フランス映画「ONODA」

小野田寛郎さんをご存知でしょうか?

第二次世界大戦が終わった後に、終戦を知らずにフィリピンのジャングルに隠れて戦い続けた元日本軍少尉です。

終戦後もずっとジャングルに潜んで29年間戦い続けて、1974年になってやっと日本に戻れた人です。

悲しいとしか言いようがありません…

似たケースに、横田庄一さんもいました。

その小野田さんの映画、「ONODA」がフランスで作られたようです。

第二次世界大戦は日本が開戦して ⬅︎ 実際にはアメリカにそう仕組まれて、日本は追い込まれてやむなく開戦。

日本軍は、東南アジア諸国を植民地にしてひどいことをした。 ⬅︎ 実際には、東南アジア諸国を植民地にしてひどいことをしていた西洋諸国を追い出した。

さらにはそれがその後、それらの東南アジア諸国が独立できた元となった。

終戦後も現地に残って独立運動を助けた日本軍人が多数いた。

だからこそ、東南アジア諸国には親日が多いという事実がある。

いわゆる東京裁判では、悪者である日本軍人がA級戦犯やB級戦犯として裁かれて処分された。⬅︎ 実際には、その裁判の求刑側と判事側は全て戦勝国で占められていたので、それは裁判とは呼べず、リンチ以外の何者でもなかった。

実際に戦勝国側、つまり訴えた側、判事側のひとりにも良識のあるインドのパール判事がいて、被告人全員の無罪を主張した。

もし仮に日本が戦勝国となっていたら、A級戦犯、B級戦犯として裁かれ処分されたであろうのは、国際法を無視して一般市民が犠牲となる日本中の都市に爆撃を行い、原爆まで落としたアメリカ側の大統領や軍のトップたちです。

それが元となり、さらには特に反日の中韓2ヶ国、反日左翼が原因で、靖国神社には悪の軍人が祀られているという、とんでもない自虐史観が多くの日本人に広まったままとなってしまっている。

というような悲しい今の日本の現状があるので、この映画はどちら側の立場に立った映画なのかがとても興味深いです。

フランスは当時の敵対国であったので、まずは反日史観が予想できますが、ヨーロッパで最も日本ファンが多い国のひとつもフランスなので、せめて中立的な立場からの映画であることを望んでいます。

投稿者: netdeduessel

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フランス映画「ONODA」」に11件のコメントがあります

  1. フィリピンで日本が行ったことは何をどう考えても滅茶苦茶で正当化できることでは無いと思っています。日本とアメリカの戦争をどうしてフィリピンを戦場にしなくちゃいけなかったのかに尽きるのですが。激戦の地と言っても私にはどうしてここが激戦の地にならざるを得なかったのか、私には分からないです。フィリピン人が現在日本人に普通に接してくれていることには感謝と敬意しか無いです。勿論、戦後、日本はフィリピンに多大な貢献をしていますが。小野田さんがどのように描かれているか、は興味あります。一度船上でルパング島が見えた時思わず深々とお辞儀いたしました。

    1. とても考えさせられるコメントをありがとうございます。カウンターコメントは長くなりそうなので、近日中にブログの方で紹介させていただければと思います。

      1. 難しい問題ですよね。戦勝国により歴史が書かれていることについては賛成ですし、アメリカ等を是としている訳でも無いのです。戦争のない世の中を願うのみです。

      2. ありがとうございます!
        「戦争のない…」とにかくそれが一番だと思います。

        実は私も一時期、アメリカの会社でフィリピンのIT専門の数人からPCについて習ったことがあります。

        屈託がなくて純粋でとてもいい人たちでした。

  2. この映画絶対見に行きたいリストに入っています。小野田さんが一人ジャングルで戦う姿、フランス人監督がどう描くのかすごく興味があります。

      1. 日本で全く取り上げられてない。
        何故?

  3. 貴殿のおっしゃることは最も真実なのだろうと、毎回この類の記事を見て思います。

    私は小学生の頃、祖父の話が楽しみで、一人バスに乗り家族より早く父の故郷へ帰省していました。
    お盆や正月休みに帰省すると 祖父は孫を集めて正座を強制して説教を始めます。本家の皆様は「また始まった。いい加減にしなさいよ。」とウワノソラです。
    祖父は「情報に惑わされてはいけない。大東亜の真実の思いを見直さなければならん。このままでは、まもなく若い世代が混乱する。天皇の恩恵をひしひしと感じて精進しなければ・・・!」
    と言った内容を毎回、違う事件を取り合わせながら話して聞かせてくれました。
    もう今となっては詳細までは思い出せなくて、折角の祖父の力説も はかないものです。
    祖父は4 0年前に亡くなりましたが、とても寡黙で誠実な人柄でした。今でも私の胸の奥に祖父が凛と座っています。

    今夜は、その事を懐かしく思い出しました。

    1. とても興味深いコメントをありがとうございます。

      お爺さま、ひいお爺さまたちの存在があって、はじめて私たちの存在があります。

      そのお爺さま、ひいお爺さまたちが濡れ衣を着せられたままではあまりにも可哀想だと思って書いています。

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