「苦労は買ってでもしろ」と、天災が多い日本の地理的位置の関係

歳を取ると、「苦労は買ってでもしろ」の意味、正しさが分かる様になります。

別な言い方で言うと、温室育ちと雑草です。

苦労せずに、温室のような環境で「のほほ〜ん」と育つと、見てくれは美しくても弱くなります。

逆に、自然に野ざらしにされる雑草は強くなります。

「可愛い子には旅をさせよ」

「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」

とも言います。

苦労する道と、楽な道があったら、前者を選べという社是の会社もある位です。

あの「ダスキン」です。

今もそうかどうかは分かりません…😅

そこで思い出すのが、日本の地理的な位置。

天災が集まる場所に、丁度日本があります。

太古の昔から天災に見舞われ続けてきました。

311の東日本大地震での日本人の態度は、世界の賞賛を浴びました。

ですが、実はそれは昔から続いていることです。

あの黒船、ペリーが来た頃の安政東海地震しかり、

1856年の安政3年の大風災しかり…

江戸時代後期の当時、伊豆国下田の玉泉寺に設置された、駐日アメリカ総領事館の通弁官であったオランダ人ヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンの文章が残っているそうです。

「日本人の態度には驚いた。泣き声ひとつ聞こえなかった。絶望なんてとんでもない! 彼らの顔には悲しみの影さえもなかった。それどころか、台風なんてまったく関心がないという様子で、嵐のもたらした損害を修復するのに忙しく働いていた」

出典: 岩波文庫「ヒュースケン日本日記」青木枝朗(訳)

そして1866年11月26日の横浜の大火を見たフランス海軍中将でデンマーク人のエドゥアルド・スエンソンは、幕府が横須賀に作った造船所で働く日本人職人を見て…:

「ここへ来てみると(噂は)まったく根拠のないことが判明した。日本人自身、西洋人よりはるかにひどい火災の被害をうけていて、それにもかかわらず、あっぱれな勇気と賞賛すべき犠牲心と沈着さを発揮して、西洋人の貴重品を無事に運びだす手伝いをしたのだった」

「日本人はいつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった」

「日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である。ふたたび水の上に浮かび上がろうと必死の努力をするそのやり方は無分別にことにあたる習癖をまざまざと証明したようなもので、日本人を宿命論者と呼んでさしつかえないだろう」

太古の昔から天災に遭い続けてきた日本人。

天災にめげずに前向きに生きる国民性に、多くの外国人たちが昔から驚いています。

日本人はひょっとして、太古の昔から苦労にさらされて、苦労の意味を知り、それが自分のためになることを知っているのでしょうか…

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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カテゴリー: ドイツと日本の違い, ドイツの暮らし, 日本、日本人について, 住まいと暮らし

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