死刑の是非

日本弁護士連盟が、現在の日本にいまだに存在する死刑を廃止する提案をしているそうです。

当然のごとく賛否両論あるわけですが、皆さんはどう思いますか?

私は、人の死を人が決めることはできないと思います。

神のみぞ決められることだと思っているのです。

人間は食物連鎖の頂点にいます。

天敵は存在しません。

基本的に人間の生死は自然(神)に委ねられています。

自分の都合で自分の命を絶ってしまう自殺も勿論論外です。

そういった中、どうして裁判所が1人の人間の命の行方を決めることができるのでしょうか?

濡れ衣を着せられてしまうこともよくあります。

濡れ衣で死刑にされてしまってはたまりません。

日本には無期懲役はあっても終身刑がないというのは確かに良くないと思います。

そして恩赦というのが曲者です。

裁判で決まった刑期がどうして短くなってしまうのでしょうか。

死刑も恩赦もなくして終身刑を設けるというのはどうでしょうか。

川崎英一郎

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カテゴリー: ドイツの暮らし, 時事
死刑の是非」への3件のコメント
  1. senryusato より:

    刑法上は日本では、濡れ衣と言わず「冤罪」(えんざい)というのが妥当なようです。
    DNA鑑定が進み、数々の死刑囚が冤罪の元、一時釈放されています。
    こわいことですね。

  2. netdeduessel より:

    残虐に家族を奪われたような事件、勿論お気持ちは深くお察し致しますが、中には無罪で濡れ衣というケースもあります。何年も何十年も刑務所に入った後に無罪が証明されるようなケースも実際にあります。

    人により意見も違うでしょうが、例えばもし私の子どもが目の前で殺されたような場合、つまり犯人は100%明白な時、死刑になるよりも長い人生を一生牢屋で反省して欲しく思います。

    実際に経験していないのであくまでも想像で、経験者から怒られてしまいそうですが…

    そして終身刑の費用が税金で賄われるというのも引っかかりますが…

  3. senryusato より:

    そうですね。終身刑もありですね。
    でも、「死刑」を廃止しないでくれ、という被害者家族の心情も無視できません。
    オウム事件のように、お金だけ巻き上げられ、何十人も地下鉄などで殺された人たち
    ストーカーのように執拗に追いかけられ、警察も味方に付いてくれなくなった事件の被害者
    などの家族は「死刑存続」に賛成しています。
    本当に難しいです。

    瀬戸内寂聴さんは「死刑に賛成するのはバカ者だ」と言ってました。お坊さんだから
    仕方ないのですが、たちまちブログが「被害者家族の意見」で炎上。
    次の日は平謝り・・・。なんともはや事の重大性を物語っています。

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