東條由布子の死に思う戦争

平和ボケしている日本だといわれ続けている日本人だが、八月の数日だけはせめて、戦争や戦火に散った人たち、戦争のことについて考える日々であってもいいのでは、と思う。特に今年は「特定秘密保護法案」というわけのわからない国家機密に関する法律が成立してしまったし、安倍首相は「自分なりの解釈」で憲法を「戦う自衛隊」として成り立つような法案まで通してしまいそうである。

日本国内で「戦争ごっこ」をして「地域に愛させる自衛隊」を目指していた「自衛隊」もいよいよ「軍隊化」されるのかもしれない。

『北海道の軍機、レーダー、装備品は、尖閣諸島問題以降、九州へ大量移動して、北海道は情報基地としての機能しか持たなくなったよ、ソ連が「仮想敵国」じゃなくなったからね』と防衛大学卒業のクラスメートが言っていた。こんなことを書いたり、言ったりすることも「秘密保護」法案に触れる世の中になるかもしれない。

「愛の嵐」という映画を見たことがある。

戦争中、アウシュビッツで行われていたユダヤ人の少女とナチスの将校との話である。ポルノか歴史史実かと大変話題になった話だ。

ユダヤ人の少女が将校からパンやドレスを特別に与えられ、その代償として将校に性的サービスを夜な夜な施し、アウシュビッツ解放後も、偶然再会した二人の間に、また主従関係のような性的関係ができてしまう、という内容だった。

女性の性と、戦争は切り離すことが出来ない。戦勝国の軍隊の敗戦国の女性に対する冒涜は枚挙にいとまがない。が日本人は殆どそのことを歴史の時間に教わらない。

従軍慰安婦しかり。最近は従軍慰安婦=売春婦という発言が完全にタブー化されて殆ど政治家は言わなくなったが、それでも一部にまだ残っている。前述した「愛の嵐」のユダヤ人の少女は物品を提供されて性サービスを提供したではないか、売春婦と同様ではないか、と責められないように従軍慰安婦もまたしかり、であろう、と私は思う。

橋下大阪知事は、もともと売春禁止法がなかった戦時中、性サービスを行っていた女性たち、主に韓国人の10代の当時少女たちを慰安婦にして中国や韓国に連行し同様のことをさせていたのだから、いいだろう、金だってやっていたのだし。と発言し、大ブーイングをくらい、大変だった。韓国からも元慰安婦が大挙して来日し、ニューヨークには「慰安婦問題を売春と発言した日本」の横断幕がデパートにでかでかと掲げられてしまった。

歴史観の違いは勿論あるが、男女の違いもあるのかもしれない。しかし、この言論自由な日本の右翼まがいと称されている橋下知事(弁護士)ですら従軍慰安婦を売春婦とは絶対呼ばないことは日本人として肝に銘じておきたい。

何か今年は、とても静かな八月になった。

戦争の映画は多かったが、A級戦犯だ、靖国参拝だ、との論議が極端に少なかった。

どうしたのだろう。ふと考えていたら、東條英機の孫、東條由布子が去年亡くなっていたことをネットで知った。戦後69年。戦争を知る世代は二割となった。この由布子氏、夏になるたびマスコミと選挙に現れ、エキセントリックな発言と物議を醸し出して、すっかり戦争の風物の人だった。彼女の「東條家の人々」等々の著書は、英機氏の自殺の場面から始まり、すさまじい、いじめ、姿、名前を隠しても、隠しても、逃亡先々でバレて、町や村を追い出される、胸の詰まる内容である。

たとえ、軍人であり、首相であっても、負けてしまえば、戦犯の孫である事実はこんなにも重くのしかかるのだ、と苦しくなった。

昨日まで最高軍人の孫だとちやほやしていた教師たちが、負けが決まると、教壇に引きずり出し、

「こいつの爺に皆のお父さんは殺されたのです」とびんたを浴びせる。

同級生は「東條英機、クビチョンパー」と絞首刑の場面を面白がってからかう。それを傍観しているだけの大人たち。悔しかったろうし悲しかったろう。

戦争惨禍は幼い、子どもといえども情け容赦なくのしかかってくるのだと、彼女の本を読んで深く嘆息せざる得なかった。

その由布子氏も流転流転の末亡くなった。大学で勉強したい気持ちをずっと持っていても義務教育すら満足に受けることが出来なかった彼女。ようやくその希望を果たせた時は三十歳を越えていた、と確か書いてあった。

こんな不幸なことが、もう二度とないように極めて愚直ではあるが、69年目の終戦、深く平和を祈念したい。

佐藤 庸子

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カテゴリー: 日本、日本人について
東條由布子の死に思う戦争」への1件のコメント
  1. 東條 栄一 より:

    初めまして、大東亜戦争後の間違っていた歴史観の犠牲者でしたが、亡くなる3年ほど前に札幌の安濃豊氏の「戦勝国は日本だった」の著書を読み、元首相の東條首相は亜細亜植民地を解放した英雄であることを確認しました。著者にもお会いしてお礼の手紙を送っていました。

    その後に安心したのでしょうか、お亡くなりになりました。
    著書の拡散をお願いします。

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