クリエイティブな子供たち3 教育の目的~新渡戸稲造編

学校、教育、勉強の目的って何でしょうか?

前回、真剣に考えてみませんか?などと言ってはみたもののあんまり真面目くさってもよくないので少し気楽にいきましょうか。

まあ、最近は便利なもので、課題が出されてもグーグル先生に尋ねればなんでも即座に教えてくれます。ときには読みもしないでコピペで済ますことも、なんてことはまさか、、、ね。

というわけで、私も早速グーグル先生に聞いてみました。
いえ、まずは色々な考え方を知るということが大切ですから。
アンチョコで模範解答を探そうってわけではありませんよ・・・(汗)

で、「教育  目的」で調べてみると、、、
なんとあの「武士道」を著し、五千円札の顔にもなった偉大な人物、新渡戸稲造が教育の目的について書いているではないですか!
さらには一万円札の福沢諭吉も。

自分のお粗末な脳味噌と乏しい経験をもとにした狭い主観で凝り固まった教育論なぞをぶつよりも偉大な人物の虎の威を借りた方が、、、もとい、偉大な人物の考えに学ぶところは大きいはず。

まず、新渡戸先生から。
新渡戸稲造  教育の目的

これがまたユーモアと皮肉に溢れていて、どこまで本気でどこまで冗談か判別しかねる非常に面白い文でした。ぜひお読みください。

少し話が逸れますが、次の文章なんかは身も蓋もない書きっぷりに爆笑。

~職業教育を狭くやると、そういう弊に陥いって来る。それならといって、僕は決して職業教育をするなというのではない、職業を求むるために教育をすればまた宜いこともある。
それは独逸の例を見れば分る。かの鈍い独逸人、あれほど国民として鈍い者はあるまいと思われ、皆が豚を喰い、ビールを飲んで、ただゴロゴロとしているので、国民としては甚だ智慧の鈍い者である。そうして愛国心なども有るのか無いのか、ようよう三十余年前に仏蘭西と戦争をして勝ったから、アアおれの国もやッぱり人並の国だわいと思って、初めて一個の邦国たる自覚が起った。かく未だ目が覚めてから四十年にもならない、それまでは熟睡しておった国である。その国民にして今日の如き進歩をなしたのは、主としてこの職業教育が盛んになった結果であることは僕が断言して憚からぬ。故に国を強くし、殊に殖産を盛んにする国是の定まった以上は、職業のために――位地のためとは言わない――教育することは誰しも大いに賛成する所である。

1907年に書かれているので100年以上も前のことですが、「あれほど鈍い者はあるまい」とか「ビールを飲んで、ただゴロゴロしている」とか「甚だ智慧の鈍い」とかそこまで言うか、普通??と思いますがまったくお構いなし。

すみません、これは新渡戸先生の言葉をそのまま引用したのであって私の意見ではないことをご承知おきください!!

昔のドイツ人のことはわかりませんが、ドイツ人の名誉のために付け加えておくと今のドイツ人はそれだけではないですよ。春には白アスパラなんて洒落たものも食べるし、コーヒーを飲んでチョコレートを食べ、ワインも嗜みます。さらにはカリーヴルストやグミベアヒェンといった世紀の大発明※もするくらいすごいんだから。(本当はもっとすごいところがいっぱいあるのだけど割愛します。)

※50 Erfindungen, die die Welt veränderten  世界を変えたドイツの発明50 Die Weltによる ←おすすめ

本題に戻って新渡戸稲造の考える教育の目的とは。
ずばり端的に言うと、、、これまた引用します。

即ち教育の目的とは、第一職業、第二道楽、第三装飾、第四真理研究、第五人格修養の五目に岐わかれるのであるが、これを煎じ詰めていわば、教育とは人間の製造である。しかしてその人間の製造法に就いては、更にこれを三大別することが出来ようと思う。

職業教育、道楽としての教育、装飾としての教育、真理の研究、人格修養の5つだと。

ただし、字面だけを取るとまったく誤って解してしまいがちです。道楽とか装飾とか、ふざけてんのか?と思ったあなた、ぜひ原文を読んで下さい。
思わなかった方もぜひ。随分深く、多岐に渡る内容が示唆されていることに気付くと思います。
新渡戸稲造  教育の目的
そして、人間の製造方法について以下の例をあげています。これをあげているところに改めてその偉大さを感じます。

一、 左甚五郎方式
二、フランケンシュタイン方式
三、ファウストのホムンクルス方式

※詳しくは原文を参照

そしてこう結んでいます。

第一の左甚五郎の如く、ただ唯々諾々(いいだくだく)として己れを造った人間に弄(もてあそば)れ、その人の娯楽のために動くような人間を造るのであろうか。
あるいは第二の『フランケンスタイン』の如く、ただ理窟ばかりを知った、利己主義の我利我利亡者で、親爺の手にも、先生の手にも合わぬようなものを造り、かえって自分がその者より恨まれる如き人間を養成するのであろうか。
はたまた第三のファウストの如く、自分よりも一層優れて、かつ高尚なる人物を造り、世人よりも尊敬を払われ、またこれを造った人自身が敬服するような人間を造るのであろうか。
この三者中いずれを選ぶべきかは、敢て討究を要すまい。しかしてこれらの点に深く思慮を錬ったならば、教育の目的、学問の目的はどれまで進んで行くべきか、我々はその目的を何所(どこ)まで進ませねばならぬかということも自から明瞭になるであろう

ぜひ原文を読んでみてください。ここに引用した文よりもずっと面白く、かつ深く考えさせられる内容が詰まっています。
新渡戸稲造  教育の目的

新渡戸先生も最後に「これらの点に深く思慮を錬ったならば、教育の目的、学問の目的はどれまで進んで行くべきか、我々はその目的を何所(どこ)まで進ませねばならぬかということも自から明瞭になるであろう」と仰っています。

要するによくよく考えなければいけないよ、考えれば分かるはず、ということです。

ここで述べられていたのはどちらかというと天下国家の教育論。

では我が子について実際にどうなのか、よくよく考えなくてはいけません。
もっともっと具体的に考えを落とし込んでいかないと。

ただ、人間五千円札を手にすると一万円札も、と思うのが人情?!

学問のススメ、福沢諭吉翁はどのような考えなのでしょうか?
もうひとつ参考にしてみましょう。

ASOBO! 山片重信
http://asobo.de
子供たちにスキーを始め色々な遊びの体験をしてもらうASOBO!を主宰。
元々は中学・高校受験の大手塾講師。現在も理数科目の指導を行っている。

ブログランキングの応援クリック、宜しくお願いいたします!
↓↓↓     ↓↓↓

にほんブログ村 海外生活ブログ デュッセルドルフ情報へにほんブログ村 海外生活ブログ ドイツ情報へ
広告
タグ: ,
カテゴリー: 教育
クリエイティブな子供たち3 教育の目的~新渡戸稲造編」への4件のコメント
  1. ganbarenihon より:

    優良企業の中に、「教育は全ての業務に優先する」 というのがあります。つまり、売上(営業) などよりも教育が先というものです。

    古いものでは江戸時代、素晴らしい偉人のお陰で健全な藩になっていたところには、やはり同じ気風があったようです。

    飢饉の時などに、何かの幸いで大量の米が支給されたりすると、それを食べてしまうか、食べるのを我慢して教育に向けるか。どの藩だったか忘れましたが、後者を選んで藩の改革に大成功しました。

    現代人(とは言ってももうだいぶ前から) の悪は忙しさ。ゆとりのなさ。忙しいとは、心を失うと書くそうですが、忙しいとやさしさも思いやりもどこかに飛んで行ってしまいます。

    詰め込みで時間を奪うのはやめるべきだと思いますが、国民性に根付いていないでしょうか。

    ちなみにドイツの発明50選、印刷は中国から、ビールはチェコのPilzen(Pils) から、ホメオパシーは東洋医学から、紙も中国からでは??? と言うのでは、住ませてもらっているドイツに対してデリカシーに欠けるでしょうか?

    さらには電球、電話… その当時はヨーロッパとアメリカでさまざまな物がほぼ同時に出てきましたが、それは正に「100匹目の猿」 現象ですね…

  2. […] 前回は新渡戸稲造の「教育の目的」を読んでみました。 […]

  3. senryusato より:

    カナダに行ってしまった知人がいます。日本人の中学生のホームステイ先にもなっています。
    ドリルをいっぱい持ってきて、沢山の英単語と知識を披露するそうです。夏季集中講座もあって夏休みなんか事実上ないそう。「将来なりたいものはない」と平気でいうそうです。一方、カナダにいる孫は、遊んでばかりでドリルなんて???という状態で一番好きなことは「ボランティア活動」だそう。
    実経験の少ない、知識詰め込み方の日本の教育は「成績がいい」子供は作っても実践に乏しく応用問題もなかなかできない子が多いそうです。
    小学生から大学院に至るまで、職業カウンセリングのある大学はほとんどなく、あっても、私学ばかり。これは大きな日本の問題点です。

    • ASOBO! より:

      比較すると余計に日本の詰め込み式が気になりますね。
      こちらにいてインターや現地校でやっていることを知ると、
      まず子供のころは思いっきり遊ぶし、夏休みなど長期の休みには宿題は出ません。休暇中には仕事をしない、子供のころからオンとオフをしっかり切り替えているんですね。
      また、調べたり、プレゼンしたり、自分の意見を主張したり、ディスカッションしたりと学校での内容が少なからず大人になって仕事についたときにもつながっているように感じます。あと職業体験は必ず入ってきますね。
      インターも現地校も低学年のうちは本当にゆっくり、こんなんで大丈夫?と思うほどですが、だんだんとペースもレベルも上がっていき高校2、3年になると大学レベルのことをやっていたり。
      長短色々あるでしょうが、よいところは取り入れて悪いところは改めていって欲しいですね。

      日本の子供は急がし過ぎて自由に考える時間を奪われているかもしれませんね。
      新渡戸稲造の書いていたように職に誇りを持つというのがドイツでは良い意味でも悪い意味でもかなり意識が高いようです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中

  ブログランキングの応援クリック、         宜しくお願いいたします!      ↓↓↓           ↓↓↓

にほんブログ村 海外生活ブログ デュッセルドルフ情報へ
にほんブログ村 海外生活ブログ ドイツ情報へ
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。