日本人夫婦の間なら「I love you..!」は不要?

と思ったら、大きな間違いだと思います。

アメリカ人の夫婦の間では、(仲が良ければ?)ちょくちょく「I love you」と言い合うと聞きました。

日本人の夫婦の間では、それは不要でしょうか?

日本人の間では、阿吽の呼吸があるので、そんなのは不要?

「I love you」と表現する必要はないと思います。

でも、それとなく態度や別の表現で表した方が良いと思います。

「いつもありがとう」くらいは時々言った方が良くないでしょうか?

阿吽の呼吸の有無は、確かに日本と西洋で差があると思います。

日本では、相手の気持ちを察する、相手がどう思っているかを気配る習慣があります。

物事をズバリと言う代わりに、気を遣って遠回しに表現したり、あるいは言わずじまいにしてしまいます。

だから気を遣って相手が何を考えているのか、思っているのかを察知しなければなりません。

それが出来ないと、KYとか言われてしまいます。

ところが西洋ではそういうことがありません。

思ったことをストレートにズバリと言います。

人によって表現方法には差があるものの、遠回しにはしません。

だからきっと夫婦の間でも I love you が必要なのかも知れません。

適材適所、人選を間違えると、周りも不幸になります。

ドイツで会社設立のサポートをしています。

普通のケースは、依頼人であるお客様本人が社長になって会社を設立します。

あるいは、日本に本社があって、その会社の若手のやり手社員などが、ドイツ子会社の社長になるべくやって来ます。

ですが先日、変わったケースがありました。

そのご依頼主は、日本を始めとする数カ国で、いくつもの会社を持っています。

それぞれの会社には、雇用された社長や社員がいます。

つまり依頼主は、いくつもの会社を持つ会社オーナーです。

そしてドイツにも会社を設立することになりました。

社長となったのは、オーナーと偶然にドイツで知り合った日本人でした。

オーナーが、どういう目安で社長さん選びをしているのかに興味を持ちました。

一緒に飲んでいる時に聞いてみると、手を上げた人に任せることが分かりました。

「えっ! たったそれだけ?」

ビジネスの種やコンセプト、熱い志を持っているとか、それに向けて起業のための資金を少なくとも半分は自分で貯金した… とかではないのです。

社長になった人は、今まで普通のお勤めを続けてきた人でした。

社長の経験もなければ、管理職の経験もありません。

熱い志もなく、気が利く人でもありません。

そして日本語しか出来ません。

新しく設立する会社をゼロからスタートさせるのには、並大抵の努力では不可能です。

努力も大事ですが、向き不向きや、本人のやる気などの全てが必要です。

しかも異国の地です。

言葉が通じません。

色々と良い条件を揃えた人でも、全身全霊を傾けないと、会社のスタートアップはこなせません。

そういう場合、社長さんのお給料はある程度高いものの、セブンイレブンが必要です。

セブンイレブンとは、朝7時から夜11:00時まで働くことを言います。

その場合、残された時間はわずか8時間しかないので、寝る時間はさらに短くなります。

週末も関係ありません。

会社のスタートアップとはそういうものです。

今回の社長さんは、そういうことも知らずに(?)始めてしまったようです。

その社長さんから打ち明けられたのですが、とにかく仕事とビザが欲しかったそうです。

ゆえに社長に立候補した…😰

その後、オーナーと社長はしょっちゅう文句を言い合っています。

お節介な私は、オーナーに提言しました。

「100mを走るのに15秒かかる人に、10秒を切らせようとするのは酷です」

社長にも提言しました。

「社長の責任はとても重いので、自分を壊してしまいませんか?」

それでも関係は続きます。

側で見ているのが辛くなるほどギスギスした関係です。

このままでは、オーナーも社長も、どちらもかわいそうです。

お互いに不幸になります。

それでもやめようということにはならないようです。

ひょっとするとオーナーには、一度ご縁があった相手には、自分からは決して別れを告げない、などというポリシーがあるのかもしれません。

社長の方も、愚痴や文句ばかり出るものの、辞めるとは言いません。

社長の愚痴は、気持ちは分かるものの、明らかに力量、経験不足です。

たとえが変ですが、相撲が弱いのに相撲取りになってしまったようなものです。

適材適所、人選のミスマッチは、お互いが不幸になると思います。

いえ、会社という社会の公器が出来た以上、労使と会社の3者が不幸になってしまいます。

そこに部下や取引先が存在すれば、当事者以外にも、周りの人間全てに迷惑がかかってしまいます。

日本の製造業が基本的に強い理由

を、前の会社に勤めている間に知りました。

とどのつまりは、日本人の国民性に由来しています。

前に勤めていた会社は、大阪に本社があるJCMというメカトロニクスのメーカーでした。

メカトロニクスは和製英語で、メカ(ニズム)+(エレク)トロニクス製品です。

つまり、電気で動く機械部品です。

ご縁あって採用され、ドイツで駐在員を始めることになりました。

私は既に長くドイツに住んでいたので、中途採用で日本の会社に入社して、元々自分が住むドイツに駐在するという、ちょっと変わったスタイルでした。

会社のこと、製品のことを学ぶのに、まずは一年間本社で研修を

ということになりました。

「1年間も?」とは思っていたものの、実際には半年に縮まり、最終的には3ヶ月にまで縮まりました。

早くドイツに戻って営業を開始して(売上を上げて)欲しいということです。

1年の予定が僅か4分の1に縮まってしまいましたが、それでもかなりの厚遇、太っ腹です。

多くの会社はそこまで準備に投資して(お金をかけて)くれません。

よって、とても感謝しています。

但し、ちょっと驚いたのは、日本滞在中に、私が何をするかについては、本社側では誰もアイデアを持った人がいなかったことです。

もっと驚いたのは、ドイツ駐在員事務所に関することが、社内でオフィシャルではなかったことです。

研修が始まり、私の最初の仕事がドイツ駐在員事務所設立の稟議書を書くことでした。

これから稟議にかけるプロジェクトで雇う予定の人間が既に社内に存在して、その稟議書を書いている…😅

ちなみに私の方も、ちょっと変わったことをしていました。

給与額が一切不明で勤務を始めていたのです。

当時の日系の海外駐在員のお給与は一般的に悪くなかったので、給与額が低いということはまさかないだろうと思い、たかをくくっていたのです。

でも、それがとんでもなく甘い考えであったことに後で気が付きます。

それにしても、本社にやって来た研修員が何をするかを本社の人間が誰も分かっていないというのはどういうことでしょうか?

さすが、稟議決済も下りていない駐在員事務所の所員のことです。

しばらくの間、本社の海外営業課に出社して、対ヨーロッパの日常業務を手伝うだけの日々が続いたのです。

本社側の海外営業課の人たちと仲が良くなるのは、ドイツに戻った時に役立つのでとても良いことです。

でも1週間で十分です。

それがいつまでもずっと続く勢いだったので、つい自分の方から提案してしまいました。

「ドイツに戻って営業するのに製品のことを知りたいので、開発や製造に行かせて下さい!」

その提案はすんなり通りました。

お陰様で、最も多くの時間を開発部隊で過ごすことが出来ました。

そして製造現場でも、実際にラインに入って学ばせてもらえました。

その時に気が付いたのが、このブログの本題です。

製造現場で働いているのは大阪のおばちゃん達。

子育てが終わった後らしき女性たちでした。

出来上がっていく製品や、配られる部品に何かいつもと違う様子があると、すぐに隣の人や班長さんに聞きます。

「これ、何かおかしいんとちゃう?」

海外の製造現場なら、(いい加減に)そのままやり過ごしそうです。

製造現場で、何か不自然なことがあると自然なワイガヤとなる…

日本の製造業の強さを見た気がしました。

実際に、生産の一部を中国に移した時のことだそうです。

出来上がった物が日本に送られて来てチェックをすると、製品の中に脂の指紋が付いていたそうです。

調べてみると…

昼食にチキンのグリルを手づかみで食べて、食後に手を洗わずに組み立て作業に戻っていたそうです。

その後工場では、昼食後に必ず手を洗う決まりになったそうです。

手に油が付いていても、そのまま仕事を始めてしまう…

広い世界の中では常識、習慣が違うのです。

「継続は力」の力

継続は力という言葉はよく耳にすると思います。

その力は本当に凄いと思います。

「念ずれば花開く」や、

「石の上にも三年」…

職人芸、国宝クラスの名人、オリンピック級の国際アスリート、ノーベル賞クラスの学者、研究者などにも通じると思います。

但しそのくらいのトップクラスだと、継続以外の才能も必要そうです。

持って生まれた、それに適した才能です。

足の遅い人に短距離選手になれというのはコクです。

継続は力の「力」とは要するに、ひとつのことをどれだけ続けられるかです。

日々の上達が目に見えないもの、習得に時間がかかるものは何でもそうです。

ひとつのことを長く続けると、信じられないレベルのことが可能になります。

世界のトップレベルではなくても、信じられないレベルのことが可能になります。

それが「継続は力」の意味だと思います。

フランス映画「ONODA」

小野田寛郎さんをご存知でしょうか?

第二次世界大戦が終わった後に、終戦を知らずにフィリピンのジャングルに隠れて戦い続けた元日本軍少尉です。

終戦後もずっとジャングルに潜んで29年間戦い続けて、1974年になってやっと日本に戻れた人です。

悲しいとしか言いようがありません…

似たケースに、横田庄一さんもいました。

その小野田さんの映画、「ONODA」がフランスで作られたようです。

第二次世界大戦は日本が開戦して ⬅︎ 実際にはアメリカにそう仕組まれて、日本は追い込まれてやむなく開戦。

日本軍は、東南アジア諸国を植民地にしてひどいことをした。 ⬅︎ 実際には、東南アジア諸国を植民地にしてひどいことをしていた西洋諸国を追い出した。

さらにはそれがその後、それらの東南アジア諸国が独立できた元となった。

終戦後も現地に残って独立運動を助けた日本軍人が多数いた。

だからこそ、東南アジア諸国には親日が多いという事実がある。

いわゆる東京裁判では、悪者である日本軍人がA級戦犯やB級戦犯として裁かれて処分された。⬅︎ 実際には、その裁判の求刑側と判事側は全て戦勝国で占められていたので、それは裁判とは呼べず、リンチ以外の何者でもなかった。

実際に戦勝国側、つまり訴えた側、判事側のひとりにも良識のあるインドのパール判事がいて、被告人全員の無罪を主張した。

もし仮に日本が戦勝国となっていたら、A級戦犯、B級戦犯として裁かれ処分されたであろうのは、国際法を無視して一般市民が犠牲となる日本中の都市に爆撃を行い、原爆まで落としたアメリカ側の大統領や軍のトップたちです。

それが元となり、さらには特に反日の中韓2ヶ国、反日左翼が原因で、靖国神社には悪の軍人が祀られているという、とんでもない自虐史観が多くの日本人に広まったままとなってしまっている。

というような悲しい今の日本の現状があるので、この映画はどちら側の立場に立った映画なのかがとても興味深いです。

フランスは当時の敵対国であったので、まずは反日史観が予想できますが、ヨーロッパで最も日本ファンが多い国のひとつもフランスなので、せめて中立的な立場からの映画であることを望んでいます。

人生を決めるコミュニケーションはレトリック次第

人生で最も大切なもののひとつはコミュニケーションだと言えます。

人間関係は常に大切で、それはコミュニケーションで決まるからです。

そのコミュニケーションの優劣がレトリックで決まります。

レトリックとはなにかと言うと、「ものは言いよう」です。

あることを相手に伝える、あるいは訴えるのに、どういう表現方法を取るかです。

その表現方法(レトリック)によって、導かれる結果が大きく違ってきます。

田中角栄やヒットラーなどの功罪、優劣、善悪は別として、彼らは間違いなくレトリックが優れていました。

政治家だけではなくて、優秀な営業マンや経営者も一緒です。

同じことを言うのに、その表現方法で相手を納得させられるかどうか、相手を動かせるか否か。

まず最初に大切なことは、相手を否定しない、肯定することではないでしょうか?

「はい、只今」と、「少しお待ち下さい」の違いです。

前者は肯定、後者は否定です。

悪い例の代表が、議論に勝って友・お客さんを失うと言うヤツです。

自分の「言いたい欲」に負けて、ついつい言い負かしてしまいます。

営業マンは、それでお客さんに物を買ってもらい、経営者は社員を結束して社を成功に導き、政治家は世の中を動かします。

ちなみに、goo辞書による「地頭」の定義で「論理的思考力やコミュニケーション能力などをいう」となっています。

地頭が良い = コミュニケーション能力が高い。となるようです。

そのコミュニケーション能力が、レトリックで決まると言えます。

それはヒットラーや田中角栄などと大袈裟なところまでいかなくても、誰でも、日常のあらゆるシーンで活用できることです。

コミュニケーションにおいて、相手に受け入れられる、好意を持たれることが大切です。

相手を否定したりすれば、自分を受け入れてもらいにくくなります。

まずは相手を認めて肯定することが不可欠です。

自分を受け入れてもらえずに、コミュニケーションの成功はあり得ません。

つまり、どうしたら相手に受け入れてもらえるか、

どうしたら好意を持ってもらえるようになるか、

そのことを常に考えてお話しをすることが大事です。

同じことを言うのにも、何種類もの表現方法があります。

例えば「太っている」という代わりに

恰幅が良い

栄養が行き届いている

体重がある

肥えている

デブ…etc

どういう表現をするかは、一人ひとりのその時の知恵に委ねられています。

自分の得の多くは、他の人の損の上に成り立ちます (2)

相田みつをさんの書いた物の中で似たお話しを見つけました。

相田みつをさんが最も尊敬する画家という、原田平治郎さんのお話しです。

その原田さんが子どもを連れて鱒釣りに行った時のことだそうです。

その鱒釣り場では、釣った最後に鱒の数を数えて、一匹につき100円だかを支払うシステムだったそうです。

つまり、もし10匹釣れば1.000円払うわけです。

そこで原田さんは、なるべく大きな鱒を釣ろうと、小さな鱒がかかると糸を緩めて逃がすようにしていたそうです。

それを見た原田さんの子どもが言ったそうです。

「やめて、お父さん。それじゃあ釣り場の人が損しちゃうじゃない!」

何て立派な子どもなのでしょうか…

自分の(得の)ことではなくて、相手のことを考える…

こんなひとがひとりでも多くなれば、世の中は間違いなく良くなります。

実は、相田みつをさんがここで指摘しているのは、そういう子どもに育てた親が立派であるということなのです。

実はこのお話しにはその前のお話しがあります。

自分の子どもが万引きで捕まり、警察に行ったあるお父さんの実話だそうです。

万引きは数人で行われたそうですが、一番トロいその子だけが捕まってしまったそうです。

父親は子どもに会うなり、「俺が悪かった。お前をそんなことをするように育ててしまった父ちゃんが悪かった。俺一人の責任だ。他の誰も悪くない」と言ったそうです。

普通なら、「何てことをする息子だ!」とか、「周りの悪友が悪い!」とかになりそうです。

そこで息子は感動してしまったそうです。

ホントはもっと長いお話しですが、だいぶはしょりました。

何か悪いことが起きると、私も含めて多くの人はそれを自分以外の何か周りのせいにします。

言い訳、弁解が出てきます。

ところが実際には、悪いのは自分であることがほとんどです。

何か悪いことが起きた時に、心の奥底深〜いところに聞いてみます。

「誰が悪い?」と。

そうすると、聞こえて来る声があります。

「自分が悪い…」

これが出来ると、前述の子どもや、このお父さんのようにかなりの「人物」だと思います。

前述の鱒釣りのお話しは、ビジネスマンにとってはとても深く考えさせられるお話しです。

値上げをして利幅を増やせば、売る方である自分、自社はその分潤います。

ところが、買う方は逆に損をしてしまいます。

競争が激しいところではそうもいきませんが、競争が少なければ可能です。

どれだけの利益を乗せるのが妥当なのか…

たくさんの利益を出している優良会社などは、競争が少ないところで勝負をしていますから、タップリと利益を乗せています。

そういう会社の値段が高いことは周りにも知られています。

もう少し利幅を減らして値段を安くすればと思うのですが、当事者にとってはそうも簡単にいかない問題です。

いつそのビジネスが傾くかが分からないという心配もあるでしょう。

私も以前、幸い偶然にも業界でオンリーワンの製品を開発、販売することが出来ました。

競合がいないので、どんな価格が妥当なのかも分かりませんでした。

そこで十分な利益を乗せて販売しました。

何十万個と売れたので、凄い売上と利益になりました。

十分な利益を乗せたのは、自分が心配性であることも関係していると思います。

「利益を得られるこんなチャンスは他に滅多にない!」

最終的には、製造パートナーが作り過ぎてしまい、それを処分せざるを得なかったので、売り上げの割には利益はかなり少なくなりました。

さらには暫くすると競合が現れて、弱小であるうちの製品は100%のシェアからどんどん落ちて、最後にはビジネスにさえならなくなりました。

その後に知ったのが、渋沢栄一の「論語と算盤」でした。

危険だった横断歩道、一時停止率2割が ➡︎ 9割へ

徳島県美馬市で起きた、不思議でついつい嬉しくなる現象です。

学校がほど近い、ある横断歩道でのお話しです。

子どもたちが、一時停止する車に対してお礼のお辞儀をするそうです。

そしてそれがどうして始まったのかが分からないそうなのです。

そんなことを指導した先生も不在で、自然に子どもたちの間に広まったようです。

100匹目の猿」現象…?

もしそうであって、あちこちに広まってくれたら嬉しいです。

きっともっと平和な世の中になります。

韓国人は、どうして酒を飲む時に顔をそむけるのか?

どういったご縁か、仕事でもプライベートでも韓国人や中国人の友人知人が複数います。

彼らと一緒にしばらく過ごすと、日本人には見られない発見があります。

韓国人と一緒にビール(お酒)を飲む時、相手にとってはこちらが目上、年上、先輩的な存在の場合、彼らが顔を背けて飲むのはご存知でしょうか?

そむけるというのは正しい表現ではないかもしれません。

ビールを飲む時だけ横の方を見て、さらには空いた手を添える時もあります。

手の添え方は、飲んでいる顔を隠すようにです。

酒を飲んでいる顔を見られるのが恥ずかしいかのような仕草です。

何度か見かけて不思議に思ったので聞いてみました。

その理由は…

酒を飲んでいる顔を先輩に見せるのは韓国では失礼だそうです。

日本以上に先輩後輩の礼儀が厳しいそうです。

ちなみに、虎ノ門ニュースで知った韓国人の特徴のひとつ。

あまり下手に出るとダメだそうです。

あんまり下手に出ていると、なめられてしまうそうです。

ホントかどうかは分かりませんでした。

ところが先日、ある韓国人とあるビジネスで少し取引が始まりました。

相手の会社では、いわゆる在日さんと呼ばれる義理の妹さんが仕事を手伝っています。

在日さんなので、日本語がペラペラのネイティブですが(⬅︎ 当たり前)、韓国語もペラペラのようです。

社長である義理のお兄さんは韓国人。

彼はドイツ語も英語も苦手なので、私とは会話が成り立たずに彼女が通訳してくれます。

そんな彼女のビジネス相談を受けたりしたので、親しくしてもらえました。

そんな彼女がある日私にアドバイスをくれました。

私はいつも、目上、目下に関係なく極力誰にでも腰を低くしているのですが、在日韓国人の彼女が言うには…:

「韓国人相手にあんまり遠慮深くし過ぎない方が良いですよ」

虎ノ門ニュースの情報は本当なんだ…

注目の、ドイツ(ヨーロッパ)でのウォシュレットの普及

主語がなく、新聞みたいにいい加減です…😅

誰が注目しているのでしょうか?

私です…😅

いえ、私以外にも、ビジネスに興味がある人には気になることだと思います。

ついにユーチューブで、ウォシュレットの宣伝広告が出てきたのです。

いよいよ来たか…

宣伝ビデオは、Villeroy&Boch社のウォシュレットです。

勿論元々はTOTOの製品です。

Villeroy&Boch社は1748年創業のドイツの老舗企業、2019年の売り上げが833ミリオンユーロ(約1千億円)、社員数7.500人。

この数字なら、ドイツで最大手どころか、ヨーロッパでも強い立場にいるはずです。

そのVilleroy&Bochは、2013年に日本のTOTOと技術提携しています。

TOTOは当初、独自展開を目指したものの、それが難しいと判断して現地の有力企業と手を組んだようです。

一言、私に相談してくれれば良かったのに…😅

ウォシュレットのヨーロッパ進出」で書きましたが、商売は数。

どれだけ多く売れるかで、売上も利益も決まってきます。

フェラーリを1台売るよりも、ラーメンを1千万個売った方がはるかに大きいのです。

ウォシュレットは結構高価です。

それが多くの家庭に普及するとなると…

苦戦(なかなか売れない)は間違い無いと思いますが…

でも意外なことがひとつ分かりました。

ウォシュレットは、今までの累計で日本以外も合わせてまだ4千数百万台しか売れていないそうです。

日本ではほとんどどこでもウォシュレットがあると理解していたので、その普及率は90%以上、国内だけでも4千万台位は軽く売れているものだと思っていました。

ウォシュレットは、日本を訪れる海外旅行者がまず最初にびっくりしてビデオ撮影をする対象です…😅

クレーム客をファンに変える鍵は「言いたい欲」のガス抜き‼️

昔、古くなってきた製品の修理サービスを打ち切らざるを得ないことを各お客さんに伝えました。

技術の進歩で、古い製品のメンテの限界が来たからでした。

その製品をたくさん買ってくれているお客さんから、早速苦情の電話が来ました。

「修理してもらえなけりゃ困るじゃないか! どうしてくれるんだ!」

その人にとってそれは、いま持っている製品を全て処分して、新しい製品に買い換えなければならないということを意味しています。

痛い出費です。

その人は、電話で私に40分くらいずっと文句を言い続けていました。

私は一応、クレーム客の対応方法を勉強したので、その鉄則を守りました。

その鉄則とは、とにかく聞き手に徹するということです。

もし仮に、理不尽なことを言われても、じっと我慢の子です。

口ごたえは禁物です。

最低限の言うべきことは言います。

と言うか、答えたり相槌はうちます。

黙りっぱなしでもダメです。

でも、こちらの自我は出さずに、とにかく相手の自我、「言いたい欲」のガスを出してもらいます。

40分くらいたった頃でした。

「いや、長々と愚痴を聞いてくれてありがとう」

何と、最後にはお礼を言われて電話が終わったのでした。

こちらも40分間もの間、言いたい言い訳は言わずに我慢を続けていただけあって、心の中で…

「やった〜〜〜!」

という感じでした。

それにしても、お礼をされるとは思っていませんでした。

でもまあ相手も中小企業の社長さんです。

元々頭は良いのでしょうから、理不尽を言っているのは自分の方であると途中で気がついたのでしょう。

そして40分間、ずっと相手の「言いたい欲」を受け止めることによって、「言いたい欲」のガスが抜けてしまったのです。

欲が消えれば誰でも満足します。

これはクレーム客に限らずに、日常のどんなシーンでも言えることだと思います。

議論に勝って、あるいは自分の「言いたい欲」をはらして友や顧客を失うのがその真逆です。

日本のサービスのクオリティーの高さ

以前、JCMという金銭処理機器のメーカーに勤めていた時のことです。

日本の女子大生に、「川崎さん、それ日本じゃアウトですよ!」

と言われてしまいました。

いい年をこいた経営者が、20歳も年下の女子大生に…

ダサい…😅

北欧の販売代理店の数人の技術者が、泊まりがけで製品の技術研修に来ていました。

週末にかけて来たので、日曜日は観光案内をしたのです。

丁度その時、日本から知人の娘さん、女子大生が2人遊びに来ていたので、一緒に連れて行った時でした。

9人乗りのバンを借りて、デュッセルドルフから車で1時間半ほど南に走りました。

そこには森に囲まれたニュルブルグリングというサーキットがあります。

ニキラウダがあの顔の火傷を負う事故を起こしたサーキットです。

そこに案内しました。

レースをしていなければ、普通の車で一周約20kmもあるサーキットに入って走れるのです。

ところが運悪く、閉まっていました。

そこで前述の女子大生のきつい一言でした。

前もって調べておかなかった私のミスです。

彼女の言う通りです。

でも周りには他にも色々と訪問できる所があるので誤魔化せましたが、どうやら私もドイツボケして来ているとつくづく感じた次第でした。

日本でならそういう時は、当然前もって調べておくのが普通です。

ですがこちらでは意外といい加減で、調べずに行ってみて、もしやっていなかったらプランBに移すという方法が取られます。(⬅︎ 言い訳😅)

自分の得は、しばし他の人の損の上に成り立ちます

楽観主義(能天気)と悲観主義(慎重派)書きましたが、頼んでもいないお酒が宅配便で届き、ついつい私はぬか喜びしました。

その続きのオチで、実はそれを自分で頼んでいたことを忘れていたという、私の脳天気ぶりを白状しました。

ファンからお酒が届いた(⬅︎ ファンなどいません😅)とうそぶいて、早速その晩にでも飲もうとしていた私に対して、

慎重派のカミさんは、「詐欺じゃないの?」とか、

「毒でも入っていたらどうするの?」

という、私からすれば超悲観的な意見を言いました。

その二言は私にとっては無視をするに値しました。

ですが、三言目が心に刺さりました。

「もし何かのミスで届いたのなら、送り返さないと相手が困るでしょ!」

確かに…😰

スペインのバルセロナから、何かの間違いでうちにお酒が届くということはまずあり得ません。

(結論として、自分で頼んだことを忘れていただけでしたが…😅)

でもひょっとして、何かの間違いで届いたとしたら…

それを私が無邪気に、いえ、能天気に飲んでしまったら、私は得をしても、相手は損をします。😰

私も、「人に迷惑をかけないように」と育てられる日本人の端くれです。

そこで送り主に電話を入れてハッピーエンドになったわけですが…

実は似たようなことが以前もありました。

日本が民主党政権になった時のことでした。

子どものいる家庭に、いわゆるばらまき補助金が出されました。

日本の妹から、「お兄ちゃんは日本でも住民登録しているからもらえるよ!」

と連絡が来ました。

その時も、能天気な私は「やった〜、臨時収入!」とぬか喜びしました。

そこでカミさんの一言。

「日本に住んでもいないのに、そんな物もらっていいの?」

そう言われてハッとしました。

そこでもらえば自分は得。

でもそれは国家の損。

国民のみんなが納めた税金の無駄使い。

そんな僅かな1人分は、国家に集まる税金の金額にしてみれば微々たるもの。

と思いがちですが、世の中を悪くしているのは、「このくらいイイだろう」とか、「俺一人くらいなら…」の集まりです。

ごく小さなことで、善悪の判別を付けにくい時は、それを千倍、万倍してみると、それが善か悪か分かります。

自分の得って、結構ほかの人の損や苦労の上に成り立っていることが多いのです。

私はこの世を悪くしている大勢の内のひとり…😰

うちのカミさんは神さん?😅

女性に向いた職業は政治家?

元首相、元日本オリンピック協会会長の森さんの問題を改めて持ち出すわけではありません。

でも、それを良く言えば、話しが続けられるという点では、男性は女性にかないません。

勿論一般論なので、例外はいくらでもあります。

悪く言えば話しが長い

良く言えば説明が上手い

男女の差別をなくす傾向の世の中です。

でも、男に子どもが産めるでしょうか?

私の会話などは、ついつい Yes/No しか必要のない会話になりがちで、話しが続きません。

説明も、良く言えば簡潔(過ぎ?)

悪く言えば不親切

沈黙の時間が続いてしまいます。

政治家には、高い説明能力を求められます。

多くの国民の全てに理解してもらうには、丁寧な説明が必要なので、女性の能力の方が適しているかも知れません。

単に話しが長くなるだけでは意味がないですが、聞いている人が良く理解できる説明が出来るのが女性ではないでしょうか?

恥の文化、恥じらいの国民、日本人 (2)

恥の文化、恥じらいの国民、日本人に続きます。

ドイツのロルちゃんというユーチューバーがいます。

日本と違う点のドイツの紹介や、ドイツ語教室、ドイツ観光の動画を数百本あげています。

実は彼、私と同じ村に住んでいます。

デュッセルドルフの郊外、人口僅か1万3千人の小さな村です。

彼と知り合ってまだ間もない頃、私にとっては「ユーチューバー」って一体何?

でした。

その頃、彼の家のBBQに招かれました。

頻繁に動画をアップしていました。

中には邦人紹介というコーナーもあり、キャベツで健康の私も紹介されました

彼の動画の再生回数は、数千〜1、2万回前後のようです。

ところが、数本出したあるシリーズが、50万回のヒットになりました。

彼もそれには驚いて言っていました。

どうして日本人はこんなにも自分(達)のことを気にするの?

そのシリーズは、道を歩くドイツ人へのインタビューでした。

日本という国を知っている?

地球のどの辺にあるか知っている?

日本人って、どんな人たち?

日本について、日本人について、ドイツ人がどう思っているかのインタビューだったのです。

日本人とは、一言で簡単に、そして良く言えば「名誉を重んじる」、悪く言えば「世間体を気にする」と言えるようです。

正に、ルース・ベネディクトが言うところの「恥の文化」です。

人生は、楽しむためにある

以前、最高の老化防止策は、趣味を持つこと以上に、出来ることを増やす方が上と書きました。

歳を取ると、記憶力、運動能力、柔軟性、視力、毛髪、年配の親戚…

失っていくものが増えていくので、今まで出来なかったことを、出来るようにしていくのを増やすのはどうでしょう?

というご提案でした。

ところがその後、

「出来ること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが良い人生

という、斎藤茂太さんの言葉を、happyluckyenjoy さんのブログで見つけて「ハッ」としました。

「出来ること」より、「楽しめること」

なるほど、その方が良さそうです。

でもそこで思い出すのが、私のイタリア人の友人2人です。

1人はミラノの南、1人はブレッシャに住んでいます。

一緒に日本に行ったり、お互いの家に泊まり合ったり、家族ぐるみの付き合いです。

そんな彼らによく言われるのが、「人生、もっとエンジョイしろよ!」

です。

彼らから見ると、日本人の私は仕事にも人生にも真面目過ぎるように映るようです。

彼らを見ていると、確かに人生をエンジョイしています。

それはイタリア人に限らず、地中海沿岸諸国の人たちは、基本的に生まれつきにそのようです。

2人のイタリア人の友人は、共に中小企業の経営者なので、ある程度裕福ということも関係あるかもしれません。

でも一般的にも、みんな楽しそうです。

地中海沿岸諸国に限らず、スイスの友人にも昔、似たことを言われました。

その頃、ドイツ語学校でルームメイトだったスイス人は、勉強は学校でのみ。

放課後は常に、夜までどこかに遊びに行っていました。

対照的に、いつも部屋で勉強していた私を見て、似たようなことを言いました。

ヨーロッパ人は、基本的に人生はエンジョイするものだと思っているようです。

ところが日本人の場合は、

人に迷惑をかけない

抜きん出ない

和を乱さない

楽しんだり、楽をしている姿を人に見せない…

という雰囲気が染み込んでいます。

これもやはり国民性というか、幼い頃からの躾の影響です。

ホリエモンとか、ヒットしているユーチューバーなどのごく一部の日本人以外、

一般の日本人は人生をエンジョイ出来ないようになっていないでしょうか?

だから自殺率も高い…

人生はやはりもっとエンジョイした方が良いと思います。

くよくよせず、自殺などせず…

ですが、やはり万物に長短ありなのです。

人生をいかにもエンジョイしているように見える地中海沿岸諸国の人たち、

約束は破る。

期日、時間は守らない。

責任は取らない。

浮気はする…

実際に、2人のイタリアの友人も、イタリア人らしく、家庭を持っていても異性関係が盛んです。

よって、1人は離婚しています。

イタリアでは、会社がうまくいかなくなると、すぐに倒産して、多額の借金からも逃れます。

楽しく生きることが、結婚相手や債権者に迷惑をかけることになるのであれば、私は遠慮したく思います。

自分の楽は、他の人の努力や苦労の上に成り立っていることが多々あります。

私も日本人です。

人に迷惑をかけない人間になれと躾られました。

でも物事は何でも程度、バランス。

自殺してしまう必要などはどこにもありません。

特に借金苦で自殺の必要は全くありません。

私は悪友から借金王と言われます。

現在の収入で90才近くまで返済が続きます。

何とかそれまで寿命も持つかと思います。

低血圧だし、長生きの家系なので。

例えばもし仮に、巨額の借金を作ってしまい、一生返せないとします。

それでも自殺する必要は全くありません。

それは債権者の立場になってみれば分かります。

自分がお金を貸した相手が、返せなくなってしまって自殺をするのと、生きている間に少しでも返してくれるのとではどちらが良いでしょうか?

前者の場合は返ってくるお金はゼロな上に、そのせいで人がひとり死んでしまいます。

債権者はそのことを一生心に抱え続けてしまいます。

後者の方が良いに決まっています。

誰の目にも後者の方がはるかに立派に映ります。

それに負債という責任を逃れて消えてしまうのは、無責任過ぎます。

巨額な借金で、生きている間に全て返せなくても大丈夫です。

個人破産するなどの法的な手段をとれば、毎月の収入からはまずは生活費は確保されます。

借金の返済は、残りの分から持って行かれるだけです。

つまり、可処分所得からであり、貯金などをする分からです。

なので、生活は出来るわけです。

そういう場合は一度弁護士さんに相談した方が良いものの、

自殺などをする必要、意味は全くありません。

楽観主義(能天気)と悲観主義(慎重派) 続き

スペインの知らない人から届いたスパークリングワイン3本。

誰の意図かは分からないものの、送り主の通販業者はインターネットで調べられたので、電話をしてみました。

「運が良ければ英語が通じるだろう」と。

早速電話をしてみました。

誰も出ない。

そうか、朝早過ぎるのかも…

スペインではドイツよりも時間が遅れます。

いえ、時差はなくて同じですが、生活のパターンが遅れています。

お昼を食べるのが13:00からで、夕食は21:00からとかです。

昔一度、12:00にレストランに行ったら閉まっていて、お休みだと間違えたことがあります。

仕事ではシエスタというお昼休みが2時間あり、仕事をストップします。

暑い地方の人たちの知恵です。

夕食も、19:00位からはまずはBar で飲み、その後にレストランに行きます。

そこでお昼頃に再び電話をしてみると、相手が出てくれました。

「Do you speak englisch..?」

ヨーロッパでこう聞くと、大雑把に言って1/2位は「Yes」と返ってきます。

1/2は不運にもコミュニケーションが取れないことになりますが、それでも日本と比べれば、はるかにマシです。

「実はそちらからスパークリングワインが3本届いたけど、何かの間違いでは?」

と言うと、

「それでは送り主と受取人のラベルの所を写して送ってください」

と言われました。

かけた電話番号は固定電話ではなく彼の携帯だったので、すぐにウァッツアップで繋がって画像を送れました。

ウァッツアップとは、ヨーロッパで一般的なラインのようなSNSです。

ラインは繋げるのが難しい時がありますが、ウァッツアップは相手の携帯電話番号を自分のスマホに保存さえすればすぐにつながって便利です。

さて、画像を送った後に返ってきたメッセージには…

「受取人がご注文された、カタルーニャのビールです」

「えっ? 自分で注文した??」

「ワインじゃなくてビール? こんなに大きな瓶で?」

でもそう聞いて、かすかな記憶が甦りました。

そう言えば以前、珍しいビールというのを何かで知って注文したような、かすかな記憶がある…

でも最近のことではない…

750ml瓶の季節限定のビール?

こちらのビールは普通、330ml か 500ml 瓶なのです。

近くでことの次第を聞いていた家内が大爆笑を始めました。

「自分で頼んだことを忘れた物が届いてファンが送ってくれたと思ったの? どれだけ能天気!?」と言いながら…

楽観主義(能天気)と悲観主義(慎重派)

スペインはバルセロナの Minibox Bar という酒類の通販から、スパークリングワインらしき物が3本宅急便で届きました。

見るからにワインが入ってそうなボックスで、受け取る覚えのない私は、家内の注文か何かと思って放っておきました。

翌日、「そのワインらしき物は、な〜に?」と、家内。

「さぁ〜?」と私。

「あなた宛よ」

「えっ? 僕宛??」

開けてみると3本の、蓋とアルコール度から察してスパークリングワインらしき物。

送り主をインターネットで調べてみると、バルセロナの酒類通販業者。

全く覚えがありません。

そこで私、「やった〜! 誰かがスパークリングワインを贈ってくれた!」と喜んで、早速その晩にでも飲む気です。😅

そこで家内、「誰から届いたのか分からないんでしょ! 詐欺だったり毒が入っていたらどうするの!」

そこで私は、「きっとファンの1人が贈ってくれたんだよ!」とウソぶくものの(⬅︎ ファンなどいません😅)、その次の家内の言葉で反省しました。

「何かの間違いで届いたのなら、送り返してあげないとかわいそうでしょ!」

確かにその通り。😰

でもよく見ると、箱にはドイツ語で「宛先」と書いてあり、その下に私の名前と住所が書いてある紙片が印刷後に切り取られて貼られています。

そこで推測できるのは、誰かがドイツから注文した?

そしてそのメールの送り先部分を印刷して貼り付けた?

それにしても思い当たりがなくて謎です…

お米研ぎの不思議

白米より、玄米の方が栄養がはるかに多くて健康的なことは、多くの人が知っていると思います。

我が家でも一時期、玄米を優先して購入して食べていましたが、いつの間にか白米に戻ってしまっていました。

我が家のボスである家内が言う物を私が町で買ってくるからですが、彼女のせいにはしたくはありません。

玄米以外にも、納豆とか健康食品はいくらでもあります。

私の場合、基本的に食事による健康はキャベツやブロッコリーで保たれています。

栄養が豊富なだけでなく、食物繊維による整腸効果で善玉菌が増えて、花粉症が治るどころか、風邪を引かなくなります。

間違いなくコロナにも効くはずです。

日露戦争の時、ロシア軍の銃弾や爆弾などで亡くなった日本の兵隊さんよりも、カッケで亡くなった兵隊さんの方がはるかに多かったそうです。

当時の日本陸軍の兵隊さんの主食は高価な白米だったそうです。

玄米と白米の大きな違いのひとつはビタミンB1。

白米は、玄米を精米(玄米の周りを削り落と)して出来ます。

その削り落とされるところにビタミンB1が詰まっています。

それでも殆どの人が白米を食べるのは、その方が味が良いからです。

日露戦争の陸軍では、軍医として軍の上の方のポジションにいた、あの森鴎外の無知で白米を支給し続けました。

白米は美味しいので、陸軍の兵隊さんたちは、「戦争に行くと白米が食べれる!」と喜んでいたそうです。

ところがビタミンB1が不足、カッケになって戦争どころか動けなくなり多くの兵隊さんが死亡。

それに比べた日本海軍。

軍医の高木兼寛さんが、イギリス海軍のパン食でカッケが出ないことに気が付いて麦飯を主食にしたそうです。

お陰で、カッケ(病気)による被害を出しませんでした。

森鴎外の責任は重大ですが、今更そんなことを言っても始まりません。

毎度ながら話しがそれましたが、なぜお米は研ぐのでしょうか?

早速調べてみると…

糠(ヌカ)や汚れを落とすためだそうです。

でも、今日の精米技術は昔と比べてかなり進歩して、研ぐ必要はもうないそうです。

軽く洗うだけで良いそうです。

でもちょっと待って…

いくらお米を洗っても、汚れは見当たりません。

水に出てくるのはお米の元々の白さと思われるものだけです。

つまり、玄米から精米して白米にする過程で出ると思われる白さ = ビタミンB1..?

しかも研ぎ水は良いと聞きます。

では、洗う必要が本当にある?

そこで思い出すのがうちの長男。

長男ですが痔なん(次男)です。

くだらない親父ギャグはさておき…

家内が、長男に米の研ぎ方をどういう風に教えたのか知りません。

うちの長男が生まれて初めて研いだお米は、炊いただけでオジヤのようになっていました。😅

研ぎ過ぎで、お米がバラバラに潰れていたのです…😰

話しを戻すと、玄米の周り(の栄養)を削り落とすのが精米。

精米して出来上がるのが白米。

つまり、白米から出る白いお水は、精米で削り落とす栄養分の一部。

「だったらお米を研ぐ、洗うと言う作業は不要では?」

それからと言うものは、私がお米を炊く時は、お米を研ぐ、洗うという作業はゼロ。

お米にお水を入れて、そのまま炊くだけです。

コロナ禍の長所

コロナで外食が著しく制限されました。

倒産なども続出して、外食産業はメタメタです。

弊社も青息吐息です。😰

悪いことばかり…

でも、ひとつだけ良いこと(?)がありました。

私のように大の外食好き、飲み会好きにとって、長い間の規制でそれがもうどうでも良くなってしまったことです。

不思議なことに、外食に行きたいと思わなくなってしまいました。

人間って、どんなに理不尽な扱いを受けても、それが長く続くとそれに慣れてしまうところがあるそうです。

昔の奴隷もそうではないでしょうか。

外食に行けなくなっても、元々うちの奥さんのお料理が美味しいから大丈夫?😅

実は最近、もうひとつコロナで良かったことに気が付きました。

私はドイツに住んでいます。

ドイツでは普通、人に会うと握手を求められます。

その握手が問題(?)です。

詳しくはこちら➡︎ 握手は不衛生?

ドイツ人、あるいはドイツに住んでいる、日本人以外の握手を求める国の人たちにも、清潔な人とそうでない人がいます。

握手を求められれば、こちらも普通は手を差し出します。

私の場合は、実はこの時いつも少し緊張します。

緊張すると言うか、嫌々手を出します。

相手の手が汚いことがあるからです。

明らかに汗で湿っているとか…😅

握手をした時に、「ジト〜」っと、相手の手のひらの汗を感じます。😰

「やめてよ〜〜〜」 ⬅︎ 心の叫び😅

相手に気を配る国民性があるのは日本人。

西洋人はその辺を気にしません。

と言うと嘘になります。

中には握手をする前に、大袈裟に自分の手のひらをズボンなどでゴシゴシする人がいます。

かなり稀ですが…😅

何が言いたいかと言うと、コロナのお陰で握手の習慣がなくなり、会った時に握手を求められなくなったのです。

やった〜〜〜‼️

日本の報道機関

数年前に、ユーチューブで毎日放送されている「虎ノ門ニュース」の沖縄に関する報道をこのブログで紹介しました。

そうすると、びっくりするような噛みつきコメントがいくつか入りました。

コメントを入れてくれたのは、左翼の人、反日の人のようです。

お恥ずかしいながら私は、実はその時までこの世(の政治)に、左右が存在するとは知らないほどノンポリでした。

ビジネスまっしぐらだったので…😅

驚くような、その噛みつきコメントが入ったお陰で、この世には左右、反日が存在する事を知りました。

その結果…:

左翼・リベラル(反日)は…:

朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞系

右翼は…:

産経新聞、虎ノ門ニュース

であることが分かりました。

実はそのくらいの情報はインターネットでもすぐに出てきます。

最も困るのは、左翼系の報道機関はほぼ反日であることです。

朝日新聞はとても良い例です。

慰安婦問題や南京問題、徴用工に関する捏造報道がその良い例です。

慰安婦問題に関しては、数年前にそれが誤報であったことを自ら紙面で認めたようですが、世界中に広まってしまった、戦争当時の日本兵である私たちのおじいさん、ひいおじいさんたちは非道でとんでもない助平であったと世界中に思われてしまったことはどうするのでしょうか?

実は日本人は、西洋人が初めて日本に来た500年ほど前から、西洋人をポジティブに驚かせ続けてきました。

その詳しくは是非このサイトでご確認下さい ➡︎ www.ganbarenihon.com

その最後、最も最近の出来事が311の時の被災地の人たちが見せた態度に対する世界の評価です。

世界の物差しで測ると、日本人は飛び抜けて平和で人畜無害な民族です。

その民族が、第二次世界大戦の時だけ残酷で助平だったのでしょうか?

慰安婦問題にしろ、南京問題、徴用工、沖縄問題、アイヌ問題、それらを考える上で、常に基本にあるのはその点です。

日本人が悪者だったという嘘が罷り通ると政府はバカのようにお金を出します。

それが反日活動家をますますつけ上がらせてしまいます。

何しろ日本人の国民性は、過去の首相が言ったように、「人が嫌がることをしない」です。

それは勿論国内では良いのですが、海外に出たら通じないのです。

海外は自己主張、利己主義です。

そこで平和ボケは通じません。

1番怖いのは、左翼や反日の陰にいる、資金と野望を持った大国の存在です。

日本(人)を貶め、政府からお金を貪り続ける変な人たち

以前のブログ、「世界で最も人種差別のない国、日本」に、「日本政府は昔アイヌ人に酷いことをしたのではないか?」というコメントをいただきました。

そこで改めて私の考えを「日本政府は、アイヌ人に本当に酷いことをした?」というブログで投稿しました。

本日丁度、「虎ノ門ニュース」にてアイヌ関係の特集をしていました。

やはり反日のおかしな活動家たちの仕業のようです。

特集は1:05:00の辺りからです。

特に1:21:00辺りからが興味深いです。

ウソが書いてある教科書、本、捏造報道に信じ込まされる人たちのひとりでも多くの人に事実を知ってほしいと思います。

政治、宗教、給与のことは話題に出すなとは言いますが…

「沈黙は金」、「言わぬが花」でしょうか。

でも、「胸筋を開く」、「腹を割る」という言葉もあります。

以前、知人に言われました。

「よく怖くないですね…」と。

どういうことかというと、私は頻繁に左翼さん、反日さんの感情を逆撫でするようなことを書いているからです。

左翼さんは自虐史観に染まり、反日さんは日本嫌いですから、私の意見は非常に不愉快です。

自分では、単に事実を述べているだけの「超ど真ん中」だと思っていますが、彼らにしてみると、私は「右翼」になるのでしょう。

実際にも以前、このブログで虎ノ門ニュースを紹介した時、ネトウヨだと書き込まれました。

自分の立ち位置、意見を隠して、上辺だけのお付き合いを広く薄くするのと、

自分の立ち位置、意見を表に出して、それが嫌な人は去り、そうでない人が残ってより深くお付き合いするのとどちらが良いでしょうか?

私は断然後者を選びます。

人生は長いようであっという間です。

言い方はキツいですが、考え方が違う、意見が合わない人と付き合っている暇はありません。

気心知れた仲間とより楽しく過ごしたいです。

嫌な奴のお面をかぶった神様」の理屈と矛盾する?

そんなことはありません。

嫌な奴のお面をかぶった神様から背を向けて逃げるのではありません。

むしろ、正面から向かい合います。

でもだからと言って、嫌な奴のお面をかぶった神様を飲みに誘うというわけではありません。

向こうから来られたら決して逃げずに正面から受け止めますが、こちらからわざわざ誘う必要がないだけです。

そしてそれを続けているとどうなるでしょうか?

以前、しきりに痛烈なコメントを入れて来た左翼さん、反日さんからのコメントが皆無になりました。

お互いに手間、労力が減ります。

継続は力。

あるいは、出過ぎた杭はもう打たれない?😅

条件が悪くなればなるほど、その人の実力が見えてくる

「制限の中において、初めて名人はその腕を示す」

とは、あのゲーテの言葉です。

その意味が分かるでしょうか?

その意味を分かりやすく説明するには、スキーの例が良いかも知れません。

スキーの上手い下手は、傾斜を少しずつ傾けていくと分かってきます。

その意味は、初級者コースである、斜度がゆるい斜面の場合、滑っている人たちの腕前が最も分かりにくいです。

誰でもうまく滑れるからです。

超初心者を除いて。

今度は斜度が少しキツくして、中級者レベルのコースにします。

そこを滑っている人たちを見ると、初級者はすぐに分かります。

滑るのに苦労しているからです。

ですが、その斜面では、中級者と上級者の本当の腕前を見分けるのは難しいです。

ところが、中級者のコースで立派に滑っている人たちを全員、今度は上級者のコースに連れて行きます。

そうすると、そこで中級者の実力が見えて来ます。

中級者は、上級者のコースでは苦労するからです。

でも、上級者のコースでも、上級者たちの腕前を見分けるのは難しいです。

そういう時は、さらに斜度が厳しいコースを滑ってもらいます。

そうすると、同じ上級者の中でも、誰が超上級か、上級の上か、上級の中、上級の下なのかが分かってきます。

スキー学校の先生にも、色々な腕前の人がいます。

その幅は、上級の下〜上級の中です。

それ以上の腕前の人たちは、スキーの先生にはなりません。

選手やデモンストレーターなどになります。

超上級レベルの人は、どんな斜度でも滑れます。

そこに雪さえ残っていれば。

雪が残っていない斜度は、ほぼ落ちていく角度です。

かなりのキツい斜度でも、そこに少しでも雪が残っていれば、本当に上手い人は滑って降りることが出来ます。

条件が緩いところでは、誰が名人かは分かりませんが、条件を厳しくするとそれが分かってきます。

ピアノの先生も似ています。

子どもの頃からずっとピアノを頑張って、ピアノの演奏者になれるのは、ほんのひと握りの人だけです。

そこに入れない人の多くがピアノの先生になります。

掃除の不思議な力?

びっくりしたことが起こりました。

ワードプレスの統計によると、自分のブログのひとつが 6.219人の方々に読んでいただけました。

実際に読んでくださったかどうかは別としても、アクセスしていただいたようです。

棒グラフが示す普段のアクセス数から言うと、これは驚異の数字です。😅

そのブログは「掃除の功徳」です。

「日本を美しくする会」のことを書いているので、その1人が見つけて下さり、リンクを他の会員に紹介してくださったのかも知れません。

何しろ日本を美しくする会には、10万人以上の会員がいるそうです。

でも、そんな6.219人のアクセス数が嘲笑われるようなフォロワー数を持つブロガーさんを知っています。

9.468人のフォロワーを持つ、MM(Middle Me)さんです。

あれっ、つい先日まで8千人台だったのに、もう9千人以上…

あるひとつのブログに対してのアクセス数ではなくて、フォロワーの数です…😰

多分タレントか何か有名人なのだろうと思ってコメントしてみると、違うと言います。

これだけのフォロワーがいるので、「いいね」もコメントの数も半端ではありません。

それにもかかわらず、コメントを入れるとキチンと答えてくれます。

英語ですが、毎日のように良いスローガンを出してくれて、就活中の人たちを応援する長いテキストを投稿してくれています。

そんな凄い人が時々私のブログにも「いいね」を入れてくれるのですが、「ホントに読んでくれてるの?」

と思った私は早速、彼女の投稿にその旨書いてみました。

そうすると…

「読んでるわよ、ちゃんと。翻訳をかけて」とお返事がありました。😅

コロナでもびくともしない職業

つい先日、4才から15年間ピアノを続けて音大まで入学した長女が、音大をやめて方向転換をしたことを書きました。

その彼女が方向転換した先を医療の道だと思っていましたが、間違いでした。

何しろ子どもの相談相手は母親。

父親は蚊帳の外?

母親を通じて知ります。

そこで情報のミスが発生します。⬅︎ 言い訳。

しっかりとしたお父さんなら、キチンと情報が伝わっているはずです。😅

とにかく、長女が方向転換した行き先は、医療業界ではなくて、介護業界でした。

今回のコロナで分かったことは、何が起きても心配のない職は、いわゆるエッセンシャルワーカーです。

エッセンシャルとは不可欠です。

コロナで不可欠な職業と、そうでない職業があらわになりました。

それでなくても近い将来、AIの発達で無くなる職業がいくつも出てくるという時に…

ちなみにコロナ騒ぎは、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)や、ワクチンを開発する医療業界のメーカーから、巨大なお金がマスコミや政治家に流れて起こっているという陰謀論があります。

私も疑っている1人です。

そうであるにしろ、ないにしろ、Amazonの便利さは、「自分さえ良ければ」を代表する現代の悪の根源と思えます。

楽だから、簡単だから… と言って、ついついAmazonで注文してしまいます。

お陰で店舗を持って商売をしている人たちは大被害。

Amazonは大儲け。

少し前にAmazonの創業者が世界一の大金持ちになったばかりですが、その勢いはますます強くなって、今後もずっとダントツ間違いなしです。

書籍の販売から始まり、10年ほどはずっと赤字を出していたAmazon。

創業者には、あの頃から現在の様子が見えていたのでしょうか?

だとしたら凄い人です。

一番問題なのは、その便利さを、誰もがもうやめられないことです。

私も勿論その1人です。

袖振り合うも他生の縁

という表現をご存知でしょうか?

道を歩いていて、見知らぬ人とすれ違う時に、服(着物)の端が触れ合うのも、前世からの因縁による。

という考え方です。

これも何かのご縁だから…

とも言います。

どういうことかというと、

行きずりの人との出会いや、偶然にも言葉を交わすことになることも、単なる偶然ではなく、縁があって起こるものである。

だからそのご縁を大事にしましょう。

という、仏教的な考え方だそうです。

一期一会も似た意味があると思います。

人類皆兄弟と考えれば、益々その意味を理解できます。

人類皆兄弟と言えば、いつも思い出すのが、親をたどっていく時の倍々計算の結果の凄さです。

誰でも例外なく親は2人います。

それが結婚すると、義理の親も含めて4人になります。

義理の親は血が繋がっていないじゃないか?

確かに。

自分の子どもが出来るまでは。

でも、自分の子どもが出来ることによって、義理の親も繋がります。

離婚する時のセリフに、「夫婦は元々血は繋がっていないし…」というのがあると思います。

子供のいない夫婦なら確かにそうかもしれません。

でも、子どもが1人でもで出来れば、2人は立派につながってしまうと言えないでしょうか?

そうやって親を10代も遡ると、親の数は1.024人になります。

20代で100万人、

49代で560兆人です。

遡る度に倍々で多くの人(先祖)と繋がっています。

それを考えると、人類皆兄弟や、袖振り合うも他生の縁も興味深いものになると思います。

人に迷惑をかけない = 相手に気を使う = 戦いで不利

多くの日本人は、「人に迷惑をかけるな」と躾けられていると思います。

私も子どもの頃、父に、「人に迷惑をかけさえしなければ、何をやっても良い」と何度も言われました。

日本人的で、私はそれがとても好きです。

最近のお客様で、40代の人から、「今はもうそうでもないのでは?」

と聞いて心配になりました。

なぜなら、日本ファン日本人の私が美しいと思う日本人像は、それが元になっているからです。

何かのアンケート調査で、いまだに70%以上の日本人の親は、子どもに対してそう思っているそうです。

「人に迷惑をかけない人間になって欲しい…」

そしてそれが中国人の場合、「リーダーになって欲しい」が、7割以上の親の願いだそうです。

強くあって欲しいということだと思います。

その願いは中国に限らずに、大陸ならどこでも似たような感じだと思えます。

日本人の場合、迷惑をかけるだけではなく、「相手の立場になって考える」ことも、躾のように教えられると思います。

そしてそれが「おもてなし」に繋がります。

ところが、それらの美しく思える国民性は、海外に出ると不利になります。

海外(大陸)では考え方が全く違うからです。

はたしてどっちが良いのか…

その答えはどちらとも言えませんが、私は日本式の方が好きです。

かなりの車好きなスイスと日本の大富豪

久しぶりの出張、

久しぶりの飛行機、

スイスに行って来ました。

同じ依頼主の通訳の仕事で2回目です。

依頼主は日本とスイスの大富豪。

お2人とも、庶民の私から見ると、とんでもないレベルのお金持ちです…😅

「お金持ち」という検索ワードで過去のブログが出てきますので、興味のある方はそちらをご覧下さい。

イタリアの北部、スイスとの国境付近には素晴らしい景観の湖がいくつかあります。

その内のひとつ、コモという湖の湖畔にある町の Villa d’Este というホテルにて定期的にスーパーカーの展示会があります。

展示会とは言っても、メーカーが新製品を発表展示する普通の展示会ではありません。

展示されるのはスーパーカーですが、一台一台が世界に??台しかないという希少価値が高い車ばかりです。

それが100台以上集まります。

希少価値が高いから金額も当然高く、一台で数億円とか数十億円のスーパースーパーカーです。

それまで私は、そんなに高価な車がこの世に存在するとは知りませんでした。

せいぜい2千万円くらいのフェラーリとか…

世界中に散らばる超お金持ちが、自分が持つ超高級車をエントリーして出展します。

誰でも展示できるわけではありません。

ブルジョアの社交会のようになっていて、どんなにお金持ちで、どんなに凄い車でもコネクションがないとエントリー出来ません。

成金はダメということです。

その展示会期間中は、小さな町が超高級車と超お金持ちとその家族、友人知人で一杯になります。

何でそんな凄い展示会のことを今まで知らなかったのか?

そうか、お金持ちじゃないからだ…😅

今回、世界に僅か3台しかないという、特別なスーパーカーのことで通訳に行きました。

3台の内の1台をあるスイス人が所有し、残りの2台を2人のある日本人が所有しています。

2人の日本人の内の1人が、自分の車を今回出展するのですが、その車が前述のスイス人に預けられているのです。

出展の準備に、日本からスーパーカー専門のメカニックがスイスに来たので、そのための通訳です。

そのスイス人はそういうスーパースーパーカーを何と約2百台も所有しています。

それらの一台一台がとても珍しい車で、どれも数億円〜数十億円するのです。

2階建ての倉庫とは呼びにくい綺麗な倉庫にその2百台が並んでいます。

つまり、その倉庫の中の資産は数千億円。

セキュリティー、保険関係のため、写真撮影は禁止です。

その車に関するうんちくを聞くと、ついつい写真を撮りたくなってしまいます…😅

そして、そういう車が200台も並んでいる所を写真に収めたい気持ちがウズウズ…😅

それらの中のたった一台だけ所有しても億万長者なのですから…

世の中にはとんでもない富豪がいるものです。

物の値段、価値、コスパ

物の値段は、量産効果が効けば安くなります。

大量生産出来るようになると、値段がガクッと下がります。

例えば、スイス人の手作りの腕時計はとても高価です。

出来上がるのに時間がかかり、尚且つ高い人件費…

さらには量産効果が出ない、数が少ない部品…

元々スイスは物価高です。

高くなるわけです。

スイスの高級時計に価値を認めて大金を払う人もいます。

私のように、絶対にそんな物を買わない人もいます。

正しく言うと、買わないのではなくて、買えないのですが…😰

第一、スマホの登場で腕時計はしなくなってしまいました。

私は貧乏(性)なので、ついついコスパを考えてしまいます。

コスパとは、コストパフォーマンスのことです。

出すコスト(費用)に対して、どれだけのパフォーマンス(見返り)を得られるかです。

車でいうとドイツならゴルフ。

日本ならコロナでしょうか?

かなり昔から存在するタイプなので、かなりの改良改善を繰り返しています。

とても完成度が高いのです。

量産効果も効いているので、出すお金に対しての見返りが大きいのです。

つまり、コスパが高いことになります。

物の値段の仕組みを知ってしまうと、ついついコスパを考えてしまうので、買い物は常にバーゲン品です。

バーゲン品は、季節外れとか、目論みが外れて大量に残ってしまったとかいうことで、原価割れとかで売っています。

ついついそういう物を買ってしまうのですが、それに慣れると普通の物を買えなくなってしまいます。

でも、コスパを考えてはいけないことがあります。

友人関係です。

友人関係の場合は、家族のように、どちらが得をしているか、損をしているかなどが分からなくなる位のお付き合いが良いと思います。

2つの奇抜な心構えで、とても楽になる人生

会社を辞める時の多くの理由…

離婚の理由…

家族や友人知人との仲違い…

これらは、誰の人生においても頻繁にあり得て、しかもとても大きな問題です。

人間にとって最も大事のは人間関係です。

家庭でも、仕事でも、友人知人関係でも、人間関係がうまく行っていれば、ほぼ幸せであると言えないでしょうか?

それは例えば、より多くのお金を得る、お金持ちになるということよりも大事なことに思えます。

そこで、2つのお勧めの心構えです。

嫌な奴がいたら、それは「嫌な奴の仮面をかぶった神様・仏様」だと思うことです。

神様・仏様は、時には人に試練を与えてくれます。

人は試練、苦労がないと弱くなってしまいます。

温室育ちのもやしっ子になってしまいます。

嫌な奴が現れたら、

「コヤツの正体は、実は神様・仏様で、嫌な奴の仮面をかぶってんだ!

自分を鍛えてくれてるんだ!

自分を成長させてくれるトレーニングなんだ!」

と思う方法です。

そうすれば、相手を避けようと逃げ腰にならずに向かい合えます。

嫌ったり、避けようと思っていると、どうしてもそれは相手に伝わってしまいます。

そうすると悪循環に入ってしまいます。

でも、相手を神様・仏様と思えば、正面から向かい合えて、それは相手にも伝わります。

私も、前の会社で直属の上司が神様・仏様でした。😅

それも超ド級でした。

8年間という長い時間でした。

お陰様でかなり鍛えられて、それからはどんな超ド級の神様・仏様が目の前に現れても大丈夫になりました。😅

ふたつ目はトラブルです。

トラブルは、嫌な奴の物・事バージョンです。

目の前に現れるトラブルも、それは神様・仏様が与えてくれた、とても大切なトレーニングだと考えます。

相手は人間ではないので、それが相手に伝わるということはありません。

ですが、逃げ腰でいるか、進んで立ち向かうかで、大きく流れも変わってくると思います。

「世界が日本の背中を見て…」

とは、李登輝さんの言葉です。

台湾の元総統、李登輝さんはかなりの親日家で、日本の大学にも行き、日本の軍人だったこともあるほどの人です。

「(自分は)22歳まで日本人だった」

と言っていたそうです。

日本人が、政治や外交で世界をリードするのは、その国民性から無理だと思います。

そういう教育、躾を受けているからです。

でも、大災害の際の態度、試合が終わったサッカー場の掃除とか、秩序を守る点、謙虚で協調性がある点、

そして飽くなき向上心…

日本人が努力を怠らず、平和ボケせず、茹でガエル、温室育ちのモヤシになりさえしなければ、世界が自然と日本の力を認めざるを得なくなるような気がします。

日本がそれを背中で世界に示し、世界がフォローし始めるような…

李登輝さんが期待した日本になって欲しいと思います。

李登輝さんと言えば…

「中国という国は南京大虐殺のようなホラ話を世界に広め」

「韓国や中国は、自国の宣伝工作の一環として捏造した「歴史」を利用する。その最たる例が『慰安婦』だ」

と言っていることでも有名です。

2014年、小学館発行の『サピオ』2014年2月号で、「中国という国は南京大虐殺のようなホラ話を世界に広め」、「韓国や中国は、自国の宣伝工作の一環として捏造した「歴史」を利用する。その最たる例が『慰安婦』だ」と主張[88]

Wikipediaより

男性天皇と女性天皇、男系天皇と女系天皇の違いが分かりますか?

現在の日本の天皇は第126代目だそうです。

初代が神武天皇で、ウィキペディアによると生年月日が何と、紀元前711年2月13日。

ひとつの国家としての歴史が約2600年続いているということになります。

但し、左翼や反日の人たちに言わせると、神武天皇以前の初期の頃の天皇については確たる証拠がないので神話のレベルだそうです。

7世紀の天武天皇辺りからは間違いないそうです。

それでも世界一。

日本の初期の天皇は神話のレベル…

神話はギリシャだけではありませんでした。

ギリシャ神話ならぬ、日本神話…

そう言えば、ヤマトタケルノミコトとか聞きます…

ひとつの国家がそれだけ長く続くのは、世界広しと言えども他にはありません。

中国3千年の歴史とか、4千年の歴史とか、5千年の歴史とか言います。

(昔から千年ずつ増えている?😅)

でもそれはひとつの国家がずっと続いたわけではなく、その都度変わっています。

多民族の大陸で民族さえ変わってしまっているので、ひとつの国家ではありません。

王家の歴史が長そうなイギリスでさえ、わずか数百年遡ると、国の言語がフランス語であった時期があったりします。

日本の次に最も長いのがデンマークだそうです。

そのデンマークの国家の歴史が約千年だそうです。

世界中の王族が集まる国際的な席で、日本の天皇は最も良いとされる席に着くそうです。

イギリスの王族も敵わないようです。

歴史の長さは尊重されます。

アメリカ人がいつまで経ってもイギリス人を敬うわけです。

昔、ドイツ語学学校に行っていた時に、世界中から人が集まっていました。

イギリス人もアメリカ人もいて、実際にアメリカ人からそのような発言を耳にしたことがあります。

日本の天皇は、今までずっと男系で続いてきました。

それが最近、女系でも良いのではないかという議論が出始めています。

新総理候補の1人も、女系を認める意見だったものを、立候補後に認めない方に変更しました。

2600年、あるいは千数百年も続いてきたこと。

それに関する意見をコロッと変えてしまうのが良いことかどうかは別として、深掘りしてみると男系は大切そうです。

では男系と女系の違いは何でしょうか?

その前に、男性天皇か女性天皇の違いがあります。

これは簡単です。

天皇その人が、男性から女性かの違いです。

過去に実際にも何人かの女性天皇がいたそうです。

では男系と女系は?

男系の場合、男で続く直系の者しか天皇になれません。

例えば現在の天皇に、姉と弟の男女の子どもがいるとします。

次の天皇になるのは普通弟です。

ところが、不幸にも弟が事故で亡くなってしまったとします。

その場合は姉が天皇になったりします。

それが女性天皇です。

それでは、その次の世代の天皇のお話しです。

天皇になった姉と、ある男性が結婚します。

でもその男性には天皇の血が流れていません。

そこでその子どもは次の天皇にはなれません。

そういう時は、現在の天皇の兄弟の男の子などが天皇になります。

その子がまだ小さ過ぎるなどの理由で、先程の姉が一時期女性天皇になったりするわけです。

つまり男系とは、男側の血が必ずずっと続くわけです。

そこで左翼や反日は言うそうです。

「女性差別だ!」と。

でも実際にはその反対です。

女性の場合は、天皇と結婚出来れば誰でも皇后になれます。

一般人でも誰でもチャンスがあります。

ところが、男性の場合は、とても稀な女性天皇の時にしかチャンスはありません。

あるいはその時は結婚しない決まりなのかも知れません。

そういう例が過去に一度もないそうです。

天皇家の血を次いでいない、一般の男性は絶対に天皇になれない…

男性差別ではないでしょうか?😅

でもなぜ男系が大事なのでしょうか?

遺伝子情報、染色体が関係あるそうです。

男の染色体はXとY。

女性はXとX。

もし男でずっと続くと、目にみえるようにこのYがずっと引き継がれます。

でも、外の男が入ると、このYが別なものになってしまいます。

私も、私の祖父から見ると、長男の長男なので、直系の長男です。

僅か3代で市井の臣ですが…

それでも子どもの時に、父親の妹、つまり私の伯母さんなどからよく言われました。

「お前は長男の長男なのだから、家を次いでしっかりしなきゃいけないよ!」と。

でも、おじいちゃんが創業した靴の卸し、その後にメーカーは、父親でさえ継ぎませんでした。😅

偉そうに色々と書きましたが、私自身、日本の天皇がこんなに凄い(= 歴史が長い)と知ったのは僅か数年前です。

それが日本ファン外国人が多く存在する理由でもあるのですが、日本という国は、調べれば調べるほど興味深い国です。

首相(国のトップ)になって欲しい人とは?

それは例えば、(現?前?元?)シンガポールの大統領のような人です。

シンガポールは東南アジアの先進国だそうで給料が良く、共稼ぎの家には大体お手伝いさんがいるそうです。

そのお手伝いさんたちは、周りの賃金が低い国から来ているそうです。

そして例えばもしそのお手伝いさんと、雇い主であるご主人が良い仲になってしまうとします。

そして子どもが出来たりしてしまうと、お手伝いさんは強制送還になってしまうそうです。

そのことに対して西洋のマスコミが批判報道したそうです。

その時の大統領のコメントが次のようなものだったそうです。

「私はシンガポールの大統領です。シンガポール国民のために働いています」

それが良いのか、やり過ぎかはさておき、とても対照的なのが日本の元首相で、

「(外国の)人が嫌がることはしない」

と言った人がいました。

すぐ近くの国に拉致された日本人はいまだに帰ってこれません。

その国からは時々ミサイルで脅かされてもいます。

そのすぐ近くの国も、捏造の歴史で常に日本を貶めている反日国です。

同じくすぐ近くで、周りの数ヵ国を占領して憚りません。

占領された国の人は、焼身自殺までして世界に訴えています。

それでも「(外国の)人が嫌がることはしない」が良いのでしょうか?

外国人に嫌われないようにする一国のトップと、その国の国民のために一生懸命働いてくれるトップとどちらが良いでしょうか?

日本で生まれ育ち、海外を知らないとその辺のことが理解できないと思います。

日本は超安全国家です。

治安などは世界トップです。

実際にも、先進諸国のヨーロッパの中でも治安が良いとされているドイツでさえ犯罪率は日本の約4倍です

そういう超安全な国で生まれ育ち、海外の事情を知らないと、どうしても平和ボケ、お花畑思考になってしまいます。

ここデュッセルドルフでも、日本人は置き引きや、すり集団の良いカモになっています。

日本では、「騙すより騙されろ」です。

でも、海外(大陸)では、「人を見たらドロボーと思え」や、

「騙される奴が悪い」なのです。

そういうことから、兄弟が隣国に会社を持ち、その隣国のネガティブなことに関することにはノーコメント、あるいはお茶を濁す発言をする人は望ましいでしょうか?

しかも、今まで女系天皇を良しとしていた意見を急に変えるというのは如何なものでしょうか?

日本のトップには、海外に気を使うのではなく、日本人のためになる仕事をする人になって欲しいと思います。

ワクチンが示したもの、それは「贅沢は敵」

4才の時にピアノを始めて15年続け、音大に入学した長女が大学を辞めると言い出しました。

医学の方に進む、大学を変えるという、人生の方向転換です。

このコロナ禍で、「職業に貴賎なし」というのがウソであることが明らかになりました。

貴賎が言い過ぎであれば、重要性です。

人間にとって最も大事だと思える衣食住の内の食に関していえば、食事自体をなくすことは出来ません。

スーパーや食料品店はコロナ禍でも続けて営業です。

ところがそこにサービス、価値が加わるレストラン業界は大打撃を受けました。

長女が見切りをつけた音楽も大きな痛手を被りました。

コンサート会場は閉鎖。

ピアノの世界でトップクラスにいてもダメ。

そこまで行けずにピアノの先生になっても生徒が来れないのでアウト。

これは音楽に限らず、全ての芸術に関して言えると思います。

食事以外の衣類関係のお店も閉店。

そう考えると、衣食住の中でも食が最も人間が生きていく上の日々において大事であることが分かります。

しかもそこに付加価値のつかない食事です。

材料を購入するだけです。

これは何を意味しているでしょうか?

贅沢は敵なのではないでしょうか?

衣食住のうち、衣も住も普通は誰でも既に必要分は持っています。

ですが食は毎日必要です。

最も必要なものは多分空気。

無いと数分で死んでしまいます。

次がお水、その次の3番目が食べ物でしょうか?

そう考えると、衣食住の中でも最も大事なのが食です。

人間が生きていく上で、贅沢はやめなさい、質素に生きなさいというのが間違っていないことは誰でも分かります。

長女の人生を変えた今回のコロナは、それを改めて強調して教えてくれているような気がします。

4才で始めて15年も続けた「ピアノを止める」と子どもが言い出した時

長女は4歳でピアノを始めました。

コンクールでは常に表彰され、全国大会も何度か行って上位に入っています。

先生が凄い人で、コンクールがあると、その先生のピアノ教室の子どもたちが上位を独占してしまいます。

審査員の先生たちも、「どうやって教えているのですか?」と…

長女は昨年、ピアノで音大に入学できました。

その矢先の出来事です。

医療の道に切り替えたいとのこと。

こういう時、親はどうしたら良いでしょうか?

せっかく15年も続けて音大に入れたばかりなのだから…

と、思いとどまらせるか?

長女の気持ちを尊重して、進路変更を応援するか?

うちでは後者を選択しました。

15年も頑張って続けたのだから…

までは一緒ですが、その先をどうするか…

「勿体無い、もっと続けなさいよ!」

と思い止まらせるか、

「もう十分。方向転換も良いのでは」

と応援するか…

子どもの結婚問題も同じなのかと…

親の気に入らない相手との結婚に対して、親は勿論反対します。

でも、その人生を歩むのは親ではなくて本人自身。

何が本人にとってより幸せな人生になるかは、やってみなければ分かりません。

いえ、実際にやってみた後でも、選ばなかった道の経験は出来ないので、結局は比べることは出来ません。

だったら、「もう19才にもなるのだから」ということで、本人がそうしたいという気持を尊重しました。

こういうことを書いていること自体が、「勿体ない」と思っている証拠です…😅

この進路変更には、コロナが強く影響しています。

コロナは、「職業に貴賎無し」が嘘であることを明らかにしました。

コンサートホールは閉まり、音楽家は活動できません。

それに比べて、医療関係は衣食住と同じくらい大切で、今後も増えはしても減る見込みはありません。

賢い判断なのか…

彼女曰く…

「ピアノを聞いてもらうよりも、医療関係に従事した方が人のためになると思う…」

ほんまかいな〜!😅

ドイツの自転車事情

日本では、子どもが初めて自転車に乗る時に、補助輪を付けて練習すると思います。

ドイツでは、その補助輪がついた子供用の自転車を見ません。

ではどうやってドイツの子どもは自転車に乗れるようになるのでしょうか?

ドイツの子どもは、幼児の頃から面白い2輪車に乗っています。

どんな2輪車かというと、ペダルやギアが付いていない、小さな2輪車です。

足で押してこぐ自転車なのです。

幼児の頃からこの自転車に乗ります。

最初はゆっくりですが、すぐに慣れて結構早く走っています。

スピードが出ると両足を上げますが、自然と左右のバランス取りに慣れてしまいます。

つまり、少し大きくなって、本当の自転車に乗った時に、既に左右のバランス感覚は覚えているので、補助輪が不要なのです。

ドイツのメーカーに問い合わせてみると、既に日本には進出済みとのこと。

どうしてこのタイプの2輪車が日本では子ども用に普及しないのかがとても不思議です。

コロナ患者は増えれば増えるほど良い。

もう一度だけ、コロナについて言いたいことにお付き合いください。

日本では緊急事態宣言が延長されて、引き続き厳しい状況が続くようです。

厳しいの意味は、一体どういうことでしょうか?

日本の全病院の僅か数%しかコロナ患者を受け入れないから、少し患者が増えるだけで医療崩壊に繋がります。

どうしてその点を改善しないのでしょうか…

ドイツも日本をコロナの状況が悪い国に指定しました。

これでまた日本人が来にくくなります。

ドイツも日本と似て、厳し過ぎる規制を続けています。

その反対に、イギリスやオランダはレストラン等の入場制限無し、マスク無しなどとなっています。

感染者が多くても、重症化率、死亡率が高くないので医療崩壊とならないからです。

普通のインフルエンザのような捉え方です。

ベルギーもゆるく、フランスはキツいそうです。

日本のニュースでも、ドイツのニュースでも、相変わらず感染者数のみを発表しています。

バカのひとつ覚えのように、感染者数だけです。

そうか〜!

コロナ患者が増えれば増えるほど、終息が早まるから、それで嬉しそうにその点だけニュースで発表しているんだ!😅

感染者数、重症化率、死亡率を合わせて発表しないのは何故でしょうか?

ただ単に煽りたいだけだからでしょうか…

ドイツではワクチン接種率が60%を超えて、日本も50%を超えたそうです。

昨日、一昨日のブログでお分かりになられたと思いますが、ワクチンが本当に効くかどうかは誰にも分かりません。

天然痘に牛痘のワクチンは効きますが…

ところが、一度コロナに罹った人はもう大丈夫です。

最高のワクチンを打ったようなものです。

身体が弱って抵抗力、免疫力の衰えた高齢者を除けば、コロナにかかるのは決して悪いことではありません。

より多くの人がコロナにかかれば、間違いなく終息が早まるからです。

医療崩壊にはならないように、それでもより多くの人がコロナにかかることがベストなコロナ解決策です。

そしてコロナにかかるのであれば、免疫力を高めておくことが大事です。

免疫力が高いと、罹っても軽症ですみます。

あるいは罹ったことさえ気が付きません。

私のここ10年近くがそうです。

風邪やインフルエンザにかかったことがありません。

あるいは罹っているのかも知れませんが、自分で気が付きません。

でもそれは、病気に罹ったという定義に当てはまりません、

タンがよく出る時がたま〜にありますが、それが風邪やインフルエンザが身体に入って来た時かもしれません。

身体に入ってきた菌と免疫が戦うと、両者の死骸がタンで出て来るからです。

では免疫力を上げるのにはどうすれば良いのでしょうか?

1番手っ取り早いのが、毎日のようにキャベツやブロッコリーを食べることです。

食物繊維による整腸効果で、お腹の中の善玉菌が増えて免疫力が高まります。

花粉症も治ります。

他にも、体温を上げるという方法もあります。

体温を上げるのも、免疫力を上げることに繋がります。

ではどうやって体温を上げるのか?

筋トレで筋肉を付けたり、定期的な運動をします。

筋肉が増えると、エネルギー消費が高まって体温が上がります。

そうすると、太りにくくもなります。

さらに詳しくはこちらのサイト ➡︎ 進化が示す健康法則(ウィルスのサイトなどではありません。😅)

ワクチンを打った人は本当に安全?

少し昨日の続きになります。

コロナのワクチンは、今までの普通のワクチンとは違って、人工的に(?)作られたそうです。

DNAが関係しているとかいないとか…

昨日のブログを読んで下さった方はお分かりかと思いますが、最も簡単なワクチンの例は、牛痘の菌から作った天然痘のワクチンです。

天然痘は死亡率が高いそうですが、牛痘はそうでもないそうです。

菌がよほど似ているのか、身体の免疫システムが、一度牛痘に罹って菌を覚えてくれると、天然痘の菌にも気が付いてくれるそうです。

どういうことかというと、身体の免疫は、一度罹ったことがある病気の菌は覚えてくれます。

覚えてくれると、その菌を見つけるのが早くなり、すぐに戦い始めてくれます。

免疫は、自分の身体に初めて入ってくる菌を敵として見つけるのがあまり上手ではないようです。

身体の中に入ってきた菌は、免疫がやっつけてくれないと、爆発的に増えていってしまいます。

つまり、その病気の重症度 = どれだけその菌が身体の中で多くのさばってしまったか…

の図式になります。

免疫が少しでも早くその菌に気が付いてくれて、戦いを始めてくれて、菌が蔓延せずにやっつけられてしまえば軽症で済むわけです。

つまり逆に言えば、軽症〜病気に気が付かない = 免疫が菌を退治してくれるスピード次第

ということになります。

よって、コロナに一度罹った人は、最高のワクチンを得た、というか、免疫がコロナの菌を覚えているので罹らないということになります。

絶対にかからないということではないと思います。

一度コロナに罹っていて、次にコロナの菌が身体に入って来て見つけるのが早くても、免疫力が低ければ菌に負けてしまう可能性もあると思います。

だから免疫力を強くしておくことはとても大切です。

詳しくはこちら ➡︎ 進化が示す健康法則

一度コロナに罹って治った最強の人でそれですから、ワクチンを摂取した人がコロナに対してどれだけ強いかの想像がつくと思います。

しかも今回のワクチンは人工的に作られています。

果たして一体、どれだけの効果があるのか?

コロナのワクチン

コロナに罹ると命が危ないのではないか?

だからと言って、コロナワクチンは危ないのではないか?

子どもが出来なくなるのではないか?

じゃあ、一体どうしたら良いのか?😅

ドイツでは今、48時間以内のコロナテストで陰性の人、ワクチンを打った人、既にコロナに罹って治った人の三者がレストランなどに入ることが出来ます。

ところが日本の場合、最初の二者だけと聞きましたが、本当でしょうか?

ワクチンとは、その病原菌自体の菌を弱めたりして体内に入れるもののことです。

つまり、人工的に軽く一度その病気にかかったことにしてしまう方法です。

古くは天然痘、牛痘のお話しになります。

まだ1700年代のお話しです。

エドワード・ジェンナーというイギリスのお医者さんが、天然痘と牛痘の類似点に気が付きました。

そして、牛の面倒を見る人たちが、天然痘にかからないことに注目しました。

牛の面倒を見る人たちは、常に牛に接しているので、牛痘に罹ってしまいます。

そして牛痘に罹っていると、天然痘にかからない…

という仮定をジェンナーは立てました。

そこで彼は、使用人の子どもに牛痘の菌を接種しました。

そしてその後、天然痘をその少年に摂取しました。

少年は天然痘に罹らなかったそうです。

それがワクチンの始まりになり、ジェンナーは近代免疫学の父と呼ばれるようになったそうです。

ですが現実は厳しく、常に天然痘と牛痘のようにいくわけではありません。

例えば、毎年流行るインフルエンザには、必ずワクチンが準備されます。

ですが、用意されるワクチンの菌が、その冬に流行るインフルエンザである保証はないのです。

ドイツの場合、何人かの医薬品メーカーの人間が毎年集まり、その年のワクチンの菌を決めるそうです。

それはあくまでも当てずっぽうみたいなものです。

ワクチンに指定された菌が、その冬に流行るインフルエンザとは限りません。

だからいくらワクチンを打っても、別なインフルエンザには罹ってしまいます。

その位いい加減なのです。

それに比べて実際にコロナに一度罹って治った人は、最強のワクチンを得た人なのです。

最強のワクチンを得たというか、免疫がコロナに対して強くなっています。

強くなっているというか、身体がその菌を覚えているので見つけやすく、すぐに戦ってくれます。

何かを選ぶ時の方法

誰でも日常頻繁に、いくつかある選択肢の中から、どれかを選ぶことが求められます。

どうでもよいことで言えば、今日のお昼に何を食べるか…

どのお店に入るか…

何を注文するか…

どこを選んでも、何を選んでも大したことはありません。

にもかかわらず、何を食べるかを決めるだけでも、とても時間がかかる人を時々見かけます。

決断を求め続けられるリーダーには向かないタイプです。

でもそれは、トレーニングで克服できます。

どのお店にするか、メニューを見たら、数秒で何を選ぶかを決めることにしておくのです。

数秒で決まらない時は、適当に目に入った物を無理矢理でも選びます。

昼食に何を食べるかなどは、取るに足らないことであり、それを選ぶのに時間をかけるのが、いかに馬鹿らしいことかを前もって良く認識しておくことが大事です。

ではそれが、ある程度長く使う物で、値が張る物だとします。

例えば車です。

さすがにその時は、数秒で決めるのは難しいかもしれません。

車などの高額な物の購入などの場合は、比較チャートを作ることをお勧めいたします。

フィーリング、勘に頼るのではなく、なるべく数値化します。

縦軸に、候補となる品を列記します。

例えば、車の場合は上から欲しい順にモデル名を書きます。

プリウス

カローラ

シルビア

サニー

…等です。

そして横軸に、自分にとって気になる点を列記します。

価格、燃費、スタイル、馬力…等です。

そして、それぞれの点で、大事なものの満点を大きくします。

例えば、スタイルが1番大事で、その次が燃費だとします。

その場合のスタイルの満点は500点。

燃費は300点。

他は全て満点を100点にします。

各コマに点数を入れてゆき、1番右のコラムに各車の合計点数を出します。

最も高得点な車を選びます。

そうやって少しでも評価を見える化すると、間違いなく選びやすくなります。

ちなみにいくつかある選択肢の中から、取る行動を決めるのも、自分のポリシーを前もって色々と決めておけば簡単で迷いません。

物忘れをしない方法

家内に、「最近歳を取ったせいか、物忘れがひどくならない?」

と聞かれました。

私の答えは…

「全然…」

でした。

その理由はまず、

物忘れは若い頃からひどかったこと。

そして今、物忘れをしても、物忘れをしたこと自体を忘れているからです。

冗談のようにも聞こえますが、半分本当です。😅

家内の場合、例えば何かをどこかに置き忘れることが最近になって時々起きるそうです。

どこに置いたか忘れてしまうので、探さなくてはなりません。

いくら探しても出てきません。

私の世代だと、そういう時についつい口ずさんでしまうのが…

「探し物は何ですか〜」

そう、井上陽水です。😅

ついつい本気で歌ってしまいます。

私の場合は、財布以外は何かをどこかに置き忘れて出てこない場合、探さないことにしています。

そういう時は、探しても出てこないと諦めて探さないのです。

それなしでも何とかやり過ごし、自然に出てくるまで待ちます。

自然に出てくるというのはおかしな表現ですね。

偶然に見つかるまで待ちます。

「そんなとこにいたのね〜」

じゃなくて、

「こんなとこに置いたのか〜」

「そういえばそうだった!😅」

そうすると、探す時間を費やすのもゼロですし、イライラもありません。

井上陽水も歌っています。

「探すのをやめた〜 時〜
見つかることもよくある話で…」

天は二物を与えず

と言いますが、本当でしょうか?

それが正しくないことを示す例の一つはシンガーソングライターです。

曲が作れて、さらに歌が上手い(声が良い)人たち。

立派に二物を与えられています。

でも、二物でも足りず、三物必要な場合もあります。

オリンピックに出る選手などです。

まずは、持って生まれた、並外れた運動神経、運動能力。

そして、努力を続けることが出来るという才能。

さらには、親や友人など、そのスポーツを子どもの頃に始められたという環境。

英才教育はやっぱり大事です。

それでも世界の壁というのは物凄く高く厚くて、その3つが揃っていても、トップに行けるのは、その中でさらにほんの僅かな人たちだけです。

TBSの「消えた天才 一流アスリートが勝てなかった人大追跡」をご存知でしょうか?

時のトップアスリートには、以前ライバルに凄い存在がいたということが時々あります。

しかも、そのトップアスリート曰く、「そのライバルにはどうしても敵わなかった」そうです。

そんな凄い存在が、どうして表舞台から消えてしまったのか…

理由はひとつだけではないと思いますが、その多くの理由が成長と関係がありそうです。

ある運動で、持って生まれた能力を持った人は、子どもの頃からその才能を発揮します。

そして大人になってゆきます。

その大人になる過程、身体が大きくなっていく段階で、運動能力の伸びがそのまま続く人もいれば、鈍化してしまう人もいるようです。

例えば桐生祥秀選手。

小学校の頃に、絶対に敵わないライバルがいたそうです。

疋田哲也さんという人ですが、桐生祥秀選手がどうしても敵わない、当時の短距離走の異才として、オリンピックを期待されたそうです。

ところが、中学生時代にタイムが伸びなくなってしまったそうです。

そう言えば、私に水泳を教えてくれた人も似たように、子供の頃には平泳ぎで全国大会に出るレベルだったのが、その後は身長とタイムが伸びずに競泳をやめてスイミングの先生になったそうです。

天は二物を与えずと言われるほど、二物でも珍しいのに、

三物を与えられても世界トップの座は難しいというこの現実。

だからこそ、そういう世界トップが集まるオリンピックは見ていても面白いのでしょう。

私もスポーツが好きなのですが、運動神経が良いと思われる人と、たまたまあるスポーツを一緒に始めた機会が何度かありました。

そしてそこで、上達のスピードの差に驚かされます。

これが持って生まれた才能の違い…😰

神様のイジワル。

何で私にも、もっと良い運動神経をくれなかったの…😅。

イチロー選手が小学生の頃に書いたという作文。

頑張って野球の選手になると書いていたそうです。

そしてその夢を実現できました。

でもそれは、ほんのごくひと握り中の、又々ほんの一握りの、とても限られた人だけのこと。

最初は、そういう例を持ち出して、全国の野球少年に夢を見せるのは如何なものかと思いました。

誰にでも達成できることではなく、それを達成できるのは、0,01%とか、0,001%の人のみです。

でも、人間には夢は必要です。

夢がなければ人生が面白くありません。

ちなみに、オリンピックなどのスポーツの金メダルより凄い人がいます。

例えば現在は、日本の田中カ子さんです。

118歳で世界最長寿。

スポーツの場合、何かで金メダルを取っても、全ての人がそのスポーツにチャレンジしたわけではありません。

つまり、たまたまご縁がなくて、そのスポーツの道に進まなかった、

もしやっていたら、金メダルを奪ったであろうという人が他にもまだまだいる可能性は十分にあります。

ところが寿命に関しては、70億人の地球上の人口全て(実際にはその時点でのお年寄りのみ)が参加者なのです。

これは、あのミリオンセラー作家の百田尚樹さんの息子さんが気が付いたことだそうです。

エスカレートする詐欺メール

最近、詐欺のメールがエスカレートしているようです。

こういうのが届きました。

こういうメール、しかも本物っぽいのが届くと、ついつい心配になって見に行ってしまいそうです。

でもそれでアウト、見に行って(リンクをクリックして)ウィルスを受け取ってしまったりしてしまいます。

ある意味、コロナウィルスよりもたちが悪いです。

オレオレ詐欺もそうですが、心理作戦を使った、とてもタチの悪いものです。

送信相手を見てみると、次のようになっています。

amazon.co.jp <amazonf-account@wxjxzj.cn

一見、amazon.co.jp に見えますが、よく見ると、アットマークの後ろが変です。

今回は、相手の心配を煽る作戦ですが、他によく使われる手が、相手が幸運にも宝クジにでも当たったようにな心境にさせる手です。

1990年代の前半に流行りました。

今でも時々あります。

アフリカのどこかの王子が、ドイツに多額の出資をするのに、それを経由させるための口座を探している…

みたいな内容でした。

実は私も引っかかりそうになりました。

裕福であろう、ある小国の王子のお役にたてて、多分謝礼も出るだろうと…

助平心が出てしまいました。😅

そして数回のメールのやり取りの後に、

「そちらに巨額の資金を送る前に、まずはそちらから試しに送ってみてもらえないか?」

というようなメッセージでした。

50万円程度だったと思います。

そこで私はおかしいと思ってコミュニケーションを中断しました。

それからしばらくして、デュッセルドルフの日本商工会議所から、同様の詐欺に対する注意喚起のメールが届きました。

どうやら、相手に言われる少額(?)の送金をしてしまった人たちがいたようです。

他にも、知人のドイツ人から、「一緒にロンドンに付き合ってくれないか?」

と言われたことがあります。

幸運なことに、中古の高級車をとんでもなく安く買えたそうです。

でも、ロンドンまで行かなければならないそうです。

そして彼は英語ができず…

詳しく話しを聞いてみると、絶対におかしい内容なので、思いとどまらさせました。

現在の私は、その手のメールは最初からスパム扱いで読みません。

まずは、自分の名前+様となっていないもの。

英語の場合、Dear Mr. XXXX

ドイツ語の場合、Sehr geehrter Herr XXXX

となっていないもの。

簡単な例だと、Dear + 自分のメールアドレスとか、Dear Sirs, になっています。

つまり、最初から特定の誰かに書いたものではないもの。

ひどいのは始まりが、Hello, とか High, となっています。

誰がそんなメールを読むか!😅

中にはちゃんと、何々様と、こちらの名前をご丁寧に正しく書いたものもあります。

でも、読み出してみると、すぐに個人的な書き方でないことが分かります。

皆さん、どうか十分にお気をつけ下さい。

アフリカの王子に50万円送金といえば、そんなのに引っかかっちゃう人がいるんだ!?

と考えている間に思いついたのが、自分の母親です。

何年か前に、見事(?)にやられました。

近くの公園まで行って、身も知らずのスーツ姿の男に100万円を渡してしまいました。😅

そこでさらに思い出したのが、自分の失態です。

自分のPCに、インターネットバンキングのパスワードを覚えさせるのは危険だとは知りませんでした。

そして2回も口座からお金を抜かれてしまいました。😅

最近、80何歳かのお婆さんが、オレオレ詐欺の受け子の3回目の逮捕に貢献したニュースを聞きました。

そういうおばあさんばかりだと心強いのですが…

最も多くの日本人が住む海外の土地

ドイツのメアブッシュ(Meerbusch)という市に住んでいます。

「ドイツのメアブッシュという、人口約5万5千人の市を知っていますか?」

と日本で聞けば、知っている人に出会えることはまずないでしょう。

誰でも知っているのは、ミュンヘン、ベルリン、などでしょうか。

その無名な市であるメアブッシュが、あることに関してはドイツでナンバーワンです。

また、別なあることでは、世界でナンバー7です。

ドイツでナンバーワンの点は、1人あたりの納税額です。

つまり、ドイツで最もお金持ちが集まっている市というわけです。

(我が家はその平均値を下げています。😅)

庭付き一軒家が多いのですが、プール付きもけっこうあります。

では世界で7番目の点は何でしょうか?

日本人人口です。

人数ではなくて、人口比です。

日本人が多く住む海外の都市、町は多くあります。

ロンドンやパリなど、日本人が数万人も住んでいる都市もあります。

でもそういう都市は、人口が数百万人と多いので、日本人の割合は1%以下になります。

メアブッシュはその点で、日本人の人口比率が1,5%です。

人口100人に対して、1〜2人の日本人がいるわけです。

その数値は、ゴールドコースト市と並んで世界第7位です。

その詳細は、外務省の情報に基づいて計算、比較してみると…(公表されている資料を自分で調べて計算、比較しました…😅)

1位 ノバイ市 7,2%

2位 ホノルル市 6,9%

3位 シーラーチャー市 2,8%

4位 ケアンズ市 2,7%

5位 サンフランシスコ市 2,5%

6位 ロサンゼルス市 1,8%

7位 ゴールドコースト市 1,5%

9位 ポートランド市 1,2%

となります。

聞いたことがない市名がありますが、ご興味があれば是非一度ググってみて下さい。

そしてメアブッシュのお隣の市はデュッセルドルフ市です。

同じように日本人が多く住む市で、ポートランド市と並ぶ世界第9位になります。

メアブッシュ市よりは知られていますが、観光の街ではないので、一般的な知名度はやはり低いです。

メアブッシュやデュッセルドルフでも、日本人がとても多く感じられるのに、比率でその数倍、市の人口の14人にひとりの日本人が住む、アメリカ、ミシガン州のノバイ市は凄いです。

ところで、人口の100人にひとり〜2人の日本人が住んでいても、とても日本人が多いと感じますが、実際には大したことはありません。

何が大したことがないのか。

人口に占める外国人全体の比率の点です。

メアブッシュでも、デュッセルドルフでも、そこに最も多く住んでいる外国人の順位では、日本人はトップ5にも出てきません。

大雑把に言って、ドイツの人口に占める外国人は約10%。

つまり日本人は、10%の中のたった1〜2割なわけです。

ドイツで最も多い外国人は、戦争や出稼ぎ招き入れの関係でトルコ人ですが、普通どこでも4〜5%います。

現在、ドイツの人口の二十数人にひとりがトルコ人です。

タクシーという職業を選ぶトルコ人が多く、タクシードライバーの大多数は、ドイツ人よりもトルコ人なのです。

人生で、最も大切なもの

それは自立?

自立とは、マニュアルや、時には法律さえにも頼らないことだと思います。

日本のように、親子が川の字で寝ないドイツ。

子どもが生まれると、幼児の頃から子ども部屋が用意されます。

そして自分の部屋で子ども1人で寝ます。

ドイツに限らず、イギリスもそうですが、多分ヨーロッパ大陸やアメリカでもそうではないでしょうか?

そして学校でも、子どもの頃から自己主張、自己アピールを求められます。

うちの次男などは、(昔の)私に似て無口なので、担任の先生に、「ひょっとして知的障害?」と疑われてしまいました…😅

そういった大陸の教育、躾が生み出すのが自立心です。

中国では、7割以上の親が子供に期待するのが、「リーダーになる」ことだそうです。

同じくらい多くの親が日本では、「迷惑をかけない人になって欲しい」…😅

そして、和を大切にする協調性が求められます。

日本の教育、躾は自立心、独立心を育みにくいと思います。

ですが、自立する、独立するという意味において最も大事なことは何でしょうか?

他に頼らないで済むようになることだと思います。

まず最初に来るのは勿論、親。

親に頼らない。

そして、

人に頼らない。

物に頼らない。

決まり事に頼らない…

それは例えば仕事において、マニュアルなどに頼らないで済むことです。

技術的なマニュアルは別としても、接客などの人間性を求められるマニュアルです。

以前、コンビニか何かのレジで働いていた若者と、小さい子どもを連れたお母さんとの間で起きたハプニングがあったと思います。

子どもの具合が悪くて、お店の電話を借りようとしたそうです。

マニュアルでは、お客さんに電話を貸さないことになっていたそうです。

レジの若者はマニュアルに書いてあることを守りました。

正しいと思えることをしました。

つまり電話を貸さなかったそうです。

それを、マニュアルの不備と言って片付けて良いものでしょうか?

マニュアルをもっと厚く充実させて、

「困ったお客様だけには例外的にお貸しする」??

などという例外も加えれば良いのかもしれません。

ですが、そういうことをしていると、文章の量が膨大になって、実用的ではなくなってしまいます。

文章の量が膨大になると言えば思い出すのが法律です。

色々なケース、例外も含めなければいけないので厚くなります。

そして、それを理解している専門家である弁護士が必要になります。

さらには、どれが正しいかを判断する裁判官まで必要です。

それでも裁判官がおかしい人(?)とか、冤罪、裁判の結果が間違っているなどという事例が出ます。

極端な例で言えば、これも昔あった事件だそうですが、海自の潜水艦と漁船がぶつかったそうです。

木造の(?)弱い漁船は壊れて船員が海に投げ出されたそうです。

潜水艦は浮上して、艦上には海自の自衛官たちが立っていたそうです。

ところが、「海に投げ出されている漁船の船員を助けよ!」という上官の命令がどういうわけか出なかったそうです。

そこで隊員は誰も海に飛び込まず、漁船の船員には怪我人だか死者も(?)出たそうです。

マニュアルや法律、上からの指示や命令を頼るとこういうことになります。

ではどうしたら良いのでしょうか?

マニュアルや法律、上からの指示や命令よりも、それ以上に大事、大切なものを自分自身で持つしかありません。

コンビニの例なら、気を利かせて自分の携帯を貸す、あるいは社則(?)を破ってでも店の電話を貸す。

潜水艦の例なら、上官の命令が出なくてもすぐに飛び込む…

人間が生きていく上、生活していく上ではさまざまなことが起こります。

それがどんなに分厚くても、法律という文章だけで全てを網羅することは不可能です。

しかも法律は、時と共に変わる社会の変化に合わせて変える必要があります。

つまり、20年前の法律は今日では間違っているということがあります。

技術の進歩があるので、道交法などは特にそうです。

マニュアルや法律でも完璧ではない…

上司も人間なので間違えることがある。…

マニュアルや法律、上からの指示や命令よりも、それ以前に大事、大切なものを自分自身で持てるようになりたいです。

ドイツで最も得をしているトルコ人と、最も損をしているドイツ人

ドイツの人口の約4%を占めるトルコ人の家庭には子どもが多くいます。

4〜5人とかは当たり前で、6〜7人も珍しくありません。

まるで戦後の、産めや(人口を)増やせの国々のようです。

ドイツでは、少子化を防ぐために子ども手当が出る政策が取られています。

ひとり目の子どもよりも、2人目の子どもの方がより多くの補助をもらえます。

3人目は、2人目より更に多くもらえ、増えれば増えるほど、1人当たりにもらえる金額が増します。

うちもその恩恵を受けていますが、3人で8万円ほどもらえます。

子どもがもっと多いトルコ人の家族はもっともらっています。

子どもが7人もいれば、お父さんが働かなくても大丈夫なくらいです。

その一方で、ドイツ人は子どもが少ないです。

子どもがいないか、いてもひとりっ子、多くても2人です。

それ以上は珍しいです。

ドイツ人は一般的に稼ぎが良いです。

ドイツ人のように、稼ぎが良くて子ども(扶養家族)が少ないと、たくさんの税金を取られます。

つまり、子どもが少ないドイツ人が頑張って多くの税金を収めます。

そしてその税金が、子どもが多くて納める税金の少ない多くのトルコ人他の外国人に回るのです。

子ども手当はうちでももらっているので、本当にドイツ人にはすまなく思います。

日本でも似たようなことが起こっているようです。

世界の中の日本人

世界中で最も真面目だから、強運を引き寄せる法則(?)によると、日本人は最も運が強い国民であるというブログに、みおのニコマークさんから次のコメントをいただきました。

「でも、真面目で律儀だからこそ、メンタルやられる人が多いんだと思うんです。県庁に以前、『一週間寝れなかったら、病院を受診しましょう』という大きな垂れ幕が掛かっていてびっくりしました。ドイツはどうですか?」

メンタルやられる…

正にその通りだと思います。

誤解を恐れずに一言でいうと、独立性、独自性の面で、日本人は西洋人と比べると甘ちゃんに育てられます。

ドイツに限らず西洋全体です。

いえ、大陸では多分どこでも同じだと思います。

そしてさらに社会、組織では協調性を求められます。

つまり自由ではありません。

だから自殺者数も多いのではないでしょうか。

その手の垂れ幕はこちらではまず出ないと思います。

その手の垂れ幕とは、行政が市民に注意を呼びかける類のものです。

まず第一に、行政の建物に垂れ幕の登場はドイツではないと思います。

あるとすれば、「この道路をトラックは通るな!」の類が道路に出ることはあります。

ドイツでは(イギリスでも、多分西洋ではどこでも)、子どもが生まれる頃には子供部屋が用意されます。

かなり小さな幼児の頃から、自分の部屋でひとりで寝かされます。

川の字はありません。

別なドイツの例では、どう見てもまだ中学生か、ヘタをしたら小学校の高学年くらいの子どもがタバコを吸っていても警官も注意しません。

あるいは、観光地で危なそうな崖があれば、日本では落っこちないように柵が作られます。

こちらではそのままです。

各個人の責任は、各個人が取るので、公は首を突っ込まない、口を出さないのです。

(但し例外があるので、それは後で述べます)

だからもし交通事故で車に跳ねられても、「すいません」みたいなことは決して言ってはなりません。

悪いのは車の方でも、「(大きな騒ぎになってしまって)すいません…」と、日本人ならつい言ってしまいそうです。

そうすると、跳ねられた自分が悪いことになってしまい、ドライバーは罪を逃れます。

例外は例えば、うちでも実際に起きた例です。

ドイツ人はよく言えば親切、悪く言えばお節介です。

私がガレージのシャッターを閉め忘れてそのままだったとします。

しばらく経つと、お向かいの面識のない人が教えてくれます。

あるいは、家の前を怪しい人がウロウロしていると警察に通報されます。

うちで起きた例は、ある晩にシャワーを嫌がる、当時まだ小さかった子どもが泣きわめき、その声を聞いた通行人が幼児虐待と思い込んで警察に通報しました。

3人の警官が来てびっくりしましたが、その時は子どもが私の足にまとわりついていました。

虐待ではない、勘違い、誤報だと思った警官たちはすぐに帰りました。

ドイツ人と日本人の仕事のスタイルの違い

日本には、社畜とか、奉仕残業、ブラック企業、過労死などという言葉があります。

それらはドイツにはありません。

奉仕で働くということがないからです。

夕方5時になると、どんなにキリが悪くても、書類をパタっと閉じて家に帰ります。

立ち仕事の場合なら、時間前から終わる準備を始めます。

お店の場合、閉店間際は店員さんは閉店の準備で忙しいので、入店客は露骨に嫌がられます。😅

仕事の後に会社の仲間と一緒に飲みに行くという文化もないので、仕事の後は家に直行です。

どちらが良いか悪いかは言えません。

西洋(大陸)は自己主張、利己主義です。

自分のために働くのは当たり前で、時間キッチリしか働きません。

でも自営業者は違います。

やればやるだけ自分の収入になるので、かなりのハードワーカーです。

会社の幹部も違います。

最初から残業代が含まれているような高い給料で残業は当たり前。

ベンツ、BMWなどのカンパニーカーも付き、昇進も狙っているのでやはりハードワーカーです。

日本の会社の場合は、幹部でもそれほどお給料が高くないのではないでしょうか?

ベンツ、BMWも付いてなく。

ドイツ人がベンツ、BMW、Audiなどの高級車に乗るのには理由があります。

税金が高いからです。

カンパニーカーなら、れっきとした経費です。

利益を抑えて節税になります。

なので、利益が出ている企業の幹部や、個人事業主も高級車に乗ります。

日本の場合は、肩書きと昇進の可能性だけで働いている傾向ではないでしょうか?

これも日本独特のメンツを重んじる「恥の文化」が大きく関係していると思います。

日本ではここしばらくの間は、ブラック企業への風当たりが非常に強くなっていると思います。

確かに、昇進の意欲もない、普通に働ければ良いと思っている一般社員を少しでもこき使おうというのはもっての外です。

ちなみに昔、休みが欲しけりゃ、幹部をやめろという題の本がありました。

プリンスホテルやスキー場、コクドなどの西武鉄道グループの元オーナー社長、堤義明氏の著書でした。

堤義明氏は、長野オリンピックの頃に、日本オリンピック委員会会長を務めたり、バブルの頃には世界一の資産家にもなり、当時一世を風靡した人です。

それほどの大企業にもかかわらず、非上場企業で納税額が極端に少なくて話題にもなりました。

度重なる不祥事や、インサイダー取引疑惑で有罪判決を受けて晩節を汚してしまったように感じます。

その堤さんが書いた「休みが欲しけりゃ、幹部を辞めろ」

という本、思いつくのはブラック企業です。

でも、必ずしもそうではないようです。

なぜなら、その対象は幹部だからです。

普通の社員に休みを欲しがるなというのであれば、ブラックです。

でも、幹部は別です。

幹部とは、将来の社長候補の1人と言えると思います。

社長の責任はとても重くて孤独です。

会社を潰すわけにはいかない、社員を路頭に迷わせてはいけないという責任があります。

会社の業績が悪くなると、安易に社員の首を切ってやり過ごせば良いと考える経営者は別です。

一般の社員には、そういった責任はありません。

給料の分だけ働きます。

だから休みもキチンと取れます。

でも、幹部になる以上はそういうわけにはいかないと思います。

給与額も普通はとても良いですが、そこには残業代も入っていると考えた方が良いと思います。

だから、もし幹部が朝9:00〜 17:00までしか働くつもりがないのであれば、それは大きな間違いです。

但し実際には、給与額もたいして高くならずに幹部をさせている企業も日本には多いようです。

そういう企業が本当のブラックではないでしょうか?

ところで、世のお母さんには元々休みがありません。

子どもが複数人いれば、奉仕残業の連続です。

週末もなければ、

春休みも、夏休みもありません。

最も讃えてあげて、最も感謝すべき対象ではないでしょうか?

バイデン大統領は KY?

バイデン大統領の支持率が急降下しているそうです。

アメリカのメディアも左翼が支配しているそうですが、そのメディアにも愛想をつかれたそうです。

選挙疑惑どうのこうのを抜きにしても、トランプさんが負けた大きな理由はメディアの影響だと思います。

そのメディアの応援を受けていたバイデン大統領がメディアに愛想をつかされた?

その理由が次のことだそうです。

アメリカ軍が、ついにアフガニスタンを完全撤退しました。

ですが、最後に残った兵士の中で、10数人がテロに巻き込まれて亡くなりました。

その遺体が本国アメリカに持ち帰えられて、お葬式が行われたそうです。

そのお葬式にバイデンさんが出席していたそうです。

そのお葬式の最中、バイデンさんは次の予定が気になったのか、何度も時計を見て気にしたそうです。

その行為が、ご遺族の気持ちを逆撫でしたそうです。

そしてそれをメディアが許さなかったそうです。

お葬式に限らず、今自分の目の前にいる人が時計(時間)を気にしていたら、どんな気分になるでしょうか

バイデン大統領、そんな空気も読めなかったのでしょうか?

めまいや動悸の時には、すぐにしゃがんで下さい。

めまいや動悸の時には、すぐに両手を膝について上半身を前に倒したり、座る、あるいはしゃがんで下さい。

1番良いのは、所構わず横になってしまうことです。

それを知らないと、ついつい立ったままでいて、急に「バターン!」と倒れてしまいます。

私自身も昔、それを知らずに一時的に気を失って「バターン」と倒れてとても痛い目に遭ったことがあります。

打ち所が悪ければ、とんでもない怪我にもなります。

普通の生活でもそうですが、運動の最中でもそうです。

とにかくすぐに低くなることが大事です。

なぜでしょうか?

脳が大量の血液(酸素)を必要としているからです。

そしてそれを送る心臓の働きを助けるためです。

背の高い生き物である人間の心臓って、あらゆる所に血液を送るのに結構苦労しています。

特に重力に逆らう脳に送るのには。

背を低くして、心臓の負担を軽くするのです。

近くで誰かが、めまいや動悸息切れを訴えたら、とにかく1秒でも早くしゃがませる、座らせる、寝かせるなどをして「バターン」と倒れるのを防いで下さい。

意外と起こり得ることで、私も一時帰国の際に訪れた浅草で、隣にいた女性がそうなりました。

その場の地面で横になって手を枕代わりにお貸ししていると、「私は医療従事者です」という人が現れてくれたので、代わってもらいました。

知っているのといないのでは大きな差が出ます。

詳しくは ➡︎ 進化が示す健康法則

目には目を、歯には歯を

島国日本、その特殊な国民性と、大陸の国民性との大きな違いがとても興味深いです。

例えば、「騙すより騙されろ」に対する「騙される奴が悪い」あるいは「人を見たら泥棒と思え」… 等です。

「騙すより騙されろ」は、いかにも日本的です。

語源を調べましたが分からず…

仏教からでしょうか…

そういえばキリスト教に、右の頬を打たれたら… というのがあります。

宗教はやはり道徳的です。

それに比べて「騙される奴が悪い」あるいは「人を見たら泥棒と思え」は、いかにも大陸的な現実の世界のように感じられます。

宗教は元々何のためにあるのか?

その存在はとても大きいと思います。

やる気を無くした人間、打ちのめされた人間を救ってくれます。

そしてどの宗教も道徳を説いています。

善い考え、善い行いが自身を救うと言います。

日本人のほとんどは無宗教です。

100年も前の新渡戸稲造の言葉でもあります。

日本は、宗教がなくても道徳が行き届いている、類稀な国です。

それは各家庭での躾から来ていると思います。

それは武士道や仏教から来ています。

実際には日本にも、神道、仏教、キリスト教、各種の新教宗教など、宗教はいくらでもあります。

ですが、「あなたの宗教は何ですか?」と聞いた時に、以上のどれかをあげる人はとても少ないのではないでしょうか?

そして、「無宗教」と答える人がほとんどではないでしょうか?

「目には目を、歯には歯を」なども、大陸的な発想では?

と思い至り、調べてみました。

ラテン語から来ているようです。

やっぱり…

でもその意味は、その言葉から受ける印象とは違うようです。

これだけやられたら、同じだけ返しなさい。

それ以上はやってはいけない。

ということだそうです。

例えば、目をやられたら目に仕返しする。

目をやられて心臓に仕返ししてはいけないということだそうです。

やられたのと同じだけ仕返ししなさい。

それ以上はダメです!

というものだそうなのです。

分かるような、分からないような…

運の良い人、悪い人

運の強い人を見分ける方法

そして

運の強い人を身近で発見

というブログを最近続けてアップ致しました。

後者のブログに、その昔に同僚だった佐藤さんから…

「私は運の良い方とあまりお会いしたことないです。是非お近づきになりたいなあ、運の良い人寄ってこいです。」

というコメントをいただきました。

「ちょっと待った! 昔、すぐ側で僕と一緒に働いたじゃない!」

そうなんです。

私は自分で運が良い方だと思っています。

それもハイレベルで…😅

例えばアウトバーンを走っている時。

(ドイツに住んでいるので…)

どう考えても、自分が走っている側よりも、反対車線側の方が、渋滞である確率が高いのです。

主観ではありますが…😅

そして、町中を走っていて、駐車スペースを探すのに困ったことがありません。

必ず目的地のすぐ近くで駐車スペースが見つかります。

(ドイツは路上駐車が当たり前です)

しかも時々、目的地で良いタイミングでお店の前に停まっていた車が丁度都合良く出て行ってくれます。

ホントなんです。

でも主観…😅

運の悪い人は、駐車スペースが見つからずに、何度もグルグル回るそうです。

さらには例えば、今回のコロナワクチン。

私は免疫が強いらしくて、風邪やインフルエンザにかかりません。

よって、ワクチンを打つつもりはありませんでした。

ところが、よりによって、うちの家内がどういうわけか、ワクチン警察(マスク警察のワクチン版)になってしまいました。

さらには、近くに住むドイツ語ができないお客さんの1人がワクチンを打ちたいと言います。

調べてみると、何という偶然!

次の土曜日に地元の村で、予約なしの無料ワクチン接種があることまで判明。

しかもジョンソンアンドジョンソンなので一回だけ。

これには何か縁を感じて、お客さんを連れて打ってもらいに行きました。

そしてその翌々週のことです。

コロナの感染者率が上がって、レストラン、プール、フィットネス等の入店には、ワクチン接種の証明書か、コロナテストの陰性証明が必要になったのです。

つまり私はフリーアクセス。

それでも主観…😅

でもだからと言って、

運の強い人を見分ける方法

にのっとって、自分が普段から絶え間ぬ努力を続けていると自慢をしたいわけでもないです。

努力はしているつもりですが、その位の努力は日本人なら当たり前だと思うレベルです。

ではなぜか?

単なる思い込み、考え方かもしれません…

なぜなら私には、台湾のビジネスパートナーとのトラブルなどで、1億円以上の借金があります。

その借金が完済するのが、今の収入で返済を続けて80歳代の後半。

これは運が良いでしょうか?

それとも悪いでしょうか?

普通は悪いと思うかもしれません。

私は運が良いと思っています。😅

その借金を作る前は、業界初、業界唯一の製品の開発と販売で成功することが出来ました。

銀行の口座に、億円単位の残高の数字が現れて、自分でもびっくりしました。

社員に対して、本人が望むカンパニーカーで夢をかなえてあげることが出来ました。

当時は会社に社員がまだ3人しかいませんでした。

彼の夢の車は三菱ランサーをフルチューンするというもの。

500馬力位あるそうです。

その夢をかなえてあげることができました。

自分のカンパニーカーも、望む車に…

と思ったや先のトラブルでした。

ということで、自分には夢のカンパニーカーは用意出来ませんでした。😅

長い借金返済の人生ですが、債権者は一応その返済プランで納得してくれています。

と言うか、自殺でもされて借金の返済が消えてしまうよりは、少しづつでもいつかは完済の方が良いはずです。

そこで、贅沢はできないものの、生活は出来ています。

これ以上望むものはありません。

お墓に入る僅か前(?)ですが、完済の日が楽しみです。

そして天は、何か人に天命を与える前に、試練を与えてその人をまず鍛えるそうです。

それが本当なら、お墓に入る前に、ひょっとして何か興味深い天命が与えられるかもしれないと考えると「ワクワク」します。😅

ちなみに、そんなに運が良いと思っていても、どういうわけか宝クジなどには全く当たりません。

買わなかったら、当たるわけがないか…😅

「運動は身体に良い」と、「スポーツ選手は短命」という矛盾。

運動は身体に良いと言います。

でも、スポーツ選手って意外と短命な人が多いです。

特に世界級のトップアスリートなど…

なぜ矛盾しているのでしょうか?

その理由は簡単です。

どちらも「過ぎ」なのです。

過ぎたるは及ばざるがごとし…

日頃、運動をしない人は身体の休ませ過ぎ、

スポーツ選手は運動のし過ぎなのです。

先のオリンピック、ボルダリング女子でブロンズの野口さん。

彼女はもう32歳でしたが、もっと若い頃なら多分、ダントツのゴールドだったと思います。

その野口さんですが、手は指紋が消えてシャンプーすら痛いし、足の甲は足ダコにまみれ、夏はサンダルも入らないそうです。(当ブログサイトのコメント投稿者、佐藤さん情報)

この世の中は、何でも絶妙なバランスの上に成り立っています。

太陽と地球の距離。

太陽の明るさと暑さ。

太陽の中心核では、4つの水素が融合して、1つのヘリウムを作っているそうです。

その水素の質量の0,7%がエネルギーに転換されて放出されることで太陽が輝いているそうです。

もしそれが0,7%ではなくて0,71%、僅か0,01%多くてもスピードが速過ぎて、

太陽はもうとっくに燃え尽きてしまっているそうです。

逆に0,69%だと遅過ぎて、ヘリウム結合が出来ずに、

いまだに生物は誕生していないそうです。

空気中の酸素や窒素のバランス。

海水の成分のバランス。

そのことを考えると、今の地球が私たち人間にとって、生き物にとって、

生きてゆくのにどれだけ最適な状態であるかということが、いかに類い稀な偶然であるかが分かります。

「生まれて来ただけでみっけもの」

「生きているだけでみっけもの」

人間の身体の中も同じことが言えます。

血液のバランス…

免疫力が落ちれば病気にかかり…

飲み過ぎれば肝臓を悪くして…

食べ過ぎれば太るし、少なければ痩せます。

人と人の関係も、バランスの上に成り立っています。

夫婦や恋人の間でも、友人知人、お客さんとも、その関係を良い状態で長く保たせるには、不足しない、過ぎないバランスが必要です。

恋人同士の間でもそうです。

常にベタベタでは持ちません。

距離を置く時も必要です。

全てがバランスでこの世が成り立っていることを、ついつい忘れがちです。

こうすれば、夫婦(家族)円満間違いなし!「お母さんの仕事を減らせ!」プロジェクト、その2

先日始めたプロジェクト、「お母さんの仕事を減らせ!」は、まだまだ続いています。

コロナで学校が休校になり、子どもが学校に行かなくても、

お父さんが、出勤できずに自宅勤務になっても、

家事を続けるお母さんの仕事だけは続きます。

むしろ増える傾向です。

それに、お母さんの家事という仕事には週末というものもありません。

365日、休み無しです。

そこで思いついたのが、お父さんと子どもたちで、何かできないか?

お母さんの仕事をなるべく減らしてあげるプロジェクトです。

掃除、洗濯、料理、後片付け…

お母さん抜きの家族会議で話し合いました。

掃除は長男、洗濯はお父さん、料理と後片付けは、お父さんを中心に、お母さんを除く全員で参加…

お母さんの仕事はかなり減りました。

そこで何が起こったでしょうか?

お母さんに余裕が出て、笑顔が増えました。

そうすると、どうなるでしょうか?

お母さんという存在は、家族の中心人物です。

子どもたちの相談事は、全てお母さんに集まります。

お父さんの仕事の愚痴も、お母さんに打ち明けられます。

そのお母さんに笑顔が増えれば、家族全体が円満になります。

是非お勧めのプロジェクトです!

世界中の政治家、町長、市長、知事、首相に知って欲しい「割れた窓理論」

いえ、知ってもらうだけではなくて、利用して欲しいと思います。

「Broken window theory / 割れた窓理論」というのをご存知でしょうか?

使われていない建物の窓が1枚割れているのを放置すると、時間と共にほとんどの窓が割られてしまう現象です。

なぜでしょうか?

「誰も気にしていない」、「責任を取っていない」ということが分かると、他の窓も割られ始めてしまいます。

「ここでは窓が割られることが許される」 という信号が出てしまうのです。

基本的に人間は、性悪説に基づいているかのように証明してしまうような嫌な理論です。

ですが実際にも、財布をテーブルの上などの目に付くところに置くのとそうでないのとでは、前者の方が失くなる可能性がかなり高くなります。

人間は誰でも、性善説と性悪説の両方を兼ね備えて持っているというのが本当のところでしょう。

いわゆる善い自分と悪い自分です。

でも悲しいことに、悪い自分が出てしまうことを誘発してしまうのを示すのが、割れた窓理論です。

割れたままの窓、目に付く財布、悩ましい格好の女性…

町人同士の挨拶が頻繁な町では、それがが無い町と比べて、空き巣やドロボーがとても少なくなります。

挨拶が行き届いた町では、泥棒が仕事をやりにくくなるのです。

そういった理論を良く理解してうまく利用すれば、犯罪を減らすことが出来ます。

それを行ったのが、1990年代後半のニューヨーク市長、ジュリアーノさんでした。

小さな犯罪でも厳しく取り締まったり、電車の落書きをすぐにきれいにしました。

その徹底度は、電車の落書きを綺麗にする作業がすぐにできない場合は、その車両を引っ込めてしまうほどでした。

その結果、まるで映画の無法地帯のようになってしまっていた当時のニューヨークを、ごく普通の治安の市に甦らせることに成功したのです。

前デュッセルドルフ市長は、割れた窓理論を知っていました。

なぜ私がそのことを知っているのかと言うと…

彼は、デュッセルドルフでボランティアで掃除をしているグループを一堂に集めて、ブレーンストーミングを行ったのです。

その席に呼ばれて、私たちが市長のすぐ隣に座り、彼の意見を直に聞いたからです。

彼は他にも年に一度、市民の誰もが参加できる掃除の日などを設けていました。

でも、何か物足りなさが感じられました。

割れた窓理論のことを知って、それを実行するのは素晴らしいことです。

知っていることは、知らないことを凌ぎます。

でも、実行することは、ただ単に知っていることをさらに凌ぎます。

但しその実行にも、部下たちにやらせるのと、自分が率先垂範して陣頭指揮を取るのとでは雲泥の差です。

彼の場合、自分が率先垂範して陣頭指揮を取るというところまでの気迫は感じられませんでした。

それはメルケル首相にも共通するものがあります。

ヨーロッパを代表するかのように、大量の難民を受け入れました。

「私たちには出来る!」

というスローガンで。

ですが、実際にフタを開けてみると、それがドイツという国、あるいはヨーロッパにとって、とんでもない負担になることが分かりました。

そして当時、日本で行われたサミットでのメルケルさんのコメントです。

「出来ることなら時計の針を戻したい…」

仮にも一国の元首。

しかもその国は、ドイツという、ヨーロッパの経済をほぼ一国で牽引する超先進大国。

そのドイツの元首がこれでは困ります。

さらに困ったことには、ドイツの議員の1人が自宅に難民を受け入れた時のコメントです。

「私には出来ない…」

自分が出来ないことを部下である行政にやらせるとは、何ということでしょうか?

正に率先垂範が出来ていません。

もうすぐその座が変わりますが、次の人に期待したいです。

日本の手取り所得は既に55,7%でドイツと同じ…!

最近のニュースで、日本での納税額と社会保険料の合計が 44,3% であると言っているのを聞いてびっくりしました。

その比率は、ドイツでシングルが負担しているのとほぼ同じです。

つまり、税込の給与額が10万円だとすると、手取りは5万5千700円になるということです。

10万円分働いたと思っても、手元には半分強しか入ってこない…

そう言えば、もう何年も前に聞いたお話しだと、日本では失業手当が70%出るそうです。

それも正にドイツと一緒です。

「揺り籠から墓場まで」とは、社会福祉が行き届いた北欧の国に対する古い言い方ですが、日本ももう立派にそうなったようです。

本当に、そんなに高い費用で正しいのでしょうか?

少なくとも税金に関しては、集まったそれらを使う政治家を見ていると、眉をひそめたくなってしまいます。

日本の最大の問題は、これだけ長い間デフレが続いて給与額が上がっていないことでしょうか?

日本の平均給与額は既に先進国のそれではなくなってしまっています。