蒙古襲来があったのは、北条時宗がアホだったから?

北条時宗は鎌倉時代、蒙古(モンゴル)襲来を2度もはね返した当時の日本の武将のトップです。

蒙古(モンゴル)は当時、中国も含めて東ヨーロッパの方まで支配していた世界最大、最強の国でした。

その蒙古が日本も属国にしようと2度も攻めてきました。

最初の襲来の時に、北条時宗はまだわずか24歳でした。

蒙古のトップ、チンギス・ハンの孫、フビライ・ハンはまず、北条時宗に手紙を出しました。

手紙の書き方は丁重でも、「周りの国々はもうみんな蒙古に従っているから、日本も従え」という上から目線のものだったそうです。

北条時宗はそれを無視しました。

無視したどころか、その手紙を持ってきた使いの者たちを「とんでもない奴らだ!」と全員殺してしまったそうです。

返事が来なくて痺れを切らしたフビライ・ハンは、属国である朝鮮半島の高麗に命じて日本を攻めました。

1回目が軍船千隻弱で兵士の数が数万人。

2回目は軍船4千隻以上で兵士の数は数十万人。

とんでもない大群です。

それを九州の鎌倉武士は2度とも跳ね返しました。

一般的には、その時に偶然に起こった神風と呼ばれる暴風雨、台風で蒙古の船が破壊されて救われたと言われていますが、実際には当時迎え撃った鎌倉武士はとても強くて善戦したそうです。

そのためか、その後の時代である江戸時代の武士たちの間での最高の褒め言葉は、「鎌倉武士のようだ」と言われることだったそうです。

北条時宗は、蒙古・高麗から攻められて2度とも跳ね返した日本の大英雄です。

ところが、今の日本の中学の歴史教科書には、「蒙古から来た手紙を北条時宗が無視したから攻めて来られた」と書いてあるものがあるそうです。

つまり悪いのは北条時宗の方なわけです。

どれだけ自虐史観なのでしょうか?

北条時宗が(属国になりますという)返事を出さなかったから蒙古に襲来された?

今のウクライナが、ロシアに従わないから攻められた。

悪いのはウクライナの方だと言うのと同じです。

どうしたらそういう考え方になってしまうのでしょうか?

元々は日本の国民性によるものだと思います。

謝ってばかり、悪いのは相手ではなくて自分の方。

相手に譲ってしまう国民性です。

ですが、それ以上に効いているのは、自虐史観にさせられてしまったことです。

GHQ(第二次世界大戦後に、日本を6年以上占領していたアメリカ軍)の、日本の教科書を真っ黒に塗りつぶす… に代表される洗脳工作が効き過ぎています。

日本人が誇り(勇気、元気、まともな考え方)を失うように、日本の過去の英雄や偉人が歴史から葬り去られてしまいました。

蒙古襲来も、日本が占領されかけた大事件であるにもかかわらず、教科書ではほんの小さく書かれているだけです。

しかもその時の大英雄が悪者に書かれているのです。

先日の、電車の中で喫煙している大人を注意してボコボコにされた高校生のニュースの時もそうです。

その高校生を立派だとたたえるのではなくて、

「そういう時は危ないから注意するのをやめましょう!」と言う人が現れるのが今の日本の現状です。

あるいは、「人さらいだったら困るから、挨拶されても無視しなさい!」と子どもに教える大人がいるそうです。

どうしたらそういう考え方になるのか…

北条時宗が亡くなったのは32才の時。

2度の蒙古襲来を防いで、疲れ切っての早死にだったのでしょうか…

自虐史観から抜け出したい人は是非お読み下さい ➡︎ 頑張れ日本ドットコム

投稿者: netdeduessel

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