日本語は人を優しくする?

のではないかと思ったことが何度かあります。

日本語が多少出来るドイツ人が日本語を話すと、とても優しく、可愛く感じられることがあるからです。

ドイツ人2人がドイツ語で話をしていると、ドイツ語ができない日本人にとってはそれがまるで喧嘩をしているのではないかと聞こえる時があります。

話の内容を理解できれば、それが決して喧嘩をしているわけではないことが分かりますが、そう聞こえてしまう時があります。

会話の雰囲気が激しく感じられるだけです。勿論全てのドイツ人同士の会話がそうであるわけではなく、おとなしく話しているように聞こえる時もあります。

ドイツ語を話していると、そのようにとても威勢が良く聞こえるように話す人でも、いざ日本語で話し始めると、とても優しく聞こえてしまうことがあります。

良く言えば優しいというか、可愛いというか、控え目のイメージというか、悪く言えばパッションが弱いと言うか

自己主張、個人主義の西洋の国の言葉と、謙遜、謙譲、謙虚の国の言葉の違いでしょうか。

日本語の表現には不思議な効果があるのでしょうか?

そういうことを今まで他の人から聞いたことがなかったので、そう感じているのは自分だけかと思っていました。

ところが先日、月刊誌「致知」8月号、筑波大学名誉教授で社会言語学者、津田幸男名誉教授の「加速する英語支配から日本語を護れ」という記事に似たようなことが書いてあるのを見つけました。

そして、最後の理由が、少し大仰ですが世界平和のためです。日本語には努めて「私」という主語を控え、相手との調和を重んじる優れた表現方法があります。25年間、外国人に日本語を教えてきた言語学者は「外国人が日本語を学ぶと、不思議にも穏やかになる」と言っています。日本語には人を穏やかにする「平和の力」が秘められているのでしょう

正に私が感じていたことが書かれていました。記事の趣旨は、「英語!、英語!と声を張り上げる前に、日本人にはバックボーンとなる日本語をもっと真剣に!」というようなものです。

似たようなことは、藤原正彦教授や武田邦彦教授も仰っています。

それにしても本当にそこまで日本語に平和のマジックが隠されているのか

うちの子供たちはドイツの現地校に行っているので、小1から英語、その数年後にフランス語などが始まり、家では日本語、それ以外の普段の生活は全てドイツ語というかなりのごちゃ混ぜ状態です。

津田幸男名誉教授、藤原正彦教授、武田邦彦教授などが心配するように、早い時期の日本人の子供の外国語の学習は良くない。まずはバックボーンとなる母語、日本語をしっかりと、ということであればうちの子供たち3人がとても心配です。

ところで人を優しくするという点では、日本語だけではなくて、日本人の振る舞い自体にもそれが当てはまると、いつから気が付きました。

一般的な日本人が小さな時から躾けられる、「人に迷惑をかけないようにする」、謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りです。

ドイツでは、小学校の頃から個人主義、自己主張を叩き込まれます。

日本の小学校の成績は、テストの結果が物を言いますが、ドイツではどんなにテストの成績が良くても、授業中に盛んに手を上げて発言しないと良い成績をもらえません。

ドイツ生まれのドイツ育ちなのにもかかわらず、どういうわけかあまり発言をしないうちの愚息などは、先生に知恵足らず?かと疑われてしまったほどです。

でも謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りは世を平和に導くものではないでしょうか? 

個人主義、自己主張がはびこる世界に少しでも謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りが広まれば、世の中の争いごとは間違いなく減るはずです。

日本人のように、事あるごとに「すみません」、「ごめんなさい」を連発していれば、争いごとが絶えない地域もかなり平和にならないでしょうか?

ドイツ人の中にも勿論、謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りのある人はいます。そして日本人のお婆さんのように腰が低くてすぐに謝るドイツ人のお婆さんもいます。そういうお婆さんは熱心なキリスト教信者だったりします。

よってあくまでも日本人だけがそうなのではありませんが、一般的に比較したレベルです。それは各国の弁護士の数も物語っています。以前、「ドイツでの弁護士とのお付き合い」で書きましたが

日本では、約4.500人に1人の割合で弁護士が存在する計算になりますが、その割合がドイツでは約560人に1人になり、アメリカは約30人に1人です。

日本人は、世界で最も揉め事を弁護士を必要とせずに解決してしまう国民の一つではないでしょうか?

いえ、もっと正確に言えば、日本は世界で最も揉め事が少ない国の一つではないでしょうか?

国民的に「人に迷惑をかけないように」と小さい頃から躾けられればそれは当然のことかもしれません。

外国人日本旅行者の増加や日本ファン外国人なるありがたい外国人が多く存在することの理由の1つに、そういった日本人の国民性があるように思います。

だとしたら、日本人は西洋の個人主義、自己主張に染まってしまうのではなく、逆に日本オリジナルの謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りを守るべきではないでしょうか。

1つだけとても困るのは、そのガラパゴスの生き物かのように稀有な特性は、広い世界に出ると盗難などの格好のカモとしてそのターゲットにされてしまうことです。

外交が弱くなるということも言えます。以前、国交が日本と必ずしもシックリといっていない近隣諸国23カ国に対して、「相手の嫌がることはしない」というようなことを言った首相がいるそうですが、それなども良い例です。

外交でそんな純日本的なことをしていたら、日本の領土はどんどん小さくなってしまいかねません。

もし、謙遜、謙虚、謙譲、気遣い、気配りだけで海外に出ると、好感は持たれても本人はズタズタになってしまいます。

大したことはない時には放っておいても、西洋人の相手が大きく間違っていて譲れない時は凛とした気概を持って立ち向かわなければなりません。

川崎

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カテゴリー: ドイツの暮らし

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