自分の得は、しばし他の人の損の上に成り立ちます

楽観主義(能天気)と悲観主義(慎重派)書きましたが、頼んでもいないお酒が宅配便で届き、ついつい私はぬか喜びしました。

その続きのオチで、実はそれを自分で頼んでいたことを忘れていたという、私の脳天気ぶりを白状しました。

ファンからお酒が届いた(⬅︎ ファンなどいません😅)とうそぶいて、早速その晩にでも飲もうとしていた私に対して、

慎重派のカミさんは、「詐欺じゃないの?」とか、

「毒でも入っていたらどうするの?」

という、私からすれば超悲観的な意見を言いました。

その二言は私にとっては無視をするに値しました。

ですが、三言目が心に刺さりました。

「もし何かのミスで届いたのなら、送り返さないと相手が困るでしょ!」

確かに…😰

スペインのバルセロナから、何かの間違いでうちにお酒が届くということはまずあり得ません。

(結論として、自分で頼んだことを忘れていただけでしたが…😅)

でもひょっとして、何かの間違いで届いたとしたら…

それを私が無邪気に、いえ、能天気に飲んでしまったら、私は得をしても、相手は損をします。😰

私も、「人に迷惑をかけないように」と育てられる日本人の端くれです。

そこで送り主に電話を入れてハッピーエンドになったわけですが…

実は似たようなことが以前もありました。

日本が民主党政権になった時のことでした。

子どものいる家庭に、いわゆるばらまき補助金が出されました。

日本の妹から、「お兄ちゃんは日本でも住民登録しているからもらえるよ!」

と連絡が来ました。

その時も、能天気な私は「やった〜、臨時収入!」とぬか喜びしました。

そこでカミさんの一言。

「日本に住んでもいないのに、そんな物もらっていいの?」

そう言われてハッとしました。

そこでもらえば自分は得。

でもそれは国家の損。

国民のみんなが納めた税金の無駄使い。

そんな僅かな1人分は、国家に集まる税金の金額にしてみれば微々たるもの。

と思いがちですが、世の中を悪くしているのは、「このくらいイイだろう」とか、「俺一人くらいなら…」の集まりです。

ごく小さなことで、善悪の判別を付けにくい時は、それを千倍、万倍してみると、それが善か悪か分かります。

自分の得って、結構ほかの人の損や苦労の上に成り立っていることが多いのです。

私はこの世を悪くしている大勢の内のひとり…😰

うちのカミさんは神さん?😅

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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