この職業を選ばなかった、人生最大のミス😅

知人のドイツ人が、グラビアのグルメ雑誌をドイツで出しています。

グルメグラビア雑誌、Essberichte

1年に1回だけ出版されています。

いくつものレストランと、そこで出されている料理が紹介されています。

どのレストランも、例外なくミシュランの(1〜3個の)星付き。

社長、インタビューアー、カメラマン、編集者…

印刷を除いて、全て1人で行っている、ワンマン出版社です。

全て1人で行っているので、1年に1度の出版で、彼のスケジュールは一杯です。

その彼が今度、特別号で「魚料理特集号」を出すと言います。

料理と言えば日本食(*)ですが、魚と言えば、それこそ正に日本食。

和牛の関係で親しくさせてもらっている私のお勧めで、和食レストランも、デュッセルドルフで3ヶ所選ばれました。

そこで今回は、彼の馴染みの星付きレストラン21軒の他にも、デュッセルドルフで特に魚が美味しい和食レストランの中のひとつの「なごみ」さん。

オーナーシェフの西塚さんと、その片腕で、自らもグルメだという望月さん

材料の費用は、魚卸業者の Zeelandiaという会社持ち、撮影費や雑誌への登場費用は彼持ち。

メニューになくても良いので、素晴らしい刺身盛りを作って下さいということになりました。

普段お店で出す、原価計算などは気にしなくて良いということで、オーナーシェフのモチベーションもかなり上がりました。

* 日本食は、世界でダントツナンバーワンだからです。

今回は特別号で普段とは少し違いましたが、彼は一年中こういうことを仕事として行っています。

つまり、しょっちゅうミシュランの星付きレストランに行き…

それもお客さんのいない落ち着いた時間帯に…

最高の料理を撮影して…

撮影の様子

興味深い人が多い星付きレストランのシェフと仲良く出来て…

その時に作られた、美味しい料理のご相伴にあずかれて…

それが彼の仕事なのです。

何度か彼の仕事を手伝わせてもらってそのことに気が付き、それが今回のテーマになりました。😅

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 – 日本人の規律、秩序 –

フランシスコ・ザビエル(1506‐1552) カトリック教会司祭、宣教師。
「従順で礼儀正しく、才気があり、親切で人をだますこともなく、美徳と正直な話をすることについては近年発見された他のあらゆる国に優るが、たいそう自分の評判に固執し、最も尊ぶのは名誉である」

「好奇心が強く、しつこく質問し、知識欲が旺盛で、質問はきりがありません」

「とても気立てがよくて、驚くほど理性に従います」

「日本人は、地球が丸いことや太陽の軌道を知りませんでした。でもその大部分が読み書きできます」

「日本人はこれまでに発見された他のどこの国民よりも、徳行と廉直の点で優れている。その性質は温和で、瞞着を排し名誉を切望し、名誉こそ最高のものであるとしている。

貧困は彼らの間ではふつうのことで、苦労して貧困に耐えるけれども、それは決して不名誉のこととはしない」1549年11月5日の書簡より
出典:「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店

F・A・ルドルフ、ドイツ人ビジネスマン、1855年から下田に滞在

「日本では所有権を犯す犯罪は滅多に起こらない。

その理由は、単に所有権を規定している厳しい法にばかりあるのではなく、国民の誇り高い性格の中に主として存在している。

こうした性格により、日本人は嘘をついたり、物を盗んだり強奪することに、嫌悪感を持っている。

この点において日本人は、中国人と著しく異なっている。」

出典:「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」黄文雄(台湾の歴史家)、徳間書店

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト 

ドイツ人医師・博物学者(1796~1866)

1859年、100万人都市として世界最多人口の江戸にて...

「江戸では、人が足繁く訪れる場所、寺の境内などの壁や板垣のそばに、およそ2フィートの四角の箱がよく置かれている。

そこではさまざまな小間物の必需品、楊枝などがしっかりと値をつけて販売されているが、売り手はいない。

客は何でも好きなだけ手に取り、お金を足元にある小さな引き出しの中に入れる。

世界で最も人口の多い都市のひとつがこうである。

この商売は貧しい家族、貧しい人々を支えるために、全ての町人たちとの信頼関係により成り立っている」

出典:「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」黄文雄、徳間書店

エドウィン・アーノルド 詩人・インドのデカン大学学長(1889年に日本を訪問して講演)

「日本には、礼節にって生活を楽しいものにするという、普遍的な社会契約が存在する」

「地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ。 

…その景色は妖精のように優美で、その美術は微妙であり、その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙虚ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。

これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである」

出典:「日本人の誇り」藤原正彦、文芸春秋

エドワード・シルベスター・モース  アメリカ動物学者(1838~1925)大森貝塚・縄文土器を発見・発掘

「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい。

私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。鍵をかけぬ部屋の机の上に私は小銭を置いたままにする」

「日本人の子どもや召使は... 触ってはならぬ物には決して手を触れぬ。こそ泥は皆無ではないものの ”盗まない”」

「正直、節倹、丁重、清潔、その他わが国において『キリスト教徒的』とも呼ばれるべき道徳の全てに関しては、一冊の本を書くこともできるくらいである」

「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気が付き始める。

すなわち彼ら(外国人) は、日本人に全てを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいことである。

衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然および全ての自然物に対する愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり... これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である」

「大学を出てきた時、私は人力車が4人いる所に歩み寄った。

私は、米国の辻馬車屋がするように、彼らもまた揃って私の方に駆けつけるのかなと想っていたが、事実はそれに反し、1人がしゃがんで長さの違う麦わらを4本拾い、そしてくじを引くのであった。

運のいい1人が私を乗せ、他の3人はいやな感情を示さなかった」

「何度となく人力車に乗っている間に、私は車夫が如何に注意深く道路にいる猫や犬や鶏を避けるかに気が付いた」

隅田川の花火大会でごったがえす屋形船の船頭たちが、長い竿で船を避け合ったり、助け合ったりし、怒声や罵声もなくただただ「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉が飛び交うだけで、和気あいあいとして優雅で温厚に振舞う船頭たちの姿を描き、「わがアメリカならはいへんだ」と、その落差に慨嘆している。

「米国でよくあったような宗教的の偏見に衝突することなしに、ダーウィンの理論を説明するのは、誠に愉快だった」

「維新から、まだわずかな年数しかたっていないのに、(中略) つい先頃まで輸入していた品物を、製造しつつある進歩に驚いた」

出典:「日本の家庭及びその周辺」、「日本その日その日」 創元社、平凡社。「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店
日本賛辞の至言33選、ごま書房

そういえば、東日本大地震での日本人の行動は、世界から称賛されたことは記憶に新しいですが、それは昔から続いていることです。

1856年、下田を台風が襲い1/3が破壊され、台風が去ったあとの日本人の態度を見て...:

「日本人の態度には驚いた。泣き声ひとつ聞こえなかった。

絶望なんてとんでもない!彼らの顔には悲しみの影さえもなかった。

それどころか、台風なんてまったく関心がないという様子で、嵐のもたらした損害を修復するのに忙しく働いていた」

出典: 岩波文庫「ヒュースケン日本日記」青木枝朗(訳)

カール・ツンベルク スウェーデン医学者、植物学者(1743~1828)
「正直と忠実は国中に見られる。そしてこの国ほど盗みの少ない国はほとんどないであろう」

出典: 「江戸参府随行記」
「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」黄文雄、徳間書店

1866年11月26日の横浜の大火を見て...

「ここへ来てみると(噂は)まったく根拠のないことが判明した。

日本人自身、西洋人よりはるかにひどい火災の被害をうけていて、それにもかかわらず、あっぱれな勇気と賞賛すべき犠牲心と沈着さを発揮して、西洋人の貴重品を無事に運びだす手伝いをしたのだった」

「日本人はいつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった」

「日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である。

ふたたび水の上に浮かび上がろうと必死の努力をするそのやり方は無分別にことにあたる習癖をまざまざと証明したようなもので、日本人を宿命論者と呼んでさしつかえないだろう」

出典:「江戸幕末滞在記」 自著、長島要一訳 講談社学術文庫

1908年6月、ブラジルに初めて移住した日本人たちは、清潔で規律正しいことや従順な態度が高く評価され、「実に好ましき人種」「将来サンパウロ州の産業は日本人に負うところ大であろう」とブラジルの新聞『コレイオ・パウリスターノ』で絶賛された。

2008年は、日本人がブラジルへ移住して100周年目にあたる。

日本とブラジルは、これを記念し「日本ブラジル交流年(日伯交流年)」として、様々な交流イベントを開催している。

1908(明治41)年4月、ブラジルへ最初の日本人移住者781人を乗せた「笠戸丸」が神戸を出港した。

ブラジル移住の背景には、日露戦争後の不況や農村人口増加の問題があり、ブラジル側も約20年前に奴隷制度を廃止したことで労働不足に悩んでいるという事情があった。

6月18日、笠戸丸はブラジルのサントス港に到着。上陸した日本人たちは、サンパウロの移民収容所へ向かった。

『コレイオ・パウリスターノ』紙のソブラード記者は、ブラジルにやってきた日本人の様子を記事に書き、6月25日の新聞に掲載された。

ソブラード記者は、日本人の清潔さに感嘆し、次のように記した。

「移民は18日午後上陸し、同日サンパウロに到着したが、彼らを輸送した笠戸丸の船室およびその他諸般の設備を見ると、みなよく清潔を保っていた。

それだから、日本船の三等船室は、太平洋を往復する欧州航路の一等船室よりも清潔だと評する者さえ、サントスで見受けられた」「移民は移民収容所に入るにあたり、秩序整然として列車から降り、少しも混雑の模様なく、またその車中を検査したら、ツバを吐いてある跡は一つもなく、果物の残りクズなどの散乱したものも皆無。

観察者をして不快感を起こさせるようなことは、一つもなかった」「移民たちは食堂で交替して食事を終え、約1時間後に各自に定められた寝室を見るために食堂を出たが、驚くことには、彼らの去った後にはタバコの吸いがらもツバを吐いた跡もなかった。

もしも、これが他国の移民ならば、その居所はタバコの吸いがらやツバでもって不潔化することだっただろう」

さらに、日本人が規律正しく行動していることを、ソブラード記者はこう絶賛した。

「税関吏の語るところによると、このような多数の移民が秩序よく、その手荷物の検査を受け、一人として隠す者がなかったことは、いまだかつて見なかったところである。

これら日本移民の清潔なことは既に述べた通りであるが、移民でこのように清潔で規律正しい者は未曾有のことである。

さらに従順なことは羊群のごとく、やがてサンパウロ州の富源は、彼らによって遺憾なく開発され、将来サンパウロ州の産業は日本人に負うところ大であろう」

日本人の態度に好感を抱いたソブラード記者は、「彼らは熱心にわが国の言葉を学ぼうとしており、また食堂では一粒の飯粒、一滴の汁をも床の上に落としたものも認めることができないほど用意周到で、食堂の床は食後でも清潔を保ち、食前と少しも変わらない。

それに紙切れやマッチのカラが散乱していたとすれば、それは移民収容所の給仕人たちの所為であって、日本移民がしたのではない。

実に彼らは好ましき人種だといえよう」と、絶賛した。

ブラジル・サンパウロ州では、日本人が笠戸丸で上陸した6月18日を「日系人移民の日」として、日本人のブラジルにおける貢献を讃えている。

また、日本でもこの日を「海外移住の日」と定め、日本から海外へ移住した人々の歴史や、国際社会への貢献を振り返り、移住先国との友好関係を促進するための記念日としている。

『蒼氓の92年 ブラジル移民の記録』内山勝男著、東京新聞出版局

ドイツの食事事情

ドイツ人の食事はとても質素です。

あんなに質素な食事で、どうしてあんなに身体がでかくなるのか…

病院に入院すると、その国の一般的な食事が分かります。

栄養士がカロリー計算などをするでしょうが、基本的にはその国の代表的な食事が出るからでしょう。

ドイツで病院に入院すると、まずは朝食にパン、バター、ジャム、ハム、チーズ、ヨーグルト、紅茶あるいはコーヒーなどが出ます。

ほぼそれだけです。

温かいのは紅茶かコーヒーだけ。

昼食 – ほぼ似たようなものに、スープやシチューなどの温かい品が一品加わります。

そして夕食。

これが驚くことに、ほぼ朝食と同じなのです。

温かいものは昼食の時だけ。

朝昼冷たいもので、夜に温かいものを食べるなど、各家庭で差はありますが、ドイツ人の食事はほぼそんな感じです。

パンの量はいくら食べても構いません。

バターはコッテリとぬります。

日本のように、朝昼晩と温かい食事を取る人はまずいません。

イギリスに住んだことがありますが、同程度か、もう少し落ちると思います。

だからか、イギリスレストランというのは、この世に存在しません。

スペイン、フランス、イタリアなどの地中海沿岸諸国は、それより北東に位置する他のEU諸国よりは少し良くなります。

でも、日本の食事のバラエティーさ、奥深さには到底及びません。

それがミシュランのグルメガイドブックで起きた驚きの理由なのです。

今でこそ、日本で多くのミシュランの星付きレストランはありますが、昔は皆無でした。

日本版ガイドブックが存在していなかったのです。

日本版が出版されるようになって、フランス人にとって驚きの事実(?)が起きました。

日本で星を取るレストランの数が、国別だと本国のフランス、都市別だとパリが、日本勢に追い抜かれてしまったのです。

日本がダントツです。

それは世界遺産に登録されたことでも分かります。

日本食の素晴らしさを、日本語がペラペラの外国人がたくさんユーチューブで出しています。

海外に長く住むと気が付きますが、日本の食事は最高なのです。

世界三大料理は、フランス料理、中華料理、トルコ料理と一般的に言われますが、それは大きな間違いです。

世界でダントツナンバーワンは日本食なのです。

日本人女性を妻に持つ外国人男性の悩み

つい一昨日、日本人女性をベタ褒めしておきながら、その反面についてです。

「万物に長短あり」です。

どんな物にも、必ず長所も短所もあります。

長所だけの物はこの世に存在しません。

その逆もしかりです。

世界の物差しで計り、世界中の男にとって、結婚する相手に1番良いと思われる妻は日本人女性であるのは間違いないと思います。

ところが、その表裏一体の短所として…

インターネットで、「日本人妻を持つ」というキーワードで調べると、その短所もいくつも出てきます。

1) 時間の遅れにうるさい…

(日本の電車の時間の正確さが良く分かる?)

2) 夫婦喧嘩になると黙りこくる…

(西洋では、徹底的に話しをして解決の方向を見出す。日本人は、譲ることによって問題を解決しようとする。つまり、黙りこくって譲ろうとする)

3) 土足厳禁等を厳守させられる、手を洗え、風呂に入れ(シャワーを浴びろ)とうるさい…

(靴を履いたままベットに横たわる、頻繁に手を洗う習慣の無い西洋人には理解不能)

などなど…

とても素晴らしい長所が多い日本人女性ですが、それらの長所は、実は全てひっくり返すと短所になり得ます…😅

日本とドイツのコロナ事情

情報元は、武田邦彦教授他、コロナの恐怖を煽る大手メディアとは正反対の人たちの意見です。

日本では、コロナによる死者数は、例年のインフルエンザのそれより少ないそうです。

しかも、お亡くなりになるのはかなりご高齢の方が多く、その方々は元々基礎疾患を持っている人が多いそうです。

つまり、100%コロナで亡くなったとは言い切れないにも関わらず、死因がコロナになるそうです。

そして死者の平均年齢は、ほぼ寿命と同じだそうです。

つまり、老衰して寝たきり老人のようになっている弱者などの多くが犠牲になっているようです。

そして日本の場合、コロナ患者を受け入れるのはほぼ公立病院だけなので、全ての病床数の僅か5%ほどだそうです。

だからベット数が足りない、医者、看護師が足りないという騒ぎになっているそうです。

その点、ドイツは余裕で国外の患者を自国の病院に受け入れています。

コロナ規制で多くの会社、お店が潰れ、失業率が高くなっています。

失業率と自殺率の間には相関関係があるそうです。

つまり、コロナ規制をかけると、失業者が増加して、自殺をする人の数も増えます。

風が吹くと桶屋が儲かる流れよりもはるかに簡単に分かります。

自殺をしてしまう人たちは、青年〜壮年のまだまだ将来のある働き盛りの人たちです。

ご高齢に将来がないとは言いません。

弱者を救うのも当たり前です。

命の重さに差はありません。

それでも、トリアージというものがあります。

大きな災害の緊急事態の時などに、怪我人の数が医療を施せる人の数よりはるかに多いとします。

緊急に治療を要する人がたくさんいて、一刻の猶予もありません。

そういう時に、どの人から優先して治療をするかを決めるのがトリアージです。

極端な例で言えば、怪我がとても大きくて、最も早く治療を受けるべきだと思われる人がいたとします。

ですが、その人の怪我は大き過ぎて助かる見込みが低いとします。

とても残酷なように思えますが、そういう人は治療を受ける優先順位が1番高いのではなく、逆に放っておかれてしまいます。

その人の治療に手こずって時間を取られたにもかかわらず、治療の甲斐なく亡くなってしまう可能性が高いからです。

その間に、その人よりはやや軽症でも、緊急に治療を要して間違いなく命を救える人が他にいるからです。

そんな場面で効率のような理屈を持ち出すのは気が重いですが、それは飛行機のトラブルの際にも行われます。

飛行機に乗っていて、何かトラブルが発生したとします。

上の方から飛び出してくる、酸素マスクが必要になったとします。

その時に、隣には比較的に小さな子どもが座っていたとします。

心情的には、まずは子どもに酸素マスクを付けさせる手伝いをしたく思います。

でも、正しい方法(?)は違います。

正しい方法というよりは、どの航空会社のマニュアルにも書いてあるのは、まず自分が酸素マスクをして、その次に子どもに付けさせます。

子どもに先にマスクをさせようとして手こずり、2人とも危なくなるよりも、まずは大人がしっかりと助かって、その次に子どもを助けるという方法です。

他にも極端な例で言うと、船が沈没した際の救助です。

乗っている船が沈没したとします。

でも、自分は泳ぎがとても上手く、他の人も1人くらいなら救えるとします。

その時に、周りには自分の妻、子ども、親、友人、知人が溺れて助けを求めているとします。

自分以外はみんなトンカチ だとします。

複数を助けるのは危険で、自分の命も危なくなります。

一体、誰を助けたら良いでしょうか?

政治家には、その辺のことを真剣に我が身のことのように思って当たっているように思えません。

どんなに経済制裁をかけて潰れるお店が増えても、多くの人が路頭に迷っても、それで自殺する人が増えてしまっても。

何をしても、政治家の給料が減るなどといったことがありません。

だから真剣味がないのではないでしょうか?

過剰な制限をかけ続ける政府、自治体には、それは人命に関わることだと、もっと本気で、真剣に考えて欲しいと思います。

奥さんにするのなら、日本人女性が世界一!

その昔、私がまだ独身で考え方が未熟、浅はか(?)だった頃(今も?😅)、日本人女性が外国人と結婚したと聞くと、とても残念に思えました。

自分の結婚相手となり得る人の数が減るからでしょうか?😅

さて、今日ではそのことをどう思っているでしょうか…

ガンガン結婚して欲しいと思っています…😅

その理由は簡単です。

より多くの日本人女性が外国人と結婚すると、日本にとっても、世界にとっても、良いことが少なくともひとつづつあるからです。

日本にとって良いこと…

日本(人)の株がますます上がります。

日本人女性は、世界の物差しで計ると、女房にするのにベストな女性です。

それは、

「幸せな生活とは、日本人の妻を持中国人のコックを雇い、アメリカの家に住むこと」

というジョークがあるほどです。

一度インターネットで「日本人妻を持ち」のキーワードで検索してみて下さい。

その関係の情報がいくつも出てきます。

世界の物差しで計った、旦那さんにとっての日本人妻の長所。

1) えばらず、うるさくない

(自己主張をしない国民性なので日本人男性も同じ)

2) 男性を立てる

3) 家庭的

4) 家事、育児を自分の仕事として当たり前のようにこなす

5) 比較的に料理がうまい

海外在住経験のない、海外の様子を知らない日本人がこれを読んでもピンと来ないと思いますが、国際的に見るとそうなります。

その反対に、1)を除いた理由で、日本人男性と外国人妻の国際結婚は難しいように思います。

ふたつ目は、やはり自己主張をせずに協調を重んじる国民性、気配り、気遣いが、外国人と結婚してその子どもに伝わり広がります。

それは平和に結びつくことになります。

自我を抑える国民性が少しでも世界に広まれば、争いごとは間違いなく減っていく傾向になります。

極端なことを言えば…

もし日本人の人口が増えて、日本人女性がどんどん国際結婚をすると、世界は平和の方向に向かうはずです。

では、残ってしまった日本人独身男性はどうすれば良いのか?😅

Corona situation in Japan

In Japan, politicians decided to postpone the economical restriction for restaurants for Corona until end of June.

It is to close the restaurant at 20:00 and not to sell Alkohol at all.

No Alkohol in the Restaurants and close at 20:00..?

Who goes to the restaurant for dinner under such condition..?

There is no evidence that opened restaurant increase Corona infection rate.

Because of the restrictions many of them go bankruptcy and increase a lot of jobless.

There is correlation between jobless rate and suicide rate.

That is why it is necessary to think about how many and who dies because of Corona.

The elderly people who are very weak due to the age and staying in the hospital for long time die because of Corona.

But because of jobless, young – middle aged people commits suicide.

We can never say that there is difference of Life importance between elderly people and young/middle aged people.

However, it is also true that there is priority who to save/help first in an emergency case.

First priority, children and women…etc…

Politicians lose nothing even no salary decrease if they do not think seriously and do something wrong against Corona.

According to the information of professor Kunihiko Takeda and others, the number of deaths because of Corona is less than annual flu and the average age of them are same as life span in Japan.

So, what politicians are doing..???

ドイツの(オレオレ)詐欺は、”Enkeltrick”(孫のトリック)と呼ばれています。

ドイツにも詐欺はあります。

日本で「オレオレ詐欺」と呼ばれるものもあります。

その多くは、息子を装うのではなくて、孫を装います。

そこでドイツでは、”Enkeltrick”(孫のトリック)と呼ばれています。

始めて日本でそういう被害があることを知った時、

「えっ? 自分の息子の声を電話で判別できないの?」

と、不思議に思いましたが、孫ならもう少し騙されやすそうです。

ちなみに、千葉に住む私の母も、一度100万円やられています。

その時も、息子の私を装ったのではなくて、孫に関することでした。

でも、孫を装ったわけではありませんでした。

「お孫さんが困っていますが、助けてあげませんか?」

というものでした。

内情を調査、勉強してから電話をかけてくるようです。

お孫さんが困っていて、自分の親には相談しにくい中、お婆ちゃんが助けてあげませんか?

(そうすればお婆ちゃんはヒーローになれますよ)

というような感じだったようです。

(ヒーローになりたい?)お婆ちゃんは、娘夫婦に確認、相談もせずに、公園で待つ見も知らぬ男に100万円の現金を持って行って渡しました…😰

私もそれを聞いて絶句でした。

まさか、自分の母親が騙されるとは…

ドイツでは、他にも警察を装った詐欺があります。

警察官を装った人間から、「そちらは狙われているから…」等の電話が入り、ついつい騙されてしまうという詐欺です。

画像は銀行に貼られてあったポスターで、注意を促すものです。

「本物の警察は、あなたに電話をして何かを求めることは決してありません…」と書いてあります。

色の配合と、「悪貨は良貨を駆逐する」の関係…

「悪貨は良貨を駆逐する」というのを聞いたことがあるでしょうか?

簡単に言うと、「悪は広まりやすく、善は広まりにくい」です。

そこで気が付くのが色の配合。

善を色で例えると「白」

悪は「黒」

白い色を保つには、白一色しか混ぜられません。

他の色を少しでも混ぜると、もう決して白には戻れません。

ところが、色々な色を混ぜると、段々と黒くなっていきます。

これは、善を保つのは難しく、悪は広まりやすいということを色の配合が示しているのでしょうか?

日本人の悲しい習性

どうして日本人には誇りや自信がないのか?

それは76年前から奪われてしまったからです。

奪ったのはアメリカです。

詳しく言うとアメリカ軍(連合軍)、GHQです。

今日では、一部の人たちを除けば、日本とアメリカは良い関係です。

でも当時は違いました。

今ではもう、日本人大学生で知らない人がいるそうです。

昔、日本とアメリカが戦争をしたことを。

その戦争で日本が負けました。

負けたものの、日本軍の強さにアメリカは恐怖を持ちました。

特攻隊や玉砕からです。

アメリカ軍に、死ぬことを恐れないと思われました。

アメリカとしては、勝ったものの、6年以上も続いた日本占領の当初、戦々恐々として日本にやってきたそうです。

ところが、実際に日本に来てみると、日本人はびっくりするほど従順でした。

アメリカ人には理解できないことです。

それでも一言に簡単にまとめれば、日本という国が、今後2度とアメリカに逆らわないように、色々と手を打ちました。

教科書が真っ黒に塗りつぶされるということも起きました。

今までの教育が全否定されたからです。

漢字も危うく無くされる危機に陥りました。

東京裁判では、もし日本が勝っていたら英雄となったであろう人たちが悪人の烙印を押されて有罪、処刑されてしまいました。

数十万人の民間人の命を一瞬で奪った原爆投下や、日本各地の都市への空襲も無罪、責任無しです。

日本側は、アメリカ軍、軍人、軍事施設を相手にしたのに対して、アメリカ側は何十万人もの日本の一般民間人、それも年寄り、女、子どもの命を奪いました。

日本本土、各都市爆撃です。

若い男は戦争に行って留守なので、殺されたのは女、子供、年寄りです。

それにも関わらずに東京裁判では一方的に日本人(勝っていればヒーロー等)が悪者という結果に終わりました。

勝てば官軍です。

それは裁判ではなくてリンチでした。

6年以上に及ぶ占領時代に、今まで良しとされていたことが全てひっくり返されました。

戦争前、戦時中は国民の参戦感情、奮戦感情を煽ってた朝日新聞は、その存在をGHQから奪われそうになって戦後からは左翼、反日、反政府に180度ガラリと変わりました。

日本の憲法もアメリカによって作り替えられました。

そのおかしな憲法によって、大災害の時に救助に駆けつける自衛隊が身動き出来ない、友軍であるアメリカ軍が襲われても助けることができないままです。

そういう憲法を素直に従順に70年以上も守り続けています。

教育界を支配する日教組や日弁連(日本弁護士連盟)も左翼、反日勢力になってしまいました。

その結果、70年以上たった今でも、間違った内容の教科書で、間違った情報を信じ込んでいる先生たちから子どもたちは教育を受けています。

日本人は悪者であると…

ご先祖様たちが悪者だったと思い込まされた子どもはどうなるでしょうか?

誇りや自信は吹き飛んでしまっています。

でもそれが、日本人の悲しい習性なのです。

謙遜、謙虚、素直、従順、気配り、気遣い…

だから、教育者から自分たちの先祖は悪いことをした人たちだと教えられると、鵜呑みに信じ込んでしまいます。

ではどうしたら良いのでしょうか?

自分の頭で何が正しいか、本当かを良く考えることが大切です。

自分たちの先祖は悪人だったのか、それとも本当はホワイトナイト(正義の味方)だったのか…

そして最も大事なのは、自分たちの先祖が、実は本当はホワイトナイトだったことが分かったら、そこで兜の緒を締め直すことです。

褌を締め直します。

襟を立てます。

そこで傲慢になるのはもってのほか、愚の骨頂です。

大陸では当たり前の自己主張、個人主義、利己主張の代わりに、日本人の謙遜、謙虚、素直、従順、気配り、気遣いがもし世界に広がれば、争い事は間違いなく減り、世の中は良くなります。

国際ビジネス – 銀行の海外送金(&入金)手数料について

物の売買の際の海外送金の銀行手数料についてのお話しです。

海外から物を買う場合、あるいは逆に売る場合、その金額が例えば10万円だとします。

買手は売手に10万円を銀行送金するのですが、普通に海外送金をすると、9万うん千円しか届きません。

決してバカにならない銀行の、海外送金(入金)手数料がかかるからです。

送金する時によく見てみると、自国側と相手国側の銀行手数料を負担するかどうかを選ぶオプションがあります。

どちらも自分で負担する、というのを選ぶと、売手には10万円届きます。

何も選ばないと、スタンダードの方である、自分の国側の銀行手数料のみを支払うということに普通はなります。

そうすると、相手の口座に届く金額は10万円にはなりません。

国際ビジネスに慣れている企業の営業・経理は、このことを知っているので、届く金額が請求書の金額に満たないことを不思議に思いません。

それが国際的な一般的ルール、国際商習慣だからです。

たまには変わった企業もあり、満額届くように指定してくる場合もあります。

以前一度困ったのは、今の自宅を購入した時でした。

売手はドイツ人の老夫婦。

ご主人はドイツ大手企業の元エンジニア。

スイスにいる娘さんの所に引っ越すということで、スイスの口座に家の購入金額が振り込まれました。

届いてみると、400ユーロ足りないと文句を言われてしまったのです。

400ユーロと言うと約5万2千円。

決してバカにならない金額です。

送金金額が大きいからです。

それがスイス側の銀行の海外送金入金手数料です。

家の金額を最初の広告の時より随分と安くしてくれたので、お礼の意味もあって、地元の和食レストランにご招待した時に言われました。

その場でその国際商習慣のルールのことを説明したのですが、どうしても分かってもらえないようです。

未練がましくそのことを言われました。

それではせっかくの食事も不味くなります。

そこで仕方なく400€を支払いました。

日本の軟水と、ドイツの硬水

日本の水道水は普通、軟水です。

そしてドイツは硬水。

軟水と硬水の違いは、水に含まれるミネラルの含有量です。

日本は島国で国土が狭く、山に降った雨水が地中を流れる時間が短いので、地中に眠る多くのミネラルを水に吸収できないそうです。

それに比べて面積が広い大陸では、水が地中を通る時間が長いので、地中の色々なミネラルを水の中に吸収します。

だからドイツの硬水には多くのミネラルが含まれています。

ミネラルの主はナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどです。

カルシウムはカルキと呼ばれて、ドイツのヤカンなどは、しばらく使っているとカルキだらけになります。

硬水の場合、石鹸や洗剤も泡立ちにくいので、軟水よりもたくさん使う必要があります。

ドイツで買う洗濯石鹸は、よく見ると水の硬度によって洗剤の量を変えるように書いてあります。

硬水の中のカルシウム、カルキは、ヤカンなどに堆積するだけではなくて、洗濯機や水道の蛇口、エスプレッソマシーンなどの中にもたまります。

たまると詰まって故障に繋がるので、酸を用いた化学変化で落とします。

それらのミネラルですが、身体が必要としている物でもあります。

不足すると、身体に支障が出ます。

身体が必要としているミネラルが少ないのが日本の軟水、多いのがドイツの硬水なのです。

硬水の短所は、定期的に手入れをしないと機械が壊れてしまうだけではありません。

硬水で紅茶を入れると、表面に、見た目に好ましくない膜が出来ます。

さらには私など胃腸が弱い人は、硬水を飲むと下痢になりやすいです。

長所としては豊富なミネラルです。

私の場合、硬水を飲んでいれば大丈夫なのに、軟水を飲み続けているとマグネシウム不足でこむら返り(ふくらはぎの筋肉のつり)が起こってしまいます。

硬度の数値で言うと、デュッセルドルフの水道水が硬度300〜。

逆浸透膜というスグレ物フィルターがありますが、硬水をこれに通すと軟水に変わります。

硬水を逆浸透膜に通すと、硬度が5〜10分の1に下がります。

この程度の硬度差だと、目隠しをした飲み比べで違いが分かるのは数人〜十数人に1人しかいません。

自称グルメの私には区別がつきません。

目隠しの飲み比べで私でも分かるのは、Contrex とVolvic ほどの大きな硬度差がある場合です。

逆浸透膜を通すと、海水もオシッコも飲める真水に変わります。

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 – 日本の建築 –

宮大工など、釘を一切使わない日本の木造建築などは、外国のその道の人たちを魅了していることは時々耳にしますが…

ブルーノ・タウト 近代ドイツの大建築家(1880~1938)

京都の桂離宮を見て…:

「泣きたくなるほど美しい。現代における最大の世界的奇跡」

「簡単な記述によってその美を如実に伝えることは全く不可能である」

「純日本的な、しかも全く独自な新しい美」

「すぐれた芸術品に接する時、涙はおのずから眼に溢れる」

「自然的な簡素のうちに精妙をきわめた天才的な細部をいくつとなく発見する。用材の精選とその見事な加工、あくまで控え目な装飾… 私はもはやこれを表現すべき言葉を知らない」

出典:「日本美の再発見」「日本文化私観」、「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」黄文雄、徳間書店

「日本賛辞の至言33選」波田野毅、ごま書房

ドイツ政府のコロナ補助は詐欺と一緒

個人事業主、法人に対する当時のドイツのコロナ補助金対応は日本でも評価されました。

例えば10人以下の零細企業には100万円以上があっという間に配られました。

その速さが評価されたのです。

ですが、万物に長短ありで、早いがゆえに審査が甘く、プロの詐欺集団に巨額の資金を奪われました。

結果、一時ストップとなって申し込み方法が強化されたりとかいうハプニングがありました。

そして本題です…

当時、コロナの補助金を受けられる条件はかなりシンプルでした。

前月比較、前年同月比較で売り上げが半減していればOKという条件でした。

弊社も、昨年の3月〜5月は売上が見事にゼロとなったので、その条件を軽くクリアーしたので申し込みました。

すぐに支払いが届きました。

苦しい時の素早い助けで本当に感心、感謝しました。

ばらまき(= 返済の義務がない)であろうと予想して、条件を満たしていないにもかかわらずに申し込んですぐに受け取っていた所もかなりありました。

そして今、当局から連絡が来ました。

先日の補助金ですが、次の条件を満たさない場合は返金して下さい。

そしてその条件とは驚くことに、最初の時とは違って複数で厳しいもの。

それって詐欺ではないでしょうか?

幸せになれる方法があります。

その方法を教えてくれている人たちがいます。

世界的に有名なところでは、

「自助論」のサミュエル・スマイルズ

「思考は現実化する」のナポレオン・ヒル

「マーフィーの成功法則」のジョセフ・マーフィー

「人を動かす」のデール・カーネギーなどです。

カッコの中は、各人の代表的な本の題名です。

それらの本を、自己啓発書と言うそうです。

自己啓発とは、自分自身の能力を高め、精神的な心の成長を目指すことだそうです。

目から鱗の内容があるので、一度は読んでおくことをお勧めします。

決してビジネスとも無縁ではありません。

日本人では、

「運命を創る」の安岡正篤、

「運命を拓く」の中村天風、

「法則」の船井幸夫、

「100%幸せな、1%の人たち」の小林正観などが有名です。

(全て故人ですが、敬称略でごめんなさい…)

でも、どうして自己啓発が幸せにつながるのでしょうか?

見方、考え方を根本から変えてくれるからでしょうか。

どの人も例外なく書いていることは、ポジティブ思考と、願い、思いはかなうというものです。

今日では、ポジティブ思考の方が幸せになれることを多くの人が知っています。

コップに残っている飲み物が、「もう半分しか残っていない」と嘆くのか、「まだ半分も残っている」と喜ぶのの違いです。

嘆くのと、喜ぶのでは、どちらが幸せかは一目瞭然です。

では、願いは本当にかなうのでしょうか?

現実では、かなう時もあれば、かなわない時もあると思います。

かなうか、かなわないかは、努力の大きさと、それにかける時間の長さで大きな差が出るのは当然です。

より長い時間、より多くの努力をすれば、願いがかなう確率は高くなります。

願うだけで、行動(努力)をしないのは論外です。

そして、願いさえもしなければ、何も始まらないのは言うまでもありません。

挨拶の意味 5、笑顔

挨拶の意味 4 で、Tomoさんからいただいたメッセージで再び思い付きました…

たま〜に、見ず知らずの人が笑顔を見せてくれることがあります。

挨拶代わりみたいな笑顔です。

ついつい、こちらも笑顔を返してしまいます。

それを返報性の原理(法則)と言うそうです。

悪い方で言えば「仕返し」ですが、良い方でも人間はお返しをしたいようです。

前の会社のスタッフに、笑顔を投げかけるのがとても上手く、しかもそれが頻繁なドイツ人がいました。

ある時、気になってそのことを彼に聞いてみたら、オグマンディーノの本を読んでそうするようになったそうです。

地、天然ではなかったんだ…

そういえば、うちの近所にも、すれ違う時に満面の笑(え)みをくれるおばあちゃんがいます。

いつも夫婦で散歩をしています。

もう3回くらいすれ違いましたが、初めてすれ違った時から満面の笑でした。

散歩の最中にずっと満面の笑みを続けているというわけではなく、誰かとすれ違う時にそうするようです。

私も、目一杯の笑みを返しました。

おじいさんは普通の表情です。

オグマンディーノは、世界で最も多くの読者をもつ自己啓発書作家だそうです。

他にも有名なのは次の人たちです。

「人を動かす」のデール・カーネギー

「自助論」のサミュエル・スマイルズ

「思考は現実化する」のナポレオン・ヒル

「マーフィーの法則」のジョセフ・マーフィー

日本人で有名なのは、

中村天風

船井幸夫

小林正観

安岡正篤などです。

(皆さん、どうか呼び捨てをお許しください)

全て故人で他界していますが、何冊も本を残しています。

だから、それらを読めば、何を伝えようとしていたのか分かります。

人生をどう生きたら良いのか、どうしたら幸せを得られるのかを教えてくれています。

そしてそれらの人たちが、ほぼ共通して言っていることがあります。

ポジティブ思考もそうですが、思い、願いは必ずかなうというものです。

何かを願うには、まず最初に思うことが大切だということには、松下幸之助さんと、稲盛和夫さんの面白いお話しがあるので、一度そちらをご覧下さい。

さて、そのことと笑顔の関係です。

常に暗い顔をしているより、笑顔でいた方が、幸せになれる確率は間違いなく高そうです。

たとえどんなに辛くても。

見も知らぬ人に笑顔を投げかけるというのは簡単なことではありません。

私も心がけてはいますが、未熟なために、まだ常には出来ていません。

その理由はきっと、笑顔を投げかけても、ブスッとしたままで帰ってこない時があるからかもしれません。

「何、この人、意味もなくヘラヘラして」と思われるかもしれないと思うと、なかなか笑顔を投げかけられません。

それでも勇気を出して、なるべく笑顔を見せる努力はしています。

お釈迦様も言っています。

無財の七施(むざいのななせ)です。

どんなに貧乏でも、他人にして差し上げられることが七つあるというものです。

笑顔がそのひとつです。

返報性の原理(法則)というものが存在する限り、笑顔が返ってくる確率は高いです。

笑顔をもらうと幸せな気分になれますが、その幸せも、返報性の原理(法則)で返ってくると思います。

101際の現役サラリーマン

偶然見つけました。

123歳までピンコロ(*)で生きようと思っている私には(実は半分は冗談なので…😅)、驚愕とともに、とても励みとなる人です。

* 寝たきりではなく、ごく普通にピンピン生きて、その時が来たらコロッと逝くこと

「Yes」か「No」の返事を求めた質問に、長い説明を始める人

が時々います。

プライベートな会話の最中ならまだ問題はありません。

単調な会話が、逆にそれで華やかになり得ます。

「Yes」か「No」の返事を求める質問をするのは合理的な人が多いと思います。

合理的に、ことの次第を分析したい人です。

それにもかかわらずに「Yes」か「No」以外の返事、長々と説明などを始めるのは、あまりお利口さんではないか、「言いたい欲」が強い人ではないでしょうか?

逆な例で冴えない質問をするアナウンサーが時々います。

たった今、スポーツの試合に勝ったばかりの勝者へのインタビューをする時。

英語の専門用語で言うと、そういう質問をクローズドクエスチョンと言うそうです。

その答えが、「Yes」か「No」などの、限られた答えに限られた質問です。

勝利したばかりのスポーツ選手に聞く質問で、クローズドクエスチョンは賢くありません。

「今日の試合のために、かなりハードなトレーニングをされたようですね?」

選手: 「はい」

としか答えようがありません。

相手がよほどのおしゃべり好きでもない限り…

視聴者は、勝者の詳しいコメントを求めているのであって、単なる「Yes/No」ではありません。

気の利いたアナウンサーなら…

「今日の試合に勝つために、かなりハードなトレーニングをされたそうですが、それはどのようなものでしたか?」

こう聞かれれば、その選手は何をしたかを具体的に説明するしかありません = 発言量が多くなります = 視聴者は興味をそそります = 視聴率が上がります = その放送(曲)にプラスになります。

仕事においては、上司が部下に聞く質問にはクローズドクエスチョンが多いと思います。

答えは「Yes」か「No」のどちらかだけを求められています。

ところが、あまり賢くないか、あるいは「言いたい欲」が強い( = 言い訳がある?)部下だと、「Yes」、「No」の代わりに…

相手にとっては聞きたくない話し、説明が出て来ます。

KYと言えるかも知れません。

いずれにしても、そこには「言いたい欲」が隠れています。

「言いたい欲」に関しては、過去に何度も書いているので、是非検索してみて下さい。

人は誰でも、食欲、睡眠欲、性欲、物欲などの大きな欲を持っていますが、この「言いたい欲」が意外と忘れられています。

挨拶の意味 4

挨拶の意味 3」で、よく見かける少年に手を振っていたら、相手も手を振りかえしてくれて、それがしばらく続いたら、相手のおうちに夕食に招かれたお話しを書きました。

すると、Wildsumさんから「素敵な体験ですね」

Tomo さんから「心が温かくなりました。私も、一瞬一瞬の挨拶を、もっと大切に、想いを込めてしたいと思います!」

という素敵なコメントをいただきました。

ドイツでは、あまり人が多くない所では、知らない人でも道ですれ違う時に挨拶をしてくれることがよくあります。

特にお年寄りの場合は、はっきりと「おはようございます」、「こんにちは」あるいは「ハロー」と言ってくれる人がいます。

挨拶をされると、やはりそれを返してしまうのが普通です。

お年寄りのはっきりとした挨拶まではいかなくても、軽く会釈をしたり、うなずいたりする人は結構います。

中には笑顔をくれる人もいます。

つい嬉しくなって、こちらもお返しをします。

それを返報性の原理(法則)と言うそうです。

これはドイツに限らず、日本でもあることだと思います。

挨拶の意味」と「挨拶の意味 2」で、挨拶はその昔、お互いが敵ではないことを確認することがその始まりであったことを書きました。

でも、挨拶には敵でないことを示すだけ以上に、友好性を示すものであることが分かります。

実際にも、村の中で挨拶を奨励してみんなが挨拶をするようになると、その村の犯罪率が下がるそうです。

そういう所では、犯罪者も出にくくなることが統計で分かっているのです。

挨拶の重要性を、WildsumさんとTomoさんのコメントに改めて気が付かされました。

田舎に限らず、町中でもたまに、身も知らずの他人に笑顔をくれる人がいます。

とても素敵に思うので、是非真似をしたいと思います。

返報性の原理(法則)で返す方になるのではなくて、自分の方から先に微笑んでみたいです。

でもそれが出来ない未熟者の自分がいます。

ちなみに前の会社のスタッフで、ひとりそういう人がいました。

その彼が読んでいたのが、オグマンディーノの本でした。

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -2-

どうしてパウル・ルイス・チャールス・クラウデル、フランス劇作家・詩人、駐日フランス大使(1868~1955)は当時の日本滞在中に、

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ。」

と言ったのでしょうか?

そう言われて喜んでばかりもいられません。

そう言われるということは、日本が滅んでしまう可能性があったからだと思えます。

滅ぶ可能性がない国に、そんなことは言いません。

260年にも及ぶ、西洋からの植民地化を防ぐための鎖国の末に、西洋が一気に日本に開国を求めてきました。

西洋諸国の植民地にされた東南アジアなどの情報を得た豊臣秀吉、それに続く徳川家康〜家光は、「これは危ない」と見て、キリスト教弾圧や鎖国を決行します。

ですが、それが未来永劫に続くことはかなわず、幕末に開国を迫られました。

タイミング的には丁度良かったのかも知れません。

でも、当時の日本は蒸気機関を発明して産業革命を起こして進んでいた西洋にかなうはずもありません。

日本にやって来て、日本の良さを知ったが故に、それが奪われる、無くなるのを心配した外国人は他にもいました。

ヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンです。

彼は、江戸時代後期に伊豆国下田の玉泉寺に設置された駐日アメリカ総領事館の通弁官でした。

「今、私がいとしさを覚え始めている国よ、この進歩は本当に進歩なのか?

この文明は本当にあなたのための文明なのか?

この国の人々の素朴な風習とともに、その飾り付けのなさを私は賛美する。

この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子どもたちの愉しい笑い声を聞き、どこにも悲惨なものを見出すことができなかった私には…

おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならないのである」

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

日本が開国して、西洋の波に押されて潰れてしまう、植民地化されてしまうのではないかと心配してくれた外国人がいたのです。

最も厄介な泥棒は、時間ドロボー

泥棒にも色々とありますが、一般的なのは勿論、物品を盗むドロボーです。

当然困りますが、まあそれはお金や物なので、まだ何とかなります。

困るのは、人の心を盗むドロボーです。

でもそのゴールが結婚とかであれば問題ありません。

問題なのは、詐欺です。

詐欺は人の心を盗んで悪さをする、とんでもない連中です。

人間のクズだと思います。

他にも困ったドロボーがいます。

時間ドロボーです。

時間に遅れる時間ドロボー。

セールスの電話など、何のためにもならない話しをして人の時間を奪おうとする時間ドロボー。

時間ドロボーの場合は、盗んでいる方も、盗まれている方も、共に気が付かないケースがあります。

気が付かずに時間を盗まれています。

ドイツで起業する新社長さん

ドイツで会社を設立するサポートを行っています。

既に日本など、ドイツ以外の国に存在する会社が親会社となり、ドイツの子会社を作る場合と、個人が起業する場合の2つのケースがあります。

前者の場合は、本社のやり手社員の1人などが、子会社の社長として任命されてやって来ます。

子会社を作るくらいなので、その会社は本国では大なり小なり成功はしています。

本国で成功している製品やサービスが、ドイツ、ヨーロッパでも受け入れられるかどうかが勝負になります。

でもそれは、「ゼロ」と「1」の違いなので、成功の確率は存在します。

「ゼロ」と「1」の違いとは、ゼロはどんなに頑張っても永遠にゼロのままのことがあります。

ところが、1度でも「1」が出ると、「2」以上も出てくる可能性が生まれたことになります。

「一度あることは二度ある」と言います。

もうひとつの方、個人が起業する場合は本社などのバックがありません。

失敗しても、戻れる本社などありません。

余談になりますが、前の会社で雇われ社長を任されていた時の私も、いわゆる「背水の陣」でした。

元々ドイツに長く、中途採用で日本の本社に入ったので、ドイツでうまくいかなかった場合は本社に戻るという選択肢はなかったのです。

本題に戻ると、個人がオーナー社長として起業する人の方が、個性が強くて変わった人が多いです。

現在のドイツでは、GmbHという会社組織を設立するのに必要な最低資本金は約320万円です。

GmbHは日本語に直訳すると有限会社になります。

でも、日本の株式会社同様にダントツでその数が多い会社組織形態です。

ハードルは比較的に低いのに信用があります。

国が起業を促進させるために新しく出来た会社組機の形態、UGというのがあります。

最低資本金は僅か約130円です。

誰でもすぐに設立できますが、社会からの信用がありません。

3年ほど前に、GmbHをオーナー社長として設立した時にお手伝いした人で興味深い人、Aさんがいます。

日本にいるその人の友人が、ヨーロッパの特定の製品を、日本で業務用に使うので、定期的に送ってくれということでした。

そこで日本からドイツにやって来てGmbHを設立しました。

最も恵まれたケースの会社設立です。

どうしてか分かるでしょうか?

会社(ビジネス)に必要な物は普通、

人、物、金、と言われます。

でも実際にはそうではなくて、突き詰めると次のものだけがどうしても必要です。

製品、商品、サービスを買ってくれる市場(お客さん)

お客さんさえいれば、他は何とかなるものです。

Aさんの場合、既にお客さんが存在したのです。

あとはAさんが納得する製品、商品を見つければ良いだけの、最も恵まれたケースなのです。

製品、商品は探せば良いだけです。

見つけたら、供給側と交渉をするだけです。

物の確保が出来たら、後はそれを日本の友人に送る(輸出販売)するだけです。

それにまつわる業務は、一言で言ってしまえば、既存の業者さんに任せてしまえばい良いのです。

資金の面は、今回の場合は中間業者の役割になるので、売り手側、買い手側、銀行とご相談です。

ところが…

いざフタを開けてみると、Aさんの日本の友達、お客さんになる予定であった所の需要が無くなってしまいました。

お客さんが消えてしまったのです。

でもAさんは、めげることなくそのビジネスを諦めて、全く予定のなかった方面でのインターネット販売などで会社を続けています。

素晴らしい社長さんです。

社長になることの勧め

前の会社で雇われ社長、今は零細ながら自分の会社で社長。

でもそれは、自分が選んだ道ではありませんでした。

他に方法がなくてそうなりました…

社長には2種類あります。

雇われ社長とオーナー社長です。

雇われ社長の場合は、サラリーマン(お勤め)でなれます。

上から請われてなります。

上とは、前任社長や役員会、会社のオーナーなどです。

但し、成れる確率はかなり低いです。

日頃の努力がものを言います。

だからこそ、日頃の努力は手を抜けません。

どういうことかというと、日々の業務を前向きにチャレンジしながら精一杯頑張ることです。

もらっているお給料がどんなに低くても、そんなことに関係なく仕事を頑張ることです。

そういう努力を見てくれている人が必ずいます。

自分がもらっているお給料と、自分が精を出す仕事を見比べるようなことをしていると、そういうチャンスは決してやって来ません。

そういう仕事のスタイルは、手を抜いたり、楽をしたりしたいとしか思えません。

今日ではブラックと呼ばれて批判を受けますが、社長に抜擢されるような人は、自分の方からブラックを好んでやるようなタイプの人だと思います。

常に全力投球です。

そうでもしないと、会社の創業、継続が難しいからです。

雇われ社長ではなく、オーナー社長の場合は、多くの人の場合は成りたくて成るようです。

資本金さえあれば、誰でもなれるので比較的に簡単です。

向いているかどうかはまた別のお話しですが、普通は何か熱い志などを持った人が成るようです。

よって、とても個性の強い人が多いです。

資本金の金額も、なるべくハードルを低くして起業を後押ししようということで、各国でかなり低くなっています。

そういう人たちは、本を出している人も多いので、読むとそこに興味深いお話しがたくさん書いてあります。

ドイツで会社設立のサポートをしているので、しょっちゅう新社長さんとお付き合いがありますが、やはり変わった人が多いです。

私がサポートをさせていただく新社長さんにも2種類あります。

日本の企業のドイツ子会社の場合は雇われサラリーマン社長です。

そして、1人で始めるオーナー社長さんの場合もあります。

ここでやっと本題に入りますが、社長はありとあらゆることをしなければなりません。

特に1人で始めた場合は、食事、寝る暇もない毎日がずっと続きます。

少なくとも最初の1年〜

でもそれがとても良いのです。

頭も身体も使いっぱなし。

何しろ、もし上手くいかなければ倒産。

路頭に迷うことになります。

目一杯頑張ります。

頑張らざるを得ません。

目一杯自分を鍛えられるのです。

荷が重すぎる?

そう思う人はお勤めの方が良いと思います。

せっかく生を受けた人生です。

上司に言われたことをしてお給料をもらうのも良いかもしれません。

でも、自分で自分の会社をやりくりするのはとてもやりがいのあることです。

志もなく、たまたまの偶然でそうなった私が言うのもおかしな話しですが…

挨拶の意味 3

挨拶に関してのブログを挨拶の意味 1、

2と書いていますので、是非そちらも合わせてご覧下さい。

1、2を書いた後に、その昔に南ドイツで実際に私が体験した、ちょっと変わった思い出があります。

それはドイツに来てまだ間もない頃のお話です。

Schwäbisch Hall という、南ドイツの小さな村に半年ほど住んだ時のことです。

当時私はドイツで最高のドイツ語学校と言われるゲーテ・インスティテュートに通っていました。

ゲーテ・インスティテュートは、ドイツの各地どころか、世界中の首都等にもあります。

Schwäbisch Hallのゲーテ・インスティテュートは、国内では例外に漏れずに全寮制でした。

自分の部屋は、5階建てほどの建物の1番上の1番端。

部屋の窓から外を眺めると、100m程先の前方に隣の建物が見えました。

窓から外を見た正面100mほど先の建物の、ほぼ同じ高さ、同じ階の部屋の窓に、頻繁に小学生程度の子どもが見えました。

何回か顔を合わせている内に、「単純接触効果」が働いたのか、ついつい手を振ってみました。

相手も手を振り返してくれました。

それからというものは、お互いに顔が合う度に手を振るようになりました。

言ってみれば、これも挨拶ではないでしょうか。

面白いことが起こったのは、手を振り合うようになってしばらく経った頃でした。

ある日、その少年と母親がこちらの建物に来て私を探し、挨拶に来てくれたのです。

しかも驚いたことに、今度一度夕食に招待したいと言われました。

その少年には友達が少なくて、窓から手を振って挨拶をするようになった私がとても貴重な存在になったのかどうかなどは勿論分かりません。

いずれにしても、私はその少年にとっては、母親が一度夕食に招くほど大事な存在になってしまったのです。

もうずいぶん昔の話なので曖昧ですが、東欧から来ていた移民のように覚えています。

挨拶の大切さをしみじみと感じさせることを思い出したので書いておきます。

電話の時に聞く、「今、大丈夫でしょうか?」

人に電話をかけた時に、まず最初にエチケットとして聞きます。

特に相手が多忙と思われる人の時です。

「今、お電話大丈夫でしょうか?」

相手が現在何をしているかが分からない時に、突然こちらから電話をかけるわけですから、ある意味では当然と思います。

人によっては、忙しい時には「電話にでんわ」の人もいれば、忙しくても一応出る人がいます。

大事な電話がかかってくることがあるからです。

だから、忙しくてもかかってくる電話に出る人のためのエチケットのお伺いです。

でも、時々面白い人がいます。

自分が電話を受ける側で、その時に電話に出ない、出れないとします。

そこで、折り返しコールバックします。

すると、コールバックを受けた方が、「今、お電話大丈夫でしょうか?」と聞いてくる人がいるのです。

「えっ???」

「私は今、時間を見つけられたからこそ、コールバックしているのですが…」

とは、相手に悪いから勿論言いませんが…

この意味、分かるでしょうか?

分からない人は、自分がコールバックを受けた側でも、

「今、お電話大丈夫でしょうか?」と言ってしまうのでしょうか?

特に相手がお客さん、お世話になっている人などの場合、その人に電話をかけた時、

「今、お電話、大丈夫でしょうか?」

これは勿論OKです。

むしろ望ましいです。

そして相手が出なかった場合、

その相手からコールバックが来た時はご注意下さい。

その時はもう、

「今、お電話、大丈夫でしょうか?」

は、全く不要、むしろ滑稽です。

大丈夫だからこそコールバックしてきているのです。

天皇の美談

最も感心するそれは、70年以上前に第二次世界大戦で日本がアメリカに負けて、日本を占領した占領軍、GHQの指揮を取るマッカーサーが昭和天皇に初めて会った時のお話しです。

当時、日本がアメリカ軍に6年以上も占領されていたことを知らない若者が最近多いそうです。

いえ、それどころか、日本とアメリカが昔戦争をしたことも知らない大学生がいるそうです。

歴史を振り返ると、戦争で負けた国の国王などのトップは普通、勝った国のトップに対して自分の命乞いをしているそうです。

マッカーサーもそれを想像していたのかも知れません。

なぜなら彼は、昭和天皇の言葉にとても驚いて感銘を受けたそうだからです。

昭和天皇がマッカーサーに言ったのは…

「全ての責任は自分にある。自分がどうなろうが構わないが、国民には何もしないで欲しい」

というようなことを仰ったそうです。

そして比較的最近の平成の天皇のお話し。

あの東日本大震災の後、丁度1年後の慰霊祭の時のことだそうです。

手術をされた後で体調が良くなく、医者に止められたにもかかわらずに、どうしても出席すると言って聞かず、洋式の喪服で出席したそうです。

ところが、どういうわけか、皇后はチグハグな和式の喪服。

なぜか…

天皇に合わせて洋服の喪服にすると、靴はハイヒールになります。

ハイヒールだと踏ん張りが効きません。

天皇は、身体の具合が悪くて無理をして出ています。

いつ、「ふらっ」と倒れるかもしれません。

すぐ横に立つ皇后が、もし天皇が倒れようでもすれば、自分が下敷きになってでも助けるつもりで、踏ん張りの効かないハイヒールではなくて、踏ん張りの効く草履を選んだそうです。

そして草履に合わせて、自然と和式の喪服になったそうです。

ちなみにこれをスクープしたのは、あの朝日新聞だそうです。

朝日新聞にも心ある人がいて、良い仕事をすることがある…

お恥ずかしいながら、私自身もいい歳になるまで、日本の天皇の存在の大きさには気が付いていませんでした。

皇室にかかる税金を、何か別のより良い道に使った方が良いのでは? と考えていたほどです。

ですが、あの安岡正篤さんが、もし天皇が亡くなったら自分も…

と、追いかけそうな気配を醸し出しているのを知っていました。

あの安岡正篤さんがそこまで思うには必ず何かあると…

それ以来、気になることとして、「天皇」に関する情報が入りやすくなるというか、その関係の情報に対して自分の中でアンテナが立ちました。

次は、オットー・カロンという、ドイツ人ボン大学教授の、戦後のコメントです。

「ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。

私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、イタリアのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。

殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。

だから日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。

しかし、そんなことは聞かない。

だからすでにこの世におられないと思っていた。

ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。

天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。

しかも、二年もの長い間、北の端から、南の端まで、焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。

陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、無防備のままで巡っておられる。

平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。

それでも暗殺される王様や大統領がある。

それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。

国民を慰める。

何という命知らずの大胆なやり方であろうか。

いつどこで殺されるか。

こう思って映画を見ていた。

しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。

こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。

われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている」

出典: 本当の日本の歴史を伝える会

そしてあのアインシュタインは…

「近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。

この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。

果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版。

東京裁判のウェッブ裁判長
「(日本の)天皇は神だ、あれだけの試練を受けても帝位を維持しているのは、神でなくてはできない。」

出典: みなごみチャンネル: 日本国や神社に感動した外国人の言葉 0:26

126代も続く天皇は、日本という国のバックボーンそのものであるようです。

日本人の、どうしようもない短所

私は自他共に認める日本(人)ファンです。

日本ファン日本人です。

知人から、「あなたはまるで日本ファン外国人だから…」と言われます。

それを言うのであれば、「日本ファン」という言葉についてもう少し深く考えて欲しいと思います。

なぜ「日本ファン」という言葉が存在するのか?

他の国にもあるのか?

例えばドイツ

ドイツサッカーファンはいます。

ドイツは住みやすいという人もいます。

でも、ドイツファン日本人や、ドイツファン外国人というのはまだ聞いたことがありません。

その国がファンの対象になり得るのか?

日本ファンという単語が存在するほど、日本は魅力的な国なのです。

そのことに最初に気が付いたのが、日本の戦国時代から日本にやってきた外国人たちです。

それはその後の幕末、明治以降ずっと続いているのです。

その辺の詳しいところは、詳しく次のサイトにまとめてありますので、是非一度ご覧下さい。

www.ganbarenihon.com

↪︎真の日本の姿

    ↪︎海外から見た日本

ゆえに日本ファン外国人の存在があります。

ですが悲しいことに、当の日本人でそのことに気が付いている人はごく僅かです。

ですが今回は日本(人)の長所は置いておき、短所の面です。

森会長の引きずり下ろしにそれが現れました。

言わなくても良いことを言った事実はありますが、事実を言って引きずり下ろすのは明らかにやり過ぎです。

そうなんです。

日本人の悪い癖は、そういったリンチ、イジメがひどい点です。

単に朝日新聞他や、左翼、反日や人権何とかの人たちだけの問題ではありません。

なぜなら、結果的にリンチ、イジメがまかり通ってしまっているからです。

「それはおかしい」という声は上がっても、その勢力でそういう愚をやめさせるまでにいきません。

それもサイレントマジョリティーなのでしょうか?

悲しい習性です。

そしてそれを放っておくと、それが事実として残ってしまいます。

イジメやリンチは、正に日本人の長所に結びついていると思います。

表裏一体。

和を尊重する、日本人の長所の裏返しです。

国際客船が沈む時のジョークがあります。

乗客に、船を捨てて早く海に飛び込むことを促すアナウンスです。

アメリカ人の場合は「今飛び込めばヒーローです」

ドイツ人の場合、「決まりなので飛び込んで下さい」

イギリス人の場合、「ジェントルマンならすぐに飛び込んで下さい」

フランス、イタリア人の場合、「今飛び込むと女性にモテますよ」

そして日本人の場合です。

「もう皆さんとっくに飛び込みましたよ」

そうなんです。

日本人の悲しい習性は、皆んなに合わせてしまうことなのです。

金太郎飴です。

生まれてからずっとそういう中で生きてくれば、どうしてもそうなってしまいます。

事実を、口に大にして言えないことが玉に瑕(きず)です。

万物に長短ありです。

バイデンさんの息子が中国とあんなでも、アメリカでは引きずり落とされません。

日本ならすぐに非難、ヤジがごうごうで引きずり下ろされます。

我が家の年齢は、ほぼ私と一緒

デュッセルドルフの郊外に、15年ほど前に今の一軒家を買いました。

買ったと言うと聞こえが良いですが、持ち出し自己資金はゼロ。

100%、銀行ローンです。

公証人費用や登記費用、家の査定費用など、何から何までローンに組み込んだので、自分では一銭も出していないのです。

自分で出したのは引越し費用位…

当時、約50万ユーロだったので、今のレートで約6千5百万円。

庭付き約千m2なので、日本(都心)と比べるとかなり安いです。

今日では、自己資本を30%位持ち出さないと、いくらその家を抵当に入れても銀行は貸してくれません。

でも当時は、今とは違って100%が可能でした。

ドイツもちょっとバブっていたのです。

それでも毎月のローンの返済額が、家賃を払うのと同じか安い位です。

とっても長いローンで、果たしてそんなに長生きが出来るのかどうか…

永住を決めたから出来ることで、ドイツで最も多い日本人である駐在員さんはそれが出来ません。

いずれは日本に帰るからです。

その我が家の年齢が、私の年齢とほぼ同じです。

最近、あちこちが壊れてきています。

屋根の瓦、暖房装置、上下水道管、あちこちの壁、電気回線…

ドイツでは、屋根の瓦の寿命が約50年と言われています。

家自体は100年はゆうに持つと言われていますが、さすがに50年以上経つと、あちこちに劣化が出てきます。

それは正に私の身体と一緒。😰

あちこちで老化(劣化)が出ています。😅

今さっきも、オープンキッチンで剥がれ出した1ヶ所のフローリングを接着剤で直していると、うちのボスが一言…

老化があたなと一緒ね…😅

母の偉大さ

女は弱し、されど母は強し…

どうしてでしょうか?

お母さんは、朝起きてから家族みんなのことで頭が一杯。

「学校に遅れないように子供を起こさなきゃ!」

「宿題はやったのかしら?」

「お父さん、今日はお弁当いるんだっけ?」

「面倒くさいけど栄養はつけさせなきゃ!」

朝から、とにかく家族みんなのことで頭は一杯、精一杯。

自分のことなど、これっぽっちも考えている暇がありません。

それに比べて、家族のみんなは自分のことばかりを考えています。

だから母は強いのです。

女は自分のことを考えていますが、母は家族のことを考えています。

人間って、自分のことを考えていると弱くなり、他の人のことを考えていると強くなれるようです。

簡単な例だと、自分の恋人はなかなか見つけられないのに、友だちの恋人ならすぐに見つけられます。

そして、他の人のことを考える時、その他人の数が多ければ多いほど、その強さは益々倍増されるようです。

男性よりも、女性の方が長生きなのは、そこにも理由があるような気がします。

男は、退職して仕事を離れると、ずっとボケーっとしているだけです。

ところが母は、仮に子どもたちが巣立っていても、夫の面倒を見なければいけません。

食事を作るのには頭を使いますし、家事に身体を使います。

人のためになる人は、神様が長生きさせるような気がします。

人の理解度

当然のことながら、人それぞれで理解度がかなり違います。

誰かが心を揺り動かす、とても良いお話しをしていても、それを良いと理解できる人もいれば、分からない人もいます。

その違いは何でしょうか?

その人が今までに学習した知識、得た経験などによって大きな差があります。

達観した人が意見を出しても、聞く人がそれを理解できなければ、達観した意見も達観した人も

猫に小判と申しますか…

達観した人の意見を理解できるには、聞く方にもそれなりの素養が必要です。

ではそうなれるようになるには、どうしたら良いのでしょうか?

勉強、経験、体験するしかありません。

勉強もそうですが、色々と試してみる必要があります。

パナソニックの松下幸之助、サントリーの鳥井信治郎などの「やってみなはれ」です。

本や教科書からの教えでは不十分で、実際にやってみないと分からないことが多いです。

実際にやってみて、一歩前に進んでみて、初めて見える景色があります。

そこまで踏み込んで、初めて理解できることがあります。

やってみない、一歩先に進んでみないと、それが見えないのです。

勿論そこには失敗が付き物です。

それでもやってみる価値があります。

失敗は、正に成功の母です。

コロンブスやエジソン、その例が適切ではないかも知れませんが、それまで分からなかったこと、知らなかったこと、出来なかったことをしたからこそ、その次が出てきたのです。

何が言いたいかというと、迷った時はまずやってみた方が良いと思います。

やってみて初めて人生の幅も奥行きも出てくるはずです。

人の死ぬことが決まるのはいつでしょうか?

3日前のブログ、「心が洗われるお話し… 究極の、罪を憎んで人を憎まず

に、あまりにも心を揺り動かされたので、子ども3人を含むうちの家族の前でそのお話しを紹介しました。

「そんなの馬鹿げてる!」

「起こったことの重大さを十分に理解されるように、犯人を特定すべきだ!」

などなど、侃侃諤諤でした…😅

命に大きく関わるこの問題…

ふと思いついたことがありました。

生き物は、いつか必ず死にます。

「この世で絶対と言うのは、生き物はいつか必ず死ぬと言うこと以外は有り得ない」

と言ったのは、あの織田信長だそうです。

生き物は、いつか必ず死ぬ…

つまり、その生き物が存在し始めた時が、その生き物が、いつかは死ぬと決まった時…

うちの子どもたち3人に質問をしました。

「人が死ぬことが決まるのはいつ?」

普段生意気な、19歳になったばかりの長女からすぐに答えが出ました。

「それは生まれた時…」

空気を読むことが、気配り、気遣いにつながる

アスペ父親の自閉症育児日記さんのブログ、「空気を読む」で気が付きました。

日本は、空気を読まないと生きてゆくのが大変な社会です。

古くは聖徳太子の「和を以て貴しとなす」

日本の、自分を抑えて協調性を重んじる横並び、金太郎飴教育は、世界では稀に見るとても珍しいものです。

普通(大陸で)は、自分が1番大切、自己主張が大事だと、利己主義を植え付けられます。

さらに日本は「男は黙ってサッポロビール」いや違った、「沈黙は金」の国。

コミュニケーションが少ない上に、空気を読まなければいけないと、気配り、気遣い能力が発達するわけです。

心理戦には強いかも知れません。

素晴らしい製品が生まれる生産性も、「おもてなし」で有名なサービスも、全ては気付き、気遣い、気配りから来ています。

それは結局、空気を読むからです。

周りとの協調を保つために空気を読む。

空気を読むから気配りが生まれる。

気配りがあるから良い製品、良いサービスが生まれる…

そういった日本人の優れた面は、協調を重んじる国民性から来ていたのです。

ドイツで働く日本人

にも色々な人がいます。

でも、一般論に日本人はよく働きます。

勤勉、礼儀正しく謙虚です。

ドイツ人に普通それはありません。

あくまで一般論です。

稀にその点で素晴らしいドイツ人もいます。

そういう人は、かなりのキリスト教信者か日本ファンか変わり者とかが多いです。

その逆に、日本人でもとんでもない人もいます。

これを書くきっかけになったのは、うちで10年近く働いてくれた経理のドイツ人女性の退社です。

彼女が辞めることになり、後任は日本人女性になりました。

経理の実力はドイツ人の方が上。

ドイツ語は勿論…

それでも、周りが皆んな(内心で)喜んでしまったのです。

ドイツ人の彼女には大変気の毒ですが…

よく考えてみると、彼女が特別に問題児であったわけではないのです。

多少、Bossyなところはありましたが、良いところもありました。

Bossy とは、威張り散らすことです。

小学校から自己主張を叩き込まれるドイツ人ならある程度は普通です。

後任の日本人の実力は、辞めたドイツ人より経験が少なく、ドイツ語は敵うわけがありません。

ということは、周りがその人のことをサポートする必要、手間が発生します。

それでも皆が歓迎しているのです。

後任の日本人女性が特別に素晴らしい人であるというわけでもありません。

普通の日本人女性です。

つまり、今回の違いは国民性の違いであるという結論に達しました。

海外でのそういう事情を知ると、ますます日本ファンになってしまいます。

こう書くと、左翼の人からは極度な愛国者と間違われるかも知れません。

でもそうではないのです。

単なる比較なのです。

日系の会社が海外に子会社を作ると、本社から来ている日本人が、少なければ少ないほどグローバリズムが進んでいると理解されます。

それが進んでいない会社、日系の子会社の海外現地法人にもかかわらず、本社から来ている日本人がたくさんいるところは、グローバル化が遅れているとされます。

でも今よく考えてみると、やっぱり仕事を任せるのなら日本人が1番です。

心が洗われるお話し… 究極の、罪を憎んで人を憎まず

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。

元々は孔子の言葉だそうですが、似たことが聖書にも出ているそうです。

そして、月刊誌「致知」5月号

「誰かのために生きる時、人間の命は輝く」

の記事の中に、その究極とも思えるお話しが出ていました。

写真の女性は、塩見志満子さんではなくて、対談者の髙橋恵さんです。

小学校の水泳で、誰かに背中を押されて倒れた時に、コンクリートに頭を打って塩見志満子さんの次男が亡くなってしまったそうです。

亡くなってしまった子供はもう生き返らない。

もし犯人を突き止めて責めれば、その子と親は一生その罪を背負って生きることになる。

そう判断して、犯人を特定したり責めたりせずに、心臓麻痺で死んだことにしたそうです。

そう決断したのは、当時高校の教師をしていた、塩見志満子さんのご主人だったそうです。

既に長男を白血病で失っていた後の次男の事故だったので、塩見志満子さんご自身の怒りは相当なものだったそうですが、ご主人がそう決断されて従ったそうです。

そして驚いてしまうのは、さらにその後のことです。

今度はご主人が、退職後にトラックにはねられて亡くなってしまうのでした。

その驚きとは、添付テキストの後半にある、トラックの運転手に対する、その時の塩見志満子さんの態度でした。

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -1-

世界の物差しで測ると、びっくりする程の凄い日本の存在を、どうやってそのことに気が付かない日本人に伝えるかに苦労しています。

それを知るか知らないかはとても大きなことです。

なぜでしょうか?

自分の国が、こんなに凄い国だったんだ!

ということが分かれば、それは先祖が凄かったことに気が付きます。

先祖とは、自分の血が繋がっている人たちです。

その人たちが素晴らしかったかどうかは、とても大切なことです。

ある国を滅ぼすには、その国の誇りを奪い去れば良いと言います。

自分の国に誇りを持てるかどうかは、それほど大事なことです。

自己肯定、自己否定にもつながります。

自分の先祖が素晴らしい人たちだった。

誇れる人たちだった。

日本人に生まれて良かった…

あるいは…

自分の先祖たちはひどい人たちだった。

自分のルーツは否定したくなる人たちだった…

どちらの背景を持ちたいでしょうか?

余談はこの辺にしておき…

次にご紹介するのが、私が最も驚くコメントの一つ、あのアインシュタインのものです。

「私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。

その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを」

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

そして…

パウル・ルイス・チャールス・クラウデル、フランス劇作家・詩人、駐日フランス大使(1868~1955)

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にはない。日本の近代における発展、それは大変目覚しいが、不思議ではない」

「日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治に入り欧米の文化を急速に輸入しても発展できたのだ。どの民族もこれだけ急な発展をするだけの資格はない。しかし、日本にはその資格がある。古くから文明を積み上げてきたからこそ資格がある。彼らは貧しい。しかし高貴である」

「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」
黄文雄、徳間文庫

ここで注目したいのは、

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ」

です。

大変嬉しく思いますが、そこで気が付くことがあります。

「滅びて欲しくない…」

です。

滅びる可能性がない国に対して、そんなことを言うでしょうか?

例えば今日の、あるいは100年前から、アメリカに対してそんなことを言うでしょうか?

あり得ません。

どうしてかというと、アメリカが滅びる可能性など思いつかないからです。

ですが、当時のパウル・ルイス・チャールス・クラウデルさんがそう言ったということは、その可能性があったということです。

そのことについての詳しくは、是非

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -2- をご覧下さい。

日本語がペラペラの、日本ファン外国人がアップする、たくさんのユーチューブ動画

日本称賛TV番組がたくさんあります。

「知らない人」、「気が付いていない人」にとっては、それらは単に自画自賛のウザいホルホル番組のようです。

何を「知らない」、「気が付いていない」のか…

それはここでは置いておき…

日本で作られる、日本称賛のTV番組は、そこに登場して日本の良さを語るのがたとえ外国人であっても、自画自賛と言えるかもしれません。

でも、ユーチューブで例えば、「日本」と「外国人」の2つ、あるいは「日本ファン外国人」のキーワードを入れてみて下さい。

出てくる動画の数に驚くと思います。

日本語がペラペラの外国人が日本について語っている動画です。

日本称賛TV番組の数どころではありません。

いくらでも出てきます。

「こんなにたくさんの日本語がペラペラの外国人がいるの!?」

「こんなにたくさんの日本ファン外国人がいるの!」

と、驚いてしまいます。

数十年前までなら、日本の「何々道」に魅了された一部の外国人がいました。

ここドイツでも、柔道、剣道、茶道、華道、書道などにのめり込んだドイツ人がいました。

日本の何々道は静かなブームだったのです。

それがこの10年ほどで、アニメの影響も大きく、日本を訪れる外国人観光客が毎年倍増し続けました。

その結果、日本という国を知る外国人が急増したのです。

その中の一部は日本に住み、日本語をマスターしました。

それらの外国人は、ほぼ間違いなく日本ファンです。

だからこそ、難しい日本語も覚えてしまいました。

そういう日本ファン外国人の多くが、日本の何が良いのか、どうして日本に魅了されて日本語をマスターしたのかなどを、詳しく動画でアップしているのです。

それを知らない、理解できない人が、日本称賛TV番組をホルホル番組と言っているのです。

何が言いたいかというと、自画自賛とも思える、日本の日本称賛TV番組はとても多くありますが、それ以上に、日本語がペラペラの日本ファン外国人によるユーチューブ動画がたくさんあるのです。

この意味が分かるでしょうか?

でも、「だから何?」です。

「(勝って)兜の緒を締めよ」

「褌を締め直す」

「襟を正す」

です。

挨拶の意味 2

以前、握手をするのは西洋人だけで、東洋人はしないものだと思っていました。

ドイツに移住して、ビジネスで中国、韓国、台湾を訪問し、友人知人も出来て、それが間違いであることを知りました。

中国人、台湾人、韓国人も普通に握手をします。

そこで気がついたのが…

島国日本と大陸の違いだ!

そして挨拶との関連性です。

挨拶は、お互いが敵ではないことを確認することがその始まりであったようであることを昨日書きました。

握手についても調べてみると、どうやらそこには相手に武器を持っていないことを示す意味があったようです。

となると、西洋での食事の時には両手を必ずテーブルの上に出しておくことがマナーであるのと同じようです。

例えば片手がテーブルの下に隠れていると、お向かいの相手に向けた銃を隠しているかもしれないわけです。

ビアジョッキを大袈裟にぶつけ合って乾杯するのにも似たような意味があります。

敵か味方かの確かな判断がつかない相手に招かれた時、乾杯の時に大袈裟にジョッキをぶつけ合います。

あれは、そうやって自分のビールの飛沫を相手のグラスに入るようにしているそうです。

つまり、もし自分のビールに毒を入れられていたら、その毒を少しでも相手にも飲ませるというワケです。

さすが、昔からずっと戦争、争い事が絶えなかった大陸の人たちの、日本人にはちょっと理解し難い知恵、習慣がその始まりとは…

挨拶の意味

挨拶とは元々、(大陸では?)お互いの存在を確認し合うのが始まりだったそうです。

お互いが、敵同士ではないことを確かめ合うのです。

戦争、争いが絶えなかった大陸ではとても納得が出来るものです。

隣の地域と戦争をしていれば、近くに現れた人は敵かも知れません。

あるいは盗賊が存在すれば、現れた人は賊かも知れません。

道を歩いていて、向こうから来るのが敵や盗賊である可能性があったわけです。

「人を見たらドロボーと思え」がうなずけます。

その一方で、日本では例えばどこかに置き忘れてしまった財布が出てきた時に、中の現金がそのまま残っていたりして外国人観光客に驚かれます。

海外ではまずあり得ないことです。

大陸と、島国日本での状況は随分違います。

アラビア語では、「おはようございます」、「こんにちは」、「こんばんは」を「アッサラーム アライクム」と言います。

実際に日本人の耳に聞こえるのは、「サラモ・アレーコム」で、日本人がそう発音しても彼らに通じます。

そう言われて返す挨拶の言葉は、「アレーコム・サラム」と反対になります。

興味深いのはその意味です。

「あなた(がたの上)に平安/平和がありますように」です。

会った時の挨拶が、「平和でありますように…」です。

イラク人の友人は、「会った時の挨拶が、相手の平和を願うなんて素敵だろ」と自慢げに言うのですが…

普段それだけ平和じゃないということになります。

その原因は西洋人でも、戦争の絶えない地域の挨拶はそうなってしまうのかもしれません。

仮に、(平和ボケしている)日本で挨拶に「平和でありますように…」と言えば、

「???」になると思います。

実際にもその友人は、可哀想なことにもテロリストと疑われて、ドイツ国家にパスポートを没収されてしまっています。

英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語…等は、英語で言えば全て “good“ + “朝/昼/晩や日“ で、良い朝、午後、晩、1日を願っています。

では日本語の挨拶は?

おはようございます」についてはつい先日書きました。

「こんにちは」や「こんばんは」は、「今日/今晩はご機嫌いかがですか?」や、「今日は良いお天気ですね/今晩は◯◯◯ですね」などの短縮形だそうです。

英語で言えば、How are you..? になるでしょうか?

さようならの意味は、「然様(さよう)ならば(=そういうことなら)」から来ているそうです。

その後ろには、「こんにちは」や「こんばんは」と同様に、「お別れです」や「ご機嫌よろしゅう」などの後ろに続く言葉が省かれているそうです。

気持ち悪い日本称賛TV番組にうんざり?

最近、「ホルホル」という言葉を知りました。

教えてくれたのは、大阪に住む大恩人です。

会社設立の時のエンジェルです。

2年間もの間、会社を支えて下さいました。

「ホルホル」は、初めて聞く言葉だったので調べてみると韓国語だそうです。

日本ファン日本人である私のことを知ったら多分、

「お前は日本ホルホル日本人だ!」

と言われるかも知れません。

大阪の大恩人も、私が常日頃にあまりにも日本が凄いと言うので、それに飽き飽きしたのかも知れません。

「あんた、ホルホル?」

と言うことだったのだと思います。

でも、本当なのです。

皆さんは気が付いていない、あるいは知らないだけなのです。

その大恩人が以前から、

「日本食は凄い」

と言っていました。

「日本食にかなうものはない」そうです。

確かにその通りです。

バラエティーさも、奥の深さも、世界でダントツです。

フランスのミシュラン星付き高級レストランのシェフたちが、醤油や麹、和牛などに凝り出しているのは聞いたことがあると思います。

フランス以外の国々の高級レストランシェフたちも、ゆっくりではありますが、少しづつその後に続いています。

でもひょっとして、そのことさえも知らない日本人が多いのかも知れません…

「大恩人は日本に住んでいても、日本の凄さに気が付いているんだ」と思いました。

ところがそれは大きな勘違いで、大恩人が凄いと思っていたのは「食」の点だけでした。

大恩人は、海外に何度も行っていて、現地の事情をある程度知っています。

海外の食事もです。

そこで、日本食と海外のグルメ食を比べることができる訳です。

でも住んだことはありません。

海外に住んだことがあるかないか、そして原地の言葉が出来るかどうかで、色々な理解が大きく違います。

現地の人たちと深く関わったことがあるかないかです。

そこで、日本の凄さは食だけではなくて、様々な面においてであることをお教えすると、元々地頭の良い人なので、現在は理解して下さりつつあります。

現在進行形です。

私の意見に耳を傾けて下さったようで、

日本の会社(法人)の永続性の凄さ、日本庭園の凄さなどに最近気が付かれたようで連絡をいただきました。😅

それでもまだまだほんの一部です。

確かに日本称賛TV番組は多過ぎると思います。

日本には、「自画自賛」、「手前味噌」などの言葉があります。

自分の自慢話は控えるのが良しとされます。

それは何も日本に限らず、インターナショナルなことです。

自慢話しはどこでも嫌がられます。

それにもかかわらずに、これだけ多くの日本自画自賛TV番組?

厳密に言えば、外国人に言わせるので、自画自賛ではないかも知れませんが似たようなものです。

でも、その辺の本当のところを理解していないと、日本称賛TV番組はただ単に気持ち悪く思うだけかも知れません。

私にしてみると、和風総本家など、ごくごく当たり前の事実を伝えているだけにしか聞こえません。

食以外にも、日本には実は色々と凄いことがたくさんあります。

色々な方面で、日本(人、日本の物)は凄いのです。

なぜか…

一億総オタク的な国民性がそうさせるのだと思います。

但し、勘違いをしている番組も多そうです。

畳部屋のスタジオで、日本人の男女の司会と、1人の日本在住外国人が話しをする日本称賛番組があります。

番組名を忘れてしまいました。

男性の司会者は、浦島太郎の私でも見たことがあるかっこ良い俳優です。

その番組で、「だめだこりゃ…」

と思うのは、スタジオの畳の和室に、ソファーのようなものを持ち込んでインタビューしているのです。

せっかくの日本のシンプルな畳部屋が台無しです。

江戸時代、日本に来た外国人が大名の家に招かれて驚いたことがあります。

客間も勿論畳部屋ですが、西洋の貴族の家と違って、家具がなにもありません。

そのシンプルさに驚いたのです。

シンプルでも優雅。

参考例:

出典: https://youtu.be/Sk02TDz_LoE

でも、イスとテーブルを運び入れてる!

西洋の富裕層の家に当たり前にある、ソファーなどの家具、調度品がなにも無いのです。

それでもおかしくありません。

シンプル・ザ・ベスト!

にもかかわらず、その番組ではせっかくのシンプルさを誇る和室に、ソファー等を持ち込んでいるのです。

でも…

日本は凄い?

だから何?

です。

大事なことは、そこで自惚れるのではなくて、

「勝って兜の緒を締めよ」

「褌を締め直す」

「襟を正す」

ことです。

そして、それを良きバッグボーンとして、

「自分は日本人だ。日本人として恥じない行動を取ろう」

と、自分を励まし、奮い立たせることです。

私がここ10年ほどで気が付いた、日本(人)の凄さは、ホルホルやクールジャパンなどのように表面的な浅いもの、単純なものではありません。

クールジャパンは政府が主導しているようですが、それに関わっている人の内のどれだけの人が本当に「そのこと」を理解しているのか…

ホルホル番組を作っている人たちもしかりです。

それは大昔から続いている日本人に脈々と続いています。

大恩人だけではなくて、このブログを読んでくださる全ての人に理解していただこうと思い、その点に関して頻繁にここで書いています。

なぜか?

日本人に元気がないからです。

ある程度減ってはいるようなものの、毎日、毎日、50人以上(以前は100人近く)もの(日本)人が自殺をしているのは異常です。

(昔、未遂を犯した人間が言うのもおかしいですが…😅)

誇りや自信、張り、生き甲斐がないからだと思います。

誇りや自信が奪われてしまったのです。

どうして奪われたのかは明日書きますが、日本はよくガラパゴスと言われます。

他国と全く違うからです。

イギリスも島国ですが、幸か不幸か大陸に近過ぎて、日本とは全然違います。

むしろ大陸と一緒です。

何が違うか…

他国に攻められて、奪われたことがあるかどうかです。

奪われるとは、国が根本的にそれまでの国と違ってしまうかどうかです。

イギリスは昔、国語がフランス語になったりしたことさえあります。

フランスとしょっちゅう戦争をしていましたが、北欧のバイキングにもやられています。

イギリスに限らず、欧州大陸では昔から戦争が絶えず、国境線がしょっちゅう変わっていました。

日本は昔から日本です。

天皇が126代も続いていますが、それは世界で他に全く例がありません。

過去に領土が台湾、朝鮮半島、満州と、増えたことはあっても、減ったのは北方領土と竹島?のみです。

イギリス王室の歴史も、日本の皇室と比べれば、そういう意味では新人のレベルです。

世界各国の王族が集まると、日本の天皇には1番良い席が用意されるそうです。

歴史の長さの差です。

「おはようございます」の意味

いただきます」や「ご馳走様」の意味、奥深さを知って、ひょっとして他にもそういうのがあるのでは?

と思って調べてみると…

ありました!

朝の「おはようございます」から、寝る時の「おやすみなさい」まで。

4つとも全て意味がありました。

「おはようございます」は、既に仕事に来ている人に対して、後から来た人がねぎらう掛け声だそうです。

「お早いおつきですね」、「お早くからご苦労さまです」が縮まった言葉だそうです。

そうか、だから後から来た方から先に「おはようございます」と言うんだ!

飲食業や芸能界などでは、昼でも夜でも「おはようございます!」と挨拶しますが、その理由がとても興味深いです。

上下関係がうるさいからだそうです。

どういうことかと言うと、次の3つの挨拶の中で、目上と目下(上司と部下、先輩と後輩)で言い方が違うのは「おはようございます」だけです。

おはよう/ございます。

こんにちは

こんばんは

昼や晩に、上下関係がある2者が会った時にも、挨拶でその上下関係が分かるようにするためだそうです。

後から来た方が先に言う点も関係しているようです。

でもやはり「いただきます」の意味、奥深さにはかなわない気がします。

先日、知人のひとり、東欧系のドイツ人に「いただきます」の意味を聞かれたのでお教えしたら、何と、うなられてしまいました…😅

Und GOCHISOSAMADESHITA

Japaner sagen „GOCHISOSAMA“ bzw. Gochisosamadeshita“ nach jedem Essen.

„Chiso“ von Gochisosamadeshita bedeutet viel laufen.

In der Vergangenheit, um einen Gast mit Köstlichkeiten zu empfangen, musste man viel laufen, Zutaten für gute Gerichte zu sammeln.

Also, Gochisosama bedeutet, sich bei Gastgeber zu danken, dass der Gastgeber bzw. dessen Koch oder Diener für den Gast sich bemüht hat, gute Gerichte zu besorgen.

Also in Japan sagt man ITADAKIMAS vor dem Essen zu dem Gericht sich zu bedanken für das Weiterleben und GOCHISOSAMA zu dem Gastgeber für das Bemühen.

And GOCHISOSAMA..?

Japanese say GOCHISOSAMA at the end of every meal.

„Chiso“ of Gochisosama means run.

In the past, it was not so easy for the host to prepare good meal for the guest.

The host or the cook of the host needs to run a lot in order to get the nice ingredients for the good meal.

So, GOCHISOSAMA is to thank the host for running to get nice ingredients to make good meal.

「ご馳走様でした」は、誰に対して言うのでしょうか?

一般的な辞書等によると…

「馳走」という漢字には、どちらも「はしる・はしらせる」という意味があり、もともと「奔走」をあらわす言葉だそうです。

今のように豊かではなかった時代、大切な客人をもてなすためには、材料を揃えたりするのに、走り回って準備を整える必要があったそうです。

このことから、「ごちそうさま」は手厚いもてなしを受けた時の客人からホスト側へのお礼のあいさつだったそうです。

それが近代になって食後のあいさつとして用いられるようになりました。

つまり、いただくものを用意してくれた人に対して言うお礼です。

食べる前に、食べられるものに対して

「あなたの命を奪うけれど、それをありがたく私の命につなげます」

と言い、食べ終わったら、食事を用意してくれた人にお礼を言う。

何て素晴らしい習慣でしょうか…

What is the meaning of ITADAKIMASU in Japanese..?

Japanese say always ITADAKIMAS by starting to eat.

Literally translation of ITADAKIMAS is „I start eating“ or „I receive the meal“.

But real meaning is..:

I get your life but continue in my life.

Japanese say ITADAKIMAS to the meal.

Any meal we eat used to be living.

We do not eat stones or irons.

What we eat is/was everything creature.

We kill them to eat.

That is why Japanese say ITADAKIMASU = I take your life but continue in my life.

That is why we should eat everything on the dish and never leave something to through away.

Was bedeutet „ITADAKIMAS..?“

“Guten Appetit..!“ oder „Bon Appetit..!“

Das sagt man nie, wenn man allein isst.

Denn, das sagt man nicht für sich selbst.

Komischerweise gibt es das nicht auf Englisch.

Es fehlt nicht nur “Guten Appetit..!“ auf englisch, sondern es fehlt überhaupt englisches Restaurant.

Nirgendwo findet man ein Englisches Restaurant.

Vielleicht reicht „Fish and Chips“ und „Kidney Pie“ nicht um ein restaurant zu eröffnen.

Zurück zum Thema „ITADAKIMAS“.

“Itadakimasu!“ auf Deutsch oder Englisch ist wie “I start eating..!“

Aber versteckte Bedeutung davon ist..:

„Ich nehme Dein Leben aber leite weiter in meinem Leben.“

„ITADAKIMAS” sagt man eigentlich zu dem Essen, was man gerade isst.

Alles, was wir Menschen essen, ist ausnahmslos Lebewesen, was vorher lebhaft war.

Fleisch, Fisch, Gemüse, Getreide…

Ob direkt oder indirekt…

Wir müssen diese Lebewesen sozusagen töten, um sie essen zu können.

Deshalb…

“Es tut mir sehr leid. Du wurdest getötet um mein Essen zu werden. Von mir gegessen zu werden. Aber ich werde Dein Leben in mir weitermachen. Das heißt, ich werde weiterleben indem ich Dein Leben nehme.“

Daher ist es sehr schlecht, auf dem Teller Rest zu lassen.

Man sollte alles essen, was auf Deinem Teller steht.

Sonst ist das missachten von Leben.

Besonders bei einem Buffet Essen, nimm nur so viel, was Du essen kannst.

In dieser Hinsicht sind die Mönche in Japan großartig.

Die japanische Mönche versuchen, das Töten so weit wie möglich zu vermeiden.

Sie essen kein Fleisch, nur ein wenig Reis und Gemüse.

In diesem Sinne sind die Veganer auch großartig.

Aber die großartigsten sind die Frutarier.

Die Frutarier essen nur Obst und Früchte.

Die Pflanze selbst (die Mutter/der Baum) wird also nicht beschädigt bzw. getötet.

「いただきます!」は、誰に対して言う言葉でしょうか?

「いただきます」の意味をまだ知らなかった頃、ヨーロッパ人が食事をスタートする時に言う言葉、

「美味しく召し上がれ!」

が、素敵だな〜

と思っていました。

自分が食べる時に、相手に対して「美味しく召し上がれ」

自分ではなくて、相手のことを思っているわけです。

ドイツ語なら、Guten Apetit..!

フランス語、イタリア語、スペイン語だと、

„Bon Appetit..!“

になります。

どういうわけか、英語にはありません。

イギリスには、「美味しく召し上がれ!」の掛け声もないどころか、イギリスレストランというのもありません。

パブはありますが、世界のどこかで、イギリスレストランというのを聞いたことがあるでしょうか?

どこにも無いのです。

なぜでしょうか?

フィッシュアンドチップスとキドニーパイだけでは種類が少な過ぎるのでしょうか?

フランス料理、イタリア料理、スペイン料理には美味しいものがあります。

それらの料理と比べると、イギリス料理は確かに目劣りします。

ドイツ食はどうでしょうか?

ドイツレストランは存在します。

ソーセージや豚足など、肉料理がメインです。

種類は極端に少ないです。

でも今回は、食事のお話しではなくて、食事のスタートの時の掛け声のお話しです。

ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどでは、相手に対して、「美味しく召し上がれ」と言うのに、

日本の「いただきます!」は、ドイツ語や英語に直訳すると、「食べま〜す/食事を始めます!」みたいなものです。

何か物足りないです。

でも違うのです。

「いただきます」の本当の意味は…

今から口に入れる食事に対して言う言葉のようです。

人間が食べるものは、例外なく全て今まで生きていたものです。

肉、魚、野菜、穀物…

例外なく全て生き物です。

それらの生き物を、人間が食べるために殺します。

「いただきます」に込められた意味とは…

これからあなたの尊い命を「いただきます」が、決してそれを無駄にせずに、私の命としてつなげます。

となります。

つまり、

あなたを食べて命を奪うけど、それによって私は命を続けさせて下さい。

ということです。

この意味を知ってからは、ヨーロッパで一般的な、でもどこか社交辞令的な「美味しく召し上がれ」と比べても、とても奥が深くて素晴らしい掛け声であると思うようになりました。

自分の目の前に出された食事を残すことが、どれだけ良くないこと、失礼なことかがこれからも分かります。

バイキングの食べ放題などで、自分で自分の皿に盛ったにもかかわらずに残すなどと言うことは、生き物の命を疎かにするという、最低なことであることに気が付きます。

これからは、バイキングなどでは、間違いなく自分が食べられるだけの量を皿に盛りましょう!

そう言う点で、お坊さんはやっぱり偉いです。

なるべく殺生を無くすように心がけています。

殺生とは、生き物を殺すことです。

肉は食べず、僅かなお米と野菜のみを食べます。

しかも、お米も野菜も一粒残さずにきれいに食べます。

そうすることにより、お茶碗、お皿も「ささっ」と簡単に洗えます。

ビーガンも凄いです。

でももっと凄い人たちがいます。

その人たちは殺生ゼロです。

フルータリアンです。

ビーガンは、植物は食べます。

つまり、植物を殺生します。

フルータリアンは、実しか食べません。

木の実やフルーツです。

つまり、その植物自体(母体)は全く傷付きません。

命を奪いません。

但し、命をどの時点で命とみなすかでフルータリアンも厳密には命の種を食しています。

そこまで言うと、人間の食べるものがなくなってしまいます。

「苦労は買ってでもしろ」と、天災が多い日本の地理的位置の関係

歳を取ると、「苦労は買ってでもしろ」の意味、正しさが分かる様になります。

別な言い方で言うと、温室育ちと雑草です。

苦労せずに、温室のような環境で「のほほ〜ん」と育つと、見てくれは美しくても弱くなります。

逆に、自然に野ざらしにされる雑草は強くなります。

「可愛い子には旅をさせよ」

「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」

とも言います。

苦労する道と、楽な道があったら、前者を選べという社是の会社もある位です。

あの「ダスキン」です。

今もそうかどうかは分かりません…😅

そこで思い出すのが、日本の地理的な位置。

天災が集まる場所に、丁度日本があります。

太古の昔から天災に見舞われ続けてきました。

311の東日本大地震での日本人の態度は、世界の賞賛を浴びました。

ですが、実はそれは昔から続いていることです。

あの黒船、ペリーが来た頃の安政東海地震しかり、

1856年の安政3年の大風災しかり…

江戸時代後期の当時、伊豆国下田の玉泉寺に設置された、駐日アメリカ総領事館の通弁官であったオランダ人ヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンの文章が残っているそうです。

「日本人の態度には驚いた。泣き声ひとつ聞こえなかった。絶望なんてとんでもない! 彼らの顔には悲しみの影さえもなかった。それどころか、台風なんてまったく関心がないという様子で、嵐のもたらした損害を修復するのに忙しく働いていた」

出典: 岩波文庫「ヒュースケン日本日記」青木枝朗(訳)

そして1866年11月26日の横浜の大火を見たフランス海軍中将でデンマーク人のエドゥアルド・スエンソンは、幕府が横須賀に作った造船所で働く日本人職人を見て…:

「ここへ来てみると(噂は)まったく根拠のないことが判明した。日本人自身、西洋人よりはるかにひどい火災の被害をうけていて、それにもかかわらず、あっぱれな勇気と賞賛すべき犠牲心と沈着さを発揮して、西洋人の貴重品を無事に運びだす手伝いをしたのだった」

「日本人はいつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった」

「日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である。ふたたび水の上に浮かび上がろうと必死の努力をするそのやり方は無分別にことにあたる習癖をまざまざと証明したようなもので、日本人を宿命論者と呼んでさしつかえないだろう」

太古の昔から天災に遭い続けてきた日本人。

天災にめげずに前向きに生きる国民性に、多くの外国人たちが昔から驚いています。

日本人はひょっとして、太古の昔から苦労にさらされて、苦労の意味を知り、それが自分のためになることを知っているのでしょうか…

日本ファン外国人が必ずぶつかる、明治維新後の日本の急速な近代化の不思議

これは、クールジャパンやホルホル番組のようなものとは一線を画す、織田信長、豊臣秀吉のことから伝わっているお話しです。

日本ファン外国人の多さには驚くばかりですが、それは何を物語っているか…

日本はそれだけ魅力的な国であることの裏付けです。

そういう日本ファン外国人が、ある程度の日本に関する知識を得るとぶつかるナゾがあります。

明治に急速に近代化を達成した日本は、そのすぐ前である江戸時代には男がスカート(はかま)をはき、チョンマゲをゆい(ちゃんちゃらおかしな髪型という意味です)、西洋の蒸気機関などとはこれっぽっちの関わりもない遅れた国に思われました。

鎖国をしていた日本の江戸時代の、海外からの情報は限られていたからです。

鎖国による西洋からの遅れは否定できません。

ですがそれでも、鎖国中の日本人たちは遊んでいたわけではないようでした。

それを示すのが、当時日本を訪れた外国人が残したコメントです。

マシュー・カルブレイス・ペリー 海軍代将、黒船指揮官 (1794-1858)

あの黒船のボスのコメントが残っています。

「実用的、機械的技術において日本人は非常に巧緻ををしめしている。(中略) 彼らの手作業の技術の熟練度は素晴らしい。日本の手工業者は世界のいかなる手工業者にも劣らず練達である。よって国民の発明力が自由に発揮されるようになったら、最も進んだ工業国に追いつく日はそう遠くはないであろう。他国が発展させてきた成果を学ぼうとする意欲が盛んで、学んだものをすぐ自分なりに使いこなすことができる。だから、国民が、外国との交流を禁止している排他的政策(鎖国) が緩められれば、日本はすぐに、最も恵まれた国の水準までに達するであろう。文明世界の技能を手に入れたならば、日本は将来きっと機械工業の成功を目指す強力な競争国となろう」

さらに…

「日本人ほど丁重に礼儀正しくふるまう国民は、世界中どこにもいない」

そして、エドゥアルド・スエンソンデンマーク人フランス海軍中将(1842~1921)

幕府が横須賀に作った造船所で働く日本人職人を見て...

「ひょっとすると日本人の職人の方が西欧人より優秀かもしれなかった。日本のものよりはるかにすぐれている西欧の道具の使い方をすぐに覚え、機械類に関する知識も簡単に手に入れて、手順を教えてもその単なる真似事で満足せず、自力でどんどんその先の仕事をやってのける」

出典: 「日本賛辞の至言33選」波田野毅、ごま書房。「江戸幕末滞在記」 自著、長島要一訳 講談社学術文庫。「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店

実際に、「和風総本家」のような日本称賛TV番組で、色々な飛び抜けた日本人職人を紹介しています。

でもそれは、日本人が仕事の虫で、平気で長時間仕事を続けられることを考えれば不思議ではないことです。

実は、鎖国をしていた江戸時代でも、例えば数学の関 孝和など、世界のレベルと比べて決してヒケを取らない、あるいはそれ以上優秀なものもありました。

どういうことかというと、明治の近代化で、日本人が超短期の間に急に優秀になったのには理由があったのです。

その土台は、既に江戸時代やそれ以前から培われていたようです。

そしてそれは勤勉な国民性に基づいているようです。

興味を持つことの勧め

トイレの上水の流れが調子悪くなりました。

「大」のボタンを押しても、水の流れがすぐにストップしてしまうのです。

つまり、流れる水量が足りません。

そうなると、運が悪いと「う◯◯」と紙が流れてくれない可能性があります。

そこで、壁の中に隠れた水洗タンクの水を流すための可動部分を見てみました。

そこでふと思いついてこれを書いています。(1度開けてからこれを書くのを思いついたので、動画は2回目に開けたので、最初の時よりさらにスムーズです)

かなり簡単に壁の中のシステムにアクセスできて、水の流れを調整できています。

でもこれは普通、業者さんを呼ぶレベルかも知れません。

本当にそれが必要でしょうか?

蓋(カバー)の開け方、その中の仕組みを理解できれば、誰でも簡単に直せる(調節できる)レベルです。

直せない場合は、部品が壊れている証拠です。

部品はホームセンターに行けば売っていて、誰でも買うことが出来ます。

では、どうしたら自分で出来るようになるか?

業者さんを呼んだ時に、任せてしまわないで横で見ているのです。

私の場合は、表面に付いているカバーの外し方だけを知る必要がありました。

下から上に向かって、少し力を入れると外れます。

壁に隠れた水槽タイプはこれが多いです。

重力を利用しているわけです。

ネジや仕組みを使っていることもあるかも知れません。

トイレやトイレの部品などは、普通どの(先進)国でも大手のメーカーが牛耳っているものです。

製品の歴史が長いので、既にメーカーの淘汰が終わっているからです。

長いとは言っても、水洗技術は半世紀ほどでしょうか?

大手メーカーのエンジニアは頭が良いので、なるべく部品点数を減らす、重力などの自然の力を利用するようにしているので、仕組みがシンプルになります。

カバーさえ外せれば、中が見えます。

中が見えれば、そして、よ〜〜〜く見れば仕組みが分かります。

そうすると、必要な部品を次々と外せて、核心の部品まで辿り着けます。

仕組みが分からない?

かも知れません。

仕組みを理解できるには、蓋の開け方と同様に、様々なシーンで興味を持って首を突っ込み自分でやってみるしかありません。

日常の生活で、教科書を読む勉強だけではなくて、何にでも興味を持つ、

首を突っ込む、

自分でやってみる…

そうすると、色々なことが分かってきます。

それは最初は単なる点です。

でも、その点と点がつながって線になることがあります。

応用です。

さらには線と線がつながって面になることもあります。

そうやって、色々なことを知れるようになります。

色々なことが出来るようになります。

心に残る、スイス人の大富豪に言われた言葉…「解決策はいつでもある」

1台で数億円から数十億円の価値がある、世界に1台〜数台しか存在しないランボルギーニなどを約200台所有する、スイス人の超お金持ちを以前ご紹介しました。

スイスの大富豪から届いたメール

あれから一年。再びスイスの大富豪を訪問…1。

あれから一年。再びスイスの大富豪を訪問…2。

その人に言われた言葉で、とても印象に残っているのが「解決策は常にある(Die Lösung gibt es immer)」です。

その人は、親の遺産や幸運などで大富豪になったわけではなく(でもメーカーの跡取り)、わずか一代、努力で財を築いたそうです。

彼は最初、かなりの窮地に立たされたそうです。

親からメーカーである会社を引き継いだ時だそうです。

会社の経済状態は真っ赤っか。

その後もずっと苦労が続いたそうです。

多くの苦労の最後に成功した人が言うと響く言葉です。

同じように多くの窮地に立たされた人間としては同感せざるを得ない言葉です。

私の場合はこれといって成功はしていないので、そこに大きな違いはありますが…

どんな窮地に立たされようとも、どんな大きな問題が現れても…

必ず解決策はある!

中華人民共和国の「人民」と「共和国」は、実は日本人が作った漢字

デュッセルドルフで、日本の漢検(漢字能力検定試験)を年に2回主催しています。

中華人民共和国は、中国の正式な名称です。

それは、「中華」、「人民」、「共和国」の3つに分けられます。

その内の「人民」と「共和国」は、日本で作られた漢字であることをご存知でしょうか?

つまり、中国オリジナルの漢字は「中華」だけです。

知らない日本人は多いと思いますが、中国人の多くもそのことを知りません。

漢字は遠い昔、中国から日本にやってきました。

でも、明治の頃には、日本製の多くの漢字が、日本から中国に逆輸入されて使われています。

それらの例は文末に記載していますが、すべて日本で作られた漢字で、中国に逆輸入されたそうです。

なぜか…

江戸時代以降に、西洋から輸入された書物を、日本人は一生懸命に日本語に翻訳して勉強しました。

特に幕末からは、

「西洋に追いついて、鎖国の間の遅れを取り戻せ!」

よりも、実際には当時の西洋諸国によるアジア支配を知って恐れ、

「西洋の植民地なんかになってたまるか!」

という半分恐怖が、パワーの根源だったと思います。

中国人はそれをしなかったそうです。

明治維新後は、急速な西洋化によって、西洋の国の制度や思想、法律、学術用語などが、次々と日本語化されていきました。

中国は、日清戦争に敗北した時に、素早い近代化を遂げて中国を破った日本に学ぼうと、数多くの留学生を日本に派遣したそうです。

そして、和訳された西洋の日本語の書物を中国語に翻訳しました。

その時に、多くの日本製の漢字が中国漢字に直されずにそのまま採用されたりしたのです。

たとえば「電話」は、中国では英語の“Telephone”の発音に漢字を当てた「泰来風」という漢字が作られました。

ですが、実際には日本製漢字の「電話」の方が、中国でも普及したのです。

だから、数多くの日本生まれの漢字が存在して、今日でも中国で使われているのです。

多くの和製漢字が中国文化に浸透していることは、普通の中国人は知らないそうです。

日本製漢字には「OO式」「OO化」「OO感」「OO主義」「OO型」といった日本独自の表現が多くありますが、それも中国で取り入れられています。

面白いのは、その数(比率)は場合によっては70%までにも及ぶという、王彬彬という中国人の学者の論文です。

王彬彬氏の論文【現代中国語の中の日本語「外来語」問題】

【現代中国語の中の日本語「外来語」は、驚くほどの数がある。統計によれば、わたしたちが現在使用している社会・人文・科学方面の名詞・用語において、実に70%が日本から輸入したものである。

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出典: Otona Life、Wikipedia他多数…

大統領の執事の涙

という映画をご存知でしょうか?

アメリカで、アイゼンハワーからレーガンまで34年間の間に7人もの大統領に仕えたアフリカ系黒人執事の実話に基づいたお話です。

映画の中で、人種差別のことを大きく取り上げていますが、いかに黒人が白人から酷い扱いをつい最近まで受けてきたかを思い出させてくれます。

(今も?😰)

白人にとっての有色人種は人間ではなかったので、酷い扱いは当たり前なのかもしれませんが…

それは我々日本人にとっても他人事ではありません。

日本人も、黄色人種として様々な酷い扱いを受けてきました。

人種差別撤廃条約は1969年に決まりましたが、実は何とその半世紀も前に、日本が人種差別撤廃案を国際会議で提出していたことをご存知でしょうか?

日本は幸運にも第一次世界大戦で戦勝国となり、国連の常任理事国になりました。

終戦の1918年、パリの講和会議で、日本は人種差別撤廃案を提出しました。

—————————————–

議長ウィルソンを除く出席者16名が投票を行い、フランス代表・イタリア代表各2名、ギリシャ・中華民国・ポルトガル・チェコスロバキア・セルブ・クロアート・スロヴェーヌ王国(後のユーゴスラビア王国)の各1名、計11名の委員が賛成、イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニアの計5名の委員が反対した[25]

しかしウィルソンは「全会一致でないため提案は不成立である」

ーーーーーーーーーーーーーーー

(ウィキペディアから)

つまり、11 : 5 で賛成多数だったにもかかわらず、アメリカ人議長が、そのような大事な案件は全会一致でないとダメだと握りつぶしてしまったのです。

今まで有色人種を奴隷として扱い利益を得たり、差別して扱っていたら、この案はとても認められないです。

実際にその頃のアメリカでは黒人はひどい差別を受けていました。

これも既得権益。

そして、第二次世界大戦中に、アジア(有色人種)の主要国代表を集めて、白人の支配から立ち上がろうと訴えたのが、我が日本という国です。

人が生まれ、生きていくのに大事なこと

以前、「女の子は2人の子供を作ることが、仕事のキャリアより大事」と発言した日本のある学校の校長が辞任に追い込まれました。

校長の発言内容は、人間のごくごく基本的な当たり前のことだと思うのですが、うちの家内によると引っかかるものがあるようです。

「じゃあ、私たちは何のために勉強しているの?」

と、学校で一生懸命に勉強している女の子たちにとってやる気をなくすような発言であるということだそうです

人間が勉強をするのは当たり前だと思います。

何か異例のアクシデントなどにより、人間の子どもが動物に育てられてしまうと、会話ができないなどの、基本的な人間の能力を失ってしまうそうです。

大人になってから習う外国語も、脳の中で司るところが違うのか、ボケが始まると抜け落ちてしまうそうです。

そういったことからも、人間が人間として見えるようになるためだけでも必要不可欠な勉強はあるようです。

ですが、もし人間が勉強をしなくても、生きていくことはできると思います。

幼少期に動物に育てられた人間を無理矢理人間の社会に溶け込ませようとすると死んでしまうそうですが…

次のものを人間にとって必要度の高い順に優先順位を付けるとどうなるでしょうか?

空気

食事

子孫の継続

嗜好品

勉強

上から3つは必要不可欠です。

それらの3つは、上から順に、欠かすことができない時間が短いです。

では4番目から6番目はどうでしょうか?

国別の人の顔

ヨーロッパの生活が長いと、例えばイギリス人、ドイツ人、フランス人やイタリア人の顔の違いが何となく分かるようになります。

日本から来たばかりだと、それが分かりません。

「あのドイツ人がどうのこうの…」

「いえ、彼はトルコ人ですよ」

という感じです。

もちろん例外というか、ドイツ人と思った人がそうでないことも多々あります。

あくまでも一般的な顔付きです。

ドイツ人にも、日本人、中国人、韓国人の顔の区別が全くつきません。

日本人と韓国人は我々にも難しいですが…

でも、区別が全く付かない人たちがいます。

中東の人たちです。

ドイツ人とトルコ人の違いは大きくても、中東の人たちの顔を見て国籍を当てるのは至難の技です。

あるいは中東に何年も住んで慣れれば、彼らも見分けられるのでしょうか。

再び怪我…

和牛をさばいていて、左手の親指を切りました。

どうも私はそういう星の下に生まれたとしか考えられません。

幼児の頃から怪我が付き物で、身体中に骨折跡が十数ヶ所、縫い跡は20針以上。

今回のように、縫うまでに至らない、それでも身体に残る傷や、骨折までに至らなかった打身は数え切れません。

医者に行くほどの深い傷ではありませんが、それでも血が止まりにくいレベルなので、ビンディングテープでしっかりと止血をします。

(外での怪我で、土などが付いた場合は、痛くても我慢してきれいに洗って消毒をした方が良いです)

医者に行くかどうかは、傷の深さと大きさ(長さ)で判断します。

縫う必要があるかどうかです。

上手く止血が出来る身体の部分なら、医者に行けば2、3針縫われる傷も、ビンディングテープで自分で治せます。

というか、傷を治すのは、元々自分(の身体)です。

医者は、それを少し手伝ってくれるだけです。

ビンディングテープを上手く巻けたら、そのまま3、4日放っておきます。

そしてビンディングテープを外すと、傷口は塞がってこんな感じです。

ここで画像を出そうかと思いましたが、血の塊や、ふやけた皮膚が醜いのでやめておきました。

4、5日で血は止まっています。(傷の深さにもよります)

ふやけるのは、テープがしっかりしているので、そのまま普通に左手を使っていると、どうしても水が乾かないからです。

どうして毎日テープ(あるいは包帯)を新しくしないのか?

その理由は簡単です。

その必要がないからです。

お医者さんにかかれば、最初は毎日新しくしてくれるかもしれません。

古いテープ/包帯を外して消毒してくれて、新しい物に変えてくれます。

でも、怪我をした翌日〜翌々日などは、間違いなくまだ血は止まっていないので、傷口を出せば痛いし、出血が始まります。

ところが、4、5日放っておけば、傷口が塞がっています。

だからそのまま放っておくのです。

毎日手当をするのは逆効果だと思います。

放っておいたら、バイ菌が入ったりして危険じゃない?

そんなことはありません。

それこそが逆で間違った考え方です。

バイ菌で、傷口が例えば腐ってくるとすれば、そのバイ菌は最初の手当ての時にそこにいたことになります。

つまり、その後の手当の頻度とは無関係です。

テーピングをした後に、後からバイ菌が入ってくる確率はかなり低いです。

パスツールの原理です。

それに、身体には免疫というものがあります。

バイ菌を普通はやっつけてくれます。

だから、免疫力を高めておくことは不可欠です。

免疫力を高めるには ➡︎ 進化が示す健康法則

自分探しの旅? 何ですか、それって?

ドイツのある日本食レストランでは、ワーキングホリデー(31歳まで)でドイツに来る女性しかアルバイトに雇わないそうです。

男女差別…

なので、そのレストランの名前は言えません。😅

ドイツでは、求人募集〜採用の時に性別を選べません。(日本も?)

募集の際に、男女のどちらを希望かは明記出来ないのです。

男女どちらかを最初から選んではいけないのです。

よって、もし(内緒で)女性を希望していたら、男性を断る理由にひとひねりが必要です。

面接希望者に、性別で断ることが出来ないからです。

でもなぜ日本の若い男はダメなのか…

ワーキングホリデーでドイツに来る男性の多くは頼りにならないそうです。

「自分探しの旅に出て来た」など、ワケのわからないことを言っているそうです。

そして仕事の面で頼りにならないそうです。

「自分探しの旅に出る」という表現に対して…

自分を探しにどこかに行っても、どこにもいないよ。

自分は自分の中にある(いる)んだよ。

と言います。

正にその通りだとも思うのですが、単に表現方法の違いかも知れません。

それに対して女性の方は

「一年間のワーキングホリデーであちこちを旅行したい。そのためには資金も必要なので、アルバイトをしたい」

と言って、しっかりと仕事もするそうです。

「自分探しの旅」と、意味はほぼ同じでも、もっとキチンと受け止められる表現があります。

例えば、「見聞を広めに来た」です。

「自分の人間の幅を広げるために、見聞を広めにドイツを見に来た」

と言えば、レストランのシェフも気に入って雇ってくれるのではないでしょうか?

ではこの2つの表現はどう違うのでしょうか?

「自分探しの旅」は、本人がしっかりとしておらず、フワフワしている印象を与えてしまいます。

「仕事が出来るヤツ」という印象には程遠いです。

それに比べて「見聞を広めに…」の方は、「出来そうなヤツ」という印象をかもし出しています。

単なるレトリックかも知れませんが、そこには大きな違いがあります。

そしてその人がどちらを言うかで、その人の人間性も見えてしまう気がします。

江戸時代の鎖国の理由

など、普通は知らないですね。

教科書にも出ていないと思うので。

日本ファン日本人の私は、日本のことを色々と調べているうちにその事に気がつきました。

ですが、今インターネットで調べると、それが普通に出ています。

世の中は本当に変わりました。

新聞(社)の命運は、もうあと10年もないと予想されています。

いまだに新聞を読んでいるお年寄りが皆さん次々とお別れになるにつれて、新聞が全く売れない世の中になるようです。

当時は、東南アジア各国は西洋人に侵略されて植民地として支配されていました。

今から考えると、信じられない、とんでもないお話しです。

人権もなにもあったもんではありません。

かなりひどいことをされたそうです。

ひどいことをされた上に土地も資源も奪われて…

白人は当時(一部では今も?)、有色人種を同じ人間とは思っていなかったフシがあります。

当時の日本は戦国時代。

一説によると、世界最強だったそうです。

でなければ鎖国もできません。

例えば東南アジアのどこかの国が鎖国をしても、西洋人から簡単に破られて支配されてしまいます。

日本はそれを許さない強い国だったのです。

フォアグラ寿司

というのをご存知でしょうか?

ドイツで最も日本人及びに寿司ファンドイツ人が多い、このデュッセルドルフの和食レストランでも、それがあるのは「やばせ」だけです。

勿論高価ですが、そのお味は…

ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいとは正にこのことです。

和牛に匹敵します。