大統領の執事の涙

という映画をご存知でしょうか?

アメリカで、アイゼンハワーからレーガンまで34年間の間に7人もの大統領に仕えたアフリカ系黒人執事の実話に基づいたお話です。

映画の中で、人種差別のことを大きく取り上げていますが、いかに黒人が白人から酷い扱いをつい最近まで受けてきたかを思い出させてくれます。

(今も?😰)

白人にとっての有色人種は人間ではなかったので、酷い扱いは当たり前なのかもしれませんが…

それは我々日本人にとっても他人事ではありません。

日本人も、黄色人種として様々な酷い扱いを受けてきました。

人種差別撤廃条約は1969年に決まりましたが、実は何とその半世紀も前に、日本が人種差別撤廃案を国際会議で提出していたことをご存知でしょうか?

日本は幸運にも第一次世界大戦で戦勝国となり、国連の常任理事国になりました。

終戦の1918年、パリの講和会議で、日本は人種差別撤廃案を提出しました。

—————————————–

議長ウィルソンを除く出席者16名が投票を行い、フランス代表・イタリア代表各2名、ギリシャ・中華民国・ポルトガル・チェコスロバキア・セルブ・クロアート・スロヴェーヌ王国(後のユーゴスラビア王国)の各1名、計11名の委員が賛成、イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニアの計5名の委員が反対した[25]

しかしウィルソンは「全会一致でないため提案は不成立である」

ーーーーーーーーーーーーーーー

(ウィキペディアから)

つまり、11 : 5 で賛成多数だったにもかかわらず、アメリカ人議長が、そのような大事な案件は全会一致でないとダメだと握りつぶしてしまったのです。

今まで有色人種を奴隷として扱い利益を得たり、差別して扱っていたら、この案はとても認められないです。

実際にその頃のアメリカでは黒人はひどい差別を受けていました。

これも既得権益。

そして、第二次世界大戦中に、アジア(有色人種)の主要国代表を集めて、白人の支配から立ち上がろうと訴えたのが、我が日本という国です。

投稿者: netdeduessel

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。