江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -2-

どうしてパウル・ルイス・チャールス・クラウデル、フランス劇作家・詩人、駐日フランス大使(1868~1955)は当時の日本滞在中に、

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ。」

と言ったのでしょうか?

そう言われて喜んでばかりもいられません。

そう言われるということは、日本が滅んでしまう可能性があったからだと思えます。

滅ぶ可能性がない国に、そんなことは言いません。

260年にも及ぶ、西洋からの植民地化を防ぐための鎖国の末に、西洋が一気に日本に開国を求めてきました。

西洋諸国の植民地にされた東南アジアなどの情報を得た豊臣秀吉、それに続く徳川家康〜家光は、「これは危ない」と見て、キリスト教弾圧や鎖国を決行します。

ですが、それが未来永劫に続くことはかなわず、幕末に開国を迫られました。

タイミング的には丁度良かったのかも知れません。

でも、当時の日本は蒸気機関を発明して産業革命を起こして進んでいた西洋にかなうはずもありません。

日本にやって来て、日本の良さを知ったが故に、それが奪われる、無くなるのを心配した外国人は他にもいました。

ヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンです。

彼は、江戸時代後期に伊豆国下田の玉泉寺に設置された駐日アメリカ総領事館の通弁官でした。

「今、私がいとしさを覚え始めている国よ、この進歩は本当に進歩なのか?

この文明は本当にあなたのための文明なのか?

この国の人々の素朴な風習とともに、その飾り付けのなさを私は賛美する。

この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子どもたちの愉しい笑い声を聞き、どこにも悲惨なものを見出すことができなかった私には…

おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならないのである」

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

日本が開国して、西洋の波に押されて潰れてしまう、植民地化されてしまうのではないかと心配してくれた外国人がいたのです。

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

タグ: ,
カテゴリー: ドイツの暮らし, 文化, 日本、日本人について

コメントを残す

  ブログランキングの応援クリック、         宜しくお願いいたします!      ↓↓↓           ↓↓↓

にほんブログ村 海外生活ブログ デュッセルドルフ情報へ
にほんブログ村 海外生活ブログ ドイツ情報へ
home左
テキスト
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。