人の死ぬことが決まるのはいつでしょうか?

3日前のブログ、「心が洗われるお話し… 究極の、罪を憎んで人を憎まず

に、あまりにも心を揺り動かされたので、子ども3人を含むうちの家族の前でそのお話しを紹介しました。

「そんなの馬鹿げてる!」

「起こったことの重大さを十分に理解されるように、犯人を特定すべきだ!」

などなど、侃侃諤諤でした…😅

命に大きく関わるこの問題…

ふと思いついたことがありました。

生き物は、いつか必ず死にます。

「この世で絶対と言うのは、生き物はいつか必ず死ぬと言うこと以外は有り得ない」

と言ったのは、あの織田信長だそうです。

生き物は、いつか必ず死ぬ…

つまり、その生き物が存在し始めた時が、その生き物が、いつかは死ぬと決まった時…

うちの子どもたち3人に質問をしました。

「人が死ぬことが決まるのはいつ?」

普段生意気な、19歳になったばかりの長女からすぐに答えが出ました。

「それは生まれた時…」

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空気を読むことが、気配り、気遣いにつながる

アスペ父親の自閉症育児日記さんのブログ、「空気を読む」で気が付きました。

日本は、空気を読まないと生きてゆくのが大変な社会です。

古くは聖徳太子の「和を以て貴しとなす」

日本の、自分を抑えて協調性を重んじる横並び、金太郎飴教育は、世界では稀に見るとても珍しいものです。

普通(大陸で)は、自分が1番大切、自己主張が大事だと、利己主義を植え付けられます。

さらに日本は「男は黙ってサッポロビール」いや違った、「沈黙は金」の国。

コミュニケーションが少ない上に、空気を読まなければいけないと、気配り、気遣い能力が発達するわけです。

心理戦には強いかも知れません。

素晴らしい製品が生まれる生産性も、「おもてなし」で有名なサービスも、全ては気付き、気遣い、気配りから来ています。

それは結局、空気を読むからです。

周りとの協調を保つために空気を読む。

空気を読むから気配りが生まれる。

気配りがあるから良い製品、良いサービスが生まれる…

そういった日本人の優れた面は、協調を重んじる国民性から来ていたのです。

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ドイツで働く日本人

にも色々な人がいます。

でも、一般論に日本人はよく働きます。

勤勉、礼儀正しく謙虚です。

ドイツ人に普通それはありません。

あくまで一般論です。

稀にその点で素晴らしいドイツ人もいます。

そういう人は、かなりのキリスト教信者か日本ファンか変わり者とかが多いです。

その逆に、日本人でもとんでもない人もいます。

これを書くきっかけになったのは、うちで10年近く働いてくれた経理のドイツ人女性の退社です。

彼女が辞めることになり、後任は日本人女性になりました。

経理の実力はドイツ人の方が上。

ドイツ語は勿論…

それでも、周りが皆んな(内心で)喜んでしまったのです。

ドイツ人の彼女には大変気の毒ですが…

よく考えてみると、彼女が特別に問題児であったわけではないのです。

多少、Bossyなところはありましたが、良いところもありました。

Bossy とは、威張り散らすことです。

小学校から自己主張を叩き込まれるドイツ人ならある程度は普通です。

後任の日本人の実力は、辞めたドイツ人より経験が少なく、ドイツ語は敵うわけがありません。

ということは、周りがその人のことをサポートする必要、手間が発生します。

それでも皆が歓迎しているのです。

後任の日本人女性が特別に素晴らしい人であるというわけでもありません。

普通の日本人女性です。

つまり、今回の違いは国民性の違いであるという結論に達しました。

海外でのそういう事情を知ると、ますます日本ファンになってしまいます。

こう書くと、左翼の人からは極度な愛国者と間違われるかも知れません。

でもそうではないのです。

単なる比較なのです。

日系の会社が海外に子会社を作ると、本社から来ている日本人が、少なければ少ないほどグローバリズムが進んでいると理解されます。

それが進んでいない会社、日系の子会社の海外現地法人にもかかわらず、本社から来ている日本人がたくさんいるところは、グローバル化が遅れているとされます。

でも今よく考えてみると、やっぱり仕事を任せるのなら日本人が1番です。

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心が洗われるお話し… 究極の、罪を憎んで人を憎まず

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。

元々は孔子の言葉だそうですが、似たことが聖書にも出ているそうです。

そして、月刊誌「致知」5月号

「誰かのために生きる時、人間の命は輝く」

の記事の中に、その究極とも思えるお話しが出ていました。

写真の女性は、塩見志満子さんではなくて、対談者の髙橋恵さんです。

小学校の水泳で、誰かに背中を押されて倒れた時に、コンクリートに頭を打って塩見志満子さんの次男が亡くなってしまったそうです。

亡くなってしまった子供はもう生き返らない。

もし犯人を突き止めて責めれば、その子と親は一生その罪を背負って生きることになる。

そう判断して、犯人を特定したり責めたりせずに、心臓麻痺で死んだことにしたそうです。

そう決断したのは、当時高校の教師をしていた、塩見志満子さんのご主人だったそうです。

既に長男を白血病で失っていた後の次男の事故だったので、塩見志満子さんご自身の怒りは相当なものだったそうですが、ご主人がそう決断されて従ったそうです。

そして驚いてしまうのは、さらにその後のことです。

今度はご主人が、退職後にトラックにはねられて亡くなってしまうのでした。

その驚きとは、添付テキストの後半にある、トラックの運転手に対する、その時の塩見志満子さんの態度でした。

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江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -1-

世界の物差しで測ると、びっくりする程の凄い日本の存在を、どうやってそのことに気が付かない日本人に伝えるかに苦労しています。

それを知るか知らないかはとても大きなことです。

なぜでしょうか?

自分の国が、こんなに凄い国だったんだ!

ということが分かれば、それは先祖が凄かったことに気が付きます。

先祖とは、自分の血が繋がっている人たちです。

その人たちが素晴らしかったかどうかは、とても大切なことです。

ある国を滅ぼすには、その国の誇りを奪い去れば良いと言います。

自分の国に誇りを持てるかどうかは、それほど大事なことです。

自己肯定、自己否定にもつながります。

自分の先祖が素晴らしい人たちだった。

誇れる人たちだった。

日本人に生まれて良かった…

あるいは…

自分の先祖たちはひどい人たちだった。

自分のルーツは否定したくなる人たちだった…

どちらの背景を持ちたいでしょうか?

余談はこの辺にしておき…

次にご紹介するのが、私が最も驚くコメントの一つ、あのアインシュタインのものです。

「私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。

その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを」

出典:「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

そして…

パウル・ルイス・チャールス・クラウデル、フランス劇作家・詩人、駐日フランス大使(1868~1955)

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にはない。日本の近代における発展、それは大変目覚しいが、不思議ではない」

「日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治に入り欧米の文化を急速に輸入しても発展できたのだ。どの民族もこれだけ急な発展をするだけの資格はない。しかし、日本にはその資格がある。古くから文明を積み上げてきたからこそ資格がある。彼らは貧しい。しかし高貴である」

「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」
黄文雄、徳間文庫

ここで注目したいのは、

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ」

です。

大変嬉しく思いますが、そこで気が付くことがあります。

「滅びて欲しくない…」

です。

滅びる可能性がない国に対して、そんなことを言うでしょうか?

例えば今日の、あるいは100年前から、アメリカに対してそんなことを言うでしょうか?

あり得ません。

どうしてかというと、アメリカが滅びる可能性など思いつかないからです。

ですが、当時のパウル・ルイス・チャールス・クラウデルさんがそう言ったということは、その可能性があったということです。

そのことについての詳しくは、是非

江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉 -2- をご覧下さい。

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日本語がペラペラの、日本ファン外国人がアップする、たくさんのユーチューブ動画

日本称賛TV番組がたくさんあります。

「知らない人」、「気が付いていない人」にとっては、それらは単に自画自賛のウザいホルホル番組のようです。

何を「知らない」、「気が付いていない」のか…

それはここでは置いておき…

日本で作られる、日本称賛のTV番組は、そこに登場して日本の良さを語るのがたとえ外国人であっても、自画自賛と言えるかもしれません。

でも、ユーチューブで例えば、「日本」と「外国人」の2つ、あるいは「日本ファン外国人」のキーワードを入れてみて下さい。

出てくる動画の数に驚くと思います。

日本語がペラペラの外国人が日本について語っている動画です。

日本称賛TV番組の数どころではありません。

いくらでも出てきます。

「こんなにたくさんの日本語がペラペラの外国人がいるの!?」

「こんなにたくさんの日本ファン外国人がいるの!」

と、驚いてしまいます。

数十年前までなら、日本の「何々道」に魅了された一部の外国人がいました。

ここドイツでも、柔道、剣道、茶道、華道、書道などにのめり込んだドイツ人がいました。

日本の何々道は静かなブームだったのです。

それがこの10年ほどで、アニメの影響も大きく、日本を訪れる外国人観光客が毎年倍増し続けました。

その結果、日本という国を知る外国人が急増したのです。

その中の一部は日本に住み、日本語をマスターしました。

それらの外国人は、ほぼ間違いなく日本ファンです。

だからこそ、難しい日本語も覚えてしまいました。

そういう日本ファン外国人の多くが、日本の何が良いのか、どうして日本に魅了されて日本語をマスターしたのかなどを、詳しく動画でアップしているのです。

それを知らない、理解できない人が、日本称賛TV番組をホルホル番組と言っているのです。

何が言いたいかというと、自画自賛とも思える、日本の日本称賛TV番組はとても多くありますが、それ以上に、日本語がペラペラの日本ファン外国人によるユーチューブ動画がたくさんあるのです。

この意味が分かるでしょうか?

でも、「だから何?」です。

「(勝って)兜の緒を締めよ」

「褌を締め直す」

「襟を正す」

です。

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挨拶の意味 2

以前、握手をするのは西洋人だけで、東洋人はしないものだと思っていました。

ドイツに移住して、ビジネスで中国、韓国、台湾を訪問し、友人知人も出来て、それが間違いであることを知りました。

中国人、台湾人、韓国人も普通に握手をします。

そこで気がついたのが…

島国日本と大陸の違いだ!

そして挨拶との関連性です。

挨拶は、お互いが敵ではないことを確認することがその始まりであったようであることを昨日書きました。

握手についても調べてみると、どうやらそこには相手に武器を持っていないことを示す意味があったようです。

となると、西洋での食事の時には両手を必ずテーブルの上に出しておくことがマナーであるのと同じようです。

例えば片手がテーブルの下に隠れていると、お向かいの相手に向けた銃を隠しているかもしれないわけです。

ビアジョッキを大袈裟にぶつけ合って乾杯するのにも似たような意味があります。

敵か味方かの確かな判断がつかない相手に招かれた時、乾杯の時に大袈裟にジョッキをぶつけ合います。

あれは、そうやって自分のビールの飛沫を相手のグラスに入るようにしているそうです。

つまり、もし自分のビールに毒を入れられていたら、その毒を少しでも相手にも飲ませるというワケです。

さすが、昔からずっと戦争、争い事が絶えなかった大陸の人たちの、日本人にはちょっと理解し難い知恵、習慣がその始まりとは…

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挨拶の意味

挨拶とは元々、(大陸では?)お互いの存在を確認し合うのが始まりだったそうです。

お互いが、敵同士ではないことを確かめ合うのです。

戦争、争いが絶えなかった大陸ではとても納得が出来るものです。

隣の地域と戦争をしていれば、近くに現れた人は敵かも知れません。

あるいは盗賊が存在すれば、現れた人は賊かも知れません。

道を歩いていて、向こうから来るのが敵や盗賊である可能性があったわけです。

「人を見たらドロボーと思え」がうなずけます。

その一方で、日本では例えばどこかに置き忘れてしまった財布が出てきた時に、中の現金がそのまま残っていたりして外国人観光客に驚かれます。

海外ではまずあり得ないことです。

大陸と、島国日本での状況は随分違います。

アラビア語では、「おはようございます」、「こんにちは」、「こんばんは」を「アッサラーム アライクム」と言います。

実際に日本人の耳に聞こえるのは、「サラモ・アレーコム」で、日本人がそう発音しても彼らに通じます。

そう言われて返す挨拶の言葉は、「アレーコム・サラム」と反対になります。

興味深いのはその意味です。

「あなた(がたの上)に平安/平和がありますように」です。

会った時の挨拶が、「平和でありますように…」です。

友人のイラク人は、「会った時の挨拶が、相手の平和を願うなんて素敵だろ」と自慢げに言うのですが…

見方によっては、

「普段どれだけ平和じゃないの?」

という解釈ができます。

それが、戦争の絶えない地域の挨拶だと聞くと、変に感心してしまいます。

実際にもその友人はテロリストと疑われて、ドイツ国家にパスポートを没収されてしまっています。

英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語…等は、英語で言えば全て “good“ + “朝/昼/晩や日“ で、良い朝、午後、晩、1日を願っています。

では日本語の挨拶は?

おはようございます」についてはつい先日書きました。

「こんにちは」や「こんばんは」は、「今日/今晩はご機嫌いかがですか?」や、「今日は良いお天気ですね/今晩は◯◯◯ですね」などの短縮形だそうです。

英語で言えば、How are you..? になるでしょうか?

さようならの意味は、「然様(さよう)ならば(=そういうことなら)」から来ているそうです。

その後ろには、「こんにちは」や「こんばんは」と同様に、「お別れです」や「ご機嫌よろしゅう」などの後ろに続く言葉が省かれているそうです。

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気持ち悪い日本称賛TV番組にうんざり?

最近、「ホルホル」という言葉を知りました。

教えてくれたのは、大阪に住む大恩人です。

会社設立の時のエンジェルです。

2年間もの間、会社を支えて下さいました。

「ホルホル」は、初めて聞く言葉だったので調べてみると韓国語だそうです。

日本ファン日本人である私のことを知ったら多分、

「お前は日本ホルホル日本人だ!」

と言われるかも知れません。

大阪の大恩人も、私が常日頃にあまりにも日本が凄いと言うので、それに飽き飽きしたのかも知れません。

「あんた、ホルホル?」

と言うことだったのだと思います。

でも、本当なのです。

皆さんは気が付いていない、あるいは知らないだけなのです。

その大恩人が以前から、

「日本食は凄い」

と言っていました。

「日本食にかなうものはない」そうです。

確かにその通りです。

バラエティーさも、奥の深さも、世界でダントツです。

フランスのミシュラン星付き高級レストランのシェフたちが、醤油や麹、和牛などに凝り出しているのは聞いたことがあると思います。

フランス以外の国々の高級レストランシェフたちも、ゆっくりではありますが、少しづつその後に続いています。

でもひょっとして、そのことさえも知らない日本人が多いのかも知れません…

「大恩人は日本に住んでいても、日本の凄さに気が付いているんだ」と思いました。

ところがそれは大きな勘違いで、大恩人が凄いと思っていたのは「食」の点だけでした。

大恩人は、海外に何度も行っていて、現地の事情をある程度知っています。

海外の食事もです。

そこで、日本食と海外のグルメ食を比べることができる訳です。

でも住んだことはありません。

海外に住んだことがあるかないか、そして原地の言葉が出来るかどうかで、色々な理解が大きく違います。

現地の人たちと深く関わったことがあるかないかです。

そこで、日本の凄さは食だけではなくて、様々な面においてであることをお教えすると、元々地頭の良い人なので、現在は理解して下さりつつあります。

現在進行形です。

私の意見に耳を傾けて下さったようで、

日本の会社(法人)の永続性の凄さ、日本庭園の凄さなどに最近気が付かれたようで連絡をいただきました。😅

それでもまだまだほんの一部です。

確かに日本称賛TV番組は多過ぎると思います。

日本には、「自画自賛」、「手前味噌」などの言葉があります。

自分の自慢話は控えるのが良しとされます。

それは何も日本に限らず、インターナショナルなことです。

自慢話しはどこでも嫌がられます。

それにもかかわらずに、これだけ多くの日本自画自賛TV番組?

厳密に言えば、外国人に言わせるので、自画自賛ではないかも知れませんが似たようなものです。

でも、その辺の本当のところを理解していないと、日本称賛TV番組はただ単に気持ち悪く思うだけかも知れません。

私にしてみると、和風総本家など、ごくごく当たり前の事実を伝えているだけにしか聞こえません。

食以外にも、日本には実は色々と凄いことがたくさんあります。

色々な方面で、日本(人、日本の物)は凄いのです。

なぜか…

一億総オタク的な国民性がそうさせるのだと思います。

但し、勘違いをしている番組も多そうです。

畳部屋のスタジオで、日本人の男女の司会と、1人の日本在住外国人が話しをする日本称賛番組があります。

番組名を忘れてしまいました。

男性の司会者は、浦島太郎の私でも見たことがあるかっこ良い俳優です。

その番組で、「だめだこりゃ…」

と思うのは、スタジオの畳の和室に、ソファーのようなものを持ち込んでインタビューしているのです。

せっかくの日本のシンプルな畳部屋が台無しです。

江戸時代、日本に来た外国人が大名の家に招かれて驚いたことがあります。

客間も勿論畳部屋ですが、西洋の貴族の家と違って、家具がなにもありません。

そのシンプルさに驚いたのです。

シンプルでも優雅。

参考例:

出典: https://youtu.be/Sk02TDz_LoE

でも、イスとテーブルを運び入れてる!

西洋の富裕層の家に当たり前にある、ソファーなどの家具、調度品がなにも無いのです。

それでもおかしくありません。

シンプル・ザ・ベスト!

にもかかわらず、その番組ではせっかくのシンプルさを誇る和室に、ソファー等を持ち込んでいるのです。

でも…

日本は凄い?

だから何?

です。

大事なことは、そこで自惚れるのではなくて、

「勝って兜の緒を締めよ」

「褌を締め直す」

「襟を正す」

ことです。

そして、それを良きバッグボーンとして、

「自分は日本人だ。日本人として恥じない行動を取ろう」

と、自分を励まし、奮い立たせることです。

私がここ10年ほどで気が付いた、日本(人)の凄さは、ホルホルやクールジャパンなどのように表面的な浅いもの、単純なものではありません。

クールジャパンは政府が主導しているようですが、それに関わっている人の内のどれだけの人が本当に「そのこと」を理解しているのか…

ホルホル番組を作っている人たちもしかりです。

それは大昔から続いている日本人に脈々と続いています。

大恩人だけではなくて、このブログを読んでくださる全ての人に理解していただこうと思い、その点に関して頻繁にここで書いています。

なぜか?

日本人に元気がないからです。

ある程度減ってはいるようなものの、毎日、毎日、50人以上(以前は100人近く)もの(日本)人が自殺をしているのは異常です。

(昔、未遂を犯した人間が言うのもおかしいですが…😅)

誇りや自信、張り、生き甲斐がないからだと思います。

誇りや自信が奪われてしまったのです。

どうして奪われたのかは明日書きますが、日本はよくガラパゴスと言われます。

他国と全く違うからです。

イギリスも島国ですが、幸か不幸か大陸に近過ぎて、日本とは全然違います。

むしろ大陸と一緒です。

何が違うか…

他国に攻められて、奪われたことがあるかどうかです。

奪われるとは、国が根本的にそれまでの国と違ってしまうかどうかです。

イギリスは昔、国語がフランス語になったりしたことさえあります。

フランスとしょっちゅう戦争をしていましたが、北欧のバイキングにもやられています。

イギリスに限らず、欧州大陸では昔から戦争が絶えず、国境線がしょっちゅう変わっていました。

日本は昔から日本です。

天皇が126代も続いていますが、それは世界で他に全く例がありません。

過去に領土が台湾、朝鮮半島、満州と、増えたことはあっても、減ったのは北方領土と竹島?のみです。

イギリス王室の歴史も、日本の皇室と比べれば、そういう意味では新人のレベルです。

世界各国の王族が集まると、日本の天皇には1番良い席が用意されるそうです。

歴史の長さの差です。

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「おはようございます」の意味

いただきます」や「ご馳走様」の意味、奥深さを知って、ひょっとして他にもそういうのがあるのでは?

と思って調べてみると…

ありました!

朝の「おはようございます」から、寝る時の「おやすみなさい」まで。

4つとも全て意味がありました。

「おはようございます」は、既に仕事に来ている人に対して、後から来た人がねぎらう掛け声だそうです。

「お早いおつきですね」、「お早くからご苦労さまです」が縮まった言葉だそうです。

そうか、だから後から来た方から先に「おはようございます」と言うんだ!

飲食業や芸能界などでは、昼でも夜でも「おはようございます!」と挨拶しますが、その理由がとても興味深いです。

上下関係がうるさいからだそうです。

どういうことかと言うと、次の3つの挨拶の中で、目上と目下(上司と部下、先輩と後輩)で言い方が違うのは「おはようございます」だけです。

おはよう/ございます。

こんにちは

こんばんは

昼や晩に、上下関係がある2者が会った時にも、挨拶でその上下関係が分かるようにするためだそうです。

後から来た方が先に言う点も関係しているようです。

でもやはり「いただきます」の意味、奥深さにはかなわない気がします。

先日、知人のひとり、東欧系のドイツ人に「いただきます」の意味を聞かれたのでお教えしたら、何と、うなられてしまいました…😅

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Und GOCHISOSAMADESHITA

Japaner sagen „GOCHISOSAMA“ bzw. Gochisosamadeshita“ nach jedem Essen.

„Chiso“ von Gochisosamadeshita bedeutet viel laufen.

In der Vergangenheit, um einen Gast mit Köstlichkeiten zu empfangen, musste man viel laufen, Zutaten für gute Gerichte zu sammeln.

Also, Gochisosama bedeutet, sich bei Gastgeber zu danken, dass der Gastgeber bzw. dessen Koch oder Diener für den Gast sich bemüht hat, gute Gerichte zu besorgen.

Also in Japan sagt man ITADAKIMAS vor dem Essen zu dem Gericht sich zu bedanken für das Weiterleben und GOCHISOSAMA zu dem Gastgeber für das Bemühen.

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And GOCHISOSAMA..?

Japanese say GOCHISOSAMA at the end of every meal.

„Chiso“ of Gochisosama means run.

In the past, it was not so easy for the host to prepare good meal for the guest.

The host or the cook of the host needs to run a lot in order to get the nice ingredients for the good meal.

So, GOCHISOSAMA is to thank the host for running to get nice ingredients to make good meal.

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「ご馳走様でした」は、誰に対して言うのでしょうか?

一般的な辞書等によると…

「馳走」という漢字には、どちらも「はしる・はしらせる」という意味があり、もともと「奔走」をあらわす言葉だそうです。

今のように豊かではなかった時代、大切な客人をもてなすためには、材料を揃えたりするのに、走り回って準備を整える必要があったそうです。

このことから、「ごちそうさま」は手厚いもてなしを受けた時の客人からホスト側へのお礼のあいさつだったそうです。

それが近代になって食後のあいさつとして用いられるようになりました。

つまり、いただくものを用意してくれた人に対して言うお礼です。

食べる前に、食べられるものに対して

「あなたの命を奪うけれど、それをありがたく私の命につなげます」

と言い、食べ終わったら、食事を用意してくれた人にお礼を言う。

何て素晴らしい習慣でしょうか…

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What is the meaning of ITADAKIMASU in Japanese..?

Japanese say always ITADAKIMAS by starting to eat.

Literally translation of ITADAKIMAS is „I start eating“ or „I receive the meal“.

But real meaning is..:

I get your life but continue in my life.

Japanese say ITADAKIMAS to the meal.

Any meal we eat used to be living.

We do not eat stones or irons.

What we eat is/was everything creature.

We kill them to eat.

That is why Japanese say ITADAKIMASU = I take your life but continue in my life.

That is why we should eat everything on the dish and never leave something to through away.

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Was bedeutet „ITADAKIMAS..?“

“Guten Appetit..!“ oder „Bon Appetit..!“

Das sagt man nie, wenn man allein isst.

Denn, das sagt man nicht für sich selbst.

Komischerweise gibt es das nicht auf Englisch.

Es fehlt nicht nur “Guten Appetit..!“ auf englisch, sondern es fehlt überhaupt englisches Restaurant.

Nirgendwo findet man ein Englisches Restaurant.

Vielleicht reicht „Fish and Chips“ und „Kidney Pie“ nicht um ein restaurant zu eröffnen.

Zurück zum Thema „ITADAKIMAS“.

“Itadakimasu!“ auf Deutsch oder Englisch ist wie “I start eating..!“

Aber versteckte Bedeutung davon ist..:

„Ich nehme Dein Leben aber leite weiter in meinem Leben.“

„ITADAKIMAS” sagt man eigentlich zu dem Essen, was man gerade isst.

Alles, was wir Menschen essen, ist ausnahmslos Lebewesen, was vorher lebhaft war.

Fleisch, Fisch, Gemüse, Getreide…

Ob direkt oder indirekt…

Wir müssen diese Lebewesen sozusagen töten, um sie essen zu können.

Deshalb…

“Es tut mir sehr leid. Du wurdest getötet um mein Essen zu werden. Von mir gegessen zu werden. Aber ich werde Dein Leben in mir weitermachen. Das heißt, ich werde weiterleben indem ich Dein Leben nehme.“

Daher ist es sehr schlecht, auf dem Teller Rest zu lassen.

Man sollte alles essen, was auf Deinem Teller steht.

Sonst ist das missachten von Leben.

Besonders bei einem Buffet Essen, nimm nur so viel, was Du essen kannst.

In dieser Hinsicht sind die Mönche in Japan großartig.

Die japanische Mönche versuchen, das Töten so weit wie möglich zu vermeiden.

Sie essen kein Fleisch, nur ein wenig Reis und Gemüse.

In diesem Sinne sind die Veganer auch großartig.

Aber die großartigsten sind die Frutarier.

Die Frutarier essen nur Obst und Früchte.

Die Pflanze selbst (die Mutter/der Baum) wird also nicht beschädigt bzw. getötet.

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「いただきます!」は、誰に対して言う言葉でしょうか?

「いただきます」の意味をまだ知らなかった頃、ヨーロッパ人が食事をスタートする時に言う言葉、

「美味しく召し上がれ!」

が、素敵だな〜

と思っていました。

自分が食べる時に、相手に対して「美味しく召し上がれ」

自分ではなくて、相手のことを思っているわけです。

ドイツ語なら、Guten Apetit..!

フランス語、イタリア語、スペイン語だと、

„Bon Appetit..!“

になります。

どういうわけか、英語にはありません。

イギリスには、「美味しく召し上がれ!」の掛け声もないどころか、イギリスレストランというのもありません。

パブはありますが、世界のどこかで、イギリスレストランというのを聞いたことがあるでしょうか?

どこにも無いのです。

なぜでしょうか?

フィッシュアンドチップスとキドニーパイだけでは種類が少な過ぎるのでしょうか?

フランス料理、イタリア料理、スペイン料理には美味しいものがあります。

それらの料理と比べると、イギリス料理は確かに目劣りします。

ドイツ食はどうでしょうか?

ドイツレストランは存在します。

ソーセージや豚足など、肉料理がメインです。

種類は極端に少ないです。

でも今回は、食事のお話しではなくて、食事のスタートの時の掛け声のお話しです。

ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどでは、相手に対して、「美味しく召し上がれ」と言うのに、

日本の「いただきます!」は、ドイツ語や英語に直訳すると、「食べま〜す/食事を始めます!」みたいなものです。

何か物足りないです。

でも違うのです。

「いただきます」の本当の意味は…

今から口に入れる食事に対して言う言葉のようです。

人間が食べるものは、例外なく全て今まで生きていたものです。

肉、魚、野菜、穀物…

例外なく全て生き物です。

それらの生き物を、人間が食べるために殺します。

「いただきます」に込められた意味とは…

これからあなたの尊い命を「いただきます」が、決してそれを無駄にせずに、私の命としてつなげます。

となります。

つまり、

あなたを食べて命を奪うけど、それによって私は命を続けさせて下さい。

ということです。

この意味を知ってからは、ヨーロッパで一般的な、でもどこか社交辞令的な「美味しく召し上がれ」と比べても、とても奥が深くて素晴らしい掛け声であると思うようになりました。

自分の目の前に出された食事を残すことが、どれだけ良くないこと、失礼なことかがこれからも分かります。

バイキングの食べ放題などで、自分で自分の皿に盛ったにもかかわらずに残すなどと言うことは、生き物の命を疎かにするという、最低なことであることに気が付きます。

これからは、バイキングなどでは、間違いなく自分が食べられるだけの量を皿に盛りましょう!

そう言う点で、お坊さんはやっぱり偉いです。

なるべく殺生を無くすように心がけています。

殺生とは、生き物を殺すことです。

肉は食べず、僅かなお米と野菜のみを食べます。

しかも、お米も野菜も一粒残さずにきれいに食べます。

そうすることにより、お茶碗、お皿も「ささっ」と簡単に洗えます。

ビーガンも凄いです。

でももっと凄い人たちがいます。

その人たちは殺生ゼロです。

フルータリアンです。

ビーガンは、植物は食べます。

つまり、植物を殺生します。

フルータリアンは、実しか食べません。

木の実やフルーツです。

つまり、その植物自体(母体)は全く傷付きません。

命を奪いません。

但し、命をどの時点で命とみなすかでフルータリアンも厳密には命の種を食しています。

そこまで言うと、人間の食べるものがなくなってしまいます。

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「苦労は買ってでもしろ」と、天災が多い日本の地理的位置の関係

歳を取ると、「苦労は買ってでもしろ」の意味、正しさが分かる様になります。

別な言い方で言うと、温室育ちと雑草です。

苦労せずに、温室のような環境で「のほほ〜ん」と育つと、見てくれは美しくても弱くなります。

逆に、自然に野ざらしにされる雑草は強くなります。

「可愛い子には旅をさせよ」

「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」

とも言います。

苦労する道と、楽な道があったら、前者を選べという社是の会社もある位です。

あの「ダスキン」です。

今もそうかどうかは分かりません…😅

そこで思い出すのが、日本の地理的な位置。

天災が集まる場所に、丁度日本があります。

太古の昔から天災に見舞われ続けてきました。

311の東日本大地震での日本人の態度は、世界の賞賛を浴びました。

ですが、実はそれは昔から続いていることです。

あの黒船、ペリーが来た頃の安政東海地震しかり、

1856年の安政3年の大風災しかり…

江戸時代後期の当時、伊豆国下田の玉泉寺に設置された、駐日アメリカ総領事館の通弁官であったオランダ人ヘンドリック・コンラット・ヨアンネス・ヒュースケンの文章が残っているそうです。

「日本人の態度には驚いた。泣き声ひとつ聞こえなかった。絶望なんてとんでもない! 彼らの顔には悲しみの影さえもなかった。それどころか、台風なんてまったく関心がないという様子で、嵐のもたらした損害を修復するのに忙しく働いていた」

出典: 岩波文庫「ヒュースケン日本日記」青木枝朗(訳)

そして1866年11月26日の横浜の大火を見たフランス海軍中将でデンマーク人のエドゥアルド・スエンソンは、幕府が横須賀に作った造船所で働く日本人職人を見て…:

「ここへ来てみると(噂は)まったく根拠のないことが判明した。日本人自身、西洋人よりはるかにひどい火災の被害をうけていて、それにもかかわらず、あっぱれな勇気と賞賛すべき犠牲心と沈着さを発揮して、西洋人の貴重品を無事に運びだす手伝いをしたのだった」

「日本人はいつに変わらぬ陽気さ呑気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった」

「日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である。ふたたび水の上に浮かび上がろうと必死の努力をするそのやり方は無分別にことにあたる習癖をまざまざと証明したようなもので、日本人を宿命論者と呼んでさしつかえないだろう」

太古の昔から天災に遭い続けてきた日本人。

天災にめげずに前向きに生きる国民性に、多くの外国人たちが昔から驚いています。

日本人はひょっとして、太古の昔から苦労にさらされて、苦労の意味を知り、それが自分のためになることを知っているのでしょうか…

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日本ファン外国人が必ずぶつかる、明治維新後の日本の急速な近代化の不思議

これは、クールジャパンやホルホル番組のようなものとは一線を画す、織田信長、豊臣秀吉のことから伝わっているお話しです。

日本ファン外国人の多さには驚くばかりですが、それは何を物語っているか…

日本はそれだけ魅力的な国であることの裏付けです。

そういう日本ファン外国人が、ある程度の日本に関する知識を得るとぶつかるナゾがあります。

明治に急速に近代化を達成した日本は、そのすぐ前である江戸時代には男がスカート(はかま)をはき、チョンマゲをゆい(ちゃんちゃらおかしな髪型という意味です)、西洋の蒸気機関などとはこれっぽっちの関わりもない遅れた国に思われました。

鎖国をしていた日本の江戸時代の、海外からの情報は限られていたからです。

鎖国による西洋からの遅れは否定できません。

ですがそれでも、鎖国中の日本人たちは遊んでいたわけではないようでした。

それを示すのが、当時日本を訪れた外国人が残したコメントです。

マシュー・カルブレイス・ペリー 海軍代将、黒船指揮官 (1794-1858)

あの黒船のボスのコメントが残っています。

「実用的、機械的技術において日本人は非常に巧緻ををしめしている。(中略) 彼らの手作業の技術の熟練度は素晴らしい。日本の手工業者は世界のいかなる手工業者にも劣らず練達である。よって国民の発明力が自由に発揮されるようになったら、最も進んだ工業国に追いつく日はそう遠くはないであろう。他国が発展させてきた成果を学ぼうとする意欲が盛んで、学んだものをすぐ自分なりに使いこなすことができる。だから、国民が、外国との交流を禁止している排他的政策(鎖国) が緩められれば、日本はすぐに、最も恵まれた国の水準までに達するであろう。文明世界の技能を手に入れたならば、日本は将来きっと機械工業の成功を目指す強力な競争国となろう」

さらに…

「日本人ほど丁重に礼儀正しくふるまう国民は、世界中どこにもいない」

そして、エドゥアルド・スエンソンデンマーク人フランス海軍中将(1842~1921)

幕府が横須賀に作った造船所で働く日本人職人を見て...

「ひょっとすると日本人の職人の方が西欧人より優秀かもしれなかった。日本のものよりはるかにすぐれている西欧の道具の使い方をすぐに覚え、機械類に関する知識も簡単に手に入れて、手順を教えてもその単なる真似事で満足せず、自力でどんどんその先の仕事をやってのける」

出典: 「日本賛辞の至言33選」波田野毅、ごま書房。「江戸幕末滞在記」 自著、長島要一訳 講談社学術文庫。「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店

実際に、「和風総本家」のような日本称賛TV番組で、色々な飛び抜けた日本人職人を紹介しています。

でもそれは、日本人が仕事の虫で、平気で長時間仕事を続けられることを考えれば不思議ではないことです。

実は、鎖国をしていた江戸時代でも、例えば数学の関 孝和など、世界のレベルと比べて決してヒケを取らない、あるいはそれ以上優秀なものもありました。

どういうことかというと、明治の近代化で、日本人が超短期の間に急に優秀になったのには理由があったのです。

その土台は、既に江戸時代やそれ以前から培われていたようです。

そしてそれは勤勉な国民性に基づいているようです。

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興味を持つことの勧め

トイレの上水の流れが調子悪くなりました。

「大」のボタンを押しても、水の流れがすぐにストップしてしまうのです。

つまり、流れる水量が足りません。

そうなると、運が悪いと「う◯◯」と紙が流れてくれない可能性があります。

そこで、壁の中に隠れた水洗タンクの水を流すための可動部分を見てみました。

そこでふと思いついてこれを書いています。(1度開けてからこれを書くのを思いついたので、動画は2回目に開けたので、最初の時よりさらにスムーズです)

かなり簡単に壁の中のシステムにアクセスできて、水の流れを調整できています。

でもこれは普通、業者さんを呼ぶレベルかも知れません。

本当にそれが必要でしょうか?

蓋(カバー)の開け方、その中の仕組みを理解できれば、誰でも簡単に直せる(調節できる)レベルです。

直せない場合は、部品が壊れている証拠です。

部品はホームセンターに行けば売っていて、誰でも買うことが出来ます。

では、どうしたら自分で出来るようになるか?

業者さんを呼んだ時に、任せてしまわないで横で見ているのです。

私の場合は、表面に付いているカバーの外し方だけを知る必要がありました。

下から上に向かって、少し力を入れると外れます。

壁に隠れた水槽タイプはこれが多いです。

重力を利用しているわけです。

ネジや仕組みを使っていることもあるかも知れません。

トイレやトイレの部品などは、普通どの(先進)国でも大手のメーカーが牛耳っているものです。

製品の歴史が長いので、既にメーカーの淘汰が終わっているからです。

長いとは言っても、水洗技術は半世紀ほどでしょうか?

大手メーカーのエンジニアは頭が良いので、なるべく部品点数を減らす、重力などの自然の力を利用するようにしているので、仕組みがシンプルになります。

カバーさえ外せれば、中が見えます。

中が見えれば、そして、よ〜〜〜く見れば仕組みが分かります。

そうすると、必要な部品を次々と外せて、核心の部品まで辿り着けます。

仕組みが分からない?

かも知れません。

仕組みを理解できるには、蓋の開け方と同様に、様々なシーンで興味を持って首を突っ込み自分でやってみるしかありません。

日常の生活で、教科書を読む勉強だけではなくて、何にでも興味を持つ、

首を突っ込む、

自分でやってみる…

そうすると、色々なことが分かってきます。

それは最初は単なる点です。

でも、その点と点がつながって線になることがあります。

応用です。

さらには線と線がつながって面になることもあります。

そうやって、色々なことを知れるようになります。

色々なことが出来るようになります。

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心に残る、スイス人の大富豪に言われた言葉…「解決策はいつでもある」

1台で数億円から数十億円の価値がある、世界に1台〜数台しか存在しないランボルギーニなどを約200台所有する、スイス人の超お金持ちを以前ご紹介しました。

スイスの大富豪から届いたメール

あれから一年。再びスイスの大富豪を訪問…1。

あれから一年。再びスイスの大富豪を訪問…2。

その人に言われた言葉で、とても印象に残っているのが「解決策は常にある(Die Lösung gibt es immer)」です。

その人は、親の遺産や幸運などで大富豪になったわけではなく(でもメーカーの跡取り)、わずか一代、努力で財を築いたそうです。

彼は最初、かなりの窮地に立たされたそうです。

親からメーカーである会社を引き継いだ時だそうです。

会社の経済状態は真っ赤っか。

その後もずっと苦労が続いたそうです。

多くの苦労の最後に成功した人が言うと響く言葉です。

同じように多くの窮地に立たされた人間としては同感せざるを得ない言葉です。

私の場合はこれといって成功はしていないので、そこに大きな違いはありますが…

どんな窮地に立たされようとも、どんな大きな問題が現れても…

必ず解決策はある!

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中華人民共和国の「人民」と「共和国」は、実は日本人が作った漢字

デュッセルドルフで、日本の漢検(漢字能力検定試験)を年に2回主催しています。

中華人民共和国は、中国の正式な名称です。

それは、「中華」、「人民」、「共和国」の3つに分けられます。

その内の「人民」と「共和国」は、日本で作られた漢字であることをご存知でしょうか?

つまり、中国オリジナルの漢字は「中華」だけです。

知らない日本人は多いと思いますが、中国人の多くもそのことを知りません。

漢字は遠い昔、中国から日本にやってきました。

でも、明治の頃には、日本製の多くの漢字が、日本から中国に逆輸入されて使われています。

それらの例は文末に記載していますが、すべて日本で作られた漢字で、中国に逆輸入されたそうです。

なぜか…

江戸時代以降に、西洋から輸入された書物を、日本人は一生懸命に日本語に翻訳して勉強しました。

特に幕末からは、

「西洋に追いついて、鎖国の間の遅れを取り戻せ!」

よりも、実際には当時の西洋諸国によるアジア支配を知って恐れ、

「西洋の植民地なんかになってたまるか!」

という半分恐怖が、パワーの根源だったと思います。

中国人はそれをしなかったそうです。

明治維新後は、急速な西洋化によって、西洋の国の制度や思想、法律、学術用語などが、次々と日本語化されていきました。

中国は、日清戦争に敗北した時に、素早い近代化を遂げて中国を破った日本に学ぼうと、数多くの留学生を日本に派遣したそうです。

そして、和訳された西洋の日本語の書物を中国語に翻訳しました。

その時に、多くの日本製の漢字が中国漢字に直されずにそのまま採用されたりしたのです。

たとえば「電話」は、中国では英語の“Telephone”の発音に漢字を当てた「泰来風」という漢字が作られました。

ですが、実際には日本製漢字の「電話」の方が、中国でも普及したのです。

だから、数多くの日本生まれの漢字が存在して、今日でも中国で使われているのです。

多くの和製漢字が中国文化に浸透していることは、普通の中国人は知らないそうです。

日本製漢字には「OO式」「OO化」「OO感」「OO主義」「OO型」といった日本独自の表現が多くありますが、それも中国で取り入れられています。

面白いのは、その数(比率)は場合によっては70%までにも及ぶという、王彬彬という中国人の学者の論文です。

王彬彬氏の論文【現代中国語の中の日本語「外来語」問題】

【現代中国語の中の日本語「外来語」は、驚くほどの数がある。統計によれば、わたしたちが現在使用している社会・人文・科学方面の名詞・用語において、実に70%が日本から輸入したものである。

暗示、意識、遺伝、入口、右翼、運動、栄養、演出、演説、鉛筆、温度、階級、会計、概算、回収、会談、概念、解放、科学、活躍、化膿、環境、関係、間接、簡単、幹部、議員、議院、議会、企業、喜劇、気質、基準、規則、基地、規範、義務、共産主義、協定、業務、教養、共和国、記録、金額、銀行、金融、空間、偶然、組合、軍国主義、計画、計器、景気、経験、経済、経済恐慌、警察、芸術、系統、経費、劇場、化粧品、決算、権威、現役、現金、原作、現実、現象、原則、建築、原理、講演、効果、抗議、工業、広告、講座、交際、光線、交通、肯定、公認、高利貸、効率、小型、国際、克服、故障、固定、債券、財閥、債務、作者、作家、雑誌、左翼、紫外線、時間、茂樹、施行、施工、市場、指数、思想、実感、実業、失効、実績、質量、失恋、指導、支配、資本、社会、自由、宗教、集団、終点、就任、主観、出発点、出版、蒸気、乗客、商業、証券、条件、常識、承認、消費、情報、私立、資料、進化、人権、信託、新聞記者、人民、信用、心理学、侵略、制限、政策、清算、生産、精神、性能、積極、絶対、接吻、繊維、選挙、宣伝、総合、想像、速度、体育、退化、大気、代議士、対局、対象、体操、代表、立場、棚卸、単位、探検、単純、蛋白質、知識、抽象、直接、定義、出口、哲学、電子、電車、伝染病、電波、電報、展覧会、電流、電話、動員、投資、独裁、図書館、内閣、内容、日程、任命、熱帯、年度、能率、背景、派遣、覇権、場所、発明、反響、反射、反対、反応、悲観、悲劇、美術、必要、否定、否認、批評、備品、評価、標語、広場、舞台、物質、物理学、不動産、文化、文学、分子、分析、分配、文明、方案、方式、放射、方針、法人、法則、方程式、法律、保険、母校、保障、本質、漫画、蜜月、密度、民族、民放、無産階級、明確、目的、目標、唯物論、輸出、要素、拉致、理想、理念、了解、領海、領空、領土、理論、倫理学、類型、冷戦、歴史、労働組合、労働者、論理学

出典: Otona Life、Wikipedia他多数…

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大統領の執事の涙

という映画をご存知でしょうか?

アメリカで、アイゼンハワーからレーガンまで34年間の間に7人もの大統領に仕えたアフリカ系黒人執事の実話に基づいたお話です。

映画の中で、人種差別のことを大きく取り上げていますが、いかに黒人が白人から酷い扱いをつい最近まで受けてきたかを思い出させてくれます。

(今も?😰)

白人にとっての有色人種は人間ではなかったので、酷い扱いは当たり前なのかもしれませんが…

それは我々日本人にとっても他人事ではありません。

日本人も、黄色人種として様々な酷い扱いを受けてきました。

人種差別撤廃条約は1969年に決まりましたが、実は何とその半世紀も前に、日本が人種差別撤廃案を国際会議で提出していたことをご存知でしょうか?

日本は幸運にも第一次世界大戦で戦勝国となり、国連の常任理事国になりました。

終戦の1918年、パリの講和会議で、日本は人種差別撤廃案を提出しました。

—————————————–

議長ウィルソンを除く出席者16名が投票を行い、フランス代表・イタリア代表各2名、ギリシャ・中華民国・ポルトガル・チェコスロバキア・セルブ・クロアート・スロヴェーヌ王国(後のユーゴスラビア王国)の各1名、計11名の委員が賛成、イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニアの計5名の委員が反対した[25]

しかしウィルソンは「全会一致でないため提案は不成立である」

ーーーーーーーーーーーーーーー

(ウィキペディアから)

つまり、11 : 5 で賛成多数だったにもかかわらず、アメリカ人議長が、そのような大事な案件は全会一致でないとダメだと握りつぶしてしまったのです。

今まで有色人種を奴隷として扱い利益を得たり、差別して扱っていたら、この案はとても認められないです。

実際にその頃のアメリカでは黒人はひどい差別を受けていました。

これも既得権益。

そして、第二次世界大戦中に、アジア(有色人種)の主要国代表を集めて、白人の支配から立ち上がろうと訴えたのが、我が日本という国です。

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人が生まれ、生きていくのに大事なこと

以前、「女の子は2人の子供を作ることが、仕事のキャリアより大事」と発言した日本のある学校の校長が辞任に追い込まれました。

校長の発言内容は、人間のごくごく基本的な当たり前のことだと思うのですが、うちの家内によると引っかかるものがあるようです。

「じゃあ、私たちは何のために勉強しているの?」

と、学校で一生懸命に勉強している女の子たちにとってやる気をなくすような発言であるということだそうです

人間が勉強をするのは当たり前だと思います。

何か異例のアクシデントなどにより、人間の子どもが動物に育てられてしまうと、会話ができないなどの、基本的な人間の能力を失ってしまうそうです。

大人になってから習う外国語も、脳の中で司るところが違うのか、ボケが始まると抜け落ちてしまうそうです。

そういったことからも、人間が人間として見えるようになるためだけでも必要不可欠な勉強はあるようです。

ですが、もし人間が勉強をしなくても、生きていくことはできると思います。

幼少期に動物に育てられた人間を無理矢理人間の社会に溶け込ませようとすると死んでしまうそうですが…

次のものを人間にとって必要度の高い順に優先順位を付けるとどうなるでしょうか?

空気

食事

子孫の継続

嗜好品

勉強

上から3つは必要不可欠です。

それらの3つは、上から順に、欠かすことができない時間が短いです。

では4番目から6番目はどうでしょうか?

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国別の人の顔

ヨーロッパの生活が長いと、例えばイギリス人、ドイツ人、フランス人やイタリア人の顔の違いが何となく分かるようになります。

日本から来たばかりだと、それが分かりません。

「あのドイツ人がどうのこうの…」

「いえ、彼はトルコ人ですよ」

という感じです。

もちろん例外というか、ドイツ人と思った人がそうでないことも多々あります。

あくまでも一般的な顔付きです。

ドイツ人にも、日本人、中国人、韓国人の顔の区別が全くつきません。

日本人と韓国人は我々にも難しいですが…

でも、区別が全く付かない人たちがいます。

中東の人たちです。

ドイツ人とトルコ人の違いは大きくても、中東の人たちの顔を見て国籍を当てるのは至難の技です。

あるいは中東に何年も住んで慣れれば、彼らも見分けられるのでしょうか。

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再び怪我…

和牛をさばいていて、左手の親指を切りました。

どうも私はそういう星の下に生まれたとしか考えられません。

幼児の頃から怪我が付き物で、身体中に骨折跡が十数ヶ所、縫い跡は20針以上。

今回のように、縫うまでに至らない、それでも身体に残る傷や、骨折までに至らなかった打身は数え切れません。

医者に行くほどの深い傷ではありませんが、それでも血が止まりにくいレベルなので、ビンディングテープでしっかりと止血をします。

(外での怪我で、土などが付いた場合は、痛くても我慢してきれいに洗って消毒をした方が良いです)

医者に行くかどうかは、傷の深さと大きさ(長さ)で判断します。

縫う必要があるかどうかです。

上手く止血が出来る身体の部分なら、医者に行けば2、3針縫われる傷も、ビンディングテープで自分で治せます。

というか、傷を治すのは、元々自分(の身体)です。

医者は、それを少し手伝ってくれるだけです。

ビンディングテープを上手く巻けたら、そのまま3、4日放っておきます。

そしてビンディングテープを外すと、傷口は塞がってこんな感じです。

ここで画像を出そうかと思いましたが、血の塊や、ふやけた皮膚が醜いのでやめておきました。

4、5日で血は止まっています。(傷の深さにもよります)

ふやけるのは、テープがしっかりしているので、そのまま普通に左手を使っていると、どうしても水が乾かないからです。

どうして毎日テープ(あるいは包帯)を新しくしないのか?

その理由は簡単です。

その必要がないからです。

お医者さんにかかれば、最初は毎日新しくしてくれるかもしれません。

古いテープ/包帯を外して消毒してくれて、新しい物に変えてくれます。

でも、怪我をした翌日〜翌々日などは、間違いなくまだ血は止まっていないので、傷口を出せば痛いし、出血が始まります。

ところが、4、5日放っておけば、傷口が塞がっています。

だからそのまま放っておくのです。

毎日手当をするのは逆効果だと思います。

放っておいたら、バイ菌が入ったりして危険じゃない?

そんなことはありません。

それこそが逆で間違った考え方です。

バイ菌で、傷口が例えば腐ってくるとすれば、そのバイ菌は最初の手当ての時にそこにいたことになります。

つまり、その後の手当の頻度とは無関係です。

テーピングをした後に、後からバイ菌が入ってくる確率はかなり低いです。

パスツールの原理です。

それに、身体には免疫というものがあります。

バイ菌を普通はやっつけてくれます。

だから、免疫力を高めておくことは不可欠です。

免疫力を高めるには ➡︎ 進化が示す健康法則

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自分探しの旅? 何ですか、それって?

ドイツのある日本食レストランでは、ワーキングホリデー(31歳まで)でドイツに来る女性しかアルバイトに雇わないそうです。

男女差別…

なので、そのレストランの名前は言えません。😅

ドイツでは、求人募集〜採用の時に性別を選べません。(日本も?)

募集の際に、男女のどちらを希望かは明記出来ないのです。

男女どちらかを最初から選んではいけないのです。

よって、もし(内緒で)女性を希望していたら、男性を断る理由にひとひねりが必要です。

面接希望者に、性別で断ることが出来ないからです。

でもなぜ日本の若い男はダメなのか…

ワーキングホリデーでドイツに来る男性の多くは頼りにならないそうです。

「自分探しの旅に出て来た」など、ワケのわからないことを言っているそうです。

そして仕事の面で頼りにならないそうです。

「自分探しの旅に出る」という表現に対して…

自分を探しにどこかに行っても、どこにもいないよ。

自分は自分の中にある(いる)んだよ。

と言います。

正にその通りだとも思うのですが、単に表現方法の違いかも知れません。

それに対して女性の方は

「一年間のワーキングホリデーであちこちを旅行したい。そのためには資金も必要なので、アルバイトをしたい」

と言って、しっかりと仕事もするそうです。

「自分探しの旅」と、意味はほぼ同じでも、もっとキチンと受け止められる表現があります。

例えば、「見聞を広めに来た」です。

「自分の人間の幅を広げるために、見聞を広めにドイツを見に来た」

と言えば、レストランのシェフも気に入って雇ってくれるのではないでしょうか?

ではこの2つの表現はどう違うのでしょうか?

「自分探しの旅」は、本人がしっかりとしておらず、フワフワしている印象を与えてしまいます。

「仕事が出来るヤツ」という印象には程遠いです。

それに比べて「見聞を広めに…」の方は、「出来そうなヤツ」という印象をかもし出しています。

単なるレトリックかも知れませんが、そこには大きな違いがあります。

そしてその人がどちらを言うかで、その人の人間性も見えてしまう気がします。

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江戸時代の鎖国の理由

など、普通は知らないですね。

教科書にも出ていないと思うので。

日本ファン日本人の私は、日本のことを色々と調べているうちにその事に気がつきました。

ですが、今インターネットで調べると、それが普通に出ています。

世の中は本当に変わりました。

新聞(社)の命運は、もうあと10年もないと予想されています。

いまだに新聞を読んでいるお年寄りが皆さん次々とお別れになるにつれて、新聞が全く売れない世の中になるようです。

当時は、東南アジア各国は西洋人に侵略されて植民地として支配されていました。

今から考えると、信じられない、とんでもないお話しです。

人権もなにもあったもんではありません。

かなりひどいことをされたそうです。

ひどいことをされた上に土地も資源も奪われて…

白人は当時(一部では今も?)、有色人種を同じ人間とは思っていなかったフシがあります。

当時の日本は戦国時代。

一説によると、世界最強だったそうです。

でなければ鎖国もできません。

例えば東南アジアのどこかの国が鎖国をしても、西洋人から簡単に破られて支配されてしまいます。

日本はそれを許さない強い国だったのです。

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フォアグラ寿司

というのをご存知でしょうか?

ドイツで最も日本人及びに寿司ファンドイツ人が多い、このデュッセルドルフの和食レストランでも、それがあるのは「やばせ」だけです。

勿論高価ですが、そのお味は…

ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいとは正にこのことです。

和牛に匹敵します。

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和牛って、本当に美味しいの?

ドイツで和牛を売っています。

普段売っている岐阜の飛騨牛、飛米牛に続き、先日は茨城の常陸牛のサンプルが届きました。

その値段は、ドイツで一般的な牛肉と比べて最低でも4倍以上。

普通に売るのは不可能です。

お金持ちが集まる地区の肉屋さんで、投資のつもりで散々試してみましたが、さっぱりダメでした。

それでも買ってもらえる先があります。

ミシュランの星付き高級レストランです。

1人の食事代が2万円以上、お酒を飲めば、さらにそれ以上。

客単価がそれだけ高いレストランでは買ってもらえます。

ちなみに、星付きレストランの(多くの場合はオーナー)シェフは、美味しい食材、変わった物、珍しいものにはチャレンジ精神旺盛です。

お金に糸目を付けない人の食に対する欲求を満たしたいからです。

そこで和牛は格好の材料です。

売っている以上、その味を知らなければ詐欺になるので、しょっちゅう自分でも味見をしています。😅

それ以外にも、切りさばいた時に売れない部分が毎回出ます。

切り落としとかなら安くしてまだ売れます。

それ以下の部分です。

ほとんど脂とかスジです。

元々貧乏性ですが、勿体無いので捨てずに皆んなで分けて持ちかえり、処分します(食べます)。

そこで最近気がついたのですが、和牛(霜降り牛)の美味しさって、そのほとんどが脂であることです。

食べ過ぎる?と、翌朝は胃がもたれて気持ちが悪くなります。

その美味しさは勿論脂だけではなくて、独特な和牛の旨味というものがあります。

でも、あれだけ綺麗に霜が降っていると、約半分は脂です。

実際にも、フライパンの中は脂だらけ。

どういうわけか、私は昔から「食」、「飲食業」にご縁があるようです。

卸しと小売りの魚屋をしていた昔、ポルトガルからマグロとウニを輸入するお話しが出て、幸か不幸かしょっちゅうマグロとウニを試食する係になりました。

あの時は、マグロとウニを食べ過ぎて気持ち悪くなり、2度と食べたくなくなりました。

美人は飽きる…

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身を美しくする躾

躾という漢字は、日本で作られた国字だそうです。

漢字は中国で紀元前1300年頃に出来て、4世紀頃に日本に伝わったそうです。

その漢字を使って中国人と筆談をする(コミュニケーションを取る)ことは出来ません。

試してみたことがあります…😅

中国語の新聞を日本人が読んでもさっぱり分かりません。

あるいは漢文が出来れば可能?

漢字は日本で独自の進化を遂げたからです。

ひらがなやカタカナも日本で作られました。

既にある基礎を向上させることにおいては、日本人の右に出る者はいません。

日本人が作った和製漢字を国字と言うそうです。

意味的な側面から漢字を組み合わせて作られています。

例えば「躾」(しつけ)という漢字が日本で作られたのが面白いと思います。

身を美しくする、あるいは美しい身と書きます。

身を美しくするために、親から子へ代々と日本で受け継がれてきた躾。

国際連盟事務次長も務めた、新渡戸稲造の「武士道」に出てくる下りですが、一緒に散歩をしていた、あるベルギー人の大学教授が驚きます。

日本人には、西洋人のキリスト教のように、これといった宗教がないのに、どうやって道徳が保たれるのかと。

それを聞いた新渡戸稲造さんは長い間考え込んだそうです。

そして行き着いたのが武士道でした。

武士は、当時の日本の士農工商の内の僅か一部でしたが、他のどの身分からもカッコ良いと思われていたようです。

位も1番高いのだから、当たり前かも知れません。

そこで、武士の階級では当たり前だった躾が、どの階級でも行われたのではないでしょうか?

余談ですが、商(売・人)は1番下です。

日本では昔から儲けるということを善としないところがあります。

武士は食わねど高楊枝です。

商売という表現よりビジネス、

商人よりビジネスマンを好みます。

だから日本人は商売が下手くそです。

金太郎飴の日本国民。

集団での行動が得意で、1人1人の極端な差が極めて小さいです。

だから江戸時代の頃で識字率は既に世界でダントツトップ。

そういったこともあって、東日本大震災の時には世界の賞賛を受けましたが、実はそれは昔から続いています。

幕末に起きた大きな安政東海地震、安政南海地震でも、関東大震災でも…

躾が、日本人の良さを保ってきたのではないでしょうか?

その躾は、今の日本でもまだ受け継がれ続けているでしょうか?

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