江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 – 教育 –

ベルク、プロイセン画家、オイレンブルグ交易調査使節団(1825~1884)

「書籍が安価なことと、日本人はどんな身分のものでも読書欲のあることは既に序章で述べておいた。

番所にいる兵士でさえ本を読んでいるし、子どもや妻君や娘たちも熱心に読書にふけっているのが見られる。

自然、学問、芸術、技術についての研究書ないし手引書が無数にあることは、この民族の活発な知識欲を証明するものである」

「読み書き、国史、道徳哲学などについての青少年教育は、非常に熱心に行なわれている。 

暇な時の読書は、あらゆる階級の日本人が第一にすることである」

出典:「オイレンブルク日本遠征記」上巻、中井晶夫訳、雄松堂書店。「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」
黄文雄、徳間書店。

ラインホルト・ヴェルナー、プロセイン海軍エルベ号艦長

「子供の就学年齢はおそく7歳あるいは8歳だが、彼らはそれだけますます迅速に学習する。

民衆の学校教育は、中国よりも普及している。

中国では民衆の中でほとんどの場合、男子だけが就学しているのと違い、日本ではたしかに学校といっても中国同様私立校しかないものの、女子も学んでいる

日本では、召使い女がたがいに親しい友達に手紙を書くために、余暇を利用し、ボロをまとった肉体労働者でも、読み書きができることでわれわれを驚かす。

民衆教育についてわれわれが観察したところによれば、読み書きが全然できない文盲は、全体の1%にすぎない。

世界の他のどこの国が、自国についてこのようなことを主張できようか?」

出典:『エルベ号艦長幕末記』(ラインホルト・ヴェルナー著、新人物往来社)
日本の世界一

アレッサンドロ・ヴァリニャーノ、イタリア人カトリック教会司祭(1539~1606)

「国民は有能で、秀でた理解力を有し、子どもたちは我々の学問や規律を全てよく学びとり、ヨーロッパの子どもたちよりもはるかに容易に、かつ短時間に我々の言葉で読み書きすることを覚える。

下層の人々の間にも、我々ヨーロッパ人の間に見受けられる粗暴や無能力ということがなく、一般にみな優れた理解力を有し、上品に育てられ、仕事に熟達している」

「日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不向きである。

(中略) 国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服可能な国土ではない」

出典:「日本管区及びその統括に属する諸事の要録」・「日本巡察記」
「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店、「日本賛辞の至言33選」 ごま書房

ニコライ、函館のロシア領事館付主任司祭、ロシア正教会の宣教師

「国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたっている。

この国では孔子が学問知識のアルファかオメガであるということになっている。

だが、その孔子は、学問のある日本人は一字一句まで暗記しているものなのであり、最も身分の低い庶民でさえ、かなりよく知っているのである。

(中略)どんな辺鄙な寒村へ行っても、頼朝、義経、楠正成等々の歴史上の人物を知らなかったり、江戸や都その他のおもだった土地が自分の村の北の方角にあるのか西の方角にあるのか知らないような、それほどの無知な者に出会うことはない。

(中略)読み書きができて本を読む人間の数においては、日本はヨーロッパ西部諸国のどの国にもひけをとらない。日本人は文字を習うに真に熱心である」

出典:『ニコライの見た幕末日本』 ニコライ著、講談社学術文庫

マハティール・ビン・モハマドマレーシア首相…

「私は日本と日本人のダイナミズムを体験したのです。

人々が、国の再建し、経済を発展させるために献身的に尽くす光景は、今もまぶたに焼き付いています。

その後も訪れるたびに発展していく日本の姿を見てきたからこそ、首相になった時、私は日本と日本の人々から学ぼうと思ったのです」

最初の日本訪問で、戦後の日本の著しい復興を見て、日本人のその勤勉さや秩序に強烈な印象を持ちました。

そして日本を見習って、経済開発を進めるべく、「ルック・イースト政策」を打ち出して成功に導きました。

日本の訪問回数は50回を越し、日本の成功要因を、「愛国心、規律正しさ、勤勉さ、能力管理のシステム」と発見します。

そしてそれには教育が必要不可欠であると、国家予算の25%を割いて教育を国家の柱と位置づけました。

中でもしつけは最も大事な教育だと断言しています。

礼儀があるからこそ、親を敬い、人々とも秩序的な社会が気づけると結論付けています。

それを学んで自国で真似をしたのです。

「それまではヨーロッパは無敵であり、反抗不可能なものと認識されていた。

彼らは途方もなく強く、優秀で、賢かった。

我々は、空に太陽と月が存在する限りは、イギリス人はマレーシア人を支配し続けるだろうと考えていた。

しかし、そのイギリスが粗悪品の代表と思われていた日本に負けたのである。

(中略) イギリスやヨーロッパ人が負けることがあるのだ、それも同じアジアの国が西欧の強国を負かすことができるのだという事実が衝撃として我々の間に走ったのだった」

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。