どうしても青山繁治さんの足を引っ張りたい人たち?

先日、「青山繁晴さんという新人参議院議員の正体とは?」 という、去年の秋に参議院議員になったばかりの青山議員に関する2つ目のブログを書きました。

そうすると早速左側、かなり奥の方からの方々から足の引っ張りコメントが入りました(笑)。

どうやら青山さんの足を引っ張るために、動画を切り貼りし、いかに青山さんがダサいかを合成動画に作りあげてアップした人がいるそうです。

しかもそれが国会議員だとか…???

今日の国会や国会議員、政治家の質の低さはもう既に周知の事実ですが、本当にひどいものです。

そして、ついついそういういい加減な動画に引っかかってしまう人たち…

実はもう少しで私も…笑。

青山さん、十中八、九、本物だと思っていますが、残りの一、ニが疑ってしまいました…笑。

青山さん自身もそのことに気がついて、今週の月曜日の虎ノ門ニュースの始まりのところで説明していました。

その作り物動画を暴く動画もいくつか既に上がっているようです。

別な動画で今問題となっている(森友?)幼稚園を以前青山さんが入園を勧めていたと批判するコメントも確かありました。

ソロバンのブログでも書きましたが、その幼稚園では毎朝教育勅語を斉唱させているそうです。

何度読んでも、教育勅語の1 – 11番目までは良いことしか書いてありません。12番目だけは賛否両論あるでしょう…

左側の人にはちょっと気になりそうなその12番目も、左側の人以外には全く気にならないのではないでしょうか?

強いて代替案を出せと言われれば次のようにようになるでしょうか…

家族、村、町、県、国など、自分が所属する各組織に危機が迫ったなら、それら日頃から各人が恩恵を受けている各組織のため力を尽くし、それによりその組織を永遠に支えましょう。

家族のレベルで考えれば、ごくごく当たり前のことです。

自分のためである利己主義は社会を崩壊することを考えたら、教育勅語の1から11番目はどうしても欠かせないものです。

生きていられることに対する恩を忘れたら人間おしまいです。

それを毎朝子供たちに斉唱させることが悪いことなのでしょうか?

今日ではその幼稚園の理事長が悪い人だということが判明したようですが、それとこれは別問題ではないでしょうか?

第一、当時はそんなことも分かっていなかったはずです。

「ブルータス、お前もか?」ではありませんが、「えっ、実は青山さんも??」と、もう少しで疑いの目を向けて、引っかかってしまうところでした…笑。

川崎英一郎

http://www.eiichirokawasaki.de

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カテゴリー: ドイツの暮らし, 日本、日本人について, 時事
どうしても青山繁治さんの足を引っ張りたい人たち?」への28件のコメント
  1. 矢嶋 宰 より:

    Senryusatoさま

    とてもいい質問だと思います。

    慰安婦問題に関してですが、

    1:1次資料としてアーカイブスがあります。これは戦時中におもに軍隊・官憲が出した慰安所制度に関する資料集です。『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』(全5巻、龍溪書舎出版)というものでネット上で当時の原本を複写してまとめたものが、PDF化されており下のリンクからいつでも閲覧できるようになっています。

    http://www.awf.or.jp/6/document.html

    これらは慰安所制度そのものが国家や軍隊の直接間接関与のもとに組織され運営されていたことを示す資料です。すべては大変だと思いますので、一部でもいいので目を通してみてください。これらを閲覧すると川崎さんがおっしゃるような責任のすべてが軍人個人に集約されるという考え方が成り立たないことが実証されます。
    またつい最近も強制連行を裏付ける証拠資料が内閣官房に提出されたことを伝える記事があります。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201704/CK2017041702000219.html

    このように歴史研究を通して数々の関連資料が発見、アーカイブされており被害女性の存在そのものを否定する歴史修正主義者の言い分はすでに通らないというのが現状とみていいと思います。

    2:Senryusatoさんのご覧になったテレビ番組というのは韓国の済州島でのことを伝えるものでしたか?もしそうなら吉田清治という日本人の名前がでてきませんでしたでしょうか?この日本人証言者の証言内容が怪しいのでそれを再検証するという話ではなかったでしょうか?それがわかると説明しやすいのですが。ご記憶でしょうか。

    私自身その番組を観ていないのでなんとも答えようがないのですが、『例えば、慰安婦問題、去年テレビ朝日を観ていましたら、慰安婦が(連れ去られたという)韓国のある田舎では「そんなことは聞いたことがない」と村人たちが口をそろえて言っていました。村の恥だから言えないのか、とも思いますが、一つの実証には違いありません。驚きました。』と書かれていらっしゃる部分に関して。話の内容から察するとこの番組に出演した村の人たちは、みずからの直接体験ではなく聞き伝えという形で証言されたようですね。

    ですからその聞き伝えが事実なのかどうか確認するのは難しそうですが、「聞いたことがない」イコール「そういうことがなかった」と言い切れないのもまた事実です。「そういう話はなかったと聞いている」という完全否定での証言ではないですからね。そのひとがたまたま聞いたことがなかったかもしれませんし、ほかの人は聞いていたかもしれない。私も自分の目と耳で確認したいので、この番組がもしかしてネット上で観られるようでしたらリンクをぜひおしえてください。

    それと大切なことは、仮にこの証言者のかたのいうようにこの村では慰安婦として連行された女性は一人もいなかったとしましょう。しかしそのことが慰安婦が全体として存在していなかったということの実証には全くなりません。その村にはいなかったことを証明しているだけです。歴史修正主義者や自由主義史観者の持論を展開するときの特徴の一つとして、ある一つの例を全体の共通のものだと誤解させるような書き方や言い方で説明しようとする点があります。この番組が何を意図して制作されたものかはわかりませんが、かりに慰安婦の存在そのものを否定する意図であった場合、Senryusatoさんもそのトリックにちょっと引っかかってしまったのかもしれませんね。でも冷静に考えればなにも驚くことはないように思えます。

    さて、同様の観点から持論の実証にかかわる点で、川崎さんの「慰安婦算数ウソつき」話のどこが問題なのかの例を一つ挙げてみましょう。

    慰安婦(私は日本軍「性奴隷」という表現のほうが実態に即していたと考えています)にされた女性たち達の実数がどのくらいだったのかは諸説があり、アジア全体で3~4万人ぐらいという説。あるいは20万人ぐらいという説。朝鮮半島出身者だけで20万人ぐらいという説等がありますが、アジア全体で20万ほどいたのではないかという説を採用するケースが多いようです。いずれにせよこれらの数字は「累計で」出されたものです。

    川崎さんの慰安婦の数に関する「うそつき算数ネタ」ですが、この累計という前提をものの見事に無視されています。この重要な点に気づいてらっしゃらないのかもしれませんね、彼のことだから。はじめから慰安婦の存在そのものを否定するための作り話です、はっきりいって。

    では何時から何時までの累計かというと1931の満州事変年から1945年の敗戦までの累計です。いわゆるアジア太平洋戦争と呼ばれる15年間の間に性奴隷として酷使された女性たちの総数が、ということです。川崎さんの「韓国人20万人説は嘘だ」という作り話の中の計算式は累計ではなく「常時20万人いた」というありえない前提にたっもので、この前提そのものがねつ造であり誤りです。慰安婦否定派に属する秦育彦という人でさえ、累計で自説の数を出しています。

    累計と常時では歴史的な事実をめぐる意味がまったくちがってきます。仮にアジアで被害女性の累計数が20万人としましょう。それを戦争期間である15年で割った場合、一年ごとに平均約1万3千人となりますが、戦争開始時期と敗戦時では数に差が出てくるのは想像できます。なぜなら法政大学大原社会問題研究所の出している日本陸海軍現兵士数の推移という表を見ると1930年には約250万人、敗戦時には約7千万人との累計数が出されています(http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji1/table/036-8.html)。このように累計数は時間の推移とともに数が増えていきますし、Aという時点とBという時点では増え方にも差異が出てくるのは当然のこと。こういう点にも細心の注意をはらいながら歴史家たちは検証していきます。

    この姿勢は歴史家だけでなく、こうして歴史に対し関心を持つ私たちにとっても大事なことではないのでしょうか。川崎さんのように希望的観測だけで話をでっちあげ、そもそもその作り話の根底には事実(たとえば慰安婦問題や南京虐殺、沖縄基地問題等ですね、このブログでも取り上げているテーマ)を完全否定するという目的が明確にあります。

    であるなら、これらの紛れもない事実を否定するなら、きちんと精査された事実でもって反証すべきではないでしょうか。私はそのことをこれまで川崎さんにお伝えというかお願いをしてきたわけです。

    3:歴史観に関してSenryusatoさんお伝えすることがあるならば、歴史観とはまずそれがあって、それに即して「史実」を再構築していこうとするとねつ造やウソが入りやすくなるのではないか、ということです。「皇国史観」や「靖国史観」、「自由主義史観」などまさにその好例。「マルクス主義史観」だって完全なものでは決してあり得ません。当然ねつ造や信条・主義にあわあせた曲解だってありえるという前提で注意を払って対峙すべきです。いわゆる「自虐史観」とよばれる史観(私のような考えの持ち主はこのカテゴリーに入れらるようですね)もそう呼ばれる人たち自らがつけたのではなく、自由主義史観を自称する(早い話ようは皇国史観者・靖国史観者たちなのですが)人たちが敵対するとみなした人たちを自虐というマイナスイメージでもってカテゴライズしただけの話なのですが、日本を批判する言動を「反日的だ」とレッテル張りするのととても似ている精神構造です。川崎さんご本人は自覚されいるかどうかはわかりませんが、皇国史観や自由主義史観系の集団と連動されていると思われます、お書きになっている内容から察するに。たとえば彼のやってるこんなページも・・・

    http://www.netdejapanisch.de/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E8%AA%8D%E8%AD%98/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C/
    http://www.netdejapanisch.de/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E8%AA%8D%E8%AD%98/

    ここまでくると歴史観や実証がどうのこうのという議論はもはや無意味にちかく、単なる偏狭愛国ネトウヨというのが実態です。同サイト内で紹介・引用している動画集もやリンクも改ざんの山となっており、私は再度目も当てられません。あまりの知性の欠落に悲しくもなります。先日ドイツのAfDの党大会で、ヘッケ氏がベルリンのホロコースト・メモリアルをさして「恥辱の記念碑」と呼び歴史教育の転換を主張したと報じられています。

    https://mainichi.jp/articles/20170423/k00/00m/030/114000c

    川崎さんのこのブログないでの書き込や上の彼の別サイトの内容はこのヘッケ氏と同レベルですので、彼とこれまでこのブログ上で「対話」してきたのも正直馬鹿らしいというのが本音ですが、放置はできないとう理由で今後もウォッチングと書き込みは行っていくつもりです。しかし私は彼を説得したり考え方を変えさせようなんて考えはまったくもっていません。それは彼自身による選択の話ですからね。でも記述内容の誤りや事実関係の誤認・曲解等で被害をこうむった人たちの存在を全否定したり、尊厳を侮辱したり、その声を押し潰したりするのが明白な場合は遠慮なく批判し彼の考えを否定していきます。個人ブログにも表現・言論の自由があるのですから、それを批判する自由もまた誰にでもあります。民主主義の基本的なレッスンとしても。

    さてはなしは戻り、慰安婦問題にしても史観の問題としてではなく、まず何が事実だったのかというところに重点を置いて、関連資料の発掘と史料批判と整理、生存者・関係者たちへの何度にもわたる聞き取り調査などを理性と合理性をもって様々な人たちによって行われてきた結果が、戦時中日本により国家的に組織され運営された性奴隷制度で、そこでは数多くの女性たちが強制的に日本兵士たちや軍人、時には軍属たちの性処理の道具にされた、重大な人権侵害に関する案件だという結論が導き出されているのです。私が上に紹介した資料はそうした調査研究活動の成果の一部にすぎません。吉見義明、林博文、中原道子、洪ユンシン、金富子、小野沢あかね、山口智美といった人たちは研究者の立場から慰安婦問題をこれまで、そして現在もアップデートし細心の注意を払いながら再構築し続けている人たちの一部ですが、こうした人たちの著作・発言等も機会がありましたらぜひご覧になってみてください。この慰安婦というテーマが左右の対立云々以前に、アジア史そして世界史ないしは人類史のなかでどのような意味を持つのかということまで含めて、事実に即した形での深い考察も示してくれています。

    ネトウヨや右翼・極右といった歴史修正主義者たちには精査された事実関係に基づく結論ではなく、「集団型自己溺愛という心理状態」と「自己完結型の美しい民族史の再生」という使命感をもとにカルト的自慰行為にふけっているだけなのですが、その心地よさにより理性はマヒしもはや中毒症状です。自助努力でしかもはや脱出路のないそのスパイラルの中で、「GHQの洗脳」とか「日本の誇りを傷つける」とか「慰安婦は嘘」といった話を作り上げ、人類の知性と理性を自ら否定し、人種・民族差別的言動も含む主張や言動は「他者」を支配し続けててきたものの傲慢さを示しているのではないか、というように私は考えています。しかいそういう波が、日本の中で広まっているのも事実です。一方的な暴力によるあらたな対立構造は生んでも、川崎さんが書いてらっしゃるような世界平和のようなもの(!?)をもたらすことは決してないとも。

    • senryusato より:

      ありがとうございます。「テレビ朝日」の「慰安婦はいないと思う」といった韓国の村はどこだったのか
      覚えておりません。そういう番組があったということだけです。申し訳ありません。ネットでもたぶん
      みられないのでは、と思います。「慰安婦」については元朝日新聞記者が関西の大学の教授を蹴られ札幌の北星大学というとろろで教鞭を取ろうとし。途中解雇され、大問題になったことがありました。大学にひぼう中傷の電話が鳴りやまず、解雇せざる得なくなったそうです。授業は韓国語講師だったと思います。
      大学は色々言っていますが、その裏に「慰安婦」発言があったことは否めません。(結局彼は韓国に行ってしまいました)
      私は札幌市民なので静観できずその変な関係から改めて慰安婦問題を自分なりに調べ始めました。

      うら覚えなのですが、確か三木武夫総理の時、慰安婦問題が持ち上がり、三木夫人
      がその寄付金集めに奔走していたことがありました。自民=右傾向 と短絡的に
      考えていた私にとっては幼いながらにとても驚いたできごとでした。
      現在の自民党、もうほとんどやりたい放題の暴言だらけの民主主義とは名ばかりの
      (いいすぎでしょうか?)独裁状態には考えられなかったリベラルな人たちも自民党には
      いたのだな、と思います。

      (ここからは関係ない書き込み)
      マルクスの「資本論」についても、決して共産主義讃美の単純な本ではなく
      経済書というよりは哲学書に近い物だと思っています。
      彼の時代のイギリスの置かれていた「事実」をこれでもか、といくらいしつこく積み重ねて
      書いているからこそ今もってその重みと検証が価値を持つのでしょう。
      事実の検証については体制側も反論できないほどのものがあると思っています。

      ただ不破哲三氏のマルクス論は難しく私にはちょっと理解不能です。
      (マルクスより難しい)

      私のような未熟者に、そして日本にいるにも関わらず日本の歴史(特に第二次世界大戦後)の
      歴史を知らない者に、親切矢嶋さんが答えて下さったことに感謝します。

      テレビ朝日の取材した村、わかり次第矢嶋さんの方にお伝えします。

      このたびはありがとうございました。

      • 矢嶋 宰 より:

        Senryusatoさま

        この朝日新聞の元記者は植村隆さんというかたです。1991年8月に韓国でキム・ハクスンさんという被害女性が韓国では初めて名乗り出を挙げたときに第一報をつたえた記者として知られています。前回の話の中でちょっと書きましたが吉田清治氏の証言の不確かさというのが朝日慰安婦問題誤報問題の核心としてこの植村元記者がやり玉に挙げられていましたが、彼のこの一報には吉田証言のことは一切書かれていないのです。

        朝日がその後吉田証言を引用しながら報道したケースもあったことを撤回し謝罪したのは事実ですが、慰安婦の存在そのものがいなかったといっているわけではないことは、Senryusatoさんも書かれていましたね。引用してきた資料の一つが疑わしく、それを撤回しただけのことです。逆に言えば吉田証言なくても慰安婦の存在と強制性は証明できると言ってただけなのですが、否定派はそれを曲解しプロパガンダもどきのキャンペーンを政府と一緒になってはっていたのはご存知かと思います。

        一つここで重要なのは、今現在吉田証言を引用して慰安婦の存在の有無を決定するのはむしろ否定派のほうで、肯定派はこの証言の信ぴょう性に疑問を見出し90年代よりほぼ誰も引用等はしていない、という点です。朝日がそれにもかかわらずなぜ引用する場合もあったのかが不思議です。否定派の報道、例えば産経新聞や読売新聞は「朝日が吉田証言を誤報したせいで、慰安婦が性奴隷被害者という誤った印象を国際社会に与えた」と主張し、否定派もこの論調にのってここぞとばかりに否定キャンペーンをはりました。が、そもそも国際社会が吉田証言を根拠に慰安婦が存在し強制連行があったという認識に至ったという事実はないんですね。例えばクマラスワミ国連特別報告官による慰安婦報告書のなかでは吉田証言に触れていますが、同時に吉田証言を批判し否定する秦郁彦のことも同時に触れているのです。産経や読売が言うような「吉田証言が世界に誤った認識を与えた」ということのほうが日本の国内世論を慰安婦否定に導くためのメディキャンペーンだというのが正しいかと思います。以下のブログがそのあたりのことをまとめているのでご参考までに。

        http://blogos.com/article/211035/

        三木武夫元総理夫人のエピソードは睦子氏のことですね。正確には三木政権の時の話ではなく1995年当時、村山内閣での話です。ご記憶かと思いますが、当時は社会・自民の野合連立でした。社会党側は国家賠償ということをはっきりさせた形での慰安婦門題解決を提案しましたが、連立パートナーだった自民党が大反対、結果的にアジア女性平和国民基金(以下国民基金)というかたちになり、民間募金からの償い金を支払うということになりました。このとき三木元総理夫人の睦子氏が寄付集めに奔走したという話を指していらっしゃるのかと思います。

        さて、ここで要注意点です。基金が設立されたときの財源は二つでした。一つは国家予算からのもの。もう一つは民間からの寄付。このとき自民党が絶対譲らなかったのが、国家予算から支払われたお金は基金の設立・運営費にあて、償い金の支払い財源としては絶対に認めないという点です。公式国家賠償などもってのほかで、あくまでも民間有志による国民運動としての償い金支払い事業にしたかったのであり、わかりやすく言えば国家賠償責任履行の絶対回避ということです。被害女性たちが公式国家賠償を求めているのにも関わらずです。

        結果この国民基金は被害女性のなかからも多くの反対にあい、決して成功したとは言えない事業でした。もちろん基金関係者側はあるていどは成功したという自己評価をしていますが。私から見ると独善的な事業に陥り、被害者間の対立といったことまで引き起こしています。また中国や北朝鮮の被害女性たちは対象にさえなりませんでした。

        このように自民党には慰安婦問題の初期から被害女性たちに寄り添って問題の解決を模索するといった態度はまったくなかったのです。三木睦子さんは人道的な立場にたった発言等で知られていましたが、でもそれは夫である三木武夫氏が亡くなり自民党と関係がなくなってからのことですし、彼女のこの国民基金のための募金呼びかけ活動をもって「自民党の良心」であるかのように評価してしまうのはちょっと早合点かなとも思います。

        自民党なしの社会党単独政権だったら間違いなく国家賠償ができたことでしょう。

        1955年の自民党結党目的は平和憲法の無効化と軍隊制度の復活、天皇制の強化にともなう国権の強化等が理由ですから、安倍政権になって右傾化が進んだというよりも自民党そのものがずっと「眠ったふりをした極右」であったのが、安倍政権になって完全に覚醒したというのが実態ではないかとわたしは考えています。中曽根康弘の不沈空母発言で目が開き、その後小泉純一郎のときに首をもたげ、安倍晋三に至りついに四肢で立ち上がった、とでもいいましょうか。自民党は民主主義を護ろうとしてきたのではなく、民主主義を悪用しながら「別の形の独裁体制」を体現し維持してきたと考えています。

        以上補足としてお考え下さい。

      • 矢嶋 宰 より:

        Senryusatoさん

        今しがた慰安婦問題に関する訴訟判決を伝える記事が配信されました。これは植村さんや吉田証言とも関連する内容ですので、ぜひご覧になってみてください。否定論者の主張は保守的で政府寄りといわれる日本の司法の現場でさえ、もはや受け入れることのできないものであることが証明されたの一つのケースといえます。

        http://www.asahi.com/articles/ASK4W51LVK4WUTIL03H.html

  2. 矢嶋 宰 より:

    Senryusatoさま

    とてもいい質問だと思います。

    慰安婦問題に関してですが、

    1:1次資料としてアーカイブスがあります。これは戦時中におもに軍隊・官憲が出した慰安所制度に関する資料集です。『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』(全5巻、龍溪書舎出版)というものでネット上で当時の原本を複写してまとめたものが、PDF化されており下のリンクからいつでも閲覧できるようになっています。

    http://www.awf.or.jp/6/document.html

    これらは慰安所制度そのものが国家や軍隊の直接間接関与のもとに組織され運営されていたことを示す資料です。すべては大変だと思いますので、一部でもいいので目を通してみてください。これらを閲覧すると川崎さんがおっしゃるような責任のすべてが軍人個人に集約されるという考え方が成り立たないことが実証されます。
    またつい最近も強制連行を裏付ける証拠資料が内閣官房に提出されたことを伝える記事があります。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201704/CK2017041702000219.html

    このように歴史研究を通して数々の関連資料が発見、アーカイブされており被害女性の存在そのものを否定する歴史修正主義者の言い分はすでに通らないというのが現状とみていいと思います。

    2:Senryusatoさんのご覧になったテレビ番組というのは韓国の済州島でのことを伝えるものでしたか?もしそうなら吉田清治という日本人の名前がでてきませんでしたでしょうか?この日本人証言者の証言内容が怪しいのでそれを再検証するという話ではなかったでしょうか?それがわかると説明しやすいのですが。ご記憶でしょうか。

    私自身その番組を観ていないのでなんとも答えようがないのですが、『例えば、慰安婦問題、去年テレビ朝日を観ていましたら、慰安婦が(連れ去られたという)韓国のある田舎では「そんなことは聞いたことがない」と村人たちが口をそろえて言っていました。村の恥だから言えないのか、とも思いますが、一つの実証には違いありません。驚きました。』と書かれていらっしゃる部分に関して。話の内容から察するとこの番組に出演した村の人たちは、みずからの直接体験ではなく聞き伝えという形で証言されたようですね。ですからその聞き伝えが事実なのかどうか確認するのは難しそうですが、「聞いたことがない」イコール「そういうことがなかった」と言い切れないのもまた事実です。「そういう話はなかったと聞いている」という完全否定での証言ではないですからね。そのひとがたまたま聞いたことがなかったかもしれませんし、ほかの人は聞いていたかもしれない。私も自分の目と耳で確認したいので、この番組がもしかしてネット上で観られるようでしたらリンクをぜひおしえてください。

    それと大切なことは、仮にこの証言者のかたのいうようにこの村では慰安婦として連行された女性は一人もいなかったとしましょう。しかしそのことが慰安婦が全体として存在していなかったということの実証には全くなりません。その村にはいなかったことを証明しているだけです。歴史修正主義者や自由主義史観者の持論を展開するときの特徴の一つとして、ある一つの例を全体の共通のものだと誤解させるような書き方や言い方で説明しようとする点があります。この番組が何を意図して制作されたものかはわかりませんが、かりに慰安婦の存在そのものを否定する意図であった場合、Senryusatoさんもそのトリックにちょっと引っかかってしまったのかもしれませんね。でも冷静に考えればなにも驚くことはないように思えます。

    さて、同様の観点から持論の実証にかかわる点で、川崎さんの「慰安婦算数ウソつき」話のどこが問題なのかの例を一つ挙げてみましょう。

    慰安婦(私は日本軍「性奴隷」という表現のほうが実態に即していたと考えています)にされた女性たち達の実数がどのくらいだったのかは諸説があり、アジア全体で3~4万人ぐらいという説。あるいは20万人ぐらいという説。朝鮮半島出身者だけで20万人ぐらいという説等がありますが、アジア全体で20万ほどいたのではないかという説を採用するケースが多いようです。いずれにせよこれらの数字は「累計で」出されたものです。

    川崎さんの慰安婦の数に関する「うそつき算数ネタ」ですが、この類型という前提をものの見事に無視されています。この重要な点に気づいてらっしゃらないのかもしれませんね、彼のことだから。はじめから慰安婦の存在そのものを否定するための作り話です、はっきりいって。では何時から何時までの累計かというと1931の満州事変年から1945年の敗戦までの累計です。いわゆるアジア太平洋戦争と呼ばれる15年間の間に性奴隷として動員された女性たちの総数が、ということです。川崎さんの「韓国人20万人説は嘘だ」という作り話は累計ではなく「常時20万人いた」というありえない前提にたっもので、この前提そのものがねつ造であり誤りです。慰安婦否定派に属する秦育彦という人でさえ、累計で自説の数を出しています。累計と常時では歴史的な事実をめぐる意味がまったくちがってきます。仮にアジアで被害女性の累計数が20万人としましょう。それを戦争期間である15年で割った場合、一年ごとに平均約1万3千人となりますが、戦争開始時期と敗戦時では数に差が出てくるのは想像できます。なぜなら法政大学大原社会問題研究所の出している日本陸海軍現兵士数の推移という表を見ると1930年には約250万人、敗戦時には約7千万人との累計数が出されています(http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji1/table/036-8.html)。

    このように累計数は時間の推移とともに数が増えていきますし、Aという時点とBという時点では増え方にも差異が出てくるのは当然のこと。こういう点にも細心の注意をはらいながら歴史家たちは検証していきます。この姿勢は歴史家だけでなく、こうして歴史に対し関心を持つ私たちにとっても大事なことではないのでしょうか。川崎さんのように希望的観測だけで話をでっちあげ、そもそもその作り話の根底には事実(たとえば慰安婦問題や南京虐殺、沖縄基地問題等ですね、このブログでも取り上げているテーマ)を完全否定するという目的が明確にあります。であるなら、これらの紛れもない事実を否定するなら、きちんと精査された事実でもって反証すべきではないでしょうか。私はそのことをこれまで川崎さんにお伝えというかお願いをしてきたわけです。

    3:歴史観に関してSenryusatoさんお伝えすることがあるならば、歴史観とはまずそれがあって、それに即して「史実」を再構築していこうとするとねつ造やウソが入りやすくなるのではないか、ということです。「皇国史観」や「靖国史観」、「自由主義史観」などまさにその好例。「マルクス主義史観」だって完全なものでは決してあり得ません。当然ねつ造や信条・主義にあわあせた曲解だってありえるという前提で注意を払って対峙すべきです。いわゆる「自虐史観」とよばれる史観(私のような考えの持ち主はこのカテゴリーに入れらるようですね)もそう呼ばれる人たち自らがつけたのではなく、自由主義史観を自称する(早い話ようは皇国史観者・靖国史観者たちなのですが)人たちが敵対するとみなした人たちを自虐というマイナスイメージでもってカテゴライズしただけの話なのですが、日本を批判する言動を「反日的だ」とレッテル張りするのととても似ている精神構造です。川崎さんご本人は自覚されいるかどうかはわかりませんが、皇国史観や自由主義史観系の集団と連動されていると思われます、お書きになっている内容から察するに。たとえば彼のやってるこんなページも・・・

    http://www.netdejapanisch.de/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E8%AA%8D%E8%AD%98/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C/

    http://www.netdejapanisch.de/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E8%AA%8D%E8%AD%98/

    ここまでくると歴史観や実証がどうのこうのという議論はもはや無意味にちかく、単なる偏狭愛国ネトウヨというのが彼の実態です。同サイト内で紹介・引用している動画集もやリンクも改ざんの山となっており、私は再度目も当てられません。あまりの知性の欠落に悲しくもなります。先日ドイツのAfDの党大会で、ヘッケ氏がベルリンのホロコースト・メモリアルをさして「恥辱の記念碑」と呼び歴史教育の転換を主張したと報じられています。

    https://mainichi.jp/articles/20170423/k00/00m/030/114000c

    川崎さんもこのヘッケ氏と同レベルで、彼とこれまでこのブログ上で「対話」してきたのも正直馬鹿らしいというのが本音ですが、放置はできないとう理由で今後もウォッチングと書き込みは行っていくつもりです。私には彼を説得したり考え方を変えさせようなんて考えはまったくもっていません。それは彼自身の問題ですからね。でも明らかな記述の誤りや日本が原因で被害をこうむった人たちを侮辱したりその声を否定したりするのが明白な場合は遠慮なく批判し彼の考えを否定していきます。

    はなしは戻り、慰安婦問題にしても歴史観の問題としてではなく、まず何が事実だったのかというところに重点を置いて、関連資料の発掘と史料批判と整理、生存者・関係者たちへの何度にもわたる聞き取り調査などを理性と合理性をもって様々な人たちによって行われてきた結果が、戦時中日本により国家的に組織され運営された性奴隷制度で、そこでは数多くの女性たちが強制的に日本兵士たちや軍人、時には軍属たちの性処理の道具にされた、重大な人権侵害に関する案件だという結論が導き出されているのです。

    私が上に紹介した資料というはそうした調査研究活動の成果の一部にすぎません。吉見義明、林博文、中原道子、洪ユンシン、金富子、小野沢あかね、山口智美といった人たちは研究者の立場から慰安婦問題をこれまで、そして現在もアップデートし細心の注意を払いながら再構築し続けている人たちの一部ですが、こうした人たちの著作・発言等も機会がありましたらぜひご覧になってみてください。

    この慰安婦というテーマが左右の対立云々以前に、アジア史そして世界史のなかでどのような意味を持つのかということまで含めて、事実に即した形で示してくれています。

  3. 矢嶋 宰 より:

    川崎さん、慰安婦問題に関して私があなたに問ているのは「おたがいの意見の違い」ではないのですよ。私がこれまで散々あなたにお願いしてきたのは「実証に基づく反論」だけなのです。あなたが常識と算数で導きだしたお話は、では一体全体どんな資料等によって実証されたものなのか、というはなしです。その根拠とともに反証してください、というだけの話なんですよ。あなたの希望的観測を聞きたいのではありません。「あなたの主観、私の主観」という対比も反証とは全く関係ありません。「実証に基づく反論」というのは川崎さんから一切ありませんでしたし、そもそもあなたの「常識と算数」話もなにによって実証されたものなんでしょうか?それを示してください、という話なんです。

    それなしに、お互いのずれとか十人十色といった話はとてもじゃないけど成立しませんよ。そういう根本的なところを飛び越えていい加減な話をつらつらと書き連ねるというのはどうでしょうかねぇ。これはあなたが好きな左と右がどうのこうのとも全く関係ないです。左だろうが右だろうが政治的立場に関係なく、歴史とはこうした実証に基づくものでならないという一つの原則があります。その作業をしないで希望的観測でウソ話を書いているだけでは、歴史に対する倫理と知性の低下を証明しているようなものです。あなたが慰安婦問題がウソだらけというならそのウソをきちんと実証すべきではないですか?

    ポスト・トゥルースという単語も調べてみてください。ご自身が歴史問題等にたいしてどのようなポジションにいるかが少しはお分かりになるかと。

    ちなみに川崎さんが信用されるジャーナリストとは具体的にいったい誰でしょうか?大変関心あります。その人たちは事実に基づいた取材を徹底して行っている人たちなんでしょうね。いまどきの日本では珍しい優秀なジャーナリストなんでしょうか?と手も関心があります。ぜひそういう人たちの書いた記事を読んでみたいですねぇ。

    教育勅語にしてもお互いの思考回路が違うのではなく、その思考回路によって導き出された答えや意見が、どこまで事実に基づいているかという話だと思うのですが。

    他にも反論部分はありますが、今回はあと一つだけ。
    わたしが前回送ったヤンキー社会文化に関する記事、読んでらっしゃらないようですね。あるいは読んでも理解できなかったので、アメリカ・ヤンキー話にする変えてしまったでしょうか?いずれにせよ記事内で意味するヤンキーとはアメリカ人のことではないのです。日本社会におけるヤンキーです。ですからアメリカの侵略史について一生懸命書いてくださいましたが、今回のやり取りの中ではあまり意味を持ちません。でもひとこと付け加えればアメリカに対する戦争責任と、アジア各地への侵略戦争に対する戦争責任を同列にしてかたるのはかなり乱暴な論の立て方かと。考察もなく竹を割ったような感情論だけでは、説得力はもちえませんよ。

    • senryusato より:

      (私は川崎さんではありませんが)矢嶋さんの歴史的実証というのはどういうことなのでしょうか?
      例えば、慰安婦問題、去年テレビ朝日を観ていましたら、慰安婦が(連れ去られたという)韓国
      のある田舎では「そんなことは聞いたことがない」と村人たちが口をそろえて言っていました。
      村の恥だから言えないのか、とも思いますが、一つの実証には違いありません。驚きました。
      私自身は、中高の時代に、「慰安婦のような人たちは存在した」と習いました。
      それは、「教師がそういうからそうなのだろう」といったやはり他人による依拠です。

      昔のことの実証というのは大変難しく、やはり今となってはどなたかの歴史観なり
      皇国史観などに依拠しなければならないのが現実なのではないかと思うのですが
      甘いでしょうか?
      歴史的実証ということは、矢嶋さんにとってどういうことなのかお伺いしたいな、と。

      実証を歴史家や歴史学者の多数決で決めるわけにはいきませんしね。

      一度お伺いしたいな、と。

    • netdeduessel より:

      嘘の情報もかなりあるようで、戦後70年もたって「実証に基づく反論」というのは不可能だと思いますので、常識の範囲で考えます。

      矢嶋さんが「慰安婦問題や南京問題はあった」と考えるのならそれで良いではないですか。

      虎ノ門ニュースに出ている方々(そこまで言って委員会も、ニュース女子も)は信頼がおけると思いますが、それらの番組は確か矢嶋さんにとっては全て右翼ですね(笑)?

      教育勅語の11番目までの内容自体はおかしいと思われますか?

      アジア各地への侵略戦争って、当時の東南アジアでの日本軍のことですか?

      東南アジアを日本軍が西洋の各国軍から解放したことですか?

  4. senryusato より:

    祭日などに国旗をあげる家はうちの町内、一軒だけです。元校長先生の家。町内会100軒以上あるのですがね。そんな程度。たとえ、政府が、国旗をあげろ、と命令出してもあげる家は稀だと思います。鯉のぼりはあげても、国旗はあげないのでは・・・と思います。
    愛国心うんぬん、の問題ではなく、どうも日本の文化背景じゃないかと私は思ってます。

    上記のように、元教育者(それも管理職)=国旗=君が代を歌わせる立場
    というような変?構図ができているような気がします。

    ちなみに偉くなれなかった先生も、町内には沢山いますが、国旗は一軒もあげてません。
    国旗をあげられる大きな家には住んでいますが。

    私の受けた教育は正しいのかどうかはわからないのですが「愛国心」というのは
    例えば、お年寄りに席をゆずること、またこの日本が綺麗な国であるように
    ゴミ拾いなどを積極的に行う、小さいことの積み重ねで、天下国家論を論じるより
    小さいことなんだよ・・・・と小学校六年生の時ならいました。

  5. 矢嶋 宰 より:

    <慰安婦問題は、常識と算数で理解できます。要点だけを抜粋すると、どうしてベトナムで起きた韓国軍人の非道や、現に沖縄で起こるアメリカ軍人の非道は黙認(?)され、もしあったとしても日本の軍人の非道だけがスクープされるのでしょうか?>

    その川崎さんの常識&数学論はもはや成り立っていないのですよ。固執されるなら、きちんと反論を示された上で主張すべきではないでしょうかね。ちなみに韓国ではベトナム戦争中の非道行為に対する国家による調査や取り組みはなされていませんが、民間レベルでは徐々に関心を持ち動き始めています。慰安婦問題にかかわる市民の中からも自らの国が犯した罪に対して向き合おうとする動きはここ数年来たかまっています。川崎さんがそういうことをご存じないだけです。沖縄で起こっているアメリカ軍関係者による暴力事件などにたいして黙認しているなどという事実はまったくありません。女性が性暴力被害を受け場合など県民集会という形をとって沖縄の人たちは日米両者に対して抗議の意を示しています。川崎さんがそういうことをご存じないだけです。

    川崎さんの比較の仕方は、「こっちもやったけど、あっちもやったんだから同じことだ」ということで日本が考えるべき責任を反故にしたいということなのだと思いますが、それをしてしまうと歴史の中で起きた一つ一つの事柄をホワイト・ウォッシュするだけです。それは被害を受けたものたちの声を押し殺すことになります。天皇ヒロヒトは広島・長崎の原爆はしかたのないことだと言ってますが、川崎さんも同様にお考えですか?あなたがこだわるところの日本人の被害を天皇みずからが否定しているのですよ。

    <それにそれは軍人の問題です。軍(=国)の問題ではありません。>
    川崎さん、慰安婦問題のこうしたとらえかたは間違っています。慰安所を発案し設置をし管理拡張していった軍人個人の問題に責任のすべてを集約できる話ではありません。国策ですからね、慰安所というのは。国家には監督責任があります。しかも慰安所のような制度は当時の国内法・国際法に照らしてもしれらに違反していたのですね。ですからお忙しいとは思いますが、感情や信条に沿って慰安婦問題を語るのではなくきちんとご自身で検証してみてください。いちど「左右の対立」というところから離れて、たとえば女性の人権の問題としての慰安婦問題という観点で捉えなおしてみてはどうですか?

    ちなみにこの6月にベルリンで沖縄のことに関するイベントがあるようです。これは基地問題に始まり、沖縄のこれまでの歴史をおさえながら沖縄を考えるという内容になるそうです。沖縄出身の方もいらっしゃるとのことです。川崎さんどうですか?「沖縄基地反対運動の実態」とかいっていろいろ書かれていますし、ぜひ参加されてみては?これもまたベルリンで5月にあるchurch dayなる教会系のイベントでは韓国から慰安婦被害女性がやってきて話をするそうですから、こちらにもぜひ参加されてはいかがでしょうか?ドイツでこんな機会、めったにないのでは?当事者たちからじかに話が聞けますし、いろいろ質問することもできるじゃないですか。川崎さんも現地へ行ってじかに見ることの大切さを書いてらっしゃいましたよね?この機会、逃しちゃだめですよ。ブログという個人メディアで情報を発信しているんですから、お書きになっている内容に対し文責者としての責任を果たすためにも、お時間作って絶対参加すべきでは?

    愛国と愛郷心は違うと思うのですが。いずれにせよ、以前にも書きましたが、川崎さんが個人の範疇で誰にも迷惑をかけないのであれば、思う存分愛国心を高らかにうたい、発揮していただいても私には何の異論もありませんよ。ただしそれが何らかの形で牙をむき、「他者」の排除や歴史の改ざん等などの原因である場合は、私は反論したいと思います。

    教育勅語にこだわらないのであれば、何もわざわざ11番までを取り上げてほめる必要もないでしょうし、しかし11番までのいわゆる道徳に間する部分にも問題がないとは言えないのだということを以前にも書いたのですが、通じてないようですね。そもそも川崎さんは教育勅語をめぐってのさまざまな意見を読み比べていますか?関しても12番は天皇あってこそ成り立っている部分で、愛の対象のレベルでどうのこうのというのは、「曲解」にすぎません。

    そもそも川崎さんと教育勅語をめぐる対話をしていて気になるのは、ご自信がたとえば民主主義をどのようにとらえ考えてらっしゃるのか、という点です。教育勅語の問題点は根本的に民主主義に対立するものだというところにあると思うのですが。川崎さんはそもそもこうした批判に対しどのようにお考えなのでしょうか?11番までも問題はあるわけで、それを声高にいいことも書いているということで、教育勅語が民主主義と対立するものだという構図を解消することにはまったくならないのです。

    君が代を民が世に変えてもわたしは歌わないでしょう。ですから川崎さんがせっかく提案してくれたのに、歌わなくてすみませんねぇ。歌う歌わないは個人の自由ですからね。私は国歌を通して日本と自分をアイデンティファイするつもりは毛頭ありませんから。

    国旗にしても日の丸はアジアでは侵略の記憶と象徴でもありますし、仮にドラえもんを国旗にしても私はあげないと思います。理由は国歌と同じで国旗掲揚をとおして自分を国家とアイデンティファイするつもりはないからです。

    ドイツにJAPSというジャズバンドがあるそうで、このバンドは君が代の歌詞とメロディーを逆から読み演奏するという作品を演奏していましたよ。「君が代なんて、くそくらえ!」というコンセプトだそうです。面白そうではないですか?

    それと今日は川崎さんに紹介したいリンクがあります。斉藤環という精神科医で「ヤンキー文化」から日本社会の病巣を読み解いています。とてもおもしろいです。川崎さん、もしかして日本にいらっしゃったときヤンキー系でした?先日も学歴話がでましたが、もしかして川崎さんヤンキー系だったのかなってちょっと思ったものですから。ぜひ読んでみてください。

    http://toyokeizai.net/articles/-/13068

    • netdeduessel より:

      「その川崎さんの常識&数学論はもはや成り立っていないのですよ…」

      成り立っていると思うのが私の主観、成り立っていないと思うのが矢嶋さんの主観ということで宜しいでしょうか?

      反論をしたつもりでしたが、反論をしたと思うのが私の考え、そうでないというのが矢嶋さんの考えということでやはり宜しいでしょうか?

      矢嶋さんとの議論は、どうもお互いにずれてしまうようですが、これも十人十色で仕方がないことでしょうか…

      「こっちもやったけど、あっちもやったんだから同じことだ」ではなく、どうして日本だけを責めるの? ということなのですが、日本軍(=国)による韓国人女性の無理矢理の性奴隷という理屈は成り立たないと思います。

      と言ってもまたズレてしまうのでしょう…笑。

      広島・長崎の原爆はしかたのないこと… ⬅︎ とんでもないことだと思います。天皇も人間です。例えば天皇がいくら雪は赤いと言っても白です(笑)。でも天皇はそんなこと言いませんね…笑。

      たった1つの文章から、深く存在するかも知れないその意味を早合点してしまうのは危険だと思います。

      ひょっとすると、先ずは「慰安婦問題」とは何か? の定義から始めなければならないかも知れません。

      でもそれは自分のブログで書いたので、ここでの繰り返しはやめておきます。

      ベルリンでのお誘い、誠にありがとうございます。矢嶋さんはベルリンにお住まいですか?

      自営業なので予定は比較的に自由に決められる方ですが、それでもしなければならない優先順位があるので残念ながら…

      家族5人が食べていかなければならず、3人の子供たちもまだ比較的小さくて拘束時間が長いのです。

      コメントの早い矢嶋さんはもしかしたら悠々自適でしょうか? 金銭的にもひょっとしたら年金生活などで困られていない…?

      現地へ行ってじかに見ることはとても大切ですが、一般人ではそれは普通かなわないので、信用のおけそうな人(ジャーナリスト)を選んでその情報を頼ると書きました。

      それと、ベルリンは今回の場合、現場ではないと思います。来る人の真偽、喋ることの真偽ということもあります。

      何しろ出版されている本や教科書でさえも嘘があるので…

      そこでやはり信用のおけそうな人(ジャーナリスト等)を選んでその情報を頼るしかないかと。

      思う存分愛国心を高らかにうたい… ⬅︎ 愛国心は大袈裟だから嫌だと申し上げました。日本ファンです(笑)。愛妻とは言いずらいです。家内のファンです(笑)。

      牙をむいている… ⬅︎ 確かそれが始まったのは、沖縄問題のブログからだったと思いますが、晴天の霹靂とも言える牙をむいての痛烈な批判コメントが入り出したと思っていましたが、何のことはない、実はお互いにそう思っていたのですね(笑)!

      それ以来、政治のことには右左があって、大揉めに揉めていると知りましたが、左の人の主張は右の人には、そしてその逆もそう映るのですね…笑。

      その後、政治、宗教、お給料の話は普通、話題としてはタブーだという事も知りました…笑。

      「他者」の排除はあり得ません。「来る者は拒まず…」が一番です。

      「歴史の改ざん」なのか、それとも「勝者が書く嘘の歴史を客観的に正しく」なのか、果たしてどちらでしょうか…笑。

      何れにしても、「来る者は拒まず…」なので、反論も大歓迎です(笑)。反論無くして進歩なしです(笑)。

      教育勅語のこともやはりどうしても議論がズレてしまうようです(笑)。

      お互いの思考回路が違うとでもいうのでしょうか…笑。

      山口百恵ファンと桜田淳子ファンの違いのように思えてきました。

      お互いのファンは、それぞれのアイドルを恋しているので、お互いにそうじゃないと言い合っても話になりません。

      いくら山口百恵のファンが、「山口百恵の瞳は素晴らしい。第一、山口百恵はオナラもウンチもしない」

      と言っても、桜田淳子のファンとしては、「いや、いや、桜田淳子のシャープな顎がとても素敵だ。桜田淳子こそオナラもウンチもしない」と言うでしょう。

      恋は盲目と言います…笑。

      ちなみに私はどちらのファンでもありません。どちらも、オナラもウンチもするごくごく普通の女性にしか見えません…笑。

      国旗にしても日の丸はアジアでは侵略の記憶と象徴でもありますし… ⬅︎ アジアですか(笑)? それとも隣国2、3ヶ国ですか(笑)?

      民主主義ですか? 民主主義も程度、バランスではないでしょうか?

      過ぎると、すぐに差別だとか人権だとか言い出して、それに甘えるモンスターペアレンツみたいのが出てきて世の中がおかしくなってきていないでしょうか?

      ヤンキーですか?
      戦争を仕掛けるヤンキーは大嫌いなのですが…

      アメリカ人にも好きな人も尊敬する人も多くいるので、その一言で片ずけてしまうのは誤解を生んでしまいますが、それを恐れずに言えば、何かにつけて戦争を起こすアメリカ人という意味では大嫌いです。

      アメリカにはその昔、インディアンが住んでいました。そこにやって来たイギリス人他はそのインディアンを大量虐殺し、残りを現在のように隅に追いやりました。

      インディアンたちにとっては当時の領土略奪と虐殺は今だに忘れられず、コロンブスの上陸を記念する「コロンブス・デー (10月第2月曜日) 」は、インディアン虐殺の象徴日として毎年、全米で抗議行動を決行する日だそうです。

      そして1776年にはアメリカという新しい国を作り、自分たちもアメリカ人と名乗り始めました。それから今日までまだ250年もたっていません。

      250年というスパンを日本の物差しで測ると、260年続いた江戸時代とほぼ同じです。

      その約60年後、1835年に「Remember Alamo!」というスローガンでメキシコと戦ってアリゾナ、カリフォルニア、コロラド、ニュー・メキシコ、ネバダ、ユタ、ワイオミングをメキシコから奪い取りました。

      1894年には武力でハワイ王国の支配権を取り、その4年後に「Remember Maine!」と言ってプエルトリコ、グアム島を奪ってキューバを独立させたものの自国の保護下に置き、スペインから一時独立したフィリピンをアメリカの植民地としました。

      当時、ハワイの国王は日本に来て明治天皇に助けを求めたらしいのですが、アメリカとの摩擦を慮った天皇はそれに応えられなかったそうです。

      そしてついには日本も、エネルギー源を断たれての止むをえない真珠湾攻撃後、「Remember Pearl Harbor!」とばかりに若い男達は戦場に行って留守な日本の各都市を大空襲で襲われ、残された女、子供、年寄りが何十万人も殺されてしまいました。

      さらには世界で唯一、戦争が終わる絶妙のタイミングでまるで実験されるかのように二種類の原爆によりさらなる数十万人もの女、子供、年寄りが一瞬のうちに殺されてしまいました。

      それにもかかわらず、6年間に及ぶGHQの占領中に行われた洗脳工作により、従順な多くの日本人の中には、本気で日本が悪者だったとか、日本は東南アジアを侵略したとか信じ込まされてしまっています。

      アメリカはその後もトンキン湾事件捏造でベトナム人を悪者にしてベトナム戦争を、ありもしなかった大量破壊兵器で嘘をついてフセインを悪者にして湾岸戦争を…

      川崎

    • senryusato より:

      回答ありがとうございます。そうです植村さんです。確か神戸の松蔭女子大学で教鞭をとるはずが
      朝日時代の記事のことを隠してそれがばれて函館の朝日カルチャーセンターでしばらく働いてらっしゃってそれから、札幌の北星学園で教鞭をとって再雇用の延長に大学側が応じなかったことから
      その「理由なき解雇」に北海道教育労組を巻き込んで問題になりました。
      北星学園の学長が何度もテレビで頭を下げていましたが、理由が慰安婦の問題に関する
      ことがあったのは、明白な事件でした。

      言論の自由は認める、と学長は何度もおっしゃってましたがプロテスタント系の女子高を
      その系列校に持つ学園としては毎日、毎日の「批判、ひぼう、中傷、問い合わせ、父母たちの
      不安」などに事務側も忙殺され、この人ひとりの為にノイローゼになる事務職員まで出だして
      再雇用に応じきれなくなったようです。
      大学以前の記者活動をしていた教授の文筆責任に忙殺されるわけにはいかなくなったそうです。

      睦子氏の活動は当時としては画期的でした。頑として国家賠償に応じようとしなかった
      日本の国の姿勢にそれでも風穴を開け、「慰安婦」という言葉すら知らなかった国民に
      その存在を知らしめました。

      今となっては、なんだ当たり前のこと、とかこの程度のことか・・・というような
      当たり前のことであってもやはりその当時の歩みとしては大きな一歩であったように
      記憶しています。
      自民党の総理の奥さんとしてもちょっと異色の存在でした。
      私はその点は、今につながる蟻の一歩として睦子氏の活動をたとえ民間レヴェルでも
      評価したいと考える者です。

      その点は少し矢嶋さんと考えが違うかな、と思いました。

      このたびはご返答ありがとうございました。

      • 矢嶋 宰 より:

        Senryusatoさん

        ご意見ありがとうございます。三木睦子氏の慰安婦門題をめぐる行動に対する評価は、彼女もかかわったいわゆる「国民基金」をどう評価するかによっても分かれるところなのかもしれませんね。

        かくいう私も95年当時、この問題に関してさほど知識がなかったころはこの国民基金が新聞紙面で発表されたのを読んで、「ものすごく画期的で被害女性たちのために良いのではないか」と思ったものでした。その後このプロジェクトがどういう過程を経て進められ、また償い金支払い事業を通して残していった問題等を考えると、ナイーブで独善的なものだった・・・という結論に至りました。

        政治学者の和田春樹氏もこの基金の理事として関わっていました。彼の名前、ご存知かと思います。本来彼の持つ朝鮮の歴史に対する視線は非常に良心的なものでしたが、この基金活動を通して何か大切なものを失ってしまったかのように人が変わってしまったという印象です。

        昨年だったか在日朝鮮人作家である徐京植氏とのこの基金をめぐる書簡のやり取りでも、和田氏は独善的な持論を展開するだけで論理破綻してしまったようにしか映らず、複雑な思いがしたものです。それでも和田氏自身かつては基金の失敗面・問題点も認めていてそれを背負っていく覚悟が以前は見られたのですが、徐氏とのやりとりではそれさえも置き忘れてきたかのような、読むに堪えない内容だったというのが私の印象でした。

        中途半端な良心で被害女性たちに赦しを請うのは、逆に彼女たちを傷つけ問題をさらにネガティブな方向に深化させるのだな、ということをこの基金活動の失敗を通じて感じました。2015年の日韓合意も被害当事者を蚊帳の外に置いたままでの政府間の取り決めで、韓国政府に責任を丸投げするというのが日本政府の戦略だったことは明らかです。こうした合意ですから結局は問題解決には至らなかったわけであり、慰安婦問題をさらにネガティブな方向へ深化させるだけでした。

        Senryusatoさんとのやり取りは、慰安婦問題に対する自分自身の見識を再度確認し深めるきっかけになりそうなので、大変助かります。

    • senryusato より:

      5月2日、送付して下さった朝日新聞「慰安婦像」の判決文読みました。
      矢嶋さんどうもありがとうございます。

      中途半端にかかわってはいけない運動なのですが、この問題
      少なくとも私には(日本語)の慰安婦の「婦」の字すら気に食いません。
      大変な感情論になってしまいますが、連行されたのは多くは
      少女たちであり、私に言わせればまだ、子どもです。

      像の姿に「婦」の文字があることすら、どうにかならないものかと
      思う者です。慰安少女像を見るたびに
      「婦」に隠されてしまった少女、こどもたちの悲哀がないがしろにされて
      しまっているようで。

      問題にされることは殆どありませんが、私には本当に
      気に食わない「慰安婦像」の「婦」の文字です。

      • 矢嶋 宰 より:

        senryusatoさん、「慰安婦」という名称に関してです。

        私は本来、日本軍「性奴隷制度」被害女性というのが実状に即したものだと考えています。これは問題の解決を積極的に支持する人たちの間ではすで共有された考え方です。国連の人権委員会など国際機関でも性奴隷制度だった認識しています。しかしこの問題が政治社会問化したときすでに慰安婦という言葉で広く認識されてしまい、仮に慰安婦という言葉はざるを得ない場合は鍵括弧をつけて「慰安婦」ないしは日本軍「慰安婦」という使い方をするようにしています。日本政府やメディアではいまだに従軍慰安婦という言い方を採用していますが、従軍という言葉の中に従軍記者のように自発性も含まれるということから問題視されています。

        または慰安婦問題ではなく日本軍慰安所問題とすべきだ、という意見もあります。これは慰安婦問題とすると慰安婦が問題であったかのような印象もあるようで、そもそも問題の根源は日本軍が作った慰安所制度そのものにあるのだ、ということを明確にするための名称です。

        「連行された女性たちの中には10代の女性たちも多く含まれていた」というのが的確であり、朝鮮人女性たちの中でもそれ以上の年齢の人たちも数多く含まれていたのは確実です。ですから「慰安婦=少女だった」という一つのイメージだけが独り歩きするのもまた気を付けなければならない点であるといえそうです。そうした意味においてこの像が「朝鮮半島出身の10代の女性のみを象徴している」という批判的意見もあります。被害女性はアジア全地域におよび民族・年齢も多様です。そうした意味において多様性を象徴できるようなデザインが必要なのではという声もあります。これは「像」という媒体を通してこの問題を国際社会の中で人権問題として広く認知してもらうときの今後の課題の一つといえそうです。

        さて、この像につけられた名前ですが、韓国では「平和の少女像」となっており慰安婦という言葉自体使われていません。英語でもstatue of peaceとなっています。でもなぜか日本政府と日本のメディアだけが「慰安婦像」という言葉を使っているのです。これは像を製作・建立する側の意図を認めないという日本側の姿勢を反映しているものと思われます。

        うえにも両者は従軍慰安婦という言葉を採用していると書きましたが、これもこの像をオリジナルの名前を翻訳して呼ぶのではなく、慰安婦像と呼称するのと同じ背景がありそうです。つまり「強制」にもとづく被害者ではないのだという持論に固執するための結果だといえそうです。こういう姿勢にも被害女性たちの心情を刺激し気持ちを傷つけるのだということを、日本の側が理解できないようです。このブログ管理者である川崎さんなどはご自身自らねつ造したデマ情報を書き並べ、被害女性の存在そのものを無かったものとするケースの典型といえそうです。そこには結論としての否定ではなく、否定のためのねつ造というパターンが読み取れます。

      • senryusato より:

        緊迫した日韓の問題、というより韓国大統領選挙がこの問題にどういう
        結論を出してくるのか大変興味があります。戦争という行為を通して
        年端もいかない少女や若い女性たちが、どんな形であっても
        犠牲にならない世の中を切に願っています。

        日本には「過去に学ぶ」という姿勢が欧州などに比べとても少ないような気がします。
        アウシュビッツなどでボランティアをしているギムナジウムの生徒たちを見ると
        政治的な参加にすら教師の許可が必要な日本は、戦争に対するスタンスを
        わざと見失わせているような気もします。インタビューなどで大学生が
        「政治とかってえー、よくわからないし、選挙に行きません」とか普通に言うのを
        みると本当に嘆かわしい気になります。

        かくいう私も慰安婦についてはほとんど、高校、大学時代を通して考えることも
        なく過ぎてきました。
        というより・・・・・歴史が第二次世界大戦前で終わってしまうような偏向した
        教育カリキュラムではほとんどこういう問題に触れずに終わってしまいます。

        きちんと第二次大戦前、それ以前などの教育の割合が決まっている
        ドイツの教育では、こういう問題に関する誤解や歴史の歪曲も
        遥かにすくない気がします。

        もちろんそういう歴史を踏まえたうえで、右寄りに就く
        左寄りに就く、という立場は当然あるでしょうけど。

        日本の歴史教育はそれにも関わらずこういった妙なmindコントロールが
        続くのでしょうが。

  6. 鈴木正 より:

    このサイト、めんどくさい二人に噛みつかれてるね。

    一人は問題を起こす度に勤め先を変え、挙げ句の果てには公然とSNSでトラブルを起こし、もう一人は朝日新聞出身でドイツで日本軍の慰安婦蛮行を告発してる。

    その蛮行も資料は…?

    証拠は…?

    聞くたびに生年月日や日時がコロコロ変わる自称元慰安婦韓国人女を連れてドイツを廻ってるらしい。

    証拠はその元慰安婦とやらの口述のみ。

    事実に基づかない歴史告発で金を稼いで回るいわゆる…?

    朝日新聞はメディアというより工作員養成所?

    こういう偏見、日本人差別を助長する活動には徹底して抗議すべし!

    かいつまんで言うと、天皇を中心とした社会主義革命、もしくは天皇を打倒した共和制社会主義革命を目指した連中が戦後、メディアを通してなぜか「右翼」と呼ばれています。

    彼らの思想や主張を読めば、「あれ?これって…社会主義や共産主義じゃ…?」と気づくと思います。また経歴をみるとどこかでソ連や社会主義者、共産主義者と接点が必ず出てきます。

    典型的なのは近衛文麿で、若いころに社会主義思想や革命思想に傾倒し、政治家や首相になってからも、社会主義国家であるソ連の計画経済や一国一党制の共産党支配体制をモデルにして国家総動員体制や統制経済、新体制運動(後に大政翼賛会として実現)などを推進し、自身のブレーンとして計画経済を唱える革新官僚や、尾崎秀実(後にゾルゲスパイ事件で逮捕されソ連のスパイと判明)のような共産主義者と交流、彼らを匿っていました。

    「昭和維新の指導者たち~北一輝と大川周明」

    終戦エピソード 昭和天皇 鈴木貫太郎 阿南惟

    桜会とは

    日本の軍事国家化と翼賛議会体制への改造を目指して1930年(昭和5年)に結成された超国家主義的な秘密結社・軍閥組織

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E4%BC%9A

    この桜会のスポンサーが、ソ連のスターリン《資金元は、1923年にレーニンの指示で、吉田一がヨッフェから60万円(現在の貨幣価値で約40億円)を受け取った。

    この資金が後に、桜会に渡ることとなる。

    〈更に、この時に受け取った資金の残金が、戦後、日本社会党の結党資金となっている。〉》

    http://risingsun555.blog.fc2.com/blog-entry-17.html

    橋本欣五郎 桜会 結成までのいきさつ

    http://ww1-danro.com/militarism/sangatu.html

    大川周明と「昭和維新」

    http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51906221.html

    大川周明とは

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E5%91%A8%E6%98%8E

    軍国主義 = 左翼

    「統制経済」と「監視社会」思想・信教の統一化

    http://66575033.at.webry.info/201610/article_9.html

    「偽装右翼」の実態~ 「右翼」の仮面をかぶったマルキスト ~

    http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe430.html

    風見章 近衛文麿内閣で書記官長(現在の官房長官)、司法相を務めた政治家(戦後、日本社会党に入党。左右社会党統一時に党顧問となる)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%A6%8B%E7%AB%A0

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E5%91%A8%E6%98%8E

    参考:

    近衛文麿と東条英機、戦争責任が重いのはどちらですか?

    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1240981302

    • bontaka より:

      鈴木正様

      ご本名でしょうか? 一応、スクリーンショットさせて頂きました。

      「このサイト、めんどくさい二人に噛みつかれてるね。
      一人は問題を起こす度に勤め先を変え、挙げ句の果てには公然とSNSでトラブルを起こし、」

      とありますが、事実無根のヘイトスピーチに該当しませんか?
      もう少しご存知の事の詳細を事実に基づいて教えて下さい。

      Takaoka

  7. senryusato より:

    この欄で本当に色々な意見、(右や左)とかいうチンケな言葉ではくくれない
    勉強をさせてもらってます。ドイツからの日本人論、日本からの日本論、どれも
    うーむ、とうなることばかりで、私には殆ど知らない内容もあります。
    これからも色々な意見や見解を聞きたいです。
    左の人は高学歴が多い、というのは幻想ですね。私も野党の議員秘書をしていましたが
    その時の男性の議員たちは確かに有名国立大学医学部を出た、有名病院の医師
    や独立した病院経営者が多かったけれど、そういう人は稀です。

    今は売れなくなったお笑い芸人やウルトラマンの内に入っていた芸能人?など
    色々ですよ。政界も。

    筆者様の言われているのは第二次世界大戦直後のことに類しているような気がします。
    戦争直後は、収監されていたのは左翼系の東京大などの学生が多く、
    読売新聞のオーナーの渡辺氏なども当時は共産党に入っていました(東大卒)。

    時代は大きく変わりました。高学歴とかとはちょっと意味合いが違いますが
    政界のサラブレッド、3代、4代、続く家柄のきわめてよろしい
    政党は第一党の自民党です。

    ただ、昔いた、「中卒」の大臣はもう出てくることはないような気がします。
    私は、いてほしい、と思いますが。

  8. senryusato より:

    「国歌」でこんなにもめている国って日本だけなんでしょうか?
    外国で聴くと自分のアイデンティティーがしっかりと認識されて私はまさしく
    「国粋主義者」みたいに「君が代」が好きでしたが、
    日本に帰ってくると単調で短調な、すごくつまらない
    曲で、いつ聞いてもへこみます。最近はサッカーの試合の時
    オペラ風に歌う歌みたいになっていますが、あれもなんだか気持ち悪くて嫌い。
    (こういうこというのも左翼なのかなあ・・・・・)

  9. 倉山満の歴史論ファンクラブ より:

    倉山満の直球勝負 「逆にしたらよくわかる教育勅語」 倉山満 上念司

    まあそもそも教育勅語は論語がベースなんで、論語を読んだ方が良いと。
    ただ論語も孔子の呪いの書なんで、「物事はこうあるべきである。こうであったらいいなあ」という呪いにも似た怨嗟の言葉なので、現実社会(春秋時代?)は自己利益の追求、謀略、強盗、殺戮が当たり前の論語の逆であった。(あれ?今の中国そのまんまじゃないですか!)論語も逆にしたらよく分かるという。

    戦前もイギリスをモデルにした議会制民主主義なんですけどね…。
    (普通選挙制度もあったし)つまり昭和天皇は、イギリスのような、君主が直接政治に関わらない政治を求めていた為、天皇が直接戦争を指示したわけではありません。
    対米戦争に向かう過程で少しづつ骨抜きにされていきますが…。

    天皇陛下が大権を発せられたのは2・26事件の鎮圧と大東亜戦争終結の御聖断
    の2つのみ。

  10. senryusato より:

    「朕思う」というのは、私にはそもそも受け入れがたいです。内容以前に、民主国家に
    「朕」という天皇の考えを持ち込むのはどうかと・・・・。確かに瀬戸内寂聴さんなどは
    ここ以外は、大賛成!と言っている女性もいますけれど。
    朕思うを切り抜け・・・とか外せ、とかいう人もいますが、これも反対です。

    歴史にはこういうこともあった、と残すことは賛成ですが。
    残すなら、朕思うから・・・・ずっと残すべきです。

    青山さんという人は存じ上げないのですが、
    教育勅語を暗唱させた森友幼稚園は80人定員中20人しか入って来ず
    「教育勅語」の暗唱も大阪教育委員会の助言を受け入れやめました。

    もちろん「教育勅語」を暗唱させたい親はいます。

    でも私なら、万葉集の暗唱とか√3などの暗唱とか、百人一首の暗唱にしてほしい。
    理由は簡単で、将来、受験に必ず出てくるし役立つからです。
    子どもの暗記力はそういう所に使ってほしいなあ・・・・と。

    森友学園は存亡の危機ですが、こういう学校もあってもいいな・・・くらいには
    左翼の私も思っています。

    何も民主国だからと言って、すべてを民主化するなんてこれもさえない話。
    「朕」から始まる学校も(たくさんは困るけど)私は受け入れたいです。

  11. 矢嶋 宰 より:

    おやおや川崎さん、今度は青山議員を守るために教育勅語にまで手を出されてしまったようですね。

    まずは下の動画で青山議員が教育勅語を取り入れている塚本幼稚園の愛国教育を支持し推薦していることを言明していることを一緒に確認しましょう。これは合成でも何でもありませんよ。

    そもそも教育勅語がつくられた時代をご存知でしょうか?1890年(明治23年)に明治天皇の言としてだされた、いまでいうところの教育基本法のようなものです。当然当時は民主主義なんてものはありませんでした。富国強兵を国是とし帝国主義国家の建設に邁進していた時期ですね。そういう時代に作られたのだという時代批評もあわせて読み解くべきではないでしょうかねぇ。

    さておっしゃるところの1~11番というのは

    我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博󠄁愛衆ニ及󠄁ホシ學ヲ修メ業ヲ習󠄁ヒ以テ智能ヲ啓󠄁發シ德器ヲ成就シ進󠄁テ公󠄁益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵󠄁ヒ

    12番とは

    一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ是ノ如キハ獨リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン

    の部分だと察しますどうでしょうか?

    川崎さんは11番まではいことだとおっしゃいますが、ほんとうにそうでしょうかね?

    11番までは12番に結び付けるためのものであって12番と切り離して存在するものではないという点うを見逃していませんか?つまり一般道徳としてああしろこうしろと言っているのではなく、12番(天皇のために命をささげよ)に臣民(国民ではありませんよ)を導くための前段としてあるわけです。12番に適応した臣民づくりのために11番までの道徳をこころにつねにとめ実践せよ、という話なわけです。

    また11番まで述べられている道徳基盤は、現行憲法で保障されている男女平等や人権等に配慮したものではとうていなく、「家父長制」社会を維持するため社会道徳を実践しよ、と述べているのですよ。このことの意味がおわかりでしょうか?理不尽な長幼の序を重んじ、夫を立てる妻という前提のもとの仲睦まじさ、先輩後輩という主従関係にもとづく人間・友人関係などが前提としてあるわけです。こういう価値観がまかりとおった時代の産物です。「天皇制家父長主義」が言われるゆえんです。

    また戦時中は臣民総動員体制をゆるぎないものとする装置として機能していたわけです。軍人訓とならび「天皇陛下万歳」と死んでいった日本軍兵士たちを作り出すための教育指針の一つとして機能していたわけです。また侵略戦争を遂行するための思想統制の道具としても使われました。

    戦後は1948年に廃止となった教育勅語。理由は簡単です。国民主権の民主主義というあたらしい考え方にそぐわないからです。いまこれを教育現場に持ち込むというのは憲法違反の可能性さえ出てくるわけですよ。教育勅語は日本人を幸福にすることはできなかっただけでなく、「他者」に対し多大な迷惑と被害を与える原因ともなったのです。そういうことも考えましょう。GHQの洗脳論では通用しません。

    単純に「いいことも書いてある」とは言えないのです、教育勅語は。ドイツでヒトラーの著作である「我が闘争」の出版が可能になったのはご存知かとおもいますが、こと細かい批判的注釈をつけたうえでの出版が認められましたよね。そのためかなり分厚い出版物になったそうです。何の知識もなく書かれた文面だけを読んで「いいことも書いている」というわけにはいかないのですよ、「我が闘争」は。教育勅語もそういう面を持っているのだ、ということを踏まえたうえでもう一度考えてみては?

    そういう教育勅語を賛美する青山という議員は川崎さんが理想化する価値のある政界の人物なんでしょうかねぇ。まあもっともそれは川崎さんのご自由ですが。

    • netdeduessel より:

      矢嶋様

      コメントをありがとうございます。

      「おや、おや、…」で始まるのがお決まりのパターンになってきましたね(笑)。

      お子さんをお持ちであることを強調したい…!?

      すみません、レベルの低いダジャレです…汗💦

      教育勅語ですが、私は矢嶋さんの様な高学歴とは違い(想像ですが…)、高校中退の落ちこぼれなので、原文を理解することが出来ません。

      よって、インターネットで見つけた次の解釈がもし嘘ならお話が始まりません。

      12の徳目

      父母孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)

      兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)

      夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)

      朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)

      恭倹己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)

      博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)

      学ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)

      以テ智能ヲ啓発シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)

      徳器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)

      進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)

      常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)

      一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

      そして左側の人にちょっと気になりそうな12番目も左側の人以外には全く気にならないのではないでしょうか?

      でも強いて代替案を出せと言われれば次にようになるでしょうか。

      家族、村、町、県、国などの所属する各組織に危機が迫ったなら、それら日頃から各人が恩恵を受けている各組織のため力を尽くし、それにより永遠の日本を支えましょう。

      自分のためである利己主義は社会を崩壊します。

      ちなみに、左側の人たちが同じように軍国主義と結びつけて嫌み嫌う、はるか昔の鎌倉時代にできた(*)「君が代」。

      君が天皇であるという解釈でしょうか…

      * そのさらに原歌は平安時代の古今和歌集からで、当時のある女性から愛する男性への恋の歌。最も古い国歌としてギネスブックにも…

      でも、もし正しいのなら、少なくとも1〜11までおかしい点は無いと思うのですが…

      • 矢嶋宰 より:

        はい、川崎さんのダジャレ、全然面白くないです。そんなことを考えるお暇があったら「慰安婦」問題に関してきちんと反論を出してくれたほうがよほど有意義です、わたしには。

        また学歴等で人間の価値が決まるのではありませんよ。学歴はこうした議論では重要な要素ではないでしょう。日本より民主的だと思われるドイツ社会で40年も暮らされていても、まだ日本のそうした学歴同調圧力に影響を受けてらっしゃるんですね。不思議です。もしかして「自分は高校中退だから知性が欠けているがゆえに、刺激的な言葉と表現で感情に訴える右翼的思考にひかれるんだ」ということがおっしゃりたいのでしょうか?そうではないでしょう?

        <よって、インターネットで見つけた次の解釈がもし嘘ならお話が始まりません。>
        川崎さん、ここでは「解釈」という言葉はふさわしくありませんよ。「現代語訳」とするべきでしょう。解釈とは教育勅語の中身を十分咀嚼し理解したあとに加えられるべき価値判断の領域になります。このタイミングで「解釈」という言葉を持ち出すと、結果ポスト・トゥルースや歴史改ざんにつながりますよ。それが目的であるというのならしょうがないですが。ですからそれに続く「解釈がもし嘘ならお話が始まりません。」という部分も成り立たなくなります。これはロジックの問題です。

        今後の議論の公平性をたもつため、文部省による公式現代語訳を下に紹介しておきます。
        公式現代語訳といってもまだわかりずらい個所はあると思われますが、一応。

        【以下教育勅語現代訳】
        朕が思うに、我が御祖先の方々が国をお肇めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。

        汝臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以って交わり、へりくだって気随気儘の振舞いをせず、人々に対して慈愛を及すようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚(あまつひつぎ)の御栄をたすけ奉れ。かようにすることは、ただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなおさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる。

        ここに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになった御訓であって、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがい守るべきところである。この道は古今を貫ぬいて永久に間違いがなく、又我が国はもとより外国でとり用いても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を大切に守って、皆この道を体得実践することを切に望む。
        【現代語訳ここまで】

        私が前回書いた11の徳目の問題点を理解されたでしょうか?「いいことも書いてある」というロジックは通じないのだということを説明したのですが。川崎さんの返信には「いいことも書いてある」の範疇を抜け出たものではありませんよ。たとえば家父長制というキーワードを示しましたし、教育勅語が出された当時の時代背景のことも書きましたが、そういう点も含めて総合的に考えるべきではないですか?安易に「いいことが書いてある」という風に飛びつくのでは、冷静な考察と判断に支障をきたしますよ。

        <そして左側の人にちょっと気になりそうな12番目も左側の人以外には全く気にならないのではないでしょうか?>
        これは極端ないいかたですね。教育勅語に関してはあなたがいうところの左側だけが問題視しているわけではないですよ。

        保守系新聞日経新聞記事
        http://www.nikkei.com/article/DGXKZO15091960Z00C17A4EA1000/

        軍歌オタクとして知られる近代史研究者・辻田真佐憲の記事
        http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50764

        自民党・船田議員のHPより
        http://www.funada.org/funadapress/2017/04/06/%e6%95%99%e8%82%b2%e5%8b%85%e8%aa%9e%e3%81%ae%e5%be%a9%e6%b4%bb/

        このように保守派や右寄りのなかからも批判や疑問視の声は出ているのですよ。

        <自分のためである利己主義は社会を崩壊します。>
        これはまさにポスト・トゥルースや歴史修正主義者たちにぴったりの言葉です。みずからの信条や感情に沿う形で利己主義的に事実を曲げることで、本末転倒した話が積み上げられていきます。日本の民主主義や市民社会が崩壊の危機に瀕しているといわれる所以もこういうところにもあるのですよ。

        <ちなみに、左側の人たちが同じように軍国主義と結びつけて嫌み嫌う、はるか昔の鎌倉時代にできた(*)「君が代」。君が天皇であるという解釈でしょうか…>

        古今和歌集に源流があるとされる和歌が変遷を重ねて、明治期に国歌のテキストとして「君が代」が採用されたというのが事実です。和歌「君が代」は誕生祝などに好んで詠われたおめでたい歌ですからね。ですから本来の和歌の中での「君」とは特定の誰かではなく、不特定のだれでもあるということです。しかし明治期に国家の歌詞として和歌「君が代」が採用されてからは、今日まで君が代の君は明らかに天皇です。天皇以外はありえません。ですから和歌としての君が代と国家としての君が代では君の意味が全く違います。まずはその点をきちんと押さえてから、君が代のことを語ってください。古今和歌集に初出だといって、その当時の解釈のまま「君は天皇ではない」なんて言っても通じない話なんですよ。たとえば1999年に国旗国歌法が国会で成立しますが、当時の小渕内閣は「君は象徴天皇と解釈するのが適当である」という見解を示していますよ。

      • netdeduessel より:

        そうなんです、よく「寒い…」と言われます…

        よって、真夏の暑い日に合っているのかと…

        「慰安婦」問題に関しては、以前書いたブログの内容以外に書きようがないのですが…

        低学歴に対するフォローをありがとうございます。

        日本より民主的だと思われるドイツ社会で38年も暮らしていても、まだ日本のそうした学歴同調圧力にどっぷりと影響を受けています。

        就職で苦労をしたとも、しなかったとも言えますが、最終的には自営業になったので関係なくなってしまいました。

        左翼の人は、高学歴者が多いと聞きました。GHQにより、日教組をはじめとする日本の教育システムが丸々やられてしまっているそうです。幸い私はそれを免れたようです。

        ここでは「解釈」という言葉はふさわしくありませんよ。「現代語訳」とするべきでしょう。⬅︎ 全くその通りです! 訂正ありがとうございます。

        実は私は数年前までは、天皇の維持は税金が勿体ないと思っていました。

        でもその後、色々と知るにつれ、天皇家がずっと続いてくれたお陰で今の日本があり得ると思えるようになりました。

        教育勅語がダメであるのなら、次の点だけに絞りたいと思います。

        親に孝養を尽くしましょう。
        兄弟・姉妹は仲良くしましょう。
        夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう。
        友だちはお互いに信じ合いましょう。
        自分の言動を慎みましょう。
        広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう。
        勉学に励み職業を身につけましょう。
        知識を養い才能を伸ばしましょう
        人格の向上に努めましょう。
        広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう。
        法令を守り国の秩序に遵いましょう。
        属する組織単位に危機が迫ったなら力を尽くし支えましょう。

        君が代は、それでは民が世なら如何でしょうか?

      • 矢嶋宰 より:

        川崎さん、それでは「慰安婦」問題に関して、もうこれ以上の反論は川崎さんご自身不可能だということでしょうか?おそらく、ほとんどご自身でお調べになっていない状態で、迂闊にも手を出してしまったのでしょう。「いずれは本になる予定だ」とまでおっしゃっていたのに・・・。

        <教育勅語がダメであるのなら、次の点だけに絞りたいと思います。>
        といっても教育勅語の現代語訳をならべているだけで、違いはといえば最後の12番から「朕」を取り除いただけですね。となるとこれはもう勅語とはいえなくなりますが・・・。話がなんだか変な方向に進んでませんか?

        <君が代は、それでは民が世なら如何でしょうか?>
        明治以来の現行の国歌である「君が代」にたいし、この様な解釈は成り立たないのは明らかです。君が代の君は天皇以外にありえません。

      • netdeduessel より:

        ちょっと大きな勘違いがあるようです。

        慰安婦問題は、常識と算数で理解できます。

        要点だけを抜粋すると、どうしてベトナムで起きた韓国軍人の非道や、現に沖縄で起こるアメリカ軍人の非道は黙認(?)され、もしあったとしても日本の軍人の非道だけがスクープされるのでしょうか?

        万物に長短共にありますが、日本人の国民性の長である、謙虚、謙譲、謙遜をひっくり返した短が外交で出てしまっています。

        それにそれは軍人の問題です。軍(=国)の問題ではありません。誠に遺憾ながら、人間のいる所に泥棒ありと同じです。

        そして本を出す予定なのは慰安婦問題に関してではなく、西洋人のひどさ、日本の良さと日本人の使命に関しての本の予定です(笑)。

        教育勅語自体にこだわるつもりはなく、教育勅語の(インターネットでの説明が間違っていなければ)内容の(特に)1〜11は大事なことであることにこだわっています。

        12は、自分が所属する組織をどこで区切るかの違いだけではないでしょうか?

        左翼の人が嫌う(?)、愛国もそうです。国のレベルで見るのか、地方・郷土か、県か、市か、家族か、あるいは地球か…

        ですから嫌な人は、「き〜み〜が〜あ〜世〜を〜は〜」のところを、「た〜み〜は〜あ〜世〜を〜は〜」と歌えばいいのではないでしょうか?

        その位の差は違っても誰も気が付かないと思います(笑)。

        私も天邪鬼な方なので、機会があれば「た〜み〜は〜あ〜世〜を〜は〜」と歌ってお付き合い致します(笑)。

        ちなみに矢嶋さんは国旗を上げるのもダメですか(笑)?

        川崎

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