プライベート・ライアン 2

15世紀後半に、探検家、そして奴隷商人としても有名なコロンブスがアメリカ大陸を発見したとされています。

それから約200年の間が大航海時代と呼ばれています。

その大航海時代に、白人側から見れば大活躍、有色人種側から見れば残酷残虐大暴れをしたのがスペイン人とポルトガル人でした。

それ以前は、ヨーロッパ人はヨーロッパ大陸で、そして有色人種は自分たちの各国々でそれぞれ暮らしていました。

スペイン人とポルトガル人が大航海の旅の先々で見つけた現地の有色人種は、彼らよりかなり遅れていました。

彼らにしてみると、航海先で見つけた土地は未開の地でした。

そしてそこに住んでいる発達の遅れた有色人種は、まるで人間ではない生き物に見えたのでしょう。

そうでなければ、あれほどひどい仕打ちを出来るわけがありません。

当時の帆船による長い船旅は、遭難、難破という大きなリスクがあり、帰還率は僅か2割ほどだったそうです。

ですが、それはロマンに満ちた、とてもワクワクする旅であったはずです。

今まで知られていなかった未開の地を発見して、初めて目にする民族に遭遇し、金や銀などの高価な宝物を見つけられるかもしれなかったからです。

実際にそこには、西洋では高値で売れる魅力的な産物がいろいろとありました。

その産物は時代と共に変わりますが、最初は胡椒や塩をはじめとする香辛料や紅茶、金や銀が代表的となる鉱物資源、そして奴隷となる現地の有色人種、後には石油などでした。

発達した武器を持たない現地の有色人種は、いとも簡単に彼らの奴隷となり、強制過酷労働を強いられて、現地の産物を奪ってヨーロッパに持ち帰る仕事をさせられました。

大航海時代に欠かせないのは長距離航海に耐える船でした。

それらの船に欠かせないのは船のオーナーである投資家の資金、雇われる船の船長、船員、そして彼らの食料などの物資です。

王家などの豊富な資産を持つ投資家がまず資金を出して船を作らせ、船長以下の船員を雇い、食糧などの物資を先行投資で購入しました。

その投資に対する見返りが、現地の植民地化、そこで手に入れる産物であったわけです。

白人にしてみれば、現地の土地、貴重な資源、産物が手に入り、現地人は奴隷に出来るのですから、これほどうまい話しはありません。

ですが、現地の有色人種にしてみれば、土地の産物や資源を奪い取られるどころか、奴隷にさせられてその作業に強制的に働かされてしまうのですから、たまったものではありません。

当時の世界を制覇していたスペイン帝国とポルトガル王国は、地球上を縦に線を引いて世界を2つに分けて分配しようというとんでもない取り決めをしました。

トルデシリャス条約と言います。

中南米諸国では、ほぼどこでもスペイン語かポルトガル語が話されているのは、当時の両国の大航海時代からの歴史からきています。

南米の大陸ブラジルがポルトガルの領地となり、ポルトガル語が話されているのはトルデシリャス条約によるものです。

遅れを取ったフランス、イギリス、スペインから独立したオランダなども、その後に植民地獲得に加わり始めました。

その頃はまだ国さえも存在していなかったアメリカも、最後にそこに加わりました。

植民地時代は、何と約500年もの長い間続きました。

植民地経営のパイオニアであるスペインとポルトガルのそれは拙く、その後に加わって来たフランス、イギリス、オランダはその失敗に学んで勢力を大きく広げました。

こうして20世紀の後半に世界は、植民地を支配する白人の国と、支配される植民地である有色人種の国々の2つに大きく分かれました。

植民地を持たない白人国はありましたが、植民地とならなかった有色人種の国は世界中で僅かに2ヶ国のみ、日本とタイだけでした。

中国は、国ごと丸々植民地だったのではありませんが、国中のあちこちを複数の白人国から削り取られた状態でした。

タイの場合、なぜ植民地にならずに済んだのかというと、タイをはさんで隣接する2ヶ国が、それぞれ敵対する白人国の植民地となっていて、タイがちょうどその緩衝地帯になっていたからだと言われています。

地理的にヨーロッパから最も遠かった極東のはじにある日本の場合は、大航海時代が始まった頃がちょうど戦国時代でした。

そして器用で真面目な国民性から、西洋から伝わった鉄砲をあっという間に量産するようになり、世界で最も多くの鉄砲を持つ国になりました。

西洋の先進国以外、有色人種の国で鉄砲の量産に成功したのは日本だけでした。

当時の日本が軍事的に稀にみる強い国であったことが、その頃に日本にやって来たスペイン、ポルトガルの宣教師たちの本国への報告から分かります。

その後は約260年も鎖国をしましたが、鎖国中にも西洋の強国がうかつには手を出せない強さを持っていました。

いくら鎖国をしても、国が弱ければ簡単に無理やりこじ開けられて植民地にされてしまいます。

そんな日本も、幕末にはついにペリーの黒船の来航によって、いよいよ開国させられることになりました。

そして第二次世界大戦となりました。

「西洋人は一体、何回戦争を繰り返すの?」

と驚くくらい、いえ、呆れるくらいの戦争を繰り返してきています。

紀元前:

ローマ・エトルリア戦争、ローマ・サビヌ戦争、第一次メッセニア戦争、レラントス戦争、アルバとローマの戦争、第二次メッセニア戦争、ヒュシアイの戦い、シケリア戦争、第一次神聖戦争、第二次アルカディア戦争、アラリアの戦い、シケリア戦争、第一次ペロポネソス戦争、第二次神聖戦争、サミアン戦争、第二次ペロポネソス戦争、コリントス戦争、ケルトのイタリア侵攻、アレクサンドロス大王のバルカン遠征、ラミア戦争、ピュロス戦争、クレモニデス戦争、第一次ポエニ戦争、第一次イリュリア戦争、第二次イリュリア戦争、第二次ポエニ戦争、第一次マケドニア戦争、第二次マケドニア戦争、アイトーリア戦争、第三次マケドニア戦争、第一次奴隷戦争、キンブリ・テウトニ戦争、ゲルマン戦争、第二次奴隷戦争、同盟市戦争、セルトリウス戦争、第三次奴隷戦争、ガリア戦争、ムティナの戦い、解放者戦争、ペルシアの戦い、共和制ローマの最終戦争

1世紀〜10世紀:

ミルウィウス橋の戦い、ヘレスポントスの海戦、ファルスの戦い、イベリア・ペルシア戦争、ローマの英国征服、アルメニア・イベリア戦争、、コルキス・ローマ戦争、ゴート戦争、フリギドゥスの戦い、イベリア・ペルシア戦争、イベリア戦争、ゴート戦争、ラジカ戦争、フリース人・フランク人戦争、アラブ・ハザール戦争、ブルガリア・東ローマ戦争、ジョージア・ウマイヤ朝戦争、ザクセン戦争、c. 800/862–973 ハンガリーのヨーロッパ侵攻、ブルガリア・セルビア戦争、クロアチア・ブルガリア戦争、ルーシ・ビザンツ戦争、ルーシ・ビザンツ戦争、アラブ・ジョージア戦争、アンダーナッハの戦い、ルーシ・ビザンツ戦争、レクニッツの戦い、スヴャトスラフ1世のブルガリア侵攻、

11世紀〜17世紀

ドイツ・ポーランド戦争、ビザンツ・グルジア戦争、ルーシ・ビザンツ戦争、デンマークの侵略、ノルマン・東ローマ戦争、ザクセン戦争 (ハインリヒ4世)、グルジア・セルジューク朝戦争、スウェーデン・ノヴゴロド戦争、ボーサンク戦争、教皇派と皇帝派の戦争、英仏戦争、第一次バロン戦争、シャンパーニュ継承戦争、モンゴルのヨーロッパ侵攻、フリース・ドルテ戦争、モンゴルのグルジア侵攻、テルトー戦争、サントンジュ戦争、エウボイア継承戦争、ヴェネツィア・ジェノヴァ戦争、フリースラント・ホラント戦争、スコットランド・ノルウェー戦争、第2次バロン戦争、ヴァルデマール1世に対する戦争、6000マーク戦争、ナバラ戦争、シチリア晩祷戦争、リンブルフ継承戦争、アウトロー戦争、スコットランド独立戦争、フランス・フランドル戦争、ゲルハイムの戦い、ディスペンサー戦争、サン・サルドス戦争、ポーランド・ドイツ騎士団戦争、百年戦争、ハールィチ・ヴォルィーニ戦争、1340–1396 ブルガリア・オスマン戦争、VetkopersとSchieringersの戦争、HookとCod戦争、二人のペドロの戦争、War of the Bands、第一次カスティーリャ継承戦争、オスマン・ハンガリー戦争、第一次フェルナンドの戦争、セルビア・オスマン戦争、ベスヴァイラーの戦い、ゲルデルン継承戦争、キオッジャ戦争、第二次フェルナンドの戦争、Gugler戦争、八聖人戦争、第三次フェルナンドの戦争、第二次グルジア・モンゴル戦争、コソボの戦い、ニコポリスの戦い、フォルミニーの戦い、アッペンツェル戦争、トルクメン・ジョージア戦争、ポーランド・リトアニア・ドイツ騎士団戦争、シュレースヴィヒ戦争、飢餓戦争、フス戦争、ゴルブ戦争、アルベドの戦い、ロンバルディア戦争、ポーランド・ドイツ騎士団戦争、アルバニア・ヴェネツィア戦争、第一次辺境伯戦争、コンスタンティノープルの戦い、十三年戦争、薔薇戦争、オスマン・ヴェネツィア戦争、モンテリーの戦い (公益同盟戦争)、リエージュ戦争、第二次オルメドの戦い、ヴァルツフート戦争、ボヘミア戦争、デンマーク・スウェーデン戦争、イングランド・ハンザ同盟戦争、第二次カスティーリャ継承戦争、オーストリア=ハンガリー戦争、ジョルニコの戦い、ギネガテの戦い、フェラーラ戦争、Lochmaben Fairの戦い、マッド戦争、クレヴォラドッソラの戦い、ロヴェレートの戦い、ソーキバーンの戦い、モスクワ・リトアニア戦争、クルバヴァの戦い、クロアチア・オスマン百年戦争、イタリア戦争(1494〜1498年)、ロシア・スウェーデン戦争(1495–1497)、ロテブロの戦い、スワビアン戦争、イタリア戦争(1499年-1504年)、マリニャーノの戦い、サン・バシサクの戦い、ゲルデルン戦争、ランツフート継承戦争、カンブレー同盟戦争、ポーランド・モルダヴィア戦争、ザクセンとエッツアルト1世の戦争、ポーランド・ドイツ騎士団戦争、スウェーデン解放戦争、オスマン帝国・ハプスブルク家戦争、騎士戦争、イタリア戦争(1522–1559)、ドイツ農民戦争、第一次カッペル戦争、第二次カッペル戦争、伯爵戦争、塩戦争、シュマルカルデン戦争、Sauðafellの戦い、第二次辺境伯戦争、ロシア・スウェーデン戦争、リヴォニア戦争、ユグノー戦争、北方七年戦争、マルタ大包囲戦、八十年戦争、グルジア・オスマン戦争、ポルトガル継承戦争、ケルン戦争、英西戦争、オランダ・ポルトガル戦争、ポーランド継承戦争、ロシア・スウェーデン戦争(1590–1595)、長期戦争 (オスマン帝国)、モルダヴィア・マグナート戦争(1593–1617)、アイルランド九年戦争、モルダヴィア・マグナート戦争(1595–1621)、カジェル戦争、シギスムンドに対する戦争、ラ・オーグの海戦、スウェーデン・ポーランド戦争、ロシア・ポーランド戦争(1605–1618)、イングリア戦争、カルマル戦争、ウスコク戦争、三十年戦争、ポーランド・オスマン戦争、英仏戦争、マントヴァ継承戦争、スモレンスク戦争、ポルトガル王政復古戦争、三百三十五年戦争、英蘭戦争、年スイス農民戦争、第一次ブレーメン戦争、ロシア・ポーランド戦争(1654–1667)、北方戦争、フィルメルゲン戦争、墺土戦争、第二次ブレーメン戦争、ポーランド・コサック・タタール戦争、ネーデルラント継承戦争、仏蘭戦争、第二次ジェノヴァ・サヴォイア戦争、スコーネ戦争、露土戦争、再統合戦争、大トルコ戦争、大同盟戦争、

18世紀:

大北方戦争、スペイン継承戦争、ラーコーツィの独立戦争、トッゲンブルク戦争、オスマン・ヴェネツィア戦争、墺土戦争(1716–1718)、四国同盟戦争、ロシア・ペルシャ戦争、英西戦争(1727–1729)、ポーランド継承戦争(1733–1738)、ロシア・トルコ戦争、オーストリア・トルコ戦争、オーストリア継承戦争、シュレージエン戦争、ロシア・スウェーデン戦争(1741–1743)、七年戦争、ロシア・チェルケス戦争、バール連盟の戦争、露土戦争(1768–1774 )、アメリカ独立戦争、バイエルン継承戦争、ケトル戦争、墺土戦争(1787–1791 )、露土戦争(1787–1792)、第一次ロシア・スウェーデン戦争、ポーランド・ロシア戦争、フランス革命戦争

19世紀

マレンゴの戦い、アウステルリッツの戦い、アハルツィヘの戦い、ソルフェリーノの戦い、リッサ海戦、スーリオーテ戦争、ナポレオン戦争、第一次セルビア蜂起、ロシア・ペルシャ戦争、露土戦争 (1806年-1812年)、第二次ロシア・スウェーデン戦争、ポーランド・オーストリア戦争、コーカサス戦争、ギリシャ独立戦争、フランスのスペイン侵攻、ロシア・ペルシャ戦争 (1826年-1828年)、Malcontentsの戦争、露土戦争 (1828年-1829年)、十日戦争 (ベルギー独立革命に続く)、十分の一税戦争、ヴァンデとChouannerieでの戦争 (1832年)、第一次カルリスタ戦争、第二次カルリスタ戦争、分離同盟戦争、ハンガリー革命と独立戦争、第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争、第一次イタリア独立戦争、クリミア戦争、マフトラ戦争、第二次イタリア独立戦争、モンテネグロ・オスマン戦争、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争、普墺戦争(1866)、第三次イタリア独立戦争、普仏戦争、第三次カルリスタ戦争、セルビア・オスマン戦争、モンテネグロ・オスマン戦争、露土戦争、セルビア・ブルガリア戦争、希土戦争

20世紀

伊土戦争、第一次バルカン戦争、第二次バルカン戦争、第一次世界大戦、露土戦争、ウクライナ独立戦争、ウクライナ・ソビエト戦争、ウクライナ・ポーランド戦争、エストニア独立戦争、グルジア・アルメニア戦争、アルメニア・アゼルバイジャン戦争、ラトビア独立戦争リトアニア独立戦争、リトアニア・ソビエト戦争、リトアニア独立戦争、ポーランド・リトアニア戦争、ポーランド・ソビエト戦争、ジョージア・ロシア戦争 (赤軍のジョージア侵攻)、ハンガリー・ルーマニア戦争、ジョージア・トルコ戦争、ポーランド・チェコスロバキア戦争、希土戦争、トルコ・アルメニア戦争、イタリア・ユーゴスラビア戦争、チェコスロバキア・ハンガリー戦争、アイルランド独立戦争、ヴロラ戦争、第二次世界大戦、冬戦争 (ソ連のフィンランド侵攻)、ギリシャ・イタリア戦争、継続戦争、バルト三国のゲリラ戦争、第一次タラ戦争、第二次タラ戦争、トルコのキプロス侵攻、第三次タラ戦争、ナゴルノ・カラバフ戦争、トランスニストリア戦争、ロシア・アブハジアの同盟に対する第一次ジョージア戦争、第二次ジョージア戦争、ダゲスタン戦争

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投稿者: netdeduessel

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プライベート・ライアン 2」に2件のコメントがあります

  1. 日本の一部、沖縄はアメリカの植民地だったのでは?
    日本に返還されたのは、1970年代かな。北海道の一部であった、
    北方領土は(4島)は、未だロシアの領土のまま。返還運動も下火。
    無ビザ渡航も事実上不可。

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