天への貯金

「天への貯金」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

自分のためにはならないこと、あるいは自分が犠牲になっても、何か他の人のためになることをすると、その行為がプラスで天に貯金されるという世の中のシステムです。

自分のためにはならなくても、他の人のためになる「何か良いこと」とは一体何でしょうか?

例えば簡単な例では「一日一善」の一善です。

混んだ電車の中でお年寄りに席を譲る(そんなのは当たり前という人もいます)、困っている人を助ける、公共のために無償で何かをする(ボランティア)などです。

日本では昔それがあたり前でした。見返りを求めずに見ず知らずの人に親切にする。勤労奉仕と言って、複数の仲間で公共の仕事を無償で行う、公共の場を無償で掃除するといったようなことです。田舎ではまだ当たり前ですが、都会ではそうではありません。

そういう意味では都市化が、マザーテレサの言うところの愛の反対である無関心につながり、それが都会の人間をおかしくしてしまっているのではないでしょうか?

元々日本人は、例えば自分の家の前を掃除する時、両隣の方にまではみ出て広めに掃除します。それが利己主義の場合は、きれいにキッチリと自分の家の前だけを掃除します。あるいはひどい場合は掃除もしないかもしれません。

戦後の西洋化で利己主義、つまり「自分さえ良ければ良い」あるいは「必ず見返りを求める」という自己中が蔓延してしまいました。その傾向があまりにも強いと、善の行いを理解することができずに、例えば無償の掃除に対して、「それって変な宗教?」と勘違いさえしてしまいます。

でも万物に長短ありで、自己中にも良い面があります。

例えば外交。外交と言えばガキの喧嘩。他国の利益を慮るのではなく、何よりも自国の利益が最優先です。他国の利益を慮っているように見えることがあれば、それは単に戦術に過ぎません。

利己主義がはびこる今日の日本も、元々は謙遜を美徳とする武士の国。世界の物差しで測れば利己主義の程度はまだまだ低いので、外交となるととても弱くなります。本当は高杉晋作くらいの良く言えば気概、悪く言えばハッタリが外交には欲しいのですが…

そんな日本、日本人が私は大好きです。自己中よりも、謙虚な方がかっこ良い、気持ちが良いからです。そしてそれは自己主張が強い利己主義の西洋でもポジティブに受け入れられます。

でも利己主義が強い人は別です。残念ながら利己主義の強い洗脳、影響によって「それって変な宗教?」となってしまうからです。

無償の行為は一体自分のためにならないのでしょうか?

実はなるのです!

「神様が見てくれているからです!」 というのは説明しても分からないであろう、子供向けの説明で、そんなことを言うから「変な宗教?」と勘違いされてしまうのですが(笑)、世の中、自然の仕組みがそうなっているようなのです。

大人も信じるか、信じないかは勿論各人の勝手なのですが、一見無償の行為に見えるものも、実際には有償の行為で、目に見えない報酬が天(自然)に貯金されて、それが時々引き下ろされるようなのです。

ちょっと不都合(?) なのは、天の貯金は自分で引き出したい時に自由に引き出せるわけではなくて天任せです。引き出しのATMも窓口も勿論自然任せです。

例えば私の場合の小さな例だと駐車に困ったことがありません。車を駐車したい時にはいつもそこに駐車スペースが空いています。

極端な時は、目的地に着くと目の前の車がまるで待っていたかのように出て行ってくれます。あるいはアウトバーンを走っている時に現われる渋滞は自分の側ではなくて対向車線側がはるかに多いのです。

でもよく注意して見ていないと、そういうことに気がつかないかも知れません。さらにはそういう払い出しが自分の代には無くて、自分の死後の子供たちに出ることもあるようです。

「な〜んだ、そんなんじゃ嫌だ」と思う人もいるかもしれません。でもちょっと待って下さい。自分が天にする貯金が将来、自分の子供や、さらにその先の子供たちに下りるというのはとても素敵なことではないでしょうか?

誰でも自分の子供は可愛いものです。孫ならもっと可愛く、ひ孫ならさらにもっと…

ひ孫の先まで見れる人はあまりいませんが、とても可愛いのは間違いなさそうです。そういう可愛い子供たちに天の貯金が残るのはとても素敵なことではないでしょうか。

アメリカのインディアンに、イロコイ族という部族がいて、「我々が何かを行う時、七世代先の子孫にどういう影響を及ぼすかを考える」そうです。例えば土地を開発するような時に、200年先を考えて判断すると言うのです。

短期の利益、経済成長に走るのではなく、そのような長期的な視線が必要ではないでしょうか。インディアンと言えば、日本人同様、白人の迫害にあっても誇りを失わなかった民族です。

実際のお金の貯金を残すのはお勧めできません。温室効果で子供がひ弱になって身を崩すことが多いからです。

ところでお釈迦様の無財の七施をご存知でしょうか?  お金がなくても出来る施しが7つもあるというものです。

無財の七施

1眼施
温かい眼差しで接する

2和顔悦色施
明るい笑顔、優しい微笑をたたえた笑顔で人に接する

3言辞施
心からの優しい言葉をかけていく

4身施
肉体を使って人のため、社会のために働くこと。無料奉仕

5心施
「ありがとう」「すみません」などの感謝の言葉を述べる

6牀座施
場所や席を譲り合う

7房舎施
訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらう

元手も掛け金も不要な天への素敵な貯金をしてみませんか?

無宗教で俗物的な私などは、普段からものすごく運が良いので、「これはきっとご先祖様たちがかなり貯金をしてくれているな〜」と感じます。そしてその貯金を自分は使い減らしてしまっているのではないだろうかと焦ってもいます…笑。

その仕組みがあるのを頭では分かっていても、どうも身体ではピンとこないので、何か良いことをした時は、心の中で「チャリン、チャリン」と言っています。そうすると本当に貯金をしている気がするからです(笑)。

例えば朝、仏頂面(ぶっちょうずら)をしている人に笑顔で「おはようございます!」相手は相変わらず仏頂面かも知れませんが、心の中で「チャリン、チャリン」…笑。

その時にもし相手もニコニコしていたら貯金にはなりません。プラマイゼロです。相手がニコニコしていない時だけ貯金になります(笑)。

逆に自分の機嫌が悪くてニコニコしていない時に、ニコニコして声をかけてくれる人がいたら、マイナスの「チャリン、チャリン」です(笑)。

もし7施では物足りなかったら、是非月に一度のデュッセルドルフ駅前のお掃除に加わって下さい。

自己中の人にはボランティアの掃除は出来ないと言われているので、是非一度試してみて下さい(笑)。

川崎英一郎

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日本人

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カテゴリー: ドイツの暮らし
天への貯金」への1件のコメント
  1. senryusato より:

    絶対あいさつをしない人が職場にいました。いつもこちらはニコニコ挨拶しているのに。
    「にくったらしい!!」と思う私には運は向いてこないだろうなあ。
    天がみている、というのはキリスト教にも、神道にもありますよね。

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