「あなたになんかわかるもんか」

もう10年くらい、文通している男性がいる。

えー、結婚しているのに、オバハンのくせにと思われるかもしれない。でも艶っぽいことはゼロ。知り合った所は「詩を書く会」という色気も不倫も無縁にかなり近いところ。

私が色んな人の書く詩をコテンパン(私には自覚なし)にやり込めるので、かなり辛辣な女だと、やんわりとたしなめる手紙が会の後、彼から届き、それからの付き合いだ。私の辛辣さはそれからも、続くという傲慢さだったが。

彼を含めその会のみんなは私をのけ者にすることもなく、付き合ってくれた。考えれば私のような者にも温かく付き合ってくれた人がいるのは本当にありがたいことだったと思っている。

彼は69歳。戦後69年、戦争を知らない世代の第一号で、その上、日本の復興に命がけで戦ってきた、モーレツ世代の第一号でもある。

その彼と、本当に、どうでもいい日常の話題や芥川賞の本の感想や、病気、時には時事問題まで時にはかなり、長いスパンをあけても継続的に文通をしてきた。最後に会ったのは7年前だったろうか、同じ市内に住みながらも会う事はなく、やはり「手紙」というアナログというか旧近代みたいな方法をとっているのは彼が、pcを持っていながらも、メールすら出来ないから仕方なくそうしているわけだ。

彼は昔、作家志望。得意分野は時代小説。

いくつか読ませてもらったが、かなり面白い。短編専門。読み易すぎるので、もう少し長く書いてもいい、と思うくらいだ。

私もこれぐらいの力があればなあ、と何度も思った。

若い時代に、東北から北海道に、家業を継ぎたくなくて(実家は大工の棟梁)家出してきて、北海道で土木会社を立ち上げ、40年もの間、小さいながらも社長をしてきた。その間、小説も勉強しながら書き続けてきた努力は敬服に値する。

その彼が変わった。劇的に変わったのは、リーマンショックの直後だったように思う。

会社の倒産がそのきっかけだったのか。

三軒の持ち家を全て手放し、ゴルフ権も全て手放し、従業員も全員解雇した。

それ以前は、政治団体から無理やり買わされた「田中角栄語録」みたいなものを揶揄したり、冗談を言ったりする楽しい人だったが、それ以降はおそらく長く続いた栄光にピリオドを打ったせいで、奥さんの悪口や教養のなさ、趣味の狭さなど、今まで言ったこともないことを手紙に書き連ねるようになった。

持ち家を全て手放し、借家を転々とし、その借家も、汚くてバスタブもなくて、カーテンレールすらなくて・・・・と言った感じで、比較的豊かに育った奥さんには、かなりの屈辱だったようで、毎日、毎日奥さんの愚痴を聞いてなければならない生活に我慢の限界がきてる、といった内容が続いた。奥さんと顔を合わせているのも嫌になったのだろう、外に出始めて、奥さんとは違う女性と付き合い始めているのもうっすらと知った。

男性が職業、それも社長などという高い地位を失うと、こうも変貌してしまうのか、と正直言葉がないほど驚いてしまった。

衣食住全てを変えてしまうのだ。付き合う女性も一人ではなく、知り合う片っ端からどんどん深みにはまってしまう。

こちらが尋ねもしないことまで書いてくる、

そしてまた奥さんと喧嘩になり、時々大事件になってしまうDV殺人も他人ごとではなくなってきた、なんていうことまで書いてくるようになった。

20歳近くも違う年上の男性に、注意するのも、おかしいとは思いつつ、女性との関係はやんわりとたしなめたことが一度ほどあったが、これも彼にとっては逆鱗に触れたらしく、付き合っている女性に私のことを告げたらしい。

その女性が私のことを逆恨みして、「そんな手紙書く女はろくでもないに決まっている。暇ですることもない、馬鹿女だ。毒婦、悪女に決まっている」と彼は言われたといってきた。とんでもないことになったなあ、と思いながらも、私の書く手紙の内容をあちこちに吹聴するのにも正直辟易した。

「私は会社を立ち上げるために死にものぐるいで努力した。北海道に拠点を持たない余所者が、ここで成功するまでの努力と忍耐、そして雇用者を持つまでの苦しさと言ったら言葉にならない。それをあなたはわかろうとしない。それほどの頭しか持ち合わせていないのだ。いい加減にしてほしい。何故、私に注意するのだ。妻にも友人にも理解されない私の苦しさを理解してくれないのだ・・・」

と手紙が来た。私は会社についてのことなど

一言も手紙で書いたことはない。会社をたたんだことについても、非難などしたこともない。注意したのは長年連れ添ってきてくれた奥さんを差し置いて、女性と遊びまわっていることのみだ。それが事実だけに彼の逆鱗に触れたのだろう。

その怒りの手紙と一緒に同封されていたのは、新聞の精神科医のコメント。『毒婦について』という切り抜き。

とうとう、私は「毒婦」にされてしまったのだ。

彼の締めくくりの言葉は「あなたになんか私の気持ちはわからない」という言葉。

結構、傲慢でならしている私だが凹んだ。

佐藤庸子

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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カテゴリー: 老後, 日本、日本人について

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