進化が示す、健康法則

良い運動

人間にとっての最高の動き、ウォーキング。

膝の手術後に走れなくなってしまったと思った私の場合も、ウォーキングから始めて時間をかけ、その後ジョギングに切り替えることが出来てからは、自覚できるほどに健康を感じられるようになりました。立っていられる時間の長さは伸びて、座りくらみはその後一度も出ていません。

手術の後に、もうジョギングはできないと思っていたのは単に自分がそう思い込んでいただけでした。ウォーキングを始めてからジョギングが出来るようになるまで1年以上はかかったでしょうか。いつか頭部あるいは心臓周りの血管がつまって急に死んでしまうのは嫌なので真剣です。

ウォーキングを始めた最初の頃は、ウォーキングのみを続けて、しばらくしたらわずか数十メートルの軽い走りを時々追加したりして、時間をかけて少しずつジョギングに近づけていきました。

数百万年の間に人間はずっと走っていたわけではなく、ずっと歩き続けてきたはずですから、ウォーキングでも良いと思うのですが、やはりかかる時間と効果を考えるとどうしてもジョギングになってしまいます。

走った方が身体がより速く温かくなって汗もかき、血液の循環にも良いからです。ご先祖様たちも、餌の小動物を追いかけたり、あるいは反対に猛獣に追いかけられたりと、意外と頻繁に走っていたかも知れません。

そう考えると、最近ドイツで流行っているノルディックウォーキングという、ストックを持ったウォーキングはどうでしょうか。

人類の歴史で、ストックを使って歩いた過去は一度でもあるでしょうか。いえ、ノルディックウォーキングが悪いと言っているのではありません。し過ぎを除き、運動はしないよりした方が良いことは間違いありません。

でも、できることならウォーキングの時に、ストックをつくことによって腕を使うより、水泳やラジオ体操、掃除などによって、腕を肩より上の方向に動かす動きを行った方が良いと思います。

一番良いのは、我々の先祖が数百万年もの間続けた、頭上にある木の実や果物などの餌を取るように、手を上に上げる動作が一番良いのは言うまでもありません。また、雑巾掛けの掃除などは特にお勧めです。

本格的なランナーではなく、健康のためにジョギングをしている人にはお勧めがあります。それはジョギングをしている最中に横向きや後ろ向きのジョギングを加えることです。横向きは左右の足を交互に前後させます。

つまり右足が前方で左足と交差したり、後方で交差したりします。後ろ向きは勿論時々振り向いて後ろを注意しながらジョギングします。

身体のつくりから考えてそれらをあまり長くする必要ないと思いますが、普段使わない筋肉が使われるし脳も使われます。横向きの場合は腰の運動にもなります。

同じように水泳も簡単なクロールや平泳ぎばかりをずっと続けるのではなく、背泳やバタフライも練習してできるようになり、なるべく4種目全てを交互に泳ぎ分けます。

つまり個人メドレーです。同じ動きをずっと続けるよりも、いろいろな動きを混ぜた方が、より自然で身体に良いからです。バタフライはできるようになるまでかなり時間がかかるかも知れませんが、慌てずに時間をかけてゆっくりやれば、いつかはできるようになります。

その際にはYouTubeなどの動画がとても参考になります。世の中には親切な人が多く、YouTube動画にはいろいろなスポーツの練習方法が紹介されています。

川崎

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向かい風も、やり方によっては追い風にすることができる

月刊誌「致知」12月号、「高い壁にも必ず向こうに行けるドアがある」という記事について書きました。

似たようなことが風でも言えると思います。

何かの目標に向かっている時に、前方から強い風が吹いてくれば向い風です。

では一体それは行く手を阻む邪魔者でしょうか?

実は向かい風も、方向を変えてみれば追い風に変えることができます。

「それじゃあ、逆戻りしちゃうじゃないか!」ですか?

いいえ、そんなことはありません。

ヨットや、ウィンドサーフィンをする人なら知っているのですが、帆の使い方で風が吹いてくる方に向かって行くことができるのです。

不思議ですか(笑)?

勿論、風上に直接向かって行くわけではありません。

真正面を風上だとすると、帆を左右どちらか90度未満に向けると斜め前方に進んで行くのです。

真横よりは、やや前方に方向を向ける感じです。

ある程度行ったら、左右の内の今まで進んだ方向とは逆に行きます。

つまり、風が吹いてくる前方正面に向かって、左右ギザギザに進んで行きます。

時間はかかりますが、最終的には向かい風が吹いてくる方向に進めます。

そのようにして、向かい風も使い方によっては追い風として利用出来るのです。

長い人生において、目の前に現れる巨大な壁も、見方、考え方によっては壁でも何でもないかも知れません。

そして似たように、向い風も使い方では追い風にできるのです。

もっと極端なものは、ピンチがチャンスで表裏一体であるという事実です。

川崎

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進化が示す、健康法則

人類の祖先の身体は最初の頃は非常に小さかったそうですが、二本足で歩き続けたことによって段々と身長も伸びたようです。背が高い人間の身体の一番上には頭があります。

動物の中で最も大きくて重い頭を持つ人間。その頭には大切な脳が入っていて頭蓋骨で守られています。脳の重さは一般成人で1.2kgから1.4kgですが、頭部全体の重さは体重の10%もあります。その重くて大切な頭を支えて歩くために身体が出来上がっています。

人間の身体は、地上から頭までの間にアーチ状の足先から、足首、膝、腰、そして長いS字の背骨と、いくつものクッションで重い頭をうまく支えて歩けるように出来ています。

歩き続けて人間の身長が伸びると同時に、足腰が強く大きくクッション性の高い身体が出来上がりました。人類の祖先が、何百万年もの間、餌を捜し求めて常に歩き続けてきた結果です。

文明が作り出したいろいろな乗り物の長所には、短時間で遠いところへ早くて楽に移動できるという計り知れない大きなものがあります。しかし、その快適さと引き換えに、人間の身体にとって一番大切な動きである「歩く」という運動を奪って足腰を使わせなくしてしまったのです。

誰でも歩こうと思えば歩けるのですが、便利な乗り物につい頼ってしまいます。歩かないことが長く続けばそれが当たり前になりますし、人間は元々怠け者でもあります。廃用症候群という言葉があります。

筋肉でも何でも使わなければ衰えてしまいます。怪我をしてギブスなどをするとよく分かりますが、身体はわずか数日の間動かさないだけでリハビリが必要になってしまいます。

生き物の身体は動かさないということに対して大変弱い仕組みに作られているといえます。ドアとちょうつがいではないのですから、動かすためにあるものが動かされなければ動かなくなってしまうのは当然です。

いえ、ドアのちょうつがいでさえ長い間動かさなければ錆びて動かなくなってしまうでしょう。自動車などでもそうですが、毎日適度に使っている方が、長い間放置しておくよりも調子よく保たれます。動くようにできているものは動かさなくてはダメなのです。

人間は、文明の利器に胡坐をかいてしまい、野性や勘が薄れて鈍くなってしまいました。運動が不足しても、自然に自分からそれを補おうとせずに、身体の不具合のサインである腰痛や四十肩などの障害が出ても、せいぜいお医者さんに行く程度です。自分から運動をしようとしません。

動物園の檻の中にいる動物は、運動不足なので頻繁にウロウロと歩いています。身体がそれを求めています。人間も本当は身体がそれを求めているのですが、動こうとしません。

自分のことはそのように放っておきながら、例えば犬や馬を飼っている人はそれらの動物たちのために散歩を欠かしません。犬や馬には運動が必要不可欠だからということで散歩をさせます。犬は散歩、つまり運動が不足してくると、「ワンワン」 と鳴いて催促をするほどです。

犬を飼っている人は、犬の散歩で自分の散歩にもなるので、そういう意味では犬を飼っていない人よりは幸いにも健康的です。馬を飼っている人は、乗馬は上半身結構を使って汗をかくほどですが、下半身は止まっています。

ハムスターやネズミを飼う時は、かごの中にクルクル回って運動のできる器具を用意します。全ての動物に運動が欠かせないことを人間は知っており、動物を飼う時にはそのことに気をつけます。それにもかかわらず、自分の運動不足には無頓着です。

予防医学ということで、そうした運動を医者が勧めなければいけないのではないでしょうか。勧めるくらいではしない人が多いので、脅かす程度言う必要があるかもしれません。

例えば誰かが犬を飼う時に、犬の販売主などの専門家が、「運動不足になってしまうので、犬は毎日散歩に連れて行く必要がありますよ!」 と言うように、医者も患者に、「人間の身体は運動が不可欠なので、毎日ウォーキングなどの運動をしないとたいへんなことになりますよ!」 と言うべきなのでしょうか。

川崎

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中国人のお正月家庭料理

つい先日お招きを受けたばかりの

中国人ファミリーのご自宅に、今度はお手製お正月料理へのお招きを受けました。

 

中国人のご家庭からお招きを受けるのはこれで3回目になります。

 

2回目と今回は同じご家族のおうちです。

 

初めてお誘いを受けた家族は、ドイツに長くすみ、子どもが習うピアノの先生が一緒というご縁でした。

 

ドイツに長い家族同士なので、コミュニケーションの言語はドイツ語でした。

 

そして前回と今回の家族は、日本に長く住んだ後にドイツに引っ越して来たので、会話は日本語です。

 

お父さんがドイツで会社設立を希望し、私のサイト、www.germanydebusiness.deを見つけてくれました。

 

彼のGmbH設立をお手伝いをさせていただくことになったのがご縁の始まりです。

 

彼にとって、ドイツで会社を設立してドイツに移住するというのは、かなりハードルが高いことだったそうです。

 

そのハードルを極端に下げることとなるお手伝いをさせていただいたということから、過分なお礼をされていてとても恐縮しています。

 

前回のお招きの時も、お手製の中華料理の前菜の数々の後に、メインの肉まんをいただきました。

 

肉まんも勿論手作りですが、広いオープンキッチンで前菜をいただきながら会話をして、その傍で作って見せてくれました。

 

ビールの後には見るからに高級そうな白酒も出されて、最後にはこれもやはり手作りのデザートでした。

 

今回のお料理はご覧の通りですが、一見すると日本のシャブシャブ鍋に似ています。

 

中に入っている料理は前もって既に調理済で、下の方には炭が入っています。食卓で美味しくいただくために炭火で温めるそうです。

 

中国人は、一度良い関係が築かれると、とても大事にされると聞きますが、「しょっちゅう遊びに来て下さい!」と言うのはまんざら社交辞令だけではないのかも知れません。

 

6時間もの長い時間お邪魔させていただき、色々なお話を伺いました。

 

今の中国は共産党が悪くしてしまったそうですが、彼の実家ではその昔、調理人が10人以上もいたそうですから、かなりの富豪のおうちだったようです。

 

それらをみんな共産党に奪われてしまったのですから、ただ事ではありません。

 

教育勅語に出てきそうな内容や、武士が重んじる日本人の美徳と言われそうなもののベースになる論語の孔子、老子、孟子、陽明学や儒教など、全てその昔中国から日本に伝わってきました。

 

その元々のオリジナルを生み出した中国が現在は見るも無残になって、日本が唯一まるで優等生のようにそれらをきちんと受け継いでいるという意見は、彼から聞く前に、TVによく出る著名な先生からも聞いたことがあります。

 

川崎

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進化が示す、健康法則

人間にとって一番良い動き、運動とは

現代人は、文明の発達によって素晴らしい快適さを享受できるようになりました。この世に乗り物がまだ存在しなかった頃に歩いて移動した距離を、今や電車や車に乗ればあっという間に移動できます。

自分の身体を使って行っていた家事は、みんな家電がやってくれます。とても便利な世の中です。でもそこで欠けてしまったことは何でしょうか。そうです、身体の動きです。

生活を快適にしてくれた数々の機器が人間の代わりに動いてくれるので、人間は身体を動かさなくなってしまいました。元々動くように作られている身体が動かなくなってしまったのです。

前章にあるように、動かなくなってしまったところへ追い討ちをかけるように飽食の時代です。しかも身体によくないものばかりを食べています。

私はたまたま23歳の頃から週に最低1回はジョギングをしていました。そして40代の後半に始めたサッカーで怪我をして、左膝の半月板損傷で手術を受けてからは走れなくなってしまいました。

健康のために20年以上続けたジョギングを断念することになったのです。走ると左膝が腫れて重くなってくるからです。運動をしないのは身体に良くないと分かっていたので、走る代わりに水泳を始めました。週に1回から初めて、最終的にはほぼ毎日のように早朝泳いでいました。便利なことに、ドイツのプールは平日の朝は 6:00 に始まります。5年間くらい続けていました。

 

そんなある日、ソフトボールの練習試合で運良く大きなホームランを打てたのですが、3塁からホームベースへの最後の部分を走っていた時でした。頭の中では相変わらず1塁から3塁までと同じように走っているつもりなのですが、足がそれについていけずにもつれるような気がしました。

周りの人は見ていて気が付かない程度だったそうです。幸いセーフで間に合ってホームランにはなりましたが、足腰の運動不足は間違いのないものでした。

そしてまたある時は座って仕事をしている時に立ちくらみが起きました。元々貧血気味なので、横になっている状態や、座っている状態から立ち上がる時に時々立ちくらみが起こりますが、立ちくらみと同じ状態が、座ったままの状態で起こりました。そばにいた人によると、顔が真っ青ではなくて真っ白で、全身冷や汗をかいていました。

座っていてもつらいので床に寝て待つこと約3時間。その後は何ともなくなりました。何ともなくなったので、医者に行っても原因が分かるはずがなく行きませんでした。そのめまいのごく軽い症状は、車の運転中にも起きました。

もし運転中に重い症状が出たら大変です。毎日通勤や営業で出て歩くということがなく、ほとんど座りっぱなしの事務仕事なので、足腰を使う運動が不足しているとしか考えられませんでした。

ちなみに貧血気味で立ちくらみを起こす人に、バタンと倒れてしまわないようにする方法があります。立ちくらみを起こしたらすぐにしゃガンで下さい。しゃがむのさえ大変だったら腰を曲げて頭を垂れるだけでも大丈夫です。

頭の位置を心臓と同じか心臓より低くすることで、血液を送るポンプとして心臓の働きを助け、脳に血、酸素を送りやすくします。そうせずに立ったまま壁に頼ろうとしたりするのは良くありません。立ちくらんだらすぐに頭の位置を低くするのです。

そこで水泳だけでは心配で、走れないのならせめて歩こう、ウォーキングを始めようと思ったのです。ウォーキングは腰痛を治してしまうなど身体に良いことは以前から知っていましたが、ほぼ毎日の水泳という運動で十分だと思っていました。

でもいくら毎日泳いでも、歩く、走るの運動の代わりにはなっていなかったのです。人間は何百万年もの長い間、歩き続けた結果として現在の大きくて強い足腰が出来上がったのだと思います。

猿から人間への進化を1コマ漫画のように表した、本誌の表紙にあるような絵を時々見かけます。左右どちらかの端に猿らしきものが描かれていて、反対の端に人間らしきものがいます。

その間に何種類かの私たちのご先祖様たちが描かれていて、猿から人間の方に行くにしたがって丸い背中がまっすぐになると同時に身長が伸びていきます。あれは数百万年もの間の猿から人間への進化を大変良く表してはいないでしょうか。

川崎

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月刊誌「致知」12月号、「高い壁にも必ず向こうに行けるドアがある」という記事

は、ドイツ人建築デザイナーであるカール・ベンクスさんが、日本の古民家再生を日本人に代わって後世に伝えようとして頑張ってくれていることを伝える記事です。

月刊誌「致知」は、雑誌とは呼び難い本です。なぜかというと、内容に感動モノの記事が多く、他の雑誌のように読んだ後にポイっと捨てることができずについつい保管してしまうのです。

人間学をテーマにした堅い本で、約40年前に発行が始まって間もない頃、「こんな堅い本は売れない…」と言われながらも健闘して、今では発行部数は10万部だそうです。

発行部数10万部というと、日経ビジネスの20数万部と比べてみても立派な発行部数を誇っていると思います。

その致知には「木鶏会」という読者会が日本全国あちこちにあります。

海外にも数ヶ所あるのですが、ヨーロッパで唯一なのがここデュッセルドルフです。

デュッセルドルフの会が始まってまだ一年程度なので、全員集まっても8人程度で、集まりが少ない時は3人という時もあります。

それでもほぼ毎月は集まり、最新号の致知の記事について話し合っています。

集まって話し合うような記事はどんな内容なのかというと、正に人間学そのものです。

人間学って何でしょうか? 少し古くはあの歴代の総理の相談役を務めた安岡正篤さんが重んじていた学問です。

一言で言えば、人間は人間としてどう生きてゆけば良いのかという学問です。堅くなってしまうわけです…笑。

有名無名な人々が、自分の人生においてどのような苦難、苦労を乗り越えてきたかという記事が多く、とても感動させられたり、考えさせられたりする内容が多いのです。

平坦な人生ではなく、苦難や苦労が多かった読者には琴線に触れることが多いのだと思います。

今回も集まった3人で、致知の12月号について感想を述べ合いましたが、どういうわけか、私を含めた3人の内の2人が表題の記事を一番感に入ったものとして取り上げました。

そして面白いのは、2人とも同じ記事を一番に選んだものの、その理由が全く違うことでした。

一人がその記事を一番に選んだ理由は、その記事のタイトルでもある「高い壁にも必ず向こうに行けるドアがある」という点でし

た。

どういうことかというと、人生において目の前で高い壁に直面しているような場合、努力の度合いを増すなどして高い壁を何とか超えるのではなく、見方・考え方を変えれば高い壁が高い壁でなくなると言うことです。

つまり、見方、考え方によっては、今、目の前に現れている高い壁が、本当は低い壁かもしれないと言うわけです。

なるほど~、と思いました。

それに対して「日本ファン日本人」である私が一番に選んだ理由は、日本のファンになる理由の一つをこの記事が正に証明してくれているからです。

表題の記事である、釘を一切使わない日本の伝統的な木造建築方法以外にも、日本の大きな駅で3~4分に一本の電車が狂いなく発着する電車の運行管理の正確さは外国人にとっては驚きの事実なのです。

世界遺産に登録された、バラエティーが豊富過ぎる程の日本食などもそうですが、世界の物差しで測ってみると、びっくりするようなものが日本には実は多く存在します。

でも殆どの日本人はその事実に気が付いていません。実際に海外で生活して、現地の言葉も理解できないと気付くのが難しいのです。

かく言う私もそのことに気が付いてまだ数年です。自分で自分のことを「鈍い奴だ」と思っています。

今回の記事は、古き良き日本の建築方法の良さを、1人のその道のドイツ人専門家が証明してくれているのです。

ドイツ人建築デザイナーである、カール・ベンクスという、1996年に初来日して現在は新潟に住んでいるドイツ人ですが、日本の古民家再生において、「ふるさとづくり大賞」という内閣総理大臣賞を受賞しました。

色々なご縁があって、釘を一切使わずに、木材と木材を組み合わせる部分の切り方の工夫だけで組み立ててしまう日本の古き良き建築方法を知って驚き、今はそれを日本人に代わって後世に伝えようとして頑張ってくれています。

そこでついつい思い出してしまうのが、日本の豆腐の製造を何とか後世に残そうと日本人に代わって頑張ってくれているフランス人です。

豆腐が健康に良くて世界で認められているのは聞いたことがあるかと思いますが、日本の伝統的な豆腐製家業主さんが減りつつあるそうです。

驚くべきことは、世界でも稀なこのような日本の良いものを、外国人が残そうと頑張ってくれていることです。

この記事のカール・ベンクスさんも、記事の中で書いているのですが、「宝石を捨てて砂利を拾う日本人」と嘆いています。

最近の日本人は日本の古き良きものを理解せず、どんどん易きに流れていっていると指摘しています。

京都なども、数十年前と今では全く違うそうで、「何だ、昔の美しい京都はないじゃないか」となるそうです。

世界の中でも際立った日本の良さについて、もっと多くの日本人が気が付いてくれることを切に願っています。

川崎

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将来ドイツでは健康になる努力をする人は健康保険代が安くなる!?

ラジオのニュースで小耳に挟んだのですが、ゆくゆくは健康保険代が各人の健康度、運動状況で決まる方法が話されていました。

フィットネスセンターなどに行き、センサーなどで各人の運動状況を把握して、それを元に保険代金が決まるようなシステムのようです。

やっと今頃…?

という感じがしませんか?  保険代金が、男性あるいは女性の差、そして年齢のみの区別で金額が違うというのはちょっと不公平ではないでしょうか。

世の中には同性、同年齢で健康保険を使ってばかりいる人もいれば、全然使わない人もいます。

金持ちから多くの税金を取って、収入の低い人に低く課税するのとは違い、金持ちだろうが貧乏人だろうが、健康に気を遣う努力をしていれば保険代が安くなるという方法です。

保険とは元々、可能性は低くても確率がゼロではない危険などを大勢で負担し合ってカバーするもののはずです。

例えば災害保険。

誰が遭うか分からないのでかなり公平ですが、健康保険や自動車保険はそうではありません。

人によってその恩恵の受け方に差があれば不公平が生じます。

実は知人の中には、自分は病気にならないから健康保険に入らないという日本人の強者もいました。

病気をせず、怪我もしなければ、確かに何のために健康保険代を払うのか?  ということになります。

でも歳を取った時に保険に入っていないというのは怖いので、その後入ったようですが…

ちなみに私は病気をしません。病気をしない身体になりました。運動と食事、考え方の3つのお陰です(詳しくはこちら ➡︎ www.kenkoichiban.de)。

でもどういう訳か怪我は多いので病院も医者(外科医)も必要不可欠です。

科学だけではなく、外科も戦争の度に大きく発達します。

戦争で多くの怪我人が出れば、外科が発達しない訳がありません。

西洋の医学が早くから発達していたのは、戦争ばかりしていたことと決して無関係ではないと思います。

怪我の多い私は、今までに骨折や骨のヒビ割れが全身に10ヶ所以上、縫い跡も全部合わせると20針以上あります。

縫うほどでもない傷や打身、捻挫なら日常茶飯事な怪我のスペシャリストです。

でも万物に例外無く長短あり。

あるいは全て何でも物の見方次第。

それだけ痛い思いをした代わりに、お陰で怪我に詳しくなります(笑)。

例えば子供が車のドアに指を挟んだ場合、指の状態を見たり、幾つかの優しい質問でことが重大かどうかが分かります。

無償の愛の母親は、過ぎた心配でヒステリックに騒ぐだけ。

あるいは知人がコケてお尻を打ち、その痛みが微妙に続く時、「折れてるかもしれないよ…」

医者に行ってレントゲンを撮ってもらうとやはり小さな骨折。

肋骨なども、切れるように綺麗に折れると、「えっ、これが骨折?」と思えるほど痛くない時があります。

まあ、肺を大きく膨らませれば痛いのですが…

そして肋骨の骨折もお尻の骨の骨折も、普通は何もできないので、医者に行ってもレントゲンを撮って骨折を確認するだけで終わります。

だとしたら、痛みが引くまで、つまり骨がくっつくまで静かにしていれば、医者に行っても行かなくても同じです。

むしろ医者に行かなければ放射線を浴びずに済みます(笑)。

そう言えば昔、会社の先輩が、飛行機のチケット代には体重と身長を考慮すべきだと言っていました。

確かに一律料金では不公平に感じる時があります…

川崎

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