからとても考えさせられるコメントをいただきました。

この映画の主人公は小野田寛郎さんで、第二次世界大戦が終わった後も、フィリピンで約30年間も戦争が終わったことを信じずにジャングルに隠れて戦い続けた元日本軍人です。

いわゆる残留兵と呼ばれ、当時の日本軍は中国、朝鮮半島、東南アジアの各地に散らばっていて、戦争が終わっても現地に残った兵隊さんたちです。

1万人ほどはいたと言われる残留兵の中には、インドネシアやベトナム、インドなどで、日本が負けてもその国の独立のために残って一緒に戦った人たちがいます。

当時の日本軍が、中国、朝鮮半島、そして東南アジアの各国で行政を教え、教育、農業を促進させ、軍備を整える指導をしたのは事実です。

それまで先進西洋諸国が各国で行っていた植民地支配とは全く違うものです。

そう聞くと、当時の日本の大義名分であった「東南アジアの解放」という言葉が真実味を帯びてきます。

実際に日本は、第一次世界大戦で戦勝国の一国となり、パリ講和会議にて史上初の「人種差別撤廃」を訴えたので、その大義名分は伊達や酔狂ではなかったと思います。

そういうこともあってか、東南アジアには親日の国が多いのは事実です。

そのFreerthanbird/鳥よりも自由さんのコメントが琴線に触れたので、少し長いですが、①〜⑥で紹介させて下さい。

①「フィリピンで日本が行ったことは何をどう考えても滅茶苦茶で正当化できることでは無いと思っています」

その通りだと思います。

「東南アジアの解放」という大義名分があったかもしれません。

実際にフィリピンは、1565年から300年以上もスペインの植民地でした。

さらにはその後、1898年にスペインとの戦争に勝ったアメリカが、50年近く植民地にしました。

そして第二次世界大戦が終わったすぐ後の1946年に独立しました。

但しその独立は、既にアメリカと以前から約束されていたようなので、フィリピンの場合は「東南アジアの開放」は当てはまらないかも知れません。

日本にとって、「東南アジアの解放」は大義名分で、東南アジアの石油が欲しかったのは事実だと思います。

実際に、アメリカから石油の供給の面で絞られて開戦に繋がりました。

それでも多くの死傷者が出たフィリピンの人たちにしてみれば、とんでもない迷惑です。

② 日本とアメリカの戦争をどうしてフィリピンを戦場にしなくちゃいけなかったのかに尽きるのですが。激戦の地と言っても私にはどうしてここが激戦の地にならざるを得なかったのか、私には分からないです。

フィリピンではそれほど石油が出ないようなので、そこをアメリカが植民地としていたということで激戦地になってしまったのであろうと想像出来ます。

Freerthanbirdさんが「…分からない…」という意味は、理屈上のことではなくて、心情的な面でのことだとお察し致します。

③ フィリピン人が現在日本人に普通に接してくれていることには感謝と敬意しか無いです。

私も以前アメリカで、数人の若いフィリピン人のITの専門家と毎日接していましたが、屈託がなくて純真、とても良い人たちでした。

そのフィリピン人がどうして反日にならなかったのかは分かりません。

日本人が元々控え目でおとなしい国民性だからなのか

過去の多くの東南アジアのトップがそうであったように、戦後の日本の復興の速さ、著しい経済成長に一目を置くからなのか、

戦時中、特に悲惨な状況になってしまったフィリピンでも、日本人の国民性の良さが生きていたのか…

残っている事実は、「東南アジアの解放」が当てはまらず、アメリカの植民地であったがゆえに激戦地となってしまった(?)にも拘らずに「日本人に普通に接してくれている…」ことです。

繰り返しになりますが、トルコや特にポーランドなどの東欧以外にも、東南アジアは親日です。

どうして親日なのか?

それを考えると、日本人(軍)は悪者だったと言い張る反日左翼の主張は疑問に思えてきます。

そういう背景、理屈があるにも拘らずに、そう主張し続ける裏には、例えば反日国家から資金が出ているのではないかと疑いたくなってしまいます。

東南アジアの老人には、今でも日本の歌を日本語で歌える人たちがいます。

そしてよく聞くのが、「厳しくも優しくもあったというコメントです」

もし当時、反日左翼が言うように、日本人が本当にひどいことをしていたら、そんなことになるでしょうか?

④ 勿論、戦後、日本はフィリピンに多大な貢献をしていますが。

特にODA(日本政府の他国への開発援助)のことだと思いますが、確かに日本は多額の援助を続けてきました。

それは東南アジアに限らず、アフリカなどにも行い、例えば西アフリカの国、モーリタニアでは、現地の人たちが日本人を救ってくれた美談があります。

日本のODAは、戦後に著しい経済発展が出来た国として、そうならずに貧しいままであった国を支援するというとても意義のある行為だと思います。

但し、これほど豊かになった中国に対しても、ほんのつい最近まで行われていたことで顰蹙を買っている面もあります。

⑤ 小野田さんがどのように描かれているか、は興味あります。

私も、Arthur Harariという40歳のフランス人映画監督が、この映画をどう表現するのかに大変興味を持っています。

最も興味深いのは、小野田さんは戦争が続いていると信じていたので、現地のフィリピン人を何人も殺傷してしまっていることをどう描いているかです。

⑥ 一度船上でルパング島が見えた時思わず深々とお辞儀いたしました。

そのお気持ち、お察し申し上げます。私もそうしたく思います。

ちなみにこのブログは、Freerthanbird/鳥よりも自由さんに次のようにコメントでお答えしてから書いたものです。

「とても考えさせられるコメントをありがとうございます。カウンターコメント(お返事という意味です)は長くなりそうなので、近日中にブログの方で紹介させていただければと思います」

それに対して、次のカウンターコメントをいただきました。

「難しい問題ですよね。戦勝国により歴史が書かれていることについては賛成ですし、アメリカ等を是としている訳でも無いのです。戦争のない世の中を願うのみです」

戦争のない世の中を願う…

これは全人類共通の願いだと思います。

左翼も右翼も、リベラルや保守、親日、反日も関係なく誰でも願っていると思います。

但しとても残念なのが、76年前に始まった、GHQのWGIプログラムによる「日本は悪い」という洗脳工作です。

そして特に反日左翼がそれに乗っかって主張している捏造の数々です。

人間は、誇りを失うとダメになります。

「ある国を滅ぼすには、その国民から誇りを奪えばよい」と言われるほど誇りは大事なものです。

反日左翼の主張に騙されず、日本人であることに誇りを持って欲しく思います。

誇りを持てば自信が出ます。

自信が出れば、元気もでます。

日本に住み、「日本人とは?」の答えが出ず、自信をなくしている人たちに少しでも元気になって欲しく思います。

とても多い自殺者がひとりでも減ってくれればと願います。

でも、誇りを持つことと驕り傲慢になることは違います。

誇りを持って改めて襟を正し、日本ファン外国人がますます増える理由の1人になって欲しいと思います。

日本人夫婦の間なら「I love you..!」は不要?

と思ったら、大きな間違いだと思います。

アメリカ人の夫婦の間では、(仲が良ければ?)ちょくちょく「I love you」と言い合うと聞きました。

日本人の夫婦の間では、それは不要でしょうか?

日本人の間では、阿吽の呼吸があるので、そんなのは不要?

「I love you」と表現する必要はないと思います。

でも、それとなく態度や別の表現で表した方が良いと思います。

「いつもありがとう」くらいは時々言った方が良くないでしょうか?

阿吽の呼吸の有無は、確かに日本と西洋で差があると思います。

日本では、相手の気持ちを察する、相手がどう思っているかを気配る習慣があります。

物事をズバリと言う代わりに、気を遣って遠回しに表現したり、あるいは言わずじまいにしてしまいます。

だから気を遣って相手が何を考えているのか、思っているのかを察知しなければなりません。

それが出来ないと、KYとか言われてしまいます。

ところが西洋ではそういうことがありません。

思ったことをストレートにズバリと言います。

人によって表現方法には差があるものの、遠回しにはしません。

だからきっと夫婦の間でも I love you が必要なのかも知れません。

適材適所、人選を間違えると、周りも不幸になります。

ドイツで会社設立のサポートをしています。

普通のケースは、依頼人であるお客様本人が社長になって会社を設立します。

あるいは、日本に本社があって、その会社の若手のやり手社員などが、ドイツ子会社の社長になるべくやって来ます。

ですが先日、変わったケースがありました。

そのご依頼主は、日本を始めとする数カ国で、いくつもの会社を持っています。

それぞれの会社には、雇用された社長や社員がいます。

つまり依頼主は、いくつもの会社を持つ会社オーナーです。

そしてドイツにも会社を設立することになりました。

社長となったのは、オーナーと偶然にドイツで知り合った日本人でした。

オーナーが、どういう目安で社長さん選びをしているのかに興味を持ちました。

一緒に飲んでいる時に聞いてみると、手を上げた人に任せることが分かりました。

「えっ! たったそれだけ?」

ビジネスの種やコンセプト、熱い志を持っているとか、それに向けて起業のための資金を少なくとも半分は自分で貯金した… とかではないのです。

社長になった人は、今まで普通のお勤めを続けてきた人でした。

社長の経験もなければ、管理職の経験もありません。

熱い志もなく、気が利く人でもありません。

そして日本語しか出来ません。

新しく設立する会社をゼロからスタートさせるのには、並大抵の努力では不可能です。

努力も大事ですが、向き不向きや、本人のやる気などの全てが必要です。

しかも異国の地です。

言葉が通じません。

色々と良い条件を揃えた人でも、全身全霊を傾けないと、会社のスタートアップはこなせません。

そういう場合、社長さんのお給料はある程度高いものの、セブンイレブンが必要です。

セブンイレブンとは、朝7時から夜11:00時まで働くことを言います。

その場合、残された時間はわずか8時間しかないので、寝る時間はさらに短くなります。

週末も関係ありません。

会社のスタートアップとはそういうものです。

今回の社長さんは、そういうことも知らずに(?)始めてしまったようです。

その社長さんから打ち明けられたのですが、とにかく仕事とビザが欲しかったそうです。

ゆえに社長に立候補した…😰

その後、オーナーと社長はしょっちゅう文句を言い合っています。

お節介な私は、オーナーに提言しました。

「100mを走るのに15秒かかる人に、10秒を切らせようとするのは酷です」

社長にも提言しました。

「社長の責任はとても重いので、自分を壊してしまいませんか?」

それでも関係は続きます。

側で見ているのが辛くなるほどギスギスした関係です。

このままでは、オーナーも社長も、どちらもかわいそうです。

お互いに不幸になります。

それでもやめようということにはならないようです。

ひょっとするとオーナーには、一度ご縁があった相手には、自分からは決して別れを告げない、などというポリシーがあるのかもしれません。

社長の方も、愚痴や文句ばかり出るものの、辞めるとは言いません。

社長の愚痴は、気持ちは分かるものの、明らかに力量、経験不足です。

たとえが変ですが、相撲が弱いのに相撲取りになってしまったようなものです。

適材適所、人選のミスマッチは、お互いが不幸になると思います。

いえ、会社という社会の公器が出来た以上、労使と会社の3者が不幸になってしまいます。

そこに部下や取引先が存在すれば、当事者以外にも、周りの人間全てに迷惑がかかってしまいます。