東南アジアと日本。戦争の傷跡フィリピン

もうすぐ公開される映画「ONODA」を紹介したブログ、フランス映画「ONODA」に、フィリピンに住んでお仕事をされているFreerthanbird/鳥よりも自由さんからとても考えさせられるコメントをいただきました。

この映画の主人公は小野田寛郎さんで、第二次世界大戦が終わった後も、フィリピンで約30年間も戦争が終わったことを信じずにジャングルに隠れて戦い続けた元日本軍人です。

いわゆる残留兵と呼ばれ、当時の日本軍は中国、朝鮮半島、東南アジアの各地に散らばっていて、戦争が終わっても現地に残った兵隊さんたちです。

1万人ほどはいたと言われる残留兵の中には、インドネシアやベトナム、インドなどで、日本が負けてもその国の独立のために残って一緒に戦った人たちがいます。

当時の日本軍が、中国、朝鮮半島、そして東南アジアの各国で行政を教え、教育、農業を促進させ、軍備を整える指導をしたのは事実です。

それまで先進西洋諸国が各国で行っていた植民地支配とは全く違うものです。

そう聞くと、当時の日本の大義名分であった「東南アジアの解放」という言葉が真実味を帯びてきます。

実際に日本は、第一次世界大戦で戦勝国の一国となり、パリ講和会議にて史上初の「人種差別撤廃」を訴えたので、その大義名分は伊達や酔狂ではなかったと思います。

そういうこともあってか、東南アジアには親日の国が多いのは事実です。

そのFreerthanbird/鳥よりも自由さんのコメントが琴線に触れたので、少し長いですが、①〜⑥で紹介させて下さい。

①「フィリピンで日本が行ったことは何をどう考えても滅茶苦茶で正当化できることでは無いと思っています」

その通りだと思います。

「東南アジアの解放」という大義名分があったかもしれません。

実際にフィリピンは、1565年から300年以上もスペインの植民地でした。

さらにはその後、1898年にスペインとの戦争に勝ったアメリカが、50年近く植民地にしました。

そして第二次世界大戦が終わったすぐ後の1946年に独立しました。

但しその独立は、既にアメリカと以前から約束されていたようなので、フィリピンの場合は「東南アジアの開放」は当てはまらないかも知れません。

日本にとって、「東南アジアの解放」は大義名分で、東南アジアの石油が欲しかったのは事実だと思います。

実際に、アメリカから石油の供給の面で絞られて開戦に繋がりました。

それでも多くの死傷者が出たフィリピンの人たちにしてみれば、とんでもない迷惑です。

② 日本とアメリカの戦争をどうしてフィリピンを戦場にしなくちゃいけなかったのかに尽きるのですが。激戦の地と言っても私にはどうしてここが激戦の地にならざるを得なかったのか、私には分からないです。

フィリピンではそれほど石油が出ないようなので、そこをアメリカが植民地としていたということで激戦地になってしまったのであろうと想像出来ます。

Freerthanbirdさんが「…分からない…」という意味は、理屈上のことではなくて、心情的な面でのことだとお察し致します。

③ フィリピン人が現在日本人に普通に接してくれていることには感謝と敬意しか無いです。

私も以前アメリカで、数人の若いフィリピン人のITの専門家と毎日接していましたが、屈託がなくて純真、とても良い人たちでした。

そのフィリピン人がどうして反日にならなかったのかは分かりません。

日本人が元々控え目でおとなしい国民性だからなのか

過去の多くの東南アジアのトップがそうであったように、戦後の日本の復興の速さ、著しい経済成長に一目を置くからなのか、

戦時中、特に悲惨な状況になってしまったフィリピンでも、日本人の国民性の良さが生きていたのか…

残っている事実は、「東南アジアの解放」が当てはまらず、アメリカの植民地であったがゆえに激戦地となってしまった(?)にも拘らずに「日本人に普通に接してくれている…」ことです。

繰り返しになりますが、トルコや特にポーランドなどの東欧以外にも、東南アジアは親日です。

どうして親日なのか?

それを考えると、日本人(軍)は悪者だったと言い張る反日左翼の主張は疑問に思えてきます。

そういう背景、理屈があるにも拘らずに、そう主張し続ける裏には、例えば反日国家から資金が出ているのではないかと疑いたくなってしまいます。

東南アジアの老人には、今でも日本の歌を日本語で歌える人たちがいます。

そしてよく聞くのが、「厳しくも優しくもあったというコメントです」

もし当時、反日左翼が言うように、日本人が本当にひどいことをしていたら、そんなことになるでしょうか?

④ 勿論、戦後、日本はフィリピンに多大な貢献をしていますが。

特にODA(日本政府の他国への開発援助)のことだと思いますが、確かに日本は多額の援助を続けてきました。

それは東南アジアに限らず、アフリカなどにも行い、例えば西アフリカの国、モーリタニアでは、現地の人たちが日本人を救ってくれた美談があります。

日本のODAは、戦後に著しい経済発展が出来た国として、そうならずに貧しいままであった国を支援するというとても意義のある行為だと思います。

但し、これほど豊かになった中国に対しても、ほんのつい最近まで行われていたことで顰蹙を買っている面もあります。

⑤ 小野田さんがどのように描かれているか、は興味あります。

私も、Arthur Harariという40歳のフランス人映画監督が、この映画をどう表現するのかに大変興味を持っています。

最も興味深いのは、小野田さんは戦争が続いていると信じていたので、現地のフィリピン人を何人も殺傷してしまっていることをどう描いているかです。

⑥ 一度船上でルパング島が見えた時思わず深々とお辞儀いたしました。

そのお気持ち、お察し申し上げます。私もそうしたく思います。

ちなみにこのブログは、Freerthanbird/鳥よりも自由さんに次のようにコメントでお答えしてから書いたものです。

「とても考えさせられるコメントをありがとうございます。カウンターコメント(お返事という意味です)は長くなりそうなので、近日中にブログの方で紹介させていただければと思います」

それに対して、次のカウンターコメントをいただきました。

「難しい問題ですよね。戦勝国により歴史が書かれていることについては賛成ですし、アメリカ等を是としている訳でも無いのです。戦争のない世の中を願うのみです」

戦争のない世の中を願う…

これは全人類共通の願いだと思います。

左翼も右翼も、リベラルや保守、親日、反日も関係なく誰でも願っていると思います。

但しとても残念なのが、76年前に始まった、GHQのWGIプログラムによる「日本は悪い」という洗脳工作です。

そして特に反日左翼がそれに乗っかって主張している捏造の数々です。

人間は、誇りを失うとダメになります。

「ある国を滅ぼすには、その国民から誇りを奪えばよい」と言われるほど誇りは大事なものです。

反日左翼の主張に騙されず、日本人であることに誇りを持って欲しく思います。

誇りを持てば自信が出ます。

自信が出れば、元気もでます。

日本に住み、「日本人とは?」の答えが出ず、自信をなくしている人たちに少しでも元気になって欲しく思います。

とても多い自殺者がひとりでも減ってくれればと願います。

でも、誇りを持つことと驕り傲慢になることは違います。

誇りを持って改めて襟を正し、日本ファン外国人がますます増える理由の1人になって欲しいと思います。

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

東南アジアと日本。戦争の傷跡フィリピン」に2件のコメントがあります

  1. ご丁寧にブログの形でご返信いただき、ありがとうございます。フィリピンには9年半住んでいますが、フィリピンの歴史、日本人との関わりなど、全然分かっていない部分が多いです。日比の関係は現在黄金時代と言われていて、非常に良好です。フィリピンに住む日本人の一人として日比の関係をさらに良くできると良いな、と思っています。

    1. こちらこそ、誠にありがとうございました。お陰様でさらに私も勉強になりました。

      反日左翼の主張に騙されず、(極?)右翼の驕った主張に耳を貸さず、本当のところが知りたいと思っています。

      ドゥテルテさんも親日(親安倍さん?)なようなので、本当に幸運だと思います。

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