コロナのワクチン

コロナに罹ると命が危ないのではないか?

だからと言って、コロナワクチンは危ないのではないか?

子どもが出来なくなるのではないか?

じゃあ、一体どうしたら良いのか?😅

ドイツでは今、48時間以内のコロナテストで陰性の人、ワクチンを打った人、既にコロナに罹って治った人の三者がレストランなどに入ることが出来ます。

ところが日本の場合、最初の二者だけと聞きましたが、本当でしょうか?

ワクチンとは、その病原菌自体の菌を弱めたりして体内に入れるもののことです。

つまり、人工的に軽く一度その病気にかかったことにしてしまう方法です。

古くは天然痘、牛痘のお話しになります。

まだ1700年代のお話しです。

エドワード・ジェンナーというイギリスのお医者さんが、天然痘と牛痘の類似点に気が付きました。

そして、牛の面倒を見る人たちが、天然痘にかからないことに注目しました。

牛の面倒を見る人たちは、常に牛に接しているので、牛痘に罹ってしまいます。

そして牛痘に罹っていると、天然痘にかからない…

という仮定をジェンナーは立てました。

そこで彼は、使用人の子どもに牛痘の菌を接種しました。

そしてその後、天然痘をその少年に摂取しました。

少年は天然痘に罹らなかったそうです。

それがワクチンの始まりになり、ジェンナーは近代免疫学の父と呼ばれるようになったそうです。

ですが現実は厳しく、常に天然痘と牛痘のようにいくわけではありません。

例えば、毎年流行るインフルエンザには、必ずワクチンが準備されます。

ですが、用意されるワクチンの菌が、その冬に流行るインフルエンザである保証はないのです。

ドイツの場合、何人かの医薬品メーカーの人間が毎年集まり、その年のワクチンの菌を決めるそうです。

それはあくまでも当てずっぽうみたいなものです。

ワクチンに指定された菌が、その冬に流行るインフルエンザとは限りません。

だからいくらワクチンを打っても、別なインフルエンザには罹ってしまいます。

その位いい加減なのです。

それに比べて実際にコロナに一度罹って治った人は、最強のワクチンを得た人なのです。

最強のワクチンを得たというか、免疫がコロナに対して強くなっています。

強くなっているというか、身体がその菌を覚えているので見つけやすく、すぐに戦ってくれます。

何かを選ぶ時の方法

誰でも日常頻繁に、いくつかある選択肢の中から、どれかを選ぶことが求められます。

どうでもよいことで言えば、今日のお昼に何を食べるか…

どのお店に入るか…

何を注文するか…

どこを選んでも、何を選んでも大したことはありません。

にもかかわらず、何を食べるかを決めるだけでも、とても時間がかかる人を時々見かけます。

決断を求め続けられるリーダーには向かないタイプです。

でもそれは、トレーニングで克服できます。

どのお店にするか、メニューを見たら、数秒で何を選ぶかを決めることにしておくのです。

数秒で決まらない時は、適当に目に入った物を無理矢理でも選びます。

昼食に何を食べるかなどは、取るに足らないことであり、それを選ぶのに時間をかけるのが、いかに馬鹿らしいことかを前もって良く認識しておくことが大事です。

ではそれが、ある程度長く使う物で、値が張る物だとします。

例えば車です。

さすがにその時は、数秒で決めるのは難しいかもしれません。

車などの高額な物の購入などの場合は、比較チャートを作ることをお勧めいたします。

フィーリング、勘に頼るのではなく、なるべく数値化します。

縦軸に、候補となる品を列記します。

例えば、車の場合は上から欲しい順にモデル名を書きます。

プリウス

カローラ

シルビア

サニー

…等です。

そして横軸に、自分にとって気になる点を列記します。

価格、燃費、スタイル、馬力…等です。

そして、それぞれの点で、大事なものの満点を大きくします。

例えば、スタイルが1番大事で、その次が燃費だとします。

その場合のスタイルの満点は500点。

燃費は300点。

他は全て満点を100点にします。

各コマに点数を入れてゆき、1番右のコラムに各車の合計点数を出します。

最も高得点な車を選びます。

そうやって少しでも評価を見える化すると、間違いなく選びやすくなります。

ちなみにいくつかある選択肢の中から、取る行動を決めるのも、自分のポリシーを前もって色々と決めておけば簡単で迷いません。

物忘れをしない方法

家内に、「最近歳を取ったせいか、物忘れがひどくならない?」

と聞かれました。

私の答えは…

「全然…」

でした。

その理由はまず、

物忘れは若い頃からひどかったこと。

そして今、物忘れをしても、物忘れをしたこと自体を忘れているからです。

冗談のようにも聞こえますが、半分本当です。😅

家内の場合、例えば何かをどこかに置き忘れることが最近になって時々起きるそうです。

どこに置いたか忘れてしまうので、探さなくてはなりません。

いくら探しても出てきません。

私の世代だと、そういう時についつい口ずさんでしまうのが…

「探し物は何ですか〜」

そう、井上陽水です。😅

ついつい本気で歌ってしまいます。

私の場合は、財布以外は何かをどこかに置き忘れて出てこない場合、探さないことにしています。

そういう時は、探しても出てこないと諦めて探さないのです。

それなしでも何とかやり過ごし、自然に出てくるまで待ちます。

自然に出てくるというのはおかしな表現ですね。

偶然に見つかるまで待ちます。

「そんなとこにいたのね〜」

じゃなくて、

「こんなとこに置いたのか〜」

「そういえばそうだった!😅」

そうすると、探す時間を費やすのもゼロですし、イライラもありません。

井上陽水も歌っています。

「探すのをやめた〜 時〜
見つかることもよくある話で…」

天は二物を与えず

と言いますが、本当でしょうか?

それが正しくないことを示す例の一つはシンガーソングライターです。

曲が作れて、さらに歌が上手い(声が良い)人たち。

立派に二物を与えられています。

でも、二物でも足りず、三物必要な場合もあります。

オリンピックに出る選手などです。

まずは、持って生まれた、並外れた運動神経、運動能力。

そして、努力を続けることが出来るという才能。

さらには、親や友人など、そのスポーツを子どもの頃に始められたという環境。

英才教育はやっぱり大事です。

それでも世界の壁というのは物凄く高く厚くて、その3つが揃っていても、トップに行けるのは、その中でさらにほんの僅かな人たちだけです。

TBSの「消えた天才 一流アスリートが勝てなかった人大追跡」をご存知でしょうか?

時のトップアスリートには、以前ライバルに凄い存在がいたということが時々あります。

しかも、そのトップアスリート曰く、「そのライバルにはどうしても敵わなかった」そうです。

そんな凄い存在が、どうして表舞台から消えてしまったのか…

理由はひとつだけではないと思いますが、その多くの理由が成長と関係がありそうです。

ある運動で、持って生まれた能力を持った人は、子どもの頃からその才能を発揮します。

そして大人になってゆきます。

その大人になる過程、身体が大きくなっていく段階で、運動能力の伸びがそのまま続く人もいれば、鈍化してしまう人もいるようです。

例えば桐生祥秀選手。

小学校の頃に、絶対に敵わないライバルがいたそうです。

疋田哲也さんという人ですが、桐生祥秀選手がどうしても敵わない、当時の短距離走の異才として、オリンピックを期待されたそうです。

ところが、中学生時代にタイムが伸びなくなってしまったそうです。

そう言えば、私に水泳を教えてくれた人も似たように、子供の頃には平泳ぎで全国大会に出るレベルだったのが、その後は身長とタイムが伸びずに競泳をやめてスイミングの先生になったそうです。

天は二物を与えずと言われるほど、二物でも珍しいのに、

三物を与えられても世界トップの座は難しいというこの現実。

だからこそ、そういう世界トップが集まるオリンピックは見ていても面白いのでしょう。

私もスポーツが好きなのですが、運動神経が良いと思われる人と、たまたまあるスポーツを一緒に始めた機会が何度かありました。

そしてそこで、上達のスピードの差に驚かされます。

これが持って生まれた才能の違い…😰

神様のイジワル。

何で私にも、もっと良い運動神経をくれなかったの…😅。

イチロー選手が小学生の頃に書いたという作文。

頑張って野球の選手になると書いていたそうです。

そしてその夢を実現できました。

でもそれは、ほんのごくひと握り中の、又々ほんの一握りの、とても限られた人だけのこと。

最初は、そういう例を持ち出して、全国の野球少年に夢を見せるのは如何なものかと思いました。

誰にでも達成できることではなく、それを達成できるのは、0,01%とか、0,001%の人のみです。

でも、人間には夢は必要です。

夢がなければ人生が面白くありません。

ちなみに、オリンピックなどのスポーツの金メダルより凄い人がいます。

例えば現在は、日本の田中カ子さんです。

118歳で世界最長寿。

スポーツの場合、何かで金メダルを取っても、全ての人がそのスポーツにチャレンジしたわけではありません。

つまり、たまたまご縁がなくて、そのスポーツの道に進まなかった、

もしやっていたら、金メダルを奪ったであろうという人が他にもまだまだいる可能性は十分にあります。

ところが寿命に関しては、70億人の地球上の人口全て(実際にはその時点でのお年寄りのみ)が参加者なのです。

これは、あのミリオンセラー作家の百田尚樹さんの息子さんが気が付いたことだそうです。

エスカレートする詐欺メール

最近、詐欺のメールがエスカレートしているようです。

こういうのが届きました。

こういうメール、しかも本物っぽいのが届くと、ついつい心配になって見に行ってしまいそうです。

でもそれでアウト、見に行って(リンクをクリックして)ウィルスを受け取ってしまったりしてしまいます。

ある意味、コロナウィルスよりもたちが悪いです。

オレオレ詐欺もそうですが、心理作戦を使った、とてもタチの悪いものです。

送信相手を見てみると、次のようになっています。

amazon.co.jp <amazonf-account@wxjxzj.cn

一見、amazon.co.jp に見えますが、よく見ると、アットマークの後ろが変です。

今回は、相手の心配を煽る作戦ですが、他によく使われる手が、相手が幸運にも宝クジにでも当たったようにな心境にさせる手です。

1990年代の前半に流行りました。

今でも時々あります。

アフリカのどこかの王子が、ドイツに多額の出資をするのに、それを経由させるための口座を探している…

みたいな内容でした。

実は私も引っかかりそうになりました。

裕福であろう、ある小国の王子のお役にたてて、多分謝礼も出るだろうと…

助平心が出てしまいました。😅

そして数回のメールのやり取りの後に、

「そちらに巨額の資金を送る前に、まずはそちらから試しに送ってみてもらえないか?」

というようなメッセージでした。

50万円程度だったと思います。

そこで私はおかしいと思ってコミュニケーションを中断しました。

それからしばらくして、デュッセルドルフの日本商工会議所から、同様の詐欺に対する注意喚起のメールが届きました。

どうやら、相手に言われる少額(?)の送金をしてしまった人たちがいたようです。

他にも、知人のドイツ人から、「一緒にロンドンに付き合ってくれないか?」

と言われたことがあります。

幸運なことに、中古の高級車をとんでもなく安く買えたそうです。

でも、ロンドンまで行かなければならないそうです。

そして彼は英語ができず…

詳しく話しを聞いてみると、絶対におかしい内容なので、思いとどまらさせました。

現在の私は、その手のメールは最初からスパム扱いで読みません。

まずは、自分の名前+様となっていないもの。

英語の場合、Dear Mr. XXXX

ドイツ語の場合、Sehr geehrter Herr XXXX

となっていないもの。

簡単な例だと、Dear + 自分のメールアドレスとか、Dear Sirs, になっています。

つまり、最初から特定の誰かに書いたものではないもの。

ひどいのは始まりが、Hello, とか High, となっています。

誰がそんなメールを読むか!😅

中にはちゃんと、何々様と、こちらの名前をご丁寧に正しく書いたものもあります。

でも、読み出してみると、すぐに個人的な書き方でないことが分かります。

皆さん、どうか十分にお気をつけ下さい。

アフリカの王子に50万円送金といえば、そんなのに引っかかっちゃう人がいるんだ!?

と考えている間に思いついたのが、自分の母親です。

何年か前に、見事(?)にやられました。

近くの公園まで行って、身も知らずのスーツ姿の男に100万円を渡してしまいました。😅

そこでさらに思い出したのが、自分の失態です。

自分のPCに、インターネットバンキングのパスワードを覚えさせるのは危険だとは知りませんでした。

そして2回も口座からお金を抜かれてしまいました。😅

最近、80何歳かのお婆さんが、オレオレ詐欺の受け子の3回目の逮捕に貢献したニュースを聞きました。

そういうおばあさんばかりだと心強いのですが…

最も多くの日本人が住む海外の土地

ドイツのメアブッシュ(Meerbusch)という市に住んでいます。

「ドイツのメアブッシュという、人口約5万5千人の市を知っていますか?」

と日本で聞けば、知っている人に出会えることはまずないでしょう。

誰でも知っているのは、ミュンヘン、ベルリン、などでしょうか。

その無名な市であるメアブッシュが、あることに関してはドイツでナンバーワンです。

また、別なあることでは、世界でナンバー7です。

ドイツでナンバーワンの点は、1人あたりの納税額です。

つまり、ドイツで最もお金持ちが集まっている市というわけです。

(我が家はその平均値を下げています。😅)

庭付き一軒家が多いのですが、プール付きもけっこうあります。

では世界で7番目の点は何でしょうか?

日本人人口です。

人数ではなくて、人口比です。

日本人が多く住む海外の都市、町は多くあります。

ロンドンやパリなど、日本人が数万人も住んでいる都市もあります。

でもそういう都市は、人口が数百万人と多いので、日本人の割合は1%以下になります。

メアブッシュはその点で、日本人の人口比率が1,5%です。

人口100人に対して、1〜2人の日本人がいるわけです。

その数値は、ゴールドコースト市と並んで世界第7位です。

その詳細は、外務省の情報に基づいて計算、比較してみると…(公表されている資料を自分で調べて計算、比較しました…😅)

1位 ノバイ市 7,2%

2位 ホノルル市 6,9%

3位 シーラーチャー市 2,8%

4位 ケアンズ市 2,7%

5位 サンフランシスコ市 2,5%

6位 ロサンゼルス市 1,8%

7位 ゴールドコースト市 1,5%

9位 ポートランド市 1,2%

となります。

聞いたことがない市名がありますが、ご興味があれば是非一度ググってみて下さい。

そしてメアブッシュのお隣の市はデュッセルドルフ市です。

同じように日本人が多く住む市で、ポートランド市と並ぶ世界第9位になります。

メアブッシュ市よりは知られていますが、観光の街ではないので、一般的な知名度はやはり低いです。

メアブッシュやデュッセルドルフでも、日本人がとても多く感じられるのに、比率でその数倍、市の人口の14人にひとりの日本人が住む、アメリカ、ミシガン州のノバイ市は凄いです。

ところで、人口の100人にひとり〜2人の日本人が住んでいても、とても日本人が多いと感じますが、実際には大したことはありません。

何が大したことがないのか。

人口に占める外国人全体の比率の点です。

メアブッシュでも、デュッセルドルフでも、そこに最も多く住んでいる外国人の順位では、日本人はトップ5にも出てきません。

大雑把に言って、ドイツの人口に占める外国人は約10%。

つまり日本人は、10%の中のたった1〜2割なわけです。

ドイツで最も多い外国人は、戦争や出稼ぎ招き入れの関係でトルコ人ですが、普通どこでも4〜5%います。

現在、ドイツの人口の二十数人にひとりがトルコ人です。

タクシーという職業を選ぶトルコ人が多く、タクシードライバーの大多数は、ドイツ人よりもトルコ人なのです。

人生で、最も大切なもの

自立とは、マニュアルや、時には法律さえにも頼らないことだと思います。

日本のように、親子が川の字で寝ないドイツ。

子どもが生まれると、幼児の頃から子ども部屋が用意されます。

そして自分の部屋で子ども1人で寝ます。

ドイツに限らず、イギリスもそうですが、多分ヨーロッパ大陸やアメリカでもそうではないでしょうか?

そして学校でも、子どもの頃から自己主張、自己アピールを求められます。

うちの次男などは、(昔の)私に似て無口なので、担任の先生に、「ひょっとして知的障害?」と疑われてしまいました…😅

そういった大陸の教育、躾が生み出すのが自立心です。

中国では、7割以上の親が子供に期待するのが、「リーダーになる」ことだそうです。

同じくらい多くの親が日本では、「迷惑をかけない人になって欲しい」…😅

そして、和を大切にする協調性が求められます。

日本の教育、躾は自立心、独立心を育みにくいと思います。

ですが、自立する、独立するという意味において最も大事なことは何でしょうか?

他に頼らないで済むようになることだと思います。

まず最初に来るのは勿論、親。

親に頼らない。

そして、

人に頼らない。

物に頼らない。

決まり事に頼らない…

それは例えば仕事において、マニュアルなどに頼らないで済むことです。

技術的なマニュアルは別としても、接客などの人間性を求められるマニュアルです。

以前、コンビニか何かのレジで働いていた若者と、小さい子どもを連れたお母さんとの間で起きたハプニングがあったと思います。

子どもの具合が悪くて、お店の電話を借りようとしたそうです。

マニュアルでは、お客さんに電話を貸さないことになっていたそうです。

レジの若者はマニュアルに書いてあることを守りました。

正しいと思えることをしました。

つまり電話を貸さなかったそうです。

それを、マニュアルの不備と言って片付けて良いものでしょうか?

マニュアルをもっと厚く充実させて、

「困ったお客様だけには例外的にお貸しする」??

などという例外も加えれば良いのかもしれません。

ですが、そういうことをしていると、文章の量が膨大になって、実用的ではなくなってしまいます。

文章の量が膨大になると言えば思い出すのが法律です。

色々なケース、例外も含めなければいけないので厚くなります。

そして、それを理解している専門家である弁護士が必要になります。

さらには、どれが正しいかを判断する裁判官まで必要です。

それでも裁判官がおかしい人(?)とか、冤罪、裁判の結果が間違っているなどという事例が出ます。

極端な例で言えば、これも昔あった事件だそうですが、海自の潜水艦と漁船がぶつかったそうです。

木造の(?)弱い漁船は壊れて船員が海に投げ出されたそうです。

潜水艦は浮上して、艦上には海自の自衛官たちが立っていたそうです。

ところが、「海に投げ出されている漁船の船員を助けよ!」という上官の命令がどういうわけか出なかったそうです。

そこで隊員は誰も海に飛び込まず、漁船の船員には怪我人だか死者も(?)出たそうです。

マニュアルや法律、上からの指示や命令を頼るとこういうことになります。

ではどうしたら良いのでしょうか?

マニュアルや法律、上からの指示や命令よりも、それ以上に大事、大切なものを自分自身で持つしかありません。

コンビニの例なら、気を利かせて自分の携帯を貸す、あるいは社則(?)を破ってでも店の電話を貸す。

潜水艦の例なら、上官の命令が出なくてもすぐに飛び込む…

人間が生きていく上、生活していく上ではさまざまなことが起こります。

それがどんなに分厚くても、法律という文章だけで全てを網羅することは不可能です。

しかも法律は、時と共に変わる社会の変化に合わせて変える必要があります。

つまり、20年前の法律は今日では間違っているということがあります。

技術の進歩があるので、道交法などは特にそうです。

マニュアルや法律でも完璧ではない…

上司も人間なので間違えることがある。…

マニュアルや法律、上からの指示や命令よりも、それ以前に大事、大切なものを自分自身で持てるようになりたいです。

ドイツで最も得をしているトルコ人と、最も損をしているドイツ人

ドイツの人口の約4%を占めるトルコ人の家庭には子どもが多くいます。

4〜5人とかは当たり前で、6〜7人も珍しくありません。

まるで戦後の、産めや(人口を)増やせの国々のようです。

ドイツでは、少子化を防ぐために子ども手当が出る政策が取られています。

ひとり目の子どもよりも、2人目の子どもの方がより多くの補助をもらえます。

3人目は、2人目より更に多くもらえ、増えれば増えるほど、1人当たりにもらえる金額が増します。

うちもその恩恵を受けていますが、3人で8万円ほどもらえます。

子どもがもっと多いトルコ人の家族はもっともらっています。

子どもが7人もいれば、お父さんが働かなくても大丈夫なくらいです。

その一方で、ドイツ人は子どもが少ないです。

子どもがいないか、いてもひとりっ子、多くても2人です。

それ以上は珍しいです。

ドイツ人は一般的に稼ぎが良いです。

ドイツ人のように、稼ぎが良くて子ども(扶養家族)が少ないと、たくさんの税金を取られます。

つまり、子どもが少ないドイツ人が頑張って多くの税金を収めます。

そしてその税金が、子どもが多くて納める税金の少ない多くのトルコ人他の外国人に回るのです。

子ども手当はうちでももらっているので、本当にドイツ人にはすまなく思います。

日本でも似たようなことが起こっているようです。

世界の中の日本人

世界中で最も真面目だから、強運を引き寄せる法則(?)によると、日本人は最も運が強い国民であるというブログに、みおのニコマークさんから次のコメントをいただきました。

「でも、真面目で律儀だからこそ、メンタルやられる人が多いんだと思うんです。県庁に以前、『一週間寝れなかったら、病院を受診しましょう』という大きな垂れ幕が掛かっていてびっくりしました。ドイツはどうですか?」

メンタルやられる…

正にその通りだと思います。

誤解を恐れずに一言でいうと、独立性、独自性の面で、日本人は西洋人と比べると甘ちゃんに育てられます。

ドイツに限らず西洋全体です。

いえ、大陸では多分どこでも同じだと思います。

そしてさらに社会、組織では協調性を求められます。

つまり自由ではありません。

だから自殺者数も多いのではないでしょうか。

その手の垂れ幕はこちらではまず出ないと思います。

その手の垂れ幕とは、行政が市民に注意を呼びかける類のものです。

まず第一に、行政の建物に垂れ幕の登場はドイツではないと思います。

あるとすれば、「この道路をトラックは通るな!」の類が道路に出ることはあります。

ドイツでは(イギリスでも、多分西洋ではどこでも)、子どもが生まれる頃には子供部屋が用意されます。

かなり小さな幼児の頃から、自分の部屋でひとりで寝かされます。

川の字はありません。

別なドイツの例では、どう見てもまだ中学生か、ヘタをしたら小学校の高学年くらいの子どもがタバコを吸っていても警官も注意しません。

あるいは、観光地で危なそうな崖があれば、日本では落っこちないように柵が作られます。

こちらではそのままです。

各個人の責任は、各個人が取るので、公は首を突っ込まない、口を出さないのです。

(但し例外があるので、それは後で述べます)

だからもし交通事故で車に跳ねられても、「すいません」みたいなことは決して言ってはなりません。

悪いのは車の方でも、「(大きな騒ぎになってしまって)すいません…」と、日本人ならつい言ってしまいそうです。

そうすると、跳ねられた自分が悪いことになってしまい、ドライバーは罪を逃れます。

例外は例えば、うちでも実際に起きた例です。

ドイツ人はよく言えば親切、悪く言えばお節介です。

私がガレージのシャッターを閉め忘れてそのままだったとします。

しばらく経つと、お向かいの面識のない人が教えてくれます。

あるいは、家の前を怪しい人がウロウロしていると警察に通報されます。

うちで起きた例は、ある晩にシャワーを嫌がる、当時まだ小さかった子どもが泣きわめき、その声を聞いた通行人が幼児虐待と思い込んで警察に通報しました。

3人の警官が来てびっくりしましたが、その時は子どもが私の足にまとわりついていました。

虐待ではない、勘違い、誤報だと思った警官たちはすぐに帰りました。

ドイツ人と日本人の仕事のスタイルの違い

日本には、社畜とか、奉仕残業、ブラック企業、過労死などという言葉があります。

それらはドイツにはありません。

奉仕で働くということがないからです。

夕方5時になると、どんなにキリが悪くても、書類をパタっと閉じて家に帰ります。

立ち仕事の場合なら、時間前から終わる準備を始めます。

お店の場合、閉店間際は店員さんは閉店の準備で忙しいので、入店客は露骨に嫌がられます。😅

仕事の後に会社の仲間と一緒に飲みに行くという文化もないので、仕事の後は家に直行です。

どちらが良いか悪いかは言えません。

西洋(大陸)は自己主張、利己主義です。

自分のために働くのは当たり前で、時間キッチリしか働きません。

でも自営業者は違います。

やればやるだけ自分の収入になるので、かなりのハードワーカーです。

会社の幹部も違います。

最初から残業代が含まれているような高い給料で残業は当たり前。

ベンツ、BMWなどのカンパニーカーも付き、昇進も狙っているのでやはりハードワーカーです。

日本の会社の場合は、幹部でもそれほどお給料が高くないのではないでしょうか?

ベンツ、BMWも付いてなく。

ドイツ人がベンツ、BMW、Audiなどの高級車に乗るのには理由があります。

税金が高いからです。

カンパニーカーなら、れっきとした経費です。

利益を抑えて節税になります。

なので、利益が出ている企業の幹部や、個人事業主も高級車に乗ります。

日本の場合は、肩書きと昇進の可能性だけで働いている傾向ではないでしょうか?

これも日本独特のメンツを重んじる「恥の文化」が大きく関係していると思います。

日本ではここしばらくの間は、ブラック企業への風当たりが非常に強くなっていると思います。

確かに、昇進の意欲もない、普通に働ければ良いと思っている一般社員を少しでもこき使おうというのはもっての外です。

ちなみに昔、休みが欲しけりゃ、幹部をやめろという題の本がありました。

プリンスホテルやスキー場、コクドなどの西武鉄道グループの元オーナー社長、堤義明氏の著書でした。

堤義明氏は、長野オリンピックの頃に、日本オリンピック委員会会長を務めたり、バブルの頃には世界一の資産家にもなり、当時一世を風靡した人です。

それほどの大企業にもかかわらず、非上場企業で納税額が極端に少なくて話題にもなりました。

度重なる不祥事や、インサイダー取引疑惑で有罪判決を受けて晩節を汚してしまったように感じます。

その堤さんが書いた「休みが欲しけりゃ、幹部を辞めろ」

という本、思いつくのはブラック企業です。

でも、必ずしもそうではないようです。

なぜなら、その対象は幹部だからです。

普通の社員に休みを欲しがるなというのであれば、ブラックです。

でも、幹部は別です。

幹部とは、将来の社長候補の1人と言えると思います。

社長の責任はとても重くて孤独です。

会社を潰すわけにはいかない、社員を路頭に迷わせてはいけないという責任があります。

会社の業績が悪くなると、安易に社員の首を切ってやり過ごせば良いと考える経営者は別です。

一般の社員には、そういった責任はありません。

給料の分だけ働きます。

だから休みもキチンと取れます。

でも、幹部になる以上はそういうわけにはいかないと思います。

給与額も普通はとても良いですが、そこには残業代も入っていると考えた方が良いと思います。

だから、もし幹部が朝9:00〜 17:00までしか働くつもりがないのであれば、それは大きな間違いです。

但し実際には、給与額もたいして高くならずに幹部をさせている企業も日本には多いようです。

そういう企業が本当のブラックではないでしょうか?

ところで、世のお母さんには元々休みがありません。

子どもが複数人いれば、奉仕残業の連続です。

週末もなければ、

春休みも、夏休みもありません。

最も讃えてあげて、最も感謝すべき対象ではないでしょうか?

バイデン大統領は KY?

バイデン大統領の支持率が急降下しているそうです。

アメリカのメディアも左翼が支配しているそうですが、そのメディアにも愛想をつかれたそうです。

選挙疑惑どうのこうのを抜きにしても、トランプさんが負けた大きな理由はメディアの影響だと思います。

そのメディアの応援を受けていたバイデン大統領がメディアに愛想をつかされた?

その理由が次のことだそうです。

アメリカ軍が、ついにアフガニスタンを完全撤退しました。

ですが、最後に残った兵士の中で、10数人がテロに巻き込まれて亡くなりました。

その遺体が本国アメリカに持ち帰えられて、お葬式が行われたそうです。

そのお葬式にバイデンさんが出席していたそうです。

そのお葬式の最中、バイデンさんは次の予定が気になったのか、何度も時計を見て気にしたそうです。

その行為が、ご遺族の気持ちを逆撫でしたそうです。

そしてそれをメディアが許さなかったそうです。

お葬式に限らず、今自分の目の前にいる人が時計(時間)を気にしていたら、どんな気分になるでしょうか

バイデン大統領、そんな空気も読めなかったのでしょうか?

めまいや動悸の時には、すぐにしゃがんで下さい。

めまいや動悸の時には、すぐに両手を膝について上半身を前に倒したり、座る、あるいはしゃがんで下さい。

1番良いのは、所構わず横になってしまうことです。

それを知らないと、ついつい立ったままでいて、急に「バターン!」と倒れてしまいます。

私自身も昔、それを知らずに一時的に気を失って「バターン」と倒れてとても痛い目に遭ったことがあります。

打ち所が悪ければ、とんでもない怪我にもなります。

普通の生活でもそうですが、運動の最中でもそうです。

とにかくすぐに低くなることが大事です。

なぜでしょうか?

脳が大量の血液(酸素)を必要としているからです。

そしてそれを送る心臓の働きを助けるためです。

背の高い生き物である人間の心臓って、あらゆる所に血液を送るのに結構苦労しています。

特に重力に逆らう脳に送るのには。

背を低くして、心臓の負担を軽くするのです。

近くで誰かが、めまいや動悸息切れを訴えたら、とにかく1秒でも早くしゃがませる、座らせる、寝かせるなどをして「バターン」と倒れるのを防いで下さい。

意外と起こり得ることで、私も一時帰国の際に訪れた浅草で、隣にいた女性がそうなりました。

その場の地面で横になって手を枕代わりにお貸ししていると、「私は医療従事者です」という人が現れてくれたので、代わってもらいました。

知っているのといないのでは大きな差が出ます。

詳しくは ➡︎ 進化が示す健康法則

目には目を、歯には歯を

島国日本、その特殊な国民性と、大陸の国民性との大きな違いがとても興味深いです。

例えば、「騙すより騙されろ」に対する「騙される奴が悪い」あるいは「人を見たら泥棒と思え」… 等です。

「騙すより騙されろ」は、いかにも日本的です。

語源を調べましたが分からず…

仏教からでしょうか…

そういえばキリスト教に、右の頬を打たれたら… というのがあります。

宗教はやはり道徳的です。

それに比べて「騙される奴が悪い」あるいは「人を見たら泥棒と思え」は、いかにも大陸的な現実の世界のように感じられます。

宗教は元々何のためにあるのか?

その存在はとても大きいと思います。

やる気を無くした人間、打ちのめされた人間を救ってくれます。

そしてどの宗教も道徳を説いています。

善い考え、善い行いが自身を救うと言います。

日本人のほとんどは無宗教です。

100年も前の新渡戸稲造の言葉でもあります。

日本は、宗教がなくても道徳が行き届いている、類稀な国です。

それは各家庭での躾から来ていると思います。

それは武士道や仏教から来ています。

実際には日本にも、神道、仏教、キリスト教、各種の新教宗教など、宗教はいくらでもあります。

ですが、「あなたの宗教は何ですか?」と聞いた時に、以上のどれかをあげる人はとても少ないのではないでしょうか?

そして、「無宗教」と答える人がほとんどではないでしょうか?

「目には目を、歯には歯を」なども、大陸的な発想では?

と思い至り、調べてみました。

ラテン語から来ているようです。

やっぱり…

でもその意味は、その言葉から受ける印象とは違うようです。

これだけやられたら、同じだけ返しなさい。

それ以上はやってはいけない。

ということだそうです。

例えば、目をやられたら目に仕返しする。

目をやられて心臓に仕返ししてはいけないということだそうです。

やられたのと同じだけ仕返ししなさい。

それ以上はダメです!

というものだそうなのです。

分かるような、分からないような…

運の良い人、悪い人

運の強い人を見分ける方法

そして

運の強い人を身近で発見

というブログを最近続けてアップ致しました。

後者のブログに、その昔に同僚だった佐藤さんから…

「私は運の良い方とあまりお会いしたことないです。是非お近づきになりたいなあ、運の良い人寄ってこいです。」

というコメントをいただきました。

「ちょっと待った! 昔、すぐ側で僕と一緒に働いたじゃない!」

そうなんです。

私は自分で運が良い方だと思っています。

それもハイレベルで…😅

例えばアウトバーンを走っている時。

(ドイツに住んでいるので…)

どう考えても、自分が走っている側よりも、反対車線側の方が、渋滞である確率が高いのです。

主観ではありますが…😅

そして、町中を走っていて、駐車スペースを探すのに困ったことがありません。

必ず目的地のすぐ近くで駐車スペースが見つかります。

(ドイツは路上駐車が当たり前です)

しかも時々、目的地で良いタイミングでお店の前に停まっていた車が丁度都合良く出て行ってくれます。

ホントなんです。

でも主観…😅

運の悪い人は、駐車スペースが見つからずに、何度もグルグル回るそうです。

さらには例えば、今回のコロナワクチン。

私は免疫が強いらしくて、風邪やインフルエンザにかかりません。

よって、ワクチンを打つつもりはありませんでした。

ところが、よりによって、うちの家内がどういうわけか、ワクチン警察(マスク警察のワクチン版)になってしまいました。

さらには、近くに住むドイツ語ができないお客さんの1人がワクチンを打ちたいと言います。

調べてみると、何という偶然!

次の土曜日に地元の村で、予約なしの無料ワクチン接種があることまで判明。

しかもジョンソンアンドジョンソンなので一回だけ。

これには何か縁を感じて、お客さんを連れて打ってもらいに行きました。

そしてその翌々週のことです。

コロナの感染者率が上がって、レストラン、プール、フィットネス等の入店には、ワクチン接種の証明書か、コロナテストの陰性証明が必要になったのです。

つまり私はフリーアクセス。

それでも主観…😅

でもだからと言って、

運の強い人を見分ける方法

にのっとって、自分が普段から絶え間ぬ努力を続けていると自慢をしたいわけでもないです。

努力はしているつもりですが、その位の努力は日本人なら当たり前だと思うレベルです。

ではなぜか?

単なる思い込み、考え方かもしれません…

なぜなら私には、台湾のビジネスパートナーとのトラブルなどで、1億円以上の借金があります。

その借金が完済するのが、今の収入で返済を続けて80歳代の後半。

これは運が良いでしょうか?

それとも悪いでしょうか?

普通は悪いと思うかもしれません。

私は運が良いと思っています。😅

その借金を作る前は、業界初、業界唯一の製品の開発と販売で成功することが出来ました。

銀行の口座に、億円単位の残高の数字が現れて、自分でもびっくりしました。

社員に対して、本人が望むカンパニーカーで夢をかなえてあげることが出来ました。

当時は会社に社員がまだ3人しかいませんでした。

彼の夢の車は三菱ランサーをフルチューンするというもの。

500馬力位あるそうです。

その夢をかなえてあげることができました。

自分のカンパニーカーも、望む車に…

と思ったや先のトラブルでした。

ということで、自分には夢のカンパニーカーは用意出来ませんでした。😅

長い借金返済の人生ですが、債権者は一応その返済プランで納得してくれています。

と言うか、自殺でもされて借金の返済が消えてしまうよりは、少しづつでもいつかは完済の方が良いはずです。

そこで、贅沢はできないものの、生活は出来ています。

これ以上望むものはありません。

お墓に入る僅か前(?)ですが、完済の日が楽しみです。

そして天は、何か人に天命を与える前に、試練を与えてその人をまず鍛えるそうです。

それが本当なら、お墓に入る前に、ひょっとして何か興味深い天命が与えられるかもしれないと考えると「ワクワク」します。😅

ちなみに、そんなに運が良いと思っていても、どういうわけか宝クジなどには全く当たりません。

買わなかったら、当たるわけがないか…😅

「運動は身体に良い」と、「スポーツ選手は短命」という矛盾。

運動は身体に良いと言います。

でも、スポーツ選手って意外と短命な人が多いです。

特に世界級のトップアスリートなど…

なぜ矛盾しているのでしょうか?

その理由は簡単です。

どちらも「過ぎ」なのです。

過ぎたるは及ばざるがごとし…

日頃、運動をしない人は身体の休ませ過ぎ、

スポーツ選手は運動のし過ぎなのです。

先のオリンピック、ボルダリング女子でブロンズの野口さん。

彼女はもう32歳でしたが、もっと若い頃なら多分、ダントツのゴールドだったと思います。

その野口さんですが、手は指紋が消えてシャンプーすら痛いし、足の甲は足ダコにまみれ、夏はサンダルも入らないそうです。(当ブログサイトのコメント投稿者、佐藤さん情報)

この世の中は、何でも絶妙なバランスの上に成り立っています。

太陽と地球の距離。

太陽の明るさと暑さ。

太陽の中心核では、4つの水素が融合して、1つのヘリウムを作っているそうです。

その水素の質量の0,7%がエネルギーに転換されて放出されることで太陽が輝いているそうです。

もしそれが0,7%ではなくて0,71%、僅か0,01%多くてもスピードが速過ぎて、

太陽はもうとっくに燃え尽きてしまっているそうです。

逆に0,69%だと遅過ぎて、ヘリウム結合が出来ずに、

いまだに生物は誕生していないそうです。

空気中の酸素や窒素のバランス。

海水の成分のバランス。

そのことを考えると、今の地球が私たち人間にとって、生き物にとって、

生きてゆくのにどれだけ最適な状態であるかということが、いかに類い稀な偶然であるかが分かります。

「生まれて来ただけでみっけもの」

「生きているだけでみっけもの」

人間の身体の中も同じことが言えます。

血液のバランス…

免疫力が落ちれば病気にかかり…

飲み過ぎれば肝臓を悪くして…

食べ過ぎれば太るし、少なければ痩せます。

人と人の関係も、バランスの上に成り立っています。

夫婦や恋人の間でも、友人知人、お客さんとも、その関係を良い状態で長く保たせるには、不足しない、過ぎないバランスが必要です。

恋人同士の間でもそうです。

常にベタベタでは持ちません。

距離を置く時も必要です。

全てがバランスでこの世が成り立っていることを、ついつい忘れがちです。

こうすれば、夫婦(家族)円満間違いなし!「お母さんの仕事を減らせ!」プロジェクト、その2

先日始めたプロジェクト、「お母さんの仕事を減らせ!」は、まだまだ続いています。

コロナで学校が休校になり、子どもが学校に行かなくても、

お父さんが、出勤できずに自宅勤務になっても、

家事を続けるお母さんの仕事だけは続きます。

むしろ増える傾向です。

それに、お母さんの家事という仕事には週末というものもありません。

365日、休み無しです。

そこで思いついたのが、お父さんと子どもたちで、何かできないか?

お母さんの仕事をなるべく減らしてあげるプロジェクトです。

掃除、洗濯、料理、後片付け…

お母さん抜きの家族会議で話し合いました。

掃除は長男、洗濯はお父さん、料理と後片付けは、お父さんを中心に、お母さんを除く全員で参加…

お母さんの仕事はかなり減りました。

そこで何が起こったでしょうか?

お母さんに余裕が出て、笑顔が増えました。

そうすると、どうなるでしょうか?

お母さんという存在は、家族の中心人物です。

子どもたちの相談事は、全てお母さんに集まります。

お父さんの仕事の愚痴も、お母さんに打ち明けられます。

そのお母さんに笑顔が増えれば、家族全体が円満になります。

是非お勧めのプロジェクトです!

世界中の政治家、町長、市長、知事、首相に知って欲しい「割れた窓理論」

いえ、知ってもらうだけではなくて、利用して欲しいと思います。

「Broken window theory / 割れた窓理論」というのをご存知でしょうか?

使われていない建物の窓が1枚割れているのを放置すると、時間と共にほとんどの窓が割られてしまう現象です。

なぜでしょうか?

「誰も気にしていない」、「責任を取っていない」ということが分かると、他の窓も割られ始めてしまいます。

「ここでは窓が割られることが許される」 という信号が出てしまうのです。

基本的に人間は、性悪説に基づいているかのように証明してしまうような嫌な理論です。

ですが実際にも、財布をテーブルの上などの目に付くところに置くのとそうでないのとでは、前者の方が失くなる可能性がかなり高くなります。

人間は誰でも、性善説と性悪説の両方を兼ね備えて持っているというのが本当のところでしょう。

いわゆる善い自分と悪い自分です。

でも悲しいことに、悪い自分が出てしまうことを誘発してしまうのを示すのが、割れた窓理論です。

割れたままの窓、目に付く財布、悩ましい格好の女性…

町人同士の挨拶が頻繁な町では、それがが無い町と比べて、空き巣やドロボーがとても少なくなります。

挨拶が行き届いた町では、泥棒が仕事をやりにくくなるのです。

そういった理論を良く理解してうまく利用すれば、犯罪を減らすことが出来ます。

それを行ったのが、1990年代後半のニューヨーク市長、ジュリアーノさんでした。

小さな犯罪でも厳しく取り締まったり、電車の落書きをすぐにきれいにしました。

その徹底度は、電車の落書きを綺麗にする作業がすぐにできない場合は、その車両を引っ込めてしまうほどでした。

その結果、まるで映画の無法地帯のようになってしまっていた当時のニューヨークを、ごく普通の治安の市に甦らせることに成功したのです。

前デュッセルドルフ市長は、割れた窓理論を知っていました。

なぜ私がそのことを知っているのかと言うと…

彼は、デュッセルドルフでボランティアで掃除をしているグループを一堂に集めて、ブレーンストーミングを行ったのです。

その席に呼ばれて、私たちが市長のすぐ隣に座り、彼の意見を直に聞いたからです。

彼は他にも年に一度、市民の誰もが参加できる掃除の日などを設けていました。

でも、何か物足りなさが感じられました。

割れた窓理論のことを知って、それを実行するのは素晴らしいことです。

知っていることは、知らないことを凌ぎます。

でも、実行することは、ただ単に知っていることをさらに凌ぎます。

但しその実行にも、部下たちにやらせるのと、自分が率先垂範して陣頭指揮を取るのとでは雲泥の差です。

彼の場合、自分が率先垂範して陣頭指揮を取るというところまでの気迫は感じられませんでした。

それはメルケル首相にも共通するものがあります。

ヨーロッパを代表するかのように、大量の難民を受け入れました。

「私たちには出来る!」

というスローガンで。

ですが、実際にフタを開けてみると、それがドイツという国、あるいはヨーロッパにとって、とんでもない負担になることが分かりました。

そして当時、日本で行われたサミットでのメルケルさんのコメントです。

「出来ることなら時計の針を戻したい…」

仮にも一国の元首。

しかもその国は、ドイツという、ヨーロッパの経済をほぼ一国で牽引する超先進大国。

そのドイツの元首がこれでは困ります。

さらに困ったことには、ドイツの議員の1人が自宅に難民を受け入れた時のコメントです。

「私には出来ない…」

自分が出来ないことを部下である行政にやらせるとは、何ということでしょうか?

正に率先垂範が出来ていません。

もうすぐその座が変わりますが、次の人に期待したいです。

日本の手取り所得は既に55,7%でドイツと同じ…!

最近のニュースで、日本での納税額と社会保険料の合計が 44,3% であると言っているのを聞いてびっくりしました。

その比率は、ドイツでシングルが負担しているのとほぼ同じです。

つまり、税込の給与額が10万円だとすると、手取りは5万5千700円になるということです。

10万円分働いたと思っても、手元には半分強しか入ってこない…

そう言えば、もう何年も前に聞いたお話しだと、日本では失業手当が70%出るそうです。

それも正にドイツと一緒です。

「揺り籠から墓場まで」とは、社会福祉が行き届いた北欧の国に対する古い言い方ですが、日本ももう立派にそうなったようです。

本当に、そんなに高い費用で正しいのでしょうか?

少なくとも税金に関しては、集まったそれらを使う政治家を見ていると、眉をひそめたくなってしまいます。

日本の最大の問題は、これだけ長い間デフレが続いて給与額が上がっていないことでしょうか?

日本の平均給与額は既に先進国のそれではなくなってしまっています。

誰が悪い? 自分が悪い!

ドイツでは今、色々なことに遅れが出ています。

そしてその原因を何かとコロナのせいにします。

ある程度は分かります。

でも多くの便乗行為が見られます。

何か不都合や腹立たしいことがあると、すぐ自分以外のせいにする人がいます。

そしてそれを声高々と言います。

そういうのを「言い訳」と呼びます。

常に「自分だけは悪くない」というスタンスです。

でもそういう時って、心の奥深くに聞いてみると聞こえる声があります。

「誰が悪い?」

「自分が悪い…」

その声に耳を傾けたいと思います。

自分以外のせいにしないと、運も引き寄せられると聞きます。

アフガニスタンの大統領と、日本の天皇の違い

アフガニスタンが、タリバンに制圧されています。

アフガニスタンのガニ大統領は、多額の現金を持ってUAEに逃亡したそうです。

一国の大統領として、あるまじき行為です。

本来ならば、最後まで自国に残り、自国のために尽くすのが、大統領の責務ではないでしょうか?

それが、いの一番(?)に逃げ出してしまうとは…😅

逃げると同時に懲戒免職されるべきではないでしょうか?

とても対照的な日本の天皇の存在をご存知でしょうか?

まずは昭和天皇。

あの、第二次世界大戦という、日本の歴史の中でも過去にない大事件を経験されました。

あの時に、戦争責任を問われたりした天皇ですが、次の2つの事実をご存知でしょうか?

まずは、敗戦を決めた御前会議。

御前会議とは、日本の政治のトップ数人に、天皇を含めて国の行き先を決める重要な会議です。

1945年夏、第二次世界大戦の末期、日本はもうアメリカにかなわないことが明らかでした。

そこで敗戦を受け入れるかどうかの御前会議。

鈴木貫太郎首相を始めとした、日本軍のトップも含めて6人+天皇の御前会議が開かれたそうです。

そこで敗戦を宣告するか、国内徹底抗戦で粘るかで、天皇を除いて3対3に意見が別れたそうです。

最後の判断が、天皇に委ねられたそうです。

天皇が選んだのは、徹底抗戦などをしない敗戦の道でした。

ですが、それは何を意味していたでしょうか?

それは、天皇の戦争責任、つまり、天皇の処刑の可能性があったそうです。

それでも昭和天皇は、国内徹底抗戦が行われれば、日本国民が絶滅してしまう可能性があり、それだけは避けなければならないと主張した決断だったそうです。

そして終戦となり、日本は6年以上もアメリカ軍、GHQの占領下に置かれました。

そして、あのマッカーサーと天皇の会見が行われました。

その席で天皇は、「戦争責任は全て自分1人にある。

自分を煮ようが焼こうが構わないが、日本国民には手を出さないで欲しい」

というようなことを言ったそうです。

その一言に、マッカーサーは感動してしまったそうです。

もし日本の天皇が、アフガニスタンの大統領であれば、最後まで自国に残って、タリバン勢力に対抗していたはずです。

それは必ずしも戦うと言う意味だけではなく、例えばアメリカなどの他国に助けを求めるなどの、最後の最後までの努力を怠らないことです。

フランス革命というのも聞いたことがあると思います。

虐げられていた国民が立ち上がり、国王を斬首した革命です。

日本以外の国々では、国王や国家元首が国民を虐げて、自分たちだけが楽、贅沢をしてきたことが歴史で分かります。

日本の天皇は違いました。

質素であり、常に国民の平和、安全、幸せを2000年もの長い間に願い続けてきました。

美談は昭和天皇だけではありません。

勉強不足でどの天皇かは忘れてしまいましたが、かなり昔の天皇のお話しです。

皇居から国民の暮らしを見渡すと、かまどから煙が立っているのが見当たらなかったそうです。

飢饉などによって、国民が貧しくて食事も作れずにいることが分かったそうです。

そこでその時の天皇は、極端に節約を行ったそうです。

その後、各家庭のかまどから煙が立ち始め、国民がきちんと食事が出来るようになったことを確かめてから皇居の節約も解いたそうです。

私は、天皇崇拝主義者でも、国粋主義者でもありません。

どちらかというと、むしろリベラルな方です。

実際にも、僅か数年前までは、天皇の存在自体がもったいないと思っていたほどです。

その意味は、天皇家の存在を税金で賄うくらいなら、天皇をなくしてその分の費用を他に回せたら良いのではないかと思っていたほどです。

ですが、天皇に関することを色々と知るにつれて、その存在の意義の大きさに驚くばかりです。

現在の天皇は126代目。

これだけの長い間に、ひとつの国家が続いた国は、世界広しといえども他にはありません。

天皇は、日本のバックボーンに間違いないようです。

イルカ漁に対する抗議デモ

再びデュッセルドルフの日本総領事館の前で、和歌山県太地町におけるイルカ漁に対する反対デモがあるそうです。

日本人がイルカを食べるとは最近まで知りませんでしたが、人間が何を食べて良いのかは、一体誰が決めるのでしょうか?

牛、豚、羊、鳥は、人間が食べても良いと、誰かによって決められているのでしょうか?

イルカ漁のデモに出る人には、是非一度屠殺場を見学して欲しいと思います。

屠殺場では、牛、豚が、人間に食べられるように殺されて身体中バラバラにされます。

殺される前の牛はとても怯えていて、それが分かっているようです。

スーパーでパックされて売っている肉しか見ていないから食べられるのでしょう。

一度、屠殺場であの凄まじい姿を見たら、十人の内の何人かはベジタリアンやベガンになると思います。

ベジタリアンやべガンにならない人でも、数日間は肉が食べられなくなると思います。

但しひょっとするとあのデモは、裏で誰かが動いているのかも知れません。

例えば、日本を貶めよう、貶めようと活動している反日勢力とかです。

民主主義がうまくいかない理由

ドイツでは(日本も?)今、選挙の時期になりました。

候補者のポスターが、街のあちこちに貼られています。

それらのポスターには、公約というか、スローガンのようなものが大きく書いてあります。

「最低賃金を、時給13ユーロ(約1.700円)にする!」(ドイツの最低賃金は現在、10ユーロ弱です)

とか、

「年金受給資格年齢を下げて、受け取り金額を上げる!」

とか、

「バスや電車料金をフリーに!」

とかです。

それらを読んでいて、共通点を見つけました。

どれも生活が楽になりそうで、つい応援したくなります。

でも、ちょっと待ったです。

その財源はどこから来るのでしょうか?

政治にもマジックはありません。

最初のスローガンですが、そう聞くと労働者側、被雇用者には素敵に聞こえます。

でも、それで法人が耐えられるのでしょうか?

ブラック企業のように、会社ばかり得をするのでは困ります。

でも、世の中は有料企業ばかりではなく、黒字を出すのに大変な企業も多くあります。

社員の待遇向上は大事ですが、それで会社が弱ったり潰れたりではしょうがありません。

自分の楽の陰には他人の苦ありです。

ましてやこのコロナ禍です。

こんな大変な時にもかかわらず、景気が良い業界は限られています。

そんなことをすれば、ますますブラックな雇用、非正式雇用も進むように思います。

ドイツでは、最低賃金が守られているかどうかの抜き打ち検査があります。

よって、各被雇用者がサインをして証拠を残します。

2つ目と3つ目のスローガンも、一見とても魅力的です。

でもその財源はどこにあるのでしょうか?

税金しかあり得ません。

ということは、その分はどこからか、課税という形で集められて来るものです。

つまり、国民が自分で出したお金を自分で受け取るだけのようなものです。

以前一度、日本で民主党が政権を握った時のことを思い出してしまいます。

あの時も、とんでもなく素晴らしい公約が「ずら〜っ」と並んでいて、日本人のこれからの人生は薔薇色のように思えました。

実際にも、そう思った人が多かったから、民主党が与党になったはずです。

当時、弊社と取引のあった、ある日本の会社の社長さんも喜んでいました。

それに対して私は冷たく、「絶対に何も変わらないと思います」と申し上げました。

幕末の頃の、あの大きな外圧による切羽詰まった焦りでもない限り、

革命でも起こらない限り…

民主党政権で、いざフタを開けてみた実態は、変わらないどころか酷くなりました。

そして自民党に戻り、その自民党は今…

選挙のポスターに書いてあるスローガンなどを実現していくと、税金はますます高くなり、一部の人たちを除いて生活はますます苦しくなります。

それはまるで、運動をしない方が楽だからとか、ファーストフードの方が簡単だからと不健康になり、頭も使わない方が楽だからと、馬鹿になっていくだけのように思えます。

そういうサギまがいのスローガンに騙されて選ぶ候補者が政治を行い、世の中はますます世知辛くなっていく…

それが民主主義の宿命なのでしょうか…

民主主義だから、国民がぬし。

その主が、より楽な方へ、より簡単な方へと流れるから、世の中がおかしくなっていきます。

ちなみに、そういうスローガンを掲げるドイツの政党は、Die Linke と言います。

Die Linke とは、Wikipedia によると…

左翼党(さよくとう、ドイツ語: Die Linke、リンケ)は、ドイツの政党[1]。民主社会主義・社会主義・左派・極左を掲げ、左派党とも呼ばれる…

ドイツ語で、右左の「左」を links と言います。

よって、Die Linke とは正に左側という意味です。

日本で言えば、例えば「自民党」とか、「日本維新の会」とかの代わりに、「左翼党」になるわけです。

そのまんまです。😅

こう書くと、左翼の人に睨まれますが、左翼の人はどうも私には「親元にいて親に文句を言い続けてる人たち」に見えてしょうがありません…

人生で、無駄になる経験なんて何もない。

頻繁に読ませていただいている、Wildsumさんの、人生なんてというブログのコメントのやり取りでのことです。

「人生は、たくさんの不満と少しの満足で成り立っている…」という出だしのブログでした。

そしてコメントのやり取りで、経験、試練は必ず自分のためになるというお話しの流れになりました。

私はそれを確信しています。

私の拙い経験ですが、熱しやすくて冷めやすい性格なので、今までの人生で色々なことに頭を突っ込みました。

まずは何でもやってみます。

よって、失敗だらけです。

しかも、かじっては飽き、かじっては飽きて…

どういうわけか、ある程度出来るようになると熱が冷めてしまいます。

「極める」というところまで行く前に飽きてしまうのです。

やめる時には必ず、自分に合っていないとか、才能がないなどという理由が出てきます。

「自分探しの旅」に出たくなるような心境です…😅

仕事も数回変わりました。

肉屋も魚屋も経験しています。

肉屋はそうでもないですが、魚屋の場合は、卸しも小売りもしていたせいか、一日中魚に囲まれて、身体は魚臭くなります。

お風呂に入っても取れないほどです。

「この職業をずっと続けられるだろうか?」

その頃の答えは「ノー」でした。

でも常に一生懸命やりました。

お陰様で今でも家内に、

「お父さん上手だから、これをお刺身に切って〜!」

とか、

「鶏モモの骨を外して〜!」

とリクエストされます。

真面目に一生懸命やっといて良かった…

人生、無駄になる経験なんて何もない。

と確信しています。

成功の反対は何もしないこと

佐藤仙務さんという経営者の言葉です。

佐藤さんはまだ30歳になったばかりです。

そして何と、

障害により指一本しか動かせません。

寝たきりなのです。

寝たまま会社を経営しています。

その人の言葉が、「成功の反対は何もしないこと」なのです。

多くの人が、「やってみること」、「まずは動くこと」、「すぐに行動に移すこと」の大切さを説いていますが、この人のこの言葉ほど響くものはありません。

他にも、「行動しないだけ損

じゃあ、どうする?

というのも、佐藤さんの言葉です。

指一本しか動かせない人が、「行動しないだけ損」と言っているのですから、五体満足な私は、どんどん行動すべきだと反省させられます。

じゃあ、どうする? の意味は、何かをする時に、人は普通、できない理由をまずは考えてしまいます。

できない理由なら、誰でもすぐにいくつも思いつくものです。

そうではなくて、その逆に、ではどうしたら出来るかを考えるという意味です。

ドイツ(他、ヨーロッパや大陸)で、デモ、ストライキが多い理由

も、国民性に基づいています。

例えばドイツのルフトハンザや電車のDB(ドイツJR)などの公共交通機関。

ベースアップか勤務時間短縮を求めて頻繁にストがあります。

自己主張です。

とにかく自分のこと(給料のアップや、働く時間の短縮)が最も大事。

日本人的にはここで2つほど合わないことがあります。

まず1番目。

日本人は、自分のベースアップや実労時間に、西洋・大陸ほどはこだわりません。

海外のことを知らないと、日本人もこだわるように見えますが、西洋(大陸)人と比べてみれば、こだわらないのと一緒のレベルです。

そして2番目。

自分の要求を通すために、お客様(人)に迷惑をかけるなどは、日本人にとってはちょっと出来ないことです。

人に迷惑をかけないようにする…

というのが、日本では最も大切なことのひとつです。

だから日本では頻繁にストが起きないのです。

先日、面白いバスのストがあったそうです。

ストとは言ってもバスは運行します。

でも運賃を受け取らないそうです。

乗客のことを考えたストだそうです。

個人主義(自己主張、利己主義)の西洋では絶対にそうはいきません。

これは、クールジャパンやホルホルなどのように浅いものではありません。

日本が開国をする前から訪れた外国人が、驚いて声を揃えて残しているたくさんのコメントも示していることなのです。

日本に対するサウジアラビアの評価

2011年5月の朝日新聞で報じられたそうです。

その頃、サウジアラビアでは日本ブームになったそうです。

日本人の規律の正しさ、正直さ、時間厳守がテレビで放送され、評価されたそうです。

「日本で財布を落としたらどうなるか…」

という実験番組も行われたそうです。

その結果は言うまでもありません。

「日本で財布をなくすと、戻って来た時に現金もまだ残っている」

というのは、日本に観光に来る外国人たちの間では少し有名なことです。

海外では、現金はすぐに抜かれてしまうのが常識です。

実は私、何年か前に沖縄に行った時に、大のトイレに財布を置き忘れました。

「しまった〜〜〜‼️」

と気が付いたのは、ホテルを出て乗っていたバスの中。

すぐにホテルに電話をしました。

結局財布は出てきたのですが、現金はなくなっていました。😂

日本ファン外国人日本旅行客の(噂の)嘘つき…😅

決して日本をかばうわけではありませんが、周りは外国人ばかりでした…😅

さて、サウジアラビアで放送されたその番組に対してどういう反応が起きたでしょうか?

「ヤラセだ!」

という声が出たそうです。😅

さすが大陸の人たち…

そんなことは信じられないようです。

サウジアラビアといえば、いつだったか教育大臣か何かが日本を訪問して、日本の学校では生徒たちが教室の掃除をすることを知って感激し、サウジアラビアでも取り入れたそうです。

確か最初は100校位でテストをしてみたとか…

その結果、生徒の日頃の態度に、とても良い影響が出たので、その数を一桁増やしたと聞きました。

その後はどうなっているのでしょうか…

ちなみに私も前のデュッセルドルフ市長に提案はしてみました。

取り入れてくれてはいませんが…😅

ドイツで見かける、家の壁に書かれた4桁の数字

つい先日、デュッセルドルフの郊外で見かけた家です。

この数字の意味が何だか分かりますか?

ドイツの田舎では時々見るこの数字、実はその家が作られた年を示すものです。

つまり、この家の年齢は何と丁度300歳‼️

この家が出来た時は、アメリカという国はまだ存在していませんでした。

ドイツもまだ国ではなくて、群雄割拠の時代。

ドイツって意外と若くて、国になってまだ100年とちょっとです。

ライト兄弟も生まれていないので、飛行機もありませんでした。

飛行機の歴史も100年とちょっとです。

病気の原因が病原体、菌だと分かってきた、ルイ・パスツールやドイツのロベルト・コッホもまだ生まれておらず、

ベンジャミン・フランクリンが、嵐の日に凧をあげて、雷の正体が電気だと分かったのがこの約30年後。

そんな頃にこの家は建てられました。

ドイツでは(多分ヨーロッパでは)、古い家は保護されて、勝手に壊すことが出来ません。

300年前の人たちが、現在のジョット機、人工衛星、電気製品、パソコン、携帯電話、臓器移植などを知ったら腰を抜かすでしょう。

そんな昔に建てられた家が、もしこの数字さえなければ、その古さに気が付かないというのはとても面白いです。

ドイツ人は、天気が良くなるとすぐに外(太陽の下)に出ます。 最近その理由が分かってきました…

ドイツはどんよりとした曇りの天気が多い国です。

雨の日というか、降雨量の統計では日本と似たような感じです。

でもどんより雲が多いのです。

だから外に出ずに家にいて、勉強家たちの勉強時間を増やすことにつながり、ノーベル賞を取る人など頭の良い人が多いと言われます。

天気が良いと、彼らはすぐに公園の原っぱなどに出てきて日光浴をしています。

そういう日は、デュッセルドルフのライン川の川原も人で一杯です。

多くのお散歩の人たちも見かけますが、曇りの日は閑散としています。

今年の冬は特に雨と曇りが多くて、お日様を拝めません。

そんな中で、たま〜にお日様が出ると、心が弾んで嬉しくなります。

ドイツに住んでいると、お日様が人間にどれだけ活力を与えてくれるかが、身に沁みて分かる気がします。

そういえば、ドイツでは日照時間が短く威力も弱いので、育つ植物も限られます。

お日様がくれる活力は、人間だけではなくて、全ての生き物に影響します。

以前、アボカドの種で実験をしました。

ドイツでも種から根を出すのは成功して、しばらくはスクスクと(?)育ってくれました。

ところがその後、1mに満たないうちに急に枯れてしまいました。

同じことをイタリアの地中海沿岸で行ってみると、今は立派な木になって実を付けているのです。

マリファナも、ドイツで育てると日光不足で吸っても何ともない普通の植物に育ってしまいます。

神様仏様の存在と、ソクラテスの有名な言葉

「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い」

という言葉を、あのソクラテスが残しているそうです。

その意味は、こういうことのようです。

真っ白い紙の上に、小さな円と大きな円を書きます。

その2つの円が、ある2人の人間の知識の大きさです。

大きな円は、博識の人の知識です。

小さな円は、無知な人の知識です。

円の周りは未知の世界、知らないことの領域です。

その領域は、紙の上だけではなくて、紙の外にも向かって無限に広がっています。

博識な人の知識は多いので、大きな円になり、円周も大きくなります。

未知との境目、接点が増えます。

ソクラテスの円は、かなり大きいと思います。

紙の中に収まりきらないと思います。

知識が少なくて円が小さいと、外側の未知との接点も少なくて、その無限大さに気が付きません。

ところが、知識を得れば得るほど円周が大きくなって、外側の未知の領域と接する部分が広がります。

そこで、知識を得れば得るほど、自分がまだ知らないことの大きさに気が付くということのようです。

大きい方では無限の宇宙、小さい方ではミクロの世界、例えばDNAなど。

そういった方面で研究を続ける多くの異才が気が付くことがあるそうです。

宇宙のことにしても、DNAなどの生き物の作りなどにしても、単に偶然や自然には出来得ないそうです。

そこに何か・誰かの意思でもない限りは。

それが神様・仏様かも知れません。

日本人のバックボーン

海外経験がない人には気が付くのが難しいと思います。

あるいはもし仮に海外在住経験があっても、現地の言語か、最低でもある程度の英語ができる人でないと、その理解は難しいと思います。

現地人との交わりも必要です。

世界の物差しで計った日本人は、かなり変わっています。

それは、日本ファン外国人の存在や、東日本大震災の時の日本人の姿を世界がどう評価したかに現れているのです。

それでも日本にいる普通の日本人には理解出来ないようです。

比べるものがないので、当たり前と言えば当たり前ですが…

それは世界でも稀に見る珍しさがあります。

120年ほど前に、新渡戸稲造という人が、“The Soul of Japan“という英語の本をニューヨークで出版しました。

新渡戸稲造は、5千円札に肖像画が出ていましたが、アメリカ人女性と結婚した明治時代の教育者、思想家です。

数多くの学校の校長や国際連盟事務次長なども務めた人です。

第一次世界大戦で勝利国だった日本は、代表国の一国として、パリ講和会議で人種的差別撤廃提案を提出しましたが、新渡戸稲造はそれにも関わっていました。

彼が出版した英語本の日本語訳である「武士道」は、その約10年後に出ました。

さらにはドイツ語、ポーランド語、フランス語、ノルウェー語、ハンガリー語、ロシア語、イタリア語などに翻訳されました。

その頃の日本は日露戦争にも勝っていたので、日本に対する世界の関心がとても高かったこともあって、ベストセラーになったそうです。

本の読者には、セオドア・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディ大統領、ボーイスカウト創立者のロバート・ベーデン・パウエルなどがいたそうです。

セオドア・ルーズベルトはその本を何冊も購入して、自分の子供たちや側近に「読め!」と配ったそうです。

日本語訳の本のタイトルが「武士道」ですが、日本人のバックボーンに関する説明の本です。

日本人には、西洋人のキリスト教のように、人生に大きく影響するこれといった宗教はありません。

仏教があると思いますが、「あなたは仏教の信者ですか?」

と聞かれて、はっきりと「Yes..!」と答える人は、かなり少ないのではないでしょうか?

結果的に多くの人が無宗教だそうです。

宗教を持った人は普通、持っていない人よりも強く生きていけます。

信じるものがあるからです。

そして宗教は、必ず道徳を教えます。

これと言って宗教のない日本人の道徳精神が、どうしてこうも高いのかが「武士道」には述べられています。

その理由が武士道なのです。

武士の時代から続く、各家庭での躾です。

身を美しくする躾が日本人のバックボーンを作っています。

当時の武士の子供たちは、藩校で四書五経(ししょごきょう)を一生懸命勉強しました。

四書五経とは儒教の経典で、次のものをいいます。

四書:『大学』『中庸』『論語』『孟子』

五経:『易経』『書経』『詩経』『春秋』『礼記』

中国の学問です。

武士だけではなくて、町民も寺子屋で似たようにそれを勉強しました。

当時の日本の支配層である武士の階級は、やはりその他全ての階級が憧れるので、どうしてもそうなったようです。

つまり、日本人のバックボーンの多くは、中国から来た教えに基づいているのです。

中国から輸入したものは漢字だけではなく、人間のバックボーンとなる思想そのものでもあるわけです。

個人的には、武士道と同じくらいに影響を受けているのは仏教だと思います。

例えば、天に唾を吐くとどうなるか?

これは、四十二章経という仏教の経典から来ています。

お天道様がいつも見ている(から悪いことをするんじゃない、良いことをしなさい)は、後漢書という中国の歴史書から来ています。

他にも…

嘘をつかない

親を大事にする

食べ物を残さない

掃除(身の回りをきれいに)する

脱いだ靴を揃える…

私がフォローしているブロガーの1人に、

「幸せのこころとかたち」上田祥広さんという、仏教にとても詳しい人から知ったのですが…:

人生とは、開けたら閉める、出したらしまう、使ったら片付けるの繰り返し。私たちはついつい開けたら、開けたまま、出したら出したまま、使ったら使いっぱなしにしがちですが、仏法では、一回一回元に戻すことを教えられます。それは心を元に戻す訓練のためです。

だそうです。

これらの道徳教育と思われることを日本人は小さな子どもの頃から躾けられます。

ちなみに友人の中国人曰く、「中国の古い良い教えを忠実に守ったのが日本人」だそうです。

そして、「そういう良い教えがあったからと言って当時の中国の民度が高かったのではなく、その逆に民の質が低かったから、そういう良い教えがいくつも生まれた」そうです。

核戦争によって人類は滅亡?

再び takeさんのブログ、人類がどんな形で終焉を迎えるか考えてみた!からです。

今度は、「3, 核戦争によって人類は滅亡!」からの延長? 脱線? です。

今までの中で、これが一番可能性が高い気がします。

今回のコロナで、つくづくそう思うようになりました。

我々人間とは、どれだけバカな生き物なのだろうかと…

実は何年か前、左寄りの知人と安倍政権の話になりました。

左寄りの人と、右寄りの人が一緒に話す内容としては、ちょっとリスキーです。😅

私は自分では「ど真ん中」だと思っています。

でも彼は私をきっと右翼だと思っているでしょう。

それでも、もう付き合いも長くてお互いに大人なので大丈夫です。

彼は、安倍政権の憲法改正の動きで戦争が起こりやすくなると言います。

私はそんなことはないと思いましたが、まずはそれ以前に、今どき戦争は始まらないと言いました。

特に先進国ではです。

これだけ世界が狭くなったので、平和を当たり前とする今の世論の力が強くて理性も働き、戦争など起こせないと思ったのです。

ところが今回のコロナで、その考えは吹っ飛んでしまいました。

オリンピックも含めた今回の政府やメディアの対応を見ていると、もし何かあって、一歩間違えば、核戦争が起こっても不思議ではないと思うようになりました。

でも、もし核戦争が起こっても、人類が1人残らず全滅してしまうことはないと思います。

人類が全滅してしまうには、もっと大きな脅威が必要そうです。

それこそ太陽が巨大に膨張するとか、あるいは逆に無くなってしまうとか。

恐竜が滅んだ理由のひとつとされている、惑星の地球への衝突とか…

むしろ逆に、今の地球が存在していることの方が奇跡です。

宇宙船で行ける範囲内、いえ、それ以上の広大な範囲に、生き物が生きていける条件を揃えた星は皆無です。

そんなに珍しい地球に生まれることが出来ただけでみっけものです。

そしてそれが続いていることは奇跡です。

だからそれだけで、十分に満足しなければならないと思います。

コロナもワクチンも怖くない人

になるのは意外と簡単です。

キャベツやキャベツの仲間、ブロッコリーなどを頻繁に食べるだけです。

毎日〜2日に1回程度。

そうすると、整腸されます。

つまり腸の中が、いわゆる善玉菌が喜ぶ環境になります。

腸の中には、善玉菌と悪玉菌、日和見菌がいます。

腸の中の環境が、善玉菌が喜ぶ環境になると、善玉菌が増えます。

そうすると、日和見菌も善玉菌に変わります。

そうなると、免疫力が強くなります。

免疫力が強くなると、病気にかかりにくくなります。

病原菌、異物が身体に入って来ても、免疫力が強いので、病原菌をやっつけてくれます。

免疫力が弱いと、病原菌が瞬く間に身体中に広がってしまいます。

その状態が、病気にかかった状態です。

ワクチンも、病原菌から作ります。

今回のコロナワクチンは、人口的に作られたものだそうですが、身体に入ってくる異物には変わりありません。

だから、免疫力を上げるとコロナもワクチンも怖くなくなります。

私はもう10年近く風邪やインフルエンザとは無縁です。

外科以外は医者知らず、薬要らずです。

ご縁あってワクチンは受けましたが、副反応はゼロでした。

つい最近、ブロッコリーが好きなお客さんに気が付いて聞いてみました。

風邪を引かない方ではないですか?

答えは、

「はい引きません」

でした。

日本ではコロナ感染者が増えて、感染経路もますます不明だそうです。

よって、マスクなどが意味があるのかどうか分かりません。

ところが、免疫力が強いと、明らかにコロナに対しても、ワクチンに対しても強くなれます。

AI、ロボットの現状

再び takeさんのブログ、人類がどんな形で終焉を迎えるか考えてみた!

からの脱線です。

いえ、脱線というよりは、その中の

「2, AIの暴走によって人類が絶滅する!」

からの延長です。

日本のロボットは優れていることで世界中で知られています。

でも実は、アメリカも凄いのです。

そして、開発の仕方が過激(?)です。

ロボットが、人間のようにちゃんと歩けるようになるのは至難の技だと言われたのはもう、ふた昔、み昔も前のお話しです。

ホンダのアシモがそれをやってのけて素晴らしいことになっていますが、

ボストンダイナミクスという会社のロボットの動画を見ていると、少し背筋が寒くなってきます。

もうSFそのままです。

「ここまで進んでいる!」

もうすぐ警官や兵隊は、本当にロボットになってしまいそうな勢いです。

もし、最後の犬ロボットを抱えたジャンプが本物であれば、アシモは足元にも及ばないでしょう。

これでもう1年前ですから、今ではどうなっていることやら…😰

そのボストンダイナミクス社は以前グーグルの子会社でした。

その後、ソフトバンクグループが買収しました。

ですが昨年の暮れ、80%の株を現代自動車グループに売ったそうです。

ウイルス感染によって人類が滅亡するか?

再び takeさんのブログ、人類がどんな形で終焉を迎えるか考えてみた!からです。

今度はその中の、

「1, ウイルス感染によっての滅亡!」

からの延長? 脱線? です。

現在のコロナは、ある意味では世の中を変えてしまいました。

でも、100年ほど前にも、スペイン風邪という似たようなケースがあったそうです。

その時は、今のコロナと比べ物にならない数の人が亡くなったそうです。

スペイン風邪の前にも、ペスト、天然痘、コレラなどが、100年〜2、3百年の周期であったそうです。

今後も間違いなくあるはずです。

では、人類を滅亡させてしまうような強力で恐ろしい伝染病は現れるでしょうか?

例えばゾンビのような?😅

それはないと確信しています。

なぜならまず第一に、人間の身体は意外と強く出来ているからです。

老衰したお年寄りとかは別です。

身体には、免疫力とか恒常性というものが備わっています。

病気は元々、そういった人間の身体自身が自分で治します。

手術などを除けばお医者さんも、

抗生物質などを除けば薬も、

ほんのお手伝いにしか過ぎません。

2番目は、医学はどんどん発達していますが、病原菌は変異しても発達はしません。

医学が発達すると、予防や治療の力がアップします。

ちなみに変異株というのは、感染率は高くなっても、菌の威力は弱まるそうです。

今までで一番酷かったのは、14世紀のペストだったそうです。

ヨーロッパの人口の、何と3分の1までが亡くなったそうです。

もし今後、とても強力な伝染病が現れたとします。

その場合、すぐに床に伏せて数日でコロッと逝ってしまうとします。

そうすると、恐ろしいのは確かですが、感染者の動きはかなり限られています。

すぐに動けなくなるからです。

よって、あまり広範囲に菌が広がりません。

エボラ熱が世界に広まらない理由もそれだそうです。

100匹目の猿現象

昨日のブログからの続きです。

100匹目の猿現象をご存知でしょうか?

ある海岸に住んでいる猿が、海の浅瀬で手に持っていたお芋か何かを海に落としました。

拾って食べてみると、お芋は海の水で洗われていてきれいになり、しかも塩味が付いて美味しいです。

そこでその猿とその仲間たちは、それ以降は芋を海水で洗ってから食べるようになりました。

ところが、どういうわけか、遠く離れた別の海岸に住む猿の群れにも、ほぼ同時期に同じことが起こったのです。

彼らには情報のやり取りはないので、偶然でしかありません。

100〜200年前の人類が正にそれでした。

当時はインターネットがありませんでした。

メールやSNSがなかったどころか、ファックスや電話もありません。

遠く離れた同士のコミュニケーションツールは、唯一手紙のみでした。

当時は移動の手段として飛行機がまだなかったので、手紙は船で運ばれます。

つまり例えば、ヨーロッパとアメリカの間の情報の交換には、1ヶ月とかの長い時間がかかりました。

そういう情報の伝わり方の遅かった時代に、世界中で面白いことが起きていました。

それが100匹目の猿現象です。

それが、昨日のブログの飛行機の歴史のお話しに続きます。

人類初の人間を乗せた飛行に成功したのは、アメリカ人(ライト兄弟)だったのか、日本人だったのか、イギリス人だったのか…

他にも似たようなお話しがたくさんあるのです。

当時の有名な発明家と言えばエジソンです。

あのエジソンが発明した数々の技術、実はほぼ同時期にヨーロッパでも開発が進んでいたのです。

エジソンに限らず、歴史に残っている科学、技術の発明の陰には、似たような例が残っているのです。

横の連絡がありようにないのに、ほぼ同時進行していました。

それが正にとても不思議な100匹目の猿現象なのです。

ライト兄弟よりも早く空を飛んだのは、実は日本人? イギリス人?

いつも読ませていただいている takeさんの最近のブログで、

人類がどんな形で終焉を迎えるか考えてみた!

というのがあります。

一見、物騒なタイトルですが、科学、技術、医学、未来などに興味があると気になるタイトルです。

興味深く読ませていただきました。

私も聞いてはいましたが、実は太陽には寿命があるそうです。

あと10億年〜40億年の寿命だそうです。

太陽が亡くなってしまうと、あるいはその前の膨張で巨大化してしまうと、地球上の生き物が生きていくのが不可能になります。

それを知ると、じゃあ一体、子孫の繁栄に意味があるの?

ということになってしまいます。

まあ、10億年〜40億年先のお話ではありますが…😅

普段から私は、生き物の第一の義務、使命は、

命を続けて引き継いでゆくこと、

つまり、「自殺などとんでもない! まずは自分が天寿を全うして、子どもを残す!」

と訴えています。

その理屈も理にかなっていないことになってしまいます(?)。😅

でもそのお話しの中で、ついつい私が忘れていたのは、人類が進化しているというか、恐ろしいペースで科学・技術を発達させていることです。

その中のほんの一例である飛行技術。

有名なライト兄弟。

彼らが、世界初の有人動力飛行に成功したのが1903年です。

つまり僅かまだほんの120年前。

当時のライト兄弟に、120年後である現在の、音速以上の速度で飛ぶジェット機や、月着陸ロケットアポロの話しをしたら信じてもらえるでしょうか??

飛行技術以外にも、この100年〜200年の間に、科学、医学、技術などはとんでもなく進歩しました。

その進歩の度合いは、当時の人たちが、現状を信じられないであろうというレベルだと思います。

何が言いたいかというと、人間の技術には、僅か100〜200年の間に、信じられない進歩があります。

太陽の寿命まではまだあと数十億年。

この長い時間の間に、どれだけ人間の技術の進歩があるだろうか? というお話しです。

僅か100〜200年の間に信じられない早い進歩ですから、それがウン十億年先のお話しとなると…

高速を超えるスピードの乗り物の存在があり得ます。

あるいは、あのハエ男が発明した瞬間移動機です。

タイムマシンもあり得るでしょうか?

現在の技術でも、天体望遠鏡で既に地球と似た環境の惑星はかなり遠い所で見つかっているようです。

残念ながら、地球のすぐ周りにはそういう惑星はありません。

すぐ周りにある惑星は、温度がプラスマイナス数百度で、生き物が存在できません。

でも、ウン万光年離れた所にはそういう惑星があるそうです。

問題は、そこまでの距離がウン万光年とか遠過ぎること。

光のスピードでウン万年かかる距離です。

でも、今後の運億年の間の技術の進歩でそういうところへ行けるようになれるかもしれません。

それでも問題があります。

そういう生き物が生きられる条件の惑星には、既に他の生き物が存在している可能性があることです。

そうすると、人間はそこではヨソ者、侵略者になり得ます。

その惑星にはまだ植物しかいないとか、あるいはいても地球の動物レベルの生き物しかいなければ、人間にとってチャンスです!😅

そうでないと戦争かもしれません。

スターウォーズの世界です。

そこで話しが横道にそれます。

以下は、

ライト兄弟より前に空を飛んだ日本人 – 知られざる日本人の功績の一部を、書籍『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!』から紹介します

からとなります。

「世界ではじめて飛行機の有人動力飛行に成功したのはライト兄弟」ということは常識として知っていても、「彼らより12年も前に飛行機を飛ばした日本人がいた」というのは知らない人が多いかもしれません。

 21歳のときに徴兵され、香川の丸亀歩兵第一二連隊に配属された二宮忠八は、野外演習の帰り道に、昼食の残飯を狙って舞い降りてきたカラスの動きから「向かい風を翼で受け止めたら、空気抵抗で自ら空を飛ぶことができる」と思い立ちます。これが、固定翼による飛行原理の発見です。

 そして、1年間の試行錯誤の末、忠八は「カラス型飛行器」を完成させます。「飛行機」でなく「飛行器」というのが、彼が命名した名前でした。

 まだ国産のガソリンエンジンがなかったこともあり、この「飛行器」の動力はゴム。いっぱいに巻いたゴムのねじり戻しの力でプロペラを回して飛ぶというものでした。

 これを原始的だとあなどってはいけません。1891年4月29日、丸亀練兵場の広場で行われた飛行実験で、「カラス型飛行器」は10メートルほどの飛行に成功、翌日には30メートルに飛距離を伸ばしたのです。

 自信をつけた忠八は有人飛行器の設計を始めますが、当時はまだ人が空を飛ぶことなど日本人には想像もつかない時代です。軍に研究開発費の支給を却下されたこともあって、忠八の夢は幻に終わってしまいました。

しかし、無人飛行機とはいえ、ライト兄弟よりも早く飛行原理に気づいていたのは驚きです。忠八の功績は後年になって評価され、彼が飛行実験を行った4月29日は「飛行機の日」とされています。

但し、ライト兄弟よりも50年早く飛んだイギリス人というのもあるので、どれが本当かは分かりません。

そこで思い出すのが100匹目の猿です。

明日のブログに続く…

戦後の態度で分かる、戦勝国の性格、品格

今日は終戦記念日です。

左翼さんや反日さんに言わせると、敗戦記念日です。

どちらも事実です。

さて、第二次世界大戦後、東京裁判というものが行われました。

戦勝国が集まって原告及び裁判官となり、戦争中に活躍した日本軍人を裁きました。

戦勝国が敗戦国を裁くのを裁判とは言えません。

リンチだと思います。

もし戦争の結果が違っていて、日本が戦勝国となっていたら、当時英雄となったアメリカ軍人が戦犯になり、戦犯にされた日本軍人は英雄にひっくり返るからです。

しかも、戦争の国際ルールを破り、男は怪我人か病人、お年寄りや女性と子どもしか残っていなかった日本の各都市への爆撃、広島、長崎への原爆投下に対してはアメリカの誰も裁かれず、責任を取っていません。

さらにはアメリカ軍(GHQ)のWGIP(戦争責任洗脳工作)によって、日本(軍)人はとても悪い人間で、戦争を仕掛けたり、東南アジアに侵略したと思い込まされてしまいました。

76年経った今でもそれは、自虐史観として日本人の中に残ってしまっています。

第二次世界大戦の35年ほど前、

日露戦争という、日本がロシアに勝った戦争がありました。

戦争が終了した際の記念写真が残っています。

日露両軍の大将と軍幹部が一緒に写っている写真です。

その写真では、ロシア軍側の大将や軍幹部が捕虜として写っているわけではありません。

ロシア軍側も武器を携帯しています。

乃木将軍は、中列左から2人目

両軍が、戦っている時のそのままの姿でお互いを称えるように一緒に写っています。

実はこの取り計らいは、明治天皇から伝わったものだったそうです。

さらにお話しは続きます。

その後、ロシア側のステッセル司令官は、敗戦の責任を取る形で、ニコライ2世から死刑を求められました。

それを知った日本軍のトップ、乃木将軍は、ニコライ2世にステッセル司令官の戦いを褒め称え、思いとどまるように手紙を書いたそうです。

ステッセル司令官は、死刑にはならなかったものの、地位や立場がなくなって生活にも困るようになったそうです。

それを聞いた乃木将軍は、何と毎月の自分の給料からロシアに仕送りを続けたそうです。

司馬遼太郎の有名な日露戦争の小説、「坂の上の雲」では、乃木将軍は無謀な特攻で多くの兵士を無駄死にさせた愚将のように書かれています。

本当でしょうか?

戦後になって、乃木将軍を慕う兵士が多くいたそうです。

ただの愚将ならそうはならないはずです。

乃木将軍の実像は、素晴らしい人物であったのではないかと想像できます。

第二次世界大戦後に、アメリカ側の主要な大将と、日本側の大将が一緒に写った写真など存在するでしょうか?

最高の老化防止法とは?

老化とは、色々と失っていくことだと思います。

記憶力

体力

毛髪

活気、元気、勇気、覇気

柔軟性

かゆい背中に手が届かなくなる…etc…😅

最後には、同級生を失う(寿命で亡くなる)…😅

あるいはその前に自分がいなくなる…😅

老化防止に良いのは趣味を持つことだそうです。

何か熱中できるものがあると、老化が遅れるようです。

趣味も良いかも知れませんが、それ以上に良いと思えるものがあります。

チャレンジです。

老化で色々と、今まで出来たことができなくなってくるので、その逆を行くのです。

今まで出来なかったことを練習して、出来るようになるものを増やすのです。

出来なくなることと、出来るようになることのプラスマイナスで、プラスにするのです。

失うものより、得るものを増やすのです。

後者を増やして前者を凌げば、寂しさ(老化)が軽減されるどころか、嬉しくなります。

今出来ないことを出来るようになるためには練習が必要です。

練習の継続には、とても厄介な根気というものが必要ですが、上達の喜びはそれを打ち消してくれてさらにお釣りが来るほどです。

私の場合は、ジャグリング(お手玉)や、一輪車などです。

今までできなかったことに挑戦して練習します。

根気さえあれば、誰でも出来るようになります。

私はいくつか同時進行させていますが、欲張らずにひとつでも良いと思います。

なぜならそれぞれのひとつづつがとても奥深いからです。

例えばジャグリング。

誰でも出来るのは両手で2つ。

そして最初のトライアルは両手で3つとなります。

両手で3つは、しばらく練習すると意外と簡単に出来るようになります。

その次は片手で2つ。

そして両手で4つ、

片手で3つ、

両手で5つなどと増えていきます。

世界のトップクラスになると、確か両手で10個を超えていると思います。

私は現在片手で2つをマスター中、両手で4つを練習中です。(← 聞かれてもいないのに、自分のことを言い出す奴が世の中には多い。😅)

そのレベルで既に苦労しています。(練習好きな方ではないので、毎日練習しないからです。😅)

目標は、一輪車に乗ってジャグリング。

そこまで出来るとサーカスのレベルになります。

繁華街に行って、帽子を前に置いてやると稼ぐことさえできます。

でも、お墓に入る前までには無理かもしれません。

それでも、目標は高く!😅

最高の(?)老化防止 = 今まで出来なかったことに挑戦して練習する。

他にも、勉強という手もあります。

例えば漢検。

1級合格に挑戦し続けている老人もいます。

以下は、何でもプラス思考、国家資格&検定:最高齢合格者調査(ご老人のパワーに驚嘆!)というサイトからです。

この方は戦争を体験しており、学徒出陣して朝鮮に行きソ連と対戦されています。

勉強したい時間を戦争に奪われてしまったようです。

しかも2年のシベリア抑留から帰国した後は、80歳まで働き通しだったようです。

そんな中、75歳から漢字の勉強を始めて78歳で1級合格。

更にそれだけに留まらず、78歳から継続して漢検1級を受け続けているようで、何と22回合格!

この方はこんな事をおっしゃっています。

「人間、最期の瞬間まで挑戦し続けなければ。僕にはそれが漢字なのです。強制収容所で死んだ仲間を思えば、今は幸せ。孫に負けられない。100歳で1級に合格してみたい」

すごいとしか言いようがありません…

心に刺さりました。

最高の対コロナ対策は、キャベツとブロッコリー

キャベツやブロッコリーを頻繁に食べていると、何が起こるかご存知でしょうか?

キャベツとブロッコリー、カリフラワーなどは同じ野菜の仲間です。

栄養も豊富ですが、凄いのはその食物繊維です。

人間の腸の中には、たくさんの菌がいます。

善玉菌、悪玉菌、日和見菌とも呼ばれているものです。

善玉菌が増えると、免疫力が上がります。

そうすると、病気に対して強くなります。

善玉菌は、食物繊維を好むらしいのです。

善玉菌が増えてくると、日和見菌も善玉菌になって、ますます善玉菌が増えます。

病気になりにくい体質になります。

どうして病気になるのかというと、風邪やインフルエンザ、コロナなどの菌が身体に入ってしまったとします。

そうすると、その菌は身体の中で物凄いスピードで増えていきます。

その時に、免疫がその菌と戦ってくれます。

戦いで、免疫が完勝すると、「やけにタンが出るな〜」程度で終わり、無症状感染で終わります。

その状態で、最高のワクチンを得たことになります。

免疫が戦いに負けると、菌はどんどん増えていって、病状が悪化します。

つまり、免疫力を上げることは、消毒やマスクなどの、それ以前の対病気対策のふたつ目の強力なバリアになるわけです。

第一のバリアである、消毒やマスクよりもはるかに強力です。

今の世の中の傾向だと、ワクチンを打たざるを得ないと思います。

ワクチン接種証明がないと、旅行に行けないとか、レストランなどに入れない(ドイツの場合)などとなるからです。

免疫力が高いと、ワクチンに対しても身体が強くなります。

なぜならワクチンは、その菌を弱めたりしたものだからです。

だから免疫力が高いと、ワクチンを打って熱が出たり、具合が悪くなったりしません。

私も副反応ゼロでした。

もう10年近く、風邪にもインフルエンザにもかかったことがありません。

どうして政府は、「免疫力を上げろ!」と国民に訴えないのでしょうか?

キャベツ、ブロッコリーを食べるだけのことなのに…

昨日あるお客さんとバイキング形式の夕食で一緒でした。

その人がブロッコリーをパクパク食べているので、ついつい聞いてしまいました。

「ブロッコリーがお好きですか?」

「はい」

「滅多に風邪を引かないですか?」

「はい、引きません。」

それを思い出してこれを書きました。

免疫力アップは、花粉症やアトピー、ニキビなどの出来物にも効きます。

どうして「外人さん」は、日本でチヤホヤされるのでしょうか?

オリンピック最後の種目のひとつのマラソンで、3人の黒人さんが表彰台に立ちました。

金はケニア人。

ケニア人はマラソンでとても活躍しています。

ちょっと気になったのが、シルバーのオランダ人と、ブロンズのベルギー人です。

2人とも黒人でした。

「だから何?」で、

黒人に文句があるわけでも何でもありません。

でも、オランダ人、ベルギー人って、黒人だったっけ?

白人じゃなかったっけ?

と思ってしまいました。

そこで、そのことをブログで書いたのですが、早速、佐藤さんから興味深いコメントが入りました。

黒人とのハーフの子どもとかが、日本の学校で苦労するそうです。

地毛の金髪や、青い目のハーフもそうだと思います。

私のお客さんにも1人、アメリカ人とのハーフがいます。

戦後の頃に生まれた人なので、かなりのイジメに遭ったそうです。

多様性とか人権が叫ばれる今日、実態はまだそれについていっていないようです。

それで思い出したことと、気が付いたことがあります。

思い出したのは、あるスイスのスキー場で会ったスイス人。

こちらを日本人と思ったのか、日本語で話しかけられました。

その気持ちは分かります。

滅多にありませんが、私も一時帰国をしている時に、もし近くでドイツ語が聞こえて、そこにドイツ人がいたら、日本人の顔をした私から、ついついドイツ語で話しかけたくなるからです。

その辺の詳しいところは、是非一度、

ねえ、ママ見て見て、凄いでしょ!

をご覧下さい。

好奇心が強い私は聞きました。

「どうしてそんなに日本語が上手いのですか?」

その人の日本語は、特にアクセントもなくて日本人並(?)でした。

その人曰く、うん10年日本にいたそうです。

私: 「どうしてそんなに長かったのですか?」

彼: 「外人なので…」

私: 「????」

詳しく聞いてみると、

日本では外人さんはかなりチヤホヤされるそうです。

そう言えばそうかもしれません。

ドイツでは、と言うか、外人が多い西洋ではそういうことはありません。

珍しいからでしょうか…

さらには日本人には、どこか心の奥の方で、日本人より西洋人の方が優れていると思っているところがないでしょうか?

よって、外人は日本ではとても居心地が良いわけです。

ところが、もしその外人さんが外人ではなくて、日本人であった場合は?

問題はその時に起こるのだと思います。

何しろ日本では、横並びを強いられます。

出る杭は打たれますし、

変わったことは嫌われると思います。

そこで、「同じ日本人として」髪の毛や目、肌の色が違うとイジメに遭うのではないでしょうか?

だとしたら、日本人として日本人の集団に紛れ込もうとはせずに、「私は外人!」を強く打ち出すというのはどうでしょうか?

先に述べた、「どこか心の奥の方で、日本人より西洋人の方が優れていると思っている…」という点、

これも多分、戦後のGHQ政策・作戦の大成功ではないでしょうか?

アメリカでは、自国の歴史の教科書を読むと、誇りを持つようなことが書いてあるそうです。

日本ではその逆に、自虐史観に染まってしまう内容が書いてあります。

しっかりしましょう、日本人‼️

「ねえ、ママ、見て見て、凄いでしょ!」

とは、以前うちの次男が母親に言った言葉で、どういうわけか忘れられません。

この言葉に、男の生き甲斐の全てが表されていると思うのです。😅

子供の頃から、大人になって年老いるまで…

ねえ、ママ、見て見て、凄いでしょ!

は、勿論子どもの言葉です。

テストの点数が良かった。

スポーツが上手くなった。

今まで出来なかったことが、練習を続けて出来るようになった…

子どもは無邪気なので、自分で凄いと思うと、母親にも見せて自慢をしたがるわけです。

ですがそれって、歳を取って大人になっても一緒だと思います。

仕事や運動、ホビー、何でも良いのですが、ちょっと抜きん出たことが出来るようになった時です。

対象相手は家族、同僚、友人知人、他全て。

それは歳老いても同じではないでしょうか?

実際に私も、一輪車に乗っているとよく、すれ違う人に「いいね!」をいただきます。

ジョギング中の綺麗な女性から、“cool..!“ とか言われると、もうモチベーションが上がりっぱなしです。😅

あの孫正義さんもそうです。

奥さんと一緒になって、「幸せにしてやるから(俺と結婚して良かったと思わせるから)見とれ〜!」みたいなのりがあったことが自伝に書いてありました。

そこであの豪邸だそうです。

これは男だけでなく、女もそうかもしれません。

でもその傾向は男の方が高いのではないでしょうか?

一度、食あたりを起こした(と思われる)レストランは 2度と行かない?

以前ある中華レストランで、ビジネスの会食用に予約をして皆さんに場所と時間をお知らせしました。

数日後に電話が入り…

「実はあのレストランで食あたりを起こした人がいて、レストランを変えて欲しいのですが…」

というリクエストでした。

そのレストランに恩も義理もないので、勿論全く問題ありません。

それでもついつい思ってしまったのは…

それって一度、墜落した飛行機会社の飛行機は 2度と乗らないようなもの?

ちょっと例が悪いですが…

以前、ある韓国レストランで、ユッケが当たったよう(?)で、夜中に激腹痛で死ぬ思いをしました。

あと数分、あの激痛が続いていたら救急車を呼んでいたと思います。

翌日確認すると、差はあっても8人中7人が似たような状態だったそうです。

でもそのレストランはその後行き続けています。

「一度あることは二度ある」

それも確かに言えます。

あるいはそのレストランでは何回も食中毒が出ている。

それなら分かります。

ですが、たったの一回だけ、あるレストランに行ってお腹を壊したからといって…

第一、原因はどこにあるか不明です。

その時の体調や、昼に食べた物が原因だったかもしれません。

これもやっぱり単なる気分の問題ではないでしょうか?

以前、ヨーロッパでテロによる爆破事件が続いた時があります。

ドイツに住む最も多くの日本人は駐在員ですが、その知人の1人に聞かれました。

丁度、休暇時期の前でした。

あちこちで爆破事件が起きているので、旅行はやめておいた方が良いでしょうか?

聞かれれば必ず親身に答える私は言いました。

「丁度行く予定の都市で、何十ヶ所も続けて爆破事件が起きたのであれば考えものですが、今のレベルなら、落ちることもある飛行機に乗るか乗らないかと同じレベルではないでしょうか」

オリンピック最後のマラソン

オリンピックの最後の種目の一つはマラソンでした。

金メダルはケニア。

銀はオランダ。

銅はベルギー。

3人とも黒人の選手でした。

彼らは北海道で走ってすぐに飛行機で移動したのでしょうか?

オリンピックのマラソンで、表彰台に立つオランダとベルギーの選手が黒人ということで、どうしても考えてしまうことがあります。

民族的に生粋のオランダ人やベルギー人である白人は、それを複雑な思いで見ていたのだろうかという疑問です。

黒人のオランダ人も、ベルギー人も、間違いなく移民のはずです。

そしてそういう場合は普通、各国の元植民地から来ている人達です。

だからフランスには黒人がたくさんいます。

1500年代から1900年代まで、アフリカも西洋の国々の植民地として、かなりのひどいことをされて搾取され続けました。

1884年にベルリンで、先進西洋国が集まって、アフリカのどの国を植民地とするかが話し合われました。

地図を見るとアフリカには、国境線が真っ直ぐに伸びている国々があります。

西洋人が勝手に国境を決めたからです。

それによって部族間争いも起きました。

さらには、植民地支配、コントロールをスムーズに行えるように、一部の部族だけにわざと肩入れをして部族間抗争を起こさせました。

そうすることにより、白人への敵意の矛先を、他の部族に向けました。

一部の部族に肩入れをして支配権を与えれば、白人たちの労力を少なくすることも出来ます。

日本も幕末〜明治の頃に似た状況に置かれました。

幕府側についたフランス、薩摩と戦争を起こした後に、明治新政府側についたイギリス…

部族間抗争が目的ではないですが、日本も当時、かなり危なかったのです。

そういった過去があるので、少なくともそれを知っている人たちは、複雑な気持ちで見ていたのではなかっただろうかと思った次第です。

一応そういうことはオランダでもベルギーでも学校で習うと思いますが、全くそのことに思い至らない若い人も多いとは思います。

何しろ今の日本には、昔アメリカと戦争をしたことを知らない大学生がいるそうです。

その頃に、白人がしたひどいことを今更持ち出して責めたいというのではありません。

その当時の白人(アメリカ人)の戦略で、悪いのは日本だったと思い込まされてしまっている人たちが、ひとりでも多く自虐史観から抜け出して欲しいだけです。

オリンピックの近代5種競技

さて今日は、オリンピックの最終日。

日本時間ではもう終わっている頃でしょうか?

ところで、近代5種競技というのをご存知でしょうか?

1人の選手が1日の間に、フェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃、ラン)という、それぞれに全く異質な5種類の競技に挑戦する、万能性を競う複合競技。「キング・オブ・スポーツ」とも呼ばれます。

JOCオフィシャルサイトから

私も今日、その競技のことを初めて知りました。

なぜなら、ドイツの代表選手が馬術の競技中に、馬が全く動かなくなってしまい号泣して、

さらには、近寄ったコーチが馬にひどい罵声を浴びせ、叩く仕草を見せて失格。

それまでは、他の種目でトップだったようです。

ドイツで大々的に報道されたからです。

変わった競技の組み合わせなので、競技人口がとても少ないそうです。

日本全国のこの競技の競技人口は何と、たったの40人。

それは何を意味するかご存知でしょうか?

かなりのチャンスがあるということを意味しています!

競技人口が少ないと、それほど上手ではなくてもトップに行けるのです。

メジャーなスポーツで日本一とか、あるいは世界一になるには、よほどの才能、努力、環境に恵まれても無理です。

ところが、競技人口が少ないと…

昔、ドイツではスカッシュが流行していました。

ひょっとして、当時はサッカー並に?

私も結構のめり込んで、地区大会には出れるほど励んでいました。

でも単なる地区大会です。

そんな頃に丁度、日本に出張して3ヶ月も滞在したので、スカッシュの出来る場所を探しました。

滞在先は大阪でしたが、なかなか見つかりませんでした。

知人も探すのを手伝ってくれて、ついに1ヶ所見つけました。

早速行ってみると、結構上手い人たちが練習していたのです。

練習の様子で、その人のおおよその実力が分かります。

飛び込み営業で鍛えられている私は、遠慮もなく1人のとても上手そうな女性に練習試合をお願いしました。

かなり上手な女性でしたが、男女の体力差もあるので(?)勝てました。

プレーが終わった後に話を聞くと、何と彼女は元全日本チャンピオンであることが分かりました。

「え〜〜! ウッソ〜〜〜!」

いえ、決して自慢話しなどではなくて、競技人口の違いが何を示すかを知っていただきたいのです。

競技人口が、日本全国で僅か40人。

まだ若くて運動神経が良く、経済的に余裕のある人ならチャレンジしてみる価値があります。

5種目の内、水泳競技者から始める人が多いそうです。

水泳は、200mのフリースタイルです。

目安となるのが2分30秒。

本格的に競泳をしている人たちなら、結構楽勝のレベルです。

これを読んでチャレンジを始めてくれる人がもし現れたら嬉しいです。

オリンピック男子400mリレーで日本は棄権?

門田 隆将さんというジャーナリストがいます。

政治、外交関係が強いようですが、オリンピックも詳しいようです。

その門田さん曰く、今回のオリンピックの陸上400mリレー日本代表には「金」の可能性があったそうです。

四人の一人一人のタイムは、世界のトップレベルには敵わないそうです。

ところが、途中の3回のバトンタッチの技術を究極に磨いているそうです。

一人一人の100mは、スタートした後に各人のハイスピードに達します。

ところが、バトンタッチの所で必ずペースダウンになるそうです。

そのペースダウンを究極になくす特訓だそうです。

そこで400mの合計では早いという方法だそうです。

バトンの渡し方も変わっていて、普通は上から渡すのを、下から渡す方法だそうです。

そう聞いていたので、とても期待していました。

ところが…

一体どうしたのでしょうか、第二走者がスタートしませんでした。

バトン渡しを究極に突き止めた結果の失敗だったのでしょうか?

ニュースによると、予選は「安全バトン」で行き、ファイナルは「攻めのバトン」だったそうです。

究極を求める無理がたたったのでしょうか…

あの後、何十メートル遅れてみっともない位でも、四人全員が全速力で走ってくれていたら…

残念でもその真剣な姿に多くの拍手も受けられたと思うのは酷、欲張りでしょうか…

それでも今日の野球のゴールドは立派でした。

コロナ感染者がワクチンを打った???

日本では、コロナにかかった芸能人がワクチンを受けたと聞きました。

それは残念ながら意味のないことになります…😅

一度コロナにかかると、最高のワクチンを打ったのと同じになるからです。

ワクチンは、インフルエンザなどの場合、その菌を弱めるなどしたものです。

それを注射で体内に入れておくと、身体(免疫)が覚えてくれます。

一度身体に入ったことがある菌は、身体(免疫)が覚えてくれて、菌退治が早くて強くなります。

そこでもしその菌をもらっても、かからない、あるいはかかっても軽い… となります。

よって、一度コロナにかかった人は、最高のワクチンを打ったのと同じ状態になるわけです。

なので、一度コロナにかかった人がコロナワクチンを打つのは意味がないのです。

でも今回のワクチンは、普通の作り方ではなくて、人工的(?)に作ったようです。

であればなおさら、一度実際にコロナにかかることが一番安心(?)です。

ワクチンの始まりに関しては、1700年代のイギリスのお医者さん、ジェンナーが有名ですので、興味のある方は「天然痘ワクチンの開発者 エドワード・ジェンナー」をご覧下さい。

オリンピックのボルダリング女子、シルバー、ブロンズを獲得。日本語のコツは、ドイツ語ではトリック

ボルダリングは、誰にでも分かりやすい別な言葉で言うと「壁登り」です。

今回、初めてオリンピックの種目に選ばれました。

3種目あるのですが、その中のスピードという競技を見ていると、まるでスパイダーマン(ウーマン)です。😅

とんでもないスピードで壁を登っていきます。

日本人に向いたスポーツだと言われて、日本人女性が世界のトップクラスにいます。

私のホビーもボルダリングだったので少し知っているのですが、有名な30代前半の野口さんという人がブロンズでした。

他にもアメリカに住む、まだ20歳の白鳥さんという凄い女性がいて期待していたのですが、姿が見えませんでした。

家族で見ていたので、少し経験している私はついつい偉そうに、「足の使い方が結構コツのひとつなんだよ」と…

足に腰を乗せて腕を休ませている選手を見た時でした。

そしてその時に、こちらドイツ生まれ、現地校に通い続けた、日本語が苦手の長女に聞かれました。

「コツ」ってな〜に?

ちょっと考えて、「Im Griff zu bekommen」と答えました。

「えっ、何それ、古〜〜〜!」と言う娘。

続けて、「分かった、Trick だ!」

私の習ったドイツ語は、既に死語になっているようです。😅

「いや、トリックじゃないよ」と私…

侃侃諤諤(?)の末、日本語の「コツ」はドイツ語では „Trick“ だということが分かりました。

「コツ」が「トリック」?

日本人には理解が難しい訳だと思った次第です。

ちなみにその「コツ」、骨から来ているそうです。

以下はコツ – 語源由来辞典から…

コツ語源は、漢語「骨(こつ)」。 骨は体の中心にあり、体を支える役目を果たしていることから、人間の本質や素質などを意味する。 そこから、コツは勘所や要領も意味するようになり、物事の本質を見抜き、自分のものにすることを「コツをつかむ」と言うようになった。

日本政府は、アイヌ人に本当に酷いことをした?

世界で最も人種差別のない国、日本という先日のブログで、次のコメントをいただきました。

「たしか日本政府は北海道入植時にアイヌを虐待したのではないでしょうか。本州北部および北海の島々からアイヌ民族を北海道に連れてきて、彼らの言葉を禁止して日本語教育を強制したと読んだことがあります。果たして天皇や首相は直接アイヌに謝罪したのでしょうか?(ドイツのブラント首相がポーランドの戦没慰霊塔の前で膝まづいたことを思い出しました)」

コメントをいただいた後すぐに、人種差別に関する日本という国という、補足的なブログも書きました。

実は、日本の戦国時代、つまり織田信長の時代から、幕末、明治の頃に日本に来た西洋人が残したコメントがたくさん残っています。

国費で来た国家事業や、布教という宗教関係で来たので、本国への報告としてきちんと記録が残されていたのでしょう。

皆さん、例外なく日本の事情、日本人についてポジティブにびっくりしています。

道徳の高さ、礼儀正しさ、義理堅さ、物を盗まない、約束を守る、高い教育(識字率)のレベル、戦いの強さなどです。

でも、もうそれは単なる過去の産物、栄光?

と思えるフシが、最近の日本にはありました。

政治家の堕落、親殺しや子殺し、電車で若者がお年寄りに席を譲らない…etc…etc.

ところが、311の時に被災地の日本人が見せてくれた態度が、昔から続く日本人の国民性が健在であることを証明してくれて、世界の賞賛を浴びました。

昭和の経済成長で豊かになった(成り過ぎた?)今の日本人は、豊かさが当たり前になってしまいました。

温室育ちの「もやしっ子」です。

ハングリー精神がなくて平和ボケが甚だしいです。

と思いきや、今回のオリンピックでの日本人の活躍は、それを打ち消すような結果で、日本ファン日本人の私にとってはとても嬉しいです。

話しを元に戻すと、色々と自分なりに調べてみましたが、当時日本政府がアイヌ人に対して酷いことをしたかどうかは分かりませんでした。

よって、これはあくまでも私の個人的な意見です。

私は南京問題は、中国が政治的に作り上げた捏造話しだと思っています。

今それを証明できる人はいないので、これもどれが正しいのかは分かりません。

ですが、日本人の国民性、中国人の国民性、僅かに残っている証拠などから総合的に判断すると、捏造と思えるのです。

便衣兵という単語をご存知でしょうか?

便衣兵というのは、一般市民の格好をした兵士です。

兵士が一般人にカモフラージュしたものです。

それは騙し討ちなので国際法で禁じられています。

命に関わる騙しです。

戦争という、大掛かりな人の殺し合いの場で、法もクソもあったものではないか? と思いがちです。

でも違います。

殺し合いである戦争にもルールはあります。

国際ルールです。

例えば兵隊は、兵隊の格好をして戦わなければいけません。

一般市民を巻き込んでしまわないようにです。

戦うのはあくまでも兵隊同士のみ。

一般人は被害に遭わないようにしています。

それを無視したのが、第二次世界大戦のアメリカ軍による日本各地の都市に行われた爆撃や原爆の投下ですが、そちらの方に話しが行くと長くなるのでここでやめておきます。

南京は当時、あっという間に日本軍に制圧されたそうです。

ですが、中国人の便衣兵によって、日本の兵隊さんに死傷者が出たそうです。

攻撃しない、されない一般人として隠れた兵隊だから、それはあっても当然です。

そこで日本軍は激怒したそうです。

その際に、一見一般人に見える中国の兵士に死傷者が出たそうです。

それが今でも問題にされている南京事件の始まり、大元だと考えられるのです。

当時、日本軍が南京市民を南京の人口以上に殺害したとか、レイプしたとかいうのが中国側、反日側の主張です。

アメリカで、そういう主張の本を出した中国人女性がいましたが、ドイツでも似たような本が出ています。

ドイツ語の本の場合は、反日日本人が書いたものです。

ここでも中国の国民性が出ています。

被害者は数千人とか、数万人と言っておけばウソだと分かりにくいものを、町の人口以上の数字を主張します。

さて、ドイツにも日本ファンが結構います。

日本のことを好きになってくれるので、日本語を習うこともそうですが、自然に日本に関する色々な情報にアンテナが立ちます。

そして、そういう本にも行き当たります。

それは自分の頭の中に入ってくる最初の情報なので、自分のものになります。

人間は、最初に入る情報が正しく、しかもそれが本ならなおさら、

そして本にもウソがあることを考えず、

次から入ってくる情報は間違っているという姿勢を取ります。

よって、多くの日本ファン外国人は、日本のことを好きではあるものの、

「戦争当時に、日本兵は悪いことをしたよね」と思い込みます。

それでも日本ファンなのだから、それはそれで嬉しいことではありますが…

南京の戦後の人口は、国際連盟、リットン調査団の統計で、その後すぐに当時の人口以上になったそうです。

町のほとんどの人、いえ、それ以上の人😅が殺されたすぐ後に、そんなことがあり得るでしょうか?

反日側が示す、当時の日本兵が酷いことをしたという画像は、南京とは関係ない物であるとか、酷いものなどはその兵隊は実は日本兵ではなくて中国兵であったりするそうです。

極め付けは、当時の南京の様子の画像で、日本兵と現地の中国人の微笑ましいものがいくつも残っているのです。

日本兵と現地の中国人の微笑ましい画像と、南京虐殺はどうしても結びつきません。

それらのことを考えると、捏造としか思えないのです。

従軍慰安婦の問題や徴用工の問題は、知っている人たちにとってはもう片付いている問題です。

従軍慰安婦は単なる売春婦ですし、徴用工の人たちは強制でも何でもなくて、報酬を求めてやって来ていたそうです。

残る南京の問題、そして今回のアイヌの問題、これは白黒を決めるのは今ではもう不可能だと思います。

ですが繰り返すと、両国の国民性、そして出揃っている決定的ではないものの、証拠となり得るものから捏造だと考えられるのです。

注意しなければいけないのは、当然のことながら日本人にも悪者がいれば、残虐性もあるという点です。

特にいじめという点では日本人は他国よりもひどいかもしれません。

それでも日本には例えば村八分というものがあります。

どんなに酷いことをした人間でも村八分です。

残りの2分である、葬式と火事の消火活動には参加を許すところがあるのです。

「本州北部および北海の島々からアイヌ民族を北海道に連れてきて、彼らの言葉を禁止して日本語教育を強制した」

に関しては、本当にあったように思います。

台湾や朝鮮半島がその昔、日本であった時もそうしていたそうです。

日本語を教えたそうです。

だから今日では、僅かに残った当時の生き残りの両国のお年寄りたちが日本語を話せます。

そして今日、台湾はかなりの親日で、当時の日本の統治に感謝をしている人たちがいるくらいです。

代表的なのは例えば李登輝さんです。

李登輝さんは、「台湾民主化の父」と呼ばれた台湾の元総統でした。

ちなみに李登輝さんは中国人のことを次のように言っています。

「おネエちゃんがきれいだからといって、私の妻だと言う人間がどこにいるのだ」

そして、

「中国という国は南京大虐殺のようなホラ話を世界に広め…」

「韓国や中国は、自国の宣伝工作の一環として捏造した「歴史」を利用する。その最たる例が『慰安婦』だ」

とも言っています。

ちなみに李登輝さんは、日本のその後のだらしない政治家のことも痛烈に批判しています。

それとは対照的な韓国はかなりの反日であることが明らかです。

ですが、当時の記録によると、日本政府は台湾以上に朝鮮半島に肩入れをして、台湾側の日本人代表者たちが文句を言っていたそうです。

それがどのくらいであったかは、百田尚樹さんの「今こそ韓国に謝ろう」という本に全て出ているそうです。

日本人のDNAには、「人に迷惑をかけない」というものが脈々と引き継がれていると思います。

これは世界でもごく稀なものです。

311で見せた態度も、正にそれに基づいています。

あれはヤラセとかではなく、日本人団体の本性が出ただけだと思います。

ちなみにヤラセと言えば、サウジアラビアのTV番組が、日本でどこかに財布を置き忘れるとどうなるか?

という実験を行ったそうです。

その結果は、日本に来る外国人観光客の間で多少知られている、「戻って来た時に現金まで残っている」というものです。

海外だと、足がつくクレジットカードなどは残るものの、現金だけは抜かれてしまいます。

そういう実験のTV番組を見たサウジアラビアの視聴者からは、「ヤラセだ!」というコメントが出たそうです。

つまり日本の道徳の高さは、海外では信じられないレベルであるということです。

ところが当時、私たちのおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちだけが、どういうわけか日本人らしくなく残虐で助平だったのでしょうか?

そんなことはないと思います。

実際にも、東南アジアで当時日本兵と一緒に過ごした現地人たちの生き残りの証言などをユーチューブでも見つけることが出来ます。

それらによると、日本人は厳しくも歓迎されていたことが良く分かります。

厳しいの意味は、南国で普段ゆるい彼らにとっては、「キチッと」するのは厳しいのだと思われます。

そして美談も多く残っています

但し勿論、日本兵にも悪者はいたと思います。

でもそれは、どの国の軍でもあることで、人がいるところにドロバーありです。

アイヌ人を強制的に(?)働かせたかどうかは、無理矢理連れて来てタダで働かせたのではないと思います。

労賃を設定して行っていたと想像できます。

軍艦島他の韓国人の徴用工と同じです。

もしそうでないと、内部だけでも批判が凄いであろうと想像できます。

「人に迷惑をかけない」というDNAと、もうひとつ日本人的なDNAで、恥の文化というのがあります。

面目を重んじるのです。

恥をかくことを極端に嫌います。

そしてコメントの最後の部分です。

「果たして天皇や首相は直接アイヌに謝罪したのでしょうか?(ドイツのブラント首相がポーランドの戦没慰霊塔の前で膝まづいたことを思い出しました)」

については、まずは本当にそういう事実があったことが間違いないということでなければ、謝るのは絶対にやめた方が良いと思います。

自己主張、利己主義が大事な大陸では、責任の所在がとても重要です。

昔ドイツで、ある日本人留学生が車にはねられて虫の息になりました。

多くの人が集まって大騒ぎになったそうです。

そこで虫の息の日本人留学生は、(こんなに大騒ぎになってしまって)「すいません」みたいなことを言ったそうです。

ですがドイツでは、日本的なすいませんはそういう場面でも通じません。

ドイツ語の表現として、それは自分の非を認める謝罪以外の何者でもありません。

そこで、謝ったのだから非は彼の方にあり、その非を認めたということで、ドライバーは無罪だったそうです。

第二次世界大戦の日本は明らかに被害者です。

謝る方ではなくて、謝ってもらう方です。

(満州の日本軍には行き過ぎがあったり、日本でクーデターを起こした軍人たちもいましたが…)

数年前、慰安婦問題で、安倍首相が韓国に10億円?を出しました。

反日、左翼から、右翼、保守と言われている安倍さんでさえです。

「人の嫌がることはしない」発言の過去の日本の首相にも驚きますが、安倍さんでさえも、こういう大きな失敗を犯しています。

従軍慰安婦は、単に業者が連れて回った売春婦であっただけにもかかわらず…

当時、そうしないと生きていけない、食べていけなかった女性、その両親には本当に気の毒に思います。

でも、それとこれもお話しが全く違います。

そういう機会、ウソを利用して、日本政府の、日本人から集まった税金を使うのはおかしいです。

罪を認めた謝罪の10億円ではなくて、そういう仕事をしなくてはならないほど貧しかったことなどに対する支援にしてもおかしいです。

第二次世界大戦のナチスが、ユダヤ人に酷いことをしたのは、隠しようがない事実、多大な証拠が残っています。

反日が主張する、日本が行ったといういくつかの悪い行為にはそれがありません。

だからこそ、あった、なかったで揉めています。

ですから、当時のナチスのユダヤ人に対する行為を、ブラント首相が謝るのは潔い良いことです。

(但しドイツは、あのオーストリアからやってきたヒットラー1人を悪者にして責任を押し付けて、でも自分たちは違う、そしてその責任から逃れているようにも見えます)

日本の場合は、パールハーバー攻撃で始まり、原爆で終わるまで、そして東京裁判という戦勝国が戦敗国に行ったリンチとしか思えない行為に対して謝るのはおかしいと思います。

パールハーバーは軍港です。

一般の港ではありません。

そういう意味では国際法に則っています。

宣戦布告が遅れたのは残念ですが、宣戦布告なしで始まった戦争はいくらでもあります。

パールハーバーで亡くなった不幸な一般市民は50〜60人だったそうです。

基地への納入業者さんとかです。

亡くなった5、6千人はほとんど軍人です。

それに比べて、アメリカが終戦間際に行った、日本各地の都市への爆撃は、国際法を無視した一般市民の虐殺です。

広島、長崎への原爆投下も同じです。

しかも当時、若い男〜中年の男たちは戦場に行っていたので、残っていたのは戦争に行けない怪我、病気を持った男性、女子供と年寄りでした。

そういう戦う意思も能力もない市民を何十万人も殺してしまいました。

日本の民家は木造建築が多く、どうやったら最も効率よく破壊、燃やすことができるかの実験までアメリカ国内で行った後の焼夷弾です。

原爆は、広島と長崎では違うタイプを使い、それはまるで実験のようだそうです。

そして最後には東京裁判(リンチ)です。

あれはリンチ以外の何者でもありません。

たった1人、戦勝国側のインドのパール判事だけが日本側の無罪及びアメリカ側の有罪を求めましたが四面楚歌です。

もし日本が勝っていれば、全く逆になっていました。

日本の戦犯と言われる人たちは皆英雄で、アメリカの英雄となった人たちが全て戦犯となるわけです。

そういった中で、天皇や首相が謝るなどは、もっての外です。

決して謝ってはいけません。

「お前はドロボーだ!」

あるいは

「お前は人殺しだ!」

と、ありもしないことで濡れ衣を着せられて、

「はい、すいません…」

と謝るようなものです。

ところでさすがアメリカ、自由の国。

何十年も経つと国の機密書類も公になるそうです。

そして、日本がパールハーバーを攻撃して始まったとされている日米間の戦争。

どうやらアメリカ側に仕組まれた罠であったという事実が少しづつ分かって来ているそうです。

心あるアメリカ人も、当時のアメリカ側が不利となるような事実を本にして出しています。

歴史を振り返ってみれば、アメリカは多くの戦争をしていますが、その多くが、最初は相手から攻められたように見せかけて世論を味方につけ、アメリカ側の気運を高めた上で反撃に出るという方法をとっています。

その昔の対インディアンもそうですし、対スペインも、対イラクの時もそうでした。

潔い日本人の国民性からはとても苦手な戦法です。

ドイツ人にとっても、アメリカ人にとっても、中韓、反日の主張する慰安婦問題や南京問題などは、あった方がありがたいです。

自分たちには酷いことをしたという負い目があるからです。

そこで日本人だけがクリーンであるよりも、「ほら、やっぱり日本人も…」の方が気が楽です。

アイヌのことなのに、第二次世界大戦の方にまで話しが広がりました。

ですが、アイヌの問題も、慰安婦問題や南京問題、徴用工の問題などと合わせて今日という日に一緒に考えていただければと思います。

そして色々と西洋人のネガティブなことを長く書きました。

でもどれも今日となってしまえば「だから何?」です。

私は住みやすいドイツに住まさせてもらっています。

税金も勿論払っていますが、ドイツという国の持ち主であるドイツ人に感謝しています。

駅前の掃除は、その気持ちの表れでもあります。

そしてドイツ人やアメリカ人、西洋人を憎むなどという気持ちも、これっぽっちもありません。

私にはどういうわけか、反日が著しい2カ国の友人知人も少なくありません。

普通に付き合っています。

それはそれ、これはこれです。

それでも、捏造の歴史には断固として「ノー」です。

私たちのおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちも、それ以前やそれ以降の私たちと同じ立派な日本人です。

彼らだけが特別に残虐でスケべなワケがありません。

そんな濡れ衣は、何とか晴らしてあげたいです。

ちなみに、日本に住む反日日本人の存在、意味だけが分かりません。

そんなに日本が嫌いなら、海外に移住して、その国に帰化すれば良いのではないでしょうか?

日本に住んでいて日本のことを悪く言っている人たちは、親元で暮らして親の悪口を言っている、どうしようもない子どもにしか見えません。

あるいは、反日活動を行うことで、反日国からお金でも貰っているのでしょうか…

ドイツでの、日本のアニメの影響力 – 3 –

デュッセルドルフで年に2回、漢検(漢字能力検定)を主催しています。

前回は、34人の申し込みがありましたが、その内の5人が2級の受験でした。

日本人もいますが、その多くはドイツ人です。

2級というと、普通の日本人の大人でも合格できません。

日頃に使わない漢字が出てくるのです。

日本の漢検協会によると…

4級のレベルは中学1~2年程度、3級は中学校卒業程度、2級は高校卒業程度

高校卒業レベルの2級に、いい大人が受からないのです。

前もって準備の勉強をしておかないと。

字は書かずにタイプする(打つ・ボタンを押す)こんにち。

読むことは出来ても書けないのです。

試験勉強をしっかりとやって2級に受かっているうちの家内曰く、

「一般の社会人が勉強をしないで受かるのは3級じゃない?」

だそうです。

ちなみに私が試しにやってみると…

私は試験官でもあるので、正式な受験は出来ませんが、過去の問題でシュミレーションしてみると…

3級は落ちてしまいました。😰

4級は、合格点に届きました。

漢検とは別に、日本語能力試験というのがあります。

漢検は日本人向けに作られた試験なので、1番簡単な10級でも全て日本語で書かれています。

日本語能力試験は、日本人向けではなくて外国人用に作られています。

その日本語能力試験の受験者数は、デュッセルドルフだけでも、何と600人もいます。

そして、デュッセルドルフ大学の日本科の毎年の入学者数も同じくらいいます。

勿論、英語を外国語として勉強する人の数とは比べ物になりません。

でも、これだけの人数のドイツ人たちがデュッセルドルフ大学の日本科に入学したり、日本語能力試験を受験してくれているのを知ると、つい嬉しくなってしまいます。

さて、「なぜ日本語を?」のきっかけは何でしょうか?

ほとんどの皆さん、日本のアニメの影響なのです。

ドイツでの、日本のアニメの影響力 – 2 –

それは、ドイツ生まれ、ドイツ育ちで日本語が怪しいうちの子供たちのような存在にも大きな、そして良い影響を与えてくれています。

若い知人に、やはり両親が日本人で、ドイツ生まれのドイツ育ち、もうすぐドイツの大学の法学科を卒業する秀才がいます。

彼のような場合、バイリンガルとはいえ、うちの3人の子どもたちと同じように、日本語の方は苦手なはずです。

実際に、そういう境遇で育った若い日本人で、話していても日本語が怪しいのがすぐに分かる人もいます。

でもその法大生の日本語はパーフェクト。

難しいことわざも色々と知っています。

彼が一度うちに遊びに来た時に言いました。

「子どもの頃に、親と一緒によく日本語の動画を見ていました」

「そうか〜〜〜」

「日本語の動画を見せればいいんだ」

でも、うちの子どもたちは、ドイツ語の影響が強くて日本語の動画なんか見てくれません。

多分見てもよく理解できないのだと思います。

ところが最近、彼らが日本のアニメを見るようになってきたことに気が付きました。

「しめた!」

これで彼らの日本語が上達する!

日本のアニメの影響は、外国の子供たちに対してだけではありませんでした。

ドイツでの、日本のアニメの影響力

「捧げよ〜、捧げよ〜…」

という歌の日本のアニメ、「進撃の巨人」をご存知でしょうか?

うちの子どもたちはドイツ生まれのドイツ育ち。

幼稚園からずっと現地の学校に行っています。

つまり一応、バイリンガルと呼ばれる存在です。

でも、いくら両親共に日本人でも、彼らにとってより得意な、強い影響を受けている母語はドイツ語です。

家では、ドイツ語禁止、日本語のみOKとしていても、放っておくと彼ら同士はすぐにドイツ語で話してしまいます。

そんな中で長男がよく口ずさむのが、前述の歌です。

何と、ドイツ語ではなくて、日本語の歌を歌っている…

そして実はこのブログを書いた理由…

とても驚いたのが、先日、デュッセルドルフの街中を歩いている時でした。

公園の横を通りがかった時、何と同じ曲をドイツ人の子供が歌っていたのです!

しかも日本語で!

日本のアニメはそこまで海外で流行っている…

ドイツでも日本のアニメの影響力は凄いのですが、それはドイツに限ったことではありません。

ジタンなど、過去の数多くの世界のトップサッカープレーヤーが、キャプテン翼の影響を大きく受けたことをご存知でしょうか?

世界の有名バレーボールプレーヤーが、 アタックNo1の強い影響を受けたことをご存知でしょうか?

スポーツアニメだけではなくて、日本の謙遜、謙虚、謙譲を美徳として、和を大切にする心が世界に広まれば、必ず争い事は激減して世界は平和になると思うのですが…

運の強い人を早速身近で発見

運の強い人を見分ける方法というのがあります。

理にかなった、「なるほど〜」と、納得のいく方法です。

その僅か数日後に、間違いなくその1人と思える人に会いました。

先日のブログでご紹介したばかりです。

とても腰が低くて真面目な社長さんです。

デュッセルドルフで和食レストランを経営しています。

アムステルダムにも進出して、デュッセルドルフには、もうすぐ2号店がオープンします。

病院へのお付き合いでお供した時に聞いたお話しです。

一号店でつい先日起きたばかりのハプニング、事故です。

時はお店の営業中。

人気店のひとつなので、ほぼ満席でした。

ドリンクのカウンターに近い付近の天井がいきなり落ちてきたのです。

下にはドリンクカウンターと客席が一席。

もし人がいたら怪我は免れそうもありません。

店内はほぼ満席でしたが、その席だけは丁度その時だけ空いていました。

その席には、ちょっと前までは幼児連れの家族が座っていたそうです。

幼児連れの家族にその席は少し狭いので、広目の席が空いた時点で、その社長さんが気を利かせて「広い席の方へどうぞ!」と移ってもらった直後だと言います。

お店の外では、入店待ちのお客さんが並んでいます。

つまり、今までそこにいた家族が別の席に移り、外に並んだ次のお客さんがその席に着くまでの間に天井が落ちたのです。

カウンターにもスタッフが1人いたそうです。

天井が落ちて来たスピードが早かったので、普通であればしゃがむのが間に合わなかったであろうタイミングだったそうです。

横の方にいたスタッフが、カウンターの中にいたスタッフが、落ちてくる天井を手で避けるようにしゃがむのが見えたそうです。

カウンターの上には、空になったビール瓶が2本だけ立っていました。

何とその空瓶2本が、見るからに重そうな天井のその部分をカウンターの上で支えたそうです。

よってそこにいたスタッフも無傷。

2本の空瓶が、彼を救ってくれたようです。

謙遜気味にその社長さん曰く、「僕は悪運が強いようです」

私は早速、「それは悪運ではなくて強運です!」

と申し上げました。

そして、運の強い人を見分ける方法のお話しをしました。

その社長さん、普段から腰が低くて真面目。

レストランもビジネスです。

普通は効率を求めます。

なるべく多くのお客さんに入ってもらい、なるべく高回転を求めます。

高回転とは、ひとつのテーブルに一晩で1つのグループが座るよりも、より滞在時間が短くて2つのグループが入ってくれることを目指します。

2つのグループが交互に入ってくれれば売上は2倍になるからです。

ですがその社長さんの場合は、お客さんの快適さを求めて、より広い席にご案内しました。

居心地の良さは長居につながるので、回転率が悪くなります。

気が利かない人ならそのままにしておき、外に待つお客さんをその広い席に案内したでしょう。

運を招きやすい人というのは、やはり存在するのだと再認識出来た気がします。

日本と、それ以外の全ての国々の大きな違い

(青い文字のところは、そのことのさらに詳しい内容にリンクしています)

日本の教育/躾と、ドイツ(西洋/大陸)のそれには、ある点において大きな違いがあります。

違いというか、真逆です。

多分それは、この広い世界の中でも、日本とその他、ほとんど全ての国を分け隔てるものだと思います。

もし他にも、日本式の国があると知っている人がいたら是非教えて下さい。

それは自己主張、自己表現の点です。

その関係のブログのコメントのやり取りで、愛月/まるさんの心日和さんから次のようなコメントをいただきました。

そのコメントで、「書きたい欲」がうずうずしてしまい、これを書いています。

「私は子供の頃、親子関係 押され気味で、だんまりを通していました。語彙が少なく大人の意見には叶いませんでしたから、その時の関係がその後も続いてしまいました。自己表現は大切です…」

(実は私もそうでした。だからドイツに来ても、しばらくの間はずっと無口でした)

日本では謙虚、謙遜、遠慮、控え目が良い、美しい(美徳)とされています。

でもドイツ(西洋/大陸)ではその逆、真反対です。

自己主張、アピールをするように、子どもの頃から鍛えられます。

例えば学校のテストで、ずっと100点満点を続けても、授業中に手を上げてどんどん発言しないと良い成績をもらえないのです。

でも、そこで疑問が湧きます。

学校の教室で誰でも発言するのであれば、「成績の悪い子がトンチンカンな答えを言った時はどうなるのか?」

「みんなにバカにされる?」

現地校に通う、うちの子どもたちに聞いてみると、バカにする生徒はいないと言います。

とても興味深いことですが、主張を認め合うとそうなるのでしょうか?

私は未成年でドイツに来て、すぐにドイツ語学学校に行きました。

典型的な(?)日本人である私は授業中に、「間違ったらどうしよう…」ということで、自分から手をあげることはゼロ。

先生に指されて発言を求められると、「どうしよう、何て答えよう…」で、沈黙が続きました。😅

ところが、しばらく経って慣れてくると気が付いたことがありました。

そのドイツ語の学校には、世界中から生徒が集まっていました。

ヨーロッパ各国はもとより、アジア、アフリカ、中東、アメリカ、南アメリカ…

老いも若きも、十代前半から、七十代までいました。

授業中に先生が、「この答え、分かる人〜?」

と聞くと、分かった人が手を上げます。

特にラテン系の人たちは元気です。

(面白いのはここからです…)

その時に発言する人の答えを聞いていると、「えっ?」と思うレベルのトンチンカンな答えがあるのです。

どういうことかと言うと、そういう時に日本人が手をあげる場合は、自分の答えが間違いなく正解であるという自信があれば手を上げます。

(ちなみに私はそういう場合でも手を上げません)

ところが、(日本人から見た)外国人は、その答えが正解だろうが間違っていようが、とにかく思い付いた答えをまずは言ってみるのです。

正しいか、間違っているかは全く関係ないかのようです。

別な体験では、いくつかのアルバイトをこなした後、将来はオフィースで(カッコよく?😅)仕事をしたいと考えました。

そこでキーボードのブラインドタイピング(キーボードを見ずに、全ての指を使って文章をとても早く入力)をマスターしておいた方が良いと考えました。

その学校に通っていた時です。

並行して就職活動をしていました。

それを知った先生が、「履歴書にはブラインドタイピングが出来ると書いておくのよ!」と言ったのです。

「えっ? まだ始めたばかりで出来ないですが…」

「それにもし出来るようにならなかったら?」

と考えるのは日本人的なわけです。

「妙に感心してしまいました」

ドイツ人を雇う時の面接なども、ちょっと出来るものは「出来ます!」と言います。

例えば英語。

履歴書上で英語が出来ると書いてあります。

そこで、「英語はどの位出来ますか?」

と聞くと、「まあ、まあ、出来ます!」

と答えが帰ってきます。

入社した後、展示会などで海外の人と英語で喋る機会があります。

で、実際にその会話を聞いてみると…

それは日本では、「少ししか出来ない」レベルなのです。😅

日本人の場合は控え目に、「少し出来ます」と言うと使えるレベルです。

これはあくまでも一般論で、そういう傾向であるというだけです。

例外はいくらでもあります。

さて、愛月/まるさんの心日和さんのコメントは続きます。

「ドイツの自己主張、その主張となると 相手の行動を否定したり非難する言葉も含むのでしょうか?」

はい、そうなります。

だから口論が多いです。

自己主張がぶつかり合います。

さらにはドイツ語は日本語のように人を優しくしてしまう言語ではありません。

ドイツ語が分からない日本人には、ドイツ人が2人で話していると、喧嘩をしているように見える時があります。

弁護士の数も、あることを物語っています。

人口を弁護士の数で割ると、ドイツには513人、日本には2780人の国民に対して1人の弁護士がいます。

しかも、日本のその数字は、例の民主党政権の時に、無理に弁護士を増やした結果の数字のようです。

理由は知りませんが(国家試験の難度、条件を緩めた?)、その時に弁護士が増えたそうです。

争い事は増えたわけではないので、多くの若い弁護士が食べていけずに困ったそうです。

弁護士という職業の仕事の内容と、この数字からは何を想像できるでしょうか?

弁護士の仕事は、争い事を解決することです。

ちなみにアメリカには225人に1人の弁護士がいます。

ドイツでは(イギリスも。多分西洋、いえ、きっと大陸ではどこでも?)、子どもが生まれると、すぐに個室が用意されます。

かなり小さな頃から自分の部屋で寝ます。

川の字はありません。

幼い頃から独立心を鍛えられます。

これは、大陸では危険なので、少しでも早く自立して欲しいということの現れだと思います。

大陸では、いくつもの国が隣接して存在しています。

そして(ここからがポイントです!)、昔から戦争が絶えませんでした。

「ヨーロッパ」、「戦争」で一度ググってみて下さい。

きっと驚きます。

しかも残虐です。

(日本でも、昔は群雄割拠の戦国時代はありましたが…)

国境線もしょっちゅう変わりました。

私は今日はXX国人、でも昨日まではYY国人… とかがよくあります。

もう少し古くなると、自分の町を離れて歩いていて、向こうから歩いて来る連中は敵? 味方?… とか。

その頃(まだ警察という組織がなかった頃)、町の安全は各自治体で守っていました。

町(村)の自衛団です。

その名残りが、自衛団祭り(ドイツの場合、Schutzenfest)です。

消防も同じ。

自治(ボランティア)消防団は、うちの村にはいまだにあります。

すぐ近くに、いつ敵がいるかどうか、身の危険があるかどうかが分からないのです。

そういう危険がある中で生きていく長い歴史があるので、少しでも早く独立して、少しでも強くあることが求められるのです。

自己主張、自己表現、自己アピールは、身につける必須条項になるわけです。

それに比べて日本、

海外から攻められた例は元寇と黒船くらいでしょうか?

元寇は、あのジンギスカンが、朝鮮半島軍を日本に攻めさせたそうです。

でも当時の日本にも武士がいました。

しかも結構強かったそうです。

台風とか、神風が吹いて追い返してくれたとよく言われますが、実際には当時の武士が結構強くて善戦したそうです。

これもインターネットやユーチューブで是非一度、検索してみて下さい。

ここは一部、話題が少しそれますが、愛月/まるさんの心日和さんのコメントは続きます…

「自分の楽は、相手の楽で有りたいですね。苦労では無いと思いますよ」

人生には「神輿担ぎ(みこしかつぎ)」に似たシーンが結構多いと思います。

どういうことかというと、あの重い神輿は、十数人〜数十人の人間に担がれています。

各人の担ぎ方には差があります。

背の高さの違いなども左右すると思いますが、真剣に一生懸命担いでいる人もいれば、そうでもない人もいます。

担いでいるのか、ぶら下がっているのか分からないような人もいるようです。

それは組織でも言えます。

一般的に言われているのは、2割の人が頑張って稼ぎ、6割の人が協力、従い、2割の人たちは8割の人達に食べさせてもらって(= ぶら下がって)いるというものです。

そしてこれも余談ですが、8:2の法則というものがあるそうです。

「じゃあ、ぶら下がっている2割の人間を辞めさせればいいじゃないか!」

というものです。

で、実際にそうするとどうなるか…

しばらく経つと、後に残された、稼いでいた8割の内の2割が、どういうわけかぶら下がり族になってしまうそうです。

逆にもし、ガンガン稼いでいた2割を取り除くと、残った8割りから、自然とガンガン稼ぐ2割が生まれるそうです。

さて、愛月/まるさんの心日和さんのブログはまだ続きます。

「話して伝える。そして、相手の言葉を聞く。この一連のコミュを自己主張と言うのでしたら、ドイツは子育て成功国だと思います」

話して伝えるということに関しては仰る通りです。

ですが、自己主張なので、相手の言葉を聞くと言う点においては及第点をあげられません。

聞き手になるのが苦手です。

相手の「言いたい欲」を受け止めるのがヘタです。

よって、クレーム客の取り扱いも最低です。

いかに自分が正しいか、いかに責任は相手にあるか…

クレーム客が納得するわけがありません。

だから言い争いになります。

そこで弁護士の数の違いです。

でも万物に長短ありです。

長所ばかりのものは皆無ですし、その逆もしかりです。

ドイツ(大陸)式の場合、若いうちから強くなります。

日本式はその逆です。

自己主張、アピールが苦手なので、日本人は間違いなく外交がヘタクソです。

過去の首相の中には、「相手が嫌がることをしない」と言った人がいます。

でもそれは、国際社会、外交では通用しません。

そんなことをしていると、国土、領土は少しづつ小さくなってしまいます。

外交とは、国益と国益の戦いであるということを理解していない発言です。

そこで是非知って欲しいのが、シンガポールの大統領の例です。

シンガポールは東南アジアでは裕福な国で、多くの子持ち夫婦の家では、周りの国からお手伝いさんが出稼ぎに来ています。

でも、それらのお手伝いさん、つまり外国人は、シンガポール国民より劣る取り扱いをされているそうです。

例えばお手伝いさんとご主人が不倫をして子どもが出来てしまうと、お手伝いさんは強制的に国に返されてしまうそうです。

それを西洋のマスコミが批判したそうです。

その時のシンガポールの大統領のコメントが、次のようなものだったそうです。

「私はこの国の代表です。この国の国民のために働いています」

他国の嫌がることはしないと言う日本の首相とは全く違います。

日本的なことは、日本国内でしか通用しません。

河野太郎大臣のお父さんのトンデモ発言などもそうです。

外交に携わる人は、そういった日本の独自性、そしてそれが海外では通用しないことを理解した人でない場合はアウトです。

ドイツが子育て成功国かどうか…

これは見る角度にもよるし、人によって意見が分かれるところです。

独立性が高まる、強くなるという点ではYESです。

でも、日本人にとっては自己主張はウザイものだと思います。

そして、自己主張はしばしば自己中心的になってしまいます。

自己中を、自己主張と間違えているドイツ人も結構います。

なので、ドイツに住む日本人が時々感じるのは、「嫌な奴がいるな〜」なのです。

車を運転していても…

すぐにクラクションを鳴らされます。

以前一度、あるトルコ人が言った次の言葉が忘れられません。

「ドイツ人さえいなければ、ドイツはいい国なんだがな〜」

ドイツ人が築き上げてくれた国がドイツなので、さすがにそれは言い過ぎです。

つい苦笑はしてしまいますが…😅

外国人としてドイツに住ませてもらう以上、ドイツ人には感謝をしなければなりません。

(駅前の掃除活動にはそういう意味も含まれています)

愛月/まるさんの心日和さんのコメントは続きます。

「日本の子ども達に自分を表現するコミュを教える場がもっと必要かなって思います。自分の感情や想いを言語化することや 言葉の受け止め方(バトンの仕方)を知ると人はもっともっと成長すると思います」

はい、確かにその通りです。

それは間違いなく日本人に一般的に言える言葉だと思います。

確かに国際的にはそう言えます。

でも、日本式の方が美しいと思います。

そしてそれを美しいと思うのは私だけではありません。

船の発達により、戦国時代の頃から日本を訪れる西洋人が現れ始めました。

それらの西洋人が残している言葉がとても興味深いのです。

「江戸〜明治時代に日本に来た外国人たちが残した言葉」

というタイトルで、既にいくつもご紹介しています。

中でも極め付けは、パウル・ルイス・チャールス・クラウデル(1868~1955、フランス劇作家・詩人、駐日フランス大使)の次の言葉です。

「私がどうしても滅びて欲しくないひとつの民族がある。それは日本人だ。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にはない。日本の近代における発展、それは大変目覚しいが、不思議ではない」

言い過ぎ?😅 かとも思えるほどのこの言葉、実はあのアインシュタインも似たような言葉を残しているのです。

世界でも稀にみる国、国民、日本、日本人にポジティブに驚いた西洋人の言葉がいくつも残っているのです。

そしてそれは今日までも引き継がれていることを、311の時の被災地の日本人が証明してくれました。

ほとんどの日本人が気が付いていないこれらの点。

これに気が付いて、誇りを持って欲しいと思います。

そしてその誇りを背景に、襟を正して頑張り続けて欲しく思うのです。

結論として、日本人は温室育ちのモヤシっ子です。

豊かさが当たり前で平和ボケ。

日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識。

外交が弱く、海外に出れると通用しません。

それでも、今回のオリンピックでの日本人の活躍には目覚ましいものがあり、とても安心しました。

そして、古代から続く日本式の教育や躾は今後もそのままずっと続けて欲しいと思います。

但し、2つだけ改善改良を願うことがあります。

今まで書きまとめたような、海外の事情を知らない人を首相にしない、防衛大臣、外務大臣にしない。

海外に出る日本人には、そのことをよく説明して、理解できない場合は出さない。

そうすれば、日本の国益は守られて、海外で犯罪に遭う多くの日本人は減ると思います。

「身」を「美」しくすると書く「躾」は、そういう意味でとても興味深い漢字です。

「躾」という漢字は、中国から伝わって来たのではなく、日本で独自に作られました。

意外と知られていない面白い事実が、日本で作られた漢字が結構多くて、中国に逆輸入されて使われていることです。

そしてそのことを多くの日本人も中国人も知りません。

ずいぶんと多く、ドイツ(大陸)人のネガティブな面を書きましたが、あくまでもそういう傾向があるだけです。

ドイツ(西洋、大陸)ってそんな国なんだ、行きたくなくなったと思うのは大袈裟です。

でもその違いは、日本を訪れて驚いた過去の西洋人が残した言葉、世界中に存在する日本ファン外国人の存在を考えれば理解できると思います。

オリンピックのアーチェリー。弓道の方が優れ物なのに…

1泊2日と短いですが、家族の夏休み旅行でアムステルダムに行きました。

(巨額の借金を返済中の債務者ならそれで当たり前です…😅)

そこでたまたま、オリンピックのアーチェリーを、ホテルのTVで見ました。

なぜ弓道ではなくて、アーチェリーなのかと不思議に思いました。

なぜなら、アーチェリーの弓を見ると、ゴタゴタと、とても不思議な形をしています。

ところがそれが日本の弓の場合、いたってシンプルです。

その代わりにとても長くて、下から2/3辺りのところを持ちます。

そして打つ瞬間に弓をくるっと回します。

その2つで、アーチェリーの弓のようなゴタゴタしたものを不要にしています。

詳しくは、前に書いたブログでご紹介しました。

弓道の奥の深さ

習得するのがアーチェリーより難しい(?)からでしょうか?

そう言えば、日本の柔道も、国際的になればなるほど、袖周りが狭くなったり、ルールが変わったりと、試合が面白くなくなってきました。

一本投げの、スカッとする大勝負が少なくなりました。

そう言えば、柔道、剣道、弓道、合気道など、日本から世界に広まったスポーツ(?)は全て武道です。

武道は、武士が生き延びるために身に付けた戦いの技です。

西洋のゲーム的なスポーツとは元々違うものです。

世界に広まる日本生まれのスポーツは、武士が戦いで生き残るサバイバルの格闘技ばかり

「日本人は走る。走ると誠意が見える」と、「運の強い人の見分け方」で気が付いたこと

日本人は走る。走ると誠意が見える」と「運の強い人の見分け方」の自分で書いた2つのブログで気が付いたことがあります。

日本人は基本的に真面目で律儀です。

世界の物差しで図ると、それは間違いありません。

まず間違いなくアウトになるシーンでも、手を抜かずにアウトになるまでは一塁まで全力出走する人を世界の中で比べたら、日本人が最多であるのは明らかです。

ということは、日本人は世界で最も運が強い国民であるということが言えます。

そしてその国民性が、今回のオリンピックでも現れているのではないでしょうか?

その国民性は、太古の昔から天災に鍛えられ続けたから出来上がったのではないでしょうか?

オリンピックと朝日新聞、そして日本ファン外国人と私たちのおじいちゃん、ひいおじいちゃん

昨日の私の朝日新聞批判のブログで、大変ありがたく、次のコメントをいただきました。

「朝日新聞は、読み応えがあるというか、朝日読んでから他の新聞読むと、ちょっと物足りなさを感じるような人気のある新聞…」

そしてさらに中略後に…

「言論の自由が守られるように、いろんな見方の新聞があればいいと思っています」

という、正にその通りという、素晴らしい締めくくりでまとめられたコメントをいただきました。

特に最後の文章、反論の予知がありません。

でもどうしても、ひとりでも多くの人に知っていただきたい事実があります。

朝日新聞他が書き広める、反日内容の記事と日本ファンドイツ人(外国人)についてです。

慰安婦問題に関する記事は誤報(捏造)であったと、朝日新聞は既に自社の紙面で公表しました。(でも謝罪はなかったそうです ⬅︎ この意味は後ほど分かります…)

その記事が出てからそうなるまでに、数十年もの時が流れました。

その長い時の間に何が起きたでしょうか?

日本人だけではなく、世界中の多くの人がそれを信じました。

慰安婦の問題は、本来ならば、並の常識を持っていて、算数が出来、真剣にさえ考えれば誰でもおかしいと気が付きます。

ところがそれが大新聞に堂々と出てしまうと、多くの人が、単にそれを鵜呑みにしてしまいます。

そういう意味で、新聞は恐ろしい力を持っています。

訴求力にとどまらず、権力です。

国会議員や大臣、一国の首相さえも恐れるマスコミ。

さて、少しでも多くの人に知っていただきたい事実とは、日本ファン外国人の日本に関する情報のことです。

彼ら、彼女らは日本ファンですから、日本が好きです。

人間は、誰でも何かを好きになると、ついついさらに深掘りします。

そして行き当たるのが、反日勢力が書いた新聞や本、それを経由して伝わるウソの情報です。

そこで何が起こるかというと、日本ファンではあるものの、「日本の兵隊さんはその昔、戦争中にとても悪いことをしたんだよね」です。

そしてこの問題の本質は、人間は普通、誰でも最初に入った情報を正しいと思い込みます。

なので、後になって「実はそれは嘘の情報なのです」と言っても信じてもらえないことです。

特にドイツ人はナチスのことがあり、

アメリカ人は無差別一般市民大量虐殺があります。

「日本人にも悪いところがあるんだ」という方が受け入れやすいわけです。

それにもかかわらずに日本ファンなのだから、喜ばなければいけないかもしれません。

今のオリンピック、多くの日本人選手が活躍してくれています。

その日本人の活躍ぶりに、多くの日本人が感動と元気、誇りをいただいています。

同じ日本人だからです。

だとしたら、反日勢力の嘘の情報に対しても、しっかりと向かい合い、同じ日本人である当時の兵隊さんの濡れ衣を晴らす協力をしても、おかしくないのではないでしょうか?

もし自分の親がドロボーだとか、残虐者だとか、レイプをしたなどという濡れ衣を着せられたらどう思うでしょうか?

自分の親ではないものの、僅かその上、その上の上の親たちのお話し、2、3世代前の、私たちのおじいちゃんやひいおじいちゃんたちのお話しです。

その年代の人たち、当時の若い日本人男性だけが、それ以前や以後の日本人とは極端に違って、そんなにおかしな、野蛮で残虐、助平な人たちだったのでしょうか?

311の日本人の態度は世界で賞賛されました。

あれはヤラセだったのでしょうか?

そんなことはないと思います。

自然に出た態度のはずです。

偶然に、日本人の国民性を垣間見ることが出来た機会だと思います。

あれが別な国で起こると暴動になります。

日本人には悪人がいないというわけではありません。

残念なことに、「人間がいるところにドロボーあり」には例外はありません。

問題はその比率です。

何人の人間が集まると、1人のドロボーが現れるのか?

10人に1人か、千人に1人か…

その違いが、暴動になるかならないかの違いに現れます。

例えば弁護士の数、アメリカでは225人に1人、ドイツには513人、日本には2780人に1人の弁護士がいます。

この数と、弁護士の仕事内容を考えても分かることがあります。

そうすると、何かおかしくないでしょうか?

現代の日本人は、311で自然に素晴らしい姿を見せて、70〜80年前の戦争に行った若い日本人男性の多くは野蛮、残虐で助平だった?

そういった疑問を抱くと、隣国、反日国家や反日勢力が主張していることの多くの矛盾に気が付くと思います。

反日が主張する、70〜80年前の若い日本人男性は、野蛮、残虐、助平だったというのは真っ赤な嘘で、

むしろ逆に、当時の本国日本に残った女子供、年寄り、そして祖国日本のために、それこそ命をかけて頑張ってくれた勇士たちではないでしょうか?

実際にも、東南アジアでは日本人軍人の美談が多く残っています。

私には、当時頑張ってくれた若い日本人男性が、今日のオリンピックで頑張ってくれている若い日本人と重なって見えます。

私たちが応援すべきは、今活躍中の日本人オリンピック選手も勿論そうですが、当時の若い日本人男性もそうではないでしょうか?

朝日新聞はひょっとすると、読者受けする記事を書くのが上手いのかも知れません。

ですが、それを優先順位の一番上に持っていってしまうと、そのために他のことは優先順位が下がって犠牲になります。

例えば「事実」です。

売れる新聞の記事を書くのが一番大事で、事実は二番目では大変なことになってしまいます。

日本、日本人を蔑む、卑しめるどころか、国、国民を売る行為にもなります。

間違いを認めることは正しい行いです。

ですが、その間違いが招いた罪の大きさ次第で、その罰の大きさが決まると思います。

日本人が大活躍中のオリンピック。

そして、オリンピック前にその中止を主張し、いまだに中止しろと言う反日の人たち。

とても皮肉に思えます。

やっぱりおかしい、朝日新聞

戦前に、朝日新聞は散々国民を「対アメリカ開戦、参戦」に煽ったことをご存知でしょうか?

以前、虎ノ門ニュースでその新聞の実物が紹介されました。

戦前は、国民を開戦ムードに向けて散々に煽ったそうです。

さらに戦中後半には、日本軍が常に優勢であるという捏造報道を行っていたそうです。

第二次世界大戦の後半は、日本は特に物量でアメリカにかなわずに苦戦を続けて最後は負けました。

最後の方の日本の各都市への無差別絨毯爆撃(= 一般市民、特に女性、子ども、ご年配の大量殺傷)、原爆投下はあってはならない非道な行為ですが、そちらの方に話しが流れると長くなるのでやめておき…

それにもかかわらずに、朝日新聞は日本軍が優勢かのようにずっと捏造報道を流したそうです。

国立国会図書館に、過去の新聞が全て保管されているそうなので、今でもその事実を確認できるそうです。

それが戦後、日本がアメリカに負けて、占領されていた6年間の間にGHQに睨まれて、その存在を脅かされてからはガラッと180度、態度を変えたそうです。

今日では多くの人が知る反日、左翼。

その朝日新聞は、東京オリンピックが始まる前に中止しろと散々にわめいていました。

ところがその後、だったらオリンピック関係の報道はしないのかと思いきや、ずっと報道を続けています。

ですが、金メダルを取り続ける日本の記事で日本国民を励ますのではなく、それは小さく取り扱って、コロナの感染者数が過去最大になっていることを一面のトップで掲載しています。

朝日新聞社のカメラマンが自作自演で珊瑚に落書きで傷をつけ、その写真をもとに新聞記事を捏造した虚報事件や、同じように捏造した慰安婦問題。

日本の新聞社であるのに、一体どこまで反日を続けるのでしょうか…