日露戦争と乃木希典将軍

今日は、あの日露戦争の陸上での戦い、旅順要塞、203高地攻撃で有名な乃木大将が、その任を受けた(日本陸軍第3軍指揮官就任の)日です。

日本人が普通知る日露戦争の知識は、司馬遼太郎の歴史小説、「坂の上の雲」からだと思います。

司馬遼太郎が10年かけて書いたという大作で、1968年から4年間、産経新聞に連載されたそうです。

NHKでは3年間かけて放映されたので、それを見た人も多いと思います。

主人公は秋山兄弟だと思いますが、そこに乃木希典陸軍大将も登場します。

その乃木希典陸軍大将が、司馬遼太郎にいたく嫌われています。

無理な旅順の要塞攻撃で、多くの兵隊を死なせた愚将と描かれています。

そこで私も最初はそうなのかと思っていました。

ところが、乃木希典陸軍大将が戦後も多くの兵士に慕われ続けたと聞きました。

乃木さんは明治天皇が崩御された(亡くなった)時に、明治天皇を慕うように切腹自決しています。

戦後すぐに、多くの(天皇の民である)兵隊を死なせてしまったので、戦争が終わった時に切腹をしようとしたそうです。

乃木大将自身も、日露戦争で2人の息子を失っています。

ところが明治天皇に、「余の目が黒い内はそれは許さない」みたいに言われたそうです。

そこで明治天皇が亡くなられた時にそれを実行したのです。

さて、乃木大将は本当に、単に多くの兵隊を死なせた愚将だったのでしょうか?

それとも素晴らしい人物だったのでしょうか?

乃木大将に限らず、多くの日本軍人が反日左翼に悪人呼ばわりされています。

本に書いてあることはついつい正しいと思いがちなのは誰にでもあることです。

よって、学校の教科書や、反日左翼の人が書く嘘の情報で、多くの日本人が自虐史観に染まってしまっています。

乃木大将に関してはその後、愚将ではなく、逆にとても立派な人物であったことを知りました。

過去の戦争で、いくつかの有名な要塞攻撃がありました。

要塞とは、敵に攻められても大丈夫なように作られるので、必ず多くの犠牲者が出ます。

ロシア軍が立て篭り、イギリス、フランス、トルコ軍が攻めたセヴァストポリ要塞戦。

旅順要塞攻撃の10倍の犠牲者が出て、要塞が落ちるまでに3倍の時間がかかっています。

しかも旅順の要塞はセヴァストポリ要塞の6倍の強度があると言われていたそうです。

そしてセヴァストポリ要塞戦の時には、旅順で火を噴いた機関銃がまだありませんでした。

第一次世界大戦の時のベルダン要塞の戦いでは、フランス側の死者16万人、ドイツ側が10万人。

要塞が落ちるのに要した期間が10ヶ月。

旅順で戦死したのは、日露共にほぼ1万6千人。

かかった期間は4ヶ月。

実は当時、世界の軍事専門家が、乃木大将の功績にかなり驚いていたというのが事実だったそうです。

しかも、単に将官として優秀だっただけではなく、人間としてもとても素晴らしい人であったようです。

終戦直後に、敗戦国側のステッセル将軍と会見をしました。

その際に、アメリカの日本軍従軍ジャーナリストが画像で記録を残したいと、撮影の許可 を求めたそうです。

乃木将軍は、「武士道の精神からいって、ステッセル将軍の恥が後世に残るようなものは撮らせるわけにはいかない」と拒み、

「会見後、 我々が友人となった後の写真を1枚だけは許す」として残っているのがこの写真です。

ロシア将官たちも武器を持って写っています。

世界の戦争の常識ではあり得ないことだそうです。

ステッセル将軍は、その後敗戦の責任を問われて銃殺刑を宣告されたそうです。

それを聞いた乃木将軍がロシア皇帝に手紙で、ステッセル将軍がいかに祖国のために善戦したかを訴え、心を動かされたロシア皇帝は銃殺刑からシベリア流刑へと減刑したそうです。

さらに乃木将軍は、ステッセル将軍の残された妻と家族に私費で援助を送り続けたそうです。

日本軍従軍のアメリカのジャーナリストと言えば、スタンレー・ウォシュバンという人がいました。

スタンレー・ウォシュバンさんは、日本軍従軍ジャーナリストとして、乃木大将率いる日本陸軍第三軍の司令部で多くの時間を乃木大将の近くで過ごしました。

そして乃木大将の質素さ、部下を思う思いやり、人間性を知るにつれてファンになってしまったそうです。

乃木大将が殉死した際、そのことを知って、「乃木大将と日本人」という本をすぐに出版しました。

乃木大将の形骸に触れたアメリカ人ジャーナリストが書いた本、乃木大将の実像が書かれた本です。

読むと彼がいかに乃木大将を慕っていたかが分かります。

乃木大将は戦後すぐに、旅順で戦死した兵隊をひとりひとり弔問して周り、全国の主だった神社に慰安のための石碑を建ててもいます。

乃木大将は明治天皇と同じように、かなり質素に暮らしていたそうです。

人間的に素晴らしい人であったからこそ、戦時中も戦後も多くの兵隊に慕われ続けたのでしょう。

GHQによって真っ黒になった教科書。

隠されてしまって、日を見ずにいる過去の日本の素晴らしい軍人たち。

日の目を見ないどころか、悪者にされてしまっています。

「知らないことは罪である」と言いますが、情報をそのまま鵜呑みにしてしまうのはよくないことがとても理解できます。

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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