エドワード・シルベスター・モースさんをご存知ですか?

アメリカの動物学者(1838~1925)で、1877年にお雇い外国人として来日し、東大の教授などを務めました。

1877年というと明治10年。江戸時代が終わってまだそれほど経っていない頃。

乗っていた汽車の窓からの眺めで、大森貝塚・縄文土器を発見・発掘して、日本の考古学研究の基礎を作った人だそうです。

ダーウィンの進化論を初めて日本に紹介した人でもあるそうです。

かなり変わった人で、子どもの頃は手に負えない生徒ということで、全ての学校を退学させられたそうです。

よって、正式な教育は受けていないのに実力が認められて、アメリカで教授になっています。

モースさんも、当時の日本にポジティブに驚いた外人のひとりで、次の言葉を残しています。

「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい。私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。

鍵をかけぬ部屋の机の上に私は小銭を置いたままにする」

「日本人の子どもや召使は... 触ってはならぬ物には決して手を触れぬ。こそ泥は皆無ではないものの ”盗まない”」

「正直、節倹、丁重、清潔、その他わが国において『キリスト教徒的』とも呼ばれるべき道徳の全てに関しては、一冊の本を書くこともできるくらいである」

「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気が付き始める。

すなわち彼ら(外国人) は、日本人に全てを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいことである。

衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然および全ての自然物に対する愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり...

これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である」

「大学を出てきた時、私は人力車が4人いる所に歩み寄った。

私は、米国の辻馬車屋がするように、彼らもまた揃って私の方に駆けつけるのかなと想っていたが、事実はそれに反し、1人がしゃがんで長さの違う麦わらを4本拾い、そしてくじを引くのであった。運のいい1人が私を乗せ、他の3人はいやな感情を示さなかった」

隅田川の花火大会でごったがえす屋形船の船頭たちが、長い竿で船を避け合ったり、助け合ったりし、怒声や罵声もなくただただ「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉が飛び交うだけで、和気あいあいとして優雅で温厚に振舞う船頭たちの姿を描き、「わがアメリカならはいへんだ」と、その落差に慨嘆している。

「維新から、まだわずかな年数しかたっていないのに、(中略) つい先頃まで輸入していた品物を、製造しつつある進歩に驚いた」

そのモースさんの当時の行動について詳しく描かれたNHKの動画を見つけました。

https://youtu.be/F1XatFB7bLo

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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