ピンチを楽しむ

ピンチはチャンスと言います。

そして、

『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』(子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。論語)

と言います。

くだけて言うと、知っているだけの人より、それを好きでやる人の方が上、「好きはものの上手なれ」です。

ですが、好きでやっている人より、それを楽しんでやっている人はもっと凄いということを言っています。

さすが「中国4千年の歴史」…

というのは嘘です。

中国の場合、と言うか、日本以外のすべての国の場合、ひとつの国が続いているわけではありません。

その時代によって支配していた民族が違うので、中国4千年の歴史は間違った表現です。

ちなみにその4千年、最近はいつの間にか5千年になっていないでしょうか?😅

そして昔は3千年と言っていなかったでしょうか?😅

さすが、南京20万人の虐殺と言い張る国だけあります。

でも今から2千年以上前の孔子の頃とそれ以降のしばらくは、中国に素晴らしい思想家が多くいたのは本当です。

2千年も前の中国の思想が、日本の武士たちのバックボーンになっています。

町民も見習った武士たちのバックボーンということはつまり、私たちの中にも流れている、先祖代々脈々と伝わる善い教育、躾(*)は元々は中国発ということになります。

* 年上(親)を敬う、お天道様はいつでも見ている(悪いことをしない、善いことをする)、して欲しいと思うことをしなさい、身の回りをきれいにする、きれいに残さずに食べる、脱いだ靴を揃えて置く、…等、数え上げればキリがない、多くの日本人が受ける躾です。

江戸時代の藩校や寺子屋などの、当時の日本の学校の数は、世界でダントツだったそうです。

だからこそ、当時における異常に高い日本の識字率があります。

当時の日本の識字率の高さは、同じ時代のロンドンよりも高かったそうです。

ロンドンといえば、当時からイギリスで最も進んだ町、イギリス国内で最も多くの学校があったはずです。

西洋では当時、一般庶民は教育を受けていなかったそうです。

教育を受けていたのは、ごく一部の、いわゆる上流階級、エリートたちのみ。

日本では、武士の子は勿論のこと、町民の子までも朱子学、儒教の四書五経(*)を一生懸命勉強しました。

* 中国における,重要古典の名数的呼称。 書とは《大学》《中庸》《論語》《孟子》。 この称は宋の程頤(伊川)が《大学》《中庸》の2編を《礼記》中から独立させ,《論語》《孟子》に配したのに始まり,朱子学の聖典とされる。 五経とは《易経》《書経》《詩経》《礼記》《春秋》のつで,儒教における最も重要な経典。出典: kotobank.ja

西洋の一般庶民がまだ字が読めなかった頃、日本では普通に新聞の原型のようなものを普通に読んでいたのです。

脱線はここまでにして、ピンチをチャンスととらえるのなら、いっそのことそれを好む、あるいは楽しみにすればどうでしょうか?

うちの家訓のひとつにも、ピンチやトラブルには進んで立ち向かう、みたいな一文があります。

立ち向かうだけではなくて、好み、そして楽しむまでもっていければ素晴らしいと思います。

ちょっと変人ぽいですが…😅

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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