首相の靖国神社参拝

毎年8月15日が近づくと、日本の首相の靖国神社への参拝が気になります。

でもそれを一番気にするのは、日本から今まで以上にお金(援助)を引き出そうと企んでいるのか、あの手、この手で日本を困らせる2カ国です。

ではどういう理由でその2カ国は、靖国神社へのお参りをいやみ嫌うのでしょうか?それは、そこにはA級戦犯という人たちが祀られているからです。

ではA級戦犯とは一体どんな人たちでしょうか?A級戦犯とは、第二次世界大戦後の東京裁判と言われる、戦勝国による敗戦国へのリンチで、「平和に対する罪」 という、戦時中には存在しなかった、その後に作られた罪を、戦勝国によって無理やり押し付けられたひとたちです。

このお話、つまり2カ国の言い分である、「靖国神社にはお参りするな」 には少なくとも3つのめちゃくちゃがあります。

まずはその裁判で、後で作った法律で、過去の行為を罰するというものです。

例えばその昔、オートバイに乗るのにヘルメット着用は法律で決められていませんでした。つまり、ノーヘルが合法でした。

その後、オートバイが増えて事故も増え、ヘルメット着用は法で定められ、ヘルメットをかぶらずにオートバイに乗ると違法になりました。

その法律ができる前にヘルメット無しでオートバイに乗っていた人たちを、後から作った法律で罰することができるでしょうか。

次に、裁判というものは、公平に行われなくてはなりません。

ところが東京裁判は、戦勝国が敗戦国日本を裁くという、極端に不公平なものでした。とても裁判といえるものではなく、それはリンチ以外の何者でもありません。

当時の日本の首相など、敗戦国の代表者たちは絞首刑によって罰せられましたが、原爆を落とした責任者たちは無罪どころか、訴えられてもいません。

東京を含む日本各都市への大空襲の責任者たちも同じです。日本はパールハーバーという軍港を攻撃し、数千人のアメリカ軍人を殺してしまいました。

でもそれは国際法に基づいたものでした。ところがアメリカは、国際法を破って、広島、長崎を原爆にて、東京を含む主要都市への不必要な空襲で、30万人以上の民間人を殺しました。

そんな比較は無意味かもしれませんが、日本軍が殺傷した相手はほとんどアメリカ軍人です。ですがその反対にアメリカ軍が殺傷したのは、何十万人もの日本の一般人・民間人なのです。

何十万人もの民間人を殺した責任者は罪を問われもせず、軍人を殺傷した責任者は絞首刑です。これをリンチといわずに裁判と言っています。

裁判中に、心ある公平なアメリカ人の弁護士のひとりがその点を突いてくれましたが、そこだけ英和訳はカットされ、理由は将来述べるということで裁判長から却下されてしまいました。

そして三つ目ですが、裁判で罪/罰/刑が決まると、被告はその刑を受けます。そして刑を受けることによって、その罪をあがないます。

つまり、絞首刑を受けた人は、殺されることによって罪を清算し、晴れて普通の人になるわけです。

つまり、靖国神社には、元A級戦犯は祀られていても、A級戦犯は祀られていないのです。

罪を償った人をいつまでも責めることの方こそが違法です。

問題の2カ国が、いかに馬鹿げた主張をしているのか、これでお分かりになったでしょうか。

戦場慰安婦問題竹島問題、尖閣諸島問題南京問題、どれも幼児の駄々こねと一緒です。

多くの日本人がこの問題を正しく認識せずに、キチッとした態度を示せないのは、とても残念なことです。

視聴者参加型のあるTV番組で、靖国神社参拝の是非を尋ねたところ、「A級戦犯が祀られている限りはダメ」という人たちが何人もいました。

それでは、「A級戦犯を分祠すれば(他へ移せば) OKか」との質問に、それらの全員がYESでした。

問題なのはその次の質問の結果です。「では、A級戦犯と、B,C級戦犯の違いを知っていますか?」 との問いに、それらの誰ひとりとして手を上げることのできる人がいなかったことです。

つまり、多くの人がA級戦犯の意味も知らず、単にそのうわべだけで、しかも感情的に判断しているだけなのです。あるいはA級を、永久と勘違いでもしているのでしょうか?

そういう意味では、GHQのWGIPという、戦後の日本人洗脳プログラムは大成功したと言わざるを得ません。

忘れてはいけないのは、有色人種は19世紀の後半まで奴隷として西洋人(白人)に使われていたことです。

売り買いされたり、その扱い方は家畜同然でした。日本はそういう西洋からの侵略から免れていましたが、元々有色人種です。

日清戦争、日露戦争で勝利した有色人種の日本人は、アジアから中東にかけての有色人種たちから絶賛されました。

いえ、東欧の白人たちからさえも賞賛されました。但し東欧のその白人たちは強国から虐げられていた弱い立場の白人たちでした。

では強国の白人たちは、その有色日本人の勝利を喜んでいたでしょうか?第一次世界大戦後、パリ講和国際会議で日本は人種差別撤廃を訴えました。

でも無視される結果となりました。時はまだ1919年、西欧列強の国々が植民地を貪っていた時代だったので無理もありません。

第二次世界大戦後、村松剛という人が交換教授でカナダに滞在していた時に、ニューヨークタイムズの面白い切り抜き記事のコピーをお土産に、三島由紀夫氏と石原慎太郎氏に持ち帰って見せました。ひとつはドイツが降伏した時の社説です。

「我々は勝利してよかった。だが、ドイツ人とは本来友人であり、ドイツ人は優秀だから、将来を見据えて、彼らがナチスを排除するなら、我々はドイツの再建に協力していこう」 と、書いてあったそうです。

そしてもうひとつは、日本が降伏した時の社説で、その横には恐ろしく大きなナマズのような化け物がひっくり返って口を空けているところで、やっとこを手にしたGIが2,3人で牙を抜こうと格闘している漫画が載っていたそうです。

そして社説は、「この怪物は倒れたが死んだわけではない。我々はこの化け物の牙と骨を徹底的に抜き去らなければならない。この作業は戦争に勝つよりも難しいかもしれないが、アメリカは自分のためにも、世界のためにもこの作業を続けなければならない」

(村松剛さんの情報は、「勝つ日本」石原慎太郎著から)

この発想・思想がWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム) につながるわけです。

実際に、GHQが日本に来る時は、神風特攻隊の攻撃や、地上でも日本軍の決死の突撃を受けるなどの苦い経験をしていたので、日本人とはとんでもない人種だ、占領下の日本を統制することは一筋縄ではいかないと覚悟してきたそうです。

ところが実際には、日本人のその従順さに拍子抜けしたそうです。

出る杭は打たれるといいますが、有色人種の中で飛びぬけて出た杭である日本人は、先進列強諸国の白人たちから見てみれば、非常にいまいましい存在だったわけです。

そしてそれは2カ国からの嫉妬にもつながります。

首相にひとつ提案です。靖国神社を毎朝参拝したらどうでしょうか?数カ月もそれを続けたら、2カ国ももう何も言わなくなるのではないでしょうか?

もし何か言われても、次の3つのメチャクチャな理論を正々堂々と伝えて欲しいと思います。

1.後で作った法律(?) で、過去の行いを裁くことはできない。

2.戦勝国による敗戦国へのリンチは、決して裁判とはいえない。

3.靖国神社に祀られている、東条英機等の元A級戦犯は、あくまでも元A級戦犯であり、絞首刑で死ぬことによってその(理不尽な) 罪を清算し、晴れて普通の人になって祀られている。

こんな過去の戦争のテーマを、この暑苦しい夏にわざわざ持ち出さなくても… と、言う意見があると思います。実は私もそう思います。

でも、間違った認識で、2カ国は執拗に日本を貶め続けようとし、竹島はほぼ奪われ、尖閣諸島も危ない状態で、日本軍人は何十万人もの中国人を虐殺したと言い触れ回られ、アメリカには慰安婦像なるものが建って、日系の子どもたちが心無いいじめに遭っています。

日本人として、パスポートを与えてもらい、海外で国から守ってもらっている以上、これらの問題に関して、まるでその時だけ自分は日本人ではないかのような第三者になってしまうのではなく、1人でも多くの日本人が少しでも正しい認識を得る努力をして、正しい判断と態度で臨んで欲しいと願います。

海外にいるからこそ、日本のことをもっと知ろう。

EK

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カテゴリー: 日本、日本人について
首相の靖国神社参拝」への19件のコメント
  1. 矢嶋 宰 より:

    <「日本の天皇の名のもとに2000万人もの人たちが命を落とした…」 ➡︎ 第二次世界大戦で命を落とした日本人の数にしては多過ぎるような気がしますがそんなにいますか?>

    アジア全域です。勉強してください。

    <もし日本が無抵抗で何もしていなければ、その後もっとひどいことになっていませんでしたか?>

    具体的な説明を。あまりにも唐突過ぎます。

    <「相手は洗脳されている、情報は嘘だと…」 ➡︎ いえいえ、それは私の方から見ればそうですが、あなたの方から見れば全く逆(同じ)でお互い様です(笑)。>

    川崎さん、よく考えてみてください。私はあなたが洗脳されているとはここではいってませんよ。ですからお互い様とはなりませんよ。落ち着いて物事は考えてください。それから幼稚な洗脳論や陰謀論とは別のほかの論法できちんと反論できませんかねぇ。洗脳論じゃとても反論になりませんよ。慰安婦洗脳論はどうなったのですか?まだきちんとした説明をあなたから聞いてませんよ。

    <「まるで日本のネトウヨや在特会系なみの知的レベル…」 ➡︎ 客観にお任せします(笑)。>
    <「長くなる反論…」 ➡︎ これから少しづつ投稿していきますので、どうかそれをお待ち下さい。>
    <「言論による暴力にほかなりませんよ…」 ➡︎ これも世の中(ありがたい訪問者・読者の皆様) からの客観にお任せいたします。>
    <「日本人同士だろうが何人同士だろうが意味がないとは全く思いませんよ…」 ➡︎ 今後出てくる投稿をどうかお待ち下さい。>

    また客観ですか。じっさいあなたの書いたりやってりしていることはネトウヨや在特会とは変わらないことは論証してきてますよ。少なくともこれまでまったくありもない訪問者・読者からの意見に任せるのが客観だとはふざけた話です。いい加減ご自分の言葉で「なぜこのように考えるのか」ということをきちんと説明してみたらどうですか?

    <「保守派の宮崎哲弥でさえ数の問題はありといいつつも南京事件そのものを否定はしていませんが…」 ➡︎ 正直なところ、私も事実は分かりません。100%証明できないので、そんなことで揉めるのは愚の骨頂かと…>

    おいおい川崎さん、それはないでしょ。100パーセントの証明かどうかの話ではないはずですよ。宮崎哲弥は数字の部分で反論はあるが不当な虐殺事件があったことは否定できないといってるのです。あなたは数字のいかんに関係なく虐殺そのものがなかったという立場ですから、この二つの間には雲泥の差があるということです。それをいまさらわからないはないでしょう。わからないというなら、その前に言うべきことがあるのでは?「自分できちんと調べたわけでもなく、実際のところはわからないにもかかわらず、虐殺そのものを引いて慰していた」と。それが現実のあなたなんですから。この調子でどっかからもってきた話をそのまま鵜呑みにして、自分でも調べもせず勝ち誇ったように書き連ねるのはどうかなものかと。日本を批判する連中のことを批判し反論したいのであれば、洗脳論や陰謀論といった幼稚な戦法ではなく、きちんと論証しながら議論を進めるべきでしょう。あなたにはわからないかもしれませんが、そういうあなたの姿勢事態がすでに破綻してるのですよ。それをごまかすための言葉が「日本ファン日本人」という誠に不可解な表現なのでは?まあご自身好き勝手にいうのは一向に構いませんが、これからは反論するにも「感想」ではなく「論証」でお願いしますね。

    <「リンゴが二つだけはいったかごの中に… 相手は洗脳されている、情報は嘘… ドイツに40年…
    まるで日本のネトウヨの知的レベルと違いがない…」 ➡︎ 先ほど既に同じことが書かれているので重複を避けます。>

    じっさいあなたの書いたりやってりしていることはネトウヨや在特会とは変わらないことは論証してきてますよ。少なくともこれまでまったくありもない訪問者・読者からの意見に任せるのが客観だとはふざけた話です。いい加減ご自分の言葉で「なぜこのように考えるのか」ということをきちんと説明してみたらどうですか?洗脳論だけを振りかざしていても何の説得力はありませんよ。なにせそれじゃ、議論になってないのですから。わかるでしょうか、この意味。まずはこの意味をきちんとご理解してくださることを願いつつ。

  2. netdeduessel より:

    宣戦布告なしの奇襲攻撃についてですが、繰り返しになりますが問題なのは、日本(人)だけがその国民性ゆえに非難されても黙って泣き寝入りしていることです。

    数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものかというのは、「50歩100歩」で全くその通りで、尚且つ「2千人以上の米軍関係者の死亡と数十万人の民間人の死亡は比べものにならないというのも事実です。

    物事には色々な側面があり、見る角度で色も変わるのをご存知だと思います。

    慰安婦問題の件は、『算数と常識で分かる・・・』が私の再反論そのものですと言えばご理解いただけるでしょうか?

    被害女性と対話するのではなく、同じ日本人同士(?)でどうのこうの言い合ってもても意味がないと思いませんか?

    南京の動画は、「そこまで言って委員会」と「南京問題」ですぐに出てきます。

    「歴史をどのくらいお調べになったか不明ですが…」➡︎ 嘘の歴史が多いので、高岡さんほど調べていないと思います(笑)。

    白い物に日が当たり、それを私は日向側から見て白いと言い、高岡さんは日陰側から見てグレーと言う…

    お互いに「色が違う!」という主張は曲げられないのはごくごく当たり前ではないでしょうか(笑)?

    それと駄目ですよ、本名で出て来ないと。
    最初は違うのかと思いましたが、長く書いているとどうしても癖が出て来ます。

    • 矢嶋 宰 より:

      <数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものかというのは、「50歩100歩」で全くその通りで、尚且つ「2千人以上の米軍関係者の死亡と数十万人の民間人の死亡は比べものにならないというのも事実です。>

      そこまでおっしゃるのなら、日本の天皇の名のもとに2000万人もの人たちが命を落としたとされていますが、それに関してはどうお考えですか?あなたの論理でいくと数十万人の日本人民間犠牲者など犠牲の数のうちに入らないことになってしまいますよ。日本のほうがだれよりも甚大な被害をこうむったとは言えなくなってしまいますからね。参考までに田中利幸という歴史評論家のブログ記事を紹介しておきます。これは原爆の被害と日本による加害の歴史を並列させていますが、そのどちらをも反故にしてはいけないという内容です。被害を語るというのはこういうことではないかと。一度ご覧になっては。

      http://yjtanaka.blogspot.de/2016/05/blog-post.html

      <物事には色々な側面があり、見る角度で色も変わるのをご存知だと思います。>

      これは議論以前の当たり前ことであり、結論ではありませんよ。議論とは意見の違い(色の違い)からスタートするのが基本ではないですか?そのうえで相手の提示してきた内容の誤りや矛盾を指摘しながらどちらに分があるのか論じ合うべきものでしょう。あなたのように何の論証もなくただ「相手は洗脳されている、情報は嘘だと」だけ叫んでいても、何の説得力も持ちえませんよ。ドイツに40年お住まいとのことですから、議論の仕方などきちんと学び経験され身に着けられているものかとこちらで勝手に思い込んでいましたが、どうやら間違いだったようですね。まるで日本のネトウヨや在特会系なみの知的レベルと違いがないように見えてしまうのが残念です・・・。

      <慰安婦問題の件は、『算数と常識で分かる・・・』が私の再反論そのものですと言えばご理解いただけるでしょうか?>

      <ですからおっしゃるところの「長くなる反論」があるのですからそれを示してから再反論としなければならないことが、あなたには理解できないようですね。あなたの『慰安婦問題算数常識論』はすでに論破され成り立たなくなっているのですよ。そうではないというならそれをきちんと示すのが筋でしょう。「いや、論破されていない」というのであるならその論拠を示してくださいということです。意味はお分かりですか?しかもそれが被害女性たちの尊厳を傷つける言説と連なっていることをどうお考えですか?被害者の尊厳を傷つけてまでもこだわるあなたの『算数常識論』とはもはや言論による暴力にほかなりませんよ。そこのところもきちんと考えてください。

      <被害女性と対話するのではなく、同じ日本人同士(?)でどうのこうの言い合ってもても意味がないと思いませんか?>

      いえ、日本人同士だろうが何人同士だろうが意味がないとは全く思いませんよ。むしろ歴史清算の問題は日本の問題でもあるわけでしょう。日本の加害者としての当事者性が問われているのですよ。あなたのいうところの「国民性泣き寝入り論(これも私が以前反論しましたよね)」などはまったくもって通用しない。ですから今後も喜んであなたと対話していきたいと思います。

      <南京の動画は、「そこまで言って委員会」と「南京問題」ですぐに出てきます。>

      そいまでいって委員会の動画には東中野修道が出演して持論をのべていますよね。しかしこの東中野は南京事件の生存者から名誉棄損で日本の裁判所に訴えられ敗訴しているのですよ。保守的な日本の裁判所お墨付きの歴史修正主義者なんですが。こういう人物の出演している番組内容だけを取り上げて、「南京事件はなかったと」いうのはあまりにも乱暴でしょう。これではあなた自身のメディアリテラシーの問題でもあるかと。保守派の宮崎哲弥でさえ数の問題はありといいつつも南京事件そのものを否定はしていませんが。それとあなたがご覧になってであろう「左」側の作った南京事件関連動画はどれでしょうか?わたしはそのリンクを教えてくださいとお願いしたはずですが。なぜなら川崎さんは左右両方見てだした結論とおっしゃったからです。どの動画ですか?具体的に教えてください。

      <「歴史をどのくらいお調べになったか不明ですが…」➡︎ 嘘の歴史が多いので、高岡さんほど調べていないと思います(笑)。>

      ということはほとんどお調べになっていない、ということですね。少なくともあなたのいうところの左右の意見の違いの比較ぐらいはされているのかなと思いしたが、「嘘が多い」という理由にもならない理由からその最低限の比較作業さえされていないのでしょうね、実際のところ。そのうえでご自分の信じたい結論にすり合わせるようにして、これまで慰安婦問題、靖国問題、南京事件等日本の加害性が問われているテーマについて歪曲された話をお書きになっていたのですね。これではいくら個人ブログといはいえ、パブリックなネット空間での発言ですからあまりにも無責任でしょう。その無責任さえの批判もふくめて私は今後もコメントしていきたいと思います。

      <白い物に日が当たり、それを私は日向側から見て白いと言い、高岡さんは日陰側から見てグレーと言う…お互いに「色が違う!」という主張は曲げられないのはごくごく当たり前ではないでしょうか(笑)?>

      こういうどうでもいい一般常識をあなたから聞きたいわけではないのですが・・・。意見の違いが存在するというのは「リンゴが二つだけはいったかごの中にさらにもう二つリンゴを入れました。よってリンゴだけでこのかごの中に4つあります。」というのと同じくらい当たり前の話ですよ。結論ではありませんよ。議論とは意見の違い(色の違い)からスタートするのが基本ではないですか?そのうえで相手の提示してきた内容の誤りや矛盾を指摘しながらどちらに分があるのか論じ合うべきものでしょう。あなたのように何の論証もなくただ「相手は洗脳されている、情報は嘘だと」だけ叫んでいても、何の説得力も持ちえませんよ。ドイツに40年お住まいとのことですから、議論の仕方などきちんと学び経験され身に着けられているものかとこちらで勝手に思い込んでいましたが、どうやら間違いだったのでしょうか。まるで日本のネトウヨの知的レベルと違いがないように見えてしまうのが残念です・・・。

      <それと駄目ですよ、本名で出て来ないと。最初は違うのかと思いましたが、長く書いているとどうしても癖が出て来ます。>

      意味がさっぱり分かりませんが・・・説明してください。

      • netdeduessel より:

        「日本の天皇の名のもとに2000万人もの人たちが命を落とした…」 ➡︎ 第二次世界大戦で命を落とした日本人の数にしては多過ぎるような気がしますがそんなにいますか?

        もし日本が無抵抗で何もしていなければ、その後もっとひどいことになっていませんでしたか?

        「相手は洗脳されている、情報は嘘だと…」 ➡︎ いえいえ、それは私の方から見ればそうですが、あなたの方から見れば全く逆(同じ)でお互い様です(笑)。

        「まるで日本のネトウヨや在特会系なみの知的レベル…」 ➡︎ 客観にお任せします(笑)。

        「長くなる反論…」 ➡︎ これから少しづつ投稿していきますので、どうかそれをお待ち下さい。

        「言論による暴力にほかなりませんよ…」 ➡︎ これも世の中(ありがたい訪問者・読者の皆様) からの客観にお任せいたします。

        「日本人同士だろうが何人同士だろうが意味がないとは全く思いませんよ…」 ➡︎ 今後出てくる投稿をどうかお待ち下さい。

        「あなたのいうところの『国民性泣き寝入り論(これも私が以前反論しましたよね)』などはまったくもって通用しない。ですから今後も喜んであなたと対話していきたいと思います。」 ➡︎ 楽しみにお待ちしております。

        「保守派の宮崎哲弥でさえ数の問題はありといいつつも南京事件そのものを否定はしていませんが…」 ➡︎ 正直なところ、私も事実は分かりません。100%証明できないので、そんなことで揉めるのは愚の骨頂かと…

        ただ想像は出来ます。1人の人を評価するのに、その人の普段の行いや過去の実績を見るのと同じです。

        「それとあなたがご覧になってであろう「左」側の作った南京事件関連動画はどれでしょうか?」 ➡︎ 今度再び見つけたらお知らせいたします。

        「パブリックなネット空間での発言ですからあまりにも無責任でしょう。その無責任さえの批判もふくめて私は今後もコメントしていきたいと思います。」 ➡︎ いつでもウェルカムです。基本的には、もし言論の自由から外れ、ご指摘の通りであれば、それなりのところからそれなりのお咎めが来ると考えています。

        「リンゴが二つだけはいったかごの中に… 相手は洗脳されている、情報は嘘… ドイツに40年…
        まるで日本のネトウヨの知的レベルと違いがない…」 ➡︎ 先ほど既に同じことが書かれているので重複を避けます。

  3. 矢嶋 宰 より:

    そもそも靖国神社の本質はどこにあるのか、というところを明らかにしていくことが大切ではないかと川崎さんの記事を読んでいて考えた次第です。幕末、開国派と幕府側の間で戦われた内戦のうち開国派側について戦った兵隊・軍人たちの霊を祭ったところから靖国神社は始まります。当時は東京招魂社と呼ばれたいました。ですから昔々からあったわけではありません。明治以後の富国強兵政策に即す形で整備されたいわば国家神道あるいは宗教をまとった軍事施設と呼ぶほうがしっくりくるかと。というのはじっさい陸軍省の管轄下にありましたからね。戦後になって民間の宗教施設と法律上は変わりましたが、機能は戦前と何ら変わるところはありません。また靖国は天皇の神社あるいは天皇制そのものとも密接な関係にあるということも押さえておくべきでしょう。国家の意思によって遂行された戦争に動員され命を落とした兵士たちの死を美化し(軍神・英霊)、遺族たちにその死を受け入れさせる装置が靖国神社です。明治以来の日本の天皇制ナショナリズムと切っても切れない関係は今日に至っても基本変わっていません。

    戦時中ことに顕著となった日本の軍国主義ファシズムを補完する場としても靖国神社は重要な役割が与えられてきました。その流れをくみ美化しているのが境内にある遊就館という戦争博物館です。早い話靖国神社は戦死者を慰霊するというかたちをまとった軍国主義ファシズム継承の場であるというのがその実態でしょう。

    日本の近現代は欧米の帝国主義にあおられる形で「開国」を選択することで始動しました。ただしそこからは日本自らが帝国主義者となり植民地争奪戦に積極的に参画していきます。その結果が日清戦争と日露戦争をとおして進めた台湾と朝鮮の植民地化です。両戦争ともに実は朝鮮半島の取り合い以外の何ものでもなかったわけです。第一次大戦も列強の思惑で戦われた領土拡張戦争でしたし、第2次大戦も基本的には帝国主義にもとづく領土拡張戦争の延長だったとわたしは考えています。ただしこの戦争はファシズム陣営と反ファシズム陣営という構図がはっきりしたものでした。もちろん日本はファシズム陣営で戦争を勃発させました。

    「五族協和」や「大東亜共栄圏」やという誇大妄想的な大義名分をかかげてアジアの開放をうたった日本でしたが、そもそもが帝国主義者ですのでアジアから欧米列強を追い出したあとみずからが新たな支配者になりたかったというのが本音かと。八紘一宇なんていうスローガンもその象徴的なものです。また解放をうたいつつも台湾や朝鮮から手を引くなどという考えは毛頭なかったはずです。アジアの開放をうたいながら自分たちは植民地を持ち続けるといった矛盾を大日本帝国が崩壊するまで抱え続けていました。じっさいナチスドイツとはドイツが欧州の、日本がアジアの盟主として君臨することを確認しあっています。ですから日本の始めた戦争にはアジア開放という正義なんてものはこれっぽちもなかったというのが実情だったのではないでしょうか。日本の進撃にアジアの人々も最初は期待感を抱きましたが、それがじつは嘘だったと見破りのちに抗日運動等がアジア各地で起こるわけです。

    パリ講和会議で人種差別撤廃を訴えたという美談が独り歩きしていますが、当の日本は植民地化した朝鮮人や台湾人はじめアジア各地の人々をその後も差別していくわけです。その底流は今もって断ち切れないまま日本(人)の中にまるで入れ替えることのできない血のように流れいているのではないでしょうか。

    話は靖国神社に戻りますが、A級だろうがB級だろうがC級だろうが戦犯容疑者の霊が合祀されているかどうかは実は靖国問題の核心ではなく、靖国神社という軍国ファシズムを正当化するする軍事施設が戦後にも存在し続けているということ自体こそが、靖国問題の本質であると思うのです。GHQは戦後の占領期に靖国神社を爆破してその更地にドッグレース場をつくるという計画を持っていたそうですが、ドッグレース場とはいはないまでも本来なら靖国神社は日本人自らの手によって解体されるべきものでした。国家を直接動かした者たちの意思決定により強制的に動員され「お国のため」という大義名分を叩き込まれて他者を殺し殺されていった兵たちの霊は靖国神社のような宗教をまとった軍事施設では慰みにならないのではないでしょうかねぇ。むしろ死者の霊を靖国神社から解き放ってやるほうがいいのでは。

    川崎さんは極東軍事裁判(東京裁判)を敗戦国へのリンチ裁判と呼んでらっしゃるようですが、それではあまりにナンセンスでナイーブではないでしょうか。ポツダム宣言の受諾とサンフランシスコ講和条約の受け入れという事実をもう少し重く考えるべきでは。私も個人的にはこの極東軍事裁判には不備な点が多々あったと考える一人です。ただしそのパースペクティヴは川崎さんのものとは異なると思います。一つには昭和天皇を最高責任者の一人として裁くべきだったのに、意図的に裁かなかったこと。もう一つは本来なら戦争を勃発させ遂行した責任者として裁かれるべき人物、たとえば安倍晋三の祖父である岸信介のような人物を無罪釈放という法取引で再び政財界に野放しにしてしまったこと、財閥解体が不十分であったことなどです。戦前体制の戦後への温存が歴史問題ときちんと向き合えない市民社会を作り上げ、いまこうして川崎さんと私が意見を交わしています。この現実そのものが戦後日本のねじれ切った社会的コンテクストを表象しているのではないでしょうか。でもこうした議論はやめてはいけないとも思います。

    ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムも軍事裁判では日本の占領政策・改造政策の一環として重要視されていたのは事実です。南京事件もその一つと言われています。しかしもはやその犠牲者数の主張の違いのみが課題として残されており、当時南京に30万人もいなかったから虐殺そのものがなかったと言い切るのでは、あまりにも乱暴極まりない言説ではないでしょうか。政府寄りといわれる日本の司法でさえ、南京事件をめぐる日本の歴史修正主義者たちの訴えを退けました(東中野修道裁判)。南京で多くの人たちが日本軍によって虐殺された事実はもはや否定のしようがないのです。たとえその中に捕虜が多くいたとしてもこうしたかたちで「処分」することは本来禁じられていたはずです。南京でも三光作戦は行われていたとみるべきでは。当時南京にいた兵士たちの証言には「南京であったことは日本に帰っても口外するな」と固く口留めされていたというのもあります。南京陥落時は祝勝ムードの報道だけなされ、虐殺等に関する話は検閲を受けていたのはご存知かと。秦郁夫・東中野修道といった資料扱いの雑な研究者たちの出した結論をそのまま真に受けて信じ込んでしまうのは危険ではないでしょうか。彼らにははじめから歴史を否定するという目的があってそれにすりあわせるためなら資料解釈も常識を逸脱した方法で行う連中です。そこには科学者として客観性を保とうという姿勢は微塵もないのではないでしょうか。独りよがりな愛国ナショナリズムは人の心理にこのようにも影響するのだということを、この二人の学者が示してくれています。

    • netdeduessel より:

      昨年の7月に初めて靖国神社にお参りに行きましたが、残念ながらその時は遊就館という戦争博物館の存在を知らず、見て来ませんでした。

      それを自分の目で見れば、どちらが本当か分かるからです。極右かそうでなく普通かがです。既にご覧になっているでしょうか?

      当時の植民地の問題に関しては、多くの台湾と東南アジア人の日本軍に関する証言を聞くと真実が見えてくると思います。

      勿論良いことだらけのはずはありませんが、西洋人のそれとは全く違ったことが分かります。

      実は私はほんの数年前までは、天皇は税金の無駄遣いなどというとんでもない考え方をしていました。

      でも世界で飛び抜けて長く続いている国家、日本はやはり天皇の存在なしでは考えられないという結果に至りました。

      GHQはなぜ天皇を裁かなかったのでしょうか?

      さばけなかったのだと思います。オットー・カロン、ドイツ、ボン大学教授の言葉をご存知でしょうか?

      ーーーーーーーーーーーー
      ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、イタリ アのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。

      だから日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。しかし、そんなことは聞かない。だからすでにこの世におられないと思っていた。ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。

      しかも、二年もの長い間、北の端から、南の端まで、焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、無防備のままで巡っておられる。 平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。

      それでも暗殺される王様や大統領がある。それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。国民を慰める。何という命知らずの大胆なやり方であろうか。いつどこで殺されるか。こう思って映画を見ていた。

      しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。

      われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている。
      ーーーーーーーーーー

      「いまこうして川崎さんと私が意見を交わしています。この現実そのものが戦後日本のねじれ切った社会的コンテクストを表象…」➡︎ その通りだと思います。優秀でかなり勉強をされ、残念ながら不幸にもWGIPの洗脳にやられてしまった人と、日本での生後の19年間はろくに勉強もしない落ちこぼれで、その後はずっとドイツに長くて幸いにもそれから免れた者の違いだと思います。(お気に召さない表現だと思いますので前もって謝っておきます)

      南京問題に関しては、以前、「そこまで言って委員会」で分かりやすく説明したものがありますので、もう少ししたらアップ致します。

      私は日本人としての愛国者であると同時に愛妻家でもあり、家庭愛もあれば、隣人愛、村への愛、そしてNRW州への愛(と言うより想い)、そしてドイツ国家への愛(と言うよりは感謝)があり、人間が好きというか、生き物が好きです。

      愛は平和のキーワードだと思っています。

      日本に対しては愛国と言うよりもっとピッタリくる表現は日本ファンです。

      動物愛 ⇒ 家族愛 ⇒ 近所愛 ⇒ 地域愛 ⇒ 県人愛 ⇒ 愛国 ⇒ 隣国愛 ⇒ 地球愛

      の中で、どれを取るかで、愛国は単にその中の一つだと思います。

      • 矢嶋 宰 より:

        <それを自分の目で見れば、どちらが本当か分かるからです。極右かそうでなく普通かがです。既にご覧になっているでしょうか?>
        はい私は何度か遊就館を訪問してます。民族主義に酔った偏狭なナショナリズムを基調とした、明治以来日本が遂行してきた植民地政策や数々の対外戦争を美化しているというのが私の印象です。

        <当時の植民地の問題に関しては、多くの台湾と東南アジア人の日本軍に関する証言を聞くと真実が見えてくると思います。勿論良いことだらけのはずはありませんが、西洋人のそれとは全く違ったことが分かります。>
        では具体的に台湾や東南アジアの人たちの声はどなようなものでしょうか?欧米の行った植民地支配と日本が行った植民地支配の違いはどのようなものとお考えですか?

        <GHQはなぜ天皇を裁かなかったのでしょうか?さばけなかったのだと思います。オットー・カロン、ドイツ、ボン大学教授の言葉をご存知でしょうか?>
        理由は単純です。GHQが天皇に対して尊敬と畏怖の念をいだいていたからでは決してありません。戦時中から日本研究を緻密に行っていたアメリカは明治以来の天皇制をとおして臣民(国民)のなかに天皇の存在がそれこそ国家の洗脳によってどのように刷り込まれていたのかを把握していました。東京裁判でもアメリカ以外の連合国からの判事たちはみなヒロヒトの起訴を要求していましたがそれをアメリカが強引に対象者リストから外したのです。ここには連合国内での駆け引きがあったわけです。ではなぜか。戦時中から既に始まっていた米ソ対立を軸にした東西冷戦構造の中で、アメリカが急いだのは西側陣営の一員として日本を改造することでした。戦後も国民に対し絶大な影響力を持つ天皇を起訴し戦犯にすることはイコール国内での反発を買い改造計画がスムーズにいかなくなるとの判断からです。オットー・カロンなる人物の言葉を引用されていますが、彼の書いたような内容を理由にGHQがヒロヒトを起訴しなかったのは明らかです。ちなみにカロンの言葉は河内正臣の「天皇の真実」という本からの抜粋のようですが、このカロンなる文大学の教授に関する情報がまるでないのですが。河内正臣がいったいどこからこの言葉を探して引っ張ってきたのか、その拠出が不明ですので何とも言えません。そこがわかればこのカロンの言葉に関しても考察してみたいのですが。もしかしてご存知ですか?

        <優秀でかなり勉強をされ、残念ながら不幸にもWGIPの洗脳にやられてしまった人と、日本での生後の19年間はろくに勉強もしない落ちこぼれで、その後はずっとドイツに長くて幸いにもそれから免れた者の違いだと思います。(お気に召さない表現だと思いますので前もって謝っておきます)>
        またWGIPの洗脳話ですか。川崎さんはどうもそのことだけを盾にしてご自身と逆の意見を持つ人たちに洗脳された者たちというレッテル張りをされたいようですね。一人の人間に対する人格的な部分を一方的な見解で簡単に決めつけてしまっていいのでしょうか?私は少なくとも議論の相手に対しその人の人格内容まで勝手に決めつけるような言説は一切していませんが。それは必要のないことだからですし、ルール違反でしょう。またここではどちらが優秀でどちらが落ちこぼれだとかいうことはどうでもいいことではないでしょうか。議論のテーマとは関係ありませんからね。しかもご丁寧に「お気に召さない表現だと思いますので前もって謝っておきます」とあなたは確信犯的に書いていらっしゃる。こうなるとあなたの持っている倫理観がどのようなものなのかたずねてみたくなるのです。ドイツに長くお住まいとのことですが、ドイツの人たちと議論されるときちんとした反論をされずこうした小手先の論法ではぐらかしたり人格攻撃ともとられかねない方法で接していらっしゃるのでしょうか?そうでないことを願うばかりです・・・。

        <南京問題に関しては、以前、「そこまで言って委員会」で分かりやすく説明したものがありますので、もう少ししたらアップ致します。>
        そこまで言って委員会も歴史修正主義と偏狭で自己愛におぼれたナショナリズムに満ちたテレビ番組であることは私も知っております。youtubeで観られますからね。私としては「あのひとがこう言っている、この人がこう言ってる」ということよりも川崎さん、あなた自身の言葉で語るご意見を聞いてみたいのですが。引用の積み重ねだけで構築された意見というのはきちんと考察された意見としては成立しづらいのでは。

        <私は日本人としての愛国者であると同時に愛妻家でもあり、家庭愛もあれば、隣人愛、村への愛、そしてNRW州への愛(と言うより想い)、そしてドイツ国家への愛(と言うよりは感謝)があり、人間が好きというか、生き物が好きです。愛は平和のキーワードだと思っています。>
        その愛を日本のために被害を受けた人たちに向けても示されることは不可能でしょうか。

        <動物愛 ⇒ 家族愛 ⇒ 近所愛 ⇒ 地域愛 ⇒ 県人愛 ⇒ 愛国 ⇒ 隣国愛 ⇒ 地球愛の中で、どれを取るかで、愛国は単にその中の一つだと思います。>
        私個人としては愛国(心)とはそれほど立派なものではないと考えています。しかしあなたが考え持っていらっしゃる愛国心そのものが個人の範疇でのものであればを否定はしませんが、その愛国的なものが自己愛的なナショナリズムや歴史の否定、被害者の尊厳の否定など他者に対する暴力と結びつくものであるなら、それを批判することに対し躊躇はしません。こうしたゆがんだ愛国は帝国主義時代の幕開けとともに生まれ、戦後は敗戦コンプレックスのなかから形を変えて再生されていきました。その結実したものがたとえば比較的マスのほうのメディアであれば「そこまで言って委員会」、「虎ノ門ニュース」といった放送番組、「産経新聞」といった印刷メディア、増殖していくネトウヨ活動等なのでしょう。あなた自身もブログで批判しているヘイトスピーチ(在特会・桜井誠こと高田誠)ももとはこうしたゆがんだ愛国心にもとづく民族差別や他社への暴力への不感症に起因しています。こうした極右民族主義者たちは慰安婦や南京事件、東京裁判など歴史に関するテーマに対しても川崎さんのご意見とほぼ変わらない主張をしています。

      • netdeduessel より:

        遊就館、何度も行かれているのですね…

        俗に言う左の人は行かないところ、あるいは行ってもせいぜい一度だと思っていました。

        次回行って自分の目で確かめるのを楽しみにしています。

        「では具体的に台湾や東南アジアの人たちの声はどなようなものでしょうか? 」➡︎ これから少しづつ書いて行く予定ですので、どうかそれまでお待ち下さい。最後には本になる予定です。

        欧米の行った植民地支配と日本が行った植民地支配の違いはどのようなものとお考えですか? ➡︎ これから少しづつ書いて行く予定ですので、どうかそれまでお待ち下さい。最後には本になる予定です。

        「ちなみにカロンの言葉は河内正臣の「天皇の真実」という本からの抜粋のようですが…」➡︎ 物凄く勉強されているようですが、それでもまだ左側にいらっしゃるのですね…

        「洗脳された者たちというレッテル張りをされたいようですね… 人格内容の」 ➡︎ 大変失礼致しました。洗脳されてしまっているのは私の方かも知れません。正直なところ、どっちが本当かは分かりません(笑)。それでも自分の信じる方を信じ続けないと、糸の切れた凧のようになってしまうと思い、それは免れたく思います。やはり失礼に当たったようで大変申し訳なく思います。

        「ドイツの人たちと議論されるとき。…」無益なことなので、議論は避けるようにしています。

        「あなた自身の言葉で語るご意見を聞いてみたい…」 ➡︎ それが正に私のブログなのですが(笑)。

        人間誰でも生まれてきた時は知識ゼロです。

        「その愛を日本のために被害を受けた人たちに向けても…」 ➡︎ 日本の被害の方がはるかに大きいと思います。人命救助の世界では、実は助ける順番が決まっています。

        「暴力と結びつくもの…」➡︎ 暴力は最低ではないでしょうか(笑)?

      • 矢嶋 宰 より:

        <「緊張関係にまで仕立て上げたのは日本のほうですよ…」 ➡全く逆だと思います。日本の国民性で泣き寝入りと問題(騒ぎ)を避け続ける結果だと思います。>

        よく考えてみてください、尖閣諸島をめぐる日中の衝突が緊張関係にまで進行した経緯を。2012年の日本による民間所有者からの購入と国有化を機に勃発したものです。それ以前の領土境界線をめぐる中国との関係はけっして解決されたものとは言えませんでしたが、「この問題は棚上げにしておくのがいい」という合意のもと少なくとも緊張関係は避けて来れたわけです。あえて触れずに放っておくという両者の合意をもとに関係がうまく機能していたのです。それを極右民族主義者である石原慎太郎が東京都として購入するという挑発的な動きをみせたためそれをけん制しようとした当時の野田政権が先走って国有化にふみきったがゆえに緊張が生じたのです。これはまさに極右民族主義者たちが引きおこした私にとっては無用の対立です。ただし彼らにしてみたらこうした緊張状況を生み出し日本の軍事力増強計画を推し進めるという意図があったかもしれません。おっしゃるような泣き寝入りの国民性のゆえに起きた問題ではなく、まったくもってその逆のゆがんだ民族主義と偏狭な愛国心の発露の結果です。まずは石原慎太郎という人物がなにをやってきたのか、ご自身よくお調べになることをお勧めします。

        <「基地立地の人たちの生存権はどうでもよくて…」 ➡︎ 沖縄基地の尖閣諸島への移転は突拍子がないものの、良いと思うのですが…理由は、基地立地の人たちの生存権と中国への牽制です。>

        あまりにも短絡的な意見に私には響きます。先にも書きましたがアメリカ自身がそれ望んでないでしょう。なぜなら尖閣への移転など軍事的緊張関係をより増長させるだけです。それこそ基地立地の人たちの生存権をさらに脅かすことになります。中国をけん制することにも生存権を守ることにも全くつながりませんよ。

        <「横田めぐみさん他は拉致されたままで良いのでしょうか?」➡ それを忘れたり、抜きにして北朝鮮のことは何も語れないと言う意味です。 先ずはその解決からです。>

        北朝鮮による日本人拉致事件は国家暴力による重大な人権蹂躙問題です。ですがそれを政治的駆け引きや軍事力増強等の理由に利用することに対して私は反対です。結局それだと被害当事者たちのためにはなりません。慰安婦問題をめぐる日韓合意などもその部類に入るでしょう。被害当事者を置き去りにした形で国家を直接運営する者たちの思惑だけが先行されたが故にきちんとした解決には至っていないのが現状です。拉致問題も同様です。安倍晋三は首相になる以前より自民党・政府の窓口として拉致被害者問題にかかわてきましたが、いまでは被害者家族たちからも自分たちを利用しているだけだと批判されもはや解決に向けた役割など何一つできなくなっています。これは極右志向的安倍であるが故です。誰がどんな立場からどのような意図と目的をもって取り組むかで、同じ問題にしても全く違った解決策が出てくるはずです。北朝鮮関連でいえば韓国との関係も同様です。キム・デジュンやノ・ムヒョン大統領のもと対北太陽政策で進んだ南北関係改善も、イ・ミョンバク、パク・クネ政権に移行したとたん悪化の一路をたどっています。尖閣諸島の問題も似ていませんか。拉致問題もしかりです。軍事力や経済制裁で北朝鮮に圧力をかけても拉致問題は解決しないでしょう。戦前戦後の大国間での思惑の中で東アジアには複雑な状況が生み出され、その延長線上で起きているのが領土問題や拉致問題でしょう。ナショナリズムや嫌悪感に引きずられて軍事力をも含めたごり押しの政策・外交で解決できるのではなく、平和的関係が構築されて初めて解決できる問題が尖閣問題や拉致問題だとはお考えになったことはありますか?もしまだであるなら虎ノ門ニュース的なものから一度離れて、お考えになってみるのはどうでしょうか?川崎さんご自身が信じたいと思っている部分を一度ふるいにかけて再整理してみては。それは糸の切れたタコになるのではなく、むしろ地に足をつけてじっくり考えてみることになると思うのですが。

        <「ちなみにカロンの言葉は河内正臣の「天皇の真実」という本からの抜粋のようですが…」➡ 物凄く勉強されているようですが、それでもまだ左側にいらっしゃるのですね…>

        やはりそうでしたか。しかし川崎さんもカロンについては何もご存じないようですね、引用以外は。私はこのカロンなる人物のことをぜひ知りたいと思っています。私が天皇(制)を批判的な立場でいることを理由に左だとおっしゃるなら、その逆である川崎さんは右ということになりますがそれでよろしいでしょうか。わたしはこれまでのあなたとの議論のなかであなたのことを右だとかカテゴライズをしてきませんでしたが、この論法で行くとそうなりますよ。あなた自身は右でも左でもない、日本のファンだというようなことを書いていらっしゃましたがそれは今後通じない話となり、明らかに右寄りのしかも極右に限りなく近い立ち位置にいるという前提のもと議論を進めていくことになりますが。天皇と左右の件、よくお考え下さい。さて、カロンの話は明治期に作られた天皇制をとおして天皇の存在が人心のいかに奥深くまで刷り込まれていたのかが見てとれます。それもそのはずです。人間であるにもかかわらず神聖でおかすべからず現人神とまつりあげ権威を与え、その名のもとに政府や国家の意向に反するものは常時からことごとく弾圧され命を奪われました。戦時中は天皇の名のもとに人々が「聖戦」に駆り出されたのはご存知かと。自尊自衛やアジア解放は大義名分でようは侵略戦争です。そのせいでアジア全域で2000万人の犠牲者がいたといわれています(うち日本兵は200万人ほど。しかし戦闘中の死亡者は意外と少なくほとんどが物資補給が途絶えたための餓死でした。)。天皇ために死ねと「教育勅語」をとおして教育されれば、だれでも天皇巡行の時に見せたような態度にならざるを得ないでしょう。私の祖母も地元に天皇がやってきたとき恐れ多くて顔が見られなかったと語っていました。まさに天皇は畏れ多い存在だったわけです。それこそ臣民(国民)たちはさまざまな方法で洗脳されていたのではないでしょうか。人々は自発的に天皇を慕ったり尊敬したりしていたのではなく、官憲による暴力と恐怖そして見せしめによる強制と排除のメカニズムよって慕い尊敬するよう強要され拝まされていたと。天皇自身が人工的に作られた天皇制というイデオロギーのなかで巨大化していったと私は考えています。現在でも「万世一系」という言葉が当たり前のように使われていますが、実際のところどうなのでしょうか。そもそも初代天皇といわれる神武自体が神話の中のキャラで実在していなかったというのが一般的です。宮内庁のHPに天皇系図というのがあります。
        http://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/keizu.html
        これを見ると25代武烈と26代継体が同じ線でつながっていないのがわかると思います。15代応神から派生する二つ目の血統のなかに継体が来ています。これは継体から王朝が変わったとみるべきだという見解や、応神から継体までのあいだ別の血筋が5代も続いているので万世一系とはいいがたいという説もあります。そもそも天皇家は明治政府によって国家元首として担ぎ上げられるまで早い話京都にいた神道の親分としての意義が強く、過去において政治的に行政権をもち統治した期間は極め短くその範囲も今日でいう日本全国ではなかったのです。そもそもなぜ明治政府が京都で隠遁生活を送っていた天皇を担ぎ出したのか、そこから知っていかないと現在ある天皇と天皇制の問題もきちんと理解できないと思います。また明治政府は天皇の存在を民衆に伝えるためのお触書や宣伝などを展開しました。これは明治になるまで民衆たちが天皇の存在さえ知らなかったことを意味します。将軍は知ってても天皇なんてしりませんよ、ということです。そのくらい天皇そのものが民衆のなかでは存在の薄いものだったのです。伊勢神宮参りも歴代天皇を奉るためではなく民衆にとっては今日でいうところの観光地に行くような感覚で行楽に行く場所でした。天皇は当時の民衆にとってありがたいどころかどうでもよい存在だったのでしょう。にもかかわらず今日では天皇をありがたがってやまないひとたちの数ほうが批判的な意見よりも圧倒的に多いとおもわれます。明治を起点としてわずか150年足らずの間にこの様な現象が固定化されつつあります。これも恐怖政治を通したそれこそ川崎さんのお好きな洗脳、そして戦後の政府と宮内庁による天皇(制)の生き残りをかけた美化されたイメージの喧伝の成果です。わかりやすく言えば日本国民は今でも天皇(制)から解き放たれていない、ということでしょうか。山本太郎という議員が園遊会で天皇に手紙を渡して直訴をしたとき、天皇主義者たちのみならず一般市民のなかからも彼の行為を「不敬罪として処罰せよ」という声が上がっていたのはご存知でしょうか。恐ろしいことです。不敬罪とは戦前にあった天皇制秩序を乱そうとするものに対して適応された刑法です。この意味が川崎さんにはご理解できるでしょうか。天皇制の毒とはこういうことでもあるのです。「一部の人間が発した発言だ」ではすまされません。絶大な権力と同調圧力によって相手を潰してもいいというときの理由になるのです。天皇(制)に対する批判は許さないという空気を保持し続けているのが残念ながら日本社会です。開かれた天皇(家)というイメージを刷り込もうとしますが、天皇制のなかに天皇を置いておく限り、開かれることは決してありえません。庶民と直接会って話す、災害被災地を訪問する、かつての戦地を訪問し戦没者を慰霊するというのは皇室が開かれているからではけっしてありませんよ。たとえば父親であるヒロヒトの罪と責任にまできちんと触れた形で訪問してはじめて少しは「開かれた皇室」といったかたちになるのでは(もっとも現在ある天皇制のなかではそれさえも無理でしょうが。)。これは神格化が抜けていない天皇の権威をみせつけ、ありがたみを覚えさせるためのものです。訪問を喜ぶ無邪気な民衆の姿は天皇制に絡み取られていることさえ気づかない明治以来の変わらぬ日本人の姿です。

        <「その愛を日本のために被害を受けた人たちに向けても…」 ➡日本の被害の方がはるかに大きいと思います。>

        日本の被害のほうがはるかに大きいとされるその根拠は?具体的に説明してください。そもそも被害というものはどちらが大きくどちらが小さいという具合に比較すべきものなんでしょうかねぇ。私にはそうは思えないのですが。ただ一つ言えることは植民地支配・戦時下においてアジアは日本により多大な被害を受けたました。それにたいして戦後の日本にはそれと向き合い被害者たちの声に応答する責任があるということです。しかしこうした課題にきちんと向き合えるだけの市民社会と政治風土を醸成してこれなかった帰結が「虎ノ門ニュース」のような極右メディアの出現とそれに同調していく市民勢力の出現です。彼女ら彼らには日本の言い分こそが真実であり、すべては左翼の陰謀と洗脳で被害は日本を貶めるために作られたものだと思い込もうとし、それを推し進めるためには改竄や暴力の行使もいとわない。そういう社会心理状況から派生してヘイトスピーチ現象を引き起こしました。南京事件しても慰安婦にしても「疑わしきは罰せず」という刑法の法理がもはや通用しない、現実に実際起こったことなのです。いや日本によって起こされたのです。

        <「暴力と結びつくもの…」➡︎ 暴力は最低ではないでしょうか(笑)?>

        おっしゃるとおりです。暴力は最低です。否定されるべきです。ところが被害者たちをなじり貶めるという暴力がまさに右派・極右のなかで行使されています。面と向かって殴りつけることだけが暴力ではないでしょう。言葉の暴力、事実の改竄による名誉棄損、民族差別、どれをとっても立派な暴力です。

      • netdeduessel より:

        大変良いご意見だと思いますが、このコメント欄はそれほど多くの人に見られません。

        昨日ご招待メールを送らせていただきましたので、是非ライターの一人としてブログを投稿しませんか?

      • netdeduessel より:

        ブログとして出さず、あくまでも(ほぼ)私(のみ)へのコメントということなので拝読させていただきました。

        それにしても物凄い勉強量です。でももったいなく思います。

        そのご意見と右翼への憤り、私なら(矢嶋さん側から見て)少しでも多くの間違って右に流れようとする日和見層を防ごうとすると思います。

        ここしばらく自分なりに勉強してみた結果、ご指摘の通り私は間違いなく右にいるようです。

        それが極右かどうかは客観にお任せ致します。

        とても考えさせられる内容が多いのですが、もし宜しければ1つ教えて下さい。

        原爆と都市空襲の被害者の数をもってしても日本の被害の方が少ないと言えるのでしょうか?

        ところで矢嶋さんに興味を持ってしまいました。ひょっとして矢嶋さんは私が存じ上げていて、デュッセルドルフにお住いの方でしょうか?

        しかも私が尊敬申し上げている私より年配の(左側にいる/笑)お二人の内のどちらかでしょうか?

        それとも日本にお住いの身も知らぬ方でしょうか…

      • netdeduessel より:

        見比べられるような、虎ノ門ニュースに匹敵する左寄りのインターネットニュースはご存じないでしょうか?

      • 矢嶋 宰 より:

        <原爆と都市空襲の被害者の数をもってしても日本の被害の方が少ないと言えるのでしょうか?>

        川崎さん、以前の書き込みで記したと思うのですが、被害の大きさはどちらが多くて少ないという数の問題だけで語るべきことではないと私は考えています。

        しかし数字にこだわっていらっしゃるようなので、とりあえず以下を参考にしてみてください。

        広島市発表の原爆死亡者数
        http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1111723356412/index.html

        同様に長崎市発表
        http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020100/p002235.html

        という数字が出ています。

        日本全国の空襲被害者数の推定数が以下のリンクで確認できます。
        http://uub.jp/pdr/s/kushu.html

        あるいはWikiも参考にしてみてください。
        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E7%A9%BA%E8%A5%B2#.E8.A2.AB.E5.AE.B3

        これらの例からいえることは原爆も含む日本国内での空襲被害者数は確定できないというのが現状のようですよ。このことからも数字のみのこだわる被害の大小を語ることの無意味さが見えてきます。できるかぎり正確な数字を把握するという姿勢を私は否定しませんが、そればかりにとらわれると数字を議論の中心に持ってきて行く末は被害そのものを否定するための不条理な根拠とすることへの警句と考えてください。例えば南京事件をめぐってまさにこうしたレトリックが右派・極右(川崎さんもそちらの側であるとご自身認められていますね・・・)に悪用され被害そのものをホワイトウォッシュしようとしています。あくまで数字にこだわるというのなら、前にも質問しましたが南京市政府・中国政府があなたたち右派・極右の主張する被害者数を取り入れたなら、南京事件はあったと認めますか?それが果たしてあなた(たち)にできるでしょうか?あなた自身の倫理と照らし合わせてどうでしょうか?右派・極右の主張は日本の加害性を根本的に否定するところからその論がスタートしています。これも以前に書きましたが新しい教科書を作る会は歴史を「国民の物語」だと言い切っています。一見耳にはいい感じに響きますが、要は目的のためなら事実の改竄もいとわず、都合のいい解釈をあてると言っているに過ぎません。

        私は日本の右派や極右は知識の欠如が原因というより、根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題が大きいのではないか、と考えています。一つにはかつての帝国主義的栄光への固執とそれに相反する敗戦コンプレックスというゆがんだ心理のコンビネーションに起因するものです。これは例えば東京裁判を「一方的な勝者によるリンチ」と位置づけ切り捨てようとする姿勢に現れます。そこにはポツダム宣言受諾やサンフランシスコ講和条約の調印といった事実と内容を全く無視したものです。あるいは「日本民族は優秀である」という思い込みからくる他のアジアに人々に対する差別意識の呪縛。自分たちより劣ったとみなす人々からたとえ相手の側の主張に分があって、それを認めたくないという心理です。こうした連中は「自分には韓国人の友人や中国人の友人もいる」ということをやたらに強調したがる傾向があります。それをもってして自分の主張が客観的であるがゆえ正しいのだということを主張するためです。しかし韓国人や中国人の知り合いがいるということが客観的だということの証明には全くなりません。たとえその知人が自身の主張を受け入れてくれたとしても、それをもってしてその特定集団共通の認識とすることも全くできません。それは「あなたの隣にいる韓国人や中国人がたまたまそうである」ということを述べているにすぎず、特的集団の共通した意見であるとは全くいえないということです。ほかの例でいえば、東京裁判の判事の一人であったパール氏が法理にのとって日本の戦犯に対する無罪を主張した点を取り上げ、A級戦犯確定と処罰は無効だと右派・極右は主張します。しかしパール判事は日本による加害事実を許したわけではなく侵略性とともにきちんと事実認定しているのです。日本の肩をもつために無罪を主張したわけではありません。彼自身インドというかつて大英帝国の植民地出身者です。その立場からも帝国主義者は日本だけでなく欧米のそれらの罪と責任も問われるべきだということを裁判の場を借りて言いたかったのではないでしょうか。彼の意見には私も同意する部分があります。それは帝国主義の不当性全体をとうものだからです。ただしこの裁判が軍事裁判であり帝国主義と・植民地支配そのものを問うものではなかったことが、彼の意見を遠ざけたのでしょう。また彼の意見は戦争犯罪に対するインド政府の立場を代弁したものではないことは押さえておくべきです。戦勝国からの判事たちは個人の立場ではなく自国政府の代表として招聘されていますので。ですからこの軍事裁判がさまざまな問題を含んでいたとしても、「戦勝国によるリンチだと」単純に一言で片づけてしまうわけにはいきません。また第一次大戦後のベルサイユ体制がナチズムを拡張させたとの反省から第2次大戦後の軍事法廷はその内容が構成された点にも注目すべきかと。

        話がそれましたが、川崎さんのようなパースペクティブで被害者数にこだわる場合、歴史改ざんや加害性の否定と被害者への冒涜に結び付くケースが多いということです。

      • netdeduessel より:

        矢嶋様

        コメントをありがとうございます。

        早速ですが、まずは被害者数の件、私はアメリカと日本のことを意味して書きました。

        アメリカは真珠湾の数十人の民間人、日本は各都市の数十万人の民間人、それも若い層の男性は戦地に行っていたはずなので、そのほとんどは年寄りや子供、女性です。

        そこにもし中国も入れる場合、南京事件の前と後の人口の統計から、そのおかしさがすぐに分かります。慰安婦問題と全く同じです。

        私には、左側の人達にこそ正に知識の欠如が原因というより、根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題が大きいのではないかと思っています。

        でもその点はお互いに主張を曲げられない点だと思いますので、いつまでたっても平行線だと思います。

      • 矢嶋 宰 より:

        <早速ですが、まずは被害者数の件、私はアメリカと日本のことを意味して書きました。アメリカは真珠湾の数十人の民間人、日本は各都市の数十万人の民間人、それも若い層の男性は戦地に行っていたはずなので、そのほとんどは年寄りや子供、女性です。>

        川崎さん、真珠湾攻撃という軍事施設への攻撃と都市無差別空爆という短絡的な比較の仕方でアメリカより日本のほうが被害が大きかったというのはいかがなものかと。ご存知かどうか知りませんが真珠湾攻撃自体が宣戦布告なしの奇襲攻撃(ようはルール違反ですね)であり、この軍事行動を機に欧米は日本との全面戦争の口実としました。ちなみにこの時2千人以上の米軍関係者が死亡しています。この死のことはどうお考えですか?また民間人犠牲者の中には日系人もおおくふくまれていたはずですが。

        民間人を的とした爆撃は基本的に非人道的行為です。それは日本軍による重慶爆撃にしても同様でしょう。そうした意味において東京空襲の被害も非人道的だといえます。

        にもかかわらずその数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものか、というのが私の意見です。そもそも川崎さんがこの点にこだわる理由は何でしょうか?数の大きいほうが真の被害者で少ないほうはそうではないということでしょうか?お書きになってきたものを読むとどうもそのようにしか取れないのですが、もしそうでないのであれば説明をお願いします。

        南京事件に関しても同様です。事件前後の人口比から仮に中国政府の主張が誤りであったとして、それを理由に南京事件がなかったといえるのか、という話です。私は質問しましたよね、もし中国政府が被害者数をあなた方右派・極右が主張する数字にか書き換えたとしたら、事件の存在そのものを受け入れることができるのかと。また慰安婦も同様だと書いてらっしゃいますが、具体的にはどういうことでしょうか?日本の何の被害者数と慰安婦の被害者数の数を比較したうえでこのように書かれたのでしょうか?正直意味不明ですので具体的な説明をお願いします。あるいは慰安婦被害者数が正確でないから被害そのものが存在しない、ということでしょうか?これまでも何度か提案というかお願いのような形でお伝えしてきましたが、議論をしていくうえでのルールとして、意見をのべられるばあいはできる限り具体的な事例を示しながら論理的に説明されるほうがいいかと。川崎さんとのやり取りの中でどうもこの点が気になります。たとえ右派・極右であっても自分の意見に対してそれをきちんと論証していくことは大事かと。

        では川崎さんのお考えになる左側の人たちの根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題というものをきとんときちんと具体的に論証してください。私の言い回しをそっくりそのまま返すだけでは何の説得力もありませんよ。議論をしていくうえでこういう基本的なところはきちんと押さえておくべきでしょう。「GHQの洗脳論」や「WGIPによる策略」というのが言い分であるならそれがどのようなものであるのか、きちんと定義する必要があるとは思いませんか?情念だけを語っていても、それは何かを論証したりしたことにはなりませんよ。

        平行線かどうかはあまり重要ではありません。そもそも私たちの対話は主張の平行線にまで達していないのです。そのことにご自身お気づきでしょうか?あきらかに川崎さんの書かれれている内容は論証不足であり論理的に破たんしているからです。私が投げかけた問いかけに対してもきちんと応答されず話をはぐらかしてしまわれるような感じさえします。

        また歴史的に信じたいことがとりあえずあるにしても、それを理性的にとらえて実証するのでもなく、その信じたいことを正当化するために作られた話どこかかからもってきてを肉づけしているだけですよ。これは勉強不足・知識不足以前の問題です。歴史に向き合うときの倫理の話なのです。歴史に向き合う時の倫理といういいかたが難しかれば、歴史に向き合う姿勢と言い直せばわかるでしょうか。またお気づきかどうかわかりませんが、日本の右派・極右の歴史に関する発言者の中に歴史学者はほとんどいません。秦郁彦や東中野修道ぐらいなものです。左右に関わらず歴史学者のいってることがいつも正しいわけではありませんが、秦や東中野の様な例外を除いて歴史学者とは基本的に歴史に対して非常に慎重な姿勢をみせます。その慎重な姿勢を維持しつつ実証を積み重ねたうえで最終的な結論を出していくのです。それでも再構築しなければならない可能性は常に含んでいます。ところが右派・極右の連中はそうした大切なことにはほとんど気をつかわず、信じたいことにすり合わせるかのように話を作り上げていきます。これではもはや歴史を再構築しているとは到底呼べません。都合に合わせて単に改ざんしているだけです。戦時中の大本営発表と基本的にやってることは変わりません。この意味が川崎さんにはご理解できるでしょうか。先にも書きましたがこれは知識が不足しているという次元の問題ではないのです。

      • netdeduessel より:

        真珠湾攻撃という軍事施設への攻撃と都市無差別空爆という比較は、単純にアメリカと日本の被害の比較で中国は入っていません。

        宣戦布告なしの奇襲攻撃(ようはルール違反ですね) は歴史上の戦争で結構あるそうです。

        2千人以上の米軍関係者の死亡と
        数十万人の民間人の死亡は比べものにならないと思います。

        数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものかというのは、全くその通りだと思います。

        問題なのは、日本(人)だけがその国民性ゆえに非難されても黙って泣き寝入りしていることです。

        慰安婦問題に関しては、以前算数と常識で分かる… に書きましたのでそちらをご覧下さい。

        南京問題も無かったと考えています。左右どちらの動画も見ましたが、それが私の今のところの結論です。

        最終的にはどちらが本当なのかは誰も分からないので、それでもめるのは馬鹿げたことだと思い、相手が反対意見ならそこで議論は止めることにしています。

        左右の人たちの根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題というものをきとんときちんと具体的に論証するのは不可能だと思います。

        可能ならとっくに左右のもめ論争は無くなっているはずだからです。

        現在の左右の存在こそが「GHQの洗脳論」や「WGIPによる策略」を証明するものだと思います。

        私たちの対話が主張の平行線にまで達していないとすれば、それは思考回路、つまり考え方が完全に違うからではないでしょうか?

        論証不足かも知れませんが、論理的に破たんしているとは思えません。その例が慰安婦問題に関する考え方です。でもそれをご理解いただけないのがとても残念です。

        投げかけた問いかけに対してもきちんと応答されず話をはぐらかしてしまわれるような感じさえするのも考え方の違いから来るものではないでしょうか?つまり平行線で堂々巡りです。

        勉強不足・知識不足ではなくても、それが嘘や間違った情報に基づいていたら元も子もありません。

        歴史に対して非常に慎重な姿勢をみせるのは、嘘の情報が多いからでしょうか。

        右だけではなく、左右どちらも一部では大切なことにはほとんど気をつかわず、信じたいことにすり合わせ話を作り上げているように思います。

      • 矢嶋 宰 より:

        <宣戦布告なしの奇襲攻撃(ようはルール違反ですね) は歴史上の戦争で結構あるそうです。>
        こういう理由により単純に真珠湾攻撃が正当化されるはずがないでしょう。奇襲攻撃一般について論じているのではないですよ。その点きちんとご理解されているでしょうか?真珠湾攻撃という個別具体的な事柄について話をしているのではないですか?

        <2千人以上の米軍関係者の死亡と数十万人の民間人の死亡は比べものにならないと思います。数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものかというのは、全くその通りだと思います。>

        これこそ論理矛盾というか川崎さんの論理が破たんしている例ですよ。「数の大小をもってどちらの被害のほうが甚大だったというのはいかがなものかというのは、全くその通りだと思います。」といいつつも「2千人以上の米軍関係者の死亡と数十万人の民間人の死亡は比べものにならないと思います。」と結局数の上で多いほうの被害が甚大だと言っているのですよ、あなたは。この論理矛盾、ご自身いったどこまで自覚されているのか正直私にははかりかねます・・・。

        <慰安婦問題に関しては、以前算数と常識で分かる… に書きましたのでそちらをご覧下さい。>

        これもまた川崎さん(特有)の論理矛盾というか破綻している例ですよ。あなたの書かれた「算数と常識ですぐにウソと分かる慰安婦問題」に私はあなたの間違いを指摘する形で反論を書きましたよね。それに対してあなたは「誠に申し訳ありませんが、やはり自分の至った考えにとどまらせていただきたく思えます。詳しく書くと反論への反論で長くなりますが、結論としてそうなります。1つ1つ正に反論で、それでは芸がない(私のブログの内容そのまま) なのです。」と応答されました。であるならば、「慰安婦問題に関しては再度言い逃れをする前に、少なくとも私の提示した反論に対しきちんと再反論すべきではありませんか?あなたは「詳しく書くと反論への反論で長くなる」と文量の都合を持ち出して再反論しないことを正当化しようとしているのでしょうが、それは通用しないでしょう。あなたは反論できると逆説的に言い切っているのです。あなたには再反論の内容がすでに準備されていると自ら認めているのですよ。わかりますか?川崎さんにもわかりやすく説明すると、「Aさんの意見に対しBさんが反論しました。AさんはBさんの反論に対し再反論ができるけど長くなるからしませんと答えました。BさんはAさんに対しそれでもAさんの再反論を聞きたいとAさんに伝えました。ところが再反論できるといっているにもかかわらずAさんはそれをせず、Bさんに対し元の意見を参考にしろとだけいってきました。」というのがこれまでの私たちの『算数と常識で分かる・・・』に関するやりとりの流れと現状です。あなたのいうような「一つ一つの反論は芸がない」のでなく、もしそれを放棄するとご自分の意見に分がないことを語らずしてあなた自身が証明っしてしまっているのです。かといって「そんなことはない」と否定の意見をのべただけでは全く説得力ありませんよ。あなたの慰安婦問題に対する書き込みや意見が被害女性たちの尊厳を傷つけ、その傷に塩を刷り込むまさにセカンドレイプのような内容であることを鑑みても、その「長くなる反論」を少なくと私との議論においてはきちんと示してからその先を論ずるべきではありませんか?それをせずして誤りを指摘されたうえ論破されてる内容を「参考にしろ」とはまさにあなたの論理の破たんではないですか?私が破たんだというのはこういうことも含めてなのですよ。

        <南京問題も無かったと考えています。左右どちらの動画も見ましたが、それが私の今のところの結論です。>

        これはかりに中国政府が犠牲者数を30万人から数万人に修正したとしても虐殺そのものがなかったということでいいのですか?そうであるかないかだとあなたの歴史観にも雲泥の差がでますが。もう一度よく考えてお答えください。またあなたのご覧になった左右の動画のリンクを教えてください。公正を期すため私もぜひ視聴したいものです。

        <左右の人たちの根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題というものをきとんときちんと具体的に論証するのは不可能だと思います。>

        私は少なくとも以前のやりとりであなたたち右派・極右の人たちの根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題に関する私の意見を書きましたよ。右派に関して具体的に論証不可能ならばその理由はなんですか?左派に関して具体的に論証不可能ならばその理由はなんですか?

        <可能ならとっくに左右のもめ論争は無くなっているはずだからです。>

        こういうことは少なくともあなたが問題視している左派の根本的な心理的ゆがみやねじれ、倫理面での問題が具体的にどういうものなのかを示してからいうべきことでしょう。また心理的ゆがみや倫理面での問題を論証することが「左右のもめ論争」をなくすとは限りませんよ。問題の所在の一つを論証しても左右の即対立の解消には至らないでしょう。むしろそれは別次元での話の始まりかもしれませんよ。

        <現在の左右の存在こそが「GHQの洗脳論」や「WGIPによる策略」を証明するものだと思います。>

        これもまた腑に落ちないレトリックですね。川崎さんお気に入りのGHQ洗脳論を持ち出してくださいましたが、日本の戦前体制を否定する立場、あるいは乗り越えようとする立場はなんでもかんでも洗脳なんですかね?川崎さんご自身、明治維新から敗戦までの歴史をどのくらいお調べになったか不明ですが、『現在の左右の存在こそが「GHQの洗脳論」や「WGIPによる策略」を証明するものだ』という意見自体が、ご自身歴史をよくお調べにならず、ニッポン主義的な意見を批判的なとらえる作業を全くせずに受け入れているだけだと思いますが。

        <論証不足かも知れませんが、論理的に破たんしているとは思えません。その例が慰安婦問題に関する考え方です。でもそれをご理解いただけないのがとても残念です。>

        慰安婦問題をめぐる川崎さんの論理的破綻の例はすでに上のほうで提示したしましたのでここでの反復は避けたいと思います。

        <投げかけた問いかけに対してもきちんと応答されず話をはぐらかしてしまわれるような感じさえするのも考え方の違いから来るものではないでしょうか?つまり平行線で堂々巡りです。>

        この意見も同意しかねますね。慰安婦や南京事件など歴史的テーマに対しあなたが出された結論にに触れて私は誤りを指摘し反論をしてきたわけですから、私が指摘した誤り自体が誤りであり、あなたの言ってることが正しいものであることを証明すべきでないですか?その上でお互い意見がかみ合わなければはじめて堂々めぐりといえるのでは?

        <勉強不足・知識不足ではなくても、それが嘘や間違った情報に基づいていたら元も子もありません。>

        こういうところにもあなたの言ってることが破たんしているのだということが見えてきますよ。あなたは私の意見が嘘や間違った情報に基づいているというのなら、それをきちんと論証してください。私は慰安婦問題に関して「GHQの洗脳」が通用しないことは以前あなたへの反論の中で証明しましたよね。東京裁判では慰安婦問題自体が取り上げられなかったのですから。それをあなたはGHQの洗脳としていました。これはご自身で前後関係や事実をお調べにならないで、信じたことにする合わせる形で(無意識に)話を捏造した結果でしょうか。ですからあなたもきちんと私の情報が嘘であり間違っているということを証明すべきでしょう。

        <右だけではなく、左右どちらも一部では大切なことにはほとんど気をつかわず、信じたいことにすり合わせ話を作り上げているように思います。>

        これも私の表現をそのままコピーし反復しているだけですね。さらに相対主義でどっちもどっちという話にもっていこうとしている。ではあなたのいうところの左が信じたいことにすり合わせ話を作り上げているように思われる事例を挙げてください。その理由もお願いします。

  4. より:

    田母神さんの理論、「歯・牙のない番犬は泥棒に無視される」 が少し前進していいことです。これで中韓も少しは自重してくれるといいのですが…

  5. パトリオット より:

    かなり前に(4月頃)、安倍首相は、もう靖国神社には行かない(もう行かない)と発言をしています。その代わり?なのか自衛隊60周年を迎えて「戦う自衛隊」の改革がものすごい勢いで進んでするようです。対中国、対韓国という戦略はもうすでに始まっています。これが成立すると、先制攻撃が可能になります。(当然、賛否両論があります)

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