母には花を妻にも花を

五月は苦手である、すでに始まっているゴールデンウイークも、全身の乾燥から来る痒みで、これが収まらず、外の花粉も中国からのPM2.5も怖い。北海道は、日本の中でも、一番乾燥している。ヨーロッパに良く似た気候と言われているけれど、それでも、変に敏感な私には、結構辛い。少し精神的に病んでいる人は、この季節、しんどい、というが、よくわかる。回りは行楽やレジャーと結構楽しそうなのに、自分は身体の調子に振り回されて、それどころではない。

ドイツにいた時も、今ほどひどくはなかったが、季節の変わり目、なんとはなく頭の鈍痛に悩まされていたことを思い出す。

ある日、Morfeldenという所のSUPAで買い物をした。五月、私はむしゃくしゃして、やはり軽い鈍痛に悩まされていた。

すると突然、そのレジの太ったおばさんが

私にカーネーションを差し出した。

ドイツのレジはたいてい、これでもか、というような牝牛タイプの女性が椅子に座っていてニコリともせず、乱暴にレジ業務をこなすものと思い込んでいたが、その女性はレジの仕事の最中、ニッコリと微笑んだ。

「母の日が近いから」そう笑う。

ドイツにもこんなサービスデーがあるのかとちょっと驚いた。

そのカーネーションの赤さは今も記憶に残っている。一瞬にして鈍痛を忘れるほどの鮮やかさだった。

そのSUPAで何を買ったのか、今はもう何も覚えていない。

「母の日」のサービスだったのに、その頃の私は、母でも妻でもなく、ちびの幼く見えるただの凡庸な日本人だった。

ずうずうしく、そのカーネーションを受け取りながら、日本にもドイツにも同じような風習があることが、なんだか嬉しかった。

日本の「母の日」のカーネーションの生育地は、東北、宮城県である。そのシェア、日本のおよそ九割と聞いている。温暖で明るい気候が花の生育に向いており北海道札幌、東京と大消費地に、地理的に近いことが有利なのだろう。

そのためか、東日本大震災の時には、品薄になってしまってカーネーションはなかなか届かなかった。なんとなく寂しい、赤抜きの花屋になってしまった年だった。

その経験のせいか、五月になると無性に赤が恋しい。四月下旬まで重い雪に玄関まで塞がれる生活を強いられるものにとって、五月は、それからやっと解放された月だ。

花屋の店先に早々と並ぶカーネーションが恋しい。

お一人様女性も、妻も母もカーネーションを買ってほしい。男性には妻にも、母にもカーネーションを贈ってほしい。

元気で丈夫で、そしてどことなく庶民的なカーネーションこそ「女性」に似つかわしい花だろうと思う。

日本においては、カーネーションを買うだけで、東北の経済復興にちょっとだけ寄与できるのも嬉しいことだ。

五月病といわれるのをぶっ飛ばすのも、この真紅のカーネーションだと私は思っている。

あの時のSUPAの売り子さん、ありがとう。

私はあの「赤」でとても元気になりました。

五月が来ると貴方のことを思い出します。

佐藤庸子

日本人のための、ドイツの生活応援サイト

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カテゴリー: ドイツの暮らし, 時事

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