ウイグル、チベット、モンゴル、香港、台湾、そして尖閣諸島状況を軽視出来ないことを示す長崎事件

中国が台湾や尖閣諸島を狙って軍事行動で威嚇しているというニュースが頻繁に入ります。

最初は私も、今のこの狭くなった(= 情報が早くなった)地球上で、本気でそんなことを企んでいるのだろうかと少し懐疑的でした。

ですが、特に1886年、明治19年に起きた長崎事件というのを知ってからは本気で心配するようになりました。

ウィキペディアでも出てくるので、詳しくはそちらの情報に譲りますが、中国のとんでもない行動と、日本の弱腰外交が浮き彫りにされた事件です。

中国の戦艦が長崎に修理のために寄港した時に起きた事件です。

500人ほどの水兵が許可なく上陸して長崎市内で泥酔して悪さを働いたそうです。

丸山遊郭で暴れていたその一部を、警棒しか持っていないものの、武道に長けた警官2人が2名を逮捕して、残りは逃げたそうです。

逮捕された2名は派出所に連行されました。

問題はここからで、その後に日本刀を持った水兵が10人、派出所を襲って来たそうです。

警棒対日本刀なので、巡査は負傷しながらも応戦したそうです。

そして応援の警察官も到着して水兵たちを取り押さえて現行犯逮捕したそうです。

そして長崎県警に送られました。

犯人らは取調べを受けて清国の領事館に引き渡されたそうです。

当時の日下義雄長崎県知事と、清国の蔡領事との会談で、次の2つの約束が交わされたそうです。

1 清国の水兵の集団上陸を禁止する。

2 清国の水兵の上陸を許す時は監督士官を付き添わせる。

ところが翌日、再び約300人の水兵が上陸し、その内の数十人が交番の前で大声、奇声を発して放尿したそうです。

注意した巡査は警棒を奪われそうになって乱闘になり、この時来ていた水兵は腕に覚えがある者たちによる復讐だったようで、3人いた巡査の内の1人が死亡、1人が重体で翌日死亡しました。

騒ぎを見つけた一般市民や、通りかかった別の水兵たちも乱闘に加わり、応援の警官隊が駆けつけた結果…

中国の水兵側は士官1人死亡、3人負傷、水兵が3人死亡、50人負傷…

日本側は巡査が2人死亡、警部3人負傷、巡査が16人負傷、一般市民十数人負傷となりました。

清国側では、天津にいた李鴻章(直隷総監、北洋大臣)が天津駐中領事館の波多承五郎領事を呼び出し、「日本の巡査が無防備の清国水兵を刀で殺傷した」と言って恫喝したそうです。

結局、欧米の法律家にも参加してもらって、日清両国で事故の調査委員会を発足させたそうです。

交渉は何度も続けられたそうです。

結局その決着は政治に委ねられることになりました。

日本側は事態を丸く収めようとする井上馨外務大臣、中国側は客観性のない主張を繰り返す徐承祖全権大使。

結果、日本側が一方的に悪いという妥協案がまとめられました…

その8年後の1894年、明治27年に日清戦争が起こっています。

実はこの長崎事件よりももっとひどい通州事件というのがあります。

通州事件は、続くブログで出てきます。

もし今現在、似たようなことが起きたら、日本は大丈夫なのでしょうか?

アメリカに守ってもらうのでしょうか?

アメリカは守ってくれるのでしょうか?

アメリカ人に戦かってもらい、日本人は見ているのでしょうか?

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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