ドイツの人との交流について

デュッセルドルフには6000人以上の日本人が住んでいます。

食料品店、レストラン、無数にある各種サービス・・・何から何まで日本と殆ど変わらずに生活することができます。

外国に住んでいるということを忘れてしまうほどに。

ただ、残念ながら日本のコロニーと揶揄されることが少なくありません。

2,3年の滞在の場合には、ともすると日本人とのつきあいだけで終わってしまい、ドイツ語を使う経験やドイツ人とのおつきあいもありそうに見えてまったくなかったりします。

これがドイツ人にはどう映っているかというと、日本人はドイツやドイツ人には無関心だから・・・と思って(あきらめて?)いる方が多いと聞きました。

ときどき気になることがあります。それは、日本の子供たちがドイツ人に偏見を持って悪く言ったり、挨拶されても何も言わなかったりという場面です。そういうとき、私は日本人としてちょっと恥ずかしく思ってしまいます。ASOBO!で例えばスキーに行くときは、レンタルなどは子供自身に受け答えを教えて自分でさせるようにしています。単語さえ言えれば通じますから。

先日はスキーに参加した中学生(日本人学校)の男の子がリフトでドイツ人に話しかけられてずっと会話をしていました。彼は昨年来たばかりなのに頼もしい限りです。子供の成長力はすさまじいものがあります。彼のようにドイツの人と交流しようという気持ちがあれば、短いドイツ滞在の間にも間違いなく国際人として立派に成長することでしょう。

子供たち、若い人たちにもっともっとこうした対話の機会が増えてほしいと思います。と思っていたらつい先日のRheinische Postに非常に興味深く、また気になる記事が掲載されました。ハインリヒハイネ大学の前みち子教授のインタビューで、見出しは「 Freundliche Desinteresse bringt nichts 」です。

http://www.rp-online.de/nrw/staedte/duesseldorf/freundliches-desinteresse-bringt-nichts-aid-1.6540835

部分的にピックアップしてみます。(以下は稚拙でお恥ずかしい限りなので、ドイツ語に問題のない方はぜひ原文の方を読んでください)

・日本人とドイツの人との草の根レベルの交流・コンタクトがもっと増えるべきである。

・ドイツの人にとってはデュッセルドルフの日本インフラは、多くの日本人と接することができる最高の環境だが、その反面、多くの日本人にとっては逆にドイツ語ともドイツ人とのコンタクトも無縁にしてしまう要因にもなっている

・日本デーは75万人もの人出でにぎわい、文化、芸術、スポーツをはじめ日本のありとあらゆるものを体験し、情報を得られる大変素晴らしい催しだが、どちらかというと、日本の様々なものが紹介、提供され、それらが消費されるという構図に見える。日本人とドイツの人との対話や交流の場としてはあまり生かされているように思えない。

・今後はもっともっと対話の機会~独日の市民フォーラムのような~を増やしていくことが望まれる。

・そのための話し合いが26日木曜日にHaus der Universitätで開催される。

・特に若い人たち(学生、生徒)のために、対話やディスカッションなどを通じて互いの異なる考え方や習慣などに触れる機会が求められる。共通の興味のあるテーマなら直接コミュニケーションを取ることができる。

前教授のような方がこのように考えて動いてくださっていると知り、大変心強く感じました。ハインリヒハイネ大学には日本に興味のある大学生がたくさんいます。夢物語かもしれませんが、もし彼らと日本の高校生や中学生が交流できる場が生まれたらと思うと大変ワクワクしますね。例えば日本の中高生(ときに小学生)の折り紙の技術だったりイラストの技術だったり、アニメや漫画の知識だったり、その才能と器用さにはしばしば驚かされます。きっと大学生もビックリするでしょう。日本の子供たちもドイツの大学生との交流は貴重な経験、血肉となるはずですし、それは卑近な例ではそれこそ受験の面接や小論文などにも大いに生かされるのではないかと思います。

少し前にインクルージョンについてのごく短い記事を書きましたが、異文化理解、他者理解はこれからますます身近に必須のものとなってきます。日本にもどんどん移民が入ってくるでしょうし、島国ではなくなっていくものと思われます。

ドイツ、外国に住む私たちは期間の長さはさておき、「移民」と言えるでしょう。この環境は異なる文化、異なる人々に直接触れられる、異文化、他者理解には最高の環境と言って間違いありません。しかもデュッセルドルフには美味しい日本食まで食べられて、外国と日本の両方何もかも揃っている・・・

特に子供、若い人たちにはここでの体験は素晴らしい財産となるはずです。自分たちの考え方、習慣とはまったく異なる世界が目の前にあります。それはどちらが良いとか悪いとかではなく、それぞれに素晴らしい面があります。日本にはないよさがドイツや他の文化にはあり、その逆に日本のよさも改めて感じることがあります。これはドイツや他の文化の人と知り合いになるとより強く実感できます。

それには何より大人の私たちが、もっともっと積極的にドイツの人と交わって対話したいという気持ちと相手への敬意を大切に持ち続けたいものです。

市民フォーラム、今後の動きに大いに注目、期待したいと思います。

 

ASOBO! 山片重信

 

 

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ドイツの人との交流について」への2件のコメント
  1. senryusato より:

    ドイツに住んでいる駐在員の親御さんは、「うちの子を変な国際人にしたくない」という方がいて
    ドイツ人とわざとコミュニケーションさせない人もいました。
    確かに、ドイツ人と接していると自己アピールなど、日本ではほとんど通用しないのではないかと
    思うようなものもあります。けれど「私は」子供の柔軟性でできうる限りその国の文化や言語に
    接することも大きな子供の財産になると信じて疑いません。
    日本に帰る時は帰った時です。ドイツではドイツ語でドイツの友達をいっぱい作って
    ほしいと思います。

  2. netdeduessel より:

    人は誰でも必ず集団に属します。先ずは家庭、そして何かのサークルなど。その次は村や町。そして市、県、地区、国、近隣諸国、そして世界まで上がっていきます。

    家族愛から始まって、故郷に対する愛、そして祖国、最後には同じ地球人です。

    「人類皆兄弟」という言葉、実はまんざら嘘ではないのです。

    自分の存在は自分の両親(2人)、おじいちゃん、おばあちゃん(父親、母親両方で4人)、さらにその親たち(8人) というように辿っていくと、あっという間に物凄い数のご先祖様と繋がっていることが分かります。

    10代遡れば1.024人。15代遡れば3万2千人以上、20代では何と100万人もの親の親たち、つまりご先祖様たちが繋がっています。

    徳川家は僅か15代で260年。つまり20代遡るなんてまだまだ最近のことです。ちなみに49代(徳川家と同じ比率で計算して)850年遡ると、560兆人ものご先祖様たちです。

    正に人類皆兄弟です。

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