ジャッジ、ジャッジ、ジャッジ、

WC、いよいよベスト8が出揃う。アメリカはすごい試合をした。31だかのゴールを右へ左へ飛び回り、すべて防御したが結局32目のゴールで入れられた。ベスト8の勝ち上がり組、試合はほとんどが延長戦を制している。ドイツもまたしかり。120分ほとんど走りっぱなしのサッカーは、やはり強靭な体力と精神力が物を言う。日本のサッカー試合は、ほとんど見ないくせにWCだけは必ず見るのは実力が均衡して、延長を制するものがサッカーを制することが多いからである。

日本の試合、それほどのものは殆どない。今回のWC、日本人の審判が結構いるらしい。またゴールに、電子だかレーザーだかが取り付けられ、ボールがラインを割ったのか割らなかったのか機械で判定され、審判の腕時計にゴールの時はその音が入るようになった。問題判定が多かったせいだろう。機械が判定者なら文句も言えまい、というわけか。

この機械導入、妙なことがある。日本の野球に取り入れられているのは、あくまでもデッドボールの時だけ。当たってないのに、痛がって塁に出ようという姑息な選手が出だして「ビデオ導入」となった。では本家のアメリカはと見るとビデオ導入による判定は2007年と決して早くはない。

一方、国技(正式には国技と称されているのみ)である相撲は、ビデオ導入はとても早く1969年だ。行司、そして前面に座っている審判、また時には横綱まで、「物言い」という行司の判定に対して、クレームをつけることが出来る。審判部長は審判員全員を土俵に上げ、耳元のイヤホンでスローモーションの判定をビデオ管理室から聞いて判定を下す。やはり機械によるこれも判定だ。

アメリカがビデオ判定を2007年に導入したのに比べ、相撲はそれより40年も早い導入だ。意外である。ちなみにテニスは2006年(ホークアイ「鷹の目」といわれる判定ビデオ。)決して早くはない。そしていまだにビデオ判定を原則行っていない「野球」は相変わらず審判に対する暴言や乱暴狼藉が多く「退場!!」を申し渡される監督は少なくない。長い歴史を誇る日本のスポーツの機械導入判定はアメリカよりもかなり早いのだ。

けれど、ビデオや機械判定を導入すれば逆にクレームや誹謗に当たる分野も当然存在する。音楽、芸能部門だ。

カラオケブームでテレビでもプロの歌手たちと素人がカラオケマシーンでその歌唱力を競うことが流行であるが、これがだんだん面白くなくなってきている。歌手たちは往々にして素人に負ける。判定はカラオケマシーンの機械判定だからだ。音程、ビブラート、ブレス、すべて機械の判定だ。

それは折れ線グラフに現れ、曲どおり歌っているか音程が外れてないか視覚化されているからテレビで見ていてもわかりやすい。けれどそれは「音符どおり」かどうかの判定であって「音楽」とはちょっと違う、というのが私の感想だ。

歌手たちはライブでお客さんの顔ぶれや生演奏による曲の調子で、歌い方を変える。ロングトーンを曲よりも多く取る、バラードなどは曲をわざと外し加減で歌う、ことが非常に多いという。CDでは、やっていないことを生ではやる。これでは、カラオケマシーンではいい点数は出さない。プロ歌手が素人に時々負ける原因はそれだと思う。

芸術の分野は、機械判定が出来ない。

もし音楽大学入試に「機械」を導入し、歌手やピアニストやサックス奏者の演奏を「機械」で判定して合否を決める、ということになればそれはもはや「音楽」ではなく「テクノ」とでもいうべき物だろう。この分野、判定するのはマンパワー以外にはありえない。

音楽の生演奏は素晴らしい。CDの比ではない。それは機械が読み取れないヘルツ音を人間や楽器が出すからであり、それを聞き取るものが、やはり人間だからだろう。意識下に感動を呼び起こす芸術分野のコンピューター導入はやはり聖域を荒らす物としてしか考えられていないようである。

佐藤 庸子
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投稿者: netdeduessel

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